第3章 チェスのマスターが自分の読みを解説する(続き)

第27局

チェホベル対ルダコフスキー戦は知られざる名局である。この試合ではキング翼攻撃とクイーンポーン布局で論議してきた主題がみごとに融合している。黒は …c5 で捌くことを怠った。この状況に相手はすぐにつけいった。c列を支配するチェホベルは敵のcポーンを押さえつけそれからせき止めた。黒をクイーン翼に張り付けて白は突然攻撃をキング翼に転じて、中原は言うに及ばず両翼の防御に相手を走らせた。黒は …g6 と突いてf6とh6の黒枡を弱体化させることを強いられた。白クイーンは弱い枡の一つに飛びついた。それからキング翼での一連の詰みの狙いを始めてクイーン翼にいるクイーンを取って頂点に達した。

クイーン翼ギャンビット拒否
白 チェホベル
黒 ルダコフスキー
モスクワ、1945年

1.d4

この手は他のどんな手よりも布局における優勢を与えてくれる。

二つの駒がすぐに解放され、1.e4 の場合と同様に中原をポーンが占めた。しかし 1.d4 には次のように余得もある。

dポーンは守られていて急に攻められても安全である。

白はキングポーン布局でよく現れるようなfポーンへの狙いにさらされていない。白のc5の地点の支配は黒がキング翼ビショップをそこへ展開して白の弱いfポーンを攻撃するのを不可能にしている。

1…d5

これは白が次の手で 2.e4 と指して中原を独占するのを防ぐ最も単純な手段である。

2.c4

これはクイーン翼ギャンビットの眼目の手である。この融通無碍なcポーンは多くのことを行なっている。それらのうちの三つは黒の中原を亡き者にすることに関係している。

このポーンは自身を交換に供して、黒の中原ポーンの代わりに側面ポーンを受け入れるように誘っている。

このポーンは適当な時期が来れば黒のdポーンを取ってその中原を破壊することを狙っている。

このポーンは黒のdポーンに絶えず圧力をかけて黒がその保護に忙殺されるようにしている。

以上のことに加えてcポーン突きは白の大駒の便宜のためにc列を自由にし空けておくことを保証している。またクイーンがクイーン翼に出る道も開け放っている。

2…e6

黒は自分の中原ポーンの立場を強化した。白が 3.cxd5 と取ってきた場合はポーンで取り返して中原にポーンを維持する用意をした。これはクイーン翼ビショップの利きを制限するにしても黒の最も安全な防御である。

3.Nf3

これは黒のdポーンへの攻撃にさらに圧力を増す 3.Nc3 ほど厳しくはないけれどもやはり素晴らしい手である。どちらの手もクイーンポーン布局に特に当てはまる次のような勧告に従っている。

できるだけ迅速にすべての駒を展開せよ。

カパブランカは「序盤における主要な原則は迅速で効率的な展開である」と言っている(強調部分はカパブランカによる)。

3…Nf6

黒のナイトが中原に向かって跳ね、e4の地点を攻撃し、d5の地点をさらに厳重に保護した。

まずキング翼のナイトを動員するのは良い方針である。というのはキャッスリングを可能にするために2個の駒を展開するだけでよいからである。

4.Bg5

これは強力な手である。ビショップが展開されて敵のナイトに抑止的な働きが加えられた。この手には当面は何も脅威がない。白はただ「狙いを狙っている」だけである。

4…Be7

これはナイトへの釘付けをはずす適正な方法である。未熟な選手はよくいらだって 4…h6 5.Bh4 g5 6.Bg3 としてビショップを追い払おうとする。それは荒っぽい行動の結果としてキング翼のポーンの形を悪くしただけである。

5.e3

白はポーン中原を強化しキング翼ビショップを自由にした。

5…O-O

黒はクイーン翼の駒の展開作戦を明らかにする前にキングを安全地帯に移した。黒のクイーン翼ナイトはd7に行くかもしれないし、白の中原への攻撃の後ならばたぶんc6に行くだろう。

6.Nc3

白にはそのような問題はない。白のクイーン翼ナイトはcポーンやc列の開放を邪魔しないでc3に行ける。このナイトはc3で中原の支配争いに積極的に参加できる。

6…Nbd7

このナイトは決してcポーンが動く前にc6の地点に展開してはならない。cポーンはc5に進んで中原の同等の権利を争うのもc6に1枡だけ進んで黒自身の中原を支えるのも自由でなければならない。しかしこのポーンを …Nc6 で邪魔してはいけない。

6…Nbd7 という展開はちょっと見た感じよりも強力である。黒陣は当面は窮屈だがこのナイトは …c5 または …e5 で捌き白の中原を攻撃するのを支援する用意をしている。

7.Qc2

ここは白クイーンにとって絶好の地点である。このクイーンはc2の地点からいくつかの方向に強力な影響を及ぼしている。それは半素通しのc列に対してであり、中原では黒が 7…Ne4 で捌くのを防いでいる。駒交換を強制し圧力を払いのけようとするこの企ては次のように咎められる。(7…Ne4 の後)8.Bxe7 Qxe7 9.cxd5 Nxc3(9…exd5 なら 10.Nxd5 で白が即勝つ)10.Qxc3 exd5 11.Qxc7 Qb4+ 12.Qc3 これで白のポーン得になる。

7.Qc2 の別の働きはルークのためにd1の地点を空けたことである。黒クイーンと同じ列にルークがいると相手が中原で戦線突破を図るのをくじくことになる。中原でのポーン交換はd列での障害物のいくつかを取り払いルークの圧力を強める。この圧力はd列の敵クイーンまで到達する。

7…c6

この手は中原をしっかりと支えクイーンにクイーン翼への出口を与える。これで十分なように見えるが、中原に争点を発生させて中原の支配を争うもっと攻撃的な 7…c5 の方が適切だったかもしれない。…c5 突きの遅れの危険性は二度とこのポーン突きの好機が黒に訪れないかもしれないということである。

8.Bd3

白は5個目の駒を黒のキング翼に向けて展開し、自分のどちらの翼へもキャッスリングできる用意を整えた。

8…dxc4

黒はこのポーンをとる前に白がキング翼ビショップを動かすのを待っていた。さもないとこのビショップがポーンの取り返しと展開を同時に行なうことになる。d5の地点を空けた黒の意図はナイトをその枡に跳ばしていくらかの駒交換を行ない窮屈な陣形をくつろげることである。

そうはいっても黒は営々として築き上げたポーン中原を放棄してしまった。

9.Bxc4

白はポーン交換の結果に満足である。筋が開いて駒の活動性が増した。

9…Nd5

明らかに白にビショップ交換を迫った。

10.Bxe7

この手は 10.Bf4 Nxf4 11.exf4 でdポーンが孤立ポーンになるよりも安全である。ポーン自体はあまり危険にさらされないがその直前の地点のd5は大変危険である。その地点は黒駒により無期限に占拠される危険性がある。孤立ポーンの前の地点に陣取った駒は決して相手のポーンによって追い払われることがない。

10…Qxe7

クイーンを戦いに参加させるこの取り方が正しい取り返しである。ナイトで取るのは後ろ向きの展開である。

11.O-O

キングがより安全な隠れ家を見つけルークがお互いに連絡できるようになった。

簡明で単刀直入な展開の結果の白陣はみごとである。

11…b5

黒はビショップに当てて下がらせることにより自分のビショップの展開の手を稼ごうとした。

12.Be2

ビショップは引き下がったがd3へではない。そこは 12…Nb4 と両当たりをかけられて黒にナイトをビショップと交換させてしまう。このビショップは後でd3またはf3へ出れば素晴らしい攻撃の可能性が開けるので白は保持したいのである。

12…a6

この手はcポーンが自由に白の中原を攻撃できるようにbポーンを守る通常の捌きである。黒は 13…c5 と指すことができればまだ立派に戦える。

13.Ne4!

攻撃の火ぶたが切られた。クイーンがcポーンに当たりをかけナイトがそのポーンのc5への前進を制止している。白の構想はこのポーンがc5に進む(クイーンポーン布局における必須の捌きである)のを永久に押さえつけ、それから駒をc5の地点に据えて黒を完全にバリケードで押さえ込むことである。

13…Bb7

黒は別の駒を展開させてcポーンを守った。

14.Ne5!

これは非常に素晴らしい戦略である。白は駒をc5の地点に据える前にこの地点を守る黒駒の一つのd7のナイトを取り除くつもりである。

もし白がすぐに 14.Nc5 と指すと 14…Nxc5 15.Qxc5 Qxc5 16.dxc5 となってポーンがc5の地点を占めてしまう。これでは駒がその地点を占める場合の効果が得られない。c5のポーンは動きがとれず相手をほとんど抑止することができない。しかし駒ならばその力をあらゆる方向に及ぼしそのあたり一帯の敵の動きをひどく制限する効果がある。

14…Rac8

黒はまた一つ駒を展開して2個の駒で攻撃されているポーンを守った。

黒は 14…Nxe5 15.dxe5 と交換したくなかった。そうなれば白は残りのナイトをd6に据えクイーンをc5に配置して黒を完全に窒息させることができる。

15.Nxd7

c5の地点を警護していた駒の一つを取り除いた・・・

15…Qxd7

・・・そして他の駒をc5の地点の警護からそらした。

16.Nc5!

白はこの地点を占めて戦略的な意味で優勢を決定的にした。後は局面の優位を活用しそれを実際に勝利に結びつけることである。勝利を達成するこの過程こそチェスの醍醐味の一つである。

16…Qc7

クイーンとビショップの両当たりなのでクイーンはビショップのそばを離れない。

17.Rfd1

マスターたちの実戦によってルークは素通し列を支配している時に最も効果を発揮することが明らかになっている。

素通し列がない時はどうするのかって?その時は半素通し列か素通しになりそうな列にルークを置くと良い。

それもなさそうな時はどうするのかって?その時はルークは中央に回して中央の列に圧力をかけるのが良い。

どのみちルークは展開しなければならないのである。

17…Rcd8

この手にはいろいろな理由がある。

ルークはc6のポーンがこのルークの動きを妨げている(そしてこのポーンが生き返る見込みもほとんどない)間はc列にいても将来性がない。

ルークはビショップのためにc8の地点を空けた。ビショップはいつまでもb7の地点にいるわけにはいかない。そこにいるとビショップはcポーンのために動きを妨げられクイーンもビショップの守りに縛り付けられる。

18.Rac1

白の 19.Nxb7 Qxb7 20.Qxc6 でポーンを取る狙いは付随的であり、c列での圧力を強めるという戦略構想に比べれば副次的である。

18…Bc8

黒は 19.Nxb7 の狙いをかわしクイーンをビショップの見守りの仕事から解放した。これで黒は 19…e5 突きで反撃に乗り出すことができる。

19.Qe4!

クイーンが中央の絶好の地点に進出した。そこでクイーンは 19…e5 を防ぎ(ポーンが取られてしまうだけである)キング翼攻撃のためにその方面に転進する用意をしている。

19…Nf6

キャッスリングした陣形の最良の守り駒であるナイトがf6の地点に戻り、たまたまだがクイーン当たりになっている。

他の手なら白は 20.Bd3 で 21.Qxh7# を狙うことができた。そうなればナイトの退却か黒のキング翼ポーンの一つを進ませて弱体化を強いることができる。

20.Qh4

クイーンがナイトの当たりを避け、キングに対する攻撃を始めるためにキング翼に転進した。

20…Qa5

黒はクイーン翼で反撃を試みた。とはいってもほとんどは相手の注意をそらすためである。黒がキング翼の防御を強化しようとしてもできることはほとんどない。どのポーンを動かしても陣形をゆるめて抵抗力を弱めるだけである。黒がもくろんでいた中原での 20…e5 突きは控えめに言っても危ない。なぜなら 21.Qg3 と釘付けにする応手が厄介だからである。

21.a3

白は最も簡単な方法でaポーンを救いクイーンをb4に来させないようにした。

21…b4

黒は次に 22…bxa3 で白のクイーン翼を乱すことを期待した。

22.a4

白は敵クイーンを自陣に踏み込ませるような交換を避けた。

22…Nd7

黒は居座る白ナイトを払いのけようとした。このナイトは(アラビアンナイトで)シンドバッドの肩にしがみついた老人のように黒のクイーン翼を死ぬほど絞めつけている。黒が傍観していれば白は 23.Bd3 から 24.g4(詰みを防いでいるナイトをどかせる目的)で攻撃を推し進める。やむを得ない受けの 24…h6 の後白は 25.g5 でポーン交換を強制しg列を空ける。そして白はキングをh1に寄せてルークを素通し列にまわして攻撃を行なう。これに対し黒は長く持ちこたえることができない。

23.b3

aポーンを守りナイトの負担を軽くした。

23…Nxc5

他にもっと良い手はほとんどありそうにない。23…e5 は指したい手だが 24.Nxd7 Bxd7 25.Rc5 Qc7 26.Rxe5 で白がポーンを得する。

24.Rxc5

ナイト交換の結果白は別の駒でc5の地点を置き換えた。そしてこの駒は局面の支配を維持している。

24…Qb6

この手は 24…Qc7 よりも優っている。24..Qc7 に対する攻撃は次のようになる。25.Rdc1 Bb7(cポーンとaポーンを守るため)26.a5(26…a5 を防いでbポーンを孤立させるため)この後白は 27.R1c4 から 28.Rxb4 または 27.Bf3 から 28.d5 と指す。

25.Rdc1

空き列にルークを重ねるとその列(及び相手)に対する圧力は倍以上になる。白のとりあえずの狙いは 26.Rxc6 である。

25…Bb7

ビショップが両方の白枡のポーンを守ったがほとんど動くことができない。

駒の動きやすさの問題は興味深い。駒の捌ける余地が大きい方が優勢であるとは必ずしも成り立たないが、例外を除いて我々の実戦では良く当てはまる。束縛されずに自由に動ける駒がその周辺ではるかに力を発揮するだけでなく敵の活動も支配し制限するのはもっともである。これに加えて盤上の他の地点にも容易に移動することができ、自由に動きまわれることの特性から得られる優位を見ることができる。

両者が駒を動かすことのできる全ての手を比較してみよう。手の価値は良い、悪い、どちらでもないにかわわらず評価しない。明らかにしたいのは駒の動ける範囲である。

キング キング
クイーン 12 クイーン
ルーク(c1) ルーク(f8)
ルーク(c5) 11 ルーク(d8)
ビショップ ビショップ
合計 42 合計 17

なんと白駒の効率は黒駒の250%である。動き(結果的に攻撃力)にこれほど大きな違いがあると黒はどれだけ長く戦いを続けられるだろうか。

26.a5

このポーン突きは黒のbポーンを孤立させるためと、ついでにクイーンを2段目に押し込めるためである。

26…Qa7

代わりに 26…Qc7 なら白はキング翼での作戦を再び始めることもできるし、クイーン翼で 27.Bf3 Rd6 28.R1c4 から 29.Rxb4 でポーン得を目指すこともできる。ポーンを取っても白の攻撃力が減少することもないし局面の支配がゆるむこともない。

27.Bd3!

クイーン翼の形が固定されたので白は注意をキング翼に向けた。次の手で詰みがある。黒は簡単にこの狙いを防ぐことができる。しかしそれはキングの回りのポーンの一つを突いて構造的、永続的かつ修復不可能な弱点を作ることによってのみ可能である。

27…g6

27…h6 は 28.Qe4 で 28…g6 が余儀なく2個のポーンが浮き上がる。そこから白は 29.Rh5 Kg7(29…gxh5 は 30.Qh7#、また 29…Kh7 は 30.Qf4 で白勝ち)30.Qe5+ f6(30…Kh7 なら 31.Qg5 が絶妙の二重釘付けで白の勝ち)31.Qg3 g5(31…f5 なら 32.Qe5+ Kh7 33.Qc7+ Kg8 34.Rxh6 で白勝ち)32.Rxh6! Kxh6 33.Qh3+ Kg7 34.Qh7# で勝つ。

白が一連の手筋を延々と読みたくないならばもっと簡明な手段は圧力を維持しそれをさらに強めることである。例えば 27…h6 28.Qe4 g6 の後 29.Rh5 の代わりに白は 29.h4 と突き 30.h5 で黒のポーンを破壊することを狙うこともできた。白ポーンの前進を止めるために黒が 29…h5 と応じれば白はルークでhポーンを取ることもできるし、30.g4 hxg4 31.h5 で破壊を続けることもできる。

実戦の手で黒は黒枡が弱点となって自陣に空所ができた。

28.Qf6!

クイーンが黒の 27…g6 突きによって作られた空所に安全にもぐり込んだ。空所とはf6やh6のような地点で、隣のポーンの前進によって発生する。ここはもはやポーンによって見張られていないので弱い地点であり、敵の駒の侵入を受け易い。このような駒はやすやすと空所の一箇所に居座ることができ敵ポーンにより邪魔されないことが分かっている。

クイーンがキング翼の急所の地点にもぐり込んだので白の作戦は簡明さの点で古典的なものである。白はhポーンをh4、h5、h6と突いていき Qg7# で詰みに討ち取る。ポーンがh5まで進んだ後黒が取ってくれば即座に報いとしてルークで詰まされる。

28…Rd6

黒はd8の地点を空けてクイーンがその地点に戻り白クイーンに対抗できるようにした。チェスの言葉で言えば 29.h4 Qa8 30.h5 ならば30…Qd8 とすることで、白クイーンは詰みの狙いを放棄して去らなければならない。

29.Qe7

白は浮いているルークに当たりをかけて黒が増え続ける狙いを払いのけるのに手一杯になるようにした。黒は盤上の異なった個所に三つの問題を抱えている。

a)キング翼では詰みを監視しなければならない。

b)クイーン翼では白の締め付けから自身を解放しなければならない。

c)中間では離れ駒を助けなければならない。

29…Rfd8

代わりに 29…Qb8 なら 30.Be4 Rc8 31.h4 Qc7 32.Qf6 Qd8 33.Qxd8 R(どちらのルークでも)xd8 34.Bxc6 または 34.R1c4 で白の容易な型どおりの勝ちになる。

30.h4

白はポーンをh6にクイーンをf6に持ってきて詰み形にする狙いを復活させた。

30…R8d7

黒は敵クイーンを自陣内から追い出さなければならない。ただし最下段とd8の地点は自分のクイーンが利用できるようにしたいので 30.R6d7 とは指さない。

31.Qf6

詰みの脅威が切実な問題になってきた。

31…Qa8

黒クイーンは下がることによってのみ救援に駆けつけることができる。

黒が 31…Rd5 で 32.h5 を止めようとしても白はまず 32.Be4 でルークを立ち退かせてポーン突きを達成する。

32.Be4!

すぐ 32.h5 と突くのは 32…Qd8 と応じられてだめである。本譜の手の後(32…Rd5 の防ぎにもなっているが)黒が 32…Qd8 と指せば白は平凡ではあってもクイーンを交換しcポーンを取って簡単に勝ちになる。

32…Qe8

黒は白が早まって 33.Bxc6 と取ってくれることを期待した。その場合は 33…Bxc6 34.Rxc6 Rxc6 35.Rxc6 Rxd4 でポーンを取り返しまだまだ戦える。

33.h5!

ポーンが1段ずつ進むたびに黒キングの危険度が増していく。このポーンは黒陣のもう一つの空所であるh6を目指していてそこにしっかりと居座ろうとしている。

33…Rd8

ルークが下がってcポーンにクイーンの守りが加わるようにした。

黒が両翼での狙いをかわすのに忙殺されているということは白の次の手の鍵である。その手は黒に解決できない問題(最も対処の難しい問題)を突きつける。

34.Bxc6

一見きちんと守られているポーンを取り払った。しかし手順を見れば分かるようにポーンを守っている駒の一つは働き過ぎになっている。即ちクイーンはこの地点(c6)とd8のルークを守らなければならないだけでなくキングに対する詰みの狙いにも警戒していなければならない。

34…Bxc6

黒はこのビショップを取らなければならない。さもないと2個の駒が当たっているので戦力損になる。

35.h6!

これは挿入手、つまり即詰みの狙いの中間手である。

35…Kf8

35…Qf8 という受けには一本道の勝ちがある。36.Rxc6(狙いは 37.Rxd6 Rxd6 38.Rc8 Qxc8 39.Qg7#)36…Qxh6 37.Rxd6 Rxd6 38.Rc8+ で黒はクイーンを犠牲にしなければならない。

36.Rxc6

白は駒を取り返した。そして 37.Rxd6 Rxd6 38.Rc8 Qxc8 39.Qh8+ でクイーンを取る手を狙っている。

36…Rxc6

黒には選択の余地はあまりない。36…Qd7(37.Rxd6 に 37…Qxd6 と応じるため)なら 37.Rc7 Qe8 38.Qg7# となる。

37.Rxc6

白はルークを取り返し 38.Rc7 で7段目を制圧する用意をした。そうなれば黒キングが逃げられなくなり再びクイーンによる詰みの狙いが生じる。

37…Rd7

37…Qxc6 でも助からない。白は次のように勝ちの収局に持ち込むことができる。38.Qxd8+ Qe8 39.Qd6+ Kg8 40.Qxa6 Qe7(さもないと 41.Qb7 ですぐに白の勝ちになる)41.Qb6 これで白のパスポーンが止まらない。

38.Rc8!

白はただ取りのルークでクイーンを攻撃した。十分にみごとな締めくくりだが最善手を追究する人や枝葉末節にこだわる人は白が華麗な 38.Qg7+ Ke7 39.Rxe6+! Kxe6 40.Qe5# を見逃したと指摘するかもしれない。多くの選手はマスターが見逃したものを見つけることに大喜びする下級者によって実戦よりも速い勝ちやきれいな勝ちがあったことを指摘されたことがある。しかしマスターがもっと短い手順を見つけなかった理由はそもそもそれを探そうとしなかったからである。マスターが勝ちを決めた手は最後の手筋を開始する前にその結果を事前に見通し完全に読み切っていた手である。一連の強制手順がうまく行けば勝つための他の手順を探すことに時間をかける理由は全然ない。手筋を読むのには時間がかかるものであり、急いで敢行された短手数の手段には見損じがあることが判明するかもしれない。だから教訓は次のとおりである。最も簡明に勝ちを決める手を指せ。華麗な手はアリョーヒンとケレスに任せておけ。

38…Qxc8

もちろん 38…Rd8 としても 39.Rxd8 で何にもならない。

39.Qh8+

白がクイーンを取り勝ちが決まる。

白の指し回しは絶妙で、一度も試合の鉄壁の支配を緩めなかった。特筆すべき特徴はb4の勇敢なささやかなポーンを除いて黒の駒もポーンも自陣からの4段目を越えたものがなかったという状況である。