第2章 クイーンポーン布局(続き)
第18局
ノテボーム対ドゥースビュルフ戦は黒が …c5 による捌きを無視したため白がこのcポーン突きを抑制し永久に防ぐことができた。結局このポーンは固定され黒のクイーン翼が鉄壁に押さえ込まれた。クイーン翼の弱点が黒のキング翼の崩壊に結びついた。
クイーン翼ギャンビット拒否
白 ノテボーム
黒 ドゥースビュルフ
オランダ、1931年
1.d4
序盤ではポーンで中原を占拠し中原の支配を視野に入れながら駒を展開するのが有利である。
白はポーンを中原に進ませて試合を始めた。このポーンは一つの重要な地点を占め、他の二つの地点に利かせている。e5とc5の2地点の支配により黒はそこへ駒を進ませることができない。白はe5とc5を自分の駒の橋頭堡として利用することが期待できる。これらの駒はdポーンにより支えられる。
dポーン突きはクイーンとクイーン翼ビショップの筋を通すという役割も果たしている。
1…d5
この手は黒が中原で対等の地歩を築き白が 2.e4 でさらに陣地を得るのを防ぐための最も簡単な手段である。
2.c4
白は黒のdポーンを中原からそらすためにポーンを差し出した。実際は白が何の苦労もなくポーンを取り返すことができるので側面ポーンと中原ポーンとの交換の申し出である。
白の提案に隠されているのは黒の中原ポーンの撲滅の狙いである。3.cxd5 Qxd5 4.Nc3(白が駒を展開するのに黒は同じ駒をまた動かさなければならないので白の手得になる)4…Qa5 5.e4 で白の中原が威容を誇る。
2…e6
黒は別のポーンでdポーンを支えて中原を守った。白が 3.cxd5 と取ってくれば黒はポーンで取り返して中原にポーンを維持することができる。
黒は白のcポーンを取らない。それは中原とe4の地点に対する利きを放棄することになるからである。
クイーン翼ビショップの閉じ込め(2…e6 の後)とそのビショップを効果的に展開するためのその後の苦労がクイーン翼ギャンビットの人気(白から見て)の理由の一つである。
3.Nc3
これは良い手である。ナイトが中原のe4とd5の2地点に利きポーンのd5への圧力にも加勢している。
3…Nf6
黒ナイトが中原に向かって展開した。ここなら最もよく動け白のナイトによって加えられている圧力にも等価に対抗できる。
4.Bg5
この釘付けの手は次のようにポーンを得するか黒のキング翼ポーンの形を乱す狙いである。5.cxd5 exd5 6.Bxf6 で黒は 6…gxf6 で悪形の二重ポーンに甘んじるか 6…Qxf6 7.Nxd5 でポーンを損しなければならない。
この狙いは実際はたいして重要ではない。白は簡単にかわされる狙いを見舞うためにナイトを釘付けにしたのではない。白の関心は駒を最も効果的に配置することでありビショップのg5への展開は非常に強力である。黒ナイトに対する拘束と黒陣全体に対する押さえ込み効果は容易に振りほどくことができない。
4…Nbd7
クイーンポーン布局では黒のクイーン翼ナイトはc6でなくd7で最もよく働く。d7のナイトはキング翼ナイトを支援しcポーンをc5に突く準備を助ける。クイーン翼ナイトはc6に行ってはいけない。そこではcポーンの邪魔になってしまう。cポーンは自由に進めて白の中原を攻撃できるようにしなければならない。
ついでに本譜の黒の手には罠が含まれている。それは強欲な選手を引っ掛けるために仕組まれている。
5.e3
どうしてポーンを取らないのか。取ると次のようになる。5.cxd5 exd5 6.Nxd5 Nxd5!(強引に釘付けをはずした)7.Bxd8 Bb4+ 8.Qd2 Bxd2+ 9.Kxd2 Kxd8 で黒の駒得になる。
このような場面に当てはまる次のような原則に従えばこの罠にはまることはない。
展開を犠牲にしてポーンを追い求めるな。
本譜の白の手は中原ポーンを支えキング翼ビショップの出口を作っている。
5…c6
黒は自分のdポーンの土台を強化しクイーンの使える斜筋を開けた。黒は 6…Qa5 から 7…Bb4 で始まる反撃を計画している。
6.a3
この手は黒のそのような捌きを止めさせた。これで黒ビショップはb4に来てナイトを釘付けにすることができなくなった。
6…Be7
黒は駒を展開しナイトを釘付けからはずし最下段を空けてキャッスリングできるようにした。
7.Qc2
これはこの布局におけるクイーンの理想的な展開である。c2のクイーンはc列に圧力をかけ(中原のポーンが交換されればそれは全く明らかなことになる)e4の地点に利いている。予想されるキング翼の駒の動員の代わりにこの時点でクイーンが戦いに参加したのはまさしくe4の地点に利かすためである。黒が 7…Ne4 でいくつかの駒を交換して簡単に捌くことができないようにe4の地点を守ることが肝要なのである。
7…O-O
黒はキングを安全地帯に移した。
黒は自陣の凝り形をラスカー捌きの 7…Ne4 でくつろげることはできない。なぜなら白は 8.Bxe7 Qxe7 9.Nxe4 dxe4 10.Qxe4 と応じてポーン得するからである。白のa3のポーンが 10…Qb4+ でポーンを取り返すのを防いでいることに注意されたい。だから白の6手目は無駄手ではないのである。
守勢のキング翼キャッスリングの代わりに黒は 7…dxc4 8.Bxc4 e5! で反撃を試みるべきだった。この手は中原の支配を争いクイーン翼ビショップの筋を空けるのに役立つ。
8.Nf3
キング翼ナイトを最適の地点に据え、さらにe5の地点に利かして …e5 によるいかなる捌きのもくろみも終わりにさせた。
8…a6
この手は 9…dxc4 10.Bxc4 b5 11.Bd3 Bb7 から最終的に 12…c5 と捌くための準備である。そうなればクイーン翼ビショップを展開させクイーン翼を捌いて白のポーン中原に対する行動を開始するのに役立つ。
9.Rd1!
もし黒が側面攻撃にでてくれば白は推奨されている具体策-中原からの戦い-で迎え撃つ用意である。
d1のルークは黒が中原ポーンを交換する抑止力として働く。というのはこの列が素通しになるとルークの圧力が強まるからである。
9…Re8
中原が戦闘の舞台となるのが普通なので黒はe列にルークを持ってきた。
10.Bd3
このビショップの登用で白の展開はほぼ完了である。注意すべきは白駒のほとんどが最下段を離れ戦闘配置につくまで戦力を得するにせよキング翼攻撃を始めるにせよいかなる種類の手筋にも白が手を染めないことである。これらの駒が最も効果的な地点に-中原を支配し最大限に動け重要な陣地のかなりの部分を占める所へ-配置されて初めて白は手筋、即ち形勢をたちまち決める一撃を探すのである。
10…dxc4
黒は白が取り返しに手を損するように、このビショップが動くまでポーンを取るのを遅らせていた。
11.Bxc4
このポーンは取り返すしかない。
11…b5
黒は白ビショップに1手かけて下がらせ自分のクイーン翼ビショップの展開のためにb7の地点を空けた。
12.Bd3!
このビショップはこの地点から素晴らしい働きをする。
即ち2方向を攻撃し、敵駒のe4への侵入から守り、黒のキング翼に狙いをつけ、黒が 12…c5 で捌きに来るのを防いでいる。
12…h6
12…c5 なら 13.dxc5 Bxc5(明らかに 13…Nxc5 はない手で 14.Bxh7+ で開き攻撃によりクイーンが取られる)14.Bxh7+ で、釘付けで無力のナイトがこのビショップにさわれないので白のポーン得になる。
本譜の手で黒はhポーンを(上の解説の)当たりの位置からはずした。これで黒はクイーン翼を捌き 13…c5 で中原に争点を作り出せることを期待している。ついでに白のクイーン翼ビショップに行き先を明らかにさせようとしている。
13.Bxf6!
この構想は非常に素晴らしい。白は手損をしてまでも双ビショップにしがみつこうとはしない。代わりにいかなる …c5 も防ぐつもりである。黒のcポーン突きを防ぐことができれば黒陣はひどい凝り形になりクイーン翼ビショップを適正な地点につけるという課題を決して解決できないかもしれない。
13.Bxf6 の当面の目的はナイト又はビショップのどちらかで取り返させて、その駒をc5の地点の監視とその地点へのポーン突きの支援からそらすことである。
13…Nxf6
たぶんビショップで取るよりこの手の方が良い。その方が黒のクイーンとクイーン翼ビショップが自由に動ける。
14.O-O
キング(どんなことがあっても危険から遠ざからなければならない)は隠れ家に行きルーク(戦闘に加わらなければならない)は活動の舞台に近寄った。
14…Bb7
白ルークと黒クイーンが同じ列にいる時 14…c5 に打って出るのは無茶である。白はあっさりポーンを取り 15…Bxc5 と取り返した時 16.Bh7+ でクイーンを取って懲らしめる。
黒の着想はクイーン翼ビショップの展開の他に、ルークをc8に回してからcポーンを突くことである。
15.Ne4!
白は3個の駒(クイーン、ナイト及びdポーン)でc5の地点ににらみを利かせるためにc列を空けた。その目的は黒のcポーンがc5へ来るのを不可能にするためである。
白が e4 で中原をポーンで埋める誘惑もがまんしていることにも注意して欲しい。代わりに白はe4の地点を空けたままにして自分の駒の跳躍点として利用する。
15…Nxe4
さもないと白ナイトがc5の地点に跳ねて黒のクイーン翼を完全に窒息させるかもしれない。
16.Bxe4
黒をまだ押さえ込んでいる。黒は 16…c5 とは指せない。そんなことをすればクイーン翼ビショップをひったくられてしまう。
16…f5
黒はキング翼ポーンの形を弱める犠牲を払ってもこのビショップをすぐに追い払わなければならない。遅れれば白に 17.Ne5(黒のcポーンに対する圧力を強めf3にビショップが下がれるようにする)の後必要ならば 18.Rc1 と指す余裕を与えてしまう。
17.Bd3
ビショップがこの地点を訪問するのは3回目である。
白は早まって 17.Bxc6 と取ってはいけない。それは 17…Rc8 で釘付けにされてしまう。
17…Qb6
またもやポーンを突いて捌く準備をした。
18.Rc1!
この局面で白に要求されているのは黒のcポーンのせき止めの維持に全力を傾けることである。白はこのポーンが決して進めないようにc5の地点を完全に制圧しなくてはならない。急所のc5の地点を支配すれば大局的な勝利が保障されるので白は一瞬たりとも緩めてはならない。
18…Rac8
黒はしつこくcポーンを突く計画である。もしこのポーンを突かないとクイーン翼ビショップが外の空気に触れられない。
19.b4!
黒のcポーンに釘を刺した。白は戦略的に勝ちを収めた。残るは何らかの適切な戦術を行使して敵を屈服させることである。手筋の登場する時期は熟している。
19…Qd8
20.Qb3(狙いは 21.Qxe6+ 又は 21.Bxf5)に対して 20…Qd5 という受けを用意した。
>20.Ne5
強手が出た。不幸なcポーン(その位置に留まっていなければならない)に対して三つ目の駒で当たりをかけた。黒が受け身の抵抗を示すならば白は 21.f4(ナイトをさらに守り中原を安定させる)から 22.Be2 及び 23.Bf3 と指す。その後はcポーンが滅ぶしかない。
20…a5
黒のクイーン翼を押さえ込んでいるポーンの一つを攻撃した。
代わりに 20…Bf6 なら白は筋書きどおりに 21.f4 から 22.Be2 及び 23.Bf3 と指す。
21.Qb3!
22.Qxe6+ 又は 22.Bxf5 の狙いを復活させた。
白はたぶん 21.bxa5 には一瞥しただけだっただろう。この手に対して黒は 21…Qxa5、21…Bxa3 又は 21…c5 のどの手でも応えることができる。いずれにせよ白の立場からすると過分な自由を黒に与えてしまう。
21…Bd6
黒が当てにしていた受けは一蹴された。即ち 21…Qd5 は 22.Qxd5 exd5 23.Bxf5 で白のポーン得になる。あるいは黒がcポーンでクイーンを取り返せば 23.Bxb5 で白が勝つ。
22.Bxf5
現実の激しさの一端はポーン得をもたらした。
22…Qf6
ビショップ当たりとナイトへの二重当たりで黒はポーンの取り返しを期待している。
23.Bb1
最下段へビショップを引いたのは、クイーンをc2へ動かすかビショップをクイーンの背後のa2へ回してクイーンの斜筋に沿った攻撃を助けるためである。
23…Bxe5
黒は働いている駒を切りたくはない。しかしポーン損を取り戻すためには仕方がない。
24.dxe5
取る一手である。
24…Qxe5
戦力は互角で黒は最悪を脱したように見える。
白が 25.bxa5 でポーン得になれることは確かだが、その結果はa列上の孤立した二重ポーンで、このポーン得から有利になれるかは疑わしい。この怪しい収穫よりも、優れた大局観指法に対するよりよい報奨があるに違いない。
25.Rc5!
白はポーン得をはねつけ、さらに圧迫を加える方を好んだ。ルークは黒のクイーン翼を押さえ込み麻痺させた。この白の手の強さはルークが決してどかせられないことから明らかである。
25…a4
この手は様子を見た手である。その目的はポーンを助けるだけでなくクイーンがどこへ動くかで白の作戦を推し測ることである。
26.Qa2!
素晴らしいクイーン引きである。ここでは 26.Qc2 が予想されるところである。ビショップにつながれているので黒のキング翼に侵入できる。しかし黒は 26…Qf6 で巧妙に抵抗する。h7でのチェックには 27…Kf7 と応じ、白には攻撃の続行手段がない。また 26.Qc2 Qf6 の後 27.e4(28.e5 で黒クイーンを追い払ってから黒陣を蹂躙する狙い)なら 27…e5 でいかなる侵入も寄せ付けない。
26…Qd6
26…Qf6 で受けるのは 27.e4! で参る(ここで 26.Qa2 の意味が明らかとなる。黒のeポーンを釘付けにして 27…e5 を防ぐためだった)。以下は 27…Rcd8 28.e5 Qf4 29.Qc2(狙いは 30.Qh7+ Kf8 31.Bg6 Re7 32.Qh8#)29…Qg5 30.f4 Qg4 31.Rc3 で、ルークがg3に回り 33.Qh7+ で決まる。
注意すべきは 31.Rc3 でクイーン翼の圧迫を緩めても原則に違反していることにはならないことである。詰みや投了につながる攻撃は陣形的な考察よりも優先される。
27.Qc2
ここでのこの組み換えがより効果的である。白の狙いは 28.Qh7+ Kf8 29.Bg6 Red8 30.Qh8+ Ke7 31.Qxg7# である。
27…Rcd8
27…e5(クイーンでg6の地点を守るため)なら 28.Qh7+ Kf7(28…Kf8 なら 29.Bg6 で白の楽勝)29.f4(30.fxe5+ の狙い)29…e4 30.Ba2+ Kf6 31.Qf5+ Ke7 32.Qf7+ で手始めにビショップを取る。
28.Qh7+
黒キングに通じる白枡を制圧しているのでこの侵入が決め手となる。黒はクイーン翼が締め付けられビショップも閉じ込められているため持ちこたえられない。
28…Kf8
28…Kf7 なら白はビショップでチェックして交換得することもできるし 29.f4 で攻撃を続行させることもできる。その後は 29…Rh8 30.Qg6+ Kf8 31.f5 e5(又は 31…Qe7)32.f6 で白の勝ちとなる。
29.Bg6
黒キングをさらに閉じ込めルーク当たりにもなっている。狙いは 30.Qh8+ Ke7 31.Qxg7# である。
26…投了
黒は大きな駒損によってのみ処刑を遅らせることができる。
白の指し回しは予防戦略の真価の好例である。白は黒のクイーン翼を麻痺させて一方の翼の弱点が他方の翼の完全なつぶれに至るというまたとない事実を見せつけた。黒が一旦押さえ込まれると何とか抵抗しようとする黒の努力は弱々しいじたばたに過ぎないように見えた。