第3章 チェスのマスターが自分の読みを解説する(続き)

第32局

 カナル対カパブランカ戦は鑑賞家垂涎の一局である。カナルはルークを捨てて2個の駒を取る手筋でカパブランカを驚かせた。しかし本当に驚いたのだろうか。明らかにカパブランカはこの手筋を予期していて、カナルよりもさらに先を見通し相手には見抜けなかった手段を読んでいた。その後に続いた収局はすばらしいスタディで、実戦ではめったに見られない主題の「支配」を見せつけている。1個のポーンがクイーンに昇格するが、戴冠するポーンを見つけるのには鋭い眼力が必要である。

クイーンポーン試合(クイーン翼インディアン防御)
白 カナル
黒 カパブランカ
ブダペスト、1929年

1.d4

 この手は現代の選手のお気に入りで、中原の制覇をめぐる戦いを始める最良の手段である。即ち中原をポーンで占め2個の駒がすばやく戦闘に加われるようにしている。

1…Nf6

 この手は 1…d5 と異なり敵と正面からぶつかっていないが、次に 2.e4 と指すのを防いでいる。それに布局における適正な地点にすぐに駒を展開する利点もある。

2.c4

 この手には多くの利点がある。

 a)黒がすぐに 2…d5 と指すのを抑止している。それに対しては 3.cxd5 と取って駒で取り返させ黒のつかの間のポーン中原を破壊する。

 b)c列を開けて白の大駒が利用できるようにする。

 c)クイーンが斜筋を利用できるようにする。

 d)並んだ2個のポーンが5段目の4地点を支配できるようにする。

2…e6

 この手により黒のキング翼ビショップは中原での事態への影響力を見据えて攻撃的に展開することになる。例えばもし白が次に 4.e4 と突く意図で 3.Nc3 と応じれば黒はビショップでナイトを釘付けにして 4.e4 を不可能にする。

3.Nf3

 白はeポーン突きを実現することができないので普通の展開の手を指し事態の進展を待った。

3…b6

 黒は事業にさらに抑制を加えた。黒の意図はビショップをb7の位置につかせ遠くから攻撃することである。このビショップは急所のe4の地点の支配に向けてナイトに力を与える。

4.g3

 白の最良の進行は素通し列でルークが向き合うように対角斜筋でビショップを対抗させることである。同じ兵力を向き合わせることで白は敵のビショップの攻撃から牙を抜くことができる。

4…Bb7

 まさにこの手こそ現代の構想である。昔は中原をポーンで占拠しその後でビショップをフィアンケットしていた。その結果ビショップは役に立つ機会を奪われていた。今日ではビショップは利き筋に固定されたポーンが散乱していて邪魔されるということがないので対角斜筋に沿って自由に威力を発揮している。

5.Bg2

 フィアンケットが完了してキング翼が空き白はキャッスリングの準備が整った。

5…Bb4+

 黒は …c5 で突き崩そうとする前に駒を展開した。このビショップ出はキャッスリングを早めるだけでなく有利なビショップ交換をもたらすことになる。

6.Bd2

 この手は 6.Nbd2 よりも優っている。6.Nbd2 は消極的な手で、黒にキャッスリングしてから 7…d5 で中原を攻撃する余裕を与える。

6…Bxd2+

 黒は自陣のやや凝り形を緩和する最良の策として交換することにした。代わりにビショップをe7に引くのは守勢に陥り白に主導権を維持させてしまう。

6.Nbxd2

 マスター級のチェスの理論家と批評家は白はクイーンで取ることを推奨している。d5の地点の攻撃に役立つようにナイトはc3にいるべきだとの彼らの叫びにもかかわらず、選手たちはナイトで取ることに固執している。彼らの意見はナイトで取ることにより小駒が展開されるというものである。しかし本当の理由は全くの頑固さだけかもしれない。つまり権威に対する反抗である。いずれにせよ 7.Qxd2 より効果が劣るとしても厳しく非難するほどのことではない。

7…O-O

 黒は中原で決定的な行動を起こす前にキングの安全を考慮し安全な方面に退避させた。

 他の有力な手は 7…c5 で白のポーン中原に挑む手である。これに対して白は 8.d5 とはポーン損になるので指せない。

8.O-O

 白はキングの位置をより安全にしキング翼ルークを働きにつかせた。

8…c5!

 この強手の目的は白の中原を突き崩すことである。

9.dxc5

 白はほとんど選択の余地がない。ポーンをd5に進めるのは取られてポーン損になるし、9.e3 と突いて支えるのは(ポーンで取り返して中原にポーンを維持するため)eポーンを守りに縛り付けることになる。そうなればeポーンがe4の地点に進む可能性はかなりおぼつかなくなる。

9…bxc5

 黒は単純なポーン交換で三つの優位を勝ち取った。

 a)側面のポーンと引き換えに中原のポーンを消去した。

 b)黒のcポーンがd4の地点を支配し白の駒がそこに来るのを不可能にしている。

 c)新たに素通し列となったb列で黒のクイーンとクイーン翼ルークが大いに働けるようになる。

10.Qc2

 序盤におけるクイーンの役割はほとんどの場合それほど大したものではない。最下段から離れて邪魔にならないようにし、ルークが連結して中央の列で働けるようにするくらいのものである。

 クイーンが出動したためキング翼ルークがd1の地点を占めd列に圧力をかけることができ、その列にいる黒の兵力を不安に陥れることができる。

10…Nc6

 ナイトが中原に向かって展開し、cポーンのd4の地点の支配を確かなものにした。

11.Rfd1

 白は 11.e4 と指したいところだが 11…e5 と反駁される(d4に対する圧力を強める)。その後は 12…Qe7 から 13…Nd4 と指してくる。そうなると白は問題に直面する。d4にいるナイトの圧力はほとんど耐え難いがそれを取ると黒は 14…cxd4 と取り返しd列にパスポーンができてしまう。

11…Qb6!

 これでd4の地点に黒の3駒が利き、クイーンも素通しのb列に足場を得た。

12.a3

 この手で白は 13.b4 で反撃を始めようというとっぴなことを夢見ているわけではない。いつか …Nb4 で不意打ちを食いたくないというのが主な理由である。

12…Rab8!

 この大局観は素晴らしい。ともすれば自分のキングに対するルークの一番の務めは素通しの列を占拠するということを忘れがちである。そうするのはルークの利きが列全体に延びるからだけでなく他の地点に行くにも格好の通り道となるからである。

13.Rab1

 白ルークもb1に行ったが両者のルークには天と地ほどの違いがある。このルークには素通し列がない。だから働きを増す見通しがほとんどなく役割も純粋な防御である。もっともbポーンを守ったのでクイーンがその責任から解放された。

13…Rfc8

 このルークはf8で何もしていなかったので活躍できそうな列に回った。

  13…a5 と突くのは急がなくてよい。白から 14.b4 と突いて仕掛ける状況にはないからである。

14.e4

 このポーン突きは強そうだが見掛け倒しである。空けておくべき地点をポーンが占めたというのが実際である。白駒は色々な目的地に行くための中継点としてe4を利用できないので活動性を大きく損ねた。

14…e5

 白のeポーンが 15.e5 で伸びようという欲求を封じ込めた。

 注目すべきは黒がd4の地点の支配を補強したことである。これでこの地点にはクイーン、ナイト及び2個のポーンが利いている。

15.Qd3

 この手で白は次に 16.Qd6 と指すか、ナイトをf1-e3-d5という経路で捌くことでd列での反撃を期待した。それと同時に黒が 15…Nd4 と指すのを、16.Nxe5 という応手を用意して防いだ。

15…d6

 これはしゃれた、ずうずうしいと言ってもよい応手である。黒は守られていないポーンでeポーンを守った(16…Nd4 と指せるように)。

 白はもちろんこのdポーンには触れてはいけない。16.Qxd6 の報いは 16…Rd8 で、クイーンを取られてしまう。

16.Nf1

 これはナイトをe3からd5へ据えたいという意思表示である。実現できるならば素晴らしい戦略である。

16…Nd4!

 しかし黒の方が早かった。黒はd4に橋頭堡を確保しただけでなく白が同じことをするのを妨げている。白が 17.Ne3 と指してくれば 17…Bxe4 18.Nd5 Bxd3 19.Nxb6 Nxf3+ 20.Bxf3 Rxb6 21.Rxd3 e4 で鮮やかに駒得する。

17.Nxd4

 踏み込んできたナイトで動きを邪魔されているので取り除いた。

17…exd4

 黒は喜んで交換した。d列にできたパスポーンはいつかクイーンになるかもしれない。それに加えてこのポーンは出口を見張っている。白ナイトがe3に出て来るのを妨げd5に到達するという野望に終止符を打った。

 d4にできたパスポーンは明らかにクイーン昇格の論理的な候補である。しかし意外なことが起こる。それも数多く。

18.b4

 突然白が牙をむいた。主な狙いは 19.bxc5 Qxc5(クイーンが二重に当たっているのでこう取らなければならない)20.Rxb7 Rxb7 21.e5 で、白がルークの代わりに2駒を手に入れる。

 黒はこの狙いにどう対処したらよいだろうか。18…cxb4 は 19.Rxb4 で白に最良の結果をもたらすので明らかに駄目である。18…Qc7 と下がれば 19.bxc5 dxc5(パスポーンを守るため)20.f4 で 21.e5 を狙いとして白の駒が生き生きとしてくる、

 実戦でカパブランカはあっというような手筋を放った。彼は白に戦力で得をさせた。その代わりにカパブランカを除いては有望とはほど遠いと思えるような局面に持ち込んだ。

18…Qc6!

 白のeポーンを三重に当たりにした。これにより白はおとなしくこのポーンを守るか思い切って予定の手筋を繰り出すかの選択を迫られた。

19.bxc5

 白は勝ちにいった。ポーンを取り払いルークの筋を開けd4のパスポーンを取り除く用意をした。

19…dxc5

 黒は貴重なパスポーンを維持するためにポーンで取り返さなければならない。

20.Rxb7

 ルークの代わりに2駒を取るこの手筋は魅力的である。

 果たしてカパブランカは隙を突かれたのか、それとも相手よりもずっと先の手段を見通していたのだろうか。

20…Qxb7

 黒は重要なb列を支配し続けるためにクイーンで取った。

21.e5

 ビショップの利きが通ってクイーンとナイトの両当たりである。

21…Qb3!

 クイーン交換を誘うすごい手である。普通は戦力に優る方が駒を減らして単純な収局に持ち込もうとするものである。

22.exf6

 白は 22.Qxb3 を避けた。それは 22…Rxb3 23.exf6 Rxa3 となって黒にパスポーンが2個できてしまう。

22…Qxd3

 この手の狙いはルークに取り返させて白の最下段を空けさせることである。そうなれば黒ルークがその最下段を侵入口として利用でき、白ポーンの背後に回ることができる。

23.Rxd3

 白は取るしかない。

23…Rb1!

 手始めにナイトを釘付けにした。白は何とかして一刻も早く釘付けをはずさなければならない。

 ぐずぐずしていると黒は 24…Re8 から 25…Ree1 そして 26…Rec1 と指してくる。白のcポーンは取らせるしかない。 27.Bd5 でcポーンを守るとナイトが取られてしまう。黒はcポーンを取った後恐ろしい連結パスポーンが急いでクイーン昇格を目指すことになる。

24.Bd5

 白の意図は明らかである。大切なcポーンを守りキングのために枡を空けた。25.Kg2 の後ナイトはもう釘付けになっていないので自由に動ける。

24…Rcb8

 黒はルークを重ねて非常に重要なb列の支配を揺るぎないものにした。

 ここで白は二つの脅威に直面している。

 a)25…Rc1 から 26…Rbb1。ナイトが当たりになっているので白はビショップをg2に引かなければならず、cポーンを取られてしまう。

 b)25…R8b3。ルーク交換が必至でその後白のクイーン翼のポーンの一つが落ちてしまう。

25.Kg2

 ここまでの10手の間見物人だったナイトを釘付けからはずした。

25…R8b3!

 これは大胆な構想である。黒はルークを交換させて駒割りは白2個に対し黒1個のままである。

26.Rxb3

 白は喜んで応じた。

26…Rxb3

 次にaポーンを狙っている。

27.Nd2

 白はaポーンを助けることができない(27.a4 なら 27…Rb4 28.a5 Ra4)。そこで逆にナイトで敵ポーンを狙った。

27…Rxa3

 ポーンを取った結果a列にパスポーンができた。これがクイーンになるポーンだろうか。

28.Ne4

 白の駒が躍動し始めた。狙いは 29.Nxc5 で、黒のdポーンの支えをなくしcポーンが白のパスポーンとなる。

28…a5!

 この手は 28…Ra5 よりはるかに良い。28…Ra5 はルークをポーンの守りに縛りつけ収局におけるこのルークの役割を低下させてしまう。

29.Nxc5

 このポーン取りの後白のパスポーンは脅威となり始めたように見える。

29…gxf6

 これはポーンを取り返すというよりキングにもっと動く余地を与えるための手である。すぐに 29…Kf8 と動くのは 30.Nd7+ でg8に戻らなければならない。30…Ke8 は 31.fxg7 で白の勝ちとなってしまう。

 本譜の手の代わりに 29…d3 と突くのは 30.Kf3 から 31.Ke3 とされてこのポーンが落ちてしまう。

30.Kf1

 キングがパスポーンの前に立ちはだかるために引き返した。

30…a4

 黒はこのポーンを 31.Bc6 で二重当たりにされても怖くない。31…Ra1+ から 32…a3 でかわすことができ、かえってポーンが1歩進むことができる。

31.Ke2

 キングがdポーンにさらに近寄って、その脅威に完全にとどめを刺した。

 黒はここからどうするのだろうか。

31…Ra1!

 aポーンのクイーン昇格の狙いで脅すのである。黒の意図は 32…a3、33…a2、34…Re1+(先手でポーンの前を空けるため)、そして 35…a1=Q である。

32.Nd3

 白はdポーンをせき止め自分のパスポーンを突き進める用意をした。

32…a3

 17手目のところではdポーンが最終段に到達してクイーンに昇格するものと思われた。ここではdポーンがせき止められていてaポーンが昇格するポーンのように見える。

 果たしてクイーンに昇格するのはaポーンなのだろうか。

33.c5

 白のポーンも面倒を起こすことができる。

33…a2

 黒は 34…Re1+ 35.Kxe1 a1=Q+ ですぐに勝ちになる手を狙っている。

34.Kf3

 キングにチェックがかからないようによけた。

34…Rd1

 この手はナイトに当たっているだけでなくポーンのクイーン昇格も狙っていて白がさらに困難に追い込まれた。

35.Bxa2

 白はどんなに犠牲を払ってもこの危険なやつを消滅させなければならない。

35…Rxd3+

 黒はaポーンの代わりに駒を得した。

36.Ke4

 白は 36.Ke2 Rc3 でパスポーンを取られるようなへまはしない。

36…Rd2

 この手はビショップとキング翼のポーン全部を攻撃していてdポーンの将来性も復活させた。

 やはりこのポーンがクイーン昇格の候補なのだろうか。

37.Bc4!

 ここはビショップの絶好の地点である。これに対して黒の間違え易い手は 37…Rxf2 である。それは 38.c6 Rb2(38…Rc2 なら 39.Kd5 で白の勝ち)39.c7 で白ポーンが駆け抜けてしまう。

37…Kf8!

 キングが危険なポーンを抑える役目を引き受けた。

38.f3

 cポーンを突き進めても無駄である。38.c6 Ke7 でこれ以上先へ進めない。

 本譜の手で白は自分のhポーンと引き換えに黒のdポーンを取るつもりである。

38…Rxh2

 黒はその提案に乗った。パスポーンに頑強にしがみつく代わりに、どんなにわずかな優勢でも勝ち切ることに自信のある黒は進んで単純化に応じた。これは盤上の正義に対する信頼と、正義を適切に配分する自分の能力に対する自信がなければできないことである。

39.Kxd4

 このポーンを取った白の前途は有望のように見える。キングとビショップがパスポーンのすぐ側に付き添っているし、それを盤の最上段まで全力で護衛しようとしている。

39…Ke7

 この手はパスポーンをせき止める準備である。

40.Bd3

 白は明らかにビショップをe4に持って来るつもりである。ビショップはそこからfポーンを守り、黒の二重ポーンの前進を防ぎ、自分のcポーンがc6まで進んだ時それを守る用意をすることになる。

40…h5

 これは 41…Rg2 42.g4 h4 で勝つ狙いである。

 hポーンがクイーンになるパスポーンなのだろうか。

41.Ke3

 gポーンを救うためにキングが近寄った。

41…Rg2

 黒は白キングにgポーンを守らせて白のパスポーンから引き離そうとしている。

42.Kf4

 この手は絶対である。42.g4 では 42…h4 43.Bf1 Rc2 44.Kd4 Rf2 45.Bh3 Rxf3 46.Bg2 Rg3 47.Bf1 h3 となって黒が簡単に勝つ。

42…Rg1

 この手は白のパスポーンの背後に回るためである。収局ではルークは敵ポーンの背後で最も力を発揮し、その貫き通す威力は列全体に及ぶ。だからポーンがどんなに前進してもルークの利きから決して逃れることはできない。

43.Be4

 白はポーンがc6に進んだ時ビショップで守る用意をした。すぐに 43.c6 と突くのは 43…Rc1 44.Be4(44.Bb5 と守るのは 44…Rc5 45.Ba4 Rc4+ でビショップが取られる)となって、手順の違いで本譜の少し先の局面と同じになる。

43…Rc1

 初心者にはこの手は奇妙に映るだろう。どうしてポーンがさらに進むのを手伝うのか。

 黒の着想はポーンを白枡に進ませることにある。そうなればビショップがポーンの守りに縛りつけられビショップの動きがかなり制約を受ける。

44.c6

 ポーンが進んでビショップによって守られるようになった。

44…Rc3!

 これは非常に効果的な手である。これにより白は手詰まり、即ち不利着手強制の状態に置かれた。つまり白は何も指さなければ大丈夫な局面にいるのだが、どんな手を指しても形勢を損ねるので致命傷になるということである。

45.c7

 白は救えないポーンを自分から捨てた。変化も非常に面白い。

a)45.Kf5 は 45…Rc5+(黒キングを追い払うため)46.Kf4 Ke6 47.Ke3(ビショップが動くとポーンがすぐに取られるし、47.g4 は 47…h4 で黒にパスポーンができる)47…f5 48.Bd3 Rxc6 で黒の勝ちである。

b)45.Bd5 は 45…Rc5 46.Ke4(46.Be4 は 46…Ke6 で前の変化と同じになる)46…f5+ 47.Kd4 Rxd5+! 48.Kxd5 f4! 49.Kc5(49.gxf4 なら 49…h4 50.Kc5 Kd8 51.Kb6 Kc8 で黒の勝ち)49…fxg3 50.Kb6 g2 51.c7 g1=Q+ 52.Kb7 Qb1+ 53.Kc8 Qb6 54.f4 Qa7 55.f5 Qa8# で詰みになる。

45…Rxc7

 危険の元を取り除いた。この収局はまだ黒の勝ちである。そしてその勝ち方は円滑で完璧な技法の実例である。実際の手順はまるで作った収局スタディの解答のように明快で正確である。

46.Bd5

 黒キングが好所のe6に来るのを防いだ。

46…Rc5

 このルークはビショップがe6の地点に利く斜筋を離れるまで追うつもりである。

47.Ba2

 もちろんビショップはこの斜筋にできるだけ長く留まろうとしている。代わりに 47.Bb3 は 47…Rb5 48.Ba2(48.Bc4 は 48…Rb4 で釘付けにされ、48.Ba4 は 48…Rb4+ で取られる)48…Rb2 49.Bd5 Rb4+! 50.Kf5(50.Be4 は 50…Ke6 51.Ke3 f5 で黒の勝ちになり 50.Ke3 は 50…f5 から 51…Kf6 で黒の勝ちになる)50…Rb5 51.Ke4 f5+ 52.Kd4 Rxd5+! 53.Kxd5 f4 54.gxf4 h4 でこのポーンが止められない。

47…Rb5!

 盤上を完全に席巻した。ビショップはどこへも動くことができない。

48.Ke3

 48.Ke4 なら 48…f5+ 49.Kf4 Kf6 50.Ke3(ビショップは動けず 50.g4 は 50…hxg4 51.fxg4 Rb4+ 52.Kf3 fxg4+ で負ける)50…Rb4 51.Bd5 f4+ 52.gxf4 h4 53.Kf2 Rb2+ 54.Kg1 Kf5 55.Bxf7 Kxf4 56.Bd5 Kg3 54.Be4 Ra2 58.Kf1 h3 で黒の勝ちとなる。

48…Ra5

 ビショップに長斜筋の1地点にだけ行くことを許した。

49.Bc4

 b3へは釘付けにされるので行けない。また 49.Bb1 なら 49…Ke6 50.Kf4 Ra4+ 51.Ke3(51.Be4 は 51…f5 でビショップが取られる)51…f5 52.Bc2 f4+ 53.gxf4(53.Kd2 なら 53…fxg3)53…Ra3+ 54.Kd2 Ra2 55.Kc1 Rxc2+ で黒が勝つ。

49…Rc5

 ビショップをe6に通じる斜筋からどかせる。

50.Ba6

 50.Kd4 なら 50…Rg5 ですぐにポーンが落ちるし、50.Ba2 なら 50…f5 で黒キングにf6の地点が用意される。

50…Ke6

 黒キングがまた一歩中央と白の残りのポーンに近づいた。

51.Kf4

 白は必死で頑張っている。51…f5 には 52.Kg5 で食いつく構えである。

51…Rc3!

 また白をビショップを動かす手に限定させた。52.Ke4 は 52…f5+ 53.Kf4 Kf6 で負ける。

52.Bf1

 白はc4の地点を見張っていなければならない。さもないと(例えば 52.Bb7 と指したとすると)52…Rc4+ でキングが下がらなければならず黒キングが進出することができる。

52…f5

 ようやくこの手が実現した。この手は1路進むことによりキングのためにf6の地点を空けた。

53.Ba6

 白に残された手の数が減ってきた。53.g4 は 53…fxg4 54.fxg4 h4 55.g5 h3 56.Kg4 h2 57.Bg2 Rc1 で黒の勝ちとなる。また 53.Kg5 は 53…Rxf3 54.Bc4+ Ke5 55.Kh4 f4 で黒が簡単に勝つ。

53…Kf6

 白キングを動けなくした。残るは白キングを3段目に下がらせ自分のキングを5段目に進めることである。

54.Bb7

 ビショップが長いほうの斜筋に留まると、例えば 54.Be2 と指すと、黒は 54…Rb3 としてから 55…Rb4+ で白キングを追い払う。

54…Rc4+

 これで黒キングを下がらせることができる。

55.Ke3

 白はこの手しかない。

55…Kg5

 この手には次のような軽妙な狙いがある。56…f4+ 57.Kd3(57.gxf4+ なら 58…Rxf4 で黒にパスポーンができ、57.Kf2 なら 57…Rc2+ 58.Kg1 fxg3 で黒にパスポーンが2個できる)57…fxg3 58.Kxc4 Kf4! で黒の楽勝である。

56.Kf2

 ルークを 56.Bd5 でつつくのは 56…f4+ 57.Ke2 Rc2+ 58.Kd3 Rc7(素朴だが簡明)で決められてしまう。

 本譜の手で白キングは黒のどのポーンがパスポーンになろうとそれに立ちはだかるために退却した。

56…f4!

 これがいつもの特効薬である。黒の狙いは 57…Rc2+ 58.Kg1 fxg3 ですぐに勝ちの形にすることである。

57.Kg2

 チェックに対して 58.Kh3 でポーンを救えるようにした。

57…f5!

 パスポーンは突き進めなければならない。56手の間辛抱強くf7に留まっていたこのポーンは信じられないがパスポーンとなって勝ちを決めるように運命づけられていたのである。

58.投了

 白は必然を待つことなく投了した。予想手順は次のとおりである。58.Kh3 fxg3 59.Kxg3 h4+(クイーン昇格の候補みたいだがそうはならない)60.Kh3 Rc3 61.Bd5 Kf4 62.Kxh4 Rxf3 63.Bxf3 Kxf3 64.Kh3 f4 65.Kh2 Ke2 これでポーンがクイーンになるべく突進する。

 本局は全手順が見事で、収局はとても華麗だったので多くの要点を詳しく解説しなければ気がすまなかった。派手に駒が飛び交う数多くの「名局」を並べるよりも、本局を研究する方が面白さと学習においてこの上なくためになるだろう。