[復刻版]理詰めのチェスの記事一覧

[復刻版]理詰めのチェス(01)

理詰めのチェス 一手一手の探求

アービング・チェルネフ

 はしがき

 あなたはチェスのマスターが一度に20人を相手に試合をしているのを見たことがあるだろうか?彼がそれぞれの盤の前で数秒立ち止まり局面を一瞥してなんの造作もなく駒を動かすその自信と容易さに羨望に近い驚きを覚えたことがなかっただろうか?

 彼は何十もの定跡とその何百もの変化を暗記しているから素早く指せるのだろうか?そのような催しでの試合は大部分が定跡書にも載っていない局面になるのだからそのようなことはほとんどあり得ない。それならば彼は毎回考えられる変化を光のような速さで片っ端から読んでいるのだろうか?それとも完全無欠な直感に従って奇天烈な局面を渡り歩いているのだろうか?もしそうなら彼は電子計算機よりも速く読むかあるいは一晩で一千回も閃きを得ていることになる。

 彼の思考はどのようになっているいるのだろうか?もし彼の思考の過程を追うことができればあるいは彼に頼んで各々の手の意味を彼に語らせることができれば答えが得られるかもしれない。

 この本では彼を説得して試合中に彼の指すどの一手の目的も彼から明らかにしてもらう。そして彼の概説するところの着想や方法や考え方そのものを詳しくたどる。彼の頭脳の働きを学ぶことによって良い手を選び悪い手を捨てるための知識-直感-を習得する。

 このような直感を身につけるために無数の定跡手順を暗記する必要もなければ公式や原則の一覧を頭に詰め込む必要もない。実際は棋理に合った原則がありそれらを適用すれば強固で理にかなった有利な局面が得られるのである。しかし読者は苦労しないで、つまり暗記でなく試合の進行に伴ってその効果を見ることによりそれらに慣れ親しんで行くことができるのである。

 試合の進行と共にその指し手の隅々を理解する喜びを増すのは(それにチェスは世界で一番面白いゲームである)マスターが新しい局面に遭遇するたびに頭に想起する数多の構想を彼が明らかにするその思考の過程を見る魅力によるものである。我々は彼を通して「大局観指法」の知識から得られる大きな利点を学ぶことになる。マスターが乱暴な手を指したり早まって愚かな攻撃をしたりしないのは彼がこの大局観指法を身につけているからである。それはことあるごとに手筋による攻撃を求める自然な衝動を抑制し駒を最も攻撃の可能性の大きい地点に配置するために助言し、急所の中原の地点を占拠したり自陣を最大限に広げたり相手を押し込め弱体化させたりするにはどうしたらよいか彼に教える。そして決定的な勝機が現れ「決め手の手筋が盤上に現れる」のを彼に保障するのも大局観指法である。マスターは手筋を捜し求めるのではない。彼は手筋が盤上に現れるのを可能にする条件を作り出すのである。

 どの試合のどの一手も簡潔な日常の言葉で説明する。手の効果をもれなく詳述したり手の意図を明らかにする必要があるならば明快で要を得た解説を行なう。手の目的を何度も繰り返すことにより基本的な概念の重要性が印象付けられるであろう。ナイトはf3又はc3が最も働きが良いことやルークは空いた筋を占めるのが良いということを繰り返し言われればそのような戦略や駒の配置は「一般に」良い指し方であるということが分かってくるであろう。そしてナイトやルークの良い配置を選ぶ時マスターと同じように「どの手を最初に見たら良いか」が分かってくるだろう。

 これは慣れることによって考えずにうわべだけの手を指すことを意味するのではない。学ぶのはいつどのように有用な知識を活用し、またいつどのように常識に従わないのかということである。子供が文法規則を学ぶのでなく聞き話すことによって言語を習得していくのと同じように容易に良い手を指すコツを習得していくのである。

 読者の並べる棋譜はどれも勇気、機知、想像力、発想が成果をあげる面白いチェスの冒険となるだろう。マスターたちが喜んで教えてくれることを感謝し吸収することによって「一手一手理詰めのチェス」を指すことを最も良く学ぶことができるのである。

アービング・チェルネフ
1957年5月1日

第1章 キング翼攻撃

 本書の目的はマジックのような効果で読者を煙に巻くことではなく、どのようにしてそのような効果が生まれるのかをお見せすることである。

 例えばよくあるキング翼攻撃を例に取る。それが魅力的なのは目覚しい捨て駒や意表の手を伴った手筋を主としているからである。さらにまたそれが人々に受けるのは短手数での詰みを目指し驚くような手を生じさせるからである。

 しかしいつどのようにしてキング翼攻撃を開始するのだろうか?ひらめきを待たなければいけないのであろうか?

 その答えは簡単で意外に思われるかもしれない。そこでその背景を見てみよう。

 この図はキャッスリングをした後の局面である。キングは前面の3個のポーンとf3のナイトで守られている。これらの守備駒がそのままの位置にいる間はキングはほとんど攻撃にびくともしない。この態勢が変化したとたん陣形は緩み弱体化する。攻撃にもろくなるのはその時である。

 釘付けを避けるために自らhポーンをh3と突いた時あるいは敵駒を追い払うためにgポーンをg3と突いた時に陣形は変化する。しかしそうならない場合はマスターは(ここに秘密がある)色々な狙いによってhポーン又はgポーンを突かせるように誘ったり強制したりする。一旦どちらかのポーンが前進すると防御態勢に弱点が生まれる。そしてそれはつけこまれる元となる。その時こそマスターがキング翼攻撃に着手し見事な、そう、あのまるでマジックのような効果を収めるのである。

第1局

 シェーベ対タイヒマン戦では白が釘付けを防ぐために本能的にポーンを h2-h3 と突いた結果何が起こるかが見られる。タイヒマンは出過ぎたポーンを固定し攻撃目標にする。そして最後はビショップでそのポーンを取って他の駒を侵入させた。

ジュオコ・ピアノ
白 シェーベ
黒 タイヒマン
ベルリン、1907年

 どの布局においてもその戦略の主たる目的は迅速に最下段から駒を出し働かせることである。

 1個や2個の駒だけで(詰みは言うに及ばず)攻撃を行なうことはできない。

 それぞれの駒は独自の役割があるのでそれらをすべて展開させなくてはならない。

 良い始め方は一手で2個の駒を解き放つことである。これは中央のポーンのうちの一つを進めることにより可能である。

1.e4

 これは素晴らしい布局の手である。白は盤の中原にポーンを据えクイーンとビショップの筋を通す。白の次の手は自由に指して良いならば 2.d4 である。2個のポーンは5段目の4つの枡 c5,d5,e5,f5 を支配し、黒がそれらの重要な枡に駒を置くのを妨げる。

 白の初手に対して黒はどう応答したら良いだろうか?してはいけないことは 1…h6 や 1…a6 のような無意味な手を考えて時間を浪費することである。このような手や他の目的のない手は駒の展開に何も役立たないし、中原を独占しようとする白の狙いに何の妨げにもならない。

 黒は良い枡を等分に確保するために争わなければならない。黒は中原の所有を争わなければならない。

 なぜこのようにみな中原を強調するのだろうか?なぜそんなに重要なのだろうか?

 中原にある駒はその動きの自由度が最大限に得られ、その攻撃能力を最大限に発揮することができる。例えば中原に置かれたナイトは八方に利き8枡を攻撃できる。しかし盤端ではその攻撃の範囲は4枡に狭められる。これでは半分の働きしかしない。

 中原の占拠とは最も価値ある陣地を支配することに他ならない。相手の駒には狭い余地しか残さない。それに相手の駒はお互いに邪魔をし合って防御に支障をきたす。

 中原の占拠、あるいは離れた所からの中原の支配は相手の兵力を2分する障壁を成し、その兵力の協調を阻害する。このように分断された軍隊の抵抗はあまり効果がないのが普通である。

1…e5

 大変良い手である。黒は中原の公平な分割を主張している。中原にポーンをしっかりと据え自分の2個の駒を解き放った。

2.Nf3!

 盤上随一の良い手である。

 ナイトが相手ポーンに対して当たりをかけながら展開する。これは黒が好きなように展開できないので先手である。黒は他のことをするより先にこのポーン取りを防がなければならない。それにより黒は手の選択を制限される。

 ナイトは中原に向かって展開する。それにより白の攻撃の幅が広がる。

 ナイトは中原の戦略上の地点の2箇所のうち e5 と d4 に対して睨みを利かせている。

 ナイトは早い段階で戦いに加わる。これは「ビショップより先にナイトを展開せよ」という格言に合致している。

 この原則が妥当な一つの理由はナイトがビショップより短足であるということである。ナイトの方が戦場に着くまで手数がかかる。ビショップは一手でチェス盤を駆け巡る(例えばキング翼ビショップはa6にまで利いている)。キング翼ナイトがホップステップジャンプでb5に行くのに比べビショップは一手で行ける。

 ナイトを先に展開する別の理由は布局の段階ではナイトをどこに置くべきかが比較的分かり易いからである。我々はナイトが特定の地点で最も効果的であることを知っている。ビショップの場合はいつもすぐ分かるというわけではない。ビショップを長い斜筋に置きたいかも知れないし敵の駒を釘付けにしたいかも知れない。それゆえに「ビショップを展開するより前にナイトを出せ」。

 さてこの局面で黒は自分のことはさて置き、まずはeポーンを守らなければならない。守り方はいろいろあるが、以下の手から優劣を判断しなければならない。

2…f6
2…Qf6
2…Qe7
2…Bd6
2…d6
2…Nc6

 黒はどのように良い手を判断したら良いのだろうか。無数の手の組み合わせを読み10手から15手先までのあらゆる攻防を想定しなければならないのだろうか。

 最初に読者を安心させるとマスターは不毛な思考に貴重な時間を費やしてはいない。その代わり彼は強力な秘密兵器である大局観を活用している。それを用いて彼は普通の選手が多くの時間をかける劣った手に考慮を加えないで済んでいる。彼は明らかに棋理に反するような手にほとんど一瞥もくれない。

 以下は正しい手を選ぶ時にマスターの頭に浮かぶ思考である。

2…f6 「ひどい。ナイトにとっておくべき地点をfポーンが占拠している。それにクイーンの斜めの利きもさえぎっている。おまけに駒を展開すべき時にポーンを動かした。」

2…Qf6 「f6にはクイーンでなくナイトがいるべきなので悪手。それに最強の駒をポーンの守りに無駄使いしている。」

2…Qe7 「この手はキング翼ビショップを閉じ込め、弱い駒でもできるような務めをさせている。」

2…Bd6 「駒を展開したがdポーンの進路を妨害している。それにクイーン翼ビショップも生き埋めに近い。」

2…d6 「クイーン翼ビショップの出口を開けているので悪くはない。しかし待てよ、キング翼ビショップの利きが制限されている。それに駒を働かせるべき時にまたポーンを動かした。」

2…Nc6 「これだ。これが最善手に違いない。駒が最も適切な地点に展開されているし同時にeポーンの守りにもなっている。」

2…Nc6!

 面倒な分析をするまでもなく黒は最善手を選んだ。「駒を外に出せ」と言ったフランス人の助言に従っている。黒は一手の無駄もなく駒を進出させeポーンを守った。

 読者のために忠告するとこの金言や他の金言は盲目的に従うべきではない。チェスでは人生と同じように規則はしばしば破られるためにある。しかし一般的には正統的なチェスを支配する原則は良い道しるべとなる。特に序盤、中盤そして終盤においてもそうである。

3.Bc4

 タラシュは「最良の攻め駒はキング翼ビショップである」と言っている。だから白はこの駒を動かし、且つすぐにキャッスリングできるようにする。

 このビショップは中原の重要な斜筋ににらみを利かせ黒のf7のポーンを攻撃対象にしている。このポーンは一個の駒つまりキングでしか守られていないのでことのほか弱い。このポーンめがけて駒を切りそれをキングに取らせて野外に引きずり出し猛烈な攻撃を仕掛けるのは試合の初期の段階においてさえ珍しいことではない。

3…Bc5

 この地点はビショップの最適な地点だろうか?他の候補手を見てみよう。

 3…Bb4: 中原の支配の戦いに参加していないし利きも少ないので劣った手である。

 3…Bd6: d7 ポーンが動けずもう一つのビショップの展開にもさしつかえるので悪手である。

 3…Be7: 2方向の斜筋に利いているし守りにもよく効いているのでそれほど悪くはない。ビショップは1枡動いただけだが最下段を離れれば展開したことになる。覚えておくべき重要なことはすべての駒を動かさなければならないということである。

 最強の展開手は 3…Bc5 である。ビショップはこの好所から重要な斜筋に利きを及ぼし、中原に圧力をかけ、f2 の弱いポーンを攻撃している。このような展開は布局の進め方の二つの金言に合致している。

 最適の地点にそれぞれの駒を速やかに配置せよ。
 布局ではそれぞれの駒は1回しか動かすな。

4.c3

 白の主要な目的は中原に2個のポーンを確立することである。この手はdポーンを突くのを助けるのを意図している。5.d4 の後黒はビショップとポーンが当たりになっているので 5…exd4 と取らなければならない。白は 6.cxd4 と取り返すことにより2個のポーンで中央を制圧することができる。

 白の2番目の目的はクイーンをb3に出してf7のポーンに対する圧力を強めることである。

 以上は利点だが 4.c3 には以下のような欠点もある。

 まず布局においてはポーンでなく駒を動かすべきである。

 それに 4.c3 と突いてしまうとクイーン翼ナイトの本来の居場所を奪ってしまう。

4…Qe7

 大変良い手である。黒は相手の狙いを防ぎながら駒を展開している。もし白が 5.d4 に固執すれば 5…exd4 6.cxd4 Qxe4+ で黒がポーンを得する。このポーン取りはチェックになっているので白はポーンを取り返す暇がない。そして1ポーン得は他の条件が同じならば勝ちに十分つながる。

5.O-O

 白はdポーン突きを見合わせて、まずキングを安全地帯に移す。

 序盤ではキングを早く、できればキング翼に、キャッスリングせよ。

5…d6

 eポーンとビショップにひもを付け中原を強化している。これでクイーン翼ビショップが働き始める。

6.d4

 黒がポーン交換をしてくれることを期待している。そうなれば白には威容を誇る中原がもたらされナイトもc3の地点に行けるようになる。もし黒が 6…exd4 7.cxd4 Qxe4 とポーンに食いついてくれば白は 8.Re1 でこのクイーンを餌食にすることができる。

6…Bb6

 しかし黒は取る必要はない。eポーンは安全なのでビショップは一歩下がって、なお新しい地点から中原に睨みをきかせている。

 その威容にもかかわらず白のポーン中原は危なっかしい。dポーンは三重に攻撃されているので白は三重に守りながら展開を完了しなければならない。7.Qb3 は当初からの目論見だがクイーンが守りから外れる。7.Nbd2 はクイーンの守りをさえぎる。そして 7…Bg4 にも直面している。ナイトが釘付けになるのでポーンの守備駒の一つが無力になる。

 態度を明らかにする前に白はちょっとしたわなを仕掛ける。

7.a4

 怪しげな手であるが不合理な手である。白の狙いはビショップに対する 8.a5 である。8…Bxa5 ならビショップを守っているナイトを 9.d5 と攻撃する。ナイトが 9…Nd8 と下がれば 10.Rxa5 とビショップが取れる。8.a5 に対して 8…Nxa5 とナイトで取れば 9.Rxa5 Bxa5 10.Qa4+ で2枚替えとなる。

 しかし展開がこんなに遅れている白に手筋攻撃を仕掛けるどのような正当性があるのだろうか。白がここで始めたような攻撃は時期尚早であり成功する道理がない。

 手筋による攻撃を開始する前に全ての駒を展開せよ。

7…a6

 ビショップの退路を作る。これは序盤では不要なポーン突きをするなという教えには背かない。展開は決まりきったあるいは自動的な指し方を意味するのではない。相手の狙いは必ず何はともあれ防がなければならない。もっと正当性が必要というならば、黒の手損は白の無意味な 7.a4 で相殺されている。

8.a5

 ひょっとしたら黒がこのポーンを取ってくれるかもしれない。

8…Ba7

 しかし黒はそれには食いつかない。

9.h3

 何たるヘボ手。弱い選手は釘付けを恐れて本能的に(低俗な本能に屈して)この手を指す。

 キングを守るポーンの構えをゆるめその構造を恒久的に弱める手を指して釘付けを防ぐよりも、釘付けを甘受する(一時的な不如意)方が良い。キャッスリングした後で h3 又は g3 とポーンを突くのは2度と回復できない構造的な弱点を作り出す。なぜならポーンは一旦前進すると後戻りできないし、一旦変更された陣形は修復できないからである。前進したポーン自体も攻撃に直接さらされるし、そのポーンが以前に守っていた地点(この場合は g3 )も敵兵の上陸地点になる。

 タラシュは「必要がある場合あるいは有利を得る場合でなければ決してキャッスリングしたキングの前のポーンを動かしてはならない。なぜならポーンが動くたびに陣形がゆるんでくるからである」と言っている。

 アリョーヒンは「キャッスリングしたキングの前の3個のポーンはできる限り長く元のままの位置を保持するように努めよ」とさらに強いことを言っている。

 今や黒は駒1個を犠牲にしても白のhポーンを除去して白のキング翼を破壊する暴挙にでることも可能である。白が取り返せばg筋が空き白キングが攻撃にさらされる。もちろんこの作戦はもっと駒を戦闘配置につけるまで実行に移すべきでない。

9…Nf6

 ナイトがeポーンを攻撃しながら戦闘に加わってきた。

 この手は素晴らしい手で次の有用な戦術の要諦にもかなっている。

 『いつの場合もできる限り狙いを持って展開せよ』

 狙いに対処するために相手は自分が今していることを中断しなければならないことに注意せよ。

10.dxe5

 白はポーンを交換して自分の駒の利きを通す。具合の悪いことにこれは次の場合に該当するので黒にとって有利となる。

 『筋を開けると展開に勝る方に有利となる。』

10…Nxe5

 ポーンで取るよりもナイトで取る方が強い応手となる。c6のナイトは勇躍中原に進出し八方ににらみを利かせる(ポーンにはできない)。

 白のdポーンが消えたのでa7に逼塞していた黒のビショップが日の目を見た。ビショップの利きが延び白のf2のポーンにまで到達しさらにその先の白キングまで利いている。

 さて白はどう指し手を進めたら良いだろうか。白はこれまでeポーンの窮状を救う手立てを何もしてこなかった。このポーンは黒のナイトでまだ当たりになったままだし、c4のビショップも黒のもう一つのナイトで当たりにされている。

11.Nxe5

 白のこの手は強力なナイトを消すので当然の手のように見える。しかしこの交換によりキャッスリングした陣形の最良の守り駒である白のキング翼ナイトも盤上から消え去る。このような局面でキング翼ナイトを保持する重要性はシュタイニッツによって70年以上も前に指摘されている。彼は次のように言っている。「キング翼の動いていない3個のポーンに一つの駒が加わった形はその方面への攻撃に対して強力な防波堤となる。」タラシュはキング翼ナイトの重要性について次のように明快に強調している。「f3のナイトはキング翼のキャッスリングした陣形の最良の守り駒である。」

11…Qxe5

 白のナイトは盤上から完全に消えたが黒のナイトは別の駒によって置き換えられたことに注目されたい。

 この新たなる駒のクイーンはe5の地点で光彩を放っている。それは中原を占拠し白の不安定なeポーンを脅かし盤上のどの地点にもすぐに駆けつけられる態勢になっている。

 白はどのようにクイーンの脅威とeポーンに対する当たりの問題を解決するのか?白はf4とポーンを突いてクイーンをどかしたいところだがあいにくそれは禁じ手である。白はこのポーンを救えるのだろうか?

12.Nd2

 黒がポーンをくすねてくれるかもしれないという万が一の僥倖を期待しての手である。その時は 12…Nxe4 13.Nxe4 Qxe4 14.Re1 となってクイーンとキングを串刺しにできる。

 しかし黒はポーン取りには興味がない。黒の大局的な優位は非常に大きいので既に勝ちをもぎ取る手筋を捜すのは当然である。黒の二つのビショップは遠くから斜筋に睨みを利かしている(一つはまだ展開していないけれども)。それぞれ黒キングをおおっているポーンを攻撃している。黒クイーンはキング翼に駆けつける用意ができている。ナイトは援軍が必要とあらばいつでも跳びこめる。黒は中原を支配している。それはカパブランカが言ったようにキング翼攻撃を成功させる必須の条件である。つまり黒は組織立った大局観指法の報酬として勝利の手筋をさずかる資格がある。

 問題はこの充満した力のはけ口となる目標があるかということである。

12…Bxh3!

 そう、あるのである。hポーンは何食わぬ顔で釘付けを防ぐためにh3に進んだのであった。

 黒は出過ぎたポーンを取ってしまう。陣形を弱め自分のキングを裏切った罪への適切な処罰である。

13.gxh3

 ポーンをただ損するわけにはいかないので白はビショップを取る一手である。

13…Qg3+!

 破壊的な侵入である。黒がどのように 9.h3 のもたらした二つの大きな結果を利用したかに注目されたい。つまり黒は h3 ポーンそのものを取り、このポーン突きによって弱体化した g3 の地点を侵入口として利用した。

14.Kh1

 fポーンが釘付けなのでクイーンを取ることができない。

14…Qxh3+

 黒はさらに守りのポーンをはがし白キングをさらに露出させる。

15.Kg1

 唯一の手。捨てたビショップと引き換えに黒はポーン2個、それに攻撃権を得た。

15…Ng4

 次に詰みがある。白はh2での詰みを防ぐかキングの逃げ道を作らなければならない。もし 16.Re1 と逃げ場所を作れば 16…Bxf2# で詰まされる。だから黒は

16.Nf3

 でh2の地点に利かして黒クイーンによる詰みを防ぐ。

 黒はどのようにして攻撃を締めくくれば良いだろうか?彼は以下のように考えを進める。「敵キングの守りのポーン2個を取った。もし3個目のポーンが取れれば敵キングの最後の守りは失われ望みのない状態になるだろう。この最後の守り手であるf2のポーンはこちらのナイトとビショップによって攻撃され相手のルークとキングとによって守られている。だから守り駒の一つをなくさせるか第3の攻撃の駒を投入しなければならない。多分両方同時にできるだろう。」

16…Qg3+

 再びfポーンが釘付けで動けないことを利用して黒は第3の駒のクイーンでこのポーンを攻撃する。

17.Kh1

 キングは隅に逃げてポーンの守りを放棄するしかない。ここでポーンを守るのはルークだけになりクイーン、ナイトそれにビショップが攻撃を加えている。このポーンが落ちてそれと共に勝敗も定まる。

17…Bxf2

 キングの逃げ道のg1を押さえることによりチェックに対してキングがこの地点に逃げるのを防いでいる。

18.白投了

 黒の詰め手は 18…Qh3+ 19.Nh2 Qxh2# である。白が 18.Rxf2 としても 18…Nxf2# でやはり詰むのでこれまでである。

[復刻版]理詰めのチェス(02)

第1章 キング翼攻撃(続き)

第2局

 リュバルスキー対ソウルタンバイエフ戦でも白は釘付けを恐れてポーンを h2-h3 と突いた。そして黒はポーンを h7-h6 と突いてポーンによる攻撃で咎めた。(どうして黒のポーン突きは良くて白のポーン突きは悪いのかが明かされる。)

ジュオコ・ピアノ
白 リュバルスキー
黒 ソウルタンバイエフ
リエージュ、1928年

1.e4

 盤上の最善手!ポーンが中原を占拠し2個の駒が動けるようになった。

 偉大なフィリドールは150年前に「試合でeポーンを2枡前進させる始め方よりも勝るものはない」と喝破した。この至言は今日でも変わらない。

 他にはもう一つの初手の 1.d4 だけがただちに2個の駒を解放する。

1…e5

 カパブランカは「多分最善の応手」と評した。

 黒は中原での圧力を互角にし、自分のクイーンとビショップを動けるようにする。

2.Nf3

 この手は 2.Nc3 や 2.Bc4 のように展開する手よりも勝る。これらの手は積極性に欠ける。本譜の手はe5のポーンを攻撃しながら出てくる。このため黒の応手は制限される。

 黒は 2…Nc6 又は 2…d6 でポーンを守らなければならない。あるいは 2…Nf6 で逆襲を目指すかもしれない。

 どの手であろうと躊躇することはできない。黒は何とかして白の狙いに対処しなければならない。

2…Nc6

 疑いなく理にかなった手である。ポーンは無駄なく守られ、ナイトは一手で布局における最も理想的な地点に展開した。

3.Bc4

 素晴らしい。ビショップが重要な斜筋に展開した。黒の最弱点のf7に睨みを利かしている。

 ビショップは斜筋を遠くまで利かしている時または相手の駒を釘付けにしている(それにより無力化している)時最も力を発揮する。

3…Bc5

 別の良い手は 3…Nf6 である。どちらの手もマスターの至言に合っている。彼らの推奨し活用している至言とは次のようなものである。

『迅速に駒を出せ』
『布局では各々の駒を動かすのは一度にとどめよ』
『中原を支配するように展開を考えよ』
『駒の展開に役立つようにポーンを動かせ』
『ポーンでなく駒を動かせ』

4.c3

 白の意図は明らかである。つまり中原へのポーン突きを助けたいのである。白の次の手の 5.d4 は黒のポーンとビショップの両方に当たりになる。ポーンがただ取りにならないように黒は 5…exd4 と取らなければならない。白は 6.cxd4 と取り返して中原に強大なポーンの態勢ができる。

 これが実現できれば白の構想にも一理あることになる。しかしそのもくろみが失敗すればc3のポーンはクイーン翼のナイトが最も働く地点を奪うことになる。

4…Bb6!

 チェスは機械的に指す競技ではない。普通は序盤に同じ駒を2度動かすのは大勢に遅れる。しかし相手の狙いには展開を続けるよりも先に対処しなければならない。

 ビショップはポーンとビショップの両当たりになる白の 5.d4 の効果を削ぐために下がった。

5.d4

 黒がポーン交換をしてくれることを期待している。黒のポーンには当たっているがビショップの方には当たっていないことに注意が必要である。

5…Qe7

 ポーンを交換する代わりに(ビショップにも当たっていたらそうしなければならない所だったが)黒は別の駒を出しながらポーンを守る。このクイーンは1枡動いただけだがそれだけでも価値がある。

 最下段から離れただけでも展開といえる。

 この黒の手は単に展開してポーンを守ったというだけでなく 6…exd4 7.cxd4 Qxe4+ でポーンを得する狙いがある。

6.O-O

 キャッスリングの通常の利点(キングを安全にしてルークを動員する)に加えてこの白の手は間接的にeポーンを守っている。黒が 6…exd4 7.cxd4 Qxe4 と来れば 8.Re1 と串刺しでクイーンが取れる。

6…Nf6!

 このナイトは白のeポーンを攻撃しながら展開している。

7.d5

 ナイトを強力な地点からどかせるので気持ちの良い手である。

 この手は自然な手であるが、幾つか非難されるべき点がある。

 a) このポーンは白自身のビショップの利きをさえぎり、その動きを大きく制限してしまう。

 b) 黒のビショップの利きが大きく伸びた。その攻撃力は直接白のキングにまで及ぶ。

 c) 白のクイーン翼の駒が動きたがっているのにポーンを動かした。

 序盤では駒の展開を助けるポーンだけを動かせ。

7…Nb8

 ナイトを盤の端に行かせるよりも元の位置に戻る方が安全である。7…Na5 には白は 8.Bd3 と指し動きの不自由なナイトを 9.b4 で取る狙いがある。

8.Bd3

 eポーンを守った。もっと一貫性のある布局戦略は別の駒を展開することである。8.Nbd2 又は 8.Qe2 なら新たに駒を戦いに投入しながらポーンを守ることができた。

 序盤では同じ駒を2度動かすな。

 黒がどのようにこれらの原則の違反を咎めるのかを見るのは興味深い。他では全然当てはまらなくてもチェスの盤上では正義が勝利する。

8…d6

 このポーン突きには例外があり得ない。中原を強化しクイーン翼ビショップの道を開きeポーンを見守るクイーンの負担を軽くしている。

9.h3

 この手は黒から 9…Bg4 でf3のナイトを釘付けにされるのを防ぐためである。しかしプブリウス・シュルスはその昔「病気よりも治療の方が悪いことがある」と言った。

 キングを囲うポーンの形を乱すことにより白はキング翼のキャッスリングした陣形を構造的に弱めそして不運なルーク列ポーン自体を格好の攻撃目標としてさらけ出した。

 チェスの理論家は皆キング翼ポーンを動かさずにおくことの正しさを証言している。スタントンは100年以上前に「経験の少ない選手の場合キングがキャッスリングした側のポーンを進めるのが賢明であることはめったにない」と言ったし、ルーベン・ファインは今日「最も基本的な考え方はキングを攻撃の対象にさせてはいけないということである。キングは3ポーンが元の位置にいる時が最も安全である」と言っている。

 黒は白のこの手にどのようにつけ込んだらよいだろうか。その欠陥をあばくにはどうするのが一番良いだろうか。

9…h6!

 それは厳しく批判したのと同様の手を指すのである。

 黒がhポーンを突くことにどんな正当性があるのだろうか。

 黒はキング翼にキャッスリングしていないので防御態勢を弱めていない。黒がhポーンを突いたのは攻撃の姿勢である。釘付けを避けるための姑息な手段ではない。hポーンはgポーンがg5からg4へと進軍するための土台となる。g4の地点からは2方向、即ち白のナイトとhポーンに当たりになる。白はこのポーンを取るかこのポーンに自分のhポーンを取らせるしかない。どちらの交換になっても黒のg列が開く。黒はこの開いたg列に白キング攻撃のための兵力を整列させることができる。

10.Qe2

 いまさら展開しても手遅れだろう。

10…g5!

 銃剣の突き出しである。次の一歩はg4の地点でそこからは白の陣形の破壊をおこなう。

11.Nh2

 この手は黒の意図する進軍を防ぐ目的である。黒ポーンが進んでくれば三重に攻撃されるのに二重にしか守られていない。黒の作戦は頓挫したのだろうか。

11…g4!

 そんなことは全然ない。必要ならば黒はポーンを犠牲にして白キングの回りの防御壁をはぎ取る。

12.hxg4

 黒の狙いは 12…gxh3 の他に 12…g3 もあるのでこのポーン取りは実際上やむを得ない。

 白はなんとか当面の間g列を閉鎖することができた。

12…Rg8

 今度はg4のポーンを守る駒が二つなのに攻撃する黒の駒は三つである。明らかに白はこのポーンを 13.f3 で支えることができない。それは白キングに黒ビショップの利きが通るので不正な手である。

13.Bxh6

 指す手に困って浮いているポーンを取った。展開の遅れとキングの苦境を考えればこのポーン取りは危ない橋を渡るようなものである。もしまだ希望が残っているとすればそれは 13.Be3 のような手にかかっている。この手は新たな駒を戦闘に参加させるだけでなく、同等の力を持つ駒で対抗させて黒ビショップの圧力を無効化させる。

 本譜の手は次の警句を無視している。

 展開や陣形を犠牲にしてポーン得を図るな。

13…Nxg4

 ビショップ取りになっているので白はほうっておけない。

 白は受け切ることができるだろうか。

 14.Nxg4 と取るのは 14…Bxg4(白クイーン取り)15.Qc2 Bf3(16…Rxg2+ 17.Kh1 Qh4# の狙い)16.g3 Qh4! でh1での詰みが受からず黒の一本道の勝ちとなる。

 この手順で黒は白の釘付けのポーンの無力さを巧みに利用している。

14.Be3

 ビショップは当たりを避けながら攻撃駒の一つを撃退しようとしている。

14…Nxh2

 このナイトは駒を取ってなおルーク当たりになっているので白の応手を非常に制限している。

15.Kxh2

 15.Bxb6 axb6 としてから 16.Kxh2 なら黒は次のようにして勝つ。16…Qh4+ 17.Kg1 Rxg2+(この手が一番速い)18.Kxg2 Bh3+! これで白は 19.Kg1 Qg5+ 20.Kh2 Qg2# で詰まされるか 19.Kh2 Bxf1+ の開きチェックから 20.Kg1 Bxe2 となりひどい駒損になる。

15…Qh4+

 敵キングに通じる二つの素通しの列で黒の二つの大駒が最大限に働いている。攻撃はよどみなく進む。

16.Kg1

 白の唯一の合法手である。

16…Qh3

 次に一手詰みがある。

白投了

 どのように受けても詰みを逃れることはできない。

 17.g3 なら 17…Rh8 18.f3 Bxe3+ 19.Qxe3(19.Rf2 なら 19…Qh1#)19…Qxg3# で詰みになる。また 18.f3(クイーンの利きでg2のポーンを守った)なら 18…Bxe3+ 19.Rf2 Qxg2# でやはり詰む。

 奇妙なことに白はあれほど避けようとしていた釘付けで滅ぼされた。

2012年12月07日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

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[復刻版]理詰めのチェス(03)

第1章 キング翼攻撃(続き)

第3局

 コーレ対デルボ戦でコーレは相手ポーンの h7-h6 を誘いその後で巧妙に g7-g6 も突かせる。そしてナイトを犠牲にして弱体化した敵陣を粉砕した。

クイーン・ポーン試合(コーレ・システム)
白 コーレ
黒 デルボ
ガント・テルネーゼン、1929年

1.d4

 現代の選手たちはこの手を布局の最強手と考えている。2個の駒が働くようになりポーンが中原の枡を占めるのでその価値は 1.e4 に等しい。クイーン・ポーンは中原に進んでも守られているがキング・ポーンはすぐに攻撃にさらされ易い。

1…d5

 実戦的にはこの手か 1…Nf6 が必然である。白に 2.e4 を許して重要な中原を白ポーンで独占させるわけにはいかない。

2.Nf3

 27年間も世界選手権者だった偉大な権威者のラスカーはこの手について次のように言っている。「私の実戦によれば通常はナイトをc3とf3に置くのが最良だった。ナイトはその地点から絶大な影響力を発揮する。」

2…Nf6

 黒は白にならってナイトを最も働く地点に展開した。

3.e3

 一般的には一つのビショップを開放しながらもう一方を閉じ込めるのは戦略的に疑問である。本局の白は戦線の背後に動的なエネルギーを溜め込む必要のあるシステムを採用している。そのエネルギーは適当な時機に要所のe4の地点で爆発的に解放される。

 この目的のために白は自分の駒が最大限の圧力をe4の地点にかけるように展開を行なう。そのために白ビショップはd3の地点に行きクイーン翼のナイトはd2の地点に行く。さらに戦力を集中する必要があるならば白クイーンがe2に行って力を貸したりキング翼ルークがe1の地点に寄ったりする。それからこれらの潜在的なエネルギーを全部解き放つ用意ができたらeポーンをe4に進め局面を切り裂きキング翼で戦火を交える。

 コーレ・システムにおける展開は大局に沿って行なわれるがその目的はキング翼攻撃である。

3…e6

 この手は非難の余地がある。その理由は型にはまった展開の手で白の作戦をじゃましようという考えがないことである。明らかに良い戦略は 3…c5 で白のポーン中原を攻撃するか 3…Bf5 で迎え撃つかだった。後の方の手は簡明で適切な展開の手であるだけでなくd3の地点を目指している白のビショップと互角に対抗する用意である。そうなればビショップは遅かれ早かれ交換になり白からキング翼攻撃の非常に重要な攻撃手段を奪うことになる。

4.Bd3

 ビショップのあまりの違いに注意して欲しい。白のビショップは素晴らしい(そしてじゃまするもののない)斜筋を席巻している。これに対して同じ色の枡にいる黒のビショップは自身のeポーンによって閉じ込められている。

4…c5!

 これは非常に良い手である。黒は白の中原ポーンの態勢に一撃をくわえ自分のクイーンがクイーン翼に出られるようにした。

 このようにビショップを解き放つ手はクイーン・ポーン布局ではとてつもなく重要である。

5.c3

 大家たちはみな「布局では1個か2個のポーンしか突くな」と言う。しかし原則はいつも頑迷に従うべきものではない。

 ポーン交換になっても白はcポーンで取り返しd4の地点にポーンを維持できる。どうしてeポーンで取り返さないのだろうか。それはeポーンの将来は以前から決まっているからである。eポーンはe3の地点にいなければならず、適当な時機が来たらe4に進んでキング翼攻撃の先頭に立つ用意ができている。

5…Nc6

 これも良い手である。このナイトは中原方面の戦いに向かい白のdポーンに対する圧力を強めている。

6.Nbd2

 このナイトの出撃は妙な感じを受ける。味方のクイーンとビショップの利きを止めているだけでなく自分自身もほとんど良い働きをしていないように見える。しかし熟達者ならば一瞬のためらいもなくこの手を指すだろう。一つにはこのナイトは来るべき攻撃の跳躍点となるe4の戦略地点にさらに重圧を加えている。さらにはいったん最下段を離れれば戦闘に動員されている。最後に都合の良い時にクイーンとビショップの前から跳びのくことができる。

6…Be7

 黒はさらに駒を戦闘に投入し(ビショップは最下段を離れれば働いていることは覚えておくべきである)キングを安全なところにキャッスリングさせる用意をした。

7.O-O

 キングがあまり露出しない方面に逃れ、代わりにルークが隠れ場所から出てくる。

7…c4

 これは初心者が本能的に指す類の手である。その目的は目ざわりな駒を好所から追い払うことである。この手は白の中原に対する圧力を解消してしまうので根拠の弱い手である。黒がこのきわめて重要な地域の情勢に発言権を得ようとするならば争点は維持しなければならない。

 中原での反撃はキング翼攻撃に対抗する最良の手段である。そして反撃を図るためにはポーンの形を流動的にしておかなければならない。

8.Bc2

 もちろんビショップは引き下がる。しかし衝突の起こるe4の地点に通じる斜筋からは動かない。

8…b5

 この手の主たる目的はクイーン翼ビショップのためにb7の地点を空けることである。しかしクイーン翼ポーンを突き進めて白を困らせることも視野に入れている。

9.e4!

 この布局の眼目の手である。この手は白の閉じこもった駒が攻撃する際に使う筋を開放する。

9…dxe4

 黒にとっては気の進まない応手である。しかし 10.e5 と突かせて(ナイトがどかされ駒の動きにひどい制約を受ける)ずっと危険を抱え込んだままにすることはできない。

10.Nxe4

 この取り返しで背後でうずくまっていた白駒は勢いよく戦場に躍り出る。

 白は主導権を握っていて、それを発揮するように駒が要所に利いている。すぐには攻撃の機会がなくても白は Qe2、Rfe1、Bg5(または Bf4)、Rad1 というようにゆっくりと圧力を強め黒陣がつぶれるのを待つことができる。

10…O-O

 白がキング翼攻撃の準備をしているのでその方面へのキャッスリング(通常なら大いに勧められる)は延期した方が賢明だったかもしれない。これは状況によっては金言の価値も変わってくるというもう一つの例である。

 黒は 10…Qc7 の後 11…Bb7 から 12…Rd8 で反撃を目指す方が良かっただろう。

11.Qe2

 この展開の手は駒得の狙いを秘めている。それは 12.Nxf6+ Bxf6 13.Qe4 でキング翼の詰みがあるのでクイーン翼の浮いているナイトが取れる。

11…Bb7

 黒は新たな駒を展開させながらナイトを守った。

12.Nfg5!

 狙いは 13.Nxf6+ Bxf6 14.Nxh7 でポーン得することである。

 どうしてつまらないポーン取りの一手狙いに感嘆符を付けるのだろうか。黒がポーンを救うだけでなく白に手損をさせることができるのにどうしてこの手を賛美するのだろうか。黒はポーンを1枡進めるだけでこのポーンを救い白ナイトを退却させることができる。

 最初の質問に対する答えは他の条件が同じならば1ポーン得の優位だけで十分勝てるということである。もちろん自陣を乱す犠牲を払って1ポーン得するのは意味がない。

 次の質問に対する答えは白の素晴らしいナイト跳ねの目的はキングを守るポーンの一つを進ませることである。

 キング翼攻撃を成功させる秘訣はキングの回りのポーンによる非常線に亀裂を生じさせること、即ちポーンの一つを進むようにしむける又は強制することである。ポーンの配列が変化すると防御に恒久的な弱点がもたらされる。

12…h6

 サンタシエレは「自分のキングの前のポーンは細心の注意を払ってさわれ」と言っている。しかし何ということか、もう遅すぎるのである。黒はポーンの形を乱さなければならない。

 12…Nxe4 と取っても 13.Qxe4 と取り返され詰みを狙われる。13…g6 と詰みを防がなければならないのでやはりポーンの形が乱れてしまう。

13.Nxf6+

 キャッスリングした態勢の最良の守備駒であるナイトを撲滅した。

13…Bxf6

 代わりに 13…gxf6 はもっと早く負ける。白は二通りの勝ち方がある。ポーンを食い尽くすのは 14.Nxe6 fxe6 15.Qg4+ Kh8(15…Kf7 は 16.Qg6# で詰み)16.Qg6 f5 17.Qxh6+ Kg8 18.Qxe6+ で次にfポーンも取れる。もう一つは 14.Nh3(15.Bxh6 の狙い)14…Kg7 15.Qg4+ Kh8 16.Bxh6 Rg8 17.Qh5 で次の開きチェックで決まる。

14.Qe4

 次は一手詰みである。

14…g6

 14…Re8 でキングの逃げ道を空けるのは 15.Qh7+ Kf8 16.Ne4 で白の攻撃が危険そうなので気が進まない。もっとも本譜の黒の手よりは好ましい。本譜の手はクイーンを近づけないがポーンの形を変えてしまう。この配置の変化は黒に致命的な可能性のある構造的な弱点をもたらす。

 これらはすべて白の励みになるがそれでは白は次にどのように指し進めるのだろうか。白はどのように黒陣の弱点をつくのだろうか。そしてとりわけまだ当たりになったままのナイトをどうするのだろうか。恥じ入りながら引き下がるのだろうか。

 何も考えず機械的にナイトをf3に戻す前に白は局面を注意深く見渡す。決め手を見舞う機会はまさにこの時この場所にあるかもしれない。しかし性急な「自明な手」が相手にちょうど十分な一息つく時間を与えて防御をたて直させるかもしれない。

 この局面において白がどのように理路整然と攻撃を考えるかは次のとおりである。

 目のつけどころは黒キングを侵略から守っているgポーンに違いない。もしこのポーンに何か起これば、例えば取られれば、防御は崩壊しこちらは要塞に押し入ることができる。どのようにして盤上からこのポーンを取り除こうか。

 gポーンはfポーンによって守られている。ナイトを犠牲にfポーンを取ってgポーンの守りを破壊したと仮定してみよう。15.Nxf7 Kxf7(または 15…Rxf7)16.Qxg6+ となってこちらはナイト1個の代わりにポーン2個を得るがhポーンも落ちるはずだから3個となる。そうなれば戦力的にはほぼ互角だが敵陣は完全に破壊され勝つのは容易なはずである。

 これが作戦概要になるかもしれない。しかし実行に移す前に白は見落としがないか分析し次のような手順を発見する。15.Nxf7 Rxf7(もっと駒を受けに投入する)16.Qxg6+ Rg7 17.Qxh6 Nxd4! で急に黒が侵略者になる。黒は 18…Ne2+ 19.Kh1 Bxg2# の2手詰みを狙っているだけでなく 18…Rxg2+ に続いて強烈な開きチェックによる完膚なき破壊を狙っている。

 明らかにこの手順は危険すぎる。黒ルークを働かせずに敵陣を破壊する別の方法があるだろうか。ルークのじゃまをしないでfポーンを取り除くことができるだろうか。fポーンを取り除くことは重要である。なぜならそれはgポーンとeポーンを支えているからである。ちょっと待てよ。最後の文に手がかりがある。fポーンは二つのポーンを守っていて二人の主人に仕えている。明らかにこれは働き過ぎである。現在の大切な地位からおびき出して負担を増やしてやらなければならない。そのためには・・・

15.Nxe6!

 ポーンを取ったナイトがクイーンとルークに当たっている。

15…fxe6

 黒は犠牲のナイトを取らなければならない。さもないとナイトのためにルークとポーンを失う。

16.Qxg6+

 この手はeポーンを取るよりも強い手である。eポーンを取ると黒キングはチェックを逃げる4通りの手がある。それらのどの手も黒の負けになるかもしれないが、ほとんど選択の余地のない強打で敵を攻撃する方が実戦的である。

16…Bg7

 絶対手である。16…Kh8 は自ら詰まされにいく。

17.Qh7+

 他には 17.Bxh6 や 17.Qxe6+ も魅力がある。しかし本譜の手は黒キングを白の他の駒の手の届く野外に追い出す。

17…Kf7

 唯一の手である。

18.Bg6+

 この手は 18.Bxh6 よりも強い。18.Bxh6 なら黒は 18…Qf6 の後 19…Rh8 で逆襲する。本譜の手は黒キングをさらに追い立てる。

18…Kf6

 18…Ke7 と逃げるのは 19.Qxg7+ でビショップを二つとも取られてしまうので明らかにだめである。

19.Bh5

 白はまだ 20.Qg6+ Ke7 21.Qxg7+ で二つのビショップを取る手を狙っている。

19…Ne7

 白クイーンのチェックを防ぐにはこの手しかない。

20.Bxh6

 白はポーン漁りをしているわけではない。このポーン取りで新たな駒が攻撃に加わった。コレクションに加えられたポーンは全体計画に付随していただけである。

20…Rg8

 21.Qxg7+ Kf5 22.Qe5# を防いだ。

 代わりに 20…Bxh6 なら 21.Qxh6+ Kf5 22.Rae1 の後ルーク又はgポーンによる詰みが受からない。

21.h4

 新たな狙いは 22.Bg5# である。

21…Bxh6

 この手は即勝負が決まる。しかしもうどう受けてもだめである。21…e5 なら 22.Bxg7+ Rxg7 23.dxe5+ で黒キングはルークの守りから離れなければならない。

22.Qf7#

 詰みである。

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[復刻版]理詰めのチェス(04)

第1章 キング翼攻撃(続き)

第4局

 ブラックバーン対ブランチャード戦で黒はありもしない攻撃を避けるために自分からポーンを h7-h6 と突いた。ブラックバーンはビショップを犠牲にしてこの無神経なポーンを除去し敵陣侵入への足がかりとした。

キング翼ギャンビット拒否
白 ブラックバーン
黒 ブランチャード
ロンドン、1891年

1.e4

 努力から成る多くの分野で価値は一定だった。この試合が行なわれた時は-

 物語の出だしは「昔々」、

 三目並べの選手は中央の枡にXを置き、

 チェッカーのマスターは11-15で始め、

 チェスのマスターは 1.e4 で試合を始めた。

 科学者の研究にもかかわらず以上のことは相変わらず良い始め方となっている。

1…e5

 黒は二つの駒の筋を通しながら中原で均衡を保つ。

2.f4

 この手は黒に中原を明け渡すようにしむけるためのポーンの提供である。

 黒が贈り物を受け取れば白は 3.d4 と突いて中原を自分のポーンで独占することができる。さらにf筋を開けたことにより白は弱いf7の地点に攻撃を仕掛ける可能性が得られる。ここは黒キングが原位置にいてもキャッスリングしてももろい地点である。

2…Bc5

 多分この手がギャンビットを拒否する一番安全な方法である。

a) ビショップは中原ににらみをきかし絶好の斜筋を押さえている。

b) ビショップはポーンのd4への利きに加勢し白がポーンをd4へ突くのを防いでいる。

c) ビショップはc5からg1の地点を見下ろし黒が急いでキャッスリングできないようにしている。

3.Nc3

 白は 3.fxe5 を避けた。この手に対する黒の応手(恐らく瞬時に指してくるだろう)は 3…Qh4+ 4.g3(4.Ke2 はもっと悪くて 4…Qxe4#)4…Qxe4+ で黒のルーク得になる。白の本譜の手は 3.Nf3 ほど積極的でないがブラックバーンは 3…Bxg1 4.Rxg1 Qh4+ 5.g3 Qxh2 を誘った。これに対しては 7.Rg2 から 8.fxe5 で白が優勢になる。

3…Nc6

 怪しげな誘いに対するにべもない応手である。

 黒は引き続き戦場に戦力を集めている。中原の支配権の戦いに黒のナイトはe5とd4の地点に圧力をかけて応分の働きをしている。

4.Nf3

 白は 4.fxe5 Nxe5 5.d4 で自陣を広げる機会を逃がしたのではないだろうか。いや、そうではない。4.fxe5 に対して黒は 4…d6 でポーンを取らせ自由で容易な展開を得ることができる。

 本譜の手は敵クイーンのチェックで煩わせられる可能性に終止符を打ち、eポーンを取る狙いを復活させる。

4…exf4

 この手は少なくとも四つの点でまずい手である。

a) 駒でなくポーンを動かして黒はすべての布局戦略における主目的を見失った。「駒を動かせ。それらを最下段から離れさせて働かせよ。」

b) 黒は中原における足場とその特権を放棄した。

c) 黒は維持できないポーン取りに無駄な手数をかけた。

d) 黒は白に次の手で中原を席巻させた。それにより黒ビショップは後退させられ手損させられた。

 タラシュは黒がここで指したような手を駒をただ取りにさせるようなあからさまなポカよりも罪深いと考えていた。

 この手の代わりに黒は 4…d6 と突いた方が良かった。そうすればすべて問題なく白枡ビショップも日の目を見た。

5.d4!

 当然である。このポーン突きの威力が分かるのに選手なら0.5秒以上を要すべきでない。このポーンは中原のかなりの部分を制圧し(d4の地点を占拠し重要なc5とe5の地点に利いている)、黒ビショップを絶好の位置からどかし自分のビショップの攻撃路を開いた。

5…Bb4

 e7に引き下がって防御に計り知れない役割を果たす方がもっと理にかなった戦略だった。

6.Bxf4

 ポーン損を取り戻すと共に駒を展開させるのでこのポーン取りは一石二鳥である。

6…d5

 白のeポーンに当てたこの手は中原の所有権を争おうというものである。それと共に黒はクイーン翼の駒にもっと空間を与えている。

7.e5

 ポーンの動きにはすべて良い面と悪い面がある。(タラシュは「ポーンを突くたびに陣形がゆるむ」とよく言っていた。)

 このeポーン突きの欠点はe5の地点をポーンが占めたことにより自分の駒から役に立つ地点を奪ったということである。ナイトは特にe5の地点にいれば大きな働きをする。

 代償にこのポーンは黒陣全体を締め付ける効果を発揮していて、特にキング翼ナイトを束縛して自然なf6の地点に展開させなくしている。

7…Bxc3+

 黒はブラックバーンに二重ポーンを負わせる期待にひかれた。しかしどうして釘付けにされた何の害にもならない駒を取るのだろうか。どうして圧力を和らげてしまうのだろうか。

 もっと推奨すべきやり方は 7…Bf5 を手始めに控えている駒を繰り出すことである。

8.bxc3

 二重ポーンの不利(c4 と突いてポーン交換させれば解消できるのでほとんど取るに足りない)と引き換えに白は双ビショップに加えてルークが有効に利用できる素通しのb列の有利さを得た。

8…Be6

 これはおざなりの手である。このビショップはf5に進出して大きな効果を発揮することができた。そうすれば白が交換を望まない限りビショップを自由にd3に置くのを妨げることができる。

 駒を最も働く地点に展開させることは確実に有利である。相手が同じことをするのを防げばさらに有利さが増す。

 大切なことは急所の地点の支配権を争うことである。

9.Bd3

 明らかにすばらしい地点に展開した。二方向に利いていて、どちらの翼でも手助けする用意ができている。

9…h6

 この手は明らかに 10.Ng5 や 10.Bg5 を防ぐためである。

 白は自分の展開を終えることしか関心がないのでこのような手を指すつもりは少しもなかった。

 9…h6 という手はhポーンがポーンによる攻撃の土台となる場合にだけ指すべきである。つまりhポーンがgポーン突きを支える場合である。そもそもこの手はポーンの形をゆるめて攻撃への抵抗力を弱めるので益よりも害の方が多い。もしキングがこの方面にキャッスリングすればとりわけ危険である。それはこのポーン自体が並びから突き出ているので格好の標的となるからである。おまけに(上述で十分でなければ)展開の目標を推し進めるのに何もしていない。まだ閉じ込められている駒の解放に費やすべき手数を無駄にしている。

10.O-O

 たった一手で白はキングの安全を確保しルークを素通しの列に引き出す。確かにこの列はナイトとビショップで散らかっていてルークの利きをじゃましている。しかしこれらは駒であってポーンではない。駒はじゃまにならないように素早くどけることができる。

10…Nge7

 ナイトにとって一番うれしい場所というわけではない。しかし他にどのようにしたら戦いに加われるだろうか。この展開は不本意ではあるけれども元の場所にほったらかしにしておくよりははるかに良い。

11.Rb1!

 マスターはこの手を瞬時に指す。凡庸な選手は一瞥もしない。ルークはこの列にどんな将来性があるのだろうか。ルークはポーン取りになっているがこのポーンは簡単に守られる。こんな無駄な示威の代わりにキング翼攻撃に努めてはどうか。

 その答えは次のとおりである。直感(知識や経験の場合もあるだろう)がマスターに素通しの列を占有しなければならないと言うのである。つまりルーク又はクイーンですぐにそれらを支配するということである。直感は次のように言う。「局面の要求に合った手を指しなさい。そうすれば適切に報われるだろう。優勢な局面を確立するのに必要な手を指しなさい。最大限の働きをし陣地の大部分を支配するように駒を展開しなさい。手筋に着手する前に敵陣を弱体化させ敵駒の動きを押さえ込み抵抗力を削ぐように努力を傾けなさい。好機が来れば攻撃はひとりでにうまくいく。決定的な手筋は目の前にやって来る。」

11…b6

 これもマスターとアマチュアを分ける手である。

 ポーンを進めて攻撃をかわしルークに無駄骨をおらせるのはなんとたやすいことだろう。この受けは自明なように見えるかもしれないが上級の選手なら誰もこんな手を急いで採用したりしない。彼ならポーンの形を乱すのを避けようとして代わりに 11…Rb8 や 11…Qc8 のような手を考えるだろう。

 本譜の手の後黒のクイーン翼の白枡は弱体化している。もっと重要なことはポーンの前進でクイーン翼のナイトが強固な支えを失ったことである。これは面白い状況で、白は以降のキング翼攻撃で盤の遠く離れた反対側からそれを利用することになる。

12.Qd2

 クイーンは1段目を離れてルーク同士が連結できるようにする。ルークは縦に重なることによって素通しの列で圧迫を強めたり協同して事に当たったりすることができる。

 このクイーンの動きの完全な意味は、もっともらしいが表面的な手を指す相手には見過ごされ易い。

 チェスでは最も単純で穏やかな局面でも機械的に指してはいけない。

12…O-O

 自ら嵐の真っ只中に飛び込んだ。

 安易に頭に浮かんだ手を指す前に黒は次のように自問した方が良かった。「白の一つの弱点、即ちc列の二重ポーンにどうしたらつけ入ることができるだろうか。」

 そうすれば黒は 12…Na5 でナイトをc4に差し向ける手を思いついたかもしれない。ナイトはそこで白の二重ポーンをせき止め白駒の自由な動きをじゃまし白にとってはのどに引っ掛かった骨のような感じになる。白はc4に来たナイトを取れるが自分の役に立つビショップの一つを手放さなければならないし(その交換の結果生じる)ポーンの形も黒のポーンの形より劣る。そして黒は自分の駒の一つをd5に据えて大きな効果を発揮させることができる。d5の地点は敵のポーンによって決して追い立てられることがない。

13.Bxh6

 ブラックバーンは光のような速度(毎秒186,324マイル)でこのポーンをもぎ取ったに違いない。

 ビショップの代償にブラックバーンは戦力の見返りとしてすぐにポーン2個を得、敵キングの周囲のポーンのバリケードを破壊した。もっとあるがそれはこれから見ていくことにする。

13…gxh6

 黒はこのビショップを取らなければならない。さもないと大局的になんの代償もなくポーンを損することになる。

14.Qxh6

 犠牲にした駒の代わりに白が得るものをみてみよう。
1) 現物としてポーン2個を得た。
2) 白クイーンは敵陣で威張っている。1手詰みも残っている。
3) 黒キングを保護していたポーンの幕を引き裂いた。
4) 15.Ng5 から始まる強力な攻め手が用意されている。
5) (15.Ng5 の後)もっと支援が必要ならば 16.Rf3 から 17.Rg3 で援軍を呼ぶことができる。

14…Ng6

 他に受けがあっただろうか。

 14…Nf5 なら(白ビショップの利きをじゃまするため)15.Bxf5 Bxf5 16.Qxc6 でクイーン翼の浮いているナイトを召し上げる。これは黒が11手目に本能的にbポーンを突いたせいである。

 14…Bf5 15.Bxf5 Nxf5 16.Qxc6 でやはり不運なナイトがさらわれる。

 14…f5 ならe6のビショップが当たりになっている。白はタルタコーワの「取ってから理屈を考えよ」という助言のとおりにビショップを取るだろう。

15.Ng5

 再びh7での詰みを狙っている。この手は荒っぽく 15.Bxg6 fxg6 16.Qxg6+ から 17.Qxe6 で駒得して勝つ手よりも速い。

 ブラックバーンは1世紀以上前に活躍したバロン・フォン・ハイデブラント・ウント・デル・ラーザが唱えた「最も単純で最短の勝ち方が最良の勝ち方である」という箴言に従った。

15…Re8

 キングの逃げ道を作った。

16.Rxf7

 ここでも楽しい勝ち方がいくつかある。

 16.Bxg6 とし 16…fxg6 なら 17.Qh7# で詰み。

 16.Nh7 から 17.Nf6+ も早く詰む。

 本譜の手は黒キングをひき止めまた1手詰みを狙っている。

16…Bxf7

 まだ指し続けたいならこう指すしかない。

17.Qh7+

 黒キングを運命の場所に追い立てる。

17…Kf8

 唯一の手。

18.Qxf7#

 詰み。

 もっともらしいけれどおざなりのチェスを指すことの危険性が本局にはよく現れている。本局と他の7局を同時に目隠しで指したブラックバーンは道理と筋道に頼って勝ちを収めた。それは盤面の見える相手の行き当たりばったりのチェスよりも疑いもなくまさっていた。

2013年04月12日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

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[復刻版]理詰めのチェス(05)

第1章 キング翼攻撃(続き)

第5局

 ルーガー対ゲプハルト戦では中原無視とあいまって早過ぎたキャッスリングの危険性が見られる。黒が敵駒を攻撃するためにポーンを h7-h6 と突いてさらに罪を重ねた時、捨て駒によってキングの縦の筋をむき出しにされるという報いを受けた。

ジュオコ・ピアノ
白 ルーガー
黒 ゲプハルト
ドレスデン、1915年

1.e4

 序盤で行なう最も大事なことはできるだけ速く駒を展開して中原を占拠し支配することである。

 白の初手は中原にポーンを据えて、駒を最下段から出す最初の手はずとしてクイーンとビショップの道を開けている。

1…e5

 黒は中原での圧力を互角にし二つの駒を動けるようにした。黒はこんなに早い段階では主導権を無理やりもぎ取ることは望めないのでこれで満足しなければならない。

2.Nf3

 狙いを持った展開の手を指すのは相手の応手の幅を狭めるので良い戦略である。消極的な 2.Nc3 は駒を展開しているが何も攻撃していない。この手に対して黒は 2…Nf6、2…Nc6 及び 2…Bc5 という良い手の中から応手を選択できる。同様に白の2手目が穏やかな 2.Bc4 ならば黒は 2…Nf6、2…Bc5 及び 2…c6(早く …d5 と突く狙い)という三つの良い候補手がある。

2…Nc6

 黒はeポーンを助けながら駒を展開した。このナイトは効率的に戦いに参加している。つまりその利きは中原に及んでいてe5の地点を守りd4の地点を攻撃している。

3.Bc4

 ビショップは外に出て、黒キングに通じる斜筋をにらむ地点を占めた。このビショップはキングによってしか守られていないのでことのほか弱いポーンを攻撃している。

 これは次の数手のうちにこのポーンを取ることを意味しているのではなく狙いは常に存在していることを意味している。多くの短手数の傑作は敵キングを野外に引きずり出すためにだけビショップを切り他の駒でこのキングを捕まえるという手法により生まれてきている。

3…Bc5

 黒は白の手をまねてビショップを最適な地点に出してきた。

 序盤ではビショップは中原に通じる斜筋に利いている時、または敵のナイトを釘付けにして動けなくしている時に最も攻撃力を発揮している。受けに使うならばe7が良い地点である。そこからは幾つかの方向に利きを及ぼし敵駒が侵入するのを困難にしている。

4.c3

 中原の支配を念頭にdポーンを突くのを助けている。白はキングが危険な状態でないのでキャッスリングを後回しにしている。

4…Nf6

 黒は白ポーンを攻撃しながら駒を展開した。これは白のもくろみに対する強力な反撃である。

5.d4

 白はこれに対してポーンを攻撃して迎え撃った。

5…exd4

 ほぼこの一手である。5…Bd6 としてeポーンを守るのはdポーンをふさぐのでまずい。5…Bb6 は 6.dxe5 Nxe4 7.Bxf7+ Kxf7 8.Qd5+ で白が駒を取り返ししかもポーン得のままである。白は 7.Bxf7+ の代わりに 7.Qd5 で詰みを狙いながらナイト当たりにすることもできる。

6.cxd4

 白のポーン隊形には圧倒される。しかしこの中原は維持できるのだろうか。

6…Bb4+

 この手は弱気の 6…Bb6 よりはるかに勝る。6…Bb6 の後黒は次のようにつぶされる。7.d5 Nb8 8.e5 Ng8(ナイトが二つとも面目なく帰還した。)9.O-O Ne7 10.d6 Ng6 11.Ng5 O-O(黒キングは3ポーンとナイトで守られている。あと4手でナイトと1ポーンが消え残りの2ポーンは釘付けで無力になる。)12.Qh5(狙いは 13.Qxh7# である。)12…h6 13.Qxg6(再び詰みの狙いがある。このクイーンはもちろんタブーである。)13…hxg5 14.Bxg5 Qe8 15.Bf6 これで白は二重釘付けを利用して次の手で詰めることができる。

 これがその局面である。

 本譜の手に対して白はチェックに対処しなければならず、できれば当たりになっているポーンも救いたい。

7.Nc3

 白は 7.Bd2 Bxd2+ 8.Nbxd2 でeポーンを守るよりもポーンを捨てる本譜の方を好んだ。

7…O-O

 「チェスは臆病者のための競技ではない」とシュタイニッツはバッハマンへ宛てた手紙の中で書いている。早期にキャッスリングするのは一般的には適切な戦略である。本局の場合は強大な白の中原を破壊しなければならないので適切でない。黒はポーンの犠牲を受け入れて 7…Nxe4 と指さなければならない。そしてその後どのような攻撃が待っていようと受けきる可能性にかけなければならない。その方が本譜の消極的なキャッスリングより悪くなることはあり得ない。本譜は黒のナイトが二つとも好所から追い払われることになる。ピルズベリーは「絶対的で重要なことは、キャッスリングしようと考えるあるいはしなければならないならばキャッスリングしてよいが、キャッスリングが可能だからという理由でキャッスリングしてはいけない」という原則を唱えていた。

8.d5

 d5の地点は駒で占拠すべきなので通常はこのような手は疑問手とされる。しかしここではこのポーンはナイトを追い払い黒が …d5 で捌きにくるのを永久に防ぐという役目を果たしている。

8…Ne7

 この手は仕方がない。a5の地点に跳ぶのは 9.Bd3 と応じられナイトが盤端で立ち往生する。

9.e5

 今度は別のナイトを突っつく。

9…Ne4

 e8へ引くのは気が進まないので黒はナイトを交換しにいく。

10.Qc2

 自分のナイトが二つの駒で当たりにされているのでそれを守りながら敵のナイトに当てた。

10…Nxc3

 ほぼ必然である。当たりのナイトを 10…f5 で守るのは 11.d6+ でもう一つのナイトが取られてしまう。

11.bxc3

 この取り返しは先手になっている。黒ビショップは一手かけて逃げなければならず白の優勢は拡大する。白のクイーン翼ルークはb列が使えるようになり黒枡ビショップはもう一つの斜筋にも行けるようになった。

11…Bc5

 当然ながら唯一の別の逃げ場所よりもこの地点の方が可能性に富んでいる。

 陣形を比較すると白の方が断然まさっている。戦場に出ている駒は白の方が多い。それに駒の動きも白の方が良い。戦いにもっと駒を繰り出す見込みも白の方が良い。

 ここでのお薦めの処方箋は狙いをちらつかせて黒を忙しくさせること、即ち黒を受けに走り回らせ有効な抵抗を構築する余裕を与えないことである。

12.Ng5!

 表向きは詰み狙いで黒を怖がらせている。しかし実際の目的はキング一行(いっこう)のポーンの一つを前進させて弱体化を誘うことである。

 もしこれらのポーンの一つでも動けば黒はしてやられる。例えば 12…f5 なら 13.d6+ で駒損になる。また 12…g6 なら 13.Ne4 で 13…Bb6 とビショップを助けると 14.Bh6 でルークがe8に逃げても 15.Nf6+ で交換損になる。

12…Ng6

 受けるにはこの手しかない。キング翼ポーンは元のままだが黒は自分の駒を白の望む所に置かされた。このような状況では黒がうまく戦える見込みはあまり明るくない。

 白は型にはまった展開としてキャッスリングした黒の過ちを避けなければならない。そのようなおとなしい進行は黒に 13…d6 又は 13…h6 で白ナイトを撃退する時間を与えてしまう。白は相手に一息つかせる機会を与えてはならない。白は攻撃あるのみである。

13.h4

 次にh5に進んで黒ナイトをどかせクイーンで詰ませる狙いである。

13…h6

 他に指しようがない。黒は脅威を与えているナイトを追い払おうとしている。黒は 13…f6 でそれをすることはできない。そう指すと 14.d6+ Kh8 15.Nf7+ で黒の交換損になる。

14.d6!

 このポーン突きは迫力がある。黒ビショップは防御から隔絶され、一方白ビショップの利き筋が通った。白の狙いは 15.Qxg6 である。釘付けのfポーンはこのクイーンに触れられない。

14…hxg5

 取れる駒は何でも取った方が良い。

15.hxg5!

 ナイトが逃げることはない(その罰は 16.Qh7# である)。一方ルークには気持ちの良い素通し列がありクイーンにはまだナイトを取る狙いがある。

15…Re8

 黒キングはもっと動ける場所が必要である。

16.Qxg6

 重圧を緩めることなく駒を取り返した。1手詰めが一つと2手詰めが二つある。

16…Rxe5+

 黒は慰めに有形資産の在庫を同じにし、降伏する前に気休めのチェックをした。

17.Kf1

 最も簡明な手である。詰みの狙いがまだ残っている。白が 17.Kd2 Qxg5+ 18.Qxg5 Rxg5 でこれまでの努力を無にする可能性などほとんどあり得ない。

17… 黒投了

 黒は 17…Qe8 で1手詰みを避けることはできるが(ついでに自分でも詰みを狙っている)18.Qh7+ Kf8 19.Qh8# でしょせん即詰みである。

2013年04月19日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: [復刻版]理詰めのチェス

[復刻版]理詰めのチェス(06)

第1章 キング翼攻撃(続き)

第6局

 ツァイスル対バルトホッフェン戦は中原の重要性を顧慮しない不適切なキャッスリングのもう一つの例である。白はポーンを g2-g3 と突くことを余儀なくされその結果白枡がポーンで守られず弱体化した。バルトホッフェンの駒はこれらの枡に侵入し敵キングを仕留めた。

ルイ・ロペス
白 ツァイスル
黒 バルトホッフェン
ウィーン、1899年

1.e4

 フランクリン・ヤングは次のように言った。「もし目的の平面が開放されたままならば、あるいは中原またはキング翼で永久に突き止められるならば、正しい斜筋がいつも容易に確保されるように展開せよ。あるいはもし目的の平面が戦略的前線の果てでなく他の所で永久に突き止められるならば整列したかぎ針編みがいつも容易に確保されるように展開せよ。」

 もしこの文章がいくらか分かり難いならば(私にもそうでないと信じる理由はない)同じ作者によって明晰な散文で述べられた結論は次のとおりである。

 「白の最善の初手は 1.e4 である。」

1…e5

 黒が互角を目指す最良の機会は中原にある最も重要な地点の公平な分け前を得ることである。

 1…e5 で黒は所有権を主張しながら二つの駒を解き放った。

2.Nf3

 この手は今のどんなマスターでももっと良い手を指すことはできないことを確信して自信を持って指して良い。

 このナイトは一手で布局における最適な地点に展開した。

 このナイトはきわめて重要な中原の4地点のうち2地点に圧力をかけている。

 このナイトは最大限に活動できるように中原に向かって進出した。

 このナイトはキング翼を空けキングがその方面に早くキャッスリングできるように助けている。

 このナイトはキングがキャッスリングした後その防御に理想的な位置にいる。

 このナイトはポーンに当たりをかけて先手を取りながら戦いに加わっている。

 要するにこの手は非常に良い手なのである。

2…Nc6

 この手は推奨すべき応手である。黒は駒を展開すると同時にポーンを守った。

3.Bb5

 たぶんこの手が最強の手である。このビショップはポーンを守っている駒に制約を加えている。今すぐにポーンを取る狙いはない。4.Bxc6 dxc6 5.Nxe5 とポーンを取っても 5…Qd4 という応手があってポーンを取り返される。しかしナイトには圧力がかかっていて、黒がいずれdポーンを突いてナイトが釘付けになった時にこの圧力はいっそう強まる。

3…f5

 主導権を握ろうとする大胆な企てである。その意図は白にfポーンを取らせて中原を放棄させようというところにある。

4.d4

 攻撃的な選手ならこのようなeポーンに対する白の反撃を好むだろう。堅実で大局観に基づいて指す選手なら 4.Nc3 と落ち着いて駒を展開させて自分のeポーンを守るだろう。また本当に用心深い選手なら 4.d3 でeポーンを守りポーン交換になっても中原にポーンが維持されることに満足するかもしれない。

4…fxe4

 黒はこのポーン交換で白ナイトを拠点から立ち退かせるのが主たる意図である。

5.Nxe5

 一見強そうな手である。白はポーンを取り返し黒からの 5…d6 や 5…d5 を防いでいる。これらの手の後 6.Nxc6 bxc6 7.Bxc6+ で白が交換得になる。

 白には 6.Bxc6 dxc6 7.Qh5+ Ke7 8.Qxf7+ Kd6 9.Nc4# で詰みというすごい狙いもある。

 これらはどれも非常に魅力的である。こんなに早い段階で詰みになる可能性があるのは若い選手には魅惑的である。しかしこのような野心は抑制した方が良い。早過ぎる詰みの攻撃は撃退されて攻撃側の手損や駒損になるのが普通である。

 もっと安全な指し方は 5.Bxc6 dxc6 6.Nxe5 である。

5…Nxe5

 これにより黒は白のキング翼の最良の守り駒を盤上から消し去り、白が抱いたかもしれない手筋の構想に終止符を打った。

6.dxe5

 白は過激な 4.d4 の見返りがない。代わりにクイーン翼ナイトを展開していた方が良かった。

6…c6!

 駒を戦いに投入すべき時にポーン突き?そのとおり。指し手は具体的な局面によって判断されるべきものである。黒にはこのポーン突きに四つのもっともな論拠がある。

 a) 黒はdポーンが突けるようにビショップを追い払わなければならない(さもないと黒キングがチェックの状態になる)。

 b) ポーン突きにかかる1手は白ビショップも1手かけて引き下がらなければならないことによって相殺される。

 c) クイーンのために好都合な斜筋が開く。

 d) ビショップに対する当たりでポーンが取れる。シュタイニッツは「ポーン1個でも少しの手間をかける価値がある」と言っている。

7.Bc4

 通常ならここがビショップの好所である。しかしここではe2の方が局面に適合していた。白はもうキング翼ナイトの務めが得られない。だからe2のビショップがキング翼の守りに役立つかもしれない。

7…Qa5+

 キングとポーンの両方に当たっている。

8.Nc3

 チェックを受ける最良の手段である。白はクイーン翼ナイトを布局でおさまるべき場所に置いた。

8…Qxe5

 黒はポーンを得して試合に勝つ良いスタートをきった。ここからの黒の目標は白の薄くなったキング翼の攻撃に取り掛かることである。

9.O-O

 もっともな手だが誤りである。自分の意図を隠してクイーン翼の駒を展開しその後で恐らくクイーン翼にキャッスリングする方が賢明であった。

9…d5!

 当然の手である。黒は中原を占拠し敵ビショップを追い払い自分のビショップを世に出す。これらすべてが1手でできる。

10.Bb3

 ここでも防御のために 10.Be2 と引いて二つの斜筋へ利かせる方が望ましかった。

10…Nf6

 単にナイトを展開してキング翼攻撃を組織する。

11.Be3

 この手は黒の 11…Bc5 を防ぎ 12.Bd4 又は 12.Qd4 で敵の中原のクイーンをどかせるためである。

11…Bd6!

 この好手は詰みの狙いを伴った単なる展開の手だけにとどまらない。その隠れた目的は守備のポーンの一つを進ませて白のキング翼の陣形に永久に修復できない弱点を作らせることである。

12.g3

 受かるとすればこの手しかない。代わりに 12.f4 は 12…exf3e.p. 13.Qxf3 Qxh2+ 14.Kf2 Bg4 で黒の勝ちとなる。

 本譜の手の後黒は攻撃にとりかかる。黒は駒を無意味に犠牲にしてgポーンを取ったりポーンを …h5-h4-h3 と突いて白陣の破壊を試みたりするわけではない。

12…Bg4!

 黒は攻撃の基礎を侵入においている。白のf3とh3の地点は 12.g3 の結果もうポーンで守られていないので弱くなっている。これらの地点はシュタイニッツが初めて名付けたように「空所」になっている。これらの地点に腰を落ち着けた敵駒はポーンで追い払うことができないのでしっかりと居座る。

 このビショップ出はクイーンを攻撃して手をかけずにf3の地点に入り込む意図である。

13.Qd2

 この手は良さそうに見える。代わりにナイトをe2に引いて当たりを止めれば黒は 13…Qh5 でさらにナイトを当たりにし 14.Re1 を余儀なくさせて 14…Qh3 で駒を空所に据える。黒の次の手は 15…Bf3 でもう一つの空所を占めてg2での詰みのお膳立てが整う。

13…Bf3

 侵入の過程の第2段階である。

14.Bf4

 この手は 14…Qe7 15.Bxd6 Qxd6 16.Qf4 のようなことを期待した。そうなれば1ないし2組の駒交換で黒の苦境が緩和される。

 白の14手目の後白キングには5手の即詰みがある。黒はそれを高らかに宣言するかもしれない。

14…Qf5!

 ビショップを見捨てた。しかし黒はクイーンをh3に送って白枡を断固支配することしか関心がないのである。

15.Nd1!

 この手しか受かる可能性がない。このナイトは次にe3に行って詰みが迫っているg2の地点を守る。

15…Qh3

 次に1手詰みがある。

16.Ne3

 重要な枡を守った。

16…Ng4

 今度の狙いはh2での詰みである。弱い白枡をうまく利用して敵陣に侵入する黒駒に注目されたい。

17.Rfc1

 キングの逃げ道を空けた。

17…Qxh2+

 次の手で詰みになる。

2013年07月26日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: [復刻版]理詰めのチェス

[復刻版]理詰めのチェス(07)

第1章 キング翼攻撃(続き)

第7局

 シュピールマン対バーレ戦では黒の選手は相手のナイトが自分のキングのすぐ近くに根を下ろすのを防ぐためにgポーンを突いた。これにより自分のキング側ナイトがポーンの強固な支えを失い、同時にポーンの利きがない枡が弱点として生じた。シュピールマンの駒はこれらの弱点枡に侵入して締め付け相手のキングを詰ませた。

フランス防御
白 シュピールマン
黒 バーレ
ウィーン、1926年

1.e4

 この手は以下のような多くのことを成し遂げている。

 ポーンが中原に据えられた。

 このポーンはd5とf5に利いていて黒駒がそれらの地点に来るのを防いでいる。

 白のクイーンとビショップがすぐに動ける余地を得た。

1…e6

 この手には次のような幾つかの目的がある。

 一つ目は白が布局を指図するのを防ぐことである。普通の 1…e5 の後白は強力なルイ・ロペス戦型、ジュオコ・ピアノ、ウィーン試合、マックス・ランゲ攻撃、あるいは何らかの危険なギャンビットさえ指すことができる。

 二つ目は黒の狭小な陣形は白の早まった攻撃をよく誘発し白に惨劇をもたらすことがある。

 三つ目はe6のポーンは 2…d5 突きを支え、白のeポーンに対する攻撃が主導権をもぎ取ることもある。

 フランス防御を見くびってはいけない。うわべは控えめだがその下に多くの動的なエネルギーが隠されている。

2.d4

 中原に1ポーンを置くのが価値あることなら2ポーンを置けばその価値が倍増する。

2…d5

 黒はクイーンの利きをもっと増やし白の中原に挑戦する。

3.Nc3

 ナイトが適切な地点に展開しeポーンを守りd5の地点ににらみを利かせているので明らかに優れた応手である。

3…Nf6

 黒もやはりキング翼ナイトを最強の地点に持ってきた。しかもさらに白のeポーンに当たっているので先手である。

4.exd5

 争点を和らげるこの手よりも 4.Bg5(駒を展開し敵駒の一つを無力にする)で圧力を増加させる方を好む選手も多い。

 大きく捌けた局面を好むシュピールマンは1組のポーンを交換して自分の駒の動ける余地を増やした。

 どちらの手が良いのだろうか。どちらの手を指すべきなのだろうか。その答えは自分の好きな手、即ち自分の棋風と性格に最も合った手を指すことである。注意深く慎重な性格でポーン1個の大切さを良く知っているならば、つまりポーンはそれぞれクイーンになる可能性があり1ポーンでも損すると試合に負けるかもしれないと考えているならば、4.Bg5 と指すべきだし布局定跡はルイ・ロペス、クイーンポーン布局、レーティ、イギリス布局などの大局観に基づいて指すものを選ぶべきである。一方恐れを知らぬ冒険的なチェスが好みでポーンは駒で猛攻をかける際のじゃまにしかならないと考えるならばエバンズ、デンマーク、キング翼その他のギャンビットなど想像力をかき立てる余地のある布局を選ぶべきである。

 指すべき最良の布局は自分が最も安心できる布局である。

4…exd5

 ナイトで取るよりもこの手の方が良い。黒は中原にポーンを維持しクイーン翼ビショップを自由にした。

5.Bg5

 この手はナイトを釘付けにし 6.Bxf6 gxf6(6…Qxf6 はdポーンをただ取りされる)で弱い二重ポーンを作らせ黒陣を乱す狙いをもっている。

5…Be7

 この手は釘付けを外す最も簡単な手段である。ビショップを1枡しか動かさないのは大した手でないと思うかもしれないが次の迅速な展開の第1原則に合致している。

 駒を最下段から出せ。

6.Bd3

 このビショップの位置は攻撃的で、黒のキング翼キャッスリングの場合は特にそうなる。

6…Nc6

 このナイトの初登場は白のdポーンを狙っているのでなおさら脅威的である。

7.Nge2!

 ありきたりの展開の 7.Nf3 ならば黒は 7…Bg4 でこのナイトを釘付けにし再び白のdポーンを狙う。白は例えば 8.Be2 でこのポーンを助けることができるが主導権を失うことになる。

 本譜の手の後でも黒がナイトの釘付けに来れば 8.f3 でビショップを追い払い手損させることができる。

7…Nb4

 この手は敵の危険な駒を消し去り自分は双ビショップを維持して少しの有利を確保する意図である。

8.Ng3

 ナイトをe2に展開する別の理由がここで分かる。ナイトやビショップにとってf5は圧倒的な地位なので白はそこへ駒を据えたいと考えている。駒はそこにいるだけでよく敵にとっては威圧的な存在になる。

8…Nxd3+

 任務達成。白のナイトとビショップに対して黒は足の長い双ビショップを保持して技術的には少し優位に立った。しかし・・・

9.Qxd3

 ・・・黒は手損をしている。黒は白の1回しか動いていないビショップと交換するためにナイトを3回動かした。それに加えて黒ナイトは盤上から完全になくなったがビショップはそのあとに駒を残した。その結果戦場には黒の駒2個に対し白は4個の駒が活動している。白はどちらでも好きな方にキャッスリングして二つのルークを素早く動員する準備もできている。従って優勢なのは白の方である。

9…g6

 このポーン突きは白ナイトがf5の地点に来るのを防いでいるが、黒陣に構造的な弱点、つまり取り返しのつかない弱点を作っている。f6とh6の地点はもうポーンで守られていないので弱く永久に弱い状態のままである。

 注意すべきはこのポーンは前進するように強いられたのでなく、そうするようにしむけられたのである。単なるナイトの侵入の脅しが黒に自然な予防手を指させるのに十分だった。この手は十人中九人の選手が同じような局面で機械的に指すたぐいの手である。それゆえにこのような手の欠陥を突く手法を知っておくことが大切である。なぜなら劣った手でもうまくそれにつけ込まれなければ劣った手にならないからである。

 これがその局面で白の手番である。

10.O-O

 控えの駒を動員するまで乱暴は禁物である。ブラックバーンは「クイーン翼ルークを展開するまで決して攻撃を始めるな」とよく言っていた。

 白はキングの安全を確保し一つのルークを隠れ家から出した。

10…c6

 ポーン中原を強化しクイーンのために新たな道を開けた。

11.Rae1

 白は唯一の素通し列を占有し(ルークは素通し列またはそうなる可能性のある列にいるものだから)、ビショップを釘付けにした。

 釘付けにされた駒は動けないだけでなく取られることを避けられないことは注意しておくに値する。釘付けにされた駒は完全に麻痺しているので他の駒を守ることができない。だからこのビショップは動けずに生命の危機にさらされている(何度も攻撃されるかもしれないので)だけでなく、このビショップに守りを頼っているナイトはもはや安泰ではないことになる。要するに黒は 12.Bxf6 で駒損になる危機に直面している。

11…O-O

 黒キングは逃亡し避難した。ついでにビショップを釘付けからはずしナイトも助けた。

 ここまでのシュピールマンの戦略とここから後の決定的な手筋はラスカーを喜ばせたことだろう。ラスカーはかつて次のように言っていた。「試合の始めは手筋を探すのを無視し乱暴な手を差し控えよ。わずかの有利を目指しそれらを積み重ねこれらの目標を達成した後初めて手筋を意志と知力の限り探し求めよ。なぜならその時こそ手筋がたとえどんなに奥深く隠れていても存在するはずだからである。」

 ちょっと見れば白は必要な陣形上の優位を達成していることが分かる。もし手筋が導き出されるとしたら黒が防御のために駒を再編成する前の今に違いない。現在のところ白は5個の駒が活発に働いているが黒は2個である。現在白には素通しの列がある。十分、十分。手筋があるに違いない。

 以下が白の読みである。

 黒がgポーンを突いたのでナイトがしっかりした支えを失った。まだ二つの駒で守られているがもしビショップがいなければ1個の駒でしか守られていない。実際もしビショップがいなければナイトは釘付けになり長いこと攻撃にさらされる。このビショップは両方の式に現れている。明らかにこのビショップが被告人でありやっつけなければならない。それも黒が 12…Be6! と指さないうちにすぐにである。

12.Rxe7!!

 ズノスコ=ボロフスキーは「心躍る着想がひらめいた時駒を犠牲にすることは何と簡単に思えることだろう」と言っている。

12…Qxe7

 黒は駒を取り返さなければならないがナイトが釘付けになり以降の攻撃の格好の標的になった。

13.Qf3

 釘付けを強化しナイトを取る手を狙っている。

13…Kg7

 キングが助けに来た。代わりに 13…Bf5 の受けならシュピールマンは次のような鮮やかな手段を用意していた。14.Nxf5 gxf5 15.Qg3(狙いは 16.Bxf6 の1手詰み)15…Kg7(15…Kh8 は 16.Qh4 Kg7 17.Qh6+ Kg8 18.Bxf6 で白の勝ち)16.Bxf6+ Kxf6 17.Qh4+ Ke6 18.Re1+ Kd7 19.Qxe7+ で黒は駒を全部取られてしまう。

14.Nce4!

 白はどれだけ多くの華々しい手を見つけなければならないとしても釘付けのナイトを叩き続けなければならない。

 ここでもやはり白の直接の狙いは単純である。それは 15.Bxf6+ で、即白勝ちである。

14…dxe4

 黒はこのナイトを取らなければならない。さもないと自分のナイトが取られる。

15.Nxe4

 3個の駒で無力なナイトを攻撃している。「チェスは心優しい者にはむかない」とはフランスの格言である。

 白の狙いは 16.Bxf6+ から 17.Bxe7 である。

15…Qe6

 15…Qxe4 なら白には 16.Bxf6+(クイーンを守っている駒を除去する)から 17.Qxe4 でクイーンを取るか、あるいは 16.Qxf6+ Kg8 17.Bh6 から 18.Qg7# で詰みに討ち取るかという楽しい選択がある。

 この最後の変化で白がどのように黒陣の二つの空所のf6とh6に自分の駒をしっかりとねじ込んだかに注目して欲しい。これらの地点は黒がgポーンを突いた後ポーンで守られていなかった。

 本譜の手で黒はクイーンを助けた。黒はまだ戦力的には得しているが、白の駒が黒枡に入り込んで黒キングを捕まえるので黒の敗勢である。

16.Bxf6+

 駒を取り返し黒の応手を二つに制限した。

16…Kg8

 16…Kh6 なら 17.Qf4+ で次の手で詰む。

17.Qf4

 h6への決定的な侵入からg7で詰ませる狙いである。黒枡での勝利である。

 黒は詰みが防げないので投了した。

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カテゴリ: [復刻版]理詰めのチェス

[復刻版]理詰めのチェス(08)

第1章 キング翼攻撃(続き)

第8局

 プジェピュルカ対プローケシュ戦は黒のgポーンが強制的に g7-g6 と進ませられた例で、その結果黒枡が弱体化した。プジェピュルカは最終攻撃を開始する前に準備として(弱点を際立たせるために)相手の黒枡に利くビショップを無力化した。

クイーン・ポーン試合(コーレ・システム)
白 プジェピュルカ
黒 プローケシュ
ブダペスト、1929年

1.d4

 クイーン・ポーン布局が人気のある一つの理由は最初の一手から防御側に問題を突き付けるからである。黒がたやすく主導権を握ったり形勢互角にしたりできる方法はない。

 本質的に大局的な性質にもかかわらずクイーン・ポーン布局は攻撃的な選手たちにことのほか好まれている。そして常にアリョーヒン、ケレス、ピルズベリー、ボゴリュボフ、シュピールマン、コーレらの攻撃的な選手たちのお気に入りの武器になっていた。

1…Nf6

 駒が戦いに加わり中原に影響を及ぼしている。このナイトは白が続いて 2.e4 と指すのを防いでいる。

 マスターは呼吸と同じくらい本能的にナイトをf6に動かす。

2.Nf3

 ナイトは中原に向かって展開し最大限の行動の自由と最大限の活動範囲を得る。

 ナイトには相手のどんな駒からも攻撃されずにその駒を攻撃できるという特異な性質がある(相手のナイトは除く)。この特性によりナイトは盤上の捌きで非常に魅力的な駒となっている。ナイトを用いた手筋はしばしばバレエを髣髴(ほうふつ)させる。

2…e6

 黒は 2…d5 で 3.e3 に対し 3…Bf5 を用意してコーレ戦法の総攻撃を避けることができる。そして 4.Bd3 に対し 4…Bxd3 とビショップ同士を交換し(この布局における)白の最も危険な攻撃駒を無くしてしまう。

 本譜の手で黒はキング側ビショップの筋を開け防御の形を明らかにしない。

3.e3

 この手は白の構想を示している。明らかに白はビショップをd3、クイーン側ナイトをd2に配置し攻撃で駒の出発地点となる重要なe4を支配する典型的なコーレの隊形を準備している。

3…d5

 黒はポーンをしっかりと中原に据えた。

4.Bd3

 白はコーレ戦法で必須のe4への圧力の集中を始める。一般にはキング翼の駒を最初に動員して早くその方面にキャッスリングできるようにするのが良い作戦である。

4…c5

 この手はクイーン・ポーン布局ではほとんど必須である。cポーンのじゃまをしてはいけないので先に …Nc6 と指さないことが大切である。本譜の黒の手は中原に挑んでそこでの争点を作り出している。

5.c3

 この手はdポーンを強化した。5…cxd4 と取ってくれば白はcポーンで取り返して中原にポーンを維持することができる。eポーンは動かさないことが大切である。このポーンはe3に留まって次の指示を待っていなければならない。

 白の本譜の手はクイーン翼ナイトから最良の地点を奪ったように思えるかもしれない。しかしこの攻撃隊形ではこのナイトはd2の地点が指定席である。

5…Nbd7

 これは多分ナイトをc6に置くよりもまさっている。d7にいればナイト同士が連結し、キング翼ナイトが交換されればもう一方のナイトが攻防に理想的なf6に行ける。d7ならナイトはc列を空けておける。この列が素通しになってくればそこを占めるクイーンやルークがもっと働くようになる。最後に、もし白が 6.dxc5 と取ってくればナイトで取り返して大威張りで戦闘に加わることになる。

 クイーン・ポーン布局では黒のクイーン翼ナイトはc6よりもd7の方がしばしば活躍する。

6.Nbd2

 この手はe4の地点に対する圧力を強めている。初心者には白の展開はぶかっこうに見える。駒がお互いにじゃまをし合っているように見えるがいずれ分かるようにスムーズに楽々と戦闘に飛び込んでくる。

6…Bd6

 この手は守備の任務に限られる 6…Be7 よりも積極的である。

7.O-O

 白はどんな行動に着手するよりも先にキングの安全を確保した。局面を開放してキングを中央に放置するのは反撃にさらされる可能性があるので危険である。

 キング翼ルークがこれからの攻撃で重要な役割を演じるので白のキャッスリングは攻撃的な意味がある。

7…O-O

 黒のキャッスリングは防御的行動である。しかしどうして白がキング翼での襲撃を準備していることを明らかにした時にキングの恒久的な住居を定めるのであろうか。もっと良い戦略は敵を疑心暗鬼にさせておくことである。すなわちしばらくキャッスリングを見合わせ駒の展開を続けることである(これは何も害になるようなことはない)。黒は早く …e5 と突く目的でクイーンをc7に動かしそれからクイーン翼ビショップをフィアンケット(…b6 から …Bb7)するのが良かった。

8.Re1

 e4にさらにまた圧力。ルークがe列に地歩を占めた。e列は現在は閉鎖されているが白が e4 と突いてポーン交換になれば開放される。

8…Qc7

 ここはクイーンにとって理想的な位置である。このクイーンはc7から中原、特にe5の地点ににらみを利かしc列にも大きな圧力をかけている。

9.e4!

 この手はコーレ戦法の核心の手である。この手で白は局面を大きく開放状態にし自分の駒の蓄積されたエネルギーを猛攻撃に向けて解放しようという意図である。

 当座の狙いは 10.e5 で、単純であからさまな両当たりである。

9…cxd4

 黒は受身の代償として一時的ではあるが素通しのc列を支配する。

10.cxd4

 ナイトで取って黒駒をc5やe5に来させるよりもこの手の方が良い。11.e5 で駒得する白の狙いがまだ残っている。

10…dxe4

 その狙いをかわし白のdポーンを孤立ポーンにした。このようなポーンは他のポーンによって守ることができないのでことのほか攻撃に弱い。最も近いポーンでも2列隣である。

11.Nxe4

 もちろん 11.Bxe4 はない手で、11…Nxe4 とされて重要なキング翼ビショップの役割を失う。タラシュは次のように言っていた。「そばに自分の猫がいないとルソーが著作できなかったように私はキング翼ビショップがないとチェスが指せない。キング翼ビショップのない試合は私にとっては死んだも同然で無味乾燥である。活力を与える要因がないと攻撃の作戦をたてることができない。」

11…b6

 この手はクイーン翼ビショップを使おうという目的である。11…Bf4 の方がいくらか要を得ていて、白の脅威を与えているビショップの一つを抑制する。

12.Bg5

 ビショップが敵駒を攻撃しc1の地点を空ける。クイーン翼ルークがそこへ駆けつけてきて敵クイーンを追い払い絶好の素通し列を完全に支配する。

12…Nxe4

 明らかに黒は 12…Bb7 と指すと 13.Nxf6+ Nxf6 14.Bxf6 gxf6 でキング翼のポーンの形がばらばらになるのを恐れた。

13.Rxe4!

 この手は自然な 13.Bxe4 よりまさる。13.Bxe4 なら黒は 13…Bb7 と指して 14.Bd3(ビショップ交換を避けるため)とさせるかもしれない。その後は 14…Bxf3 15.Qxf3 Bxh2+ で労苦はあっても1ポーン得に満足できた。

13…Bb7

 ビショップを対角斜筋につけるこの手より良い手はほとんどありそうもない。例えば 13…Nf6 なら 14.Rh4 が受けづらい。狙いは 15.Bxf6 gxf6 16.Bxh7+ でポーンを取ることだが 14…h6 は 15.Bxf6 gxf6 16.Rxh6 でやはりポーンを取られて受けにならない。

14.Rc1!

 うまい中間手である。ルークが効果的に素通し列に展開し敵クイーンが1段目に追われる。敵クイーンはそこでクイーン翼ルークのじゃまになり長い間-実際には永久に-展開を妨げることになる。

14…Qb8

 ほかにどうしようもない。14…Bxe4 は 15.Rxc7 Bxf3 16.Qxf3 Bxc7 17.Qc6 で白の駒得になる。

15.Rh4!

 この手が眼目の手である。白の狙いは 16.Bxh7+ なので黒キングの前のポーンの一つが前進しなければならない。どのポーンが進んでも白が優勢になる。その理由は次のとおりである。

 どのポーンが前進しても防御陣形がゆるむ。

 (前進することによって発生する)無防備のどの地点も陣形の弱点になる。

15…g6

 黒が 15…Nf6 でhポーンを守ろうとすれば 16.Bxf6 gxf6 17.Bxh7+ で同様にポーンを取られる。また黒がhポーンを突けば 16.Bxh6 gxh6 17.Rxh6 という見え見えの捨て駒の手筋を誘発し、ポーンの非常線が破られ黒キングを詰み狙いの攻撃にさらす。

 白は敵のgポーンを進ませて目論見(もくろみ)を達成した。しかし白は生じた弱点をどのように利用するのだろうか。gポーンに対する攻撃策があるのだろうか。明らかにそのようなものはない。自分のhポーンで叩くためには白はルークをどけてから h4-h5 とポーンを突いていかなければならないがこれは手数がかかる割りに得られるものはほとんどない。

 他に何か手段があるだろうか。駒を犠牲にしてこのポーンを取るのはどうか。そうやっても敵陣を打ち破れないので明らかに無駄である。

 しかしこのポーンは確かに前進してどこかに弱点が生じている。この事実は確かであってこの事実に勝ちを決める手筋への鍵(かぎ)があるに違いない。

 ポーンの前進によってh6とf6の地点がポーンによって守られなくなったのでそれらが弱体化した。これの意味するところは白がこれらの地点を支配するように努めなければならないということである。それは自分の駒で占有し占拠するか、または敵陣侵入の手段としてそれらを利用するかということである。

 しかし待てよ。黒のナイトはまだf6の地点を守っているのではないか。確かにそのとおりで、これを知ることは我々にとって必要な情報を与えてくれる。このナイトは黒枡の番兵であり、やっつけなければならない。

16.Bb5!

 この手はナイトを攻撃している。奇妙なことにこのナイトは逃げ場がない。

16…Qe8

 他にナイトを守るどんな手があるだろうか。

 16…Bc8 なら 17.Bc6 で交換損になる。

 16…Bxf3 なら 17.Qxf3 Qe8 18.Qc6 で駒損になる。

 実戦の手の後ナイトは釘付けになっていて後続の攻撃の良い標的になる。

17.Ne5

 チェスでは水に落ちた犬は叩いて良い。

17…Bc8

 17…Bxe5 は 18.dxe5(ナイトへのクイーンの利きが通る)18…Bc8(又は 18…Bd5)19.Rc7 で惨めな生物が死滅しなければならず良くない。

18.Rxc8!

 ナイトのつっかい棒を取り払った。この技法は単純である。ある駒に対する圧力を強められないならその守り手の一つを退治できないか考えよ。

18…Qxc8

 18…Rxc8 はもちろんだめで 19.Bxd7 でルーク1個の代わりに駒2個を取られた上にクイーンを詰まされる。

19.Bxd7

 白はルークの代わりに2個の駒を得た。それから攻撃も。

19…Qc7

 19…Qb7 と 19…Qb8 はだめで 20.Bc6 で交換損になる。19…Qa6 はあるが、黒はc列からの反撃に期待した。

20.Ng4!

 この手は弱い黒枡につけ込む第一歩で、21.Nf6+ Kh8(又は 21…Kg7)22.Rxh7# で詰める狙いがある。

20…h5

 黒キングは動ける空間が必要である。20…f5 で自由になろうとしても 21.Bxe6+ Kh8(21…Kg7 は 22.Bh6+ で白の交換得になる)22.Nf6 で抵抗もむなしく負けになる。

21.Nf6+

 ナイトが急所の黒枡の一つにとび込んで第一撃を見舞った。

21…Kg7

 21…Kh8 は 22.Rxh5+ で早く詰む。

22.Nxh5+

 ナイトを犠牲にして敵キングをおおうポーンを剥ぎ取る。

22…gxh5

 黒はナイトを取るしかない。22…Kg8(又は 22…Kh7)は 23.Nf6+ Kg7 24.Rh7# で詰む。

23.Qxh5

 初めてクイーンが動いた。次の手でh列で二通りの詰みがある。

23…Rh8

 詰みを止める唯一の手だが一時的である。

24.Bh6+

 ぴったりの手である。二つ目の急所の黒枡でとどめの一撃を見舞った。

24…投了

 あと2手で詰む。

2013年09月27日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: [復刻版]理詰めのチェス

[復刻版]理詰めのチェス(09)

第1章 キング翼攻撃(続き)

第9局

 ズノスコ=ボロフスキー対マッケンジー戦では黒がポーンを …g6 と突いて相手のナイトを自陣に寄せつけまいとした。それはうまくいったが代償としてキングの周囲の黒枡が弱体化した。白はそこに幸便につけ込んで白の駒がかわるがわる急所の地点に攻め入った。

ルイ・ロペス
白 ズノスコ=ボロフスキー
黒 マッケンジー
ウィストンスーパーメア、1924年

1.e4

 この初手でポーンが中原を占拠し、クイーンの利きが4枡、キング翼ビショップの利きが5枡になった。多くの選手が他の序盤の手よりも 1.e4 を好む理由の一つはキング翼の駒が迅速に捌けその方面への早期のキャッスリングが可能になるからである。

1…e5

 昔はこの手がほとんど必然だった。その意図するところは対等に突っ張りとことんまで戦うのをいとわないことである。臆病者だけが 1…e5 を避けて白のギャンビットの可能性を封じていた。

 客観的に考えれば本譜の手は黒の最強の応手である。この手は中原の占有に挑戦し白が次の手で 2.d4 と指して中原を独占するのを防いでいる。

2.Nf3

 白が 2.d4 に固執したらどうなるだろうか。黒は 2…exd4 と応じ以下 3.Qxd4 Nc6 4.Qe3 Nf6 となって展開した駒が黒の2個に対し白は1個となる。これはとりもなおさず黒が序盤で白から主導権を奪うことになる。

 本譜の手はナイトの行き当たりばったりの展開よりはるかに効果的である。例えばh3は中原での出来事とは無関係だしe2も駒の通行を阻害する。

2…Nc6

 この手はポーン取りを受ける理にかなった手段である。即ち小駒が中原に向かって展開しながらポーンを守っている。

 展開の一般的な手順はポーンを中原におき、小駒を展開し(できればナイトをビショップより先に)、キャッスリングしてルークを中央の列に回し、最後にクイーンを自陣からあまり離れ過ぎないようにしながら出す。クイーンを早まって展開させると敵のポーンや小駒で追い回されるので危険である。

3.Bb5

 この手は盤上で最も自然な手である。つまり白は当たりにしているポーンの守り手を攻撃している。確かに白はすぐにポーンを取ることはできない。4.Bxc6 dxc6 5.Nxe5 と取ると 5…Qd4 でポーンを取り返される。しかし黒に対する重圧は変わることがなく狙いは常に存在している。

 ルイ・ロペスは恐らくキング翼布局のうちで最強である。白はあまり苦労しないでポーンを d4 と突けるので中原での発言力が大きい。これに反し黒は同じことをするのが難しい。白駒は動き回る場所が広いが黒は多くの戦型でかなり窮屈な陣形になる。

3…a6

 この手は「ジャックの建てた家」の物語のようになる。白ナイトが攻撃している黒ポーンを守る黒ナイトを攻撃している白ビショップを黒ポーンが攻撃する。

 黒のこの手の目的は白ビショップを好所からどかせることである。ポーンを突くためにかかる一手は当たりの白ビショップが退却するのにかけなければならない一手で相殺される。

4.Ba4

 この手はナイトに対する圧力を維持するので布局の精神にかなっている。c4に引く手は4手でなく3手でその局面に行けたので劣った手である。

4…Nf6

 この手は駒を展開しポーンを攻撃しキング翼への早期キャッスリングのお膳立てをしている。一手でこれ以上はほとんど望めない。

5.O-O

 白はキングを安全な所に移しルークを中央の列に持ってきた。

5…Be7

 5…Nxe4 を好む選手もたくさんいる。この手はポーン得する考えではない。なぜなら白は容易にポーンを取り返すことができる。目的は駒が自由に広く動ける局面にすることである。この戦型の危険性は黒の中央の陣容がいくらか不安定になることにある。

 本譜の手は簡単には攻め込まれない閉鎖的な局面になるが、黒は忍耐が必要である。ビショップのe7への展開は元の地点から1枡動いただけであるが十分である。重要なことはビショップが最下段を離れキャッスリングを容易にしたということである。

6.Re1

 白はルークを中央に持ってきた。素通しの列の代わりにいずれそうなりそうな列を支配するのに備えている。自分のeポーンを守って白は 7.Bxc6 dxc6 8. Nxe5 でポーンを取る狙いを復活させた。

 このルークが寄った手はクイーン翼ナイトをc3に展開させる手より望ましい。白は c3 と突いてビショップを交換から避けるための引き場所を用意しておいた方が良い。

6…b5

 ビショップを下がらせることにより白の狙いに対処した。

7.Bb3

 明らかにこの一手である。

7…d6

 この手はeポーンを守り、クイーン翼ビショップの筋を通し、8…Na5 で敵の目障りなビショップを取る手を準備している。

 一見すると一方のビショップを自由にしながら他方を閉じ込めるのは不合理なように思える。しかしキング翼ビショップはe7の地点で良い働きをしているのでクイーン翼ビショップが外界に出る番である。

8.c3

 この手には二つの目的がある。

 一つ目は相手が 8…Na5 でこのビショップを取りにくる手に対してビショップの避難場所を用意している。

 二つ目はdポーン突きを支援して強力なポーン中原を作り上げることである。

8…Na5

 この手はビショップをどうこうしようというのでなく、9…c5 と突けるように道を空け中原の地点の支配を争おうというのが目的である。ルイ・ロペスのこの戦型では黒の最良の反撃の可能性はクイーン翼での戦闘にある。

9.Bc2

 白が双ビショップを維持することを望むのは当然である。白は手損をしたがそれは黒もナイトを盤端に跳ねさせたことにより相殺されている。

9…c5

 この手はd4の地点に対する圧力を強め、クイーンの(昔の本でよく言っていたように)出口を作っている。

10.d4

 キング翼ポーン布局の主要な目標の一つは状況が許せばできるだけ早くdポーンを中原へ突くことである。一方クイーン翼ポーン布局の場合は機会があるならばeポーンをe4に突くのが望ましい。

 白はeポーンを二つの駒で当たりにしてこのポーンを取る手を再び狙っている。

10…Qc7

 黒はこのポーンをさらに守り同時にクイーンを展開させた。10…exd4 11.cxd4 cxd4 12.Nxd4 というようにポーンを交換するのは良くない。なぜなら黒は中原を放棄し中央の列に孤立ポーンが残されるからである。タルタコーワは「孤立ポーンは全局に暗い影を投げかける」と言っている。白は中原に地歩を占めたナイトが対立するポーンによって追い立てられないということでも得をする。

11.h3

 この手はナイトが釘付けにされるのを防ぐためである。釘付けにされるとナイトとそれが盾となっているクイーンが不如意になるかもしれない。この二つの駒はdポーンの守りと中原におけるポーンの陣形の維持に必要である。(釘付けの後)ナイトが交換されクイーンで取り返すと一挙にdポーンの二つの守りが消え去る。

 白がキングの近くのポーンの一つを動かすのは原則に反していないだろうか。それはそうかもしれない。しかし慣習は守るだけでなく無視する時があることも知っておかなければならない。問題のこの状況においてナイトへの攻撃とその交換、そして中原における白のポーンの解体を防ぐことは重要である。hポーン突きは弱体化させる手であるが、釘付けを許す結果生じる事態よりはましである。しかしちょっと待てよ。黒がそれにつけ込むことができなくても弱体化させる手になるのだろうか。黒がそれを利用してキング翼攻撃をすることができなくても陣形に害を与えることになるのだろうか。

 答えはノーである。相手が欠陥につけ込むことができる場合に限りその手は弱体化の手となる。局面が全体として強いか弱いかは相手の陣形との関係によってのみ決まってくる。この局面の場合hポーンを突いた手は正にこの局面の必要としているところに適合しているので当を得ている。

11…Nc6

 ナイトは退却しdポーンに対する圧力を増大させる。黒の狙いは 12…exd4 13.cxd4 cxd4 14.Nxd4 Nxd4 15.Qxd4 Qxc2 という総交換によってポーン得することである。黒は白がこの狙いに対処するために 12.d5 と突くことを期待している。このポーン突きはナイトを好所から追い払うので良さそうに見えるが、中原の争点を解消しd5に駒が来れなくするという(白にとって)不都合がある。

12.Be3

 白はあわてない。新たな駒を展開させてdポーンを守った。

12…O-O

 黒はキングを安全な場所に移動させルークを任務に就かせた。

13.Nbd2

 このナイトはほとんど働きのない地点に展開して、特に語るような将来もないように見える。しかしこれは重要な最初の一歩である。この一歩は小さいかもしれないがその結果は強調するに値する。

 ナイトが動いたことにより1段目が空き大駒(クイーンとルーク)がお互いに連結することができた。

 駒を1段目から離して活動させよ。

13…Bd7

 黒も同様のことをした。黒のビショップが最下段を空けルークが中央の列に回れるようになる。

 ルークは強力な駒なので閉じ込めてはいけない。

14.Rc1

 一局の序盤の段階ではルークの活躍する場面はあまりない。しかし時が来れば行動できる準備はしておかなければならない。このための最良の方法は素通しの列に陣取ることである。素通しの列がなければ自分の方だけポーンの切れている列を占めるべきである。それもなければ中央の列が素通しになり易いので中央に回るべきである。しかしいずれにせよルークを隅から出せ。

14…Ne8

 この手はfポーンを突く目的である。このポーンは白のeポーンと中原を争い、ルークのためにf列を空けている。

15.Nf1!

 このナイトはg3から好所のf5へ跳ぶはずみを得るためにここへ退いた。

15…g6

 この手はナイトを寄せ付けないためと中原に向かって …f5 と突くのを助けるためである。

 このgポーン突きによってf6とh6の地点がポーンによって守られなくなり弱体化した。このことは平均的な棋力の選手には恐らく興味深いが大したことではないと思われるかもしれない。しかし弱点を認識しそれにつけいる方法を知っていることはマスターの選手の証(あかし)である。優れた選手は相手がとんでもない悪手を指すのを待って勝つのではない。相手が駒をただ取りの地点に置くのを期待しているのでもない。

16.Bh6

 白はただちに駒を弱くなった枡の一つに据えた。

16…Ng7

 この手は 17.Bxf8 によって交換損になるのを防ぐ唯一の手である。

17.Ne3

 ナイトが以前の作戦よりも少しだけ違った経路で戦いに加わった。このナイトはf5の地点に圧力を加えているだけでなく強力なd5の地点に居座る狙いも持っている。

17…Rae8

 黒は 17…Be6 でナイトの到来を止めることができなかった。そう指すと 18.d5 で駒損になる。

 黒は意図していた 17…f5 による開戦を放棄した。というのはそう指すと局面が捌け、素通しの筋は展開に優りそれらの筋を攻撃に有利に用いることのできる方に有利に働くからである。

 実戦の手で黒は相手が仕掛けてくるのが難しい密集防御陣を維持しようとしている。

18.Nd5!

 この手は非常に冴えた手で、その目的は強力な中原の地点に駒を据えるという明らかな目的よりもはるかに深い。

18…Qb7

 クイーンはナイトの当たりをかわさなければならない。

19.Nxe7+!

 この手が要点である。このナイトは価値ある大義のために好所を放棄した。黒のf6の地点の弱点につけ込むためにはその地点の守護者である黒枡ビショップを排除することが大切である。このビショップがいなくなれば弱点がさらけ出され、白は何らかの手段により急所の地点に侵入し駒を据えることができる。

19…Rxe7

 この手は当然である。19…Nxe7 と取るのは 20.dxe5 dxe5 21.Nxe5 でポーン損になる。

20.dxc5

 この交換の目的はクイーンのために絶好の長い列を開放することである。

20…dxc5

 黒はポーン損にならないように取り返さなければならない。

21.Qd6

 開放されたd列の素晴らしい活用である。cポーンに対する当たりでクイーンが先手でf6に進入できる。

21…c4

 黒はこのポーンを救うために1手かけなければならない。

22.Qf6!

 たまたま次に即詰みのあるこの手で白はgポーン突きによってもたらされた黒陣の空所にまた一つの駒を据え付けた。勝つための指し方は本でいうところの「技術の問題」で、優勢を勝利に結びつける過程は興味深い。

22…Nh5

 この手は詰みを阻止しクイーンを追い払おうとしている。

23.Qh4

 23.Qg5 は間違いで、黒は当たりのルークを逃げる代わりにまず 23…f6 と突いてクイーンを自分の領地から完全に追い出す。

23…Ng7

 ナイトはルークに対するビショップの利きをさえぎり 24.Qf6 を再び 24…Nh5 で脅かす用意をした。

 白は勝つためにどのように指し継ぐのだろうか。

24.Be3!

 それは駒の配置を再編成し予備役を招集することによって行なうのである。新態勢へのこの初手は 25.Bc5 で交換得する狙いがあるので先手である。

24…Ne6

 この手は 25.Bc5 を防ぐ唯一の手段である。本譜の手の後白は黒枡を完全に支配する。

25.Qf6

 また隙間に侵入した。黒は同じ手を繰り返しても助からない。25…Ng7 なら 26.Bc5 Re6(26…Nh5 は 27.Qh4 で白の交換得になる)27.Qh4 Rfe8 28.Ng5 で詰みの狙いがあるのでe6のルークが逃げられない。

25…Qc7

 黒は大切なeポーンを守らなければならない。

26.Bh6

 またもや白はキングの近くの空所に駒をしっかりと埋め込んで理想的な態勢を得た。黒は先ほどの手段の …Nh5 がないのでこれらの駒を追い払うのが難しい。

26…Rc8

 ルークはビショップの当たりから逃れなければならない。代わりにナイトでビショップの利きを止めるのはもちろん大ポカで即詰みになってしまう。

27.Rad1

 最終攻撃に向かう前に白は素通しのd列を押さえて局面をさらにはっきりと掌握した。次の行程(黒は指をくわえて見ているしかないので)は 28.Rd5 でeポーンを三重に攻撃しd列にルークを重ねる手を狙っている。そうなれば白はもっと速い決定的な手段を講じなくても抵抗を抑えるのに十分である。

 注意すべきは白があやしげな長手順の手筋に手を染めなかったことである。白の作戦はほとんどの場合大局的な優位を増すことに向けられているがほんの数手先までしか立てられていない。チェスのマスターは何十もの変化からなる込み入った手筋を30手先まで読んでいるといった話を信じてはいけない。彼らはそんなことはしていない。なぜならする必要がないからである。数手先まで読んでそれぞれの局面で少なくとも互角の形勢を維持する方がはるかに容易で要を得ている。はたと迷わせる手筋や向こう見ずな駒損の攻めで相手を圧倒しようとするよりも、自陣を少しずつ強化し敵陣を弱めていくというようにわずかな有利を積み重ねて勝つ方が常識的な手法にもっと適合している。危険をはらんだ不毛の思いつきに没頭するよりも、整然とした手法を読みに適用していく方がもっと大切である。

27…Ree8

 黒の考えはクイーン交換で重圧を弱めようということである。白はクイーン交換に応じるかクイーンを引かなければならない。

28.Nh2!

 好手である。このナイトはf3の好所にいるように見えたが黒枡への圧力を強めるために転送される。

28…Qd8

 この手は白クイーンを黒陣から立ち退かせるための継続手である。

29.Ng4!

 この手はクイーンに紐(ひも)を付けクイーン交換の時には黒枡をしっかりと押さえる用意をしている。黒が 29…Qxf6 とクイーン交換をしてくれば 30.Nxf6+ Kh8 31.Rxd7 で駒損になる。

29…Qe7

 この手は受けにならない。しかしどうやっても受けがない。もし 29…Re7 なら 30.Be3(31.Nh6+ Kf8 32.Qh8# の狙い)30…Re8 31.Nh6+ Kf8 32.Qxf7# で詰みになる。

30.Qxe7

 この手が最も簡明である。詰みが見えなければ現代のマスターはチャンバラを排除する。時間の浪費はしろうとのためにある。だからマスターは単純化を図り敵の抵抗の機会を削ぐようにする。30…Rxe7 の後 31.Nf6+ Kh8 32.Rxd7 で白の駒得になり収局で紛れる余地はない。

30…黒投了

2013年10月04日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: [復刻版]理詰めのチェス

[復刻版]理詰めのチェス(10)

第1章 キング翼攻撃(続き)

第10局

 タラシュ対エッカート戦は機械的に指すとどういう危険性があるかの興味深い例である。黒はポーンを …f7-f5、続いて …g7-g6 と突くことを余儀なくされた。そして相手のビショップ切りによってキングを守っていたポーンを全部剥ぎ取られた。

フランス防御
白 タラシュ
黒 エッカート
ニュルンベルク、1889年

1.e4

 この初手は二つの駒、即ちクイーンとキング翼ビショップのための出口を開けている。そしてそれだけに留まらない。キングのために1枡を空けキング翼ナイトにも1枡を空けている。確かにナイトはf3の地点に展開するのが最善だが、時にはe2の地点-たぶんg3を通ってf5に行くために-に跳ねるのが得策なことがある。手損が無関係ならばナイトの動きに自由度を増す方が良い。キングについては一息つける空間を作っても害はない。配慮が足りないために又は不注意で多くのキングが窒息死している。

 次の事例は1893年ダンディーでの小さな大会の一局である。

白 マクグルーサー
黒 マッキャン
1.e4 c5 2.Nf3 Nc6 3.d4 cxd4 4.Nxd4 e5 5.Nf5 Nge7 6.Nd6#

 これが作為的だと思うならば次の標本はやはりミュンヘンでの小さな大会で指されたものである。

白 アーノルド
黒 ベーム
1.e4 c6 2.d4 d5 3.Nc3 dxe4 4.Nxe4 Nd7 5.Qe2 Ngf6 6.Nd6#

1…e6

 この手は 1…e5 ほど攻撃的ではないが二つの駒の利きを通し白の攻撃の選択の幅を制限している有利さがある。白は時間と研究を傾注した得意の戦法を指すことができないし、fポーンを食わせて黒を危険なキング翼ギャンビットに引きずり込むこともできない。

 フランス防御は多くの動的エネルギーを内在し、攻撃にはやる選手への効果的な武器となる。黒陣は見かけは萎縮しているが容易に攻め込まれない。

2.d4

 この手は当然ともいうべき強い手である。白のこのポーン陣形についてスタントンは百年以上前に次のように言っていた。「ポーンが盤の中央部を占拠するのは有利であることが多い。その理由は相手の兵力の動きを大きく阻害するからである。4段目のeポーンとdポーンは好形であるが、その位置を保つのは容易でない。もしどちらかのポーンが前進しなければならなくなればこれらのポーンの威力は大きく減少する。」

2…d5

 黒は白のeポーンを攻撃しながら自分のクイーンがもっと動けるようにした。

 中原の支配を争うことは重要である。

3.Nd2

 白がナイトをd2に展開したのには二つの理由がある。

 白は 3.Nc3 の後起こるようなナイトの釘付けを避けたかった。

 白はdポーンが 3…c5 で攻撃された場合に 4.c3 で応接して中原を支える準備をした。ポーン交換の際にはcポーンで取り返して中原にポーンを維持する。

 確かにクイーン翼ビショップは利きを止められているがこの状態は一時的なものである。駒はお互いのじゃまにならないようにどくことができる。

3…Nf6

 ここはこの自然な手が場違いであるまれな例の一つである。キング翼ナイトはf6の地点にいるものと教わってきたし、そのようにしてきた。しかしそれはその地点に留まれる場合の話である。すぐに立ち退かされる場合は駒を好所に展開しても何の役にも立たない。

 黒のナイト跳ねは型にはまって自動的で機械的であり、従って思慮に欠けている。良い手というものは局面の要求するところに適合していなければならない。チェスは駒をあちこち動かす定められた手順を暗記するものではない。

 黒の本手は 3…c5 で中原の支配を争うことである。この手はクイーンが別の斜筋を使えるようにしクイーン翼への進出を可能にすることにもなる。

4.e5

 どうして白は4段目に2個のポーンを維持すべしというスタントンの助言を無視するのだろうか。白はポーンがe5に進めば弱くなるかもしれないということは知っている。しかしその得失を量りにかけたのである。e5のポーンはナイトを最良の地点から追い払い他の駒の自由な動きをじゃまする地点に行かせる。

 明らかにこの手や他の手の価値は生じるかもしれない不利益に対して、利益を見積もることによって決まってくる。

4…Nfd7

 ほぼこの一手である。4…Ne4 は 5.Bd3 と応じられて駒交換によるポーン得を狙われる。黒は次のような不本意な選択を迫られる。5…Nxd2 なら 6.Bxd2 で、展開した駒が白の2個に対し黒はゼロである。5…f5 なら 6.Qh5+ g6 で黒は多くのポーンが白枡に陣取り黒枡が構造的で恒久的な弱点でいっぱいになる。

5.Bd3

 白はキング翼の駒を出し、そちらへのキャッスリングを容易にした。

5…c5

 この手は大変良い手である。黒は萎縮した陣形を解放するのにぐずぐずしていてはいけない。このポーン突きは中原に打ってかかると共に、クイーンの別の出口も作った。

6.c3

 この手は 6…cxd4 に対して 7.cxd4 を用意して、敵を窮屈にさせている連鎖ポーンを維持する。

6…Nc6

 このナイトは先手で展開した。白のdポーンが二重に攻撃されている。

7.Ne2!

 ここはナイトがf3でなくe2にいるのがふさわしい珍しい機会の一つである。確かにf3がナイトで占められるべきであり、白はそのように取り計らう。白の構想はクイーン翼ナイトをf3に持ってくることで、それによりクイーン翼ビショップも自由になる。

7…Qb6

 黒は白のdポーンにさらに圧力をかけた。狙いは 8…cxd4 9.cxd4 Nxd4 10.Nxd4 Qxd4 でポーン得することである。

8.Nf3!

 白はうまいナイトの移動でポーンを守りクイーン翼ビショップの利きのじゃまものをどけた。

 鋭敏な読者なら著者が非難した 3…Nf6 を含めてここまでの黒の手順を1938年のAVRO(訳注 オランダの放送会社)大会であのカパブランカがアリョーヒン戦で採用していることに気づいていることだろう。カパブランカは布局での劣勢の結果としていいように翻弄(ほんろう)されろくに動くこともできず盤上にほとんどの駒が残っている状態で投了した。そのような経緯は別にしても普通の選手が偉大なマスターでもめったに克服できない悪影響をもつ手を試すのは賢明でない。

8…Be7

 これもありきたりの手だが消極的過ぎる。黒はともかくも 8…f6 又は 8…cxd4 9.cxd4 Bb4+ で、自分の駒を押し込めている連鎖ポーンの破壊に努めるべきであった。

 後の方の手段はニムゾビッチも支持するだろう。彼は「連鎖ポーンに対する捌きはあせってはならない」と言っている。そして戦略上必要ならば連鎖の根元を攻撃することを推奨している。

9.O-O

 キングはいかなる激しい行動をとるよりも前に安全地帯に移さなければならない。

9…O-O

 黒は危険に気付かずにまだ機械的な手を指している。黒はこの手で 9…f6 で連鎖ポーンに挑む最後の機会を逃がした。

10.Nf4!

 ポーンの配列を乱すいかなる可能性もきっぱりとなくした。10…f6 には 11.Nxe6 がある。一方 10…cxd4 11.cxd4 Nxd4 12.Nxd4 Qxd4 は 13.Bxh7+ でクイーンが素抜けるので問題にならない。

10…Nd8

 黒は白の目障りなeポーンを盤上からなくすまで自分の駒が無力のままであることをようやく認識した。そこで黒は自分のeポーンを守って 11…f6 で白ポーンの態勢を破壊できるようにした。

11.Qc2

 この手は明らかに黒のhポーンを狙っている。しかしその奥深い目的はキングの近くのポーンの一つを前進させることである。

 キングの回りのどのポーンでも前進すれば防御陣がゆるみ、つけ込まれる恒久的な弱点が生じる。それに前進したポーン自体も攻撃の直接的な標的にされ易い。

11…f5

 何か別策があるだろうか。黒が 11…h6 又は 11…g6 と指せば後で …f6 と指せなくなる。もしそう指せばg6の地点を白駒の侵略にもろくしてしまうか、捨て駒を集中されてキング翼を壊滅させられてしまう。

12.exf6e.p.

 こう指すと黒に対する締め付けが緩むが攻撃の筋が通る。開いた筋は展開にまさり駒の働きの良い側に有利に作用する。

12…Nxf6

 この手で黒はナイトをまた働きのある地点に戻し、再び狙われたhポーンを守った。

13.Ng5

 なおもhポーンを狙っている。今度は 14.Bxh7+ Kh8(14…Nxh7 は 15.Qxh7#)15.Ng6# の狙いも加わっている。

13…g6

 13…h6 はポーンは助かるが詰まされてしまうので本譜の手は仕方がない。

 gポーン突きで白の攻撃の矛先(ほこさき)となる目標が視界に入った。白は黒の防御陣全体をぶち壊すような決定的な強打を心に描くことができる。

14.Bxg6!

 この捨て駒は取らなければならない。さもないと黒はポーン損のまま見返りがなく粉砕された陣形だけが残る。もし 14…h6 ならば 15.Bh7+ Kg7(15…Kf7 なら 16.Qg6#)16.Qg6+ Kh8 17.Qxh6 でナイトによる詰みの狙いと開きチェックの狙いが受からない。

14…hxg6

 キングの回りにあった3個のポーンのうち1個だけが孤立して残った。その1個もこの世に長いことはない。

15.Qxg6+

 この劇的な登場で2個のナイトに伴われたクイーンは急速に降伏を促す。

15…Kh8

 他に手はない。

16.Qh6+

 ナイトのためにg6の地点を空けた。

16…Kg8

 ナイトを引いてチェックを受けるのは1手詰みになる。

17.Ng6

 18.Qh8 と 18.Nxe7 の両様の詰みの狙いが受からない。

2013年10月11日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: [復刻版]理詰めのチェス

[復刻版]理詰めのチェス(11)

第1章 キング翼攻撃(続き)

第11局

 次の2局は短手数ではあるが内容が豊かで見ておもしろい試合である。フロール対ピトシャク戦の見どころはキングの守りのポーンをかじることをちらつかせてそれらを前進させる過程である。ピトシャクはまずgポーン、次いでhポーンを進ませて最後はクイーンを切って防御陣を壊滅させた。

クイーン翼ポーン試合(コーレ・システム)
白 フロール
黒 ピトシャク
ビリン、1930年

1.d4

 チェスではサービスエースで勝つことはできない。中級程度以上の棋力の選手さえも面食らわせるような序盤のはめ手は存在しない。

 可能なことはこの段階の指し手において優勢とはいかなくても指し易い局面を得るように秩序と方法を適用することである。行なう必要のあることは理にかなった展開のために少数の簡単な規則に従うことが全てである。

 1.e4 又は 1.d4 で指し始めること。どちらの手も2個の駒を自由にする。

 少なくとも1個のポーンを中原に据え、そのポーンをしっかりと支えること。中原のポーンは敵駒を絶好の地点に来させないようにする。

 可能ならいつでもビショップより先にナイトを出すこと。大まかに言うとナイトはc3/c6とf3/f6にいる時が最も働いている。そこでは攻撃にも防御にもナイトの力が最も発揮される。

 二通りの展開の手がある時はより攻撃的な方を選ぶこと。できるならば狙いを持って展開すること。

 序盤ではそれぞれの駒を1回しか動かさないこと。しかも中原に影響力を持ち攻撃に最も見通しの良い地点にただちに置くこと。

 序盤の早い段階では1個か2個のポーンだけを突くこと。駒を動かすこと。

 中原の支配を視野に入れて駒を展開すること。それは中原を占拠することでもフィアンケットされたビショップのように遠くからにらみを利かせることでも良い。

 クイーンを、ポーンや小駒で追い回されないように自陣の近くに展開すること。

 展開を犠牲にしてポーンを追い求めたりしないこと。

 キングをできればキング翼に早くキャッスリングさせて安全を確保すること。

 カパブランカは以上を要約して次のように言った。「大切なことは駒を素早く展開することである。できるだけ速くそれらを戦いに投入することである。」

 フロール対ピトシャク戦に戻る。

 白の初手はポーンを中原に据えて2個の駒を自由にした。

1…Nf6

 黒はキング翼ナイトを最適な地点に出し白が次の手で 2.e4 と指すのを妨害した。

2.Nf3

 ネーピアの回想によるとシュタイニッツから受けた講義の最初で世界選手権者は次のように尋ねた。「ビショップより先にナイトを両翼に出していることだろうね。どうしてか分かるかね?」ネーピアがうまい答えに詰まっているとシュタイニッツは続けて次のように説明した。「一つのもっともな理由はビショップの行き先について多くを知るより前にナイトがどこに行くべきか分かっているからだ。確実性は不確実性よりもはるかに良い友人なのだ。」

2…e6

 黒は単刀直入な応手の 2…d5 を保留した。そう指すと通常のクイーン翼ギャンビットの戦型になる。一方本譜の手で黒はキング翼ビショップの筋を通した。

3.Nbd2

 この手はコーレ攻撃の典型的なナイトの捌きである。このナイトはc列をふさがずに急所のe4の地点に圧力を加えている。

3…c5

 黒は白のdポーンに打撃を与えて中原の支配を確保しようとしている。クイーン翼ポーンの布局では黒は白の中原の陣形を乱さなければならないのでこの側面からのポーン突きはほぼ必然である。

 今すぐの狙いは 4…cxd4 で、白が 5.Nxd4 と取り返せば中原に白のポーンがなくなる。

4.e3

 dポーンを支えキング翼ビショップに出口を与えた。

4…b6

 黒も以前に突いたポーンを支えクイーン翼ビショップをフィアンケットする用意を整えた。

5.Bd3

 このビショップ出はこの攻撃システムにおける常用手である。このビショップはe4の地点に加えている圧力を強化しeポーン突きの準備をした。それが実現すれば後方に控えている駒のための攻撃路が開かれる。また敵キングがキング翼にキャッスリングした際には格好の攻撃目標となるhポーンにも狙いをつけている。

5…Bb7

 この手によって、クイーン翼ビショップの効果的な配置というクイーン翼布局における黒の主要な課題の一つが解決された。フィアンケットによりこのビショップは最長の斜筋をにらみ、コーレ攻撃システムにおける戦略要衝のe4の支配をめぐる戦いに加わる。

6.O-O

 展開の過程の一部として白はキングを危険から隔離しルークを中央の列に近づけた。

6…Be7

 控えめな登場にもかかわらずe7の地点のビショップには大きな潜在的エネルギーがある。それは自陣に十分近いのでキングの守りに役立ち、必要な時にはもっと攻撃的な地点に容易に移ることができる。

7.c4

 もっとコーレ陣形の精神に沿っているのはdポーンを支えるためのおとなしい 7.c3 である。そうなればeポーンは自由に進むことができ、黒がいつ …cxd4 と取ってきても白はcポーンで取り返して中原の強力なポーンを維持する。

 本譜の手の意味は明らかにd5の地点を黒駒の活動の旋回軸として利用するのを防ぐことである。

7…O-O

 黒は落ち着いて全軍出動に取り掛かった。一撃でルークが舞台に登場しキングが隠れた。

8.b3

 この手がビショップをb2に展開させるためであることは明らかである。ビショップをこのようにフィアンケットするのはコーレの通常の指し方ではない。しかしフロールは何か独自の構想を試したかったのかもしれない。

8…d5

 黒はこの機会に中原の支配を争うことにした。それと共に黒は白のもくろんでいたeポーン突きにも終止符を打った。黒がナイト、ポーン及びビショップで急所の地点(e4)を押さえているのに対し白の利いている駒は二つだけである。

 確かにクイーン翼ビショップの斜筋はふさがったがこの状態は一時的でしかない。

9.Qc2

 白は前手で用意したように単にクイーン翼ビショップをb2に展開させた方がずっと良かった。

 9.Qc2 の目的はe4の地点を掌握し黒がそこに 9…Ne4 で拠点を築くのを防ぐことである。しかしこの手の問題は黒に主導権を握らせ局面の成り行きを支配させてしまうことである。

9…Nc6!

 この手は展開、攻勢および先受けを兼ね備えた強手である。

 展開とはナイトが遅滞なく最適の地点に置かれたことをいう。

 攻勢とはb4の地点に跳ねてクイーンとビショップを両当たりにし危険なキング翼ビショップと交換する狙いのことをいう。

 先受けとは 10.e4 を防ぐことをいう。そうくれば 10…Nb4 11.Qc3 Nxd3 12.Qxd3 dxe4 で黒の駒得になる。

10.a3

 白は大切なキング翼ビショップを温存しなければならない。

 不運なことにこのポーン突きに費やさなければならない一手は後に分かるように高くつくことになる。

10…cxd4

 黒はポーン交換で中原の形を決め、クイーン翼ルークの利便のためc列を開けた。

11.cxd5

 11.exd4 とこちらのポーンを取るのは白が面白くない。11…dxc4 と取られると 12.Qxc4 と取り返さなければならず(さもないとdポーンを取られる)12…Rc8 と回られて中原に不快な圧力をかけられる。本譜に代わる別の手は 11.Nxd4 だが 11…Nxd4 12.exd4 dxc4 13.Qxc4(dポーンを守るため)13…Rc8 14.Qa4 Bc6 15.Qxa7(15.Qc4 なら 15…Bxg2 で黒の楽勝)15…Ra8 でクイーンを取られる。

11…Qxd5

 黒はポーンを取り返し(それだけでは十分でないというように)逆に攻勢に立った。

 このクイーンは全然危険でない。白の駒は十分な展開ができていないのでクイーンを脅かすことができない。

12.exd4

 白は反撃を念頭に局面を開放的にした。白の希望はe列をルークが使えるようにしe4の地点を自分の駒の跳躍点に用いることである。

 本当は 12.e4 と指したいところだがそれはあまり成果があがらない。12…Qh5 と応じられると急所のe4の地点が自分のポーンで占められ駒が捌けなくなる。一方黒は幸便にd列にパスポーンができる。

12…Nxd4

 この手は白クイーンに当たっているので先手である。白はクイーンが逃げなければならない。

13.Qb1

 明らかに 13.Nxd4 は頓死するので問題外である。13.Qb2 は 13…Nxf3+ 14.Nxf3 Qxd3 で駒損になる。13.Qc3 に対して黒は 13…Rfd8 から 14…Rac8 と指し白クイーンが再び逃げなければならない。

 本譜の手は多分一番ましな手である。

13…Rfd8

 d列、特にビショップへの圧力を強めた。狙いは 14…Nxf3+ 15.Nxf3 Qxd3 16.Qxd3 Rxd3 である。

14.Ne1

 白はビショップに紐を付けながら弱いgポーンも守った。

 14.Bc2 なら黒は以下の主題を選ぶことができる。

 単純化(ポーン得なので)-14…Nxc2

 圧力の増大-14…Rac8 でビショップを1段目に追い込む

 手筋-14…Ne2+ 15.Kh1 Ba6(16…Nc3 で交換得の狙い)16.Re1 Ng4 17.Ne4 Qxe4! 18.Bxe4 Nxf2# で詰み

14…Qh5!

 クイーンがここに来てもこれといった狙いはない。黒は狙いを狙っている。黒の狙いは小駒の助けを借りてクイーンで白ポーンの砦に押し入ることで、例えば 15…Bd6 あるいは 15…Ng4 である。これによりポーンの1個がその持ち場を離れざるを得ず、黒がつけ込むことができる弱点が生じる。前進したポーン自身も攻撃にもろくなるかもしれないし、キングへの通り道が開かれるかもしれない。

 根元に対するこのような切り崩しは、見かけは強固な要塞陣地を攻撃にもろくさせる興味深い過程である。

15.Bb2

 白はこれといった受けがない(特に漠然とした狙いに対しては)。そこで自分の駒の展開を続ける。駒を戦いに投入できればできるほど来るべき猛攻に耐えられる可能性が高まる。

15…Bd6

 単純だが間違いようのない狙いである。即詰みを狙っている。

 白はどのように受けたらよいであろうか。

 16.Nef3 は 16…Nxf3+ 17.Nxf3 Bxf3 18.gxf3 Qxh2# で詰みになる。

 16.f4 は 16…Bc5(17…Ne2+ 18.Kg1 Ng3# の狙い)17.Kh1 Ng4 18.h3 Qxh3+ で次の手で詰みになる。

 16.h3 は Qe5(これもh2で詰ます狙い)17.g3 Qd5(今度は 18…Qh1# の狙い)18.f3 Qg5 で白陣が瓦解(がかい)する。

16.g3

 消去法により受けがあるとすればこの手しかない。

16…Ng4

 白のgポーンは前に進まざるを得なかった。17…Qxh2# の狙いがあるので今度はhポーンが前に進まなければならない。

17.h4

 白は他に手がない。この手は敵クイーンを近寄せないが、本当にそうだろうか。

17…Qxh4!

 素晴らしい手である。それはクイーンを捨てたからでなく、巧妙に出現させたポーンの弱点の組織的な利用の頂点にふさわしいからである。

 h2での詰みに加えてh1での詰みの狙いも加わっている。

18.投了

 クイーンを取っても即座に 18…Bh2# で詰みになるので意味がない。

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[復刻版]理詰めのチェス(12)

第1章 キング翼攻撃(続き)

第12局

 フロールが雪辱したピトシャク対フロール戦では白が自陣からビショップを追い払うためにポーンを h2-h3 と突いた。後にそのポーンが取られフロールのクイーンが白キングの近くに不気味に迫った。以降の集中的な攻撃で白キングを守るポーンがたった1個だけになった。

イギリス布局
白 ピトシャク
黒 フロール
ベルリン 1907年

1.c4

 1.e4 と 1.d4 では二つの駒が自由になるのにこの手では一つの駒しか自由にならない。それにもかかわらずイギリス布局は白の兵器庫にある最強の布局武器の一つである。この布局はあまり早期に敵と接触することなく駒を捌くことができるので、初めから独自性を求める人たちに人気がある。この布局の多くの戦型で白は中原を占拠しようとさえしない。白は黒に駒とポーンを中原に集結させて側面からそれらを攻撃する。例えば白はビショップをフィアンケットし遠くから中原を攻撃して土台を崩すかもしれない。

 もし白が慎重に独自性をゆるめることにすれば、イギリス布局から何らかのクイーン・ポーン布局に移行することも可能で、それでもなお先着の効を維持することができる。

1…e5

 黒は昔の良き時代のやり方で展開を行なった。即ち中原に1個のポーンを進め2個の駒を自由に動けるようにした。

2.Nc3

 白は中央のポーンを進めることよりも優先して1個の駒を外に出した。実際のところ 2.d4 exd4 3.Qxd4 は 3…Nc6 でクイーンが逃げなければならず手損になる。また 2.e4 ならdポーンが出遅れポーンのままで、キング翼ビショップもc4の地点が使えない。

2…Nf6

 黒は手順に気をつけている。このナイト出は単なる型にはまった展開の手ではない。その目的は白のナイトとポーンのd5に対する圧力を相殺することである。

3.g3

 明らかにこの手の目的はビショップのためにg2の地点を空けることである。ビショップはそこで対角斜筋ににらみを利かせd5の地点へ圧力をかけることにも寄与する。

3…d5!

 黒はクイーン翼の駒のために新たな道を開けて陣形をほぐした。これと共に黒は白のcポーンの処遇も尋ねている。

4.cxd5

 白は喜んで自分の側面ポーンと敵の中原ポーンの交換に応じる。同時にc列のポーンが切れてクイーン翼ルークがc1に回った時に都合が良い。

4…Nxd5

 このような取り返しはほとんど絶対である。後回しにすると白が得したポーンを守りそれにしがみつく時間を得るかもしれない。

5.Bg2

 先手、即ちナイト当たりで駒が展開した。

 昔なら黒は恐らく 5…Be6 と応じてナイトを守りながら駒を展開させただろう。現代の選手たちは真理(及び勝つための新たな手法)の探究において最も自然な手にも疑いをかける。

5…Nb6!

 ビショップは待つことができる。このビショップは単なる守りの役割以上のことに必要となるかもしれない。

 また、ナイトはへんぴな好所から中原のd5の地点に大きな影響を及ぼしている。このナイトの動きには別の巧妙さが少しある。それは現代のマスターがよく使うものである。このナイトは白ビショップがフィアンケット展開したことにつけ込みc4の地点にしっかりとにらみを利かせている。この枡はビショップがこの斜筋からいなくなったために弱体化している。

 このナイトには後から分かるようにみごとなノックアウト・パンチを見舞う筋書きが用意されている。

6.Nf3

 再び白駒の一つが狙いを持ちつつ展開する。今度はeポーンに対してである。

6…Nc6

 黒はクイーン翼ナイトを最も効果的な場所に置くことにより、最も単純で自然な手段で守った。

 戦いに参加している黒駒の数は白より少ないにもかかわらず形勢は悪くない。黒は中原に1ポーンを進めているし、ビショップはまだ展開していないが白のビショップより利きが広範囲に渡っているので大きな潜在的可能性がある。

7.O-O

 白はまだ態勢を明らかにしないでキングを引っ込めルークを動員した。

7…Be7

 前局のようにビショップの控えめなe7の位置はうわべだけである。このビショップは侵入者を締め出す用意をし、攻撃にいつでも移れるよう見張っている。

8.d3

 クイーン翼ビショップが戦いに加われるように利き筋を開けた。

8…O-O

 キングを危険地帯から遠ざけルークを戸外に出した。

9.Be3

 ビショップがこの地点に来れば白は 10.d4 と突いて、目障りな黒の中原ポーンを取り除くことができるかもしれない。

9…Bg4!

 素晴らしいビショップの配置である。このビショップは白のキング翼ともくろんでいるdポーン突きを強く牽制している。

 それでも白が 10.d4 と突けば 10…Nc4 が受けづらい。11.Nxe5 と応じれば 11…N6xe5 12.dxe5 Nxe3 13.fxe3 となってe列にがたがたのポーンの柱が残される。また 11.Qc1 と指せば(bポーンを守りクイーンでe3の敵駒を取るため)11…Nxe3 12.Qxe3 exd4 13.Qe4 Bxf3 から 14…dxc3 で白の駒損になる。

 白の最善の手順は多分 10.Na4 で次にc5の地点に跳ばすことだろう。ここはクイーン・ポーン及び同系の布局で白が支配に努めなければならない地点である。あるいは 10.Rc1 と展開を続けてその後でナイトの捌きを考えるのもあるかもしれない。

10.h3

 この手はうるさいビショップにナイトを取るか黒陣から立ち退くかの選択を明らかにさせたい欲求に駆り立てられて指された。あいにく理性よりも本能によって突き動かされたこのような手はキャッスリングした陣形がゆるむという有害な効果をもたらす。いったんキングの回りのポーンが動けば防御に駒がたむろしているにもかかわらずそのポーンが攻撃にもろくなる。

10…Bh5

 ビショップは1枡退いたが圧力はそのままである。ビショップの動きは制限されているにもかかわらずその持続しているにらみはe6への退却よりも白陣(および白の精神状態)にとってもっと厄介である。e6への退却は動きがより自由になるが相手にとって何の邪魔にもならない。

11.Rc1

 この手は明らかにc列を制圧するためであり、ことによるとクイーン翼での攻撃の準備かもしれない。

 有力な別手段は 11.Qb3 で、その後可能な時に Rad1 から d4 と突いてルークのためにd列を開放し中原で何らかの反撃策をとる。中原での行動はキング翼攻撃に対する最良の特効薬である。

11…Qd7

 全ての駒は応分の働きをしなければならない。クイーンは1枡前に動いただけだが長い方の斜筋を席巻している。

 クイーンの展開はルークのために1段目を空けるという目的も果たしている。それによりルークは中央に移動し最も重要な列に陣取ることができる。

12.Na4

 白の考えはこのナイトでc5の地点を支配しクイーン翼での狙いで黒を忙しくさせようということである。

 12.Kh2 のようなお座なりの受けでは 12…f5 から 13…f4 で黒が攻勢をかけこのポーンが白のキング翼のポーン態勢を破壊することになる。

12…Bxf3

 白は駒の取り返しの面白くない選択を迫られた。ポーンで取り返せばdポーンが孤立し弱くなるし、ビショップで取り返せばすぐにポーンを取られる。

13.Bxf3

 白はhポーンをあきらめて、次の駒交換ですぐにポーンを取り戻すことに期待した。

13…Qxh3

 このポーン取りで黒の攻撃の見通しは非常に明るくなった。つまらない詳細をわざわざ分析することなく黒は 14…f5 から始まる勝利への手順を思い描くことができる。この手の後は 15…f4 で白のgポーン(防御陣のかなめ)を破壊するか、15…Rf6 でルークをg6かh6へ回すことになる。

14.Bxc6

 ポーンを取り戻すためのこの手よりも 14.Bg2 でクイーンをキングの近くから追い払う方が良かった。

14…bxc6

 強制されたが不満のない必然手である。黒はこの長距離用のビショップの最後を見届けて大いに満足である。

15.Rxc6

 これで戦力の差はなくなった。しかし敵クイーンがすぐ近くにたむろしているので白キングが危険な状況である。

15…Nd5!

 会心の手である。この中央に堂々と陣取ったナイトの一つの狙いは 16…Nxe3 17.fxe3 Qxg3+ 18.Kh1 Qh3+ 19.Kg1 Bg5 で、白が破滅する。別の狙いは 16…Nf6 から 17…Ng4 及び 18…Qh2# である。

16.Qe1

 ぎこちない手だが 16…Nxe3 17.fxe3 Qxg3+ の変化からgポーンを救うためには絶対必要である。このポーンが落ちるようなことがあれば白キングは攻撃に耐え切れなくなる。

 白は 16.Bc5 と指すつもりだったのかもしれない。16…Nf6 ときてくれるならば 17.Rxf6 Bxf6 18.Bxf8 で戦える。しかし土壇場で次の対策に気づいた。16.Bc5 Bxc5 17.Nxc5 Nf6 がそれで、18…Ng4 から 18…Qh2# を防ぐために白はルークでナイトを取らないといけないがそれは最終的に負けになる。

16…f5!

 すぐに 16…Nf6 は 17.f3 でナイトが近寄れない(gポーンを守っておいたことがいかに重要だったか注意されたい)。

 本譜の手で黒は 17…f4 を準備した。それに対して 18.gxf4 なら Rxf4 19.Bxf4 Nxf4 でg2で詰まされる。白がポーンを取らずに 18.Bc5 と指せば巧妙な 18…f3(19…Qg2# の狙い)19.exf3 Nf4(再び詰みの狙い)20.gxf4 Rf5 で白は 21…Rh5 からの詰みを防げない。

17.Bc5

 17…Bxc5 18.Nxc5 Nf6 19.f3 又は 17…Nf6 18.Rxf6 で持ちこたえるかすかな可能性にかけた。

 白が 17.Nc3 で黒の厄介なナイトを取り除こうとすれば黒は 17…Nf6 18.f3 Nh5(急所のgポーンに集中砲火を浴びせる)19.Bf2 Bh4(なおもgポーンを叩く)20.gxh4 Nf4 と攻撃を続けてg2で詰ませる。

17…f4!

 この手はgポーンに襲いかかっただけでなくf5からh5へのルークの進路を開けてクイーンによる詰みを支援している。

18.Bxe7

 白はキングを包囲している駒の数を駒交換で減らそうとした。白の希望は 18…Nxe7 と素直に取り返してくれることで、そうなればナイトが中央から遠ざかるので脅威が薄らぐ。

 代わりに 18.g4 でルークが近寄れないようにすれば黒には3、4とおりの簡単な勝ちがある。

a)18…f3 19.exf3 Nf4 でg2で詰める。

b)18…Qxg4+ 19.Kh2 Rf5 で次にルークで詰める。

c)18…Qxg4+ 19.Kh2 f3 20.Rg1 Qh4#

18…fxg3

 次は単純で無慈悲な 19…Qh2# で詰みである。

19.fxg3

 他に手はない。

19…Ne3!

 狙いは 20…Qg2# である。

白投了

 もう受けがない。20.Rf2 なら 20…Qxg3+ 21.Kh1 Rxf2 で黒の簡単な勝ちである。20.Rxf8+ なら 20…Rxf8 21.Qf2 Rxf2 22.Kxf2 Qg2+ 23.Kxe3 Qxc6 で後は初歩的である。

 フロールは自身が負かされたのと同じ手法で前局でのピトシャク戦での負けに報復した。フロールは敵のキャッスリングしたキングの周囲のポーンを弱め、痛烈な攻撃でその防御を粉砕した。

2013年10月25日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

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[復刻版]理詰めのチェス(13)

第1章 キング翼攻撃(続き)

第13局

 ドビアス対ポドゴルヌイ戦でポドゴルヌイは相手のgポーン、次いでhポーンを前進させた。その後で弱体化した相手陣の土台を巧妙に崩し壊滅させた。

フランス防御
白 ドビアス
黒 ポドゴルヌイ
プラハ、1952年

1.e4

 この手は競争と闘争を始める最良の方法の一つである。競争とは駒を迅速に外に出し最も効果的に働くことのできる地点に置くことである。闘争とは中原の支配を得ることである。

 一手でeポーンが中原の重要な地点を占め他の二つの地点を攻撃している。そしてクイーンとビショップの利いている枡が9に増えた。

1…e6

 この穏やかでも攻撃的な手は 2…d5 で白の中原の領有に挑む準備である。

 この防御には通例の応手の 1…e5 に対して白が指すことのできる多くの激しい布局を避ける利点がある。

2.d4

 フィリドールは『チェスの分析』(1791年)の中で同様の手について次のように述べている。「このポーン突きには二つの非常に重要な理由がある。一つ目は敵のキング翼ビショップがf2のポーンに利く地点に来るのを邪魔することである。二つ目はポーンの力を中原に注ぎ込むことである。それはクイーンの活躍に大きな成果をもたらす。」

3…d5

 白のeポーンに当たりをかけて直ぐに中原に挑戦した。

3.Nc3

 白の可能ないろいろな針路(eポーンの突き越し、ポーン交換、中原ポーンの犠牲または保護)のうち白は駒を展開し圧力を維持できるのを選んだ。

3…dxe4

 この手は一時的に白に大きな行動の自由を許す。しかし黒は後で …c5 と突いて邪魔なdポーンを粉砕することに期待をかけている。

4.Nxe4

 ポーンを取り返した後中原のナイトとポーンの態勢により白がわずかに優勢である。

4…Nd7

 キング翼ナイトをf6に展開させるための支援の準備をした。白がナイトを交換してくれば黒はクイーン翼ナイトで取り返すことができる。

 これをしないで 4…Nf6 すると 5.Nxf6+ と交換され、黒は 5…gxf6 でキング翼ポーンの形を乱すか、クイーンで取り返して白の小駒で小突き回される危険を背負うかしなければならない。起こりうる見本は(4…Nf6 5.Nxf6+ Qxf6 の後)このちょっとした罠である。6.Nf3 Bd7(中央の斜筋に利かすため)7.Bd3 Bc6 8.Bg5 Bxf3 9.Qd2! Qxd4 10.Bb5+ これで黒クイーンが取られる。

5.Nf3

 キング翼ナイトを働かせるには最良の手段である。f3に展開したナイトは中原に大きな影響力を持ちキャッスリングしたキングの守りでは比類ない力を発揮する。

5…Be7

 これは当たり障りのない展開の手である(最下段から駒を出しキングの早期キャッスリングを助ける)。しかし通常の 5…Ngf6 ほど良い手ではない。

 代わりに黒がクイーン翼ビショップをフィアンケットしようとすると(白の浮いているナイトを見ればそうしたくなる)見事な罠にはまる可能性がある。5…b6 6.Bb5 Bb7 7.Ne5! Bxe4(又は 7…Bc8 8.Bg5 Ngf6 9.Nc6 でクイーンが取られる)8.Bxd7+ Ke7 9.Bc6! これで黒は戦力損が必至である。

6.Bd3

 この手はたぶん 6.Bc4 より厳しいがどちらの手もビショップを好所につけキング翼キャッスリングのために1段目を空ける。

6…Ngf6

 黒も(やっと)キング翼ナイトを展開してキングを安全なところに移す準備をした。

7.Qe2

 白は駒を展開して、中原のナイトをクイーンとビショップで強固に支えた。

 7.Nxf6+ は 7…Bxf6 と取られて黒が …c5 で白の中原に攻撃を仕掛けることができるので本譜の手の方が黒の狭小な陣形に対してもっと抑圧的である。

7…O-O

 黒キングは隅に安全を求めた。7…Nxe4 8.Bxe4 Nf6 で容易で自由な捌きを行なおうとしても 9.Bxb7 Bxb7 10.Qb5+ から 11.Qxb7 で白のポーン得になる。

8.O-O

 このキングのキャッスリングは危険をさけるためというよりもキング翼ルークを戦いに参加させることの方に主眼がある。

 白陣は非常に良形なので次のような攻撃も有望である。8.Bg5 Nxe4 9.Qxe4 g6(もちろん 9…Nf6 で詰みを防ぐのは 10.Bxf6 で終わりである)10.h4 この後白はクイーン翼にキャッスリングしてキング翼のポーンで敵の砦に猛攻をかけることができる。

8…Nxe4

 黒は少し動ける余地を作るために駒を交換した。

9.Qxe4!

 白は詰みの狙いで盤上を支配した。ちょっと見はクイーンで取るのは自身を露出させて敵の小駒でいじめられて危ないように思われる。しかし黒は白を困らせる立場にない(言葉のどの意味でも)。白クイーンは好き勝手に飛びまわれる。

9…Nf6

 もちろん黒は強いられなければ 9…g6 のようにキング翼のポーンを突きたくない。しかし黒の指した 9…Nf6 の何が悪いのだろうか。この手はナイトを最良の地点に出し、詰みを防ぎ、クイーンを追い払い、自分のクイーン翼を自由にしているのではないか。

 確かにこの手はそれら全てを行ない、状況によっては恐らく黒の最善手であろう。それにもかかわらず強要された手の方が自由意志で指された手ほど相手を元気づける効果を持たないのは奇妙である。

10.Qh4

 この手のあと好所にいるはずの黒のナイトは詰みを防ぐためにその地点に居続けなければならない。

10…b6

 黒の初手でキング翼への進出を拒まれていたクイーン翼ビショップは戦いに加わるために別の手段を求めた。b7への展開は中央の長い斜筋を貫くので魅力的に見える。

11.Bg5!

 素晴らしい戦略である。白は詰みを防いでいる最も重要な守備駒のナイトを攻撃している。具体的な狙いは 12.Bxf6 Bxf6 13.Qxh7# である。

 この狙いは単純で対処も易しい。黒のしなければならないことは 11…g6 か 11…h6 だけである。それでは白は何を目指しているのだろうか。

 この手の隠れた目的は詰みを避けるために黒にキング翼のポーンの1個を突かせることである。これらのポーンのうち1個でも前に進めば防御態勢に決して修復できないゆるみが生じてしまう。そのゆるみは決してふさぐことのできない裂け目を作り出すので陣形を構造的に弱体化させてしまう。前に進んだポーンは防御のためのポーン陣の元の位置に決して戻ることができない。

11…g6

 代わりに 11…h6 なら白には有力な二つの継続手段がある。

 12.Bxf6 Bxf6 13.Qe4 で、詰みの狙いがあるので白は罪のない傍観しているクイーン翼ルークを取ることができる。

 12.Bxh6 gxh6 13.Qxh6 Bb7 14.Rae1(狙いは 15.Re5 から 16.Rg5#)14…Bd6 15.Re5! Bxe5 16.dxe5 で白が勝つ。このナイトは動けないし、動かなくても 17.exf6 から詰まされる。

12.c4

 この手は非常に良い手である。まず、黒が 12…Nd5 で交換によって白の攻撃の駒を消し去るのを防いでいる。攻撃面ではdポーンを突いて黒のe6のポーンの形を崩す用意をしている。これが実現すれば白ルークはe列に侵入口が得られる。

12…Bb7

 黒は何も効果的な反撃手段がない。黒にできる最善の策は最適の地点に駒を展開させ続けて徹底抗戦することである。

13.d5

 狙いは 14.Rad1 と準備してから黒のeポーンを取ることである。黒が 15…fxe6 と取り返せばg6のポーンが支えの一つを奪われる。

13…exd5

 この手でポーン得になるように見える。なぜなら白が 14.cxd5 と取り返せば 14…Nxd5 と応じてポーン得にしがみつくだけでなくビショップの交換を強いて白の攻撃をくじくからである。

14.Rfe1!

 思いがけない中間手である。狙いは 15.Rxe7 Qxe7 16.Bxf6 Qd6 17.Ng5 h5 18.Qxh5! gxh5 19.Bh7#! で、即勝ちである。

14…h6

 黒はわざとポーンを取らせてナイトとビショップに重圧をかけている駒の一つをそらそうとした。

 14…Kg7 でさらにナイトの守り駒を増やしても助けにならない。白は容赦なく 15.Bh6+ で交換得する。

15.Qxh6

 15.Bxh6 は誤りで 15…Ne4 でクイーンを追い払われる。

 本譜の後の白の狙いは 16.Bxg6 fxg6 17.Qxg6+ Kh8 18.Nd4(19.Ne6、19.Nf5 又は 19.Re3 から 20.Rh3+ で勝つ狙い)18…Qe8 19.Qh6+ Kg8 20.Nf5 Rf7 21.Bxf6 で、白の簡単な勝ちになる。

15…Ng4

 黒が 15…Ne4 と受けると白には次のようなきれいな勝ちがある。16.Bxe7 Qxe7 17.cxd5(次に釘付けのナイトを取る狙い)17…Bxd5 18.Bxe4 Bxe4 19.Rxe4! Qxe4 20.Ng5 これで黒は即詰みを逃れるためにはクイーンを捨てなければならない。

 本譜の手はもちろん白クイーンを追い払おうとするものである。

16.Qh4

 この手はビショップを守り、ナイトを攻撃し、17.Bxe7 を狙っている。たった一手で他にこれ以上のことができるだろうか?

16…Bxg5

 ナイトをf6に戻すのは破綻する。即ち 16…Nf6 17.Rxe7 Qxe7 18.Bxf6 で、クイーンが当たりになっていて 19.Qh8# の一手詰みがある。

17.Nxg5

 またも同じ主題歌である-h7での詰み-。

17…Nf6

 そして黒は曲に合わせて踊らなければならない。だからナイトをf6に戻した。

 ここでも黒はナイトを好所のf6に置いたが自分の自由意志によるものではない。

18.Qh6

 この手はルークをe3からh3に転回させるよりも黒にとって厳しい。つまり 18.Re3 Re8 19.Rh3 ならば 19…Kf8 で黒キングがすぐの破滅を逃れる。

 本譜の手の後黒が 18…Re8 と指せば 19.Bxg6 Rxe1+ 20.Rxe1 fxg6 21.Qxg6+ Kh8 22.Nf7# で詰みになる。

18…d4

 この手は 19.Re3 を防ぎ、ビショップの長斜筋の利きを延ばすためである。

 白はどのように攻撃を続けたら良いだろうか。あまり手数をかけずに控えの駒を動員できるだろうか。あるいは敵の防御態勢を弱めて即座の襲撃にもろくさせることができるだろうか。

 最後の問いにヒントがないだろうか。実はあるのである。

 黒の防御の要(かなめ)はh7での詰みを防いでいるナイトと、非常に重要なgポーンを支えているf7のポーンである。もし白がこれらの二つの守り駒をやっつけることができれば、即ち脅しをかける、取ってしまう、何らかの方法でどかせる、・・・

 ちょっと見たところではばかげているような手が存在するのである。

 ヒントその2。マスター級の選手ならあらゆる指したい手、特にあり得ない手を考える。

19.Re6!!

 この手の狙いはナイトを取ってクイーンで詰めることである。

19…Re8

 19…fxe6 なら 20.Qxg6+ Kh8 21.Qh6+ Kg8 22.Bh7+ Kh8 23.Bf5+ Kg8 24.Bxe6+ Rf7 25.Bxf7# で詰みになる。

 面白いのは意表をつく 19.Re6 がナイト取りになっているだけでなくf7のポーンがルークを取ってgポーンの守りを放棄するわけにいかないことである。

 本譜の黒の手は白がナイトを取りクイーンでh7でチェックをかけた場合のためにキングにf8の地点を空けてやった。

20.Bxg6

 ポーンの防壁を打ち破った。白の狙いは単純な 21.Bxf7# である。

20…黒投了

 20…fxe6 なら 21.Bf7# である。

 20…fxg6 なら 21.Qxg6+ Kh8 22.Nf7# である。

 20…Qd7 なら 21.Bh7+ Nxh7(21…Kh8 なら 22.Qxf6#)22.Qxh7+ Kf8 23.Qh8# である。

2014年02月07日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

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[復刻版]理詰めのチェス(14)

第1章 キング翼攻撃(続き)

第14局

 タラシュ対ミーゼス戦でタラシュはキャッスリングした陣形の最良の守備駒のキング翼ナイトを取り除きそれによってgポーンを元の位置から浮き上がらせた。ポーンの形の乱れはタラシュにとってやり易くなり最後は地味なポーン突きで勝利を収めた。

フランス防御
白 タラシュ
黒 ミーゼス
ベルリン、1916年

1.e4

 この手は即座にクイーンとビショップの筋が開くので駒の展開への素晴らしい始まりである。eポーン自身も要所を占拠しさらにd5とf5の地点を攻撃することにより中原をめぐる戦いに役立っている。

1…e6

 この手は見かけは控えめだが単刀直入な 1…e5 よりも攻撃的である。黒の構想は次に 2…d5 と指して白の中原を攻撃することである。その後黒は 3.exd5 に対してeポーンで取り返して中原にポーンを維持する用意をしている。

2.d4

 当然の手である。白はもう一つのポーンを中原に置き、黒駒がe5とc5の地点に来れないようにした。それと共にクイーンとクイーン翼ビショップの動ける範囲が広がった。

2…d5

 この手はeポーンに問題を突きつけた。

 白は色々な応手がある。

 a)3.exd5 は単純化する目的である。

 b)3.e5 は連鎖ポーンで黒を締め付ける目的である。

 c)3.Nc3(又は 3.Nd2 あるいは 3.Bd3)はポーンを守りながら駒を展開する目的である。

 第1の手段はモーフィーが愛用した。彼は駒の攻撃の可能性が広がる捌けた局面が好きだった。しかし今日ではほとんど指されない。その理由はポーン交換後の局面が互角の対称形で、モーフィーのような選手でなければ攻撃の糸口をつかむのが難しいからである。

 締め付けの手の 3.e5 には非常に多くの支持者がいる。しかしこのシステムの問題点は白の連鎖ポーンが柔軟性がなく土台を切り崩す戦術にもろいということである。黒は連鎖ポーンの根元に 3…c5 で強力な反撃を開始しその後 …Nc6 から …Qb6 と指してくる。そして白は柔軟性を失っている中原を守る羽目になる。

 残るは第3の手段である。これは単純でチェスの常識にも沿っている。つまり戦場に駒を展開しながらeポーンを守っている。

3.Nc3

 タラシュらしい手である。彼は展開を促進し中原での争点を維持する手法を採用している。だからナイトを出しeポーンを守りd5の地点への圧力を強めた。

3…dxe4

 タラシュはこのポーン交換は黒が何の代償もなく中原を明け渡すので良くないと考えている。結果が見解の良否の尺度ならばタラシュはこの番勝負で支持された。ミーゼスは黒番で7回 3…dxe4 と指したが結果は2局が引き分けであとの5局はタラシュの勝ちだった。

4.Nxe4

 これで白は中原の好所にナイトを据え、e5とc5の地点に圧力をかけ、ポーンの態勢も優っていて(e6のポーン対d4のポーン)駒がより自由に動けるようになっている。

4…Nd7

 この手はキング翼ナイトがf6に跳んだ時にそれを支えるためである。黒がすぐに 4…Nf6 と指せば白は 5.Bg5 で厄介な釘付けにすることもできるし、すぐにナイトを交換することもできる。黒がクイーンで取り返せばクイーンが早く戦闘に巻き込まれるし 5…gxf6 とポーンで取り返せばキング翼の形が乱れる。

5.Nf3

 ここはキング翼ナイトが最も働く地点である。それならさっさとそこへ置いてはどうか。

 いかに最高のマスターでも違いを見せようとして、あるいは通常の局面で途方もない手を見つけ出す能力で他の人たちを感服させようとして、布局において度肝を抜くような手やとっぴな手や「華々しい」手を指したりはしないものである。彼らは駒を迅速に展開させて最大の効果を発揮する地点に配置することに満足し、じっと待ちながら自然の成り行きにまかせるのである。手筋は機が熟した時展開にまさる方にとって有利に作用するものである。

5…Ngf6

 これは理にかなった展開の手である。力を発揮する最適の地点にキング翼ナイトが位置するだけでなく、白ナイトの統治権に挑戦し中原の支配を争うものである。

6.Bd3

 白はナイトを引くよりも別の駒を展開させてナイトを支えた。交換になっても白には中原に駒が残る。

6…Be7

 ビショップが好所のe7に位置し、早期のキング翼キャッスリングのための邪魔が取り除かれた。

 面白い変化は 6…Nxe4 7.Bxe4 Nf6 8.Bd3 で、ビショップ引きにかかった一手は黒が 3…dxe4 にかけた手で補われている。

7.O-O

 キングがポーンのバリケードに隠れ、ルークが半素通しのe列に近寄った。

7…Nxe4

 黒は窮屈な陣形を楽にしクイーン翼の駒をくつろげるために駒を交換した。

8.Bxe4

 この取り返しで白は重要な地点を独占し、黒に互角を達成する問題を突きつけている。

8…Nf6

 ここはいつでもナイトの好所である。そしてこの場合ナイトは浮いているビショップに当たりをかけることにより先手で跳ねた。

9.Bd3

 この動き回るビショップは白にとって非常に大切なので交換できない。そのような交換は盤上の駒数が減って黒に対する圧力が減るので黒を利することになる。

9…b6

 もちろん黒はクイーン翼ビショップを働かせたいのでb7に展開させるつもりである。しかしキングがキャッスリングする前にこれをしようとするのには危険がある。例えば斜筋からチェックをかけられてキングが動かなければならずキャッスリングの権利を失う危険性がある。それからbポーンが動いたことにより弱くなったc6の地点に白がナイトを行かせる可能性もある。

10.Ne5!

 ここはナイトにとってこの上ない前進基地である。黒の進展しようという意欲を抑えつける力を持っている。

10…O-O

 黒は 10…Bb7 と指すと 11.Bb5+ と反駁されることに気づいた。この手に対しては 11…Kf8 としてキャッスリングの権利を放棄しなければならない。11…c6 はポーンを損する。

 もちろん 10…Qxd4 とポーンをかすめ取るのは愚かな行為で 11.Bb5+ と開きチェックでクイーンを取られてしまう。

11.Nc6

 黒のキング翼ビショップを取り去る目的で、弱体化した地点にすぐに飛びかかった。しかしどうして、この上ない前進基地を占めているとたった今言ったばかりのナイトを、ほとんど可能性のなさそうなビショップと交換してしまうのであろうか。

 これには少なくとも三つの正当な理由がある。

 黒はこの交換でビショップの一つを奪われる。そして双ビショップを持っているだけで局面がいかに穏やかでもそれは恐るべき攻撃の武器となる。

 戦力が減れば動ける余地が大きい白の双ビショップの機動力が増してくる。盤上が空になるほど白枡に利くビショップと黒枡に利くビショップとで盤上を席巻することができる。

 三つ目の理由はかなり巧妙である。キング翼の黒陣はナイトで強固に守られている。そしてそのナイトはビショップとクイーンで守られている。白がキング翼攻撃を成功させるためには結局はこのナイトをやっつけなければならない。ナイトに手をかけるために白はまずしっかりと支えている駒の一つのビショップを取り除く。ナイトの守り手がビショップからクイーンに代わればナイトに対する釘付けが強力なものとなり、容易に振りほどけなくなる。

11…Qd6

 クイーンが当たりを避けられるならばどの手でもかまわない。

12.Qf3!

 この手は非常に重要な中間手である。すぐに 12.Nxe7+ と取る手よりも強い手で、黒に作戦の変更を迫っている。両方の手を比較検討してみよう。

 白が 12.Nxe7+ と指せば 12…Qxe7 の後 13.Qf3 がルーク取りになる。ルークは当たりをb8へ逃げてかわし、黒の次の手の 14…Bb7 でクイーンを対角斜筋から追い払い黒のビショップが代わりにその筋を占めることになる。

 本譜の 12.Qf3 の後黒は 13.Nxe7+ Qxe7 14.Qxa8 でルークを取る手を狙われている。今度は白のナイトが逃げ場所のb8に利いているのでルークが白クイーンの筋から逃げられない。それに 12…Bb7(ビショップが対角斜筋に展開すると共にルークをかばう)も 13.Nxe7+ Qxe7 14.Qxb7 でこのビショップが取られてしまう。

12…Bd7

 結局のところこのビショップはルークを救うためにほとんど働きのないd7への移動に甘んじなければならなかった。

13.Nxe7+

 これは白の戦略上の勝利である。白は黒のナイトとビショップに対し双ビショップの優位を保持しているだけでなく、黒のクイーン翼ビショップに不本意な地点を占めさせ自分は中原の対角斜筋を制圧している。

13…Qxe7

 黒は展開を完了し、守勢ではあるが十分堅固な陣形のような印象を受ける。

14.Bg5!

 この強力な釘付けはナイトに麻痺を起こさせるような圧力をかけている。先へ進む前に入札を総ざらいしておこう。

 単純に駒を展開するより他に顕著なことはしなくても白には双ビショップによる戦術の有利、全般的な配置の優位、働いている駒の多さ、それに永続的な主導権がある。

 働いている駒が多いだって?そのとおりである。白のクイーンと双ビショップは活動的に配置されている。一方黒のナイトは動くことができず、クイーンはナイトから離れることができない(さもないと Bxf6 でポーン損になる)。それにビショップは黒自身のeポーンによってキング翼から遮断されているのでほとんど動く余地がない。中原のポーンの態勢も白の方が有利である。白の4段目にあるdポーンは相手のeポーンよりも発言力がある。

 白はここでびっくりさせられるが理にかなった 15.Qe4 を指すことにより、黒キングを覆っているポーン列に亀裂を生じさせる作戦である。黒はこの手に対して 15…Nxe4 と指すことはできない。それは 16.Bxe7(黒の二つの駒が当たりになっている)16…Rfe8 17.Bxe4 となって、黒はクイーン翼のルークが当たりになっているのでビショップを取っている暇がない。15.Qe4 の根底にある構想は黒にクイーンを取るように仕向けることではなくて、16.Bxf6 Qxf6 17.Qxh7# の狙いによって黒に 15…g6 突きを余儀なくさせることである。このポーン突きの結果は、キングを保護している防御態勢がゆるみ、釘付けのナイトの支えが一つなくなり、もうgポーンによって守られていない黒のh6とf6の弱体化した地点が白の侵入口となるということである。例えば一つの可能性は次のとおりである。15.Qe4 g6 16.Qh4(ナイトに利かした)16…Kg7 17.Bh6+ これで白の交換得になる。

14…Rac8

 黒は白の利き筋からルークをはずした。それでも 15.Qe4 Nxe4 16.Bxe7 とくるならば 16…Rfe8 で駒の損得はない。

 建設的な面ではこの後 15…c5 と突いて白の中原ポーンに挑み、ルークのためにc列を開ける意図である。

15.Rfe1

 この手は以下のように展開、抑止および準備に役立つ手である。

 この手はルークを半素通しの列に持ってきた。

 この手は黒がe列をこじ開けて自ら捌こうという試みを防いだ。

 この手はキング翼でルークを使うための準備であり、おおよそ次のとおりである。16.Qh3(また 17.Bxf6 で勝つ狙いである)16…h6 17.Bxh6 gxh6 18.Qxh6 これでルークが詰みを見舞うためにe5からg5へ回れば決まりである。

15…Rfe8

 キングのための枡を空けた。黒はもくろんでいた 15…c5 をあきらめた。この手に対してタラシュは次のように応じるつもりだった(彼自身の解説による)。16.Qh3(17.Bxf6 の狙い)16…h6 17.Bxh6 c4 18.Bxg7 Kxg7 19.Qg3+ Kh8 20.Qh4+ Kg7 21.Qg5+ Kh8 22.Qh6+(クイーンの見事なジグザグである)22…Kg8 23.Re5 これで直ぐに詰みになる。この手順中 17…gxh6 18.Qxh6 cxd4 ならば(19.Re5 には 19…Rc5 で応える)19.b4!(黒ルークを来させないため)の後 20.Re5 で白の簡単な勝ちである。

16.Qh3!

 これが勝着である。もっとも白はずっと勝着を続けているようであるが。

 これで黒のhポーンに対する圧力が倍加した。白は 17.Bxf6 から 18.Qxh7+ で、あるいは単にビショップですぐにhポーンを取る手を狙っている。黒ナイトは釘付けになっているので取り返せずキングでビショップを取るわけにもいかない。

 黒はどのようにして白の狙いを防いだらよいだろうか。

 16…h6 は 17.Bxh6 gxh6 18.Qxh6 Qf8(こうしないと 19.Re5 から詰まされる)19.Qxf6 で白が2ポーン得になり簡単に勝つ。

 16…g6(hポーンは助かるがナイトの大事な支えが奪われる)は 17.Qh4 Kg7 18.Re4! から 19.Rf4 でルークも無力なナイトに襲いかかり白が勝つ。

 16…e5(ビショップが白クイーンに当たっている)は 17.Bxf6 Bxh3(17…Qxf6 は 18.Qxd7 で白の駒得)18.Bxe7 で白の駒得になる。

 最後に 16…c5 は 17.Bxh7+ Kf8 18.Be4(痛烈なh8でのチェックが狙い)18…Kg8 で黒はポーン損の受け一方になる。

 これらの変化はどれも楽しい。特に自分が勝つ方ならば。

16…Qd6

 17.Bxf6 gxf6 18.Qxh7+ で白にポーン得させてなだめることを期待した。

17.Bxf6

 黒キングの回りの唯一の守備駒を取り除いた。そして・・・

17…gxf6

 ・・・gポーンを立ち退かせ黒キングを露出させた。

18.Qh6!!

 キングをしっかりと引き止めた。この手の意味はキングがf8を通って逃げるのを食い止め必殺の狙いを見舞うことである。本譜の手の後のやり方は 19.Bxh7+! Kh8 20.Bg6+ Kg8 21.Qh7+ Kf8 22.Qxf7# である。

 白の指したこのような手が指せれば普通の選手より一段上である。ほとんどの若い選手(チェスの意味で)はキングをチェックで仕留めようとしがちである。しかし 18.Qxh7+ Kf8 19.Qh8+ Ke7 のようなことをすればキングが逃げてしまい攻撃手段が尽きてしまう。さらに悪いことにはクイーンとdポーンが当たりになっていて 20.Qh4 で両方を助けようとすると 20…Rh8 とされて急に白が受け太刀になってしまう。

18…f5

 ビショップの利き筋を遮った。

19.Re3

 g3でチェックして詰めようとしているのは明らかである。これを防ぐためには黒はクイーンを捨てなければならないだろう。

 半素通しのe列をルークが占めているのでe3を中継点として簡単に利用できキング翼の素通し列にルークが転回できることに注目して欲しい。

19…Qxd4

 g7の地点を守った。20.Rg3+ なら 20…Kh8 で白はクイーンがg7の地点で詰ますことができない。

 代わりに 19…f6(キングが逃げるため)は 20.Rg3+ Kf7 21.Qg7# で詰まされる。さらにまた 19…Kh8 は 20.Rh3 に 20…Kg8 とするよりなく 21.Rg3+ で詰みになる。

20.c3!

 一呼吸おいた気持ちのよいポーン突きである。

 黒は万事休すである。クイーンはg7に通じる斜筋を離れるわけにいかない。20…Qg7 は 21.Rg3 で釘付けにされる。20…Qh8 は 21.Rg3+ で窮する。かわいそうなキングの唯一の逃げ場が自分のクイーンでふさがれている。

20…黒投了

 この試合は名局賞を与えられた。

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カテゴリ: [復刻版]理詰めのチェス

[復刻版]理詰めのチェス(15)

第1章 キング翼攻撃(続き)

第15局

 次の2局は厳密に言えばキング翼攻撃の部類に属しないが、キングの安全を顧慮しないとどうなるかを示すためにここに含めた。

 アリョーヒン対ポワンドル戦では相手の手損を咎めるためにアリョーヒンが通常ではない愉快な手を指した。黒キングはキャッスリングができなくなり中央で猛烈な攻撃にさらされた。

ルイ・ロペス
白 アリョーヒン
黒 ポワンドル
(同時対局)
ウィーン、1936年

1.e4

 白は初手で中原に地歩を築きキング翼の駒の展開を始めた。

1…e5

 黒も白が好きなように 2.d4 と指すのを防ぎながら中原にポーンを据えなければならない。

 それでも白が 2.d4 と指せばどうなるだろうか。2…exd4 3.Qxd4 Nc6 4.Qe3 Nf6 5.Nc3 Bb4 の後黒は3個の駒が戦場に出ていて展開も容易である。確かに白は中原にポーンがある。しかしそれは絶えず世話が必要で、この間にクイーンも貴重な手数を費やした。要するに 1…e5 の後白は 2.d4 と指してもよいが優勢にはならない。

2.Nf3

 ナイトがさっそく布局での最も効果的な地点に置かれた。ナイトが狙いを持って展開したのでこの手は理想的である。黒は自分のことをする前に狙いに対処するために何かしなければならないので応手の選択を制限される。

2…Nc6

 この手はポーンを守る最善の手段である。ナイトの展開は自然で、白の狙いに対処するために何の手損もしていない。

3.Bb5

 この手は盤上の最強手で、キング翼布局で最も強力なルイ・ロペスの特徴となっている。ルーベン・ファインは次のように言っている。「ルイ・ロペスが非常に強力な一つの理由は最も自然な手の連続が白の理想形になるからである。」

3…Nf6

 黒は白のeポーンに当てながらキング翼ナイトを中原に向かって出した。

 ラスカーはここでナイトを展開するのを好んだ。しかし現代の定跡はまず 3…a6 をさしはさみビショップに意図を明らかにさせようとしている。どう応じてもビショップが好所から立ち退かされる。

4.O-O

 これは非常に要を得た手である。キングが安全な所に隠れキング翼ルークが活動的になった。

4…Nxe4

 黒はこのポーンを取るべきだろうか。ラスカーの考え方は次のとおりだった。「定められた原則を破っていないと分かっている時はeポーン、dポーン、cポーン又はfポーンのような重要なポーンの犠牲を受け入れるべきである。そうしないと一般には拒否したポーンが非常に厄介な存在になってくる。」

5.d4

 これは 5.Re1 よりも強い手である。黒のeポーンは二重に当たりになっているし、白のクイーンとクイーン翼ビショップの筋も開通した。

5…Nd6

 ビショップに問題を突きつけた。このビショップは明らかにナイトを取るか退却しなければならない。

 もっと簡明な道筋は同じ駒を2度動かす代わりに別の駒を展開させる 5…Be7 だった。黒はポーン得にしがみついて手損をすべきでなく、戦場に駒をどんどん出すべきである。

6.dxe5!

 白は対応の厄介な攻撃を開始した。この手は 6.a4 よりも優っている。6.a4 は黒に 6…e4 という絶好の反撃の余裕を与えてしまう。

6…Nxb5

 黒はナイトの遠征で貴重な手を費やした。なぜなら一回しか動いていないビショップをナイトが4回動いて取ったからである。

7.a4

 白は駒損を取り戻すためにすぐにナイトを攻撃する。

7…Nd6

 同じナイトの5回目の動きである。白は犠牲にするつもりのポーンの見返りにきっと猛攻をかける立場になるだろう。

 黒は 7…d6 と指すべきだった。それならほぼ互角の形勢である。

8.exd6

 白の最初の配当は敵キングに直射する中原の素通し列という形で現れた。

8…Bxd6

 dポーンがふさがれるのでうれしい取り返しではない。しかしポーンで取り返すのはもっとひどい形になるのでこの取り方のほうが良いことは確かである。

9.Ng5!

 この手は自然な 9.Re1+ よりも優っている。後に見られるように精力的で巧妙である。

 ちょっとした策略が黒のキャッスリングに対して用意されている。白は 10.Qd3 と指して 11.Qxh7# を狙う。黒は 10…g6(10…f5 は 11.Qd5+ Kh8 12.Nf7+ で白の交換得になる)と防がなければならずポーンの防御態勢が弱まる。いったんポーンの戦線が乱れればキングが直接攻撃にもろくなる。

9…Be7

 これは面白い手である。ビショップは下がったことによってナイトに当たりをかけると共にdポーンを自由に動けるようにしている。

 黒はナイトを引き下がらせるか駒交換で敵の攻撃のナイトを消すことを希望している。

10.Qh5!

 進めーっ。見えすいた詰みの狙いはこの手の真の目的を隠している。

 白の直前の2手は初心者の手である。さもなくばたぶん偉大なマスターの手である。ナイトはクイーンの攻撃を助けるために2回動いた。白の展開が完了していないのでこのような手は時期尚早であると本には書いてある。それではなぜアリョーヒンは初歩的な布局の原則を破ったのだろうか。

 彼がそうした理由はお決まりの展開(「あなたは穏やかに駒を出し私も自分の駒を同じように出す」)では黒に陣容を再構成する余裕を与えるからである。黒はこれまで(布局でキング翼ナイトを5回動かすなど)いくつかの無分別を犯してきた。このような怠慢を罰する手段は相手を忙しくさせておくこと、つまりことあるごとに問題を突きつけ立ち直る時間を与えないことである。もし敵陣に弱点を作らせるのに通常でない手が必要ならばそのような常識にとらわれない手を指しなさい。手の良し悪しは一つの基準によってのみ決まる。それは眼前の局面における効果である。

10…g6

 他にどんな選択肢があっただろうか。

 黒が 11.Qxf7# を避けるためにキャッスリングすれば 11.Qxh7# にはまる。

 黒が 10…Bxg5 と交換すれば 11.Bxg5 に 11…Ne7 が余儀なく、その時 12.Re1 の釘付けで駒を取られるがそれは手始めである。

11.Qh6!

 白は黒枡を支配する第一段階としてもう黒のgポーンで守られていないこの地点にすぐにクイーンを潜り込ませた。

 白の次の狙いは敵陣の心臓部へ 12.Qg7 とさらに侵入しルークを当たりにすることである。ルークは 12…Rf8 と逃げるしかなく 13.Nxh7 でナイト対ルークの交換得になる。

11…Bf8

 黒はこれ以上の侵入を防がなければならないだけでなくクイーンを追い払わなければならない。

 黒はほとんど選択の余地がない。キャッスリングは規則違反だし、11…Bxg5 は 12.Bxg5 f6 13.Qg7 Rf8 14.Re1+ Ne7 15.Bh6 Rf7 16.Qg8+ Rf8 17.Qxf8# で負ける。

12.Re1+

 黒を混乱に陥れる手である。

12…Ne7

 12…Be7 は明らかにない手で、13.Qg7 Rf8 14.Nxh7(15.Qxf8# の狙い)14…d5 15.Nf6# で詰みになる。

 この局面で白は通常の展開の手法を無視したにもかかわらず3個の駒が働いている。これに対して黒は皆無である。黒は確かに一つの駒が最下段から離れているがしっかりと釘付けにされていて動くことができない。

13.Ne4!

 狙いは1手詰みである。

13…f5

 この手は絶対手である。黒が 13…Bxh6 とクイーンを取れば 14.Nf6+ Kf8 15.Bxh6# で詰まされる。また 13…Nf5 とクイーンに二重に当たりをかければ白は 14.Nf6# と二重チェックによる詰みで黒キングに報いる。

14.Nf6+

 キングを捕まえる一つの方法は野外に出て来させることである。

14…Kf7

 キングが動くとキャッスリングの権利を失うが残念ながら黒の唯一の手である。

15.Qh4

 白のクイーンとナイトが当たりになっているのでナイトを守る位置にクイーンが逃げた。

15…Bg7

 この手は 16…Bxf6 を狙っている。別手段の 15…Ng8 はナイトを釘付けにし二つの駒で当たりにしているが、16.Qc4+ で咎められる。以下は 16…Kxf6(16…Kg7 は 17.Ne8+ で黒はクイーンを捨てなければならない)17.Qh4+ で白が黒クイーンを素抜きにする。

16.Bg5

 逃げ場のないナイトを守った。

16…h6

 ナイトの守り駒をまた脅かした。

 代わりに 16…Ng8 なら白には次のようなきれいな手筋がある。17.Nxg8 Qxg8 18.Re7+ Kf8 19.Bh6 から 20.Qf6+ で詰みにできる。あるいは次のように勝つのもよい。17.Qc4+ d5 18.Nxd5 Qxg5 19.Nxc7+ Kf6 20.Ne8# で詰み。

17.Qc4+!

 楽しい転進である。「チェック」のかけ声は相手に何はさておきキングをチェックから逃れさせるからである。

17…Kf8

 ほとんどこの一手である。17…d5 は 18.Nxd5 Qxd5 19.Rxe7+ でクイーンを取られてしまう。

18.Rxe7!

 アリョーヒンの手筋の本領発揮である。一見何の変哲もない手の連続の最後でついに出た。

 白の狙いは自明な一手詰みである。

18…Qxe7

 他にf7での詰みを防ぐ手は 18…Kxe7 しかないが 19.Nd5+ の二重チェックでクイーンを取られてしまう。

19.Nh7+

 キングに直接チェックをかけクイーンへも立ち退き当たりになっている。

19…Rxh7

 黒はクイーンの代わりに得られる駒は全部取る。

20.Bxe7+

 これが一連の手筋の仕上げである。ルークとビショップを取らせる代わりに白はクイーンを取った。それと永続する主導権も。

20…Kxe7

 黒はビショップを取るしかない。

21.Qxc7

 この手は 21.Qg8 よりも簡明である。21.Qg8 は 21…Kf6 22.Qxh7 Kf7 となってアリョーヒンは「クイーンを眠らせてしまう」と言っている。もちろん白はその後 23.Nc3 d6 24.Re1 から 25.Re7+ で勝てる。しかし本譜の手の方が攻撃精神に則している。白クイーンが活動性を保つのに対し黒のクイーン翼は動けない。

21…Bxb2

 黒は紛れを求めた。ポーンを取ってルークに当たっている。

22.Ra2

 ルークは軽くかわし攻撃駒に当て返した。

22…Bf6

 ビショップが(比較的)安全なところに引き下がった。

23.c4!

 ルークの横筋を空けた。これで素通しのe列に行くことができ敵キングに当てることもできる。

23…Kf7

 キングが戦線から遠のいた。黒は 24…Rh8 から 25…Bd8 と指してクイーンを追い払いそれからdポーンを突いてクイーン翼の駒を動けるようにすることを期待している。

24.Re2

 白は素通しの列を掌握した。この列を制すればルークが敵陣に直通できる。

24…Rh8

 この手は 25…Bd8 でクイーンを追い出すか 25…Re8 でe列の所有権を争う意図である。

25.Qd6!

 dポーンを押さえつけクイーン翼の兵力を麻痺させた。

25…a5

 他に何か手があるだろうか。25…Re8 は 26.Rxe8 Kxe8 27.Qxf6 でビショップを取られるし 25…b6 は 26.Qd5+ でルークをただ取りされる。

 黒の意図は次の 26…Ra6 でクイーンをどかせ自分のクイーン翼の駒を始動させることである。

26.Nc3!

 素晴らしい。白はさらに駒を繰り出して攻撃に参加させた。マスターがどのように指したい手を選びそれが指せないことを見(ナイトがただ取りになっている)そしてその手を指すことに注目して欲しい。

26…Ra6

 黒はナイトを取らない。もし取れば 26…Bxc3 27.Re7+ Kf8(27…Kg8 は 28.Qd5+ から1手詰み)28.Rxd7+ Kg8 29.Qd5+ Kf8 30.Qf7# で即詰みになる。

27.Qd5+

 クイーンは当たりから逃げなければならないがチェックで先手をとった。

27…Kg7

 27…Kf8 は 28.Qc5+ Kg7 29.Nd5(30.Nxf6 Kxf6 31.Qe7# の狙い)29…Re6 30.Rxe6 dxe6 31.Qc7+ となり黒キングが動いたあと白が好きな方のビショップを取れる。

28.Nb5

 次にd6へ跳んでクイーンがf7で詰ませる助けの準備をした。

28…Re6

 他の手ではナイトがd6へ行ってルークが防御に参加するのを遮断する。

29.Nd6!

 それでもナイトはそこへ行く。ナイトはこの絶好の拠点に腰を据えて決着を着ける手筋に手を貸すか単にそこへ居座って黒を窒息死させる。

29…Rd8

 もちろん 29…Rxe2 は考慮に値せずたちどころに 30.Qf7# がくる。

30.Kf1

 ルークを守り 31.Nxc8 Rxc8 32.Qxd7+ の後片方か両方のルークを取る意図を明らかにした。

30…投了

 戦う余地がなくなった。

2014年05月09日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

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[復刻版]理詰めのチェス(16)

第1章 キング翼攻撃(続き)

第16局

 タラシュ対クルシュナー戦はありきたりでうわべだけのチェスへの対処法を描いた短編である。タラシュは相手の原則無視を咎めるために相手の駒を退却させてお互いじゃまをさせ、キングのキャッスリングを妨害し、ありったけの駒で襲いかかった。

クイーン翼ギャンビット受諾
白 タラシュ
黒 クルシュナー
ニュルンベルク、1889年

1.d4

 1.d4 で指し始める利点の一つは中原に陣取ったポーンが守られているということである。このポーンは当たりにされても安心していられる。一方 1.e4 で始まる布局ではeポーンは 1…Nf6 ですぐに脅かされることがある。確かに白はそのポーンを守るか1枡進めて危険をかわすことができる。しかし白はやろうとしたことをもはやしていない。白は自分の選んだ布局を指していない。何もしないうちに黒の狙いに対処しなければならないということは自分の実力が発揮できないことになる。

 クイーンポーン布局ではクイーンが中原のポーンをしっかりと支えているので白が思いのままに行動する。主導権は白にあり、黒の選択できるどんな防御、どんな戦型に対しても長い間それが保持される。自分の陣形を築く機会が最初から白に与えられ、反撃によって邪魔される危険性はほとんどない。一方黒は互角を達成するのに苦労する。黒が気後れして指せば、即ちどこかの時点で …c5 で中原を争うということをしなければ、黒のクイーン翼の駒、特にビショップ、はひどい悪形になりまともな抵抗ができない。黒が注意を払わずに展開すれば、つまり序盤で同じ駒を何回も動かしたりナイトよりも先にビショップを外へ出したりすれば、報いはすぐにやってくる。

 チェスの目的は勝つことであって盤上のきれいな絵画でギャラリーを楽しませることではないので、ほとんどの選手がキング翼ギャンビットのロマンチックだが危険な冒険よりも「退屈で安全なクイーン翼ギャンビット」の方を好むのは少しも不思議でない。

 あえて言えば(それにこの見解には40年の研究の裏付けがある)クイーンポーン布局はキング翼布局と同じくらい多くの名局と真の妙手に貢献してきた。

 教訓は次のとおりである。勝ちたいならクイーンポーン布局を指しなさい。チェスに楽しみを求めているならキングポーン布局を、そうでなければクイーンポーン布局を指しなさい。

1…d5

 これが中原の圧力を安定させるための黒の最良の策である。

 両者とも盤の中央にポーンをしっかりと据えた。それらは一つの枡を占め他の二つの枡に利きを及ぼしている。両者とも二つの駒を動けるようにした。

2.c4

 この手の目的は黒のポーン中原を破壊することである。白はまず黒にポーンをくれてやって中原を放棄させようとする。もし黒がその誘いに乗ってこなければ 3.cxd5 Qxd5 4.Nc3 Qa5 5.e4 で黒の中原を消滅させ中原のほとんどを制圧することを狙う。

2…dxc4

 このポーン取りのもくろみはクイーン翼ギャンビット拒否布局につきものの抑圧された陣形を避けることである。しかしこうすることによって黒は中原の好所のポーンを側面のポーンと交換することになった。

 ギャンビットを受諾するのは問題なく棋理に合っている。しかしその後の黒の指し方には細心の注意が必要である。とりわけ黒は得したポーンにいつまでもしがみついてはいけない。

3.e3

 この手は良い手だが、もっと適切な手は反撃のポーン突きの 3…e5 を防ぐ 3.Nf3 である。

 白はキング翼ビショップを動けるようにしてすぐにポーンを取り返すつもりである。

3…Bf5

 この手で黒はこの防御が継承する不運の一つである閉じ込められたビショップの問題を解決することを期待している。しかしこの解決策はそれほど簡単ではない。ビショップがクイーン翼からいなくなると盤のその方面を弱体化させbポーンを危険にさらす。この黒の手の別の不都合は正当な展開の教えの一つに違反することである。

 ビショップより先にナイトを出せ。

 本譜の手の代わりに黒の最善の選択は反撃にある。即ち 3…e5 4.Bxc4(又は 4.dxe5 Qxd1+ 5.Kxd1 Be6)4…exd4 5.exd4 Bb4+ である。

 得したポーンに黒がしがみつこうとするのは欲張りに用意されたはめ手の一つに引っかかるかもしれない。3…b5 4.a4 c6 5.axb5 cxb5 6.Qf3 で白の駒得になる。

4.Bxc4

 このポーンの取り返しで戦力が同じになり白が少し優勢である。

4…e6

 ある駒、この場合はキング翼ビショップ、の展開に寄与するポーン突きはいつも適切である。

 ナイトの一つを先に展開するのはちょっと危険である。例えば 4…Nf6 は 5.Qb3 で 6.Qxb7 又は 6.Bxf7+ のポーン取りを狙われる。また 4…Nc6 は 5.Qb3 Na5 6.Bxf7+ Kd7 7.Qd5+ Kc8 8.Qxf5+ Kb8 9.Qxa5 で白が2個の駒得になる。

 こんなに早い段階でも白は事態を取り仕切っている。

5.Qb3

 どうして白はナイトを出す代わりにクイーンを動かしたのだろうか。

 その目的は不正な展開をした黒を咎めるためである。黒の指し方は正常な手続きに沿ったものでなかった。そして黒の過失につけこむ方法は型にはまった手にはない。

 白の指した手は狙い(6.Qxb7)のある駒の展開なので黒は手を抜けない。黒にはいつもどおりの無難なやり方で自陣を固める時間はない。

5…Be4

 この手はb7のポーンを守り同時に 6…Bxg2 でルークを取る狙いを持っているので魅力的に見える。

 しかしこの黒の手は異様で、次の布局の原則に大きく違反している。

 布局ではそれぞれの駒を1度だけ動かすこと。そして最も力を発揮し最大の動きが得られる地点に速やかに置くこと。

6.f3

 この手は一つ以上の点で肯定できる。経済的な手段で黒の狙いをかわし、ビショップを後退させて黒に手損をさせている。ついでにf3のポーンは後にeポーンを突く際にしっかりとした支援を務める。

6…Bc6

 時機を誤ったビショップの遠征の結果がここで判明する。ビショップがc6に位置していることによってクイーン翼ナイトから布局での自然な展開の地点を奪っている。さらに悪いことにはcポーンの動きを妨害している。このポーンがc5に行って中原の支配を争ったり黒の駒のためにc列を開放することができなければ、黒は窒息する危険性がある。

7.Ne2

 「いや、ナイトはf3にいるべきものだ」と読者は異議を唱えているに違いない。それはそうである。しかしf3に行けないならば、なんとしてでも戦いに参加させることである。最下段から離れさせるだけでも良いから動かすことである。

 白はキャッスリングしてキング翼ルークを働かせる用意をしている。

7…Nf6

 ようやく通常の理にかなった展開の手が出た。これには例外があり得ない。全ての布局のほとんど全ての戦法でキング翼ナイトはf6の地点で最も効果的に務めを果たす。

8.e4

 この手には三つの目的がある。

 中原をポーンで占めて中原を支配すること。

 クイーン翼ビショップのために筋を通すこと。

 黒のクイーン翼ビショップの働きをさらに制限すること。

8…Be7

 ここはこのビショップの行ける唯一の地点である。代わりに 8…Bd6 は 9.e5 で白の駒得になる。

 最下段が空き黒はキャッスリングの用意ができた。ただし白がそうさせてくれるならばの話である。

9.Nbc3

 先手で別の駒を戦いに出した。狙いは 10.d5 exd5 11.exd5 Bd7 12.Qxb7 で駒得することである。

9…Qc8

 黒はbポーンを守らなければならない。それにしばらくはキャッスリングする考えを捨てなければならない。

10.d5

 ビショップを2段目に追いやる意図である。

10…exd5

 このポーン交換は単にビショップを引く手よりも劣る。筋を開ければ展開に優る方に有利に働く。この場合も白が得をする。

11.exd5

 この取り返しで素通しになるe列を白の大駒が利用でき、黒のビショップが後退させられる。

11…Bd7

 他の手はどれも戦力的に損をする。

 次の手を指す前に白は続けて駒を戦場に出すか展開の現在のリードを活用するかを決めなければならない。そこで白は確かな針路を確定する前に一息ついて棚卸しをすることにする。

 白のd5のポーンは一見よく働いているように見える。このポーンは黒のクイーン翼ナイトがc6に展開するのを防ぎ、黒のビショップがe6に来ないようにし、キング翼ナイトの動きを制限している。このポーンは独力でこれらを行なっているが代償も払っている。このポーンはd5にいることによって、駒のために取っておくべき地点を占拠している。駒はポーンより活動性がありもっと容易に攻撃することができる。駒はd5を起点、つまり盤上の任意の地点への出発点として利用できる。実のところこのみすぼらしいポーンはビショップと支援のクイーンの斜筋を邪魔するというあだをなし、開放すべき列の枡を占めている。ポーンがそこの交通を妨害するよりもd5の地点が空いている方が良い。(そしてこの最後の文がいずれ分かるように白の問題への鍵となる。)

 黒の展望はどうだろうか。

 キング翼ナイトを除いて黒の駒は自陣の2段に押し込められている。黒陣は少し窮屈だがキャッスリングする機会を得て陣容を組み替えることができれば黒を服従させることは難しくなるだろう。

 白は黒にこのようなことをする余裕を許してはならない。白はぐずぐずしてはいけない。

12.d6!

 この精力的なポーン突きは黒の弱点であるf7のポーンに通じる斜筋を通し、d列を素通しにしてルークが後で利用できるようにし、d5の地点を空けて駒が戦略地点として利用できるようにした。同時に、黒のビショップに当たりになっているので黒は一息つけない。

12…Bxd6

 12…cxd6 でビショップを閉じ込めるよりこう取る方が良い。

13.Bxf7+

 これで黒キングが追い出される。黒キングが動いてキャッスリングの権利を失えば勝負がつくまで不安定な状態のままである。

13…Kd8

 黒は 13…Kf8 でキング翼ルークを閉じ込めるよりこの手の方が良いと考えた。

14.Bg5

 この釘付けで黒の最も役立っている駒が麻痺してしまった。一方黒の悲惨な状況を要約するものとして、黒の強力なクイーンが自分の駒によって窒息してしまった。

14…Nc6

 黒の意図は駒を展開してたとえ隣の地点へだけであってもルークとクイーンを動けるようにすることである。そもそも敗勢の局面ではどの手も不適切なのでもっと良い手を推奨するのは難しい。黒は思い切って 14…Be8 から 15…Rf8 か 15…Qd7 か 15…Qf5 のようなもっと積極的な防御に打って出た方が良かったかもしれない。黒は白の攻撃駒を追い払うか交換で取り除くようにしなければならない。

 このような状況での公式は次のとおりである。

 狭小な陣形では駒の交換をしむけることによって圧力をやわらげるようにせよ。

15.Ne4

 白は釘付けのナイトにもっと重圧をかけた。狙い(釘付けの駒が多重に攻撃されている時は必ず狙いが存在する)は 16.Nxf6 gxf6 17.Bxf6+ で、ルークが取れる。

15…Be7

 ナイトをさらに守ると同時に釘付けからはずした。これは 15…Be5 よりも良い守り方である。15…Be5 はナイトを守っているが釘付けを緩和するためには何もしていない。このような状況では余分な守り駒自身も不安定な基盤の上に立っているかもしれないし不意打ちをくらい易い。例えば 15…Be5 16.f4 Bd4 17.Nxd4(ナイトの守り駒の一つを取り除いた)17…Nxd4 18.Qc3 で黒が適当な応手に困る。

16.Bxf6

 白はこの堅固な守り駒を取り除いた方が良い。

16…gxf6

 黒は双ビショップを維持したいのでポーンで取った。

 黒キングは駒で十分に保護されているので黒のハリネズミ防御陣に侵入するのは難しそうに見える。

17.O-O-O!

 この手は逆の方面にキャッスリングするよりもはるかに積極的である。白キングは少し露出しているが代償としてクイーン翼ルークが素通しのd列を制圧している。特に黒の不幸なビショップを釘付けにして圧力をかけている。クイーン翼へのキャッスリングは攻撃が先手になっている。一方白キングは黒の展開が非常に遅れているためにほとんど危険がない。

 白の狙いは 18.Be6 又は 18.Qe6 で釘付けの圧力を増すことである。

17…Ne5

 この手はビショップの支援と 18…Nxf7 で迫害駒の一つを取り除くことである。

18.Nf4

 狙いは 19.Ne6# による頓死である。

18…Qb8

 クイーンにとっては面白くない状況だがキングの逃げ場所が必要である。

 他にどんな手があっただろうか。18…Bf8 でキングのためにe7の枡を空ければ 19.Qe6(20.Qe8# の狙い)19…Be7 20.Qxe5 fxe5 21.Ne6# できれいに詰まされる。

19.Qe6

 クイーンが敵陣に侵攻して攻撃にはずみがつく。白の勝ちへの読み筋は 20.Nxf6(不運なビショップにさらに襲いかかり 21.Rxd7+ で簡単に詰ませる)20…Bxf6 21.Qxf6+ Kc8 22.Qxh8+ で次に詰ませることである。

19…Rf8

 ビショップをおどして追い払いfポーンがこのルークで守られることを期待した。代わりに 19…Qc8 は 20.Qxe5 で前に出てきた詰み形になる。

20.Nxf6

 釘付けになっている駒にマジックのように狙いが飛び出てくるのは圧巻である。

20…Bd6

 素通し列のルークの利きをさえぎりクイーンを取る狙いである。

 他の受けは良い結果をもたらさない。

 20…Rxf7 は 21.Rxd7+ から2手で詰む。

 20…Bxf6 は 21.Qxf6+ Kc8 22.Qxe5 Rxf7 23.Qh8+ である。

 20…Qc8 は 21.Qxe5 Rxf7 22.Ne6# である。

 黒は本譜の手でビショップを釘付けからはずしナイトを守りクイーンを当たりにしビショップ取りを狙っている。

21.Nxd7

 これは少し痛い。ナイトが駒を1個取り3個を当たりにしている。

21…Nxd7

 黒は取り返して厄介な駒をなくした。

22.Rhe1

 素通しのe列に大駒を重ねて 23.Qe8+ Rxe8 24.Rxe8# を狙えば誰でも戦闘意欲をなくすのに十分である。

22…投了

 cポーンを突いてキングの逃げ道を空けようとしても 23.Rxd6 があるのでだめである。22…Nc5 は 23.Qe7+ Kc8 24.Qxf8+ Bxf8 25.Re8# できれいに決まる。

2014年05月16日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: [復刻版]理詰めのチェス

[復刻版]理詰めのチェス(17)

第2章 クイーンポーン布局

 人生のある時点でチェス選手は誰でもうれしい発見をする。それはクイーンポーン布局である。

 この布局はあなたを無敵にする武器ではなくても最もそれに近いものである。クイーンポーン布局は白にとって非常に多くの有利な点がある。それらの全てがたった1語-圧力-で要約できるのである。

 白は好機をとらえてc列、特にc5の地点を制圧し圧力をかけることができる。これは非常に強力なのでこのことだけで黒がつぶされることがある。

 このすごい威力に対しては対抗手段が一つしかない。それは …c5 突きで、黒はいつかは決行しなければならない。そうしなければ黒は窒息死させられるかもしれない。この突きが入れば黒はクイーン翼が捌け、中原に争点を作り出し、c列の支配権をめぐって戦うことができる。

第17局

 ピルズベリー対メーソン戦は白がc列を制圧し黒が …c5 で捌くのに失敗する古典的な例である。ピルズベリーは黒のcポーンが動けないように固定してから黒がそのポーンの守りに動員できる駒より多くの駒でそれを攻撃した。当然ながらそのポーンは落ち、白が急所のc列を制圧したまま収局に移行し勝利への過程も易しかった。

クイーン翼ギャンビット拒否
白 ピルズベリー
黒 メーソン
ヘースティングズ、1895年

1.d4

 白は最強と考えられる初手の一つで指し始めた。

 dポーンが中原の重要な地点を占め大切な2地点のe5とc5に利いている。これらの地点を支配しているので相手の駒はそれらの地点に来ることができない。

 クイーンとクイーン翼ビショップは1段目から離れることができるようになった。

 キングはキングポーン布局で起こるような奇襲攻撃とは無縁である。そのようなことは黒がキング翼ビショップをc5に進出させf2のポーンを取って犠牲にし白キングを野外に出させて黒の他の駒で襲撃する時に起こる。

1…d5

 黒は中原での圧力を互角にし、白が次に 2.e4 と指すのを防ぎ、自分の二つの駒を動けるようにした。

2.c4

 この手は狙いであり提供である。狙いとは大局観的なもので 3.cxd5 である。3…Qxd5 の後 4.Nc3 でクイーンを追い払い白が中原を独占する。

 ポーンの提供の目的は黒のdポーンを中原の好所からどかすことである。この提供はキング翼ギャンビットの場合とは異なり危険を伴わない。白は容易にポーンを取り返し有利な陣形のままである。実際のところは白の側面ポーンと黒の中原ポーンの交換である。こんなに早く 2.c4 と突く主眼点はキングの安全を損なわずにただちに中原の争奪を行なうことである。

 別の目的もある。それは戦略的なものである。ポーンの交換はいつかは起こりc列が開通する。この列の所有権はクイーン翼ギャンビットでは最重要である。白は一般にクイーンをc2にクイーン翼ルークをc1に配置してこの列を完全に支配しようとする。

 この列とこの列上のc5の地点の支配は全局を支配するのと同じことである。c5の地点はそれほど特異な重要性を持っているので、黒を麻痺させるほど締め付けるためには駒をそこへしっかりと置くだけでほとんど十分である。

2…e6

 黒は別のポーンで中原のポーンを支えて守った。黒は 2…dxc4 とは取りたくなかった。というのは持ちこたえられないポーン得のために中原を放棄することになるからである。白はこの手に対して 3.Nf3 と指し(3…e5 を防ぐため)それから 4.e3 と突いて 5.Bxc4 とポーンを取り返して素晴らしい陣形を得る。

 dポーンを 2…Nf6 と守るのは劣った手である。白は 3.cxd5 と応じ黒は駒で取り返さなければならない。3…Qxd5 なら 4.Nc3 でクイーンが中原から追い払われ黒の手損になる。一方 3…Nxd5 なら 4.e4 で白が中原を占有しナイトを立ち退かせる。

 本譜の手の後黒は 3.cxd5 に 3…exd5 と応じる用意で、中原にポーンを維持することによりそこに足場を持ち続ける。

3.Nc3

 この展開の手は無駄なく小駒を最も適切な地点に置くので推奨に値する。このナイトはe4の地点に圧力をかけ、cポーンがd5の地点にかけている圧力を増している。

3…Nf6

 このナイトは単に最下段を離れることにより初期の手続きで自分の任務を果たしている。もちろんこの展開は中原に向かっていて、白ナイトが中原の重要な二つの地点に及ぼしている影響を相殺している。

4.Bg5

 この手は駒の素早い展開と狙いとを兼ね備えた非常に効率の良い手である。狙いとは 5.cxd5 exd5 6.Bxf6 gxf6(6…Qxf6 は 7.Nxd5 で白のポーン得になる)で、黒のキング翼ポーンの形が乱れる。

 ここまでの布局はこの試合より前に色々な選手によって散発的に試されてきた。しかしピルズベリーはその勝つ可能性の大きな高さを評価した最初の選手だった。彼はビショップがナイトにかかる(ほとんどのマスターはビショップを穏やかにf4に出していた)この手を盤の反対側における一種のルイ・ロペスと思い描いていた。彼はこの具体的な手順を完成させ普及させた。そして数々の素晴らしい勝利を重ね、特に初登場した1895年ヘースティングズ大会での勝利は有名である。

 本局では彼がクイーン翼ギャンビットの偉大な威力を発揮させて対戦相手をつぶすところを見ることになる。相手はこの戦法の細かな要点になじみがなく、とても完璧とはいえない防御をおこなった。マーシャルの常套句を用いればビルズベリーはメーソンを「赤子の手をひねるように」負かした。

4…Be7

 他に何もなければビショップはどこに動いてもキング翼キャッスリングの邪魔物が取り除かれるので黒の進展を助長する。このビショップはe7にいれば防御に好都合だし、必要とあればもっと攻撃的な地点に速やかに移動することができる。ついでにナイトを釘付けからはずし白の狙いを無効にした。

5.Nf3

 クイーンポーン布局ではキング翼ナイトの役目はe5の拠点を支配すること、時には占拠することである。実際ナイトをこの地点に埋め込みdポーンとfポーンでしっかりと支えることは後にピルズベリー攻撃として知られるようになったキング翼での非常に効果的な強襲の主題である。

5…b6

 一見してこの手はクイーン翼ビショップがeポーンによって反対側から閉じ込められているのでそのビショップを展開する簡単で自然な手段に見える。長い年月と黒駒の数多(あまた)の喪失の末に、このビショップをフィアンケットしてもその展開の問題は容易に解決できないことが明らかになった。

 数多くの試行錯誤を経て一つの手段に想到した。それは早い段階で …dxc4 と取り、適切な準備の後で白のdポーンを …c5 又は …e5 で攻撃することだった。最初の手(…c5)は中原の支配を争い、黒駒が利用できるようにc列を開け、そして狭小な陣形を全体的に解放する意図である。…e5 による攻撃は白のdポーンからe5の支配を奪い、黒のクイーン翼ビショップの斜筋も通す意味である。要するに黒はビショップの展開を考える前にまず中原をめぐって争うのである。

 黒が遅かれ早かれ …c5 と突くのはほとんど死活的に重要と言ってよい。この手は白のdポーンに挑みかかり、中原に争点を作り出し、自分のクイーンとクイーン翼ルークのためにc列を開け、クイーン翼の凝り形を解放する。この手を指さずにいると白はc列とc5の地点を支配することができる。白がc5の地点に駒を据えることができれば、その駒は黒陣全体に絶大な圧力を及ぼし抵抗を非常に効果的に削減し勝ちを成し遂げる技法をことのほか簡単にしてしまう。

6.e3

 白は中原を強化しキング翼ビショップの筋を通した。

6…Bb7

 黒はクイーン翼ビショップのフィアンケット展開を完了した。

7.Rc1

 ルークが重要なc列に急行した。この列は今のところは部分的にしか開通していないが、ポーンが交換されれば素通しになりルークの威力がずっと延びる。

7…dxc4

 黒は通常は白がキング翼ビショップを動かすまで待ってからこのポーンを取る。そうすればビショップがポーンを取り返すのに1手損をする。明らかに黒は自分のクイーン翼ビショップに中原を通る対角斜筋の利きを与えたかったのだろう。

8.Bxc4

 白はポーンを取り返して別の駒が戦場に出た。

8…Nbd7!

 ナイトのこの配置はクイーンポーン布局の特徴である。このナイトはc6に跳んでcポーンの行く手を遮ってはならない。このポーンは自由に進み中原に挑むようにしなければならない。

 d7のナイトは理想形である。…c5 または …e5 と突いて中原を攻撃するのを助け、中原の地点の所有をめぐる戦いに加わり、キング翼ナイトと協力し合う。

9.O-O

 キングが舞台から身を隠しルークが任務につけるようになった。

9…O-O

 キャッスリングの利点はキングが盤の中央にいるよりも隅にいる方が安全であるということである。そこなら前面の3個のポーンと勇猛なナイトでかくまわれる。一方ルークは最も簡便な方法で中央の列に回ってくる。

10.Qe2

 この布局での白クイーンの最も効果的な二つの地点はe2とc2である。c2ではクイーンはc列を利用して活動するルークを補完し、別の方面では戦略上の要衝のe4を黒のキング翼ナイトの侵略から守る。e2ではキング翼ポーンの形を黒が 10…Bxf3 で乱すのを防ぎ、中原を独占するためのeポーンの前進を助け、d1の地点を空けてキング翼ルークをそこに来させる。

 クイーンのe2への展開には別の利点もある。それはクイーン翼攻撃である。白は 11.Ba6 によってビショップ交換を強制し、白枡に利いていたビショップがいなくなって弱体化した黒の白枡に圧力をかけることができる。

10…Nd5

 黒のこの手の意図は1個または2個駒を交換して狭小な陣形をくつろげることである。

11.Bxe7

 白は喜んで駒交換による単純化に応じた。それはc列で痛烈な圧力をかけるという自分のテーマに戻れるからである。

 代わりに 11.Bf4 とかわすのは黒に多くの良い選択肢を与えすぎる。黒は 11…Nxf4 と取り(自分だけ双ビショップになる) 12.exf4 の後 12…Nf6 から 13…Nd5 として敵ポーンがどかすことのできない地点に恒久的に駒を維持することができる。または 11…c5 ですぐに中原を攻撃するかもしれない。さらにはd7のナイトをf6に持って来ても立派に指せるだろう。

 本譜の白の手は黒の選択の幅を狭める利点がある。

11…Qxe7

 この手はクイーンを戦いに参加させルークを連結させるので 11…Nxe7 と取る手より望ましい。

 もちろん黒は 11…Nxc3 とは取れない。それは 12.Bxd8 Nxe2+ 13.Bxe2 Rfxd8 14.Rxc7(素通し列にいるルークの勝利)となって黒がポーン損になり試合に負ける。

12.Nxd5

 今度はこの交換は白に都合が良い。白はここから局面を引っ張っていくことができる。

12…exd5

 黒はこのように取らなければならない。12…Bxd5 と取るのは 13.Bxd5 exd5 14.Rxc7 でポーン損になる。

 ポーンで取らせた結果白は黒に長い対角斜筋を閉鎖させた。これで黒ビショップは利きがひどく狭められた。

13.Bb5!

 さあ、早く。c列が突然開通しルークがcポーンに当たってこの列から行動が始まった。

13…Qd6

 ポーンを守り …c6 で白ビショップを追い立てる用意をした。

 ポーンをc5に突くのはもう手遅れになっている。なぜなら 13…c5 の後(2駒で当たりにされているのに対し3駒で守っているので大丈夫そうに見える)14.Bxd7 Qxd7(白は1手で守り駒のうち2個を取り除いた)15.dxc5 bxc5 16.Rxc5 で白のポーン得になる。

14.Rc2

 白はキング翼ルークで圧力を増すためにc1の地点を空けた。

 素通しの列でルークを重ねるとその列で威力が倍以上になる。

14…c6

 黒はうるさいビショップを追い払おうとした。

15.Bd3

 この手は黒の反撃が厄介な 15.Ba4 よりずっと強力である。15.Ba4 に対して黒は 15…b5 16.Bb3 a5(17…a4 でビショップを取る狙い)17.a3 Nb6 としてこのナイトをc4の地点にしっかりと据える。

15…Nf6

 黒は切迫した危険も知らずに嬉々として自分のことにかまけている。それはこの場合ナイトを攻撃に向かわせるためにたぶんe4の地点を占めさせることである。通例はこれはほめられるやり方である。しかし戦略はすべて目下の局面という状況によって調整しなければならない。全ての手はある手を常に「良い」か「悪い」と断定する独断的な判定でなく、相手の狙いに応じて指さなければならない。全ての手は現在指されている特定の局面における価値によって判断しなければならない。

 白はc列とcポーンにできる限りの圧力を積み重ねるという意図を明らかにしている。黒は持ちうる限りの戦力をc列の防御に動員することによって、または白の兵力を襲撃からそらすことのできる厳しい反撃を行なうことによって、白の狙いを迎え撃たなければならない。

 黒は目前の困難を解決するために何かしなければならない。そして相手が素通し列を完全支配する前に黒はすぐにそれをしなければならない。

 本譜の手で黒は絶好の機会を逃がした。それは 15…c5 と突いて中原に争点を作り出し自分の駒にもっと動く余地を与える最後のチャンスだった。

16.Rfc1

 黒のcポーンを固定して動けないようにした。16…c5 なら 17.dxc5 bxc5 18.Rxc5 で白のポーン得になる。

16…Rac8

 cポーンの守りに急いで駆けつけ(黒が自分の危機を悟ったので)ポーン突きの可能性を復活させた。

17.Ba6!

 この戦略は大変素晴らしい。小駒は大駒によって攻撃されているポーンのすぐれた守り手なので、白は黒のビショップを取り除きたいのである。ビショップがcポーンを守っている限り白のルークは決してそのポーンを本気で狙うことができない。

17…Bxa6

 黒は他に何かできただろうか。17…Rc7 なら 18.Bxb7 Rxb7 19.Rxc6 である。また 17…Qc7 なら 18.b4 でさらにcポーンを締め付ける。白はその後 19.Ne5 で圧力を強めビショップを交換して単純化しそのポーンを取ってしまう。

18.Qxa6

 クイーンが間近に迫った。脅威はaポーンだけでなくcポーンに対してもあり狙いは 19.Qb7 Rc7 20.Rxc6 Rxb7 21.Rxd6 で白が勝つことである。

18…Rc7

 この手は良さそうに見える。aポーンを助け白クイーンがb7に入れないようにしルークを重ねて哀れなポーンにさらに守り手を加える準備をしている。

19.Ne5

 白の戦略は単純である。白はcポーンにさらに圧力をかけるだけである。これでcポーンは3個の駒で当たりにされ2個の駒で守られている。

19…c5

 予定の 19…Rfc8 は白が次のようにあっさりと勝つ。20.Nxc6 Rxc6 21.Qxc8+ Rxc8 22.Rxc8+ Qf8 23.Rxf8+ Kxf8 24.Rc7 a5 25.Rb7 で後は児戯に等しい。

20.Rxc5

 ここからは白が固定されていないものは何でも単純に取り除いていく。

20…Rxc5

 黒はポーン損の時に駒交換を望んではいない。しかし何ができるだろうか。もし 20…Rfc8 でc列を争えば以前の解説のように 21.Qxc8+ で白が勝つ。一方 20…Re7(ルークの唯一の逃げ場)なら 21.Rc6 Qd8(21…Qb4 は 22.Nd3 Qd2 23.R6c2 Qa5 24.Qxa5 bxa5 でクイーンを強制交換されて黒の陣形がめちゃくちゃになる)22.a3 の後 23.Rc8 Qd6 24.R1c6 でクイーンを取る白の狙いが受けづらい。

21.Rxc5

 釘付けのポーンが無力で取れないのをあざ笑うようにルークが駒を取り返し重要なc列の支配を続けている。

21…Nd7

 二つの駒を当たりにしているのでこの手は魅力的に見える。白が 22.Nxd7 と応じれば 22…Qxd7 となってクイーン+ルーク収局になるが勝つのは容易でない。白はいつかはキング翼の多数派ポーンを突いていかなければならないが、そうするとキングが露出して永久チェックによる引き分けになる可能性がある。

 ルークが引き下がれば 22…Nxe5 23.dxe5 Qxe5 でこれも引き分けになる可能性がある。

22.Rc6

 ナイト交換をあっさりとかわしてクイーン当たりの先手をとった。

22…Nb8

 黒はこの「手筋」を指させられた。なぜなら 22…Qe7 と引くと 23.Rc7(ナイトを釘付けにした)がひどく 23…Rd8 24.Qb5(三重攻撃)で白が駒得する。

23.Rxd6

 単純化を目指せ。それが戦力的に優勢な場合の収局で覚えておくべき魔法の言葉である。

 ポーン得の時は駒交換によって自陣が弱体化しないならばそれによって戦力(及び相手のチャンス)を減少させよ。

23…Nxa6

 もちろん当然である。

24.Nc6

 これがマスターの手である。読者や筆者なら2ポーン得にするためにdポーンを取るかもしれない。それでも勝てるだろうがどうして紛れさせる必要があろうか。どうして黒に 24…Rc8 でc列を占拠し反撃を開始させる必要があろうか。

 注意すべきは本譜の手でピルズベリーはまだdポーンを当たりにしたままであるということである。それに加えてaポーンも当たりにし、黒が 24…Rc8 とすればナイトでe7でチェックして黒を壊滅させるのでその手を防いでいる。

 マスター選手のあかしとなるのは見かけは単純な局面でクイーン捨てでなくこのような手が指せることである。

24…g6

 黒キングは遅かれ早かれ空気が必要になる。それに収局になればg7を通って中原に向かい手助けすることを願っている。

25.Nxa7

 またポーンが落ちさらに2個がルークで当たりになっている。

25…Ra8

 このルークはc8に行けないので何とか戦闘に加わろうと躍起である。

26.Nc6

 ナイトは引き下がったが 26…Rc8 にはまだ 27.Ne7+ でルーク取りの処罰をする態勢にある。

26…Kg7

 黒はキングをナイトのチェックの及ばない地点に移し中央に近づけた。

27.a3

 急いでdポーンを取ることはない。白は黒ナイトがいずれかへ立ち退いてa8に隠れているルークによってaポーンが当たりになるのを用心した。それに後で黒ナイトがb4に跳んでくるのも阻止した。

 白は次のようなことが起こるのを避けている。27.Rxd5 Rc8 28.Rd6(詰まされるので白ナイトは動けない)28…Nb4 これで不幸な白ナイトが黒に取られる。

27…Rc8

 ようやくルークが念願のc列に回った。しかし黒はこの機会を生かせるだろうか。

28.g4

 白キングにも逃げ場所が必要である。黒は 28…Nb8 で駒得する手を狙っていた。白ナイトが2駒で当たりにされているが逃げるわけにいかない。

 キャッスリングしたキングの回りのポーンの形の乱れは収局では大したことはない。そのようなポーンの動きがキングの健康を脅かすのは序盤と中盤である。なぜならその場合は盤上のあらゆる駒でキングが襲われるかもしれないからである。

28…Nc7

 dポーンを守ったがルークの縦の利きを止めるという代償を払っている。白は 29.Ne7(黒のルークと2個のポーンが当たりになっている)29…Rc1+ 30.Kg2 Rb1 31.Rxb6 で2個の連結パスポーンで簡単な勝ちが保障される手を狙っていたので黒にはほとんど選択の余地がなかった。

29.Ne7

 白はまた黒ルークをc列から追い払う。ルーク当たりに加えて白はbポーンへの当たりとdポーンへは二重の当たりをかけている。

29…Rb8

 黒はできるだけ長くbポーンをもたせなければならない。このポーンを取られれば白のクイーン翼ポーンが自由に進んでクイーンに昇格する。

30.Rd7!

 圧力は緩めてはならない。30.Nxd5 Nxd5 31.Rxd5 からのルーク収局でも勝ちであるがピルズベリーはそれよりも本譜の手を好んだ。

30…Ne6

 ナイトは当たりから逃げなければならない。30…Rb7 で守るのは 31.Nxd5 で駒損になる。

31.Nxd5

 ついにこのポーンが落ち、(取ったポーンに加えて)白にはd列にパスポーンができ7段目にルークが残った。

31…Rc8

 黒はじり貧負けに陥るよりもさらにポーンを捨てて素通し列での反撃に活路を求めた。このルークが白ポーンの背後に回れれば2個ほどポーンを取れるかもしれない。

32.Nxb6

 白は 32.Nc3 で黒ルークを締め出して安全勝ちできるかもしれない。しかしbポーンを取ればパスポーンが3個になる。この誘いにはなかなか勝てない。

32…Rc2

 ルークが素通し列を支配した当然の帰結として7段目を占めることになった。これは白にとって面倒になることを意味している。しかしここでの例外は白のポーンがクイーン昇格のために盤上を駆け上がる態勢にあるという強力な解毒剤があるということである。

33.b4

 ポーンがルークの当たりを軽くかわした。

33…Ng5

 白のポーンは容易に前進を妨げられそうにない。しかしもしかしたら見捨てられた白キングが黒のナイトとルークの攻撃にもろいかもしれない。

34.a4!

 白は冷静にパスポーンを突き進めてクイーンを作ることに専念する。

 34.f4 で黒ナイトを追い払いたい気もする。しかしそう指すと信じられないだろうが黒に引き分けを許してしまう。34.f4 の後 34…Nf3+ 35.Kf1(35.Kh1 は 35…Rxh2# で詰んでしまう)35…Rd2! 36.Nc4 Nxh2+ 37.Kg1 Nf3+ 38.Kf1 Nh2+ 39.Ke1 Nf3+ でチェックの千日手で引き分けになる。

34…Ne4

 黒は別の侵入を試みた。

35.a5

 ピルズベリーはナイトをこづく衝動を抑えている。35.f3 なら 35…Ng5 で 36…Nxf3+ でチェックの千日手による引き分けの狙いが復活する。

35…Nxf2

 黒は詰み狙いの攻撃を作り出せるだろうか。

36.a6

 相手のこけおどしの無益さを最もよく明らかにするには注意を向けないことである。

 パスポーンは昇格まであと2手に迫りその行進を止めることはできない。

32…投了

 黒は次のような幸運を期待することはできないと判断した。36…Nh3+ 37.Kh1 Ng5 38.a7 Nf3 39.a8=Q Rxh2#

2014年05月23日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

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[復刻版]理詰めのチェス(18)

第2章 クイーンポーン布局(続き)

第18局

 ノテボーム対ドゥースビュルフ戦は黒が …c5 による捌きを無視したため白がこのcポーン突きを抑制し永久に防ぐことができた。結局このポーンは固定され黒のクイーン翼が鉄壁に押さえ込まれた。クイーン翼の弱点が黒のキング翼の崩壊に結びついた。

クイーン翼ギャンビット拒否
白 ノテボーム
黒 ドゥースビュルフ
オランダ、1931年

1.d4

 序盤ではポーンで中原を占拠し中原の支配を視野に入れながら駒を展開するのが有利である。

 白はポーンを中原に進ませて試合を始めた。このポーンは一つの重要な地点を占め、他の二つの地点に利かせている。e5とc5の2地点の支配により黒はそこへ駒を進ませることができない。白はe5とc5を自分の駒の橋頭堡として利用することが期待できる。これらの駒はdポーンにより支えられる。

 dポーン突きはクイーンとクイーン翼ビショップの筋を通すという役割も果たしている。

1…d5

 この手は黒が中原で対等の地歩を築き白が 2.e4 でさらに陣地を得るのを防ぐための最も簡単な手段である。

2.c4

 白は黒のdポーンを中原からそらすためにポーンを差し出した。実際は白が何の苦労もなくポーンを取り返すことができるので側面ポーンと中原ポーンとの交換の申し出である。

 白の提案に隠されているのは黒の中原ポーンの撲滅の狙いである。3.cxd5 Qxd5 4.Nc3(白が駒を展開するのに黒は同じ駒をまた動かさなければならないので白の手得になる)4…Qa5 5.e4 で白の中原が威容を誇る。

2…e6

 黒は別のポーンでdポーンを支えて中原を守った。白が 3.cxd5 と取ってくれば黒はポーンで取り返して中原にポーンを維持することができる。

 黒は白のcポーンを取らない。それは中原とe4の地点に対する利きを放棄することになるからである。

 クイーン翼ビショップの閉じ込め(2…e6 の後)とそのビショップを効果的に展開するためのその後の苦労がクイーン翼ギャンビットの人気(白から見て)の理由の一つである。

3.Nc3

 これは良い手である。ナイトが中原のe4とd5の2地点に利きポーンのd5への圧力にも加勢している。

3…Nf6

 黒ナイトが中原に向かって展開した。ここなら最もよく動け白のナイトによって加えられている圧力にも等価に対抗できる。

4.Bg5

 この釘付けの手は次のようにポーンを得するか黒のキング翼ポーンの形を乱す狙いである。5.cxd5 exd5 6.Bxf6 で黒は 6…gxf6 で悪形の二重ポーンに甘んじるか 6…Qxf6 7.Nxd5 でポーンを損しなければならない。

 この狙いは実際はたいして重要ではない。白は簡単にかわされる狙いを見舞うためにナイトを釘付けにしたのではない。白の関心は駒を最も効果的に配置することでありビショップのg5への展開は非常に強力である。黒ナイトに対する拘束と黒陣全体に対する押さえ込み効果は容易に振りほどくことができない。

4…Nbd7

 クイーンポーン布局では黒のクイーン翼ナイトはc6でなくd7で最もよく働く。d7のナイトはキング翼ナイトを支援しcポーンをc5に突く準備を助ける。クイーン翼ナイトはc6に行ってはいけない。そこではcポーンの邪魔になってしまう。cポーンは自由に進めて白の中原を攻撃できるようにしなければならない。

 ついでに本譜の黒の手には罠が含まれている。それは強欲な選手を引っ掛けるために仕組まれている。

5.e3

 どうしてポーンを取らないのか。取ると次のようになる。5.cxd5 exd5 6.Nxd5 Nxd5!(強引に釘付けをはずした)7.Bxd8 Bb4+ 8.Qd2 Bxd2+ 9.Kxd2 Kxd8 で黒の駒得になる。

 このような場面に当てはまる次のような原則に従えばこの罠にはまることはない。

 展開を犠牲にしてポーンを追い求めるな。

 本譜の白の手は中原ポーンを支えキング翼ビショップの出口を作っている。

5…c6

 黒は自分のdポーンの土台を強化しクイーンの使える斜筋を開けた。黒は 6…Qa5 から 7…Bb4 で始まる反撃を計画している。

6.a3

 この手は黒のそのような捌きを止めさせた。これで黒ビショップはb4に来てナイトを釘付けにすることができなくなった。

6…Be7

 黒は駒を展開しナイトを釘付けからはずし最下段を空けてキャッスリングできるようにした。

7.Qc2

 これはこの布局におけるクイーンの理想的な展開である。c2のクイーンはc列に圧力をかけ(中原のポーンが交換されればそれは全く明らかなことになる)e4の地点に利いている。予想されるキング翼の駒の動員の代わりにこの時点でクイーンが戦いに参加したのはまさしくe4の地点に利かすためである。黒が 7…Ne4 でいくつかの駒を交換して簡単に捌くことができないようにe4の地点を守ることが肝要なのである。

7…O-O

 黒はキングを安全地帯に移した。

 黒は自陣の凝り形をラスカー捌きの 7…Ne4 でくつろげることはできない。なぜなら白は 8.Bxe7 Qxe7 9.Nxe4 dxe4 10.Qxe4 と応じてポーン得するからである。白のa3のポーンが 10…Qb4+ でポーンを取り返すのを防いでいることに注意されたい。だから白の6手目は無駄手ではないのである。

 守勢のキング翼キャッスリングの代わりに黒は 7…dxc4 8.Bxc4 e5! で反撃を試みるべきだった。この手は中原の支配を争いクイーン翼ビショップの筋を空けるのに役立つ。

8.Nf3

 キング翼ナイトを最適の地点に据え、さらにe5の地点に利かして …e5 によるいかなる捌きのもくろみも終わりにさせた。

8…a6

 この手は 9…dxc4 10.Bxc4 b5 11.Bd3 Bb7 から最終的に 12…c5 と捌くための準備である。そうなればクイーン翼ビショップを展開させクイーン翼を捌いて白のポーン中原に対する行動を開始するのに役立つ。

9.Rd1!

 もし黒が側面攻撃にでてくれば白は推奨されている具体策-中原からの戦い-で迎え撃つ用意である。

 d1のルークは黒が中原ポーンを交換する抑止力として働く。というのはこの列が素通しになるとルークの圧力が強まるからである。

9…Re8

 中原が戦闘の舞台となるのが普通なので黒はe列にルークを持ってきた。

10.Bd3

 このビショップの登用で白の展開はほぼ完了である。注意すべきは白駒のほとんどが最下段を離れ戦闘配置につくまで戦力を得するにせよキング翼攻撃を始めるにせよいかなる種類の手筋にも白が手を染めないことである。これらの駒が最も効果的な地点に-中原を支配し最大限に動け重要な陣地のかなりの部分を占める所へ-配置されて初めて白は手筋、即ち形勢をたちまち決める一撃を探すのである。

10…dxc4

 黒は白が取り返しに手を損するように、このビショップが動くまでポーンを取るのを遅らせていた。

11.Bxc4

 このポーンは取り返すしかない。

11…b5

 黒は白ビショップに1手かけて下がらせ自分のクイーン翼ビショップの展開のためにb7の地点を空けた。

12.Bd3!

 このビショップはこの地点から素晴らしい働きをする。

 即ち2方向を攻撃し、敵駒のe4への侵入から守り、黒のキング翼に狙いをつけ、黒が 12…c5 で捌きに来るのを防いでいる。

12…h6

 12…c5 なら 13.dxc5 Bxc5(明らかに 13…Nxc5 はない手で 14.Bxh7+ で開き攻撃によりクイーンが取られる)14.Bxh7+ で、釘付けで無力のナイトがこのビショップにさわれないので白のポーン得になる。

 本譜の手で黒はhポーンを(上の解説の)当たりの位置からはずした。これで黒はクイーン翼を捌き 13…c5 で中原に争点を作り出せることを期待している。ついでに白のクイーン翼ビショップに行き先を明らかにさせようとしている。

13.Bxf6!

 この構想は非常に素晴らしい。白は手損をしてまでも双ビショップにしがみつこうとはしない。代わりにいかなる …c5 も防ぐつもりである。黒のcポーン突きを防ぐことができれば黒陣はひどい凝り形になりクイーン翼ビショップを適正な地点につけるという課題を決して解決できないかもしれない。

 13.Bxf6 の当面の目的はナイト又はビショップのどちらかで取り返させて、その駒をc5の地点の監視とその地点へのポーン突きの支援からそらすことである。

13…Nxf6

 たぶんビショップで取るよりこの手の方が良い。その方が黒のクイーンとクイーン翼ビショップが自由に動ける。

14.O-O

 キング(どんなことがあっても危険から遠ざからなければならない)は隠れ家に行きルーク(戦闘に加わらなければならない)は活動の舞台に近寄った。

14…Bb7

 白ルークと黒クイーンが同じ列にいる時 14…c5 に打って出るのは無茶である。白はあっさりポーンを取り 15…Bxc5 と取り返した時 16.Bh7+ でクイーンを取って懲らしめる。

 黒の着想はクイーン翼ビショップの展開の他に、ルークをc8に回してからcポーンを突くことである。

15.Ne4!

 白は3個の駒(クイーン、ナイト及びdポーン)でc5の地点ににらみを利かせるためにc列を空けた。その目的は黒のcポーンがc5へ来るのを不可能にするためである。

 白が e4 で中原をポーンで埋める誘惑もがまんしていることにも注意して欲しい。代わりに白はe4の地点を空けたままにして自分の駒の跳躍点として利用する。

15…Nxe4

 さもないと白ナイトがc5の地点に跳ねて黒のクイーン翼を完全に窒息させるかもしれない。

16.Bxe4

 黒をまだ押さえ込んでいる。黒は 16…c5 とは指せない。そんなことをすればクイーン翼ビショップをひったくられてしまう。

16…f5

 黒はキング翼ポーンの形を弱める犠牲を払ってもこのビショップをすぐに追い払わなければならない。遅れれば白に 17.Ne5(黒のcポーンに対する圧力を強めf3にビショップが下がれるようにする)の後必要ならば 18.Rc1 と指す余裕を与えてしまう。

17.Bd3

 ビショップがこの地点を訪問するのは3回目である。

 白は早まって 17.Bxc6 と取ってはいけない。それは 17…Rc8 で釘付けにされてしまう。

17…Qb6

 またもやポーンを突いて捌く準備をした。

18.Rc1!

 この局面で白に要求されているのは黒のcポーンのせき止めの維持に全力を傾けることである。白はこのポーンが決して進めないようにc5の地点を完全に制圧しなくてはならない。急所のc5の地点を支配すれば大局的な勝利が保障されるので白は一瞬たりとも緩めてはならない。

18…Rac8

 黒はしつこくcポーンを突く計画である。もしこのポーンを突かないとクイーン翼ビショップが外の空気に触れられない。

19.b4!

 黒のcポーンに釘を刺した。白は戦略的に勝ちを収めた。残るは何らかの適切な戦術を行使して敵を屈服させることである。手筋の登場する時期は熟している。

19…Qd8

 20.Qb3(狙いは 21.Qxe6+ 又は 21.Bxf5)に対して 20…Qd5 という受けを用意した。

>20.Ne5

 強手が出た。不幸なcポーン(その位置に留まっていなければならない)に対して三つ目の駒で当たりをかけた。黒が受け身の抵抗を示すならば白は 21.f4(ナイトをさらに守り中原を安定させる)から 22.Be2 及び 23.Bf3 と指す。その後はcポーンが滅ぶしかない。

20…a5

 黒のクイーン翼を押さえ込んでいるポーンの一つを攻撃した。

 代わりに 20…Bf6 なら白は筋書きどおりに 21.f4 から 22.Be2 及び 23.Bf3 と指す。

21.Qb3!

 22.Qxe6+ 又は 22.Bxf5 の狙いを復活させた。

 白はたぶん 21.bxa5 には一瞥しただけだっただろう。この手に対して黒は 21…Qxa5、21…Bxa3 又は 21…c5 のどの手でも応えることができる。いずれにせよ白の立場からすると過分な自由を黒に与えてしまう。

21…Bd6

 黒が当てにしていた受けは一蹴された。即ち 21…Qd5 は 22.Qxd5 exd5 23.Bxf5 で白のポーン得になる。あるいは黒がcポーンでクイーンを取り返せば 23.Bxb5 で白が勝つ。

22.Bxf5

 現実の激しさの一端はポーン得をもたらした。

22…Qf6

 ビショップ当たりとナイトへの二重当たりで黒はポーンの取り返しを期待している。

23.Bb1

 最下段へビショップを引いたのは、クイーンをc2へ動かすかビショップをクイーンの背後のa2へ回してクイーンの斜筋に沿った攻撃を助けるためである。

23…Bxe5

 黒は働いている駒を切りたくはない。しかしポーン損を取り戻すためには仕方がない。

24.dxe5

 取る一手である。

24…Qxe5

 戦力は互角で黒は最悪を脱したように見える。

 白が 25.bxa5 でポーン得になれることは確かだが、その結果はa列上の孤立した二重ポーンで、このポーン得から有利になれるかは疑わしい。この怪しい収穫よりも、優れた大局観指法に対するよりよい報奨があるに違いない。

25.Rc5!

 白はポーン得をはねつけ、さらに圧迫を加える方を好んだ。ルークは黒のクイーン翼を押さえ込み麻痺させた。この白の手の強さはルークが決してどかせられないことから明らかである。

25…a4

 この手は様子を見た手である。その目的はポーンを助けるだけでなくクイーンがどこへ動くかで白の作戦を推し測ることである。

26.Qa2!

 素晴らしいクイーン引きである。ここでは 26.Qc2 が予想されるところである。ビショップにつながれているので黒のキング翼に侵入できる。しかし黒は 26…Qf6 で巧妙に抵抗する。h7でのチェックには 27…Kf7 と応じ、白には攻撃の続行手段がない。また 26.Qc2 Qf6 の後 27.e4(28.e5 で黒クイーンを追い払ってから黒陣を蹂躙する狙い)なら 27…e5 でいかなる侵入も寄せ付けない。

26…Qd6

 26…Qf6 で受けるのは 27.e4! で参る(ここで 26.Qa2 の意味が明らかとなる。黒のeポーンを釘付けにして 27…e5 を防ぐためだった)。以下は 27…Rcd8 28.e5 Qf4 29.Qc2(狙いは 30.Qh7+ Kf8 31.Bg6 Re7 32.Qh8#)29…Qg5 30.f4 Qg4 31.Rc3 で、ルークがg3に回り 33.Qh7+ で決まる。

 注意すべきは 31.Rc3 でクイーン翼の圧迫を緩めても原則に違反していることにはならないことである。詰みや投了につながる攻撃は陣形的な考察よりも優先される。

27.Qc2

 ここでのこの組み換えがより効果的である。白の狙いは 28.Qh7+ Kf8 29.Bg6 Red8 30.Qh8+ Ke7 31.Qxg7# である。

27…Rcd8

 27…e5(クイーンでg6の地点を守るため)なら 28.Qh7+ Kf7(28…Kf8 なら 29.Bg6 で白の楽勝)29.f4(30.fxe5+ の狙い)29…e4 30.Ba2+ Kf6 31.Qf5+ Ke7 32.Qf7+ で手始めにビショップを取る。

28.Qh7+

 黒キングに通じる白枡を制圧しているのでこの侵入が決め手となる。黒はクイーン翼が締め付けられビショップも閉じ込められているため持ちこたえられない。

28…Kf8

 28…Kf7 なら白はビショップでチェックして交換得することもできるし 29.f4 で攻撃を続行させることもできる。その後は 29…Rh8 30.Qg6+ Kf8 31.f5 e5(又は 31…Qe7)32.f6 で白の勝ちとなる。

29.Bg6

 黒キングをさらに閉じ込めルーク当たりにもなっている。狙いは 30.Qh8+ Ke7 31.Qxg7# である。

26…投了

 黒は大きな駒損によってのみ処刑を遅らせることができる。

 白の指し回しは予防戦略の真価の好例である。白は黒のクイーン翼を麻痺させて一方の翼の弱点が他方の翼の完全なつぶれに至るというまたとない事実を見せつけた。黒が一旦押さえ込まれると何とか抵抗しようとする黒の努力は弱々しいじたばたに過ぎないように見えた。

2014年05月30日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

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[復刻版]理詰めのチェス(19)

第2章 クイーンポーン布局(続き)

第19局

 グリューンフェルト対シェンカイン戦では前局と同様の困難が黒を襲った。ここでは中原での挑戦が遅れたために白の守られていないポーンによって黒のcポーンが封じ込められ、それに伴ってクイーン翼も同じ目にあった。白の攻撃が突然キング翼に移った時黒は抵抗に窮した。

クイーン翼ギャンビット拒否
白 グリューンフェルト
黒 シェンカイン
ウィーン、1915年

1.d4

 初手のポーン突きで1度に2個の駒が解き放たれた。駒を最下段から離し戦場へ出す際に白は1手でこれだけの有利さを得ることができる。ポーン自身も中原の支配と要所の制圧をめぐる戦いで重要な役目を果たす。

1…d5

 恐らく黒の最善の応手である。黒はこの手で白の中原での圧力を相殺した。

2.c4

 これは攻撃であると同時にポーンの提供である。攻撃というのは、白が 3.cxd5 Qxd5 4.Nc3 Qa5 5.e4 で中原にポーンを並べることを狙っているからである。提供というのは、黒が 2…dxc4 でポーンを得することができるからである(一時的にすぎないが)。

 どちらの見方をしようと、白の目的は黒のdポーンをd5から取り除くかよそへ誘い出すことによって黒の中原ポーンを壊滅させることである。

2…c6

 黒は 3.cxd5 に対し中原にポーンを維持するために 3…cxd5 とポーンで取り返す用意をした。

 黒の2手目はもう一つの手の 2…e6 と異なりクイーン翼ビショップを閉じ込めないという利点がある。欠点はクイーン翼ビショップを気軽に展開するとこのビショップの不在によってもたらされるdポーンとbポーンに対する厄介な攻撃を撃退する用意をしておかなければならないということである。別のもっと重要な考慮すべきことはc6にいるcポーンはdポーンをよく守っているが生涯における主要な目的を果たしていないということである。それは中原での白の支配に挑むことである。白のdポーンを攻撃し同時に黒の大駒が利用できるようにc列を開放するためにこのポーンをc5に突けるようにしなければならない。

3.Nf3

 どうして白は 3.c5 と突き進めて相手のクイーン翼を完全に窒息させないのだろうか。白がそう指さないのには次のようにいくつかの理由がある。

 a)中原の争点は維持するのが良い戦略である。即ちポーンの形を固定するのではなく流動的に保つのである。

 b)ポーンをc5に進めると白は黒の中原に対する攻撃を放棄し、ポーン交換するのが良いという選択肢も放棄してしまうことになる。ポーン交換は黒の中原全体を壊滅させる手段となるかもしれない。

 c)c5の地点はポーンでなく駒のために取っておくべき橋頭堡である。そこに置かれた駒は黒のクイーン翼全体に絶大な影響を及ぼすかもしれない。

 d)ポーンをc5に置くとc列が閉じられクイーンやルークの活動が役に立たなくなる。

 e)序盤ではポーンでなく駒を動かすべきである。

 以上のことは全てチェスのマスターがなぜ「本能的に」正しい手を見つけるのかを説明している。それはマスターが20手先まで読めるからでもなければ可能な各々の手の効果を念入りに調べるからでもない。時には1手先も見ないことがある。マスターは自分の本能(もっと正確には経験と大局観)が原則に反し良い結果に至らないと警告する手はどれも読みからはずすことによって時間を節約している。棋理の感覚に背く手を捨てたり大局観に合わない無理筋を避けたりすることによりマスターは、並のアマチュアが真剣勝負の大会で指すよりももっと強い本筋の手を1手10秒で指すのである。

3…e6

 穏やかな手だが手待ちではない。中原を強化しキング翼ビショップを解放している。

 黒の意図はまだ不明である。次の手でポーンを取って …b5 でポーン得を死守しようとするかもしれない。あるいは 4…f5 の後 5…Nf6 から 6…Ne4 で石垣の態勢を築くかもしれない。

4.e3

 そこで白はcポーンを守って堅実に指す。白は他方のビショップを犠牲にして一方のビショップを解放したが、全てを都合よく運ぶわけにはいかない。

4…Nf6

 ナイトが好位置を占めてd5とe4に強い影響を及ぼした。これらは中原の戦略的4地点のうちの二箇所に当たる。

5.Bd3

 ビショップが大きな影響を発揮できる斜筋に陣取った。一方キング翼は早くキャッスリングできるようにきれいに空けられた。

 おおざっぱに言うとキングがより安全な場所を見つけられるようにキング翼の駒を先に展開するのが良い方針である。ほとんどの選手はこのやり方や忠実に実行した場合の恩恵についてよく知っている。なかにはクイーン翼の駒を解放することを完全に忘れている選手までいる。

5…Nbd7

 このナイトの動きは素晴らしい。というのは白の中原に対していつかは突くことになる …c5 又は …e5 を助けるからである。もう一つのナイトと連携しているということは必要があればf6のナイトに取って代われるのでそれも役に立っている。

6.Nbd2

 この手の主要な目的はコーレ・システムのようにeポーン突きを助けることである。このナイトがc3でなくd2に行ったもう一つの目的は黒が 6…dxc4 と取ってくればこのナイトで取り返し、一つのナイトがe5に行った時他方のナイトでしっかりと支えるためである。

6…Be7

 これは防御には良い手である。たぶん良すぎるかもしれない。このビショップはe7の好所にいてキャッスリングも整っている。しかし白が陣地を獲得し広げようとするのを防ごうとしていない。黒は …c5 突きで反撃しなければならない。さもないと次第に押し込まれ狭い陣地に閉じ込められる。

7.O-O

 キングが盤上の安全な所に退避しキング翼ルークがより活動的な場所に出てきた。

7…Qc7

 これも穏やかな展開の手だが攻撃的な 7…c5 の方がもっと良かったかもしれない。黒はのんびりしていることは許されない。同等の権利を求めて争わなければならない。チェスは臆病者のための競技ではない。

8.e4!

 この手はコーレ・システムにおける仕掛けと似ている。つまり中原の形を崩し、背後に控えている駒のために戦線を開けている。

8…dxe4

 黒はこのポーンをe5に進ませるわけにはいかない。それを許せばキング翼ナイトが追い払われ完全に働きを失ってしまう。

9.Nxe4

 この手の方がビショップで取り返すよりも積極性がある。ナイトがクイーン翼ビショップの利き筋から立ち退き、敵のナイトに動向をきいている。

9…Nxe4

 黒は抑圧された陣形を楽にするために交換しなければならない。

10.Bxe4

 この駒交換は白にとっても都合が良い。盤上から駒が消えていくほど白駒の動き回れる範囲が広がる。特に射程距離の長いビショップはそうである。

10…Nf6

 この手はビショップに当たっているので黒は先手で指せる。そしてクイーン翼の駒にも少し動く余裕ができる。

11.Bc2

 ビショップは引き下がったがそこは好所である。キング翼攻撃の態勢にあるが必要とあれば迅速にクイーン翼へ移動することができる。

 白陣は明らかに好形である。その有利さは次のような点にある。

 白のビショップは攻撃範囲が広い。

 白はポーンで中原を制圧している。

 戦略的要衝のe5を押さえている。

 白の大駒は中央列で大きな効果を発揮することができる。

11…b6

 反対側はeポーンによって閉じ込められているのでビショップをb7へ展開する意図である。

12.Qe2

 白はさらに駒を展開してe5に対する圧力を強めた。この地点を支配すれば黒はeポーンを突いて捌くことが不可能ではないにしても困難になる。

12…Bb7

 このビショップの展開で黒は困難から抜け出る手段を見つけたように見える。黒は次の手で 13…c5 と突いて対角斜筋にこのビショップを働かせ中原に好ましい争点を作り出す用意ができた。黒はその手が間に合うだろうか、それとも …c5 と打って出る好機を既に逃がしたのだろうか。

13.Ne5!

 ここはナイトの絶好の拠点である。ナイトはこの中原の基地から8方向に利きを及ぼし、黒が駒の自由を得ようとする困難さを際立たせている。

13…Rd8

 ポーンに当たっているのでこのルークの展開はもっともらしい手に見える。

 13…c5 で捌くのはもう手遅れである。白に 14.Ba4+ とされるとキングが動くしかなく(代わりにナイト又はビショップでチェックを防ぐのは駒損になる)キャッスリングの権利を失う。

14.Rd1

 白は手損することなく受けた。キング翼ルークがポーンを守り、同時にいずれにせよ行くことにしていた列に行って展開も果たした。

 ルークは素通し列、または素通しになりそうな列にいるべきである。

14…O-O

 14…c5 と突くのはまだ時期尚早である。この手に対する白の応手は 15.Ba4+ で、黒はキングを動かしてキャッスリングの権利を失うか 15…Nd7 16.Bxd7+ Rxd7 17.Nxd7 で交換損に甘んじなければならない。

 白が次の手を指す前に白の優位を要約してみよう。

 白の中原におけるポーンの形は黒駒の自由な動きを制限していてはっきりと黒より優っている。

 白クイーンは9枡に利いているのに対し黒クイーンは5枡である。

 白のビショップは13枡に利いているのに対し黒のビショップは7枡である。

 白ナイトは素晴らしい動きを享受しているのに対し黒ナイトは下がることしかできない。

 明らかに白は陣形において確固たる優位を築いた。白の駒は単純な計算が示すように動きが良く、攻撃力は黒をはるかにしのいでいる。白は陣形上の優位を最高に活用する決定的な手筋を見つける権利を授けられた。

 強固な塹壕で固められた黒陣を突破するのにどのような攻撃策が成功するのかを見るのは興味深い。

15.Bf4!

 ビショップがクイーンを狙いながら展開した。白の狙いは次に 16.Ng6 と指すことで、ビショップの利きがクイーンに当たる。クイーンが逃げた後ルークを取って交換得になる。

15…Bd6

 代わりに 15…Qc8 でクイーンをビショップの利きからはずすのは気が進まなかった。黒は本譜の手でナイトが動いてビショップの利きが通るのを防いだ。

16.c5!

 この手は一連の積極果敢な強襲の始まりで黒が降伏するまで止むことはない。白の狙いは二通りである。それはビショップを追い払うこととクイーン翼の黒陣を永久に封じ込めることである。

16…bxc5

 この手は仕方がない。16…Bxe5 だと 17.Bxe5 Qc8 18.Bxf6 gxf6 19.Qg4+ Kh8 20.Bxh7 Kxh7 21.Rd3 から 22.Rh3# で白の勝ちになる。

17.dxc5

 入れ替わりに別のポーンが出てきてビショップを追い立てる。

17…Bxe5

 17…Bxc5 なら 18.Ng6 で白の交換得になる。

18.Bxe5

 この取り返しでまたクイーンに脅威を与え黒を追い立てる。

18…Qa5

 18…Qc8 なら 19.Bxf6 gxf6 20.Qg4+ Kh8 21.Qh4(一手詰みの狙い)21…f5 22.Qf6+ Kg8 23.h4(このポーンをh6まで突き進めてクイーンがg7に入って詰ます狙い)23…Rd7(24…Qd8 で白クイーンを追い払う狙い)24.Rxd7 Qxd7 25.Rd1 Qc7 26.h5 で 27.h6 の狙いと 27.Rd3 から 28.Rg3+ の狙いが決定的で白の勝ちとなる。

19.Bxf6

 白はキャッスリングした陣形の最良の守り駒のナイトを取り除いた。これは黒の本拠地に攻め入る序曲である。

19…gxf6

 この手の後バリケードで囲われているべきキング翼の黒陣はばらばらである。クイーン翼では駒の動ける余地が必要なのに守られていない白ポーンによって押さえつけられている。

20.Qg4+

 この手は黒の応手を1手に限定するので 20.Qe4 よりも正確である。

20…Kh8

 黒キングは隅に行かなければならない。

21.Qh4

 次は1手詰みである。

21…f5

 詰みを逃れるにはこの手しかない。

22.Qe7!

 クイーンが敵陣の中心部に侵入した。黒ビショップへの当たりは一時的ではあってもビショップを助ける問題に敵をかかりきりにさせるための策略である。これにより白は真の狙いである黒の両方のルークに対する攻撃を実行するのに必要な時間が得られる。

22…Bc8

 黒が 22…Rb8 でビショップを守れば白は次のようにして勝つ。23.Qf6+ Kg8 24.Rd3 f4 25.Rh3(26.Bxh7# の狙い)25…Rfd8 26.Rxh7 で次の手で詰みにできる。

23.b4!

 これが黒を壊滅させる決め手である。黒クイーンはd8のルークに通じる斜筋から離れなければならない。このルークはクイーンの守りが必要である。

 黒は何か受けがあるだろうか。23…Qxb4 なら 24.Rxd8 Rxd8 25.Qxd8+ で白の勝ちである。また 23…Rfe8 なら 24.Qf6+ から 25.bxa5 でクイーンが取れる。最後に 23…Rxd1+ なら 白は24.Rxd1 と応じておいて 25.Qxf8# と 25.bxa5 の二通りの決定的な狙いが残り黒は同時に両方を防ぐことができない。

23…投了

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[復刻版]理詰めのチェス(20)

第2章 クイーンポーン布局(続き)

第20局

 ルビーンシュタイン対サルベ戦ではスケールの大きな大局観指法が見られる。この試合でもまたこの布局の防御の要である …c5 突きを黒が省略した結末が示される。c列とc5の地点を支配した白が偉大な戦略の一端を見せつけることができた。白はc5の地点をビショップでせき止め(黒のcポーンをその場に完全に押しとどめた)その後はこの地点を制圧するためにビショップ、ナイト、ルークそしてクイーンという具合にせき止める駒を次々と交替させた。ルビーンシュタインはついには滅亡の運命にあった黒のcポーンを取り、最終行動となる自分のパスポーンの勝利への行進にとりかかった。

クイーン翼ギャンビット拒否
白 ルビーンシュタイン
黒 サルベ
ルージ、1908年

1.d4

 100年前の選手はほとんど自動的に 1.e4 で指し始めた。そしてもしギャンビットが可能ならばそれも行なった。

 今日では最小限のリスクで勝ちたい時はほとんどいつも 1.d4 である。クイーンポーン布局は安全で理にかなった局面に到達する。この布局は安心が保障され、さらなる動機として白が最初から少し優勢である。

 白は初手で中原をポーンで占拠し圧力をかける。このポーンは守られていてそれと同時にクイーンとクイーン翼ビショップを解き放つ。

1…d5

 この古典的な応手は中原での圧力を互角にする。さらには白が 2.e4 で好所のほとんどを独占するのも防いでいる。

2.c4

 この手にはいくつかの目的がある。

 ポーンを1個黒にくれてやって中原の放棄を誘うためである。

 (もし黒がポーンを取らなければ)ポーンを交換して自分のルークのためにc列を空けるためである。

 黒のdポーンとd5の地点に対する攻撃を実行に移すためである。

2…e6

 黒はdポーンを別のポーンで守った。黒はもし白が 3.cxd5 と取ってくればポーンで取り返して中原にポーンを維持する用意をした。

3.Nc3

 この手はcポーンとc列の開通を妨げないのでナイトの良い展開である。この布局における要所のd5に対する圧力を増しているので 3.Nf3 よりは少し厳しい手である。

3…c5

 タラシュは手ばなしでこの手を支持していた。彼はたとえポーン交換によって中原に孤立ポーンが残されても駒を自由にかつ容易に展開するにはこれより良い手段はないと考えていた。

 3…c5 の一つの利点は白のdポーンを攻撃することによってすぐに中原の所有を争うことである。別の利点はクイーン翼ビショップの生涯に長期に渡って邪魔をするd7でなくc6にナイトを置くことができることである。

4.cxd5!

 これが主導権を維持する最良の手段である。この交換の目的は黒に孤立dポーンを負わせることである。

4…exd5

 この取り返しが一番安全である。黒は 4…cxd4 5.Qxd4 Nc6 6.Qd1 exd5 7.Qxd5 Be6 でポーンを犠牲にすることもできるがこのギャンビットは無理筋とされている。

5.Nf3

 これで白のナイトは中原の戦略的地点すべて(e4、e5、d4及びd5)を監視下においた。

5…Nf6

 先に 5…Nc6 でd4に対する圧力を強めておく方が適切だった。そうすれば 6.dxc5 には 6…d4 とできて中原にくさびを打ち込むことができた。

6.g3!

 これは数ある良い手の中でも恐らく最善手である。白は穏やかに 6.e3 又は 6.Bf4 と指すこともできる。どちらも白にとって安全で堅固な局面になる。あるいはすぐに 6.Bg5 で攻勢にでることもできる。アリョーヒンは1924年にこの手でクスマンをきれいに負かしている。

 本譜の落ち着いた手でルビーンシュタインはキング翼ビショップをフィアンケットしてd5の地点に対する圧力を増すつもりである。

6…Nc6

 黒をタラシュ防御に駆り立てた目的の一つが達成された。黒のクイーン翼ナイトは中原に影響力を発揮している。また(通常ならd7のナイトで動きを制限されている)クイーン翼ビショップも自由で束縛を受けていない。

7.Bg2

 ビショップが対角斜筋に臨み黒のdポーンに特別の注意を注いでいる。当面はナイトによって利きをふさがれているがナイトはかろやかに飛びのくことができる。

7…cxd4

 黒は自分の駒にもっと利きを与えるためにポーン交換を行なった(キング翼ビショップの筋が通ったことに注意されたい)。しかしこれには危険がないわけではない。素通しの筋は展開に優っている側に有利に働く。そしてこの場合それは白である。

 落ち着いて 7…Be7 と駒を展開しておく方が無難だった。または黒が好戦的ならば強く 7…Bg4 とかかって、白のdポーンに対してその守り駒の一つを攻撃することによってさらに圧力をかけるのもあった。

8.Nxd4

 この取り返しで黒には中原に孤立ポーンが残された。このようなポーンは両脇に守ってくれるポーンがないので自分の駒に敵の攻撃から守ってもらわなければならない。別の考慮点は敵の駒が孤立ポーンのすぐ目の前に、この場合ならd4の地点に、ポーンで追い立てられる恐れなくしっかりと居座ることができるということである。

 これらは全て悲観的な材料である。しかしこれらの欠点と引き換えに孤立ポーン側には駒の活動の場面となる素通しの列と斜筋が報酬として与えられる。ポーン自体もみすぼらしい見かけとは裏腹に堅固な敵陣を粉砕する先陣となることがよくある。

 理論家たちでさえ孤立ポーンの得失については意見が分かれている。ずっと昔にフィリドールは『チェス詳解-短期間でこの高尚な盤上競技に精通できる秘訣』という著書で「ポーンは同僚から分離している時ほとんど又は全然財産とならない」と述べている。擁護派としてはタラシュが「孤立dポーンを恐れる者はチェスを止めた方がよい」と言っている。

 どちらにしても議論の余地がある。

 黒の利点としては駒の働きが良いこと、駒がe4又はc4を(dポーンによって守られた)拠点とすることができるかもしれないこと、それから大駒が素通し列(e列とc列)を利用できることが挙げられる。

 白の有利な点としてはd4に駒を永久に据えることができることと黒に自分のdポーンに対する狙いをかわすのに汲々とさせることができることである。黒のdポーンは簡単には取られない。というのはこのポーンを攻撃している駒の数と同じ数の駒で必ず守ることができるからである。しかしこのポーンにはずっと保護が必要なので白は盤の別の方面に攻撃を移すことができる。黒はそちらの方でも戦いに備えなければならないだけでなくポーンの方にも気を配っていなければならない。

8…Qb6

 相手にナイトを交換するか 9.e3 でナイトを守ってクイーン翼ビショップの利き筋をふさぐようにしむけた。

9.Nxc6!

 この手は白が喜んで黒の手に乗ったことを示唆している。白は黒の孤立ポーンの負担を軽減してやった見返りに他の弱点を固定化した。白はここからはd5の地点のことを忘れてd4とc5の地点を完全に制圧することに注意を向ける。これらの地点に駒を据えることによって白は黒がdポーン又はcポーンを突くのを妨げることができる。これらのポーンをせき止める効果はポーンの背後の全ての黒駒を封じ込めることである。

9…bxc6

 9…Qxc6 と取るのはすぐにdポーンが落ちる。

10.O-O

 白は攻撃に取り掛かる前にキングを安全な場所に送り込んだ。この間にキング翼ルークが中央の列で活動できるようになった。

10…Be7

 あいにく黒は不運な運命のどちらのポーンも突くことができない。10…c5 なら 11.Nxd5 と取られてしまうし 10…d4 なら 11.Na4 でクイーンが当たりのポーンの一つを見捨てなければならなくなる。

 受けの可能性は 10…Be6 にあった。この手はdポーンをさらに守りできるだけ早く …c5 と突いて捌こうというものである。黒は守勢のままではいけない。さもないとつぶされてしまう。

11.Na4!

 白はクイーンを脅すことには興味がない。ナイトが跳ねたのは攻撃のためではなくc5の地点を支配して白の駒がそこにしっかり根を下ろすことができるようにするためである。

11…Qb5

 クイーンは侵入者の撃退に役立つように近くに留まった。

12.Be3!

 読者はこのビショップがf4に行くと予想したことだろう。そこならば遠くまで利いているしeポーンの動きも邪魔しない。あるいはg5だと考えたかもしれない。そこも黒を束縛しビショップの展開先としては効果的な地点になる。これらは自然な良い手であるが、この局面を貫いている戦略構想とは適合していない。いったん確固とした論理的な作戦が決まればそれに従った手を指さなければならない。それは自分の態勢の強化または相手の態勢の弱体化が行き当たりばったりの展開の結果としてでなく、組織的に行なわれるようにするためである。この時点においては展開のための展開であってはならない。

 1地点の支配だけで陣形がつぶれることがあるのは不思議に思われるかもしれないが本当である。それがクイーン翼ギャンビットの魅力の一つである。すなわち(黒が中原の争奪や …c5 によるクイーン翼の捌きを無視したことから生じる)このような支配によって、白は敵の駒を一歩一歩後退させて狭い陣地に押し込め、この間にポーンを昇格枡まで連れて行ったり盤の反対側に目を向けて敵キングを包囲したりすることができるのである。

12…O-O

 前述の解説を読んでいない黒は「良い」展開の手を指して満足している。

 黒はcポーンがc6に永久に固定される前にそれを1枡進めることに全力を挙げるべきであった。今すぐにこのポーンを突くのは 12…c5 13.Bxd5 Nxd5 14.Qxd5 Qxa4 15.Qxa8 で交換損になるので時期尚早である。しかし 12…Be6(dポーンを守りcポーンを突く準備をする)に続いて 13…Nd7 から 14…Rc8 ならもっと激しく抵抗できた。これらは全てcポーンを1枡進めるのを助ける意図である。

13.Rc1

 白は素通し列を確保しc5の地点にさらに圧力をかけそこに駒を据える用意を整えた。

13…Bg4

 白のeポーンに黒の二つの駒が当たっていて白は受け方に困るかもしれない。白はどうするのだろうか。

 14.Re1 ならこのルークの展開に支障をきたす。

 14.Nc3 なら 14…Qxb2 でポーンを取られる。

 14.Rc2 ならナイトを取られる。

 14.f3 ならキングの回りのポーンがゆるみ自分のビショップが閉じ込められる。

 黒の手を良しとするこれらの議論にもかかわらずタラシュは次のように言ってこのような論証を一蹴していた。「攻撃の始まりであり・・・」

14.f3

 「・・・そして攻撃の終わりである。」

 キング翼ビショップが閉じ込められているのは一時的なことに過ぎない。キング翼ポーンの弱体化も黒がそれにつけ込めないならば何の影響もない。

14…Be6

 ビショップが正しい地点を見つけたが遅かった。既に手遅れである。

15.Bc5!

 戦略地点のd4とc5を制圧した白は黒ポーンを動けなくし黒駒の動きを制限する地点に駒を据えた。

15…Rfe8

 黒はビショップを守るか交換に応じるしかない。交換するのは 15…Bxc5 16.Rxc5 で別の駒がクイーン当たりの先手でせき止め役の代わりをするので気が進まない。

16.Rf2!

 これは妙手である。ルークはc2に行ってc列の活用を支援する用意をした。それにf1の地点を空けたことによりビショップがもっと役に立つ斜筋に行けるようになった。

16…Nd7

 黒は三つ目の駒でビショップを当たりにし逃げてくれることを期待した。

17.Bxe7

 ビショップが引き下がると黒が 17…c5 と突いてきて押さえ込みが破られるので引き下がらない。代わりに多くの選手が手拍子で指すような 17.b4 でビショップを守る手も指さない。この手は 17…Bxc5 と取られて 18.Rxc5 は交換損になるし 18.Nxc5 は 18…Qxb4 とポーンを取られるので結局 18.bxc5 とポーンで取るしかない。しかしc5のポーンは動けず役に立たないだけでなく自分自身でc列を白駒に対して閉ざしてしまう。これは敵陣の弱点はポーンでなく駒で占拠するという戦略全体を否定してしまう。駒は列を空けて攻撃に活用できるように自由に動き回れる。駒はもし必要ならば別の駒でせき止めを行なえるように移動することができる。

17…Rxe7

 これは取る一手である。

18.Qd4!

 なんと素晴らしい。クイーンの中央化は非常に効果的である。クイーンは盤のあらゆる場所に影響を及ぼしているだけでなく黒が 18…c5 突きで捌くのを阻止しナイトをc5の地点に据える準備もしている。クイーンが新しい地点からもナイトを守りbポーンも見張っていることに注意されたい。ナイトは自由に動けクイーンに見捨てられたeポーンは今度はルークが守っている。

18…Ree8

 このルークは白の攻撃からc列を守るのを助けるために下がった。a列のルークが動くのはポーンを取られる。

19.Bf1

 これはビショップを働かせる巧妙な手段である。代わりに 19.f4 と突くのは良いどころではない。なぜなら黒の駒に捌く余地を与え、黒のビショップとナイトがe4の地点に来れるようになる。

19…Rec8

 20…c5 と突く可能性を復活させた。黒はこのときになってこのポーンが突けなければ座して死を待つことになるかもしれないと気づいたに違いない。

20.e3!

 このちょっとした手は多くのことを成し遂げている。敵クイーンに当たりをかけて(退却に1手かけさせ)1、2手を得し、自分の白枡ビショップの斜筋を通し、2段目を空けてキング翼ルークがc2に転進してc列での圧力を増すことができるようにした。

20…Qb7

 ボーモントとフレッチャーがシェークスピアになぞらえて言ったように勇気の大部分は分別である。

 捨て身の 20…c5 突きは 21.Rxc5 で咎められる。クイーンが当たりになったままなのでこのルークを取ることができない。

21.Nc5!

 せき止めの始まりである。ナイトがc5に腰をすえ黒陣に対してバリケードを築いた。

21…Nxc5

 黒はこのナイトを取り除いた。それは働いているせき止め駒を除去するためだけでなく駒の交換は狭小な陣形を楽にするという理論に基づいているからである。

22.Rxc5

 前任者ほど敏捷ではないが新しいせき止め駒はポーンによるいじめやビショップによる当たりを受けないという特権を享受している。黒のビショップはこのルークのいる枡の色と反対の色の枡でしか働けない。

22…Rc7

 黒には反撃の手段がない。黒にできることはじっと事の成り行きを見守ることだけである。

 しかし白はどのように相手の動けないことにつけ込むのだろうか。どのように相手の消極的な抵抗に打ち勝つのだろうか。

23.Rfc2

 白はまずc列にルークを重ねた。これはルークの威力を倍以上にさせる。

 今のところは無駄骨を折っている感じである。しかし手段はきっとある。信じることが大切である。

23…Qb6

 黒は相手が狙いを見せて態度を明らかにするまで当たり障りのない手を指すつもりである。

24.b4!

 これがその手である。ルークが敵を押さえつけている間にポーンが敵陣に殴りこみをかける。

 白の直接の狙いは 25.b5 で黒の動けないcポーンに三つ目の当たりをかけることである。

24…a6

 黒はポーンの前進を指をくわえて見ているわけにはいかない。

25.Ra5!

 攻撃の矛先を変えて黒がすべての弱点の守りに忙殺されるようにした。ルークが移動してもcポーンに対する圧力は失われずこのポーンは今の所に居続けなければならない。

25…Rb8

 当たりにされたクイーンを守った。他の手段は次のように見通しが暗い。

 25…Qxd4 は 26.exd4 Bc8(aポーンを守るため)27.Rxd5 で白のポーン得になる。

 25…Qb7 は 26.Qc5 の後 27.a4 から 28.b5 で決定的な敵陣突破が行なわれる。

26.a3

 攻撃を続行する前に大切なbポーン(このポーンは黒を屈服させる運命にある)を守った。

26…Ra7

 二つの駒で当たりにされているaポーンを守ったが別のポーンを取られる。しかし黒には全ての弱点を守る術はなかった。もし 26…Bc8 と守れば 27.Qxb6 Rxb6 28.Rxd5 とcポーンの釘付けを利用してポーンを取られる。

27.Rxc6!

 このささやかな略奪は白の大局観戦略の真価の最初の具体的な証拠である。黒の困難の原因であるcポーンが最初に落ちるのは当然の報いでしかない。

27…Qxc6

 b7に引く手や交換する手よりもこの手の方が良い。27…Qb7 は 28.Raxa6 で白がポーン得を重ね2個のポーンが連結パスポーンになり昇格枡へ駆け出す準備をする。27…Qxd4 は 28.exd4 で白が3個の駒で当たりにしているaポーンも手中に収めることになる。

28.Qxa7

 この取り返しの後も黒はまだ気が抜けない。ルークだけでなくaポーンも当たりのままである。

28…Ra8

 これでaポーンを助けた。それでも 29.Rxa6 と取ってくれば 29…Rxa7 30.Rxc6 Rxa3 で黒もポーンが取れる。

29.Qc5

 今度はクイーンで再びc列と急所の地点を押さえた。

29…Qb7

 黒はクイーン交換を避けた。もし交換すれば次のようになる。29…Qxc5 30.Rxc5 Kf8 31.Ra5 でaポーンを助けるにはdポーンを見捨てるしかない。

30.Kf2

 キング翼を固めただけでなくクイーンが交換された場合の収局に備えてキングを中央に近づけた。

30…h5

 これは一種の示威行動だが白は動じもしなければクイーン翼で決着をつけるという白の方針も揺らぎもしない。

31.Be2

 白は局面が捌けてきた時に受けるかもしれないうるさいチェックからキングをかくまった。

31…g6

 黒駒は2個の孤立ポーンの守りに縛り付けられている。それでポーンを突いて手待ちをした。

32.Qd6

 白は厳しく三つ目の駒で敵のaポーンを当たりにした。黒陣にクイーンがさらに侵入したことによりc5の地点が空いてルークが7段目の侵入のための経由地点として利用できるようになった。

32…Qc8

 黒は全部のポーンを守ることはできない(32…Bc8 なら 33.Qxd5)。そこでaポーンを見捨てて素通しのc列を通って白キングに肉薄しようとした。

33.Rc5!

 鉄の公爵をすり抜けることはできない。はぐれポーンをかき集めるよりもc列の支配を維持し黒の駒を寄せ付けないようにすることの方が重要である。

33…Qb7

 クイーンは敵ルークに当たりをかけられて飛び先に迷うほどの地点もなかった。

34.h4

 この手はキング翼の黒ポーンを動けなくしその方面の奇襲攻撃への備えにもなっている。

34…a5

 黒はクイーンのためにa列を力ずくでこじ開けようとした。

 他に何かあるだろうか。34…Kg7 なら 35.Rc7 Qb8 36.Bxa6 Kg8(36…Rxa6 なら 37.Rxf7+ でクイーンが取られる)37.Bb7! Ra7 38.Rc8+ Bxc8 39.Qxb8 で白の楽勝である。

35.Rc7

 この手は敵クイーンの逃げ場所を最小限の1枡に減少させる。

 これで白は戦略上の要所、すなわちc列、急所のc5の地点、d列、6段目それに7段目を全て制圧した。

35…Qb8

 ここが唯一の逃げ場所である。このクイーンは次第に追い詰められてきた。

36.b5

 これが新たな難儀の元である。白がパスポーンを突き進めてきた。

36…a4

 黒はルークをもっと動けるようにしなければならない。

37.b6

 この手は 38.b7 Ra7 39.Rc8+ Bxc8 30.Qxb8 で手当たりしだいに取ってしまう狙いである。

37…Ra5

 ルークはここに来ても何もすることがないが適当な受けもない。

38.b7!

 39.Rc8+ でクイーンを取る狙いをあらためて示した。

38…投了

 もうこれ以上指す手ができない。

 38…Kg7 なら 39.Rxf7+ でたちまちクイーンを素抜かれる。

 38…Qe8 なら 39.Qb6 であまり見かけない形でルークが取られる。

 38…Qa7 なら 39.Qd8+ Kg7 40.b8=Q で、黒が詰みを逃れるためにはクイーンを捨てるしかない。

 白の指し回しは大局的優位の組織的な活用のみごとな例である。c5の地点をビショップ、ナイト、ルークそれからクイーンというようにかわるがわる白駒が占拠して跳躍台として利用したありさまは至高の芸術作品の技巧を垣間見た思いである。

2014年06月27日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: [復刻版]理詰めのチェス

[復刻版]理詰めのチェス(21)

第2章 クイーンポーン布局(続き)

第21局

 チェルネフ対ハールボーム戦では黒が急所の …c5 突きで反撃した。しかし黒の中原はd5のナイトが浮いていて堅固さに欠けていた。チェルネフは黒の浮き駒を狙うことによって攻撃のための手を稼いだ。本局ではこのような手を稼ぐ手法が興味の的である。

クイーン・ポーン試合(コーレ・システム)
白 チェルネフ
黒 ハールボーム
ニューヨーク、1942年

1.d4

 この手は 1.e4 と共に盤上の最善手である。

 どちらの手も中原にポーンを据え2個の駒を戦いに参加できるようにしている。

 どちらの手を指すべきだろうか。その選択は好みの問題である。おおざっぱに言えば e4 はよく全面的な攻め合いの試合になりやすく、d4 は大局的な優位をめぐる戦いになる傾向がある。ブラックバーンは次のように言っていた。「チェスの上達を願う若い人たちへの私からの最初の助言は自分自身の適性と性格に合わせて棋風を作るようにして欲しいということである。ある選手は数学の計算のように正確に試合を組み立てることに喜びを感じ、別の選手は独創的な手筋や華麗な攻撃以外は何も気にしない。自分自身の資質を高めることが何よりも大切である。」

1…d5

 黒も素晴らしい手で応じた。白が続けて 2.e4 で中原にポーンを並べて独占支配するのを妨げている。黒のクイーンとビショップも自由になった。

2.Nf3

 ここではこの手の代わりに 2.c4 でポーンをさし出す方が多い。白は陣容を固めながら容易にポーンを取り返すことができるのでこのギャンビットは見かけだけである。

 このナイト跳ねは最も効果的な地点に駒を展開し、クイーン翼ギャンビットに移行する選択肢も持っている。

2…e6

 この手は全く安全であるがいくらか控えめである。私なら 2…Nf6 とするところである。この手は黒を守勢にしないしクイーン翼ビショップの展開も邪魔しない。

 本譜の手は白が c4 でdポーンを攻撃してきたらdポーンを守る最良の手段である。しかし白はまだそのそぶりを見せていない。

3.e3!

 この穏やかな手は激烈なキング翼襲撃のコーレ攻撃の前触れである。

 コーレの基本作戦は適切な準備をしてからeポーンをe4に突くことである。この準備は次のような駒捌きから成っている。

 a)キング翼ビショップをd3に展開して急所のe4の地点への圧力を強め、黒キングがキャッスリングした後のもろい個所のhポーンに狙いをつける。

 b)クイーン翼ナイトをd2に置いて(c列をふさいではいけないのでc3には置かない)e4に利かせ、eポーンがe4に進んだ際にはそれを支援する。

 c)キング翼にキャッスリングしてキング翼ルークを動員する。

 d)クイーンをe2に及び/又はルークをe1に展開して、もくろんでいるポーン突きをさらに念押しする。

 e)ポーンをe4に進める。このポーンは1枡進んだだけだが全ての仕掛けが一挙に働くようになる。中原の態勢は破裂し筋は白の攻撃駒のために開かれる。

3…c5

 ポーン中原に向けてのこのポーン突きはクイーンポーン布局では黒にとってほとんど必須である。

 黒は中原で対等に渡り合うために戦わなければならない。

 黒は重要な地点の支配を争わなければならない。

4.c3

 黒がポーンを交換してくればcポーンで取り返す用意をした。白のeポーンはe4に進むことになっているのでe3からそらされることがあってはならない。

4…Nf6

 これは自然で強い手である。ここがキング翼ナイトの可能な最良の地点である。このナイトは中原での事態に参加できるように中原に向かって展開された。戦いが起こるのはほとんどの場合中原である。そして中原で起こることは何でも盤上の他の所に影響を与える。中原での優位は大局的な優勢に必須であり、中原の支配はキング翼攻撃を成功させる上で必要不可欠である。

 だから展開はすべて中原への影響を視野に入れて行なうべきである。

 本譜の手に代わるもっともらしい手は 4…c4 と突いて白がビショップをd3に据えるのを防ぐ手である。これは多くの選手がやらずにはいられない類の手である。しかしこれは避けなければならない。これは白のdポーンと中原に対する圧力をゆるめるので戦略上の悪手である。

 中原でのポーンの態勢の柔軟性を保つことが大切である。

 中原の白のdポーンに圧力をかけ続けることが大切である。

 中原でのポーン交換の選択肢を残すことが大切である。

5.Bd3

 これはビショップの理想的な展開である。黒キング(キャッスリングした後)に通じる長斜筋を支配し、戦端が開かれる急所の地点のe4をにらんでいる。

5…Nc6

 ナイトが処方どおりに中原に向かって参戦した。黒は早く …e5 と突いて捌くことをもくろんでいる。

 白が 6.dxc5 と取ってくればビショップでなくナイトで取り返すために 5…Nbd7 と指すのも良い手である。

6.Nbd2

 この手はちょっと見たところではナイトが変な地点に位置しクイーン翼ビショップの筋もふさいでいるので不自然に思える。実際はこのナイトは二つの割り当てられた任務を果たしている。控えめなd2の地点ではあってもこのナイトは戦いに加わっている。そして急所のe4の地点での来たるべき行動も支援している。クイーン翼ビショップは動きが不自由だが一時的なことに過ぎない。

6…Be7

 この手は攻撃的なd6への展開よりも望ましい。このビショップはキングの守りのために自陣に近い所に必要である。

7.O-O

 この鮮やかなひとっ飛びでキングが安全な場所にかくまわれルークが魔法のように舞台に現れるが、恐らく車輪の発見以来の文明に対する最も意義ある貢献である。

7…O-O

 黒も急いでキングを防護しルークを働かせた。

8.Qe2

 ここはクイーンポーン布局のほとんど全ての陣形においてクイーンの完璧な居場所である。このクイーンはもくろんでいるeポーン突きを助け以降の攻撃に多大の影響を及ぼすことになる。

8…Re8

 ルークは素通し列を占めなければならない。素通し列がなければどうするか。その場合はルークを中央に持って来ることである。そうすればルークは素通しになる可能性の高い列の先頭に立つことになる。この理由でキング翼ルークは通常はe1/e8またはd1/d8に展開され、クイーン翼ルークはd1/d8またはc1/c8に展開されるのである。

9.dxc5!

 9.e4 はまだ早い。9…dxe4 10.Nxe4 cxd4 となって白はポーン損となるか孤立dポーンをかかえることになる。本譜の手はさらに次のような考察のもとに指された。

 a)黒のビショップは一度動いたがポーンを取り返すためにまた一手かけなければならない。

 b)このビショップはキング翼の守りに必要だが盤の不適切な側に行くことになる。

 c)c5のビショップは浮き駒になっていて不意打ちに会いやすい。

 d)d2の白ナイトは後で先手でb3に行ける。そこからは浮いているビショップに当たりになり同時に自分のクイーン翼ビショップの筋を開ける。

 e)もし収局に至れば白はクイーン翼で3対2の有利なポーン配置になる。

9…Bxc5

 黒はポーン損にならないように取り返さなければならない。

10.e4!

 これがコーレ攻撃の眼目の手である。閉じ込められた駒のうっぷんを全て発散させるのはこの力ずくのポーン突きである。

 黒はどう応じるだろうか。10…dxe4 と交換すれば 11.Nxe4 Nxe4 12.Qxe4 となって 13.Qxh7+ から始まる壊滅の危機にさらされる。もうf6のナイト(キャッスリングした陣形の最良の守備駒)がないので黒はキングの前のポーンの一つを突いて陣形を弱めなければならない。

 ポーン交換を避けて代わりに 10…d4 と突けば 11.Nb3 Bb6(ビショップはdポーンを守っていなければならない)12.e5 Nd5 となって白は勝ち方の楽しい選択がある。ブラックバーンが言うところの「数学の計算問題のように正確に」勝つならば 13.cxd4 である。または「ひらめきの手筋と華麗な攻撃」で勝つならば 13.Bxh7+ Kxh7 14.Ng5+ Kg6 15.Qe4+ f5 16.exf6e.p.+ Kxf6 17.Qf3+ Ke7(17…Ke5 は 18.Nf7#)18.Qf7+ Kd6 19.Qxg7 で、20.Nf7+ によるクイーン取りと 20.Ne4# による詰みの狙いがありこれまでである。

10…e5

 黒はどちらの落とし穴も避け、f6のナイトをどかせる 11.e5 を防いだ。この間にルークは動く余地が広がりクイーン翼ビショップは戦いに参加できるようになった。

11.exd5

 作戦継続中。白は攻撃のための筋を開ける工程を続けている。これでe4の枡が自駒の出撃地点として利用できるようになった。

11…Nxd5

 黒は次のような白からの攻撃を招くかもしれないのでクイーンで取りたくなかった。

 11…Qxd5 12.Bc4 Qd6 13.Ng5(14.Bxf7+ で交換得する狙い)13…Re7 14.Nde4 Nxe4 15.Nxe4 で白がビショップを取る。

 11…Qxd5 12.Bc4 Qd7 13.Ng5 Re7 14.Nde4 Nxe4 15.Qxe4(hポーンを取る狙い)15…g6 16.Qh4 h5 17.Ne4 で黒はナイトによる両当たりでクイーンを取られるのを避けるためにはビショップを見捨てなければならない。

 11…Qxd5 12.Bc4 Qd8 13.Nb3 Bb6 で白は 14.Bg5、14.Rd1 及び 14.Ng5 で始まる色々な攻撃の効果を推し量る楽しい時間が過ごせる。

12.Nb3

 浮いているビショップに当たっているので先手である。白のクイーン翼ビショップが遠くまで動けるようになったことにも注目されたい。

12…Qb6

 この手はウソ手である。確かにクイーンが展開しビショップが守られている。しかし他の要因も考えなければならない。黒のキング翼は守り駒が足りないしd5のナイトは浮いている(別の駒またはポーンによって守られていない)。

 手筋がないだろか。チェック又は取り、つまり打撃を与える手がないだろうか。そう、もちろんあるのである。

13.Bxh7+

 このような好機は相手が一息つく前にとらえなければならない。

13…Kxh7

 黒が取り返しを拒むのはもっと悪い。白ビショップが戦利品を食い逃げすることができるし、居座って白が 14.Qc4 で攻撃を続行することもでき、中原で立ち往生している黒駒に白クイーンが襲いかかることになる。

14.Qe4+

 この手が要点である。白は両当たりによって駒を取り返し、投資の利子としてポーンを得た。

14…Kg8

 14…f5 又は 14…g6 とポーンをさしはさむのは何の得にもならない。どちらの手もキング翼のポーンの形をさらに崩すだけである。

15.Qxd5

 駒を取り返し黒ビショップに二重の当たりをかけてさらに先手になっている。黒は守りに忙しく陣容をまとめる余裕を与えてもらえない。明らかに悪手と分かる手を何も指さずに西部のマスターは理論的に敗勢になった。

15…Bf8

 惨めな退却だが 15…Be7 ではeポーンを取られる。

16.Ng5

 17.Qxf7+ の狙いでその後は2手で詰む。黒に息つく暇を与えてはならない。

16…Be6

 やっとクイーン翼ビショップが戦いに加わった。詰みをかわし敵クイーンを追い払い駒が展開し別の駒(クイーン翼ルーク)が自由になったのでこの手は効果的に見える。

17.Qe4

 クイーンは退いたがh7での詰みがあるので手損にはなっていない。

17…g6

 黒はほとんど選択の余地がない。この手は 17…f5 よりも良い受け方である。17…f5 の後は 18.Qh4 Bd6(18…Bc5 なら 19.Nxe6 Rxe6 20.Qc4 で白の駒得になる)19.Qh7+ Kf8 20.Nxe6+ Rxe6 21.Qh8+ で黒ルークが落ちる。

18.Qh4

 また1手詰みの狙いである。黒は退却に次ぐ退却で、白の詰みの狙いが強制する所に駒を置かなければならない。

18…Bg7

 白のh7でのチェックを止めることはできない。しかしこの手はクイーンがさらにh8へ侵入するのを防いでいる。白クイーンの締め出しを怠ると、例えば代わりに 18…Bd6 などとすると負けてしまう。以下は 19.Qh7+ Kf8 20.Nxe6+ Rxe6(20…fxe6 は 21.Bh6#)21.Qh8+ でルークが取られる。

 本譜の手で黒はキングのために防空壕をこしらえたように見える。

19.Be3

 そこで白は予備役を招集した。クイーン翼ビショップは先手で好点に来た。クイーンへの当たりは付随的で、真の目的は自分またはナイトのためにc5の地点を制圧することである。そこに据えられたナイトは中原とクイーン翼を席巻する。ビショップなら黒キングがf8を通って逃げるのを防ぐのに役立つ。

19…Qa6

 黒は次の進行を読んで 19…Qc7 を拒否した。20.Qh7+ Kf8 21.Bc5+ Ne7 22.Qxg6! fxg6(22…Qxc5 なら 23.Nxe6+ fxe6 24.Qxe8+ Kxe8 25.Nxc5 で白の楽勝)23.Nxe6+ Kg8 24.Nxc7 で黒ルークが白ナイトによって両当たりになる。

20.Nc5!

 またしても白駒の一つが敵クイーンを当たりにする手得の手段で敵の片側に侵入した。

20…Qc4

 黒はクイーン交換で安らぎを得ることを期待した。

21.Qh7+

 この手の目的はキングをいぶし出しポーンの防護をずたずたにすることである。

21…Kf8

 この手しかない。

22.Ncxe6+

 大局的に優勢を確立した後は勝つ手段が複数あることがよくある。華麗な締めくくりは 22.Ngxe6+ fxe6 23.Bh6 Re7(23…Bxh6 なら 24.Nd7#)24.Qh8+(クイーンがh8に行くことができることを示すためだけでもよい)24…Kf7 25.Qxg7+ Ke8 26.Qg8# で詰みに討ち取る手順である。

22…fxe6

 22…Rxe6 で交換損をするのは長引くが苦難は減らない。

23.Qxg6

 24.Qf7# の狙いである。

23…Nd8

 23…Re7 を期待していて次のようにポーンが盤上を行軍する「至高」の手法で勝つことができるはずだった。24.f4(狙いは 25.fxe5+ Kg8 26.Qh7#)24…e4 25.f5(また開きチェックの狙い)25…e5 26.f6 で白の勝ちである。

24.Nh7+

 ここで私は 24.f4 e4 25.f5 e5 26.f6 Bh8 27.Nh7# で派手な勝ち方をしたくてしかたがなかった。しかし常識がまさった。我々は最短の勝ち方をしなければならない。戦いを早く終わらせることができるならば簡明で容赦ない指し方をしなければならない。

24…黒投了

 24…Kg8 なら 25.Nf6+ Kh8(25…Kf8 なら 26.Qxe8#)26.Qh7# である。24…Ke7 なら 25.Rad1 の後 26.Bg5+ 又は 27.Qxg7+ ですぐ詰む。

2014年07月04日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: [復刻版]理詰めのチェス

[復刻版]理詰めのチェス(22)

第2章 クイーンポーン布局(続き)

第22局

 ピルズベリー対マルコ戦はクイーン翼ギャンビットの模範局である。この試合では後にピルズベリー攻撃として知られるようになった古典的な実例が見られる。ピルズベリー攻撃はe5の拠点に据えられたナイトの威力と、そのナイトがめくるめくキング翼攻撃に果たす推進力の見事な例である。

クイーン翼ギャンビット拒否
白 ピルズベリー
黒 マルコ
パリ、1900年

1.d4

 楽しみ、恐怖、流血のいずれのためにせよこの手は戦いを始める最良の手である。クイーンとビショップのための出口が開けられ、dポーン自身も中原の支配をめぐる戦いに積極的な役割を果たす。このポーンはd4の地点を占めてe5とc5の地点も見張って敵駒がこれらの地点に来れないようにしている。

1…d5

 これは白が中原で勢力を拡張するのを防ぐための最も単純な手法である。もし白が自由に 2.e4 と突くのを許されれば、中原での並んだ2ポーンで白が重要な場所で勢力的に優勢になる。

2.c4

 白は中原での黒の橋頭堡を消し去るためにポーンを差し出した。c列がふさがれないようにクイーン翼ナイトをc3に展開する前にこの手を指すことが必要である。

2…e6

 黒は 3.cxd5 に対して 3…exd5 と応じてd5にポーンを維持する用意をした。もし黒が駒で取り返すと白はその駒を当たりにし追い払い強力なポーン中原で優勢を得ることができる。

 白の申し出に 2…dxc4 と応じるのはお薦めできない方針である。黒はポーン得を維持できないのでついには中原ポーンを側面ポーンと交換したことになる。確かに本譜の手はクイーン翼ビショップの利きを制限しているがたぶん黒の本筋の防御の必要悪である。ここにクイーン翼ギャンビットの大きな威力(白の側から見て)があり、第1手から圧力をかける布局に喜びを感じる選手の大多数に人気のある理由である。

3.Nc3

 ナイトが攻撃的に展開し、中原に向かって動いて黒のdポーンに対する攻撃を強めた。

3…Nf6

 これは素晴らしい手である。キング翼ナイトを布局で最も適切な地点に展開し、d5とe4に圧力をかけ(それらの地点に対する白ナイトの影響力を無力にするため)、中原ポーンの守りを助け素早いキング翼キャッスリングを容易にした。

4.Bg5!

 この駒の展開は強力な手で、黒駒の一つを釘付けにし、5.Bxf6 gxf6(5…Qxf6 なら 6.cxd5 exd5 7.Nxd5 で白のポーン得)で黒陣のポーンの形を乱す狙いを持っている。

 奇妙なことにピルズベリーがこの手を用いて1895年のヘースティングズ大会でタラシュからみごとな勝利を得るという大きな成果を挙げたにもかかわらず、大会記録誌のためにこの試合を解説したガンズバーグの批評は次のようなものであった。「このビショップの早い出動からは良い結果が得られていない。この攻撃は、というよりもえせ攻撃はと言った方が良いだろうが、白から e5 という手がないのでフランス防御における同様の指し方とは異なっている。一般的にはこの布局における先手と後手は両者ともクイーン翼ビショップをクイーン側に置く必要がある。」

 この見解は「曇った水晶玉の占いコーナー」にた易く当てはまることになった。ピルズベリーは 4.Bg5 から始まる攻撃を用いて彼の最も輝かしい勝利のいくつかをあげた。彼の負かしたマスターにはシュタイニッツ、マローツィ、ヤノフスキー、バーン、マルコそれにタラシュがいる。この戦型を避けた他の者、(少し名前を挙げれば)ラスカー、マーシャル、チゴーリンはクイーン翼ギャンビットの他の戦型のえじきになった。この攻撃策を手厳しく批判したガンズバーグはラスカーが「奇妙な、全然棋理に合っていない展開方法」と呼んだ指し方を選んだ。その結果はチェス史上最も見事な収局の一つでピルズベリーがガンズバーグを打ち負かした。手短に言えばクイーン翼ギャンビットを用いたピルズベリーの大成功がこの戦法の大いなる威力を他のマスターに知らしめ、今日までその人気が続くことになった。

4…Be7

 これは最も簡明な手である。黒はビショップを防御に最適な地点、すなわち自陣の近くに展開した。ついでにナイトに対する釘付けも無効にしている。

5.e3

 ポーンを動かすのは序盤では控えるべきである。しかし駒が戦いに参加するのを助ける手は展開の手である。白の指した 5.e3 はキング翼ビショップの出口を開けたので展開の手である。

5…O-O

 キングが安全な場所を見つけルークが役に立つことをする用意をした。

6.Nf3

 この駒の展開で白のナイトは中原の4地点すべてに圧力をかけるようになった。キング翼ナイトはe5の地点を橋頭堡として使うことをもくろんでいる。そこにしっかりと据えられればナイトは黒陣を完全に締め付けることになる。

6…b6

 この試合が指された当時は、特に反対翼への展開が閉ざされている時にはビショップをb7に展開するのが自然に思われていた。しかしビショップの窮状は他の問題と関連していて、そちらの問題を先に解決しなければならない。

 6…Nbd7 の方が良い手で、…c5 又は …e5 で白の中原に対するポーン突きを助けるのである。このナイト跳ねは白がキング翼ナイトをe5に据え付ける野心も抑止する。

7.Bd3

 ここはビショップの理想的な地点である。長斜筋を支配し黒のhポーンに狙いをつけている。このポーンはすぐに危険というわけではないが砲火の射線に位置しているのは確かである。

7…Bb7

 フィアンケットしたビショップで黒は対角斜筋を支配するつもりである。しかしピルズベリーは次の手で黒の態勢の弱点(この時点において)をあばいた。

8.cxd5!

 白はポーンを取り除き黒に4通りのいずれかで取り返させる。しかしそのどれもが十分でない。

8…exd5

 黒は中原にポーンを維持するのを望んだ。しかしこのポーンは自分のクイーン翼ビショップの利きをふさぎ、対角斜筋で何か有効なことを遂行するのを防いでいる。

 黒は代わりに駒で取ることができた。しかしそれは最終的に中原を明け渡すことになる。白はその駒を e4 で立ち退かせ中原の戦略地点全部を支配し続ける。

9.Ne5!

 これが有名な「ピルズベリー攻撃」の主眼となる手である。このナイトは絶大な威力を発揮する地点に居座る。その攻撃は四方八方に及び、クイーン翼だけでなくキング翼にも影響する。

9…Nbd7

 このナイトは可能なことをしている。展開を行ない、白のナイトと戦うことを意図し、10…c5 突きで中原の支配を争うことを支援する用意をしている。

10.f4

 このポーンはナイトをしっかり支えてその地位を強化しただけでなく、黒からの駒交換を思いとどまらせている。10…Nxe5 なら 11.fxe5 と取り返して大駒による攻撃のためにf列がずっと先まで素通しになる。駒を取り返したポーン自身も黒のキング翼ナイトに当たっていて、強力な守備位置から追い払う。

10…c5

 このクイーン翼での行動は早過ぎるか遅過ぎるかのどちらかである。黒はクイーン翼で攻撃をかけたがっている。…c4 と突くことになればクイーン翼で3対2の多数派ポーンになる。黒が軽視したのはキング翼で白の始めることのできる攻撃の速さと厳しさだった。この攻撃はより速く、そしてクイーン翼での黒のいかなる戦闘も上回る戦力で襲いかかる。黒は駒の交換を図り中原で反撃することによって白の攻撃からその戦力の一部を奪わなければならなかった。一つの可能性は 10…Ne8 11.Bxe7 Qxe7 12.O-O Nxe5 13.fxe5 f6 である。これは防御における二つの重要な原則にかなっている。

 駒交換は凝り形を楽にする。

 側面への攻撃に対しては中原での戦いで応戦するのが最良である。

11.O-O

 この手は防御策(キングは避難させるべきである)だが、ルークをすぐに部分素通しのf列で働かせるのが本質である。

11…c4

 この手はクイーン翼の多数派ポーンを確定させる意図である。これは収局のためには推奨される戦略だが黒はまだ中盤戦を乗り切っていない。

 11…c4 と突く手は戦略的に誤りである。これは白のdポーンに対する圧力を取り去り争点を解消している。黒がdポーンを取り白の中原を乱す選択肢を持っている限り白が中原を安定させることは長い間難しい。そして中原が安定するまで白のキング翼攻撃の成功はおぼつかない。

 教訓は明らかである。中原でのポーンの形を柔軟に保て。中原ポーンを取る選択肢を残しておけ。

12.Bc2

 ビショップは退いたが黒キングの側に通じる斜筋のにらみはゆるめない。

12…a6

 13…b5 と 14…b4 とから始まるクイーン翼ポーンの突進を準備した。

13.Qf3

 白は重砲を繰り出した。白は 14.Nxc4 dxc4 15.Qxb7 でポーンを得するけちな狙いには関心がない。なぜなら見事に中央に配置されたナイトを惨めなビショップと交換することはほとんど引き合わないからである。白がクイーンを動かした目的はキングに対して直接攻撃を始めるためである。白の狙いを防ぐために黒はキングの近くのポーンのいくつかを動かすことを迫られる。このポーンの形の変化はポーン構造をゆるめキングの防御態勢に修復不可能な弱点を作り出す。

13…b5

 マルコはピルズベリーが取るつもりのないcポーンを守って、クイーン翼での反撃を続行した。黒のここまでの3手が白枡をポーンで埋めクイーン翼ビショップの動きの不自由さをさらにひどくしたことに注意されたい。

14.Qh3!

 この手は 15.Nxd7 Qxd7(15…Nxd7 は 16.Qxh7# でもちろんだめである)を狙っていてこの後は勝ち方が三通りある。

 a)16.Qxd7 Nxd7 17.Bxe7 で白が駒得する。

 b)16.Bxh7+ Kh8(16…Nxh7 は 17.Qxd7 で白の勝ち)17.Bf5+ で白が黒クイーンを取る。

 c)16.Bf5 Qd8 17.Bxf6 Bxf6 18.Qxh7#

 「これらはどれも非常に面白い」と読者は言うかもしれない。「しかし白はどのようにしてこの一連の手を考え出すのか。そもそもどのように手筋の最初の手を見つけ出すのか。」

 よろしい。それでは白の思考の道筋を追ってみよう。

 白はクイーンとビショップで黒の急所のhポーンを攻撃している。

 もしこのポーンがキングでしか守られていなければ白はそのポーンを取って詰みを宣言することができる。

 しかしこのポーンには別の守り駒、ナイトがいる。

 このナイトを取り去ってはどうだろうか。

 それはうまくいかない。別のナイトで置き換わるだけである。

 他のナイトの方を取り除いてはどうだろうか。そのナイトがなくなれば陣形全体が崩壊するのではないだろうか。

 白がいったんこの方向で考えて手筋の最初の手を見つければ後はおのずとひらめいてくる。実際手がかり、即ち詰みを防いでいるナイトを守っているナイトを取り除くことに気づけば白は好きなように勝つことができる。

14…g6

 黒は単にポーンを突くだけで詰まされるのを避けた。手筋による詰みをこんなに簡単にかわされるならば、白は一体何を成し遂げたのだろうか。

 確かに白は詰みを見舞わなかったがその狙いで真の目的を達成することができた。それは敵キングの回りのポーンの配列を乱すことである。このポーンの形の変更は防御態勢全体を弱体化させる。本譜の黒の手の後ポーンによる守りを奪われた黒のキング翼ナイトは3個の駒で守られているにもかかわらず格好の攻撃目標となっている。

 黒には他にどんな受けがあっただろうか。14…h6 は 15.Bxh6 gxh6 16.Qxh6 Ne4 17.Rf3(18.Rg3+ Nxg3 19.Qh7# の狙い)17…Ndf6 18.Rh3 で白が勝つ。また 14…Nxe5(キングの回りのポーンを動かすのを避けるため)は 15.Bxf6(16.Qxh7# の狙い)15…Ng6 16.Bxe7 Qxe7 17.f5 Nh8(17…Nh4 なら 18.f6 gxf6 19.Qxh4)18.f6 で黒は詰みを防ぐためにクイーンを捨てなければならない。

15.f5!

 ポーンは攻撃の素晴らしい武器である。このポーンは 16.fxg6 によって黒ポーンの非常線を破ることを狙っている。この取りで白ルークの利きが黒ナイトに当たるようになる。ルークを重ねれば当たりもきつくなる。

15…b4

 明らかに 15…gxf5 は問題外である。白はクイーンでもルークでも取り返すことができどちらにしても望外の成果となる。

 黒の期待はナイトに対する当たりで白の注意をキング翼の事態からそらすことである。ほんの少しの間でも白に攻撃を遅らせることができれば黒はまだ戦えるかもしれない。例えば白が慎重になってナイトをe2に引けば黒は 15…Ne4 で白の予定を混乱させることができる。

16.fxg6!

 黒陣に切り込んだ。ルークの攻撃範囲が延び利きがf列全体に及んでいる。一方ビショップの攻撃もまっすぐにキングまで及んだ。

16…hxg6

 変化から片付けよう。

 16…bxc3 なら 17.Bxf6 Nxf6 18.Rxf6 fxg6(18…Bxf6 は 19.Qxh7#)19.Bxg6 hxg6 20.Rxg6# で詰みになる。

 16…fxg6 なら 17.Qe6+ Kh8 18.Nxd7 Nxd7(18…Qxd7 は 19.Bxf6+ から 20.Qxd7)19.Rxf8+ Nxf8 20.Qe5+ Kg8 21.Bxe7 で白が勝つ。

17.Qh4!

 砲火をキング翼ナイトに集中させた。このナイトの立場は守ってくれるポーンを失って弱体化している。

17…bxc3

 黒はナイトを取った方が良いだろう。代わりに 17…Nxe5 は 18.dxe5 bxc3 19.exf6 Bd6 20.Qh6 で決まる。

 白が次の手を指す前に白の攻撃目標であるf6のナイトを見てみよう。このナイトはポーンがg6に進まなければならなかったためにその保護を失ったがまだ取られずに済んでいる。そのわけはこのポーンを攻撃している全ての駒に対して守り駒があるからである。実際白が 18.Bxf6 Bxf6 19.Rxf6 Qxf6 20.Qxf6 Nxf6 としてみてもルーク損になるだけである。だから直接的な攻撃はうまくいかない。ということは正解は間接的な手段にあるに違いない。白はナイトの守り手の一つであるポーンをおびき出してある。他の守り手も失くせないだろうか。それができるのである。

18.Nxd7

 これでナイトを支えている土台の一つが取り払われる。

18…Qxd7

 そしてこの取り返しでもう一つの守り手が引き離された。厳重に防御された目標を守備駒を取り除くことによって包囲する手法に注意されたい。この場合ナイトの守り手の二つが消え去った。一つは物理的に取り除かれもう一つは取り返さなければならないのでおびき出された。

 黒は 18…Nxd7 でも受からなかった。19.Bxe7 Qa5 20.b4(この手は 20.Bxf8 より速い)20…cxb3e.p. 21.axb3 Qb6 22.Rf3 から 23.Rh3 ですぐに詰みになる。

19.Rxf6!

 これは黒がこのルークを取ることができないので 19.Bxf6 より強い手である。

19…a5

 19…Bxf6 なら 20.Bxf6 で 21.Qh8# の狙いが防げない。

 黒の本譜の手は 20…Ra6 の準備で、gポーンの守りを助け、ことによったら白ルークを追い払う意図である。

20.Raf1

 ルークを重ねて次のように新たに勝ちへの二つの狙いを定めた。

 21.Bxg6 fxg6 22.Rxg6#

 21.R1f3 の後 22.Rh3 から 23.Qh8#

20…Ra6

 黒はルーク交換を誘って白駒の一つを攻撃からそらすことを期待した。それでも白は勝てるだろうが手順は注意を要する。次のようになるだろう。21.Rxa6 Bxg5 22.Qxg5 Bxa6 23.Rf6(すぐに 23.Bxg6 は危険でかえって負けるかもしれない)23…cxb2 24.Bxg6 fxg6 25.Rxg6+ Kf7 26.Rg7+ Ke8 27.Qe5+ Kd8 28.Qb8+ Bc8 29.Rxd7+ Kxd7 30.Qxb2

 しかしピルズベリーは動じなかった。彼はみごとなまでの一貫性で攻撃の主旨を実行に移し、防御戦を踏み越え防御態勢を弱めたgポーンをせん滅した。

21.Bxg6!

 論理と詩的な正当性によればこのポーンは破壊しなければならない。

21…fxg6

 白からの1手詰みを防いだ。

 ピルズベリーはここで次のような6手の即詰みを披露した。22.Rxf8+ Bxf8 23.Rxf8+ Kxf8 24.Qh8+ Kf7 25.Qh7+ Kf8(25…Ke8 なら 26.Qg8#、25…Ke6 なら 26.Qxg6#)26.Qxd7 何でも 27.Bh6+ Kg8 28.Qg7#

 何よりもまずこの試合はチェス界に攻撃の手段としての大局観に基づいた布局であるクイーン翼ギャンビットの素晴らしい潜在力を知らしめた。キング翼での襲撃は速度と力で実行された。それは危険をはらんだキング翼ギャンビットから引き起こされる攻撃と異なりあくまで棋理に合った陣立てに基づいている。

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[復刻版]理詰めのチェス(23)

第2章 クイーンポーン布局(続き)

第23局

 ブリエット対ズノスコ=ボロフスキー戦では2手目の 2…c5 突きの反撃によってc列の支配をもぎ取ったのは黒だった。その優勢が拡大しクイーン翼ルークの7段目への侵入とナイトのe4の拠点の確保に至った。結局黒はc列にルークを重ねキングを敵のポーンの間で捌いた。これによりポーン得に至り後は単純化の技法のちょっとした楽しい授業だった。

クイーンポーン試合(石垣攻撃)
白 ブリエット
黒 ズノスコ=ボロフスキー
オーステンデ、1907年

1.d4

 クイーンポーン布局はジョージ・バーナード・ショーの言葉を言い換えると「最大の安全を最大の可能性で与えてくれる。」

 白は初手で中原をポーンで占めクイーン翼の2駒を自由にした。

 白の展開の作戦概要は大体次のとおりである。

 白は少なくとも1ポーンを中原に据え維持する。

 このポーンはe5又はc5の橋頭堡のナイトを支える役割を果たす。

 ビショップは長斜筋を占めるか敵駒を釘付けにする。

 ルークは素通し又は一部素通しの列を支配する。

 クイーンは自陣に近く最下段を空けてc2又はe2に位置するのがよい。

 キングはできればキング翼にキャッスリングして安全を求める。

 基本的に白の目標は陣地の所有を図り黒を壁際に追いやることである。動き回る余地が狭まりその結果駒を効果的に捌くことが難しくなって敵は自陣を弱めることを強いられる。狭小な陣形では良い手を得ることが簡単でなくなるので敵は劣った手を指さなければいけなくなる。弱点が明るみに出るようになりそれにつけこむ好機が手筋という形となってやって来て一撃で決着がつく。

1…d5

 この手は 1…Nf6 よりも率直な手である。どちらの手も白が 2.e4 と指して中原に2ポーンを確保するのを防いでいる。本譜の手は中原での白の圧力を相殺し均衡状態を作り出している。

2.e3

 一瞬一瞬が大切な布局で奇妙な消極的な手がとび出した。白は 2.c4 と突いて黒の中原での支配を弱めるのが普通である。あるいはあまり早く手の内を見せたくなければ単に 2.Nf3 と駒を展開する。

2..c5

 そのため黒は主導権を握った。黒はこの最重要な解放の手を指した。この手はc列を開けてルークが使えるようにしクイーン翼ナイトがc6に位置してもっと働けるようにした。cポーン自身も白のdポーンを攻撃することによって中原の所有を争っている。

3.c3

 この手は 3…cxd4 に対して 4.cxd4 と応じるつもりであることを示している。そうすれば中原でのポーンの形が不変に保たれ大駒のためにc列が開けられる。

3…e6

 黒はcポーンを守らなければならない。さもないと白が 4.dxc5 と取った後 5.b4 で支えてポーン得にしがみついてくるかもしれない。

4.Bd3

 ビショップが役に立つ斜筋に展開した。そこからは中原に圧力をかけキング翼攻撃に加わる用意をしている。

4…Nc6

 このナイトにしては珍しい機会である。クイーンポーン布局ではめったにこのような好機は得られない。このナイトはc6の地点からe5とd4にかなりの影響力を与え、後に分かるように別の重要な方面にもそれは及ぶ。

5.f4

 白は5手のうち4手を使って石垣攻撃として知られる特定の態勢を築いた。布局でこんなに多くのポーンを突くのは原則の重大な侵害であることは別にしても、あらかじめ定まった駒配置による攻撃のしかけを必要とするシステムを採用したことは、攻撃の仕方の勧めをはずれ目の前の局面で要求されていることとは無関係で、適切な戦略の概念とチェスそのものの精神に反している。このような冒険が行き着くところは、対等の戦力で布陣も不明で何の弱点も抱えていない敵に対して攻撃を仕掛ける危険を背負うことである。このような状況では攻撃は時期尚早であり、撃退されて列を乱して敗走することは確実である。もしこのようなシステムがうまくいくのならば、必ず勝つ白にとっては良いだろうが一体誰が黒をもって指すだろうか。

5…Nf6

 この手は素晴らしい展開の手で、事態の進行を見守っている。黒のナイトは好所に配置されている。一方はe5とd4を見張り他方は中原の残りの2地点に目を光らせている。

6.Nd2

 あいにくなことにこのナイトの登場はこの地点かa3かである。d2ではビショップの利きをさえぎり、自身も将来の明るい見通しがない。a3では8地点でなくせいぜい4地点にしか利かないので半ナイトにしかならない。

6…Qc7

 これは大変良い手である。なぜなら大駒(クイーンとルーク)というものは素通し列かそうなりそうな列に置かれた時最もよく働くからである。

 このクイーンは大局的な狙いを伴っているので先手の展開である。白はそれを見逃したかあるいは無視した。

7.Ngf3

 これは型にはまった手で、この場合は思慮を欠いた展開である。白は石垣攻撃の根幹(ナイトをe5に据えポーンでそれを強固に支える)の遂行に夢中になっていたので、指し手ごとに次のように自問するのを怠った。「相手は直前の手で何を狙っているのであろうか。彼にはこちらの応手を無効にするようなチェックや取る手があるだろうか。」

7…cxd4!

 黒は一撃でc列をこじ開けた。

8.cxd4

 黒の手の主眼点はこの取り返し方を強要するところに現れている。白は 8.exd4 と取るわけにはいかなかった(e5に居座る有望なナイトを強力に支え続けることを期待して)。それは 8…Qxf4 と無慈悲にポーンを取られてしまう。代わりに 8.Nxd4 と取り返すのは戦線が定まる前に白が従うことにしていたシステムと相容れない。そのたくらみではナイトはd4でなくe5にいなければならず、一方d4はポーンが占めていなければならない。

8…Nb4!

 これはビショップに対するいやがらせ攻撃である。この駒の務めがなくなれば白は効果的なキング翼攻撃の作戦をたてることが決して望めなくなる。

9.Bb1

 ここは珍しい退却地点だがビショップが黒キング翼に通じる斜筋に留まりたければここに引っ込むしかない。

 白はこの後退をあまり気にしていない。10.a3 で敵ナイトを追い払いそれから自軍を再編成するつもりである。

9…Bd7

 これは落ち着いた手だが巧妙である。このビショップはこの控えめな始動からでも影響力を発揮することになる。

 黒はこれでルークをc8に回してc列の支配を強化する用意ができた。

10.a3

 白は自分のやるべきことに取り掛かる前に自分のクイーン翼全体を分断している迷惑なナイトをどかさなければならない。

10…Rc8!

 この逆襲は白の意表をついたに違いない。

 11…Qxc1 の狙いに白はどう対処するのだろうか。もし白が 11.axb4 とナイトを取れば 11…Qxc1 12.Rxa7(12.Qxc1 は明らかにだめで 12…Rxc1+ でルークを取られる)12…Qxb2(13…Rc1 で敵クイーンを釘付けにする狙い)13.O-O Qxb4 となって黒がポーン得となりそれがパスポーンになる。

11.O-O

 これでビショップがクイーンとルークに守られて取られることがなくなった。キングもこの間に隠れ家に引っ込んだ。

11…Bb5!

 ビショップが先手で絶好の斜筋を占めた。白はルークを逃がさなければならない。

12.Re1

 これは明らかに止むを得ない。12.Rf2 は 12…Qxc1 で即負けだし、12.axb4 Bxf1(続いて 13…Qxc1 の狙いがある)は交換損になる。

12…Nc2!

 両ルークに当たっているので白は選択の余地がない。白はこの恐ろしいナイトを取らなければならない。

13.Bxc2

 13.Qxc2 と取るのは 13…Qxc2 14.Bxc2 Rxc2 となって実戦と同じように黒ルークが7段目に来る。

13…Qxc2

 そして黒は敵陣の中枢部である7段目に侵入した。

 白の部隊はほとんど麻痺状態である。

 白のキング翼ルークとクイーンは黒のビショップによって動きを封じられている。

 白のビショップは全然動けない。

 クイーン翼ナイトは 14…Ne4 を防ぐためにd2にいなければならない。

 クイーン翼ルークは動けるが何の役にも立たない

14.Qxc2

 そこで黒は自分の役に立たないクイーンを黒の働いているクイーンと交換した。

14…Rxc2

 大局的な指し回しの結果黒は素通し列を完全に支配し7段目をルークで制圧することになった。ルークがc2にいることにより白陣を厳しく押さえ込む効果を発揮している。このルークは容易に追い払えないし白の駒はまだお互い邪魔をし合っているのでこれは特に厄介である。

15.h3

 15…Ng4 で別の駒がまた侵入してくるのを防いだ。

15…Bd6

 ビショップが役に立つ斜筋に展開した。

16.Nb1

 白の考えは駒を再配置して動く余地を得ることである。白の思惑は 17.Nc3 Ba6 18.Rd1 から 19.Rd2 で黒のうるさいルークを盤上からなくすことである。この手段によりビショップがいずれ動けるようになるかもしれない。

16…Ne4!

 ナイトがこの絶好の拠点に踊り込んだ。このナイトはgポーンのいかなる動きもけん制するだけでなく白の再編成のもくろみも粉砕した。白が 17.Nc3 と指せば 17…Nxc3 18.bxc3 Rxc3 で黒のポーン得になる。

17.Nfd2

 だから白は黒の強力なナイトを交換するか追い払おうとした。その後はまあまあの展開ができるかもしれない。

17…Bd3

 黒はナイトが交換されるならば別の駒が拠点のe4を占拠するという条件で白の申し出に応じた。

18.Nxe4

 白は盤上からできるだけ多くの駒をなくすしか選択肢がなかった。さもないと白は決して駒をこんがらかった状態からほぐすことができないかもしれない。前はポーン損になった 18.Nc3 はここでは 18…Nxd2 20.Bxd2 Rxd2 で駒損となってもっと悪い。

18…Bxe4

 この取り返しには 19…Rxg2+ の狙いがあるので白は 19.Nc3 とするひまがない。

19.Nd2

 ルークの利きを止めてgポーンを救ったが自分自身のビショップの利きも止めることになった。そして前のこんがらかった状態に戻った。

 残念ながら見込みのある手は何もなかった。19.Bd2 は 19…Rxb2 20.Rc1(取られたポーンの代わりに素通し列を占拠し 21.Rc8+ をねらった)20…Kd7 となって、21…Bxb1 で白がもっと戦力を得するか 21…Rc8 でルークを合わせる狙いによって白はc列を明け渡すことになる。

19…Kd7

 この手はキャッスリングするよりもずっと積極的である。盤上にこんなに駒が少なくなっては詰みの狙いはありそうにない。だからキングが戦場に出てきた。キングの力は戦力が減るに従って大きくなる。そして戦う駒になってキングは攻撃を助けるために中原に向かった。これに加えてキング翼ルークのために通路が開通した。

20.Nxe4

 白の唯一の希望は局面をどんどん整理することである。

20…dxe4

 この取り返しの後全局を見渡すと白陣の劣っていることが明らかとなる。

 ビショップはまだ展開していなくて、ルークの連絡も阻害されている。

 中原のポーン集団は完全に動けない。

 駒は全てまだ1段目にいる。

 この特定の局面の特徴を別にしても、(ここでの黒のように)7段目を支配しているルークの特別な威力を認識することは大切である。

 一つには白のまだ2段目にいるポーンを攻撃し2段目に沿って全てに利きを及ぼしそれらのポーンを守ることを難しくしている。

 もう一つには2段目から進んだポーンの背後にルークが回り絶えず圧力をかけ続けることができる。ポーンはどれほど列を進んでもルークによっていつも攻撃を受ける。

 最後にルークはキングの出口を見張ることによってそれが収局の支援に出てくるのを抑えている。

 教訓は次のとおりである。

 布局では中原、それも素通しになりそうな列にルークを移動させよ。

 中盤では素通し列を占拠しルークで支配せよ。

 収局ではルークを7段目に配置せよ。7段目に並んだ二重ルークは詰みの攻撃においてほとんど無敵である。盤上に駒がほとんど残っていない場合はルークを7段目で敵ポーンの背後に回すのが便利な活用策である。

21.Rb1

 白は 22.b4 から 23.Bb2 でついにビショップを世に出す準備をした。

 黒のルークをどかせようとするのは無駄である。例えば 21.Kf1 Rhc8 22.Re2 は 22…Rxc1+ で駒損になる。

21…Rhc8

 素通し列での二重ルークはその列で威力が2倍を超える。

 この局面での二重ルークの威力は明らに現れていて、ビショップを展開して抵抗する白の望みをはかないものにしている。白のルークはまずビショップが最下段を離れるまで同じ段を離れられない。

22.b4

 ビショップのためにb2の地点を空けた。

22…R8c3

 その計画に水を差した。23.Bb2 に対して黒は 23…Rb3 でビショップを二重に当たりにする。そして 24.Ba1 を余儀なくさせて 24…Rxa3 でポーン得する。その後は7段目にルークを重ねれば簡単に勝つ。

23.Kf1

 ビショップが段を離れた時にそれを保護するルークを守るためにキングが近寄った。チェスの言葉で言えば白は 24.Bb2 Rb3 25.Re2(1手前では不可能だった手)を意図していてすべて安全である。

23…Kc6

 弱体化した白枡に沿ってキングが収局に参加する。

 似たような状況におけるタラシュの処方箋は次のとおりである。「キングは(収局で)安全である限りできるだけ敵陣深く進出しなければならない。そうすればポーンを取ったり敵ポーンを止めたり自分のポーンを導いてクイーンに昇格させたりできる。」

 ルーベン・ファインは明瞭かつ簡潔に「キングは強い駒だから使え」と言っている。

24.Bb2

 ビショップはようやく出てくることができた。しかし手遅れではないのか。

24…Rb3

 すぐにビショップを釘付けにして白の次の手を強制した。

25.Re2

 aポーンを失わずにビショップを助けるには明らかにこの手段しかない。25.Rec1 では 25…Rbxb2 で駒損になる。

25…Rxe2

 黒は喜んでルークを交換して収局を簡明にした。黒は駒のみならずキングの働きに優っていて大局的な優勢を保っている。このキングは敵ポーンの間に分け入って大損害を与えるつもりである。

26.Kxe2

 白は駒を取り返し 27.Rc1+ Kb5 28.Rc2 で自陣の解放を狙っている。そうなればビショップの釘付けが解消され、ルークも(29.Bc1 の後で)素通し列を活用できるかもしれない。

26…Kb5

 キングが軽やかに脇へよけてチェックがかからないようにした。このキングはa4の地点に向かっていて、クイーン翼を押さえつけてからそこの白ポーンを根こぎにし始めるつもりである。

27.Kd2

 ルークとビショップが動けないので白はキングを動かすしかなかった。それもeポーンを守らなければならないのであまり遠くへは行けない。

27…Ka4

 黒は決定的な手筋に着手する前に敵ポーンも無力にする。

28.Ke2

 キング翼ポーンの無意味な動きを除いて白には他に手がない。

28…a5!

 ポーンは見れば分かるように攻撃の先鋒として何よりも優っている。ほとんどどんな障害物でも打ち破ることができる。

 黒の狙いは 29…axb4 30.axb4 Kxb4 でポーン得することである。

29.Kf2

 29.bxa5 は 29…Bxa3 でポーンを取り返された後ビショップも取られる。また 29.Kd2 は 29…axb4 30.axb4 Bxb4+ 31.Kc2 Ba3 となり、黒は駒をすべて交換して1ポーン得の形にすれば後は初歩的な勝ちになる。

29…axb4

 これが最初の戦利品である。

30.axb4

 取らないと黒のポーンがまず別のポーン、その後ビショップというように片っ端から殺害する。

30…Kxb4

 黒はルークとビショップのどちらでも取らない。そんなことをすれば白に 31.Ra1+ からビショップを動かす余裕を与えてしまう。

31.Ke2

 白は手待ちするしかない。

31…Kb5!

 ここでもキングがa列またはc列に行くと白にルークでのチェックを許してしまう。

 本譜の手で黒は白の釘付けにされたビショップに 32…Ba3 でさらに当たりをかけて駒得することを狙っている。

32.Kd2

 ビショップを救うためにキングが近寄った。

32…Ba3

 無理やり決着をつけるためにさらにビショップを当たりにした。

33.Kc2

 こう指すしかない。

33…Rxb2+!

 盤上から駒を整理してポーン収局の局面にした。ポーン得の収局を勝つにはこれが最も簡明な手段である。

34.Rxb2+

 白は取り返さなければならない。

34…Bxb2

 単純化を続けた。

35.Kxb2

 これもこの一手である。

35…Kc4

 d3を通ってキング翼のポーンを攻撃する狙いである。

36.Kc2

 その侵入を防いだ。

36…b5

 パスポーンは突き進めなければならない。白がこのポーンを止めるには見捨てられたポーンの間に黒キングを侵入させるしかないのでこれで黒の勝ちが決まった。予想手順は 37.g4 b4 38.h4 b3+ 39.Kd2 b2 40.Kc2 b1=Q+ 41.Kxb1 Kd3 42.Kc1 Kxe3 43.Kd1 Kf2 で、新しくできたパスポーンが前進してクイーンに昇格する。

37.投了

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カテゴリ: [復刻版]理詰めのチェス

[復刻版]理詰めのチェス(24)

第3章 チェスのマスターが自分の読みを解説する

 自分がマスター選手の隣に座り彼が指し手につれて自分の読みを明かすところを想像してみよう。そうすれば手筋に興奮し構想が生まれてくるのを目撃する喜びに浸ることができる。釘付け、ナイトによる両当たり、二重攻撃、詰み手筋などの戦術の主題(これらはそのような機会が目の前に現れれば必ず我々でも気づくことができる)が舞台を作り上げる戦略によってどのように準備されるのかが分かる。

 本章の試合は何といっても見事な戦闘を見せびらかすものでもなければ、激烈な(時には予測不可能な)攻撃を特集したものでもない。本章の試合は一般的な名局の部類には入らないかもしれないが、戦力による鉄の支配を用いてどのように局面を作り上げることができるのかを示している。そしてカパブランカが提唱し自分でも実践して成功を収めた次の三つの偉大な原則を適用することによって何が成し遂げられるのかを示している。

 1.序盤では迅速で効率的な展開

 2.中盤では駒の連係

 3.終盤では正確で能率的な指し方

 本章の試合は実戦におけるカパブランカの原則が有効であることの素晴らしい実例である。私の本ではこのような試合こそが名局である。

第24局

 カパブランカ対マティソン戦では白は駒の展開以外何もしなかった。しかし小気味よい手筋を捻り出すにはそれで十分だった。その妙技を印象的にしているのはすべての手筋が白の有利に作用したことで、一つの狙い(窒息詰め)でさえ黒に投了を促すことになった。カパブランカの珠玉の一局である。

クイーンポーン試合(ニムゾインディアン防御)
白 カパブランカ
黒 マティソン
カールスバート、1929年

1.d4

 人気のあるキングポーン布局の基本的な発想はあらゆる機会をとらえて素早く攻撃を仕掛けることである。さまざまなギャンビットが指せるし、攻撃の筋を開けるために駒を犠牲にしてもよいし、大胆に手筋を放ってもよいし、不確かな手に身を任せてもよい。要するに詰みを目指すためなら何でもありなのである。時にはこれらの戦術がうまくいくこともある。しかしギャンビット選手は攻撃の終わりで逆の立場に立たされることが非常によくある。大きく開けた局面は一方だけでなく他方にも危険なのである。

 クイーンポーン布局で目指す理想は展開そのものである。攻撃は「第一義」ではない。展開はわざとそのために指すものではないが、不思議なことに全ての駒が能率的に展開され最も働きの良い地点にできるだけ早く置かれれば驚くべき攻撃力が備わるらしい。手筋はひとりでに生まれてくる。盤上で最大に動け支配できる地点に駒を配置するだけで大きな活動エネルギーが吹き込まれるので何とかしてそれを解放しなければならないからなのだろうか。そしてこのことを知ることによって攻撃の機が熟すまで大局観指法の達人たちは攻撃の本能を抑えるのだろうか。

 白がクイーンポーンを突いたのはできるだけ早くすべての駒を戦いに参加させる過程の始まりである。二つの駒が今や自由に参戦し、それらを解放したポーンも中央の舞台を占めた。

1…Nf6

 この展開の手の目的(駒を最適の地点につかせるという推奨される目的に加えて)は白が 2.e4 で強大になるのを防ぐことである。

2.c4

 この手は多くのことを行なっている。

 a)d5の地点に対する攻撃を開始した。

 b)c列を開けてその列を大駒が使えるようにした。

 c)クイーンの斜筋を通した。

 d)黒が 2…d5 で中原にポーンを据えるのを邪魔した。白は 3.cxd5 と応じて黒に駒で取り返させて中原にポーンを残させない。

2…e6

 キング翼ビショップの筋を開け積極的な防御を行なう意志を示した。

3.Nc3

 白の真意は明らかである。最初にクイーン翼ナイトを展開してeポーン突きを助ける意図である。

3…Bb4

 それに対して黒はナイトを釘付けにして迎え撃った。もし白が 4.e4 と来れば 4…Nxe4 と応じて取り返しを不可能にしている。

4.Qc2

 この手には二通りの目的がある。一つは 4…Bxc3+ に対して 5.Qxc3 と応じてポーンの形を乱さないようにすることと、もう一つは再び 5.e4 突きを狙うことである。

 序盤にはそれぞれの局面において「最善手」があるという考え方が広く行き渡っている。この通念はチェスのマスターはそのような最善手とそれに対する正しい応手を一つ一つ記憶しているというものである。そのような論法が見せかけであることは明らかである。何百万局もの試合が重複することなく指されてきている事実がその何よりの証拠である。

 盤上の局面を考えてみよう。本譜の手(4.Qc2)のほかに少なくとも七つの素晴らしい候補手がある。それぞれの手に熱心な推奨者がいる。それらの手とは-

 4.Qb3
 4.Bd2
 4.a3
 4.Bg5
 4.e3
 4.g3
 4.Nf3

 これらのうちどの手が最善手だろうか。誰も確かなことは言えない。しかし自分の棋風に合った局面に至る手が最善手であり、それが自分の指す手である。

4…c5

 黒も自分の棋風と性格に合った方法で防御(または反撃)を行なうことができる。黒の指した手はすぐに白の中原の支配を争っている。この手は他のことも行なっている。即ちクイーンにもっと動く余地を与え、c列を開け、ビショップに紐をつけている。

 しかし黒には同じくらい効果的な他の手もある。それらには何かしら推薦するところがあり、黒はそれらの応手から選ぶことができる。

 4…Nc6
 4…Bxc3+
 4…d6
 4…d5
 4…O-O
 4…b6

 人の好みはさまざまである。

5.dxc5

 この手は色々な理由で最強の手である。白がこのポーンを取るのにかけた手は黒が取り返すのに手をかけるので手損とはならない。5.dxc5 により生まれる素通しのd列は白に有利に働く。d1を占めることになるルークはその列にくまなく圧力をかける。そして特に出遅れdポーンを危険にさらす。

 他の手は積極性で及ばない。例えば 5.e3 なら黒は 5…d5 で捌くし、5.Nf3 なら 5…cxd4 6.Nxd4 Nc6 で白に防御の主導権がある。

5…Nc6

 黒はポーンを取り返す前に別の駒を展開させた。

6.Nf3

 このあたりになるとアマチュアは何か事を起こしたがる。そしてびっくりするような手を探し始める。この局面にはすごい手があるに違いない。すぐれたマスターは同じ状況で簡明な手を指すことで満足する。彼は戦場に駒を投入し続ければ勝つ手筋を探す必要はないことを知っている。そのような手筋は自然に局面から発生し至る所に生じる。

6…Bxc5

 この取り返しをこれ以上遅らせるのは危険かもしれない。

7.Bf4

 ナイトを釘付けにし黒に圧力をかける攻撃的な 7.Bg5 の方が普通である。しかし本譜の展開の手法も悪いことはありえない。このビショップはぬるく見えるが中央の重要な斜筋を監視し黒陣の弱点であるd6に圧力をかけている。

7…d5

 厳しく中原の所有に挑戦した。

8.e3

 白はまた落ち着いた手を指した。この手は一つのビショップを自由にしもう一つのビショップの立場を強化した。

8…Qa5

 黒は白にちょっとした弱点となる二重cポーンを生じさせる攻撃を始める機会をうかがった。そこで黒はナイトに対する行動を開始した。しかしタルタコーワは「そのような見えすいた駒捌きはカパブランカに対してはほとんど成功しない」と言っている。

 黒は代わりにクイーン翼ビショップを活動させるために何かをすべきである。例えば 8…a6 9.Be2 dxc4 10.Bxc4 b5 11.Be2 Qb6(すぐに 11…Bb7 は 12.Nxb5 がある)12.O-O Bb7 が考えられる。

9.Be2

 またもや穏やかな手である。この手は見かけよりも多くのエネルギーを秘めていて、次のような目的を果たしている。

 a)一つの駒を1段目から離して活動させている。

 b)ビショップをe2に展開して、f3に出て中原を攻撃できるようにしている。

 c)キング翼を空けて早くキャッスリングできるようにしている。

 d)キャッスリングの後1段目でルークが協力する用意をしている。

 もっと攻撃的に見える 9.Bd3 は何がいけないのだろうか。一つには 9…Nb4 で黒がナイトをビショップと交換できるからである。白は中原に影響力を持つ可能性のある大切な駒の働きを失うことになる。それではなぜ最初に 9.a3 と突いてd3へのビショップの展開を準備しないのだろうか。その答えは不必要なポーン突きに手をかけるのは序盤ではあまりにもったいないからである。駒の展開に必須のポーン突きだけを行なうべきである。9.a3 がクイーン翼の白枡を弱めるという事情もこのような戦略が不自然で無駄手であるというさらなる証明になっている。

9…Bb4

 白の古典的で簡明な展開方法と対照的に黒は相手に孤立ポーンを見舞うために序盤でビショップを3度も動かした。そのようなやり方は黒の展開が済んでいないことを考慮すれば時期尚早である。

 この手の代わりに妥当な手順は 9…O-O 10.O-O dxc4 11.Bxc4 Bd7 で、互角の局面である。

10.O-O

 これでキングが安全になりキング翼ルークが戦いの舞台である中央に近くなった。このルークはもちろん素通し列、それが全然ない場合はそうなりそうな列を占めようとする。

10…Bxc3

 このビショップは1回しか動いていないナイトと交換するために4回も動いた。1個の駒をそんなにあちこち動かすのはそもそもの戦略に誤りがあるに違いないことを示唆している。

11.bxc3

 c列の二重ポーンにもかかわらず白は次のような点で有利である。

 a)黒のナイトとビショップに対し白は働いている双ビショップを持っている。

 b)白の小駒は全て活動しているのに対し黒のビショップはまだ1段目にいる。

 c)白のルークは連結していて半素通しのb列とd列に陣取る用意ができている。

 d)白のキングは隅に安全にかくまわれているが黒のキングは野ざらしである。

 e)白のクイーンは理想的な地点に位置していて、盤端にいる黒のクイーンよりも中原に対してより影響力を持っている。

 f)中原におけるポーン交換(避けられそうにない)は攻撃の筋を開けることになる。それは展開に優る側、この場合は白に有利に働く。

 g)白は主導権を維持している。

11…O-O

 キングが安全地帯に逃れて黒の不利の一つが取り除かれた。

 代わりにビショップを展開するのは少々危ない。つまり 11…Bd7 12.Rab1(bポーンに当たっている)12…b6 13.Bd6(キング翼へのキャッスリングをできなくし 14.Rb5 Qa6 15.cxd5 exd5 16.Rxd5 でクイーンへの当たりを露出させることによってポーンを得する)という白の狙いがある。

12.Rab1

 これも普通の選手には意図が計りかねるさりげない手である。「何の役に立つのか」と彼は言うだろう。「きちんと守られているポーンを攻撃するためにわざわざルークを動かすとは。」

 確かにこのポーンは守られている。しかしそれはこのポーンを見捨てないためには動くことができないビショップによってである。いずれ黒は …b6 と突くことを強いられる。さもなくば1段目で3個の駒がお互いに邪魔をし合っているままである。しかし …b6 には問題がある。黒クイーンが孤立させられキング翼に戻ってキングを守るのを防がれる。それに加えてクイーン翼ナイトの立場がその支え(bポーン)をはずされて不安定になる。

 本譜の白の手は簡明で穏やかであるが、黒のクイーン翼に不快な圧力をかけ、普通の展開を困難にし、つけ込む余地のある恒久的な弱点を生じさせることができる。

12…Qa3

 黒はビショップを展開したいがそのためには …b6 と突かなければならない。しかし今すぐにそうするのはクイーンの退路を遮断して危険にさらすかもしれない。例えば 12…b6 13.Bd6 Rd8 14.Rb5 Qa6 15.cxd5 で白が少なくとも1ポーン得する。なぜなら 15…exd5 なら 16.Rxd5 でクイーンへの当たりが直射する。また 15…Rxd6 なら 16.dxc6 Rxc6 17.Rd5 でクイーンへの当たりと詰みの狙いでもっと悪い。

13.Rfd1!

 ルークが半素通しのd列を占めて白の展開は理想的な形で完了した。白の駒はどれも2手以上かけることなく最適な位置についている。白はすべての駒が働くまで攻撃は露ほどのそぶりも見せていない。

13…b6

 これはビショップを動かせるようにするためだが、このポーン突きでナイトの支えがなくなりその立場が弱まった。

 代わりに 13…Qe7 でbポーンを守ってもあまり役立たない。なぜなら次にビショプがクイーンのbポーンの守りを遮断せずにd7へ展開することができないからである。黒は 13…dxc4 で単純化を図ることもできない。それは 14.Bd6 で交換損になる。

14.cxd5

 いよいよ攻撃が始まった。最初の一撃は黒のポーン中原を打ち砕く。

14…Nxd5

 ポーンで取り返すのは破滅する。14…exd5 には 15.c4! が勝つ手段である。この手に対して 15…dxc4 なら 16.Bd6 でクイーンとルークの両当たりになるので黒は負けを避けられない。15…Be6 でポーンを守るのは 16.cxd5 Bxd5 17.Rxd5 Nxd5 18.Qxc6 で白がルークの代わりに2個の駒を獲得する。

15.Ng5!

 これこそマスターの一着である。露骨な 16.Qxh7# の詰み狙いは二つの真の目的を隠している。一つは黒にキング翼ポーンの一つを突かせる戦略的構想で、それにより黒の防御態勢が崩れる。もう一つは自分の白枡ビショップのためにf3の地点を空けることで、このビショップが対角斜筋を席巻することになる。

15…f5

 他には二つの手がある。

 ポーン突きを避ける 15…Nf6 は 16.Bd6 で白が交換得する。

 15…g6 は黒陣の黒枡が弱点だらけになる。

 そこで黒はfポーンを突いて詰みを避けた。しかしこの手はeポーンを弱めビショップをその守りに縛り付けることになった。

16.Bf3!

 ビショップのこの配置は平行な二つの斜筋に沿って機銃掃射のようなものすごい威力を発揮させる。

 白の主たる狙いは 17.Rxd5 exd5 18.Bxd5+ Kh8 19.Bxc6 から 20.Bxa8 で黒の戦力の大部分を削ぐことである。

16…Qc5

 クイーンが攻撃にさらされているナイトの助けに駆けつけた。他の受けでは次のようになる。

 a)16…Nde7 は 17.Bd6 Qa5 18.Bxe7 Nxe7 19.Bxa8 で白がルークを丸得する。

 b)16…Nce7 は 17.c4 Nb4 18.Rxb4 Qxb4 19.Bxa8 で白が駒得する。

 c)16…Nxf4 は 17.Bxc6 Rb8 18.exf4 で白が駒得する。

 d)16…Qxc3 は 17.Qxc3 Nxc3 18.Bxc6 Nxd1 19.Rxd1 Ba6 20.Bxa8 Rxa8 で白が駒得する。

 本譜の手の後黒が最悪の時期を乗り切ったように見える。しかし白にはナイトに襲いかかる巧妙な手段がある。

17.c4!

 このナイト当たりはポーンが釘付けになっていてナイトを取ることができないので無害のように見える。しかし 17.c4 の主眼は 18.Rb5 による攻撃を支えることにある。これで黒クイーンを追い払って 19.cxd5 とナイトを取ることが可能になる。

 ここから手筋が次から次へと現れる。

17…Ndb4

 クイーンに逆襲した。他の受けはすべて失敗する。

 a)17…Nf6 は 18.Bd6 Qa5 19.Bxc6 で黒の両方のルークが当たりになっている。

 b)17…Nxf4 は 18.Rb5!(軽妙な中間手)18…Qe7(18…Nb4 なら 19.Qd2 Qxc4 20.Rxb4 で白の勝ち)19.Bxc6 Qxg5 20.exf4 で黒はクイーンが当たりになっているのでルークを助ける暇がない。

 c)17…Nde7 は 18.Bd6 Qa5 で白はどちらのナイトを取っても良く黒が取り返した後交換得する。

18.Qb3

 白クイーンは当たりをかわさなければならないが、19.Bd6 の狙いはまだダモクレスの剣のように黒の頭上に垂れ下がっている。

18…e5

 この手は 19.Bd6 に対して他の具体策がないからだけでなく、利き筋に障害物を置いて恐ろしいビショップを抑える期待から指された。

19.a3!

 盤の片側で素晴らしい手筋が始まり、それに続いてずっと離れた他方ではクイーン捨てで頂点に達し窒息詰みに至る。

19…Na6

 他に唯一考えられるのは 19…exf4 だが白は 20.axb4 Qe7 21.Bxc6 Rb8 22.exf4 で駒得して勝負を決めることができる。

20.Bxc6

 黒が 20…Qxc6 と取り返した後は 21.c5+ Kh8 22.Nf7+ Kg8(22…Rxf7 なら 23.Rd8+ で詰みになる)23.Nh6+ Kh8 24.Qg8+! Rxg8 25.Nf7# で詰みになる。

20…投了

 黒は盤上で実際に手順を確認するのを待つまでもなくキングを倒して降参した。

 本局は洗練さと正確さで指された完璧な試合だった。カパブランカ自身のコメントは「この試合ではちょっとした手筋を少し指した」だった。

2014年08月15日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: [復刻版]理詰めのチェス

[復刻版]理詰めのチェス(25)

第3章 チェスのマスターが自分の読みを解説する(続き)

第25局

 ヤノフスキー対アラピン戦は紛れもなくヤノフスキーの生涯の最高傑作である。素通しのd列での捌きでパスポーンができた。このポーンをせき止めなければならない黒はその役目を巧妙に強い駒から弱い駒に交替させていった。それからヤノフスキーのポーンが7段目の黒枡に届くところに来るという面白い局面が現出した。それは敵の首を何本もの指で絞めているようなものだった。そして結末は攻撃があちこちの列に対して面白く行なわれ黒の受けもそれに追随させられた。

クイーン翼ギャンビット拒否
白 ヤノフスキー
黒 アラピン
バルメン、1905年

1.d4

 白はポーンを中原に進出させて指し始めた。このポーンは次のように色々な務めを果たしている。

 このポーンは二つの駒を自由にしている。

 このポーンは重要な地点を占めている。

 このポーンはe5とc5の地点を支配して相手がそこに駒を置くのを妨害している。

 このポーンは味方の駒がe5またはc5を橋頭堡として利用するのをしっかりと支援する用意をしている。

1…d5

 黒も白にならってポーンを中原に据え白が次に 2.e4 と指すのを防いだ。

2.c4

 白はポーンを差し出して黒が中原を放棄するよう誘った。

 白の手は黒のdポーンに対する攻撃にもなっている。それによって白は黒ポーンとそれの中原の所有を根こぎにすることを望んでいる。

2…e6

 これは中原にポーンを維持するためのいつもの仕掛けである。白が 3.cxd5 と指してきた場合には黒は別のポーンでdポーンを置き換える用意をしておかなければならない。駒で取り返すのは良くない。その駒は白のeポーンで追い払われ白が中原の地点を全部所有することになる。

 例えば 2…Nf6 なら 3.cxd5 Nxd5 4.e4 Nf6 5.Nc3 で白が圧倒的に有利になる。

3.Nc3

 これは受身の 3.Nf3 よりも積極的である。このナイトはd5にさらに当たりを加えe4の支配の争いにも手助けしている。

 クイーンポーン布局の目標の一つは後でeポーン突きを達成することである。それはキングポーン布局で後から d4 と突いてさらに地歩を固めようとするのと同じことである。

3…Be7

 ここでの通常の手は 3…Nf6 である。しかし黒は手順を変えてナイトが釘付けにされるのを防いだ。(それほどまで恐怖におののいている!)

4.Nf3

 白は単純な展開で満足で、キング翼ナイトを最適な地点に置いた。

 アリョーヒンならば黒の手順前後を咎め 3…Nf6 が防ぐ 4.e4 をすぐに指して力戦に引きずり込んだだろう。

4…Nf6

 黒はいったんはこの素晴らしい手を指すのを延期したがここでは仕方なく指した。しかし他にどのようにしてキング翼を展開しキャッスリングの準備をすることができようか。

5.Bg5

 これは本当の釘付けではないがその効果はいくらか似ている。圧力がナイトとその後ろのビショップと最後尾に位置するクイーンにかけられている。

5…h6

 アラピンは釘付け、ないしは擬似釘付けに耐えられなかった。すぐにビショップを攻撃して方針を決めさせた。

6.Bh4

 客観的にみてこの手が最強の手かどうかは重要でない。ビショップの圧力が黒を悩ませるという事実がヤノフスキーが釘付けを維持する十分な理由である。

6…dxc4

 黒は自分の駒にもっと動く余地を与えるために局面を開放した。しかしこのポーン取りで中原での自分の地歩を放棄した。

7.e3

 これはポーンを取り戻すための最も簡明な方法である。キング翼ビショップはポーンを取り返し、それが同時に展開の手となる。

7…a6

 この手は 8.Bxc4 に対して 8…b5 と応じて白のビショップを当たりにし先手をとって自分のビショップを展開する準備である。

8.Bxc4

 これで戦力は互角になったが将来の見通しは白の方が良い。白は黒よりも駒が2個余計に活動していて中原におけるポーンの形も優っている。

8…b5

 このポーンによる攻撃の主目的はクイーン翼ビショップのためにb7の地点を空けることである。

9.Bb3

 誰もまだこの手とd3のどちらがビショップの引き場所として適当かを決めかねている。b3ならばビショップは黒の中原を直撃しているが、d3の方が良いと考えている人たちはそこの方が急所のe4の地点を支配するのに役立ち黒キングがキャッスリングした際そこを狙っていることを理由にあげている。

9…Nbd7

 もちろんこのナイトはcポーンの邪魔になるc6へは行かない。このポーンは白の中原を攻撃し黒のルークのためにc列を開けるという使命があるのでその遂行を妨げるようなことをしてはならない。

 ナイトがd7へ展開するのは気が利かないように見える。しかしf6のナイトを補強し中原に向かって …c5 又は …e5 とポーンを突くのを支援する用意をしている。

10.Qe2

 熟達した選手は決定的な行動を始める前に自分のすべての駒が働いているようにすることに注目して欲しい。この手はクイーンのように非常に強力な駒にしては大した手ではないように見える。しかし最下段から駒を離すという単純な行為でも展開の目標を推し進め進展を成している。

 もう二つ要点がある。試合の初めの方の段階ではクイーンはc2やe2のように自陣に近い所にいるのが非常に適切である。もっと攻撃的な展開(一般的には離れポーンを拾い集めるために)は危険をみずから招く。最下段から離れることによりクイーンは(キングがキャッスリングした後)ルークが連結できるようにしている。

10…c6

 黒がこの手で何をしようとしていたのかを正確に知ることは難しい。白の d5 突きを恐れていたのかもしれないし、ことによるとクイーン翼へのクイーンの出口を作りたかったのかもしれない。いずれにせよこの手はこれ以上猶予することなく中原を争う 10…c5 よりはっきり劣っている。

11.O-O

 白のこのキャッスリングは攻勢の手段で、ルークを活動的な任務に急がせている。

11…O-O

 黒のキャッスリングは防御が目的で、キングを安全な所に移した。

12.Rac1

 ルークがc列の先端に来た。この列の支配はこの布局における白の主要な目標の一つである。

12…Bb7

 クイーン翼ビショップが展開して黒はクイーンポーン布局の防御側を悩ます課題の一つを解決したかのように見える。しかし黒はまだ困難を脱していなかった。

13.Rfd1

 これは素晴らしい手である。これで両ルークが絶好の地点に配置された。d列における圧力で黒が 13…c5 で捌きにでるのが危険になっている。14.dxc5 と応じられるとキング側ルークの筋が通る。

13…Rc8

 黒はcポーンをさらに支援して、14…c5 と突きポーンを交換しようともくろんだ。そうなれば黒陣が捌けc列をめぐって戦うことができる。

14.Ne5!

 これで白は理想的に展開し、どの駒もよく働いている。反対に黒は駒の動きが制限されて展開が妨げられている。

 白のこのナイト跳ねは黒が 14…c5 で捌こうとするのを防いでいる。15.dxc5 Rxc5(15…Bxc5 は 16.Nxd7 で黒は取り返せない)16.Bxf6 Bxf6 17.Nxd7 で白がナイトを得し黒の二つのルークにも当たっている。

14…Nxe5

 黒は駒交換ができるなら何でも交換して圧迫を和らげようとした。

15.dxe5

 この交換は白に都合がよい。白は素通しになったd列で攻撃の機会がある。ポーンで取り返したことによる別の効果はd6に橋頭堡ができたことである。これにより白はこの地点に駒を据えて利用することを期待している。

15…Nd5

 ナイトはクイーンに対するルークの当たりをさえぎらなければならない。代わりに 15…Nd7 は 16.Bxe7(d6の地点の守り駒を取り除くため)16…Qxe7 17.f4 となって、白はd6にルークを埋め込みルークを重ねるかナイトをe4を経由してそこまで捌くことになる。

16.Bxe7

 d6の地点の弱点につけ込むためには黒枡に利いているこのビショップを取り除くことが必要である。

16…Nxc3

 黒はc3のナイトが害を及ぼす前にそれをやっつけた。代わりに 16…Qxe7 と取るのは白にナイトをe4に運ばれてそこからd6またはc5に据えられる。

17.Rxc3

 明らかに 17.Rxd8(または 17.Bxd8)はだめで、17…Nxe2+ 18.Kf1 Nxc1 で黒が勝つ。本譜の手はd列にルークを重ねる白の作戦で手得をする。

17…Qxe7

 この取り返しの後戦力は互角であるが、陣形は白の方が少し良い。しかしマスターは勝ち切るのにどの程度の有利さが必要なのだろうか。

 白の具体的な優位は唯一の完全素通し列を制圧していることと、戦略上重要なd6の地点にかけている圧力にある。

18.Rcd3!

 この手は当然そうな 18.Rd6 よりもずっと強力である。18.Rd6 には 18…c5 と応じられ 19.Rcd3 とルークを重ねると 19…c4 と両取りにこられて黒の駒得になる。

 本譜の白の手は手損することなくルークを重ね 19.Rd7 で駒得する手を狙っている。

18…Rfd8

 このような状況で劣勢側がいつも直面するジレンマは次のようなものである。もし劣勢側が節目ごとに敵に抵抗せず全ての重要な列、斜筋、枡の支配をめぐって戦わなければゆっくりと追い詰められ壁に押しつぶされる。もし至る所で敵に対抗すればその結果起こる駒交換で局面が単純化するが形勢は好転しない。

 本譜の局面で黒はルークをぶつけるのを遅らせることはほとんどできなかった。なぜなら黒は 19.Rd7 による7段目への侵入だけでなく 19.Qd2 でd列に大駒を三つ重ねる手を狙われていたからである。このような素通し列での兵力の集結にはもちろん抵抗が不可能である。

19.Rd6!

 白はd6にしっかりと駒を据えて領有権を主張した。

19…Rxd6

 こうしないと白は次に 20.Qd2 と指して黒陣に耐え難い圧力をかけてくる。

20.exd6

 これで白にパスポーンができたが、このポーンは相手の生活の仕方に多大の影響を及ぼすことになる。ニムゾビッチは「パスポーンの突き進む欲望」に特別の注意を喚起し、それを「閉じ込めておくべき犯罪者」とみなさなければならないと言った。

 パスポーンがこれ以上進むのを防ぐために黒はその通り道に駒を置いてせき止めなければならない。実際このポーンを監視するために黒は残っている4個の駒のうち1個の働きを失わなければならない。もしこのポーンをおとなしくさせておくために絶えず監視が必要ならば、黒は守りに忙殺されて反撃のことなど考えられないことは明らかである。しかし白は攻撃をある個所から別のところに自由に移すことができる。

20…Qd7

 この手はほとんど必然である。このポーンはせき止めなければならずそれもすぐにである。このポーンがもう1枡進めば黒にとって致命的である。その可能性を目撃すると次のとおりである。20…Qd8 21.d7 Rc7 22.Qd2(23.Qd6 の後 24.Qxc7 からポーンを昇格させて勝つ狙い)22…c5 23.Qa5 Rxd7 24.Qxd8+ で白が勝つ。

 本譜の黒の手でこのポーンは止まった。しかしせき止めるために黒は最強の駒のクイーンをそれに縛り付けることになった。

21.e4

 この手は 22.e5 と指してdポーンを支えさらに黒陣を押さえつけるつもりであることを示した。そうなれば白の駒はdポーンを見守る必要性から解放され盤上を自由に動き回ることができる。

21…c5

 黒はビショップの筋を開けルークにもっと自由を与えた。

 22.e5 を防ごうとすると次のいずれかになったかもしれない。21…f6 22.Qg4 Kf7 23.e5 fxe5 24.Qf5+ Ke8 25.Bxe6 Qd8 26.Qf7#。あるいは 21…f6 22.Qg4 Re8 23.Bxe6+ Rxe6 24.Qxe6+! Qxe6 25.d7 で白の勝ち。

22.e5

 この手はdポーンがその生涯の次の段階に行くのを支援する。

 dポーンは最初は同僚とあまり変わらず、次はパスポーンになり、現在は保護パスポーンになった。そして最後は(その輝ける前途をまっとうすれば)クイーンになる。

22…c4

 冷静に現実に立ち返ろう。黒はクイーン翼で相手を忙殺させる反撃策を開始するために一歩一歩着実に戦っている。

23.Bc2

 ビショップは押し戻されたが面白い展望を抱いて新しい斜筋を見張っている。

23…Qc6

 黒は最強の駒をパスポーンの監視の仕事に縛り付けておきたくなかった。そこで詰みの狙いで白の注意をそらした。白が詰みを防ぐ間黒はせき止め役を交代させる余裕ができる。

24.f3

 黒のクイーンとビショップに無駄骨を折らせて長斜筋での攻撃を終わらせた。

24…Qc5+

 このチェックの主要な目的は白が 25.Qe3 で黒枡の斜筋を支配するのを防ぐことである。

25.Kh1

 白はクイーンを盤上に残した。明らかに白は 25.Qf2 でクイーン交換をさせるよりも直接攻撃で勝負に勝つことを望んでいる。

 このような判断は何よりもまず棋風の問題である。勝ち方に複数の選択のある場合は自分の気性と適性に合った手段を選ぶべきである。現在の局面ではルビーンシュタインやカパブランカならためらわずにクイーン交換をさせて単純化を図ると想像される。彼らは複雑でない状況でのわずかな有利を勝ちに変える能力に自信を持っていて、鮮やかな攻撃での勝利は他のマスターたちにまかせている。多種多様で豊富な傑作の創造に感謝しなければならないのはこのような様々な技法によるものである。

 25.Qf2 の後黒がクイーン交換を避けて 25…Qxe5 と指せば 26.d7 Rd8 27.Qb6(ルークとビショップの両当たり)27…Rxd7(27…Qb8 なら 28.Be4 で白の駒得)28.Qd8+! Rxd8 29.Rxd8# で白がきれいに勝つ。

25…Rd8

 ルークがポーンを押さえ続ける役目を担った。

26.Qe1!

 これは妙手である。このクイーンは 27.Qh4 を経由して黒のキング翼に侵入するか 27.Qa5 を経由して黒のクイーン翼に侵入する手を狙っている。

26…Rd7

 当分の間パスポーンを動けなくした。

27.h3

 いざという時のキングの脱出口を開けた。これはクイーンとルークが攻撃のために出払った際に1段目でキングが頓死を食わないようにしたものである。

27…Bc6

 ルークが今の地点を離れビショップ(価値の劣る駒)が見張りに立てるようにまた駒の組み換えを行なう。

28.f4

 29.f5 による敵陣突破を準備した。ポーンは攻撃の素晴らしい道具となる。ほとんどどんな要塞でも突入し駒が侵入できるような裂け目を作り出すことができる。

28…Ra7

 ルークがd7の地点を空けてそこをビショップが占めるようにした。

29.f5!

 この厳しいポーン突きに対して黒は 29…exf5 と応じられない。なぜなら 30.e6 fxe6(さもないと白の6段目の2個のポーンが連結パスポーンになる)31.Qxe6+ Kh8(31…Rf7 なら 32.d7 で白の勝ち)32.d7 で白の勝ちとなるからである。

29…Bd7

 黒は守りの交替を終えた。駒の一つがせき止めを務めなければならないのでその役目を最も重要でないビショップに任せた。

30.f6

 ポーンによる打ち壊しで防御陣に突破口が生じる。白の狙いは 31.Qg3(32.Qxg7# の狙い)31…g6 32.Bxg6 fxg6 33.Qxg6+ から2手詰めに討ち取ることである。

30…g6

 30…gxf6 と取るのは 31.Qg3+ Kf8 32.Qf4 f5(32…Qxe5 は 33.Qxh6+ Kg8 34.Qh7+ Kf8 35.Qh8#)33.Qxh6+ Kg8 34.Qg5+ Kf8 35.Qf6 Kg8 36.h4 Qc8 37.h5 Qf8 38.h6 Kh7 39.Rd4(40.Rg4 から 41.Rg7+ の狙い)39…Qxh6+ 40.Rh4 でクイーンを釘付けにして白が勝つ。

 本譜の手の後ポーンの形の変化は白に格好の攻撃目標を提供する。しかし白が用心しなければならないことは重要なeポーンを守ることである。このポーンは二つの深く進攻したポーンをしっかりと支えている。注意すべきはこの二つのポーンの位置が黒枡のc7、e7及びg7を強力に制圧していることである。これらの枡は黒陣にあり黒キングに近い。しかし黒はこれらの地点に駒を置くことができない。自由に使える地点が少ないので黒が侵入者を撃退するのは難しい。

 ここからの勝ち方は学習と娯楽の見出しの下に入る。

31.Qg3

 狙いは 32.Bxg6 fxg6 33.Qxg6+ から即詰みに討ち取ってすぐに勝つことである。

31…Kh7

 ポーンを守るにはこの手しかない。代わりに 31…g5 と突くのは 32.h4 で白に勝つようにお手伝いするようなものである。

32.h4

 黒のgポーンが釘付けになっているので白は 33.h5 でさらに当たりを付け足す用意をした。

32…Qc8

 この手はクイーンに危険地帯へ急いで駆けつけさせるためである。黒が 32…h5 で白ポーンの前進を止めようとすると白クイーンが 33.Qg5(34.Qxh5+ の狙い)33…Kg8 34.Qh6 と押し入り 35.Qg7# で仕留める。

33.h5

 砲火をもろい個所に集中させた。

33…Qg8

 33…Be8 はだめでポーンは守るがクイーンの通り道のじゃまになる。クイーンはある地点から別の地点にとび回るので白の攻撃に対して素早く防御することのできる唯一の駒である。

34.Rd4

 白はあらゆる手段を利用する。このルークはh列またはg列に転回して戦いに参加する。

34…Be8

 このビショップはgポーンの守りを助けて、クイーンが白の次の攻撃目標のhポーンを守れるようにした。

35.Rh4

 作戦が明らかになった。36.hxg6+ fxg6 37.Rxh6+ Kxh6 38.Qh4# の3手詰みを狙っている。

35…Qf8

 この一手の受けである。

36.Rg4

 うまい駒捌きである。白の前の手は敵クイーンをgポーンからおびき出した。このポーンを守る駒が1個減ったので白は4個目の駒のルークで攻撃する。

36…Qg8

 クイーンが守りに駆け戻った。

37.Qe3!

 ルーク当たりになっていて白の真の目的である盤の他端のhポーンに対する攻撃のために手を稼いでいる。

37…Rd7

 ルークは当たりを逃げたがキングの守りの助けに駆けつけることはできない。

38.Rh4

 前の狙いの 39.hxg6+ fxg6 40.Qxh6# を復活(そして短縮)させた。

38…Qf8

 またクイーンがhポーンの守りにとって返した。

39.g4!

 歩兵を繰り出した。白はすべてを攻撃に投入している。今度の狙いは 40.g5 でその後 41.hxg6+ fxg6 42.Rxh6+ Kg8 43.Qh3 で簡単な勝ちになる。もし 40.g5 の後黒が 40…hxg5 と取ってくれば 41.hxg6+ Kg8 42.Rh8+ Kxh8 43.Qh3+ で詰みになる。

39…Kh8

 gポーンを釘付けからはずし 40…g5 41.Qe4 Qg8 で白の突破を困難にさせる用意をした。

40.hxg6

 キングを守るポーンの非常線を引き裂いた。

40…fxg6

 これは止むを得ない。さもないと白の次の手の 41.g7+ がひど過ぎる。

41.Rxh6+

 さらに護衛をせん滅した。

41…Rh7

 41…Kg8 なら素通し列に 42.Qh3 と駒を重ねてそれまでとなる。

42.Rxh7+

 42.g5 は 42…Rxh6+ 43.gxh6 でh列がふさがり白にとって使い物にならなくなるのでもちろんだめである。

42…Kxh7

 白は1ポーン得にすぎないがその攻撃からは何の勢いも失われていない。

43.Qg5

 白の狙いは 44.Qh5+(釘付けポーンの窮状につけ込んだ)44…Kg8 45.Bxg6 と侵入することで最後の障壁が取り除かれる。

43…Qf7

 黒はクイーン交換を避けた。なぜなら 43…Qh6+ は 44.Qxh6+ Kxh6 45.f7 Bxf7 46.d7 となって白に新たなクイーンができるからである。

44.Qh5+

 最後の作戦行動の始まりである。

44…Kg8

 キングが追い払われgポーンが守り駒を一つ失った。

45.Bxg6

 パスポーンが勝負を決める局面を作るためにビショップを切った。

45…Qxg6

 45…Qb7+ で反撃を試みても無駄である。白は単に 46.Kh2 と応じる。このキングは露出しているように見えるが実際は全然危険でない。

46.Qxg6+

 46…Bxg6 47.d7 でクイーンができるので白の勝ちである。

 本局は全般に渡って明快な大局観指法と巧妙な攻撃とが見事に融合されていた。序盤は理にかなって簡明で、中盤は攻撃の技法がためになり、終盤は芸術的だった。

2014年08月22日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: [復刻版]理詰めのチェス

[復刻版]理詰めのチェス(26)

第3章 チェスのマスターが自分の読みを解説する(続き)

第26局

 ベルンシュテイン対ミーゼス戦には「黒鍵のエチュード」という表題が付けられるかもしれない。ベルンシュテインは相手の黒枡の弱点を締め上げそれらの空所に自分の駒を埋め込んだ。白キングの大遠征の後黒ポーンが落ち始めベルンシュテインのパスポーンの進路が切り開かれた。

シチリア防御
白 ベルンシュテイン
黒 ミーゼス
コーブルク、1904年

1.e4

 今日ではこの手に踏み込むには勇気がいる。古典的な応手の 1…e5 で応じられることはめったにない。白が対面するのはフランス防御、シチリア防御、カロカン防御、アリョーヒン防御、あるいは黒番の選手が論文を執筆した他の防御法である。

 それでも客観的に見れば 1.e4 は最強の布局の手の一つである。この手は中原にポーンを据え二つの駒が戦闘に加われるようにしている。一手に対してこれ以上のことを要求することはほとんどできない。

1…c5

 黒は古き良き時代の人間がしたように角つき合わせて戦うようなことはしない。相手に得意のギャンビットや速攻を指させる代わりに自分が武器を指定することを主張している。

 理論的にはこの黒の応手は 1…e5 よりも劣っている。つまり一つの駒しか解放されずcポーン自身も白のeポーンより中原に対する影響力が弱い。しかし実戦的にはシチリア防御は完全に理にかなっている。戦いの試合になり、黒の勝つ可能性も大きい。特に勝ちを望むあまりキング翼攻撃にはやる相手に対してそうである。

 黒はクイーン翼での反撃を狙う。そのためにはc列の支配が必須である。黒は白の中原とキング翼での優位を相殺するように努めなければならない。

2.Nc3

 これは通常の展開の手である。駒が1個戦いに加わり中原に影響を及ぼしている。しかし何とおとなしい手であることか。

 もっと的を射た手は積極性のある 2.Nf3 である。これはキング翼の駒を展開し(早期のキャッスリングを容易にする)3.d4 突きを予定し中原での行動とクイーン翼の駒の解放を準備する。

2…e6

 この黒の手は穏やかだが効果的である。キング翼ビショップとクイーンの斜筋が通り中原を 3…d5 で占める用意をしている。

3.Nf3

 これはすぐれた手である。ナイトをすぐに最適の地点に置き、中原に対する圧力を増し、キング翼キャッスリングを可能にしている。

 代わりに 3.d4 と突くのは 3…cxd4 4.Qxd4 Nc6 となりクイーンが当たりになっているので黒が手得する。

3…Nc6

 ここで黒はチャンスを逃がした。ここは 3…d5 と突く好機で、自由で指し良い局面になるところだった。ほとんど全てのキング翼布局で黒はこの …d5 突きを指すことができれば互角の局面にすることができる。

4.d4!

 これはシチリア防御に特有の突っかけである。この手段によって白駒の活動性が高まる。クイーン翼ビショップのために斜筋が開きクイーンの動く空間も広がる。

4…cxd4

 黒は側面ポーンと引き換えに二つの中原ポーンの一つを交換で消し去った。それと共にクイーンとクイーン翼ルークが使えるように非常に重要なc列を空き列にした。

5.Nxd4

 この取り返しによりナイトが中央に陣取り白駒の攻撃の利きが増す。

5…Nf6

 回り道をして「シチリア4ナイト試合」という局面になった。これは表向きは穏やかだが実際は複雑である。

 ここから白はどう指したらよいだろうか。その選択は何よりも棋風、気分および気性の問題である。そしてこれこそがチェスを非常に魅力的にしているものである。

 白は 6.Be3 または 6.Be2 で組織的にそして単刀直入な展開に徹することができる。白は 6.Ndb5 で大胆かつ手筋志向になることもできるし、6.a3 で強力な釘付けを防いで堅実にいくこともできる。白は 6.g3 または 6.Nxc6 で大局的な優位の確保に努めてじっくりいくこともできる。

 白が何をしようと指し手は何かしら個性を反映する。要所での岐路では個人の考え方、気分および直感が映し出される。それは小さな軍隊の活動を指揮するやり方に見られるとおりである。

6.Nxc6

 白はナイト交換から生じる局面での少しの優勢に満足である。他の手のいくつかをちょっと見てみよう。

 a)6.Be3 は 6…Bb4(ナイトを釘付けにし 7…Nxe4 を狙っている)7.Bd3 d5! となって黒が障害のほとんどを克服してしまう。

 b)落ち着いた 6.Be2(6.Bd3 はナイトがただ取りになるのであり得ない)は同じく 6…Bb4 と応じられて黒の反撃が有望である。

 c)釘付けを 6.a3 で防ぐのは気が進まない。6…d5 と応じられると白は主導権を維持するために頑張らなければならない。手の損得は布局では非常に大切なのでポーン突きに費やすわけにはいかない。

 d)諸刃の剣(もろはのつるぎ)の 6.Ndb5 は全ての人の好みというわけにはいかない。6…Bb4 7.Bf4 Nxe4 8.Nc7+ Kf8 9.Qf3 d5 10.O-O-O Bxc3 11.bxc3 Rb8 で大乱戦に突入する。

 本譜の手の一つの利点は黒がポーンで取り返す際にシチリア防御で主要な攻撃路となるc列を閉じてしまうことである。

6…bxc6

 この手は恐らく 6…dxc6 より優っている。一つには中央に向かって取る方が通常は戦略的に良いということがある。この場合は一団のポーンを中央に保持しクイーン翼ルークの便宜のためにb列が空けられる。

 6…dxc6 と取ると 7.Qxd8+ Kxd8 8.Bg5 Be7 9.O-O-O+ で黒が対応に追われる。

7.e5

 この手はナイトを好所から立ち退かせるだけでなく白のd6の地点の支配を強化している。

7…Nd5

 この中央に向かわせる手に考慮はほとんど必要としない。他にナイトの行ける唯一の地点は本拠地のg8である。

8.Ne4

 ナイトを交換するのは白の享受してきた優位を失ってしまう。本譜の手はd6に対する圧力を強めている。

8…f5

 敷地内でぶらぶらさせない。ナイトは立ち去るか意図を明らかにしなければならない。

 黒は 8…Qc7 という受けもあった。9.Nd6+ Bxd6 10.exd6 Qxd6 11.c4 と来ても 11…Qe5+ で釘付けをかわすことができる。

9.exf6e.p.

 白が急所のd6の地点を所有するという目標を達成するためにはナイトを今の地点に踏みとどまらせなければならない。

9…Nxf6

 黒はポーンで取り返さない。それは 10.Qh5+ とされてキングが動かなければならずキャッスリングの権利を奪われる。

10.Nd6+

 黒に交換を余儀なくさせて「不良」ビショップを残させた。不良ビショップは自分と同じ色の枡にポーンがいるために働きが悪い。自分の通り道にポーンが一杯いるとビショップはほとんど何もできない。

10…Bxd6

 他には 10…Ke7 しかないがこれはとても指す気がしない。

11.Qxd6

 この取り返しで白は敵陣を締め付けた。黒のdポーンをせき止めて …d5 で捌くのを封じただけでなく、黒キングがキャッスリングで安全地帯に退避できなくさせている。さらに白は黒枡に大きな圧力をかけている。この圧力は黒枡を動く黒のキング翼ビショップが盤上からいなくなったことによって際立っている。

11…Ne4

 黒は白クイーンを追い払わなければならない。さもないと空気不足で窒息する。

 11…Qe7 では助けにならない。それは 12.Bf4 Qxd6 13.Bxd6 Ne4 14.Ba3! となって白がなおも厳しく圧迫している。

12.Qd4

 このクイーンは退却しながらもナイトとgポーンを当たりにして2方向に攻撃を加えている。

12…Nf6

 両方の狙いを防ぐにはこの手しかない。

13.Qd6

 白はこの圧倒的な態勢を手放したくないので同じ手を繰り返した。それでも望むならばいつでも手を繰り返して引き分けにできることをほのめかしている。

13…Ne4

 黒は白クイーンをd6に置いたままにしておけない。それを追い払うのが遅れれば致命的な事態を招くかもしれない。

 アリョーヒンは黒の苦境が克服できないものでないことを明らかにした。彼は次のような手順を示した。13…Qb6(14…Qxf2+ 15.Kxf2 Ne4+ の狙い)14.Bd3 c5 15.Bf4 Bb7 16.O-O Rc8

14.Qb4!

 この手は非常に強硬な手である。d6の地点にいつまでも居続けることができないならばここはクイーンの次善の地点である。b4の地点(変な場所だが)でクイーンはナイトを攻撃し、斜筋を支配して黒のキャッスリングをできなくし、三つ目の方向では黒のクイーン翼ルークが素通し列を占めるのを防いでいる。

14…d5

 ナイトを守り 15…Qd6 で白のクイーンに挑戦する手はずを整えた。黒のポーン中原は苦労の代償となっている。

15.Bd3

 これは理想的な手である。なぜなら駒が狙い-16.Bxe4 dxe4 17.Qxe4 でポーン得-を持って展開したからである。

15…Qd6

 交換を申し込んだ。これで盤上から白の攻撃的なクイーンが消えるか、圧倒的な位置からクイーンが退却することになる。

16.Qxd6

 白は喜んで単純化を図った。白は強力な双ビショップと黒枡の永続的な支配でまだ優勢を保っている。

16…Nxd6

 黒もこの取引には満足できるところがある。両方のルークが活動できる素通し列があり、中央部の一群のポーンはビショップの利きを制限することが期待できる。

17.f4!

 「顕微鏡のような目は支配者の印である」と著名なマルコが言っている。

 これでe5の地点が白の支配化に入った。一方黒のeポーンは前進を制止させられている。ポーンが動けないことの一つの影響は黒のビショップの動きをひどく制限していることである。

17…a5

 黒は何とかしてビショップを戦いに参加させなければならない。黒はこの手でビショップをa6に展開させて白のよく働いているビショップと交換する予定である。

18.Be3!

 素晴らしい。このビショップは黒のcポーンを抑え、さらにd4とc5の二つの黒枡を白の支配化に置いた。

18…Ba6

 黒は脅威となっている白のビショップの一つを盤上から消し去ることを期待した。

19.Kd2!

 キングは強い駒なので終盤では攻撃のために使うべきである。盤上から駒が少なくなるにつれてキングが詰みの攻撃にさらされる危険性も減っていき戦うための駒としての能力が増大する。終盤ではキングは敵のポーンに分け入って損害を与える手段として劣っていない。

 これがこの局面でキングが中央に近寄った理由である。キングはキャッスリングしてそこで働くよりも中央の方がずっと役にたつ。

19…Nc4+

 黒の作戦がはっきりしてきた。黒はナイトをビショップと交換したがっている。これにより異なった色の枡を支配するビショップが黒に残ることになる。このような状況は一般には引き分けに終わる。

 他に考えられる手は 19…Nb7 だった。目的は 20…c5 と指して中央のポーン横隊を突き進めていくためである。

20.Bxc4

 黒は 21…Nxe3 だけでなく 21…Nxb2 も狙っていたのでこの取りはほぼ必然である。

20…Bxc4

 ここで局面を観察してみよう。

 白のビショップは黒のビショップよりもはるかに自由に動ける。黒のビショップは自分の動く枡の色と同じ白枡のポーンが多数あるために動きが邪魔されている。

 白のキングは中原と急所のd4とe5の枡に近いので収局では黒のキングよりもはるかに好位置にいる。

 黒の命の綱である中原は固まったままである。そこの3個のポーンは固定されて動くことができない。

21.a4!

 せき止め!黒のaポーンはその地点に完全に止められた。今や固定した目標となりいつでも Bb6 で攻撃される危険にさらされている。取られないようにするためには(このポーンがなくなると白のaポーンがパスポーンになるので)黒はルークで絶えず見張っていなければならない。この1個のポーンを守る必要から黒はクイーン翼ルークの働きを奪われる。

21…Kd7

 黒は収局に備えてキングを中央に近づけた。

 これでルークが結合しキング自身もd6の地点を目指している。そこからキングはeポーン又はcポーン突きの助けとなることを希望している。

22.b3

 ビショップを攻撃して盤の端に下がらせる。これでこのビショップの利きが減ることに注意して欲しい。というのはビショップの動く斜筋の色である白枡に白と黒のポーンが配置されているからである。

22…Ba6

 不幸なビショップの唯一の逃げ場所である。

23.Bb6!

 そして今度はポーンに対する攻撃である。

23…Bc8

 さらに退却することによってのみ受けることができる。

24.Ke3

 d4、e5への徒歩を続け、いずれ分かるように北を目指す。

 もう少し無慈悲なのは 24.Bc5 で、24…Rf8 さえも防ぐ手だった。

24…Ra6

 24…Kd6 でポーンを突けるようにするのは良くなく、白は 25.Kd4 でそのささやかな考えを芽のうちに摘み取ってしまう。

 黒の最善の手は 24…Rf8 で素通し列にルークを回して反撃を図ることだった。本譜の黒の手はビショップに当てて好所からどかす目的を果たすことができるがもっと良い地点に行かせただけに終わった。

25.Bc5!

 これで盤上のすべての重要な地点を支配した。このビショップはキング翼ルークがf8に来るのを止め、クイーン翼ルークがb6に回るのを止め、黒キングがd6に来るのを止め、dポーンが進むのを止め、cポーンを全く動けなくしている。8枡を支配しているこのビショップを1枡に限られている黒ビショップと比較してみるとよい。白の攻撃の機会が広がり以降の黒の防御が困難をきたすのはこの潜在能力の大きな違いによるものである。白が陣地を獲得または支配するにつれて黒陣はますます窮屈になっていく。

25…Kc7

 キングがそばへよけてビショップがd7に行けるようにした。

26.Kd4!

 輪縄を絞った。このキングはe列を利用するルークのためにも道を空けている。

26…Bd7

 黒はビショップをキング翼、例えばg6へ捌こうとしている。

 黒のキング翼ルークは活動範囲が広いように見える。しかしどの地点が役に立つだろうか。もしb8に行けば(良い列に見える)どこへ侵入できるだろうか。その列で役に立つ地点はどこにもない。

27.Rhe1

 すぐにe5をキングで占めるよりもこの手の方がはるかに強い。白はこの重要な枡を利用してルークをg列に転回させるつもりである。ルークがそこへ行った後はキングがe5の地点を占め黒枡の締め付けを強化する。

27…h5

 黒は予想されるルークの攻撃に対してポーンによるバリケードを築こうとしている。

28.Re5

 g5への旅行への2番目の立ち寄り地である。

28…g6

 黒はハッチを閉めて厳しい冬に備えた。

29.Rg5

 gポーンを当たりにすると同時にキングに場所を空けた。

29…Rg8

 gポーンを守らなければならないが 29…Rh6 は全然動けなくなるのでもちろん本譜の手の方が柔軟性がある。

30.Ke5

 キングが幸便に黒枡を伝ってさらに侵入した。狙いは 31.Kf6 Be8 32.Re1(この手は 32.Kxe6 よりもはるかに強い)から 33.Rxe6 である。

30…Be8

 黒はすべてのポーンを助けることは望めないのでeポーンを見捨てた。もし白がこのポーンをすぐに取ってくれば 31…Bd7+ 32.Kf6 Bf5 で抵抗するわずかな希望がある。

 黒の不運なビショップは同じ色の枡にしっかりと固定されている5個のポーンによって悲しくも閉じ込められている。

31.Re1

 決定的な行動に出る前に白はさらに圧力をかけた。一撃を見舞う前にマスターの選手が全ての駒を働かせるやり方に注意して欲しい。

31…Ra8

 戦いに復帰する前にこのルークは元の位置に戻らなければならない。

 31…Kd7 では十分な受けにならなかった。32.Kf6 と応じられてルークの利きがeポーンに達する。

32.Kf6!

 白は包囲網を完成した。e6、d5及びc6にいる黒ポーンの配置の影響に注目して欲しい。黒自身の駒が束縛を受けているのに対し白駒は弱体化したc5、d4、e5及びf6の黒枡を利用して敵陣の急所へ進入を果たすことができる。それからこれらの黒枡は「空所」となっていて、駒が敵のポーンによってどかされないことにも注意して欲しい。

 白は荒っぽい攻撃や込み入った手筋に訴えて自分の目的を達成するようなことはしない。代わりに圧倒的な陣形上の優位に潜んでいる動的な力に信頼を置いている。

32…Bd7

 黒は前の手の別の理由を明らかにした。白が 33.Rxg6 と取ってくれば 33…Rxg6+ 34.Kxg6 Rg8+ 35.Kxh5 Rxg2 で急に敵に襲いかかる。

33.g3

 白はこの可能性に備えてキング翼に連鎖ポーンをこしらえ黒ルークの一つのいかなる突入の機会も減らした。

33…Rae8

 黒は陣容を強化するために何もすることができない。だからこの手は手待ちみたいなものである。

34.Ree5

 白は 34.Rxg6 と取ることができ勝つのにほとんど何の支障もなかったが、慎重には慎重を期した。まず先にeポーンをせき止め抵抗の気配さえも鎮圧した。

34…Rh8

 「生きているうちに・・・」

35.Rxg6

 これが最初の具体的な利得である。以降は勝ち試合を勝つ技法が興味深く展開される。

35…Rh7

 黒は孤立したhポーンに対する狙いを恐れてルークを重ねる用意をしてそれを救おうとした。

36.Rg7

 白は地盤を拡大し続けている。ここで7段目に侵入した。

36…Reh8

 黒は必死に持ちこたえている。

37.Rxh7

 この手が最も簡明で勝ちを決める科学的な手法である。一方が戦力的に優勢の収局では所定の戦略はポーンでなく駒を交換しポーンの局面に持ち込むことである。盤上にポーンしかない収局は勝つのが最も容易である。

37…Rxh7

 この取り返しで当面は黒が1ポーン損のままである。

38.Kg6!

 盤上から駒が減っていくたびにキングの力は増してくる。ここでキングはルークを脅かしhポーンの攻撃にも助けになっている。

38…Rh8

 おかしなことにこのルークは盤上で一箇所しか動くところがない。

 ここで白はhポーンを取って決着をつけるのだろうか。

39.Kg7!

 違う、違う、断じて違う。39.Rxh5 なら 39…Be8+ で黒がルークを丸得して勝負に勝ってしまう。単純な終盤で間違うのはなんとたやすいことだろうか。

 白の実際の手はまずルークを敷地から追い立てることである。

39…Rd8

 このルークはh列を離れてhポーンを見捨てなければならない。

40.Rxh5

 これで安心してポーンが取れる。

40…Be8

 この手はビショップをキング翼に持ってきて白のクイーン翼ポーンの背後に回ることを期待した。

41.Rh7

 ルークが収局における本来の位置である7段目に急いで陣取った。

41…Rd7+

 さもないと白が 42.Kf6+ Bd7 43.g4 としてきてこのポーンが止められなくなる。

42.Kh6

 キングはルークのそばにいなければならない。

42…Rxh7+

 ルークの交換を避けることはできないので黒は先にルークを取って白キングをh5の地点から引き離した。もしビショップがそこへ行ければまだ面倒を引き起こせるかもしれない。

43.Kxh7

 白もこの交換には賛成である。白のキング翼ポーンは動けるが黒のポーンは動けないか動くわけにいかない。

43…Bh5

 これでビショップが白のクイーン翼ポーンの背後に回る。

44.h4

 クイーン翼ポーンを助けることはできない。そこで白は自分のキング翼ポーンを動かし始めた。

44…Bd1

 長い間活動しなかった後でこのビショップは白枡のすべてのポーンの命を脅かすだけでなくキング翼のすべてのポーンを(当分の間)制止している。

45.c3!

 自分自身を助けるためにこのポーンは黒枡に逃げた。

45…Bxb3

 黒はポーンを取った。それは真の狙いがないので何はともあれ白の気をそらすためである。

46.g4

 46…Bxa4 には対策が用意してあって 47.f5 Kd7(47…Bc2 なら 48.Kg6 でhポーンが突き進むし 47…e5 なら 48.f6 Kd7 49.f7 で白が勝つ)48.f6 Ke8 49.Kg7 でキングがポーンに付き添う。

46…Kd7

 ポーンを抑えるためにキングが急行した。

47.g5

 ニムゾビッチが言うところの「パスポーンの突き進む欲望」である。

47…e5

 どうにでもしてくれという手である。しかし有望な受けはない。47…Ke8 なら 48.g6 Bc2 49.h5 Bf5 50.Kg7 で白が勝つ。

48.f5

 最も簡明な手である。白の連結3パスポーンで勝ちが確実である。

48…Bxa4

 48…Bc2 にはfポーンを守りhポーンの進路を空ける 49.Kg6 が決め手である。

49.f6

 投了の頃合であることを示唆した。49…Ke8 でも 50.Kg7 がポーンの面倒を見るので止められない。

49…投了

 黒枡の弱点につけ込む技法の見事な実例だった。

2014年08月29日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: [復刻版]理詰めのチェス

[復刻版]理詰めのチェス(27)

第3章 チェスのマスターが自分の読みを解説する(続き)

第27局

チェホベル対ルダコフスキー戦は知られざる名局である。この試合ではキング翼攻撃とクイーンポーン布局で論議してきた主題がみごとに融合している。黒は …c5 で捌くことを怠った。この状況に相手はすぐにつけいった。c列を支配するチェホベルは敵のcポーンを押さえつけそれからせき止めた。黒をクイーン翼に張り付けて白は突然攻撃をキング翼に転じて、中原は言うに及ばず両翼の防御に相手を走らせた。黒は …g6 と突いてf6とh6の黒枡を弱体化させることを強いられた。白クイーンは弱い枡の一つに飛びついた。それからキング翼での一連の詰みの狙いを始めてクイーン翼にいるクイーンを取って頂点に達した。

クイーン翼ギャンビット拒否
白 チェホベル
黒 ルダコフスキー
モスクワ、1945年

1.d4

この手は他のどんな手よりも布局における優勢を与えてくれる。

二つの駒がすぐに解放され、1.e4 の場合と同様に中原をポーンが占めた。しかし 1.d4 には次のように余得もある。

dポーンは守られていて急に攻められても安全である。

白はキングポーン布局でよく現れるようなfポーンへの狙いにさらされていない。白のc5の地点の支配は黒がキング翼ビショップをそこへ展開して白の弱いfポーンを攻撃するのを不可能にしている。

1…d5

これは白が次の手で 2.e4 と指して中原を独占するのを防ぐ最も単純な手段である。

2.c4

これはクイーン翼ギャンビットの眼目の手である。この融通無碍なcポーンは多くのことを行なっている。それらのうちの三つは黒の中原を亡き者にすることに関係している。

このポーンは自身を交換に供して、黒の中原ポーンの代わりに側面ポーンを受け入れるように誘っている。

このポーンは適当な時期が来れば黒のdポーンを取ってその中原を破壊することを狙っている。

このポーンは黒のdポーンに絶えず圧力をかけて黒がその保護に忙殺されるようにしている。

以上のことに加えてcポーン突きは白の大駒の便宜のためにc列を自由にし空けておくことを保証している。またクイーンがクイーン翼に出る道も開け放っている。

2…e6

黒は自分の中原ポーンの立場を強化した。白が 3.cxd5 と取ってきた場合はポーンで取り返して中原にポーンを維持する用意をした。これはクイーン翼ビショップの利きを制限するにしても黒の最も安全な防御である。

3.Nf3

これは黒のdポーンへの攻撃にさらに圧力を増す 3.Nc3 ほど厳しくはないけれどもやはり素晴らしい手である。どちらの手もクイーンポーン布局に特に当てはまる次のような勧告に従っている。

できるだけ迅速にすべての駒を展開せよ。

カパブランカは「序盤における主要な原則は迅速で効率的な展開である」と言っている(強調部分はカパブランカによる)。

3…Nf6

黒のナイトが中原に向かって跳ね、e4の地点を攻撃し、d5の地点をさらに厳重に保護した。

まずキング翼のナイトを動員するのは良い方針である。というのはキャッスリングを可能にするために2個の駒を展開するだけでよいからである。

4.Bg5

これは強力な手である。ビショップが展開されて敵のナイトに抑止的な働きが加えられた。この手には当面は何も脅威がない。白はただ「狙いを狙っている」だけである。

4…Be7

これはナイトへの釘付けをはずす適正な方法である。未熟な選手はよくいらだって 4…h6 5.Bh4 g5 6.Bg3 としてビショップを追い払おうとする。それは荒っぽい行動の結果としてキング翼のポーンの形を悪くしただけである。

5.e3

白はポーン中原を強化しキング翼ビショップを自由にした。

5…O-O

黒はクイーン翼の駒の展開作戦を明らかにする前にキングを安全地帯に移した。黒のクイーン翼ナイトはd7に行くかもしれないし、白の中原への攻撃の後ならばたぶんc6に行くだろう。

6.Nc3

白にはそのような問題はない。白のクイーン翼ナイトはcポーンやc列の開放を邪魔しないでc3に行ける。このナイトはc3で中原の支配争いに積極的に参加できる。

6…Nbd7

このナイトは決してcポーンが動く前にc6の地点に展開してはならない。cポーンはc5に進んで中原の同等の権利を争うのもc6に1枡だけ進んで黒自身の中原を支えるのも自由でなければならない。しかしこのポーンを …Nc6 で邪魔してはいけない。

6…Nbd7 という展開はちょっと見た感じよりも強力である。黒陣は当面は窮屈だがこのナイトは …c5 または …e5 で捌き白の中原を攻撃するのを支援する用意をしている。

7.Qc2

ここは白クイーンにとって絶好の地点である。このクイーンはc2の地点からいくつかの方向に強力な影響を及ぼしている。それは半素通しのc列に対してであり、中原では黒が 7…Ne4 で捌くのを防いでいる。駒交換を強制し圧力を払いのけようとするこの企ては次のように咎められる。(7…Ne4 の後)8.Bxe7 Qxe7 9.cxd5 Nxc3(9…exd5 なら 10.Nxd5 で白が即勝つ)10.Qxc3 exd5 11.Qxc7 Qb4+ 12.Qc3 これで白のポーン得になる。

7.Qc2 の別の働きはルークのためにd1の地点を空けたことである。黒クイーンと同じ列にルークがいると相手が中原で戦線突破を図るのをくじくことになる。中原でのポーン交換はd列での障害物のいくつかを取り払いルークの圧力を強める。この圧力はd列の敵クイーンまで到達する。

7…c6

この手は中原をしっかりと支えクイーンにクイーン翼への出口を与える。これで十分なように見えるが、中原に争点を発生させて中原の支配を争うもっと攻撃的な 7…c5 の方が適切だったかもしれない。…c5 突きの遅れの危険性は二度とこのポーン突きの好機が黒に訪れないかもしれないということである。

8.Bd3

白は5個目の駒を黒のキング翼に向けて展開し、自分のどちらの翼へもキャッスリングできる用意を整えた。

8…dxc4

黒はこのポーンをとる前に白がキング翼ビショップを動かすのを待っていた。さもないとこのビショップがポーンの取り返しと展開を同時に行なうことになる。d5の地点を空けた黒の意図はナイトをその枡に跳ばしていくらかの駒交換を行ない窮屈な陣形をくつろげることである。

そうはいっても黒は営々として築き上げたポーン中原を放棄してしまった。

9.Bxc4

白はポーン交換の結果に満足である。筋が開いて駒の活動性が増した。

9…Nd5

明らかに白にビショップ交換を迫った。

10.Bxe7

この手は 10.Bf4 Nxf4 11.exf4 でdポーンが孤立ポーンになるよりも安全である。ポーン自体はあまり危険にさらされないがその直前の地点のd5は大変危険である。その地点は黒駒により無期限に占拠される危険性がある。孤立ポーンの前の地点に陣取った駒は決して相手のポーンによって追い払われることがない。

10…Qxe7

クイーンを戦いに参加させるこの取り方が正しい取り返しである。ナイトで取るのは後ろ向きの展開である。

11.O-O

キングがより安全な隠れ家を見つけルークがお互いに連絡できるようになった。

簡明で単刀直入な展開の結果の白陣はみごとである。

11…b5

黒はビショップに当てて下がらせることにより自分のビショップの展開の手を稼ごうとした。

12.Be2

ビショップは引き下がったがd3へではない。そこは 12…Nb4 と両当たりをかけられて黒にナイトをビショップと交換させてしまう。このビショップは後でd3またはf3へ出れば素晴らしい攻撃の可能性が開けるので白は保持したいのである。

12…a6

この手はcポーンが自由に白の中原を攻撃できるようにbポーンを守る通常の捌きである。黒は 13…c5 と指すことができればまだ立派に戦える。

13.Ne4!

攻撃の火ぶたが切られた。クイーンがcポーンに当たりをかけナイトがそのポーンのc5への前進を制止している。白の構想はこのポーンがc5に進む(クイーンポーン布局における必須の捌きである)のを永久に押さえつけ、それから駒をc5の地点に据えて黒を完全にバリケードで押さえ込むことである。

13…Bb7

黒は別の駒を展開させてcポーンを守った。

14.Ne5!

これは非常に素晴らしい戦略である。白は駒をc5の地点に据える前にこの地点を守る黒駒の一つのd7のナイトを取り除くつもりである。

もし白がすぐに 14.Nc5 と指すと 14…Nxc5 15.Qxc5 Qxc5 16.dxc5 となってポーンがc5の地点を占めてしまう。これでは駒がその地点を占める場合の効果が得られない。c5のポーンは動きがとれず相手をほとんど抑止することができない。しかし駒ならばその力をあらゆる方向に及ぼしそのあたり一帯の敵の動きをひどく制限する効果がある。

14…Rac8

黒はまた一つ駒を展開して2個の駒で攻撃されているポーンを守った。

黒は 14…Nxe5 15.dxe5 と交換したくなかった。そうなれば白は残りのナイトをd6に据えクイーンをc5に配置して黒を完全に窒息させることができる。

15.Nxd7

c5の地点を警護していた駒の一つを取り除いた・・・

15…Qxd7

・・・そして他の駒をc5の地点の警護からそらした。

16.Nc5!

白はこの地点を占めて戦略的な意味で優勢を決定的にした。後は局面の優位を活用しそれを実際に勝利に結びつけることである。勝利を達成するこの過程こそチェスの醍醐味の一つである。

16…Qc7

クイーンとビショップの両当たりなのでクイーンはビショップのそばを離れない。

17.Rfd1

マスターたちの実戦によってルークは素通し列を支配している時に最も効果を発揮することが明らかになっている。

素通し列がない時はどうするのかって?その時は半素通し列か素通しになりそうな列にルークを置くと良い。

それもなさそうな時はどうするのかって?その時はルークは中央に回して中央の列に圧力をかけるのが良い。

どのみちルークは展開しなければならないのである。

17…Rcd8

この手にはいろいろな理由がある。

ルークはc6のポーンがこのルークの動きを妨げている(そしてこのポーンが生き返る見込みもほとんどない)間はc列にいても将来性がない。

ルークはビショップのためにc8の地点を空けた。ビショップはいつまでもb7の地点にいるわけにはいかない。そこにいるとビショップはcポーンのために動きを妨げられクイーンもビショップの守りに縛り付けられる。

18.Rac1

白の 19.Nxb7 Qxb7 20.Qxc6 でポーンを取る狙いは付随的であり、c列での圧力を強めるという戦略構想に比べれば副次的である。

18…Bc8

黒は 19.Nxb7 の狙いをかわしクイーンをビショップの見守りの仕事から解放した。これで黒は 19…e5 突きで反撃に乗り出すことができる。

19.Qe4!

クイーンが中央の絶好の地点に進出した。そこでクイーンは 19…e5 を防ぎ(ポーンが取られてしまうだけである)キング翼攻撃のためにその方面に転進する用意をしている。

19…Nf6

キャッスリングした陣形の最良の守り駒であるナイトがf6の地点に戻り、たまたまだがクイーン当たりになっている。

他の手なら白は 20.Bd3 で 21.Qxh7# を狙うことができた。そうなればナイトの退却か黒のキング翼ポーンの一つを進ませて弱体化を強いることができる。

20.Qh4

クイーンがナイトの当たりを避け、キングに対する攻撃を始めるためにキング翼に転進した。

20…Qa5

黒はクイーン翼で反撃を試みた。とはいってもほとんどは相手の注意をそらすためである。黒がキング翼の防御を強化しようとしてもできることはほとんどない。どのポーンを動かしても陣形をゆるめて抵抗力を弱めるだけである。黒がもくろんでいた中原での 20…e5 突きは控えめに言っても危ない。なぜなら 21.Qg3 と釘付けにする応手が厄介だからである。

21.a3

白は最も簡単な方法でaポーンを救いクイーンをb4に来させないようにした。

21…b4

黒は次に 22…bxa3 で白のクイーン翼を乱すことを期待した。

22.a4

白は敵クイーンを自陣に踏み込ませるような交換を避けた。

22…Nd7

黒は居座る白ナイトを払いのけようとした。このナイトは(アラビアンナイトで)シンドバッドの肩にしがみついた老人のように黒のクイーン翼を死ぬほど絞めつけている。黒が傍観していれば白は 23.Bd3 から 24.g4(詰みを防いでいるナイトをどかせる目的)で攻撃を推し進める。やむを得ない受けの 24…h6 の後白は 25.g5 でポーン交換を強制しg列を空ける。そして白はキングをh1に寄せてルークを素通し列にまわして攻撃を行なう。これに対し黒は長く持ちこたえることができない。

23.b3

aポーンを守りナイトの負担を軽くした。

23…Nxc5

他にもっと良い手はほとんどありそうにない。23…e5 は指したい手だが 24.Nxd7 Bxd7 25.Rc5 Qc7 26.Rxe5 で白がポーンを得する。

24.Rxc5

ナイト交換の結果白は別の駒でc5の地点を置き換えた。そしてこの駒は局面の支配を維持している。

24…Qb6

この手は 24…Qc7 よりも優っている。24..Qc7 に対する攻撃は次のようになる。25.Rdc1 Bb7(cポーンとaポーンを守るため)26.a5(26…a5 を防いでbポーンを孤立させるため)この後白は 27.R1c4 から 28.Rxb4 または 27.Bf3 から 28.d5 と指す。

25.Rdc1

空き列にルークを重ねるとその列(及び相手)に対する圧力は倍以上になる。白のとりあえずの狙いは 26.Rxc6 である。

25…Bb7

ビショップが両方の白枡のポーンを守ったがほとんど動くことができない。

駒の動きやすさの問題は興味深い。駒の捌ける余地が大きい方が優勢であるとは必ずしも成り立たないが、例外を除いて我々の実戦では良く当てはまる。束縛されずに自由に動ける駒がその周辺ではるかに力を発揮するだけでなく敵の活動も支配し制限するのはもっともである。これに加えて盤上の他の地点にも容易に移動することができ、自由に動きまわれることの特性から得られる優位を見ることができる。

両者が駒を動かすことのできる全ての手を比較してみよう。手の価値は良い、悪い、どちらでもないにかわわらず評価しない。明らかにしたいのは駒の動ける範囲である。

キング キング
クイーン 12 クイーン
ルーク(c1) ルーク(f8)
ルーク(c5) 11 ルーク(d8)
ビショップ ビショップ
合計 42 合計 17

なんと白駒の効率は黒駒の250%である。動き(結果的に攻撃力)にこれほど大きな違いがあると黒はどれだけ長く戦いを続けられるだろうか。

26.a5

このポーン突きは黒のbポーンを孤立させるためと、ついでにクイーンを2段目に押し込めるためである。

26…Qa7

代わりに 26…Qc7 なら白はキング翼での作戦を再び始めることもできるし、クイーン翼で 27.Bf3 Rd6 28.R1c4 から 29.Rxb4 でポーン得を目指すこともできる。ポーンを取っても白の攻撃力が減少することもないし局面の支配がゆるむこともない。

27.Bd3!

クイーン翼の形が固定されたので白は注意をキング翼に向けた。次の手で詰みがある。黒は簡単にこの狙いを防ぐことができる。しかしそれはキングの回りのポーンの一つを突いて構造的、永続的かつ修復不可能な弱点を作ることによってのみ可能である。

27…g6

27…h6 は 28.Qe4 で 28…g6 が余儀なく2個のポーンが浮き上がる。そこから白は 29.Rh5 Kg7(29…gxh5 は 30.Qh7#、また 29…Kh7 は 30.Qf4 で白勝ち)30.Qe5+ f6(30…Kh7 なら 31.Qg5 が絶妙の二重釘付けで白の勝ち)31.Qg3 g5(31…f5 なら 32.Qe5+ Kh7 33.Qc7+ Kg8 34.Rxh6 で白勝ち)32.Rxh6! Kxh6 33.Qh3+ Kg7 34.Qh7# で勝つ。

白が一連の手筋を延々と読みたくないならばもっと簡明な手段は圧力を維持しそれをさらに強めることである。例えば 27…h6 28.Qe4 g6 の後 29.Rh5 の代わりに白は 29.h4 と突き 30.h5 で黒のポーンを破壊することを狙うこともできた。白ポーンの前進を止めるために黒が 29…h5 と応じれば白はルークでhポーンを取ることもできるし、30.g4 hxg4 31.h5 で破壊を続けることもできる。

実戦の手で黒は黒枡が弱点となって自陣に空所ができた。

28.Qf6!

クイーンが黒の 27…g6 突きによって作られた空所に安全にもぐり込んだ。空所とはf6やh6のような地点で、隣のポーンの前進によって発生する。ここはもはやポーンによって見張られていないので弱い地点であり、敵の駒の侵入を受け易い。このような駒はやすやすと空所の一箇所に居座ることができ敵ポーンにより邪魔されないことが分かっている。

クイーンがキング翼の急所の地点にもぐり込んだので白の作戦は簡明さの点で古典的なものである。白はhポーンをh4、h5、h6と突いていき Qg7# で詰みに討ち取る。ポーンがh5まで進んだ後黒が取ってくれば即座に報いとしてルークで詰まされる。

28…Rd6

黒はd8の地点を空けてクイーンがその地点に戻り白クイーンに対抗できるようにした。チェスの言葉で言えば 29.h4 Qa8 30.h5 ならば30…Qd8 とすることで、白クイーンは詰みの狙いを放棄して去らなければならない。

29.Qe7

白は浮いているルークに当たりをかけて黒が増え続ける狙いを払いのけるのに手一杯になるようにした。黒は盤上の異なった個所に三つの問題を抱えている。

a)キング翼では詰みを監視しなければならない。

b)クイーン翼では白の締め付けから自身を解放しなければならない。

c)中間では離れ駒を助けなければならない。

29…Rfd8

代わりに 29…Qb8 なら 30.Be4 Rc8 31.h4 Qc7 32.Qf6 Qd8 33.Qxd8 R(どちらのルークでも)xd8 34.Bxc6 または 34.R1c4 で白の容易な型どおりの勝ちになる。

30.h4

白はポーンをh6にクイーンをf6に持ってきて詰み形にする狙いを復活させた。

30…R8d7

黒は敵クイーンを自陣内から追い出さなければならない。ただし最下段とd8の地点は自分のクイーンが利用できるようにしたいので 30.R6d7 とは指さない。

31.Qf6

詰みの脅威が切実な問題になってきた。

31…Qa8

黒クイーンは下がることによってのみ救援に駆けつけることができる。

黒が 31…Rd5 で 32.h5 を止めようとしても白はまず 32.Be4 でルークを立ち退かせてポーン突きを達成する。

32.Be4!

すぐ 32.h5 と突くのは 32…Qd8 と応じられてだめである。本譜の手の後(32…Rd5 の防ぎにもなっているが)黒が 32…Qd8 と指せば白は平凡ではあってもクイーンを交換しcポーンを取って簡単に勝ちになる。

32…Qe8

黒は白が早まって 33.Bxc6 と取ってくれることを期待した。その場合は 33…Bxc6 34.Rxc6 Rxc6 35.Rxc6 Rxd4 でポーンを取り返しまだまだ戦える。

33.h5!

ポーンが1段ずつ進むたびに黒キングの危険度が増していく。このポーンは黒陣のもう一つの空所であるh6を目指していてそこにしっかりと居座ろうとしている。

33…Rd8

ルークが下がってcポーンにクイーンの守りが加わるようにした。

黒が両翼での狙いをかわすのに忙殺されているということは白の次の手の鍵である。その手は黒に解決できない問題(最も対処の難しい問題)を突きつける。

34.Bxc6

一見きちんと守られているポーンを取り払った。しかし手順を見れば分かるようにポーンを守っている駒の一つは働き過ぎになっている。即ちクイーンはこの地点(c6)とd8のルークを守らなければならないだけでなくキングに対する詰みの狙いにも警戒していなければならない。

34…Bxc6

黒はこのビショップを取らなければならない。さもないと2個の駒が当たっているので戦力損になる。

35.h6!

これは挿入手、つまり即詰みの狙いの中間手である。

35…Kf8

35…Qf8 という受けには一本道の勝ちがある。36.Rxc6(狙いは 37.Rxd6 Rxd6 38.Rc8 Qxc8 39.Qg7#)36…Qxh6 37.Rxd6 Rxd6 38.Rc8+ で黒はクイーンを犠牲にしなければならない。

36.Rxc6

白は駒を取り返した。そして 37.Rxd6 Rxd6 38.Rc8 Qxc8 39.Qh8+ でクイーンを取る手を狙っている。

36…Rxc6

黒には選択の余地はあまりない。36…Qd7(37.Rxd6 に 37…Qxd6 と応じるため)なら 37.Rc7 Qe8 38.Qg7# となる。

37.Rxc6

白はルークを取り返し 38.Rc7 で7段目を制圧する用意をした。そうなれば黒キングが逃げられなくなり再びクイーンによる詰みの狙いが生じる。

37…Rd7

37…Qxc6 でも助からない。白は次のように勝ちの収局に持ち込むことができる。38.Qxd8+ Qe8 39.Qd6+ Kg8 40.Qxa6 Qe7(さもないと 41.Qb7 ですぐに白の勝ちになる)41.Qb6 これで白のパスポーンが止まらない。

38.Rc8!

白はただ取りのルークでクイーンを攻撃した。十分にみごとな締めくくりだが最善手を追究する人や枝葉末節にこだわる人は白が華麗な 38.Qg7+ Ke7 39.Rxe6+! Kxe6 40.Qe5# を見逃したと指摘するかもしれない。多くの選手はマスターが見逃したものを見つけることに大喜びする下級者によって実戦よりも速い勝ちやきれいな勝ちがあったことを指摘されたことがある。しかしマスターがもっと短い手順を見つけなかった理由はそもそもそれを探そうとしなかったからである。マスターが勝ちを決めた手は最後の手筋を開始する前にその結果を事前に見通し完全に読み切っていた手である。一連の強制手順がうまく行けば勝つための他の手順を探すことに時間をかける理由は全然ない。手筋を読むのには時間がかかるものであり、急いで敢行された短手数の手段には見損じがあることが判明するかもしれない。だから教訓は次のとおりである。最も簡明に勝ちを決める手を指せ。華麗な手はアリョーヒンとケレスに任せておけ。

38…Qxc8

もちろん 38…Rd8 としても 39.Rxd8 で何にもならない。

39.Qh8+

白がクイーンを取り勝ちが決まる。

白の指し回しは絶妙で、一度も試合の鉄壁の支配を緩めなかった。特筆すべき特徴はb4の勇敢なささやかなポーンを除いて黒の駒もポーンも自陣からの4段目を越えたものがなかったという状況である。

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カテゴリ: [復刻版]理詰めのチェス

[復刻版]理詰めのチェス(28)

第3章 チェスのマスターが自分の読みを解説する(続き)

第28局

 タラシュ対ミーゼス戦は早まった攻撃をタラシュが巧みに咎めたことで名高い。タラシュは布局で手得しそれが収局に持ち込まれた。あとはクイーン翼の多数派ポーンをパスポーンに変える技法を明快に見せつけるだけだった。

中央反撃試合
白 タラシュ
黒 ミーゼス
イェーテボリ、1920年

1.e4

 100年以上前に書かれた『冬の夕べのためのチェス』という楽しい本の中でアグネルは 1.e4 が 1.d4 より優るという面白い議論を持ち出している。彼は次のように言っていた「1.d4 ではクイーンに2枡、クイーン翼ビショップに5枡が利用可能になる。しかるに 1.e4 ではクイーンに4枡、キング翼ビショップに5枡が利用可能になる。だから初手としては 1.e4 が最も望ましい手だということが分かるだろう。この手が望ましい理由がもう一つある。このポーンは盤の中央の一角を占める。e4とd4にポーンが並びポーンと駒によって支援されれば最良の戦闘態勢とみなされ全力を挙げて維持しなければならない。」

1…d5

 黒は最初の一手から中原における白の領分を根こぎにかかった。黒は主導権を得るためなら進んでいくらかの危険を冒すつもりである。しかしクイーンがポーンを取り返すことによってあまりに早く戦闘に加わるという危険性がある。また黒はポーンの形が劣ったものになるという危険性もある。

2.exd5

 この手が最も簡明で黒に楽をさせない。代わりに 2.e5 または 2.Nc3 とするのは退嬰的な手で黒は全然苦労がいらない。

2…Qxd5

 黒はクイーンで取るのを避けて 2…Nf6 と指すこともできる。しかし 3.d4 Nxd5 4.c4 Nf6 5.Nf3 Bg4 6.Be2 となって白の中原が好形で展望もはるかに白が良い。

3.Nc3

 ナイトがクイーン当たりの先手で展開した。

 黒の防御法の欠陥の一つはクイーンが敵の小駒にいじめられるが逆に困らせることができないことである。例えばクイーンは紐付きのナイトを取るぞとおどすことができない。それはクイーンとナイトの交換になってしまうからである。ナイトはクイーンが紐付きであろうとなかろうと当たりをかけ取るぞとおどすことができる。

3…Qa5

 白キングに通じる斜筋に圧力をかけるこの手は不面目な退却の 3…Qd8 よりも好ましい。しかしどちらの場合も黒は新たな駒を展開させる代わりにクイーンの動きに2手かけたことになる。

 初心者は可能ならばいつでもチェックをかけるのが好きである。ここでは次のようなことになる。3…Qe5+ 4.Be2 Bg4 5.d4 Qe6 6.Be3 Bxe2 7.Ngxe2 これで白は3駒が活動しているのに対し黒は1個である。それもその1個は悪形のクイーンである。

4.d4

 さらにまた中原を占有した。このポーンはd4を占め、e5とc5の地点を攻撃し、その上クイーン翼ビショップを解放する働きもしている。

4…e5

 そしてさらにまた黒は白の中原になぐりかかってきた。

5.Nf3!

 5.dxe5 には黒が 5…Bb4 としてくるのでこの手の方がずっと良い。

 白は狙い(6.Nxe5)と駒の展開を兼ねた手を指している。

5…Bb4

 黒はポーンを守らずに釘付けのナイトへの攻撃を強めた。5…exd4 と取るのは 6.Qxd4 で白の展開を速めるだけなので黒は好まなかった。

6.Bd2

 チェスはとても簡単なこともある。白は三つ目の駒を戦いに投入し同時にナイトに対する重圧を緩和した。

 一方では白は 7.Nxe5 を狙っていて黒はそれを 6…Nc6 で防ぐことはできない。それは 7.d5 Nd4 8.Nxe5 で白がポーンを得する。黒はどのように白の狙いに対処するのだろうか。

6…Bg4

 解答はもう一つの釘付けである。明らかに黒はありきたりの防御には興味がない。その意味では通常の展開に興味がないと言える。黒は駒を端から急いで出して戦わせたがっている。もしこのような戦略が棋理に合っているならば展開の原則はすべてどうなってしまうのであろうか。マスターの用いるそういった金言は彼の最大の武器である。

 これまで黒は次のような行為によって適正な展開を支配する慣例を破ってきた。

 a)黒はあまりにも早くクイーンを戦いに投入した。

 b)黒は序盤で同じ駒を2度動かした。

 c)黒はナイトよりも先にビショップを展開した。

 d)黒は自分の展開を完了する前に攻撃を始めた。

 問題はこのようなことをして黒は無事に済むのだろうかということである。

7.Be2

 白は展開を続ける。別の駒を出してキング翼ナイトに対する釘付けをはずした。8.Nxe5 の狙いがもっと強烈になった。

7…exd4

 黒は白が優勢の局面になるこのポーン取りを指さざるをえない。しかし黒は他に何ができるだろうか。eポーンを 7…Nc6 で守れば 8.a3 で具合が悪い。例えば 8…Bd6 と引くと 9.b4 Qb6 10.Na4 でクイーンが取られる。また 8…Bxc3 なら 9.Bxc3 Qd5 10.dxe5 で白がポーン得になる。

8.Nxd4

 このポーン取り返しでg4のビショップが当たりになる。

8…Qe5

 黒はe2のビショップを釘付けにし、浮いているd4のナイトを当たりにした。黒が 8…Bxe2 と指さなかったのは 9.Qxe2+ で白がまた手得するからである。

9.Ncb5!

 急に白が攻撃的になった。この手で浮いているナイトを守り、b4のビショップを当たりにし、10.Nxc7+ Qxc7 11.Bxg4 でポーン得を狙っている。これらはすべてもっと駒交換することに向けられていて、そうなれば展開が速まりもっと白が手得する。

9…Bxe2

 黒は一連の駒交換を強いられ、これまで展開した駒がすべて盤上から消えることになる。

10.Qxe2

 この取り返しで黒のクイーンが釘付けにされクイーン交換が避けられなくなった。

10…Bxd2+

 ビショップもまた盤上から消えなければならない。代わりに 10…Qxe2+ は 11.Kxe2 Bd6(cポーンを守るため)12.Nxd6+ cxd6 13.Nf5 で白のポーン得になる。

11.Kxd2

 この取り返しは白を利する。それは収局に向けてキングが中央に近づき、ルークの展開のために最後の障害が取り除かれるからである。これでルークは中央の重要な空き列に行くことができる。キングはクイーンが盤上から消えれば危険にさらされない。それに黒はクイーンの消えるのを防ぐ手段がない。

11…Qxe2+

 この交換を遅らせるのは危険である。白には 12.Nxc7+ でルークを取る狙いがある。

12.Kxe2

 白はもちろんキングで取った。中央のナイトは動かしたくないのである。

 タラシュ自身もここでは白が勝勢であると考えていた。白はキングで1手、それぞれのナイトで2手ずつ、全部で5手得である。

12…Na6

 このナイトは愚形だがcポーンを守りクイーン翼キャッスリングを容易にしている。代わりに 12…Kd8 は黒のクイーン翼ルークが出て来るのに苦労する。

13.Rhe1!

 これは黒のキング翼の展開を防ぐ上で非常に効果的である。もし黒が 13…Ne7 で展開を図れば 14.Kf3 でそのナイトに釘付けがかかりキングがその守りに縛り付けられる。また 13…Nf6 なら 14.Kf3+ Kf8 で咎められ黒のキング翼ルークがずっと閉じ込められる。

13…O-O-O

 黒キングは原位置に留まり白のルークによっていじめられるのを避けて逃亡した(と同時にルークを動員した)。果たして黒は困難をなんとか切り抜けたのであろうか。

14.Nxa7+!

 これは驚きの手筋である。しかし手筋というものは常に優勢な局面を確保した側に現れるものである。手筋は偶然に現れるものではなく、秩序だった組織的な指し回しの論理的な帰結である。

 一見するとこのポーン取りは無筋のように思われる。なぜならすぐに両方のナイトが当たりになり、その一つは明らかに取られる運命である。

14…Kb8

 キングが一つのナイトを当たりにしルークがもう一方のナイトを当たりにしている。ナイトはどのようにして逃げるのだろうか。もし 15.Nab5 なら 15…c6 で駒が取られ、15.Ndb5 なら 15…c6 でやはり同じである。お互いを守り合っている二つのナイトは一方をポーンで攻められるとお手上げである。

15.Nac6+!

 これが要点である。白は2ナイトの代わりにルークと2ポーンを得る。これは公平な交換ではない。しかしいずれ分かるように考慮すべきことは戦力以外にもあるのである。

15…bxc6

 黒は取るしかない。代わりに 15…Kc8 は1ナイトの代わりにルークとポーンを取られてしまう。

16.Nxc6+

 これは一連の手筋の続きである。

16…Kc8

 ナイトをとるためにキングをこう寄らなければならない。

17.Nxd8

 黒の最も危険な駒を取り除いた。このナイトが取られた後は白の残る駒は2個で黒は3個である。しかし白の二つの駒は活動的なルークで、盤上を動き回る。一方黒の駒は、二つが隅に取り残され残りの一つは盤端にへばりついている。

17…Kxd8

 黒はクイーン翼で白の狙いをかわしながらキング翼でなお駒を動員する仕事がある。クイーン翼でポーンの数は白の3対1である。そしてポーン交換の後は2対0になる。

 黒はクイーン翼で2個の連結パスポーンの前進に直面しなければならないかもしれない。

18.Rad1+

 白はさらに手得を重ねた。白ルークがチェックで素通し列を制し黒キングが砲火をかわすために1手かけなければならない。

18…Ke8

 18…Kc8 なら 19.Kf3(狙いは 20.Re8+ Kb7 21.Rdd8 で駒得)19…Nf6 20.Re7 Rf8 で、白は 21.g4 でキング翼での攻撃を行なうこともできるし、21.a3 から 22.b4 でクイーン翼でポーン横隊を行進させることもできる。

19.Kd3+

 キングが黒の乱れたクイーン翼に向かった。黒の防御は難しい。

19…Ne7

 黒はしぶしぶといった感じでやっとキング翼ナイトを展開した。しかし他の手では負けてしまう。19…Kf8 は 20.Kc4(即詰みの狙いがある)20…g6 21.Rd8+ Kg7 22.Kb5 でナイトが取られる。また 19…Kd8 は 20.Kc4+ Kc8 21.Re8+ Kb7 22.Rdd8 でg8のナイトが落ちる。

20.Kc4

 キングがルークの通り道を空けクイーン翼ポーンの支援の用意をした。

20…h5

 変なルークの展開方法だが他にどんなやり方でルークを隅から出すことができるだろうか。

 黒は 21.Kb5 による侵入を 21…Rh6 から 22…Rb6+ で撃退する用意をした。

21.Rd3

 そこで白はこの方針を断念し、e列にルークを重ねて釘付けのナイトを取る意図を明らかにした。

21…Nb8

 ナイトがc6に行って仲間を助けるために引き下がった。

22.Rde3

 ルークが圧力を倍増させてナイトを取る構えを見せた。

22…Nbc6

 釘付けのナイトを助けるにはこれしかない。

23.b4

 白は守っているナイトを突っついて追い払いもう一つのナイトを取る用意をした。

23…f6

 黒はこれでc6のナイトに新たな居場所を用意した。これで 24.b5 には 24…Ne5+ でルークの利きをさえぎることができる。その後このナイトがe5の地点を追われたらg6に下がってe7のナイトを守ることができる。

24.f4!

 これでナイトをe5の地点に来れなくし 25.b5 の狙いを復活させた。

 局面は黒の負けのように見える。しかしミーゼスは巧みに釘付けとその恐怖から逃れただけでなく誰もがはまるような巧妙なわなを仕掛けた。

24…Kf7!

 それでも白が駒得をしようとすれば次のようにはまる。25.b5 Na5+ 26.Kb4 Nd5+27.Kxa5 Ra8# これで頓死してしまう。

25.a4

 白はこの落とし穴を避け、すべての収局を支配する次のような簡明な戦略を推し進めた。

 それはパスポーンを突き進めることである。

25…Rb8

 一時的に白の二つのポーンの進軍を止めた。白は 26.a5 とは指せない。それは26…Rxb4+ でポーンを2個取られてしまう。また 26.b5 は 26…Na5+ 27.Kc5(27.Kb4 は 27…Nd5+ で頓死の筋に入るのでだめである)27…Nb7+ 28.Kc4(b4やd4に行くのは黒のもう一つのナイトにチェックされて交換損になる)28…Na5+ となり、キングは退却するかチェックの千日手を許すしかなく何も進展が図れない。

26.c3

 これは簡明で強硬な手である。白はbポーンを守りaポーンを突き進める用意をした。

26…Rd8

 27.a5 を止める手段はないので黒は素通し列で反撃しようとした。

27.Rd3!

 この手は強引だが必須の手である。白はこの列でルークを対抗させなければならない。黒はルークを交換するか、さもなくば自分のルークをどかして白にd列を完全に明け渡さなければならない。

 初心者が痛い目にあって学ぶことの一つは列であろうと斜筋であろうと枡であろうと陣地のどの一部もその支配をめぐって争わなければならないということである。重要な地点や領域の所有を確保するためにはしばしば駒の交換を申し出ることが必要となる。そのような申し出は退屈な局面になることを恐れたりそのような戦略がスポーツマンらしくないとして避けるようなことがあってはならない。戦力的に優勢な選手が華麗に勝ちたいために煮え切らない態度をとったり退屈でスポーツマンらしくないとして交換を避けるのは相手を拷問にかけていることになる。勝ちは最も速く効果的な方法で達成しなければならない。

27…Rxd3

 この列を明け渡しても黒のルークは他の列で何の展望も開けない。そこで黒は交換した。

28.Kxd3

 白は黒の2駒に対し1駒だけとなってしまった。しかし白の単騎のルークはその大きな活動性で黒の2ナイトを上回っている。黒のナイトは安全を確保するためにお互いに絶えず連絡を保っていなければならない。

28…Ke8

 白のパスポーンの前に立ちはだかるためにキングがクイーン翼に急いだ。

29.a5

 このポーンが1枡動くたびに黒の危険度が増す。このポーンを見張るために駒が張り付けられるので黒は反撃のことなど考えている暇がない。

29…Kd7

 黒はaポーンにさらに近づき、この間にナイトを釘付けからはずした。

30.a6

 これでキングの小旅行を中止させた。30…Kc8 は 31.b5 で罰せられ黒はナイトの一つを失わなければならない。二つのナイトをお互いの守りに支え合わせるのは理想的な配置ではないことにあらためて注意されたい。

30…Nd5

 このナイトはここを経由してクイーン翼へ行こうとしている。そして白の浮いているfポーン当たりにもなっている。

31.Ra1!

 狙いをつぶす一つの方法はそれを無視してもっと急を要する狙いで対抗することである。白の狙いは 32.a7 で、黒はナイトを切らなければならなくなる。

31…Na7

 このポーンはせき止めなければならない。31…Nxf4+ は 32.Ke4 Nxg2 33.a7 Nxa7 34.Rxa7 となって白の勝ちは易しい。

32.g3

 クイーン翼で活動を続ける前にキング翼のポーンの態勢を安定させた。

32…c6

 この手には白のbポーンの前進をもっと難しくさせることとキングのためにc7の地点を空けることの二つの目的がある。

33.Ra4!

 「この収局では白のどの1手も感嘆符を付けるのに値する。」この試合の黒側を持って指したミーゼスは熱狂的に叫んだ。

 白の着想はbポーンを守っておいてから、中央に頑張っている黒のナイトを 34.c4 で追い出せるようにすることである。

33…Nb6

 ナイトはそれを待つことなくルークに襲いかかった。

34.Ra5

 ルークは場所を変えたが黒のhポーン当たりになっているので手損にはなっていない。

34…g6

 hポーンを救うにはこれしかない。代わりに黒はナイトをd5にさしはさむこともできるが、白は 35.Kc4 から 36.Kb3 とし(bポーンを守るため)37.c4 でナイトをどかせて浮いているhポーンを取ることができる。

35.c4

 永久にナイトがd5に来れないようにした。

35…Nbc8

 黒は良い手がなくなってきた。36.c5+ があるので 35…Kd6 とは指せない。また 35…f5 でキング翼を締めるのも後で白にe5から侵入されるのでだめである。

36.Ra1

 これはちょっと意外な手である。白はこれ以上のクイーン翼ポーンの捌きを後回しにし、キングとルークをもっと攻撃的な位置につけようとしている。キングはd4からc5に行き、ルークは素通しのe列に回り最終的には6段目か7段目に侵入する。そうなると黒はキング翼のポーンに対する白ルークの狙いを撃退しなければならないだけでなく、クイーン翼での白ポーンの危険な前進を食い止めなくてはならなくなる。

36…Nd6

 黒はじっと受けに回るしかない。

37.Kd4

 この間に白はキングをc5の地点に近づけた。

37…Ndc8

 黒が 37…Kc7 と指して 38.Kc5 に対し 38…Ne4+ と応じる用意をすれば白は 38.Re1(致命的なe7でのチェックの狙い)38…Kd7 39.Kc5 Ndc8 40.b5 で侵入を果たす。

38.Kc5

 キングが絶好の地点に位置した。白は 39.b5 から 40.b6 ですぐに終わらせる用意が整った。

38…Kc7

 もちろん 38…Nd6 は 39.Rd1 でナイトを釘付けにされるのでだめである。その後のきれいな手順は 39…Nac8 40.Rxd6+ Nxd6 41.a7 で、このポーンは止められない。

39.Re1

 ルークがe6またはe8に侵入してキング翼のポーンを荒らす構えである。

39…Nb6

 代わりに 39…Kd7(ルークをe6とe8に来させないため)なら 40.b5 cxb5 41.cxb5 Kc7 42.Re6 となって白は好きなように勝つことができる。

40.Re7+

 ようやくルークが敵陣に突入した。

40…Nd7+

 もちろん 40…Kb8 はだめで、白は 41.Rb7+ で片方または両方のナイトを取ってしまう。しかし本譜のチェックの挿入手は白をまだてこずらせるように見える。例えば 41.Kd4 なら 41…c5+ 42.bxc5 Nc6+ でルークがタダ取りされてしまう。

41.Rxd7+!

 鮮やかな決め手である。41…Kxd7 と取っても 42.b5 cxb5 43.cxb5 Nc8(43…Kc7 なら 44.b6+)44.b6 から 45.a7 で何の紛れる余地もない。

41…投了

 布局での手得からもたらされた有利を活用する技法のみごとな実例だった。

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[復刻版]理詰めのチェス(29)

第3章 チェスのマスターが自分の読みを解説する(続き)

第29局

 マーシャル対タラシュ戦はあまり知られていない名局である。本局は攻撃の天才と受けの達人の対決となった。大局観で指す手法が優勢となっていき継続的な陣地の獲得が白を壁際に追い詰めた。タラシュによる陣形上の優位の着実な積み重ねに対して相手の攻撃はすべて無意味にさえ見える。

クイーン翼ギャンビット拒否
白 マーシャル
黒 タラシュ
ニュルンベルク、1905年

1.d4

 クイーンポーン布局は早く陣形上の優位を得る目的で指されるけれどもマーシャルは攻撃を仕掛ける最良の手段は 1.d4 で指し始めることであると考えていた。彼がそう考えた一つの理由はキングポーン布局が手筋の乱れ飛ぶ大立ち回りの試合に至るとはもはや限らないことにあったのかもしれない。白が初手に 1.e4 と指していた昔の時代は応手はほとんど自動的に 1…e5 だった。それから白は 2.f4 でポーンを差し出しそれを取ってくれることを当てにしキング翼ギャンビットの興奮に喜んで飛び込んでいくことができた。黒はこのポーンを取りそれに頑強にしがみついて戦力で優位に立ったが手損を招いて受け身に立たされた。数多くの敗戦の後でしだいに黒番の選手たちは栄光の犠牲になることに飽きてきた。彼らはもっと分別のある対応をするようになり用心深くなった。そして 1…e6 や 1…c5 や 1…c6 で応じるようになった。これらはいずれも早い段階での直接的な接触を避けるものである。その結果攻撃的な選手は 1.e4 で指し始めながら不案内な道筋に連れ込む「変則」防御と向き合うことになった。そして攻撃を始めたくてたまらない時に系統だった計画が必要な込み入った局面に煩わされた。主導権が白にあるはずなのにここではそれがもぎ取られているのである。やる気満々の 1.e4 に対するに相手が単刀直入に 1…e5 と応ずる必然性がないならばどのようにしてギャンビット(たとえせいぜい向こうみずなだけであっても)が指せるだろうか。

 1.d4 で指し始めれば白はどのような防御法に対してもほんのわずかとはいえ有利が得られる。そしてそれと共に有望な攻撃の機会を保持することもできる。

1…d5

 これは間違いなく最強の応手の一つである。黒は中原における圧力を固定させ、白が 2.e4 で中原での地歩を強化するのを防ぎ、味方の二つの駒の筋を開けて戦いに参加させた。

2.c4

 白はポーンを差し出して(ただし付帯条件付きである)黒に中原を放棄するよう誘った。

2…e6

 ポーンを取るのは完全に理にかなっているし、少なくとも負けになるとは証明されていない。しかしポーン得を維持できないことが分かるのにどうして中原を放棄するのだろうか。実際 2…dxc4 は中原ポーンを側面ポーンと交換することに等しく割に合わない取引である。

 本譜の手の後黒のdポーンはしっかり支えられている。3.cxd5 ときたら黒はポーンで取り返し中原にポーンを維持する。

 確かに黒のクイーン翼ビショップは自分のeポーンによって閉じ込められて展開が困難になっている。そしてこれがこの防御の欠点である。しかしもし黒の最初の2手が良い手なら、そしてその2手が恐らくクイーン翼ギャンビットに対する最善の応手ならば、この布局はこの上なく強力であると評価することができ、それこそが多くの選手が白番の時はいつもためらうことなく 1.d4 と指す理由なのである。

3.Nc3

 この手はキング翼ナイトを先に展開するよりもいくらか厳しい。理由は中原のd5の地点にすぐにもっと圧力が加えられるからである。

3…Nf6

 タラシュは我々のほとんどが本能的に指すこのナイト跳ねに異議を唱えていた。確かにf6はほとんどいつもキング翼ナイトの最も働く地点である。ナイトはそこから中原での出来事に強い影響を与え、大いに自由に動くことができ、攻撃と防御に最適に位置している。しかしタラシュは白が次の手で黒のナイトに対して行なうことのできる釘付けの強力さを恐れていた。そこで彼は 3…Nf6 の代わりに黒が白の中原にすぐに 3…c5(クイーンポーン試合ではいつかは突かなければならない)で立ち向かうと共にc列を開けて自分の大駒が利用できるようにすることを推奨していた。

 それではなぜ自分で非難していた手をタラシュが指したのかと読者は問うかもしれない。彼の説明によるとこの試合は世界の一流のマスターの一人(マーシャルは最近ラスカー、シュレヒター、ピルズベリー及びヤノフスキーを抑えて一局も負けないでケンブリッジ・スプリングズ大会で優勝していた)との番勝負の初戦で、正統的な道筋からあまり早くそれたくなかったということである。

4.Bg5!

 もちろんこの一手である。なぜならビショップがナイトに不快な圧力をかけるからでもあり相手が煩わしいと思う手を指すのは良い方針だからでもある。もしタラシュがナイトの釘付けが迷惑と考えるならばナイトを釘付けにして彼を不安にしてやれ。

4…Nbd7

 これはビショップのわずかな視界をナイトがさえぎることになり具合が悪いように見える。しかし駒はお互いの通り道から簡単によけることができるものである。ナイトの居場所はこの地点でありc6ではない。c6の地点はcポーンの邪魔になる。このポーンはいずれc5に進むのでそれを妨げてはいけない。このポーンは大したものではないようだけれども中原の所有を争うには大きな力を持っている。

 黒の 4…Nbd7 にはタラシュによって考案された軽率な者のためのささやかな落とし穴が含まれている。もし白が黒の釘付けにされたナイトの無力な状態につけ込んで 5.cxd5 exd5 6.Nxd5 でポーンをかすめ取ろうとすれば、黒は 6…Nxd5(強引に釘付けをはずす)7.Bxd8 でクイーンを見捨て 7…Bxb4+ 8.Qd2 Bxd2+ 9.Kxd2 Kxd8 で別の駒を投じてクイーンを取り返す。

 教訓は序盤でポーンあさりに行くなということである。

5.e3

 このようなポーンの動きは無駄手ではない。開放のためにポーンが動かなければビショップは決して地面から離れることはできない。だからこれは駒を展開する過程の一部である。

 白は本譜の手で一度に二つの斜筋を開いた。一つはキング翼ビショップのためでもう一つはクイーンのためである。キングポーンはポーン中原をさらに支えるのにも役立っている。

5…c6

 黒も自分のポーン中原を補強しクイーンにクイーン翼への出口を与えた。

6.Qc2

 通常は小駒を先に展開するのが普通であり、その手順は大体次のとおりである。

 まずナイト、一般的にはc3/f3/c6/f6に、いずれにしても中央に向けて展開する。

 次はビショップを(必要なポーン突きの後で)展開して重要な斜筋を制するか敵のナイトを釘付けにする、

 これらの後でクイーンが登場する番である。もしクイーンが戦闘に加わるのが早過ぎれば敵の小駒によっていじめられる危険性があり、ことによっては包囲されて取られてしまうこともある。

 最後にルークの出番である。ルークはキャッスリングの後でe1、d1又はc1へ回り半素通しの中央列を占めることになる。これらの列は中央でポーンが交換された後は完全に素通しになる可能性がある。

 この展開方法は決して決まり切ったやり方と考えるべきではない。チェスでは慣例にせよ原則にせよ推奨手順にせよ何事も厳格に守らなければならないというものではない。どの一手にせよ一連の手順にせよその価値は具体的な局面に則してのみ考えることができる。それは対局している試合の作戦に適合していなければならず、相手の応手によって調整しなければならない。多くのことが相手のすることや自分のさせられることによって変わってくる。6手目にクイーンを展開したり60手目にキャッスリングしたりしても構わないことがあるのもこのためである。

 実戦の局面で黒は 6…Qa5 から 7…Bb4 でナイトを釘付けにし圧力を強めて反撃を行なうかもしれないことをほのめかしていた。だから白は本譜の手の代わりに 6.Nf3 で(銀行に預金するように)別の小駒を動員する方が当を得ていたかもしれない。この手は迅速なキャッスリングか又はさらにd2に移動してc3のナイトに対し予想される圧力を無効にすることを念頭においている。

6…Qa5

 この手には色々な目的がある。クイーンはナイトへの釘付けをはずしただけでなく、白のナイトを釘付けにして反撃を開始し、ビショップをb4にかからせることによって圧力を強めることを狙っている。おまけに魅力的なのは不注意な相手を引っ掛けるちょっとした罠をふくんでいることである。これには時おり序盤を惰性で指すエキスパート級の選手も引っ掛かるかもしれない。この罠はなにげなくビショップをd3に展開するとはまり、7…dxc4 と取られると両方のビショップが当たりになり、8.Bxf6 cxd3 でクイーンが当たりになるのでビショップを見捨てなければならない。

 ここで言っておいた方が良いのはタラシュは見え見えのはめ手でマーシャルを引っ掛けることを期待していたわけではないということである。マスター級の選手たちは自分の陣形を傷つけるような罠を仕掛けることはない。自然な展開の進行において罠が現れるなら別である。しかし貴重な手を損する危険を犯してわざとそうすることはあり得ないことである。

7.cxd5

 白は自分のビショップに対する敵クイーンの間接的な当たりを無効にし、自分の大駒のためにc列を素通しにした。

7…Nxd5

 タラシュは中原にポーンを維持するために 7…exd5 と取り返す予定だった。しかしここでクイーン翼の駒の展開をこれ以上遅らせることは危険かもしれないと気がついた。片方ではクイーン翼ナイトによってクイーン翼ビショップが閉じ込められていて、このナイトはキング翼ナイトを支えるためにそこにいなければならない。もしクイーン翼ビショップを展開させようとすれば …b6 の後クイーンの退路が閉ざされてしまう。

 しかしマスター級の選手なら戦略に柔軟性を持たせなければならない。つまり現在の局面が要求することに合致していなければならない。タラシュは強力な中原ポーンを渇望していたのだろう。しかし展開の必要性を無視する気はなかった。そこでかつてニムゾビッチが言っていた次のような言葉に耳を傾けた。「中原を放棄することは理に合わないとみなしてはいけない。幸せがほんの短い間しか続かなかったからといって幸せでなかったことにはならない。いつも幸せでいることはできない。」

 本譜に戻ってナイトは白の釘付けにされたナイトに圧力を加え、浮いているビショップを 8…Nxc3 9.bxc3 Qxg5 で取る狙いを復活させた。

8.Nf3

 タラシュは「狙われているビショップを守らなければならないという不安にかられて白は敗着を指した」と言っている。

 これはチェスでは正確な着手の時期がいかに大事かという興味深い例である。通常の展開の手は本来強力な手のはずなのだが、漠然とした似たような局面でなく現在目の前にある局面ではその手が有効なのかどうかという問題に関しては二次的なことになってしまう。

 このナイトがf3の非常に重要な地点を占めると共にビショップを守っているという事実にもかかわらずその展開は早過ぎたか遅過ぎたかのどちらかである。白は釘付けにされたナイトの問題については何もしていない。ここが圧力をかけられている所であり、危険が差し迫っている所である。

 本譜の手の代わりに 8.e4 で黒のナイトを追い払いその行き先を決めさせるのがよりぴったりだった。そして 8…Nxc3 と取ってくれば 9.Bd2 Oa4 10.Qxc3 で不安定な状況が解消される。

8…Bb4

 黒はナイトへの攻撃を三重にした。狙いは 9…Nxc3 10.bxc3 Bxc3+ から 11…Bxa1 ですぐに勝つことである。

 白はどのようにこの狙いに対処したら良いであろうか。自然な 9.Rc1 ならナイトが適切に守られている。つまり三重に攻撃されているが三重に守っている。しかし黒は釘付けにされた駒の能力に関する奇妙な事情につけ込んでいく。釘付けにされた駒は動くに動けないだけでなく守る能力も失っているのである。この局面をチェスの言葉に翻訳すると 9.Rc1 なら 9…Qxa2 となる。このポーン取りはちょっと見たところではびっくりさせられるが、ナイトの防御の能力が幻であること、即ち存在しないことに気がつけば明白な手である。わざわざこの状況を強調するのはそれが重要なことだからである。それを知り見分け応用することにより(チェスの)王国が崩壊した。

 たかがみすぼらしいaポーンを取るのにこんなに大騒ぎするものだろうか?取った後どうなるか見てみよう。

 9.Rc1 Qxa2 の後黒の手法は簡明さの点で古典的なものである。黒は次に …Bxc3+ と指し白がポーンで取り返した後クイーンを交換する。黒は1ポーン得になるがこの程度の優勢では詰みにもっていけない。黒は戦力の優位を増大させて敵キングを捕まえられるくらい十分なものにしなければならない。そしてこれは自分のポーンの一つをクイーンに昇格させることによってのみ成し遂げられる。そこで黒は最も適切な候補を選び、この場合はa列のパスポーンがそれで、機会あるごとに突き進めていく。ポーンの前進は一歩進むごとに敵に重大な問題を突きつける。白はこのポーンの針路をそらすか完全にせき止めなければならない。いずれにしてもそうするために1個または複数の駒をはりつけなければならない。防御はポーンをたえず監視していなければならないために重荷となる。それと同時にキングに対する不意の攻撃にも備えなければならない。よくある状況は駒を犠牲にしてこのポーンを取らなければならないか、最終的に負けにつながる過程である駒交換をさらに許すかである。

 このような長期的な作戦は正確な手順には基づかない。それはこのような特質の局面を勝ち切る技法の全般的な構想を表している。

9.Kd2

 これはキャッスリングの権利を失うので好んで指す手ではないが戦力損を避けるにはこうするしかない。

9…c5!

 「これは核心を突いた」とタラシュは言った。これに伴うポーン交換でc列がこじ開けられ不運なナイトがさらに危うくなる。

10.a3

 白は好んで事態を危機に至らしめている。代わりに 10.e4 は 10…cxd4 11.exd5(11.Nxd4 なら 11…Nxc3 12.bxc3 Qxg5+ で、最初から不運な運命のようだった浮きビショップを黒が取る)11…dxc3+ 12.bxc3 Qxd5+ で黒がポーンを得し勝勢になる。

10…Bxc3+

 タラシュは単純化を図り、交換得に伴う難儀を避けた。例えば 10…cxd4 は 11.axb4 dxc3+ 12.Qxc3 Qxa1 13.Qxg7 Rf8 14.e4 Nxb4 15.Bb5 Qxh1 16.Qf6 で詰みになる。実際は黒は15手目で 15…Qa5 と指せば助かるが、害の少ない方法で優勢を維持できる時にこのような乱戦にわざわざ足を突っ込むことはない。

11.bxc3

 白はこう取り返すしかない。

11…cxd4

 黒はc列を開ける良い仕事を続けた。

12.exd4

 ここでも白は取り返し方の選択権がない。cポーンは釘付けになっているし、12.Nxd4 は 12…Nxc3 Qxc3 13.Qxg5 で咎められて黒のポーン得になる。

12…N7b6

 白の釘付けのナイトはいなくなったがポーンによって置き換わった。そしてこのポーンが釘付けになっている。このポーンは標的として好都合である。そこで黒はこれに砲火を向ける。黒はこのポーンを 13…Na4 または 13…Bd7 から 14…Rc8 でたたくことを狙っている。

13.Bd3

 ようやく別のキング翼の駒が日の目を見た。

13…Bd7

 黒は 13…Na4 でcポーンに襲いかかることができる。しかしまず展開を完了しそれから全ての駒でこのポーンを標的にする方を好んだ。「おまけにポーンは逃げ出さない」とタラシュはニムゾビッチを出し抜いて言う。

14.Rhc1

 白は展開と防御を同時に行なわなければならない。もし一瞬の猶予が得られれば 15.Ke2、16.Bd2 および 17.c4 によって釘付けのcポーンを解放することができる。

14…Rc8

 しかし黒は一瞬たりとも休まない。このルークは絶好の素通し列を支配し、動けないcポーンにすぐに圧力を付け加えた。

15.Qb3

 黒を 15…Na4 16.Qxb7 Rxc3 17.Rxc3 Qxc3+ 18.Ke2 の変化に誘い反撃を試みようとした。

15…O-O

 タラシュの考え方はこうである。「最初にキングを戦いから遠ざけもう一方のルークを戦場の近くに持って来よう。」

16.Ke2

 黒は白が守りに召集する駒よりも多くの駒でこのポーンを攻撃できるので、このポーンが落ちることは明らかである。そこで白はこのポーンを見捨てキングの早逃げを図ることにより手を稼いだ。

16…Rxc3

 最初の戦力得であると共に敵陣に突入した。

17.Rxc3

 17.Qb2 でルーク交換を避けるのは黒に素通し列の支配を保持させてしまう。

17…Qxc3

 ナイトで取るよりもこの手の方がはるかに良い。黒の構想は唯一の素通し列の戦略的に重要な拠点を占拠するか、クイーンの交換を図ることである。両方のクイーンがなくなれば黒はポーン得なので局面の単純化は黒に有利に働く。

18.Qb1

 白は退却を余儀なくされたが、このクイーン引きには 19.Bxh7+ でポーンを取り返す狙いが込められている。

18…h6

 これはポーンを助ける最も単純な方法で、最下段で不意にチェックをかけられた際のキングの逃げ道にもなっている。

19.Bd2

 ビショップが押し戻されたがこの手にも狙いがある。

19…Qc7

 クイーンが仕方なく絶好の橋頭堡のc3から去ったが急所のc列には留まっている。注意すべきはクイーンがc7の地点を選んだ理由で、c6はビショップの動きの邪魔になりc8はルークの動きの邪魔になる。

 黒の狙いは 20…Nf4+ で、白のビショップの一つをこのナイトと交換させることになる。

20.Kf1

 皆家に帰るのか?

20…Nc4

 これは新たな作戦の始まりで、黒は駒を敵陣に侵攻させた。これにより急所の地点を支配し、白駒の活動性を制限することにより白の動きを束縛する。

21.Bc1

 白は双ビショップを保持したいならここへビショップを引くしかない。

21…Ba4

 そしてこれで白クイーンの活動を狭めた。

22.Qa2

 白はc列のナイトを2駒で当たりにした。これは狙いというよりもクイーンをキング翼に転回させる手数を稼ぐための便利な手段である。白の唯一の可能性はもちろん何らかの反撃を策することである。受け身の指し方では座して死を待つだけである。

22…Rc8

 これでナイトを守ると同時にc列の支配を揺るぎないものにした。

23.Qe2

 白は次に 24.Qe4 と指して紛れを求めようとしている(狙いは 25.Qh7+ Kf8 26.Qh8+ Ke7 27.Qxg7)。これに対して 24…Nf6 なら 25.Qh4 で 26.Bxh6 を狙い、キング翼で攻勢に立つことができるかもしれない。

23…Nc3!

 この手は白が模索したかもしれない反撃の開始の考えを中止させただけでなく、白クイーンを当たりにして移動をたった一箇所だけに限定した。黒が盤上を制圧した効果はこれほどの威力がある。

24.Qe1

 恐ろしいナイトがクイーンの逃げ場所のうち7箇所を押さえているのでここが唯一の避難所である。

24…Na5

 これは明らかに 25…Nb3 でさらに白陣深く侵入する意図である。それにより黒は手始めに交換得となる。

25.Bxh6

 絶望に駆られた白は乱暴に打って出た。

 この状況は 25.Bd2 でも救われない。なぜなら 25…Nb3(ナイトがクイーンだけでなく今度はルークの動きも制限する)26.Bxc3 Qxc3 27.Rd1(27.Qxc3 は 27…Rxc3 28.Rd1 Nc1 で黒が交換得か駒の丸得になる)27…Nc1 で白のルークとビショップが当たりになっているので黒が戦力を得することになる。

25…Nb3

 黒はこのビショップを取っても勝つだろうが、不必要にキングをさらすことはない。本譜の手の方が簡明であり、ここまでのクイーン翼での捌きと一貫性がある。

26.Bd2

 白は無力なルークを救うことができない。そこでポーン損を取り戻したことに満足しなければならない。

26…Nxa1

 交換得はナイトの巧みな跳梁の極致だった。

27.Qxa1

 白はこちらのナイトを取らなければならない。27.Bxc3 では 27…Qxc3 でルークの丸損になってしまう。

27…Bb5!

 これは単純化の見せ場である。黒は敵の抵抗力を減らすために駒の交換を図った。盤上に駒が少なくなればそれだけ白からの紛れの余地が少なくなり黒の戦力上の優位がものをいうようになる。黒が盤上の支配をゆるめることなくこのような交換を図っていることに注意されたい。

28.Bxb5

 白はこんなものである。28.Bxc3 は 28…Bxd3+ から 29…Qxc3 で駒損になるし 28.Qxc3 も 28…Qxc3 29.Bxc3 Bxd3+ から 30…Rxc3 で同じである。

28…Nxb5

 この取り返しの後黒の狙いは 29…Qc4+ 30.Ke1 Nc3 で、e2での詰みを防ぐために 31.Bxc3 が必然で以下は 31…Qxc3+ 32.Qxc3 Rxc3 で初歩的な勝ちの局面になる。

29.g3

 白はキングのためにg2の地点を用意した。そこならキングの露出が減りビショップがf4に出た際の支えにもなる。

29…Qc6!

 クイーンが白の前の手で弱体化した白枡に飛びついた。ナイト当たりになっているのでクイーンは先手でさらに白陣に侵入することができる。

30.Kg2

 ナイトが例えばe5に跳ねれば 30…Qh1+ でクイーンを素抜きにされる。一方 30.Ke2 とナイトを守るのは 30…Qe4+ 31.Be3 Rc2+ 32.Nd2(32.Kd1 は 32…Nc3+ で黒勝ち)32…Nc3+ 33.Ke1 Qh1+ で次の手で詰みになる。

30…Rd8

 ルークが絶好の標的の孤立ポーンのいるd列に陣取った。

31.Be3

 ナイトが釘付けにされて役立たないのでビショップでdポーンを守った。

31…Qe4

 クイーンが敵陣深く急所に侵入した。

32.Qb2

 他の駒がお互い守り合っているので白はクイーンをなんとかして働かせようとした。

 クイーンは急いで空き列を占拠しようとしなかった。それは 32.Qc1 Nxd4 33.Bxd4 Rxd4 となって 34…Rd3 の狙いがひどいからである。

32…Rd5!

 これが眼目の手である。自分のナイトを守っただけでなく 33…Rf5 34.Qe2 Nxd4! でクイーンを当たりにしつつ3駒で白のナイトを当たりにして勝つ狙いである。白は至る所釘付けにされているので受けようがない。

33.a4

 ナイトを追い払ってdポーンの脅威にならないようにした。

33…Nd6

 ナイトは立ち退いたがちゃんとbポーンを守っている。

34.Bf4

 こうしないと黒が 34…g5 として 35…g4 又は 35…Rf5 又はその両方を狙ってくる。

34…Nf5

 またもやdポーンに襲いかかった。

35.Be3

 白は 35.Qxb7 と取っている余裕はない。35…Nxd4 と取られるとクイーンがナイトの守りに戻れない。

35…Nxe3+

 この手は 35…e5 からの攻撃よりも簡明である。本譜の手の後さらに2駒が盤上から消え、その上ポーンも落ちる。

36.fxe3

 白は取り返す一手である。

36…Qxe3

 これでナイトに対する釘付けはなくなるがこのナイトはdポーンを守るために動けない。

37.g4

 白は 37.Qxb7 とは取れない。それは 37…Qe2+ とされてキングがナイトの守りから離れなければならず駒損になってしまう。本譜の手は黒が 37…Rf5 で圧力を増すのを防いだ。

37…f5

 黒は局面を開けた状態にしてもかまわない。黒キングの方が白キングよりも露出による被害が少ない。この手の狙いはもちろん 38…fxg4 で、たちまち黒の勝ちになる。

38.g5

 代わりに 38.h3 なら 38…fxg4 39.hxg4 Qf4 40.g5 Qg4+ 41.Kf2 Rf5 となって、42…Qxf3+ と 42…Qxg5 の二つの狙いが受からない。

38…Qe4

 またもやナイトを釘付けにした。

39.Qc3

 白は注意深く 39.Qxb7 を避けた。そう指すと 39…f4 とされて 40…Qe2+ でナイトを取られるか 40…Rxg5+ でポーンを取られる。

39…f4

 すぐに 39…e5 はだめで、40.g6 で頓死を狙われる。

40.Qc8+

 白が 40.g6 としたら 40…Rg5+ でgポーンの生涯が終わる。

40…Kh7

 クイーンからこれ以上チェックがかからないようにした。

41.Qc3

 ナイトとdポーンの守りに戻った。

41…e5!

 最終段階として白の中原の破壊が始まった。

 この手は 41…Rxg5+ よりも強力である。その手の後は 42.Kf2 Rh5 43.h4 となって白に 44.Ng5+ の狙いがある。

 本譜の手の狙いは次に 42…Rxd4 と指すことで、そうなれば黒には以下のような成果が得られる。

 黒が白の中原を壊滅させた。

 43…Rd3 ですぐに黒の勝ちになる。

 (上述で不十分ならば)黒は中央に2個の連結パスポーンが保証される。

42.h4

 マーシャルは 42.dxe5 が 42…Rd3 で駒損になることを読んでいて、ちょっとしたわなを仕掛けた。

42…Rxd4

 黒は次に 43…Rd3 でクイーンをナイトの守りから遮断してその2駒を両当たりにするつもりである。

43.g6+

 これはわなの一つである。黒が 43…Kxg6 と取れば白は 44.Qb3 と応じる(チェックの千日手をかけようとしているように見える)。黒の 44…Rd3 の後白は 45.Qe6+ でなく 45.Qxd3 とルークを取り 45…Qxd3 なら 46.Nxe5+ から 47.Nxd3 でクイーンを取り返す。

43…Kh6

 黒はこのわなをかわした。

44.Kh2

 そこで白は別のわなを仕掛けた。今度は 44…Rd3 なら 45.Qxe5 Qxf3 46.Qg5# で頓死である。

44…Qe2+

 白は受けがない。45.Kg1 なら 45…Rd1+ 46.Ne1 Rxe1+ で黒の勝ちである。また 45.Kh3 なら 45…Rd3 で今度こそかわいそうなナイトを釘付けにして白の最後の抵抗の火を消す。

2014年09月19日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: [復刻版]理詰めのチェス

[復刻版]理詰めのチェス(30)

第3章 チェスのマスターが自分の読みを解説する(続き)

第30局

 ここからの3局の主題は「パスポーンを作りそれを突き進めて勝て」である。まずカパブランカ対ビリェガス戦ではクイーンを犠牲にする場面が見られる。ほとんどの試合ではそのような犠牲は手筋の極致だが本局では陣形上の優位を確立する大戦略の前には影が薄い。その大戦略はd列の支配に行き着き、続いてクイーン翼で3対2の多数派ポーンの形成に結びついた。巧妙な指し回しでこれから単独のパスポーンができ、厳重にせき止められたにもかかわらず再びクイーンの犠牲で扉が大きく開かれた。

クイーン翼ギャンビット拒否
白 カパブランカ
黒 ビリェガス
ブエノスアイレス、1914年

1.d4

 本局ではチェスの技法は次のような単純な手法に帰せられる。

 「パスポーンを作りそれを突き進めて勝て」

 白は初手で中原に地歩を占め2個の駒を自由にした。

1…d5

 この手は恐らく黒の最強の応手である。圧力を対等にし白が 2.e4 で中原を独占するのを防いでいる。

2.Nf3

 ナイトが中原に向かって跳ねポーンがe5の地点にかけている圧力を強めた。このナイトはf3の地点で最も良く働いていて周囲の8地点に利いている。

2…Nf6

 黒は同じやり方でキング翼ナイトを最も効果的な地点に展開した。優れた攻撃能力を別にしてもナイトはその場にいながら役に立っている。キングの護衛では特にキャッスリングの後では他の駒にできない守りを務めている。

3.e3

 これは最も積極的な布陣ではないが、白は最初から攻撃的である必要はない。この布局自体が非常に強力なので白は無駄なく最適な地点を占めるように駒を展開するだけで素晴らしい態勢を築くことができる。その手法は次のように単純そのものである。

 どの駒も働く地点につけ、展開が完了するまで同じ駒を2度動かすな。

 3.e3 によって一方のビショップが自由になるが他方のビショップが閉じ込められるということはたいして重要でない。なぜならクイーン翼ビショップはb2の地点から参戦できるからである。白は具体的な意図を明らかにしていない。コーレ攻撃を指すかもしれないし単にビショップをd3に展開して早いキング翼キャッスリングをするつもりかもしれない。

3…c6

 黒は 4.c4 でdポーンが攻撃されることを見越してdポーンを支えた。黒は 3…e6 で自分のクイーン翼ビショップを閉じ込めて支えるよりも本譜の手の方を好んだ。

 しかしビショップを自由にしたいならどうして黒はすぐにf5の地点に出さないのだろうか。そこなら白のビショップがd3に来た時に対峙する用意ができている。そうなれば白の攻撃的なビショップとの交換がほぼ不可避でコーレシステムから攻撃の牙を抜くことになる。

 他に考えられる手はすぐにポーンをc5に突くことで、白の中原に襲いかかりc列を開けて自分の大駒が利用できるようにすることだった。それなのになぜ序盤で 3…c6 というように不必要なポーンを突くのだろうか。どうして何も狙われていないのに守りに手を無駄に費やすのだろうか。

4.Bd3

 これは落ち着いた力強い展開である。このビショップは二つの格好の斜筋をにらみどちらにでも動く用意をしている。その一方でキング翼がキャッスリングのために空いた。

4…Bg4

 このビショップの行き場所はここくらいである。このビショップの最良の位置はf5だが白の直前の手によってそれが不可能になっている。

5.c4!

 これは機敏な手である。白は黒の中原に挑みかかり、自分の大駒のためにc列を開けた。クイーンのために空けられた斜筋にはビショップの出撃によって弱体化した黒のクイーン翼を 6.Qb3 によって襲撃する展望がある。

5…e6

 黒のキング翼ビショップに出口が与えられ中原のポーンもさらに支援された。

6.Nbd2

 白はキング翼ナイトをこの小駒で守りクイーンの務めを軽減した。このナイトの展開方法はc3に展開するよりも好ましい。c3ではc列でのクイーンやルークの将来の活動の邪魔になるかもしれない。

 6.Qb3 の出撃はすぐには何の有利ももたらさない。黒は 6…Qb6 と応じクイーン交換になるか白クイーンが引き下がることになる。

6…Nbd7

 黒のナイトにとってもこれは手本となる展開である。このナイトはd7の地点でキング翼ナイトと協力して働き、…c5 または …e5 によって白の中原をいつかは攻撃するのを手助けする。この捌きはどちらにせよ黒がこの布局で達成しようとしなければならない目標である。

7.O-O

 キングが安全地帯に急いで去りルークが隠れ家から出てきた。

7…Be7

 この手は駒を展開しキャッスリングを可能にしているがかなり積極性に欠けている。もっと元気のよい手段は 7…e5 で中原で何らかの発言権を得ようとするものだった。

8.Qc2!

 そこで白はそのようなもくろみを完全にやめさせた。それでも黒が 8…e5 と突けば白のナイトが釘付けになっていないのでそのポーンを取ることができ黒のポーン損になる。

 クイーンのc2への展開は地味だが序盤の段階ではクイーンはめったに3段目または4段目を越えて出て行かない方が良い。大切なことはクイーンが最下段を離れて活動することである。

8…Bh5

 黒はビショップをg6に引き白の攻撃的なキング翼ビショップと交換する用意をした。この手の代わりにキャッスリングするのは 9.Ne5 Bh5(9…Nxe5 は 10.dxe5 Nd7 11.Bxh7+ で白のポーン得になる)10.f4 でナイトが中央の強力な位置を占め白に素晴らしい攻撃の展望が開ける。

9.b3

 駒の出口を開けるポーン突きは常に正しい手である。この手はクイーン翼ビショップの展開する地点を用意した。

9…Bg6

 黒はビショップの交換を行なうための手を続けた。

10.Bb2

 ビショップが遠くから中原の重要な地点のe5に対する白の圧力を強めた。この地点を支配していれば黒が …e5 で捌くのが難しくなる。

10…Bxd3

 この交換を急ぐことはない。どうして白のように冷静に駒を展開する作業を続けないのだろうか。

11.Qxd3

 この取り返しの後白は盤上を席巻する。白はいろいろな指し方が可能である。

 a)e4 突きでつっかけて攻撃のために筋を開ける。

 b)ナイトをe5の拠点に据える。

 c)c5 突きから封じ込めを行なう。

11…O-O

 黒は白の狙いのすべてに対処することはできない。それでキングを安全な隠れ家に送った。

12.Rae1

 白は具体的な行動をとる前に別の駒を戦いに加えた。ルークがe列にいればeポーン突きに迫力が加わる。

 白は展開が完了しないうちは行動を開始しない。

12…Qc7

 黒は別の駒を動員し 13…c5 による反撃に期待した。クイーンの展開によってルークもお互いに連絡できるようになった。

13.e4!

 白は攻撃の筋を開けた。理論によればこれは展開に優る側に有利に作用する。

 白は 13.c5 を見送った。それに対する応手は 13…e5 14.dxe5 Nxc5 である。13.Ne5 はもう有望でない。即ち 13…Nxe5 14.dxe5 Nd7 15.f4 f6 で黒に楽をさせてしまう。

13…dxe4

 さもないと黒はずっと e5 や exd5 を恐れながら暮らさなければならない。白はどちらの手も都合の良い時に指すことができる。

14.Nxe4

 この取り返しの後白の中原は威容を誇っている。

14…Nxe4

 黒はごちゃごちゃした陣形を解放するために駒を交換した。

15.Rxe4!

 この手は自然な受けの 15…Nf6 を予期したものである。この手に対して白は 16.Rh4 と応じる。その後の作戦は詰みを防いでいる黒のナイトを除去することである。それは 17.d5 から 18.Bxf6 か 17.Ne5 から 18.Ng4 で実現できる。ナイトの交換または立ち退きの後の Qxh7# を防ぐために黒は …g6 又は …h6 と突かなければならなくなる。どちらにしてもポーンの形に隙ができキングの防御が弱体化する。

15…Bf6

 この手は 16.Rh4 を防ぎビショップの利きを良くし白の中原に圧力をかけている。それに 16…Nc5 17.dxc5 Bxb2 で黒の有利な単純化になる小さな狙いも持っている。

16.Qe3

 その小さな陰謀を阻止した。

16…c5

 これは確かに魅力的な手である。黒の意図は 17…cxd4 で、dポーンが釘付けになっているので白はこのポーン取りを避けることができない。白の目障りな中原ポーンがなくなれば黒のナイトがc5やe5に行けるようになり、クイーンとルークが素通しのc列から反撃することもできる。

17.Ne5

 ナイトが橋頭堡に陣取った。この手は無害に見える。何も狙っていないし黒のもくろみに何の邪魔にもならない。

17…cxd4

 この手は 18.Bxd4 Bxe5 19.Bxe5 Nxe5 20.Rxe5 Rfd8 で素通しのd列の支配により黒の見通しが断然良くなることを期待した。

18.Nxd7!

 これは破天荒な構想である。それは白がクイーン捨ての手筋を指したということではなく、クイーンの返上が瑣末なことに過ぎないという状況のことである。クイーン捨ては試合全体の戦略に比べれば付随的なことに過ぎない。この試合は大局観に基づいて指されていて、そのとおりに勝ちになる。そこではどんな手筋も全体作戦に沿って現れてくる。その全体作戦とはパスポーンを作り機会あるごとに突き進めクイーンに昇格させることである。

18…Qxd7

 黒がクイーン捨てを受け入れて 18…dxe3 と取れば白は次のような手筋を繰り出す。19.Nxf6+ Kh8(19…gxf6 は 20.Rg4+ Kh8 21.Bxf6#)20.Rh4(21.Rxh7# の狙い)20…h6 21.Rxh6+! gxh6 22.Nd5+ Kg8 23.Nxc7 これでルークと2駒の交換となり白が簡単に勝つ。

19.Bxd4

 ビショップがポーンを取り返し2方向に利きを及ぼしている。一方はaポーンまで利いていて、他方は 20.Bxf6 gxf6 21.Rg4+ Kh6 22.Qh6 Rg8 23.Qxf6+ からの詰みを狙っている。

19…Bxd4

 白のビショップは消さなければならない。

20.Rxd4

 ビショップを取り返した手がクイーン当たりの先手になっている。

20…Qc7

 ここが最善の逃げ場所で、クイーンの動きが一番良い。

21.Rfd1

 ここで白のクイーン捨ての意味を良く理解することができる。クイーン捨ては奇襲戦術で勝とうということではなく、陣形的に優位を得る手段として用いられた手筋だった。

 d列の白の二重ルークはその列を完全に支配している。そしてクイーン翼での3対2の多数派ポーンからはc列でパスポーンが生まれる可能性がある。

21…Rfd8

 黒は白が7段目にルークを据えるかd列に駒を三重に重ねる前にルークを対抗させなければならない。

22.b4!

 これからクイーン翼でのポーンの進撃が始まる。カパブランカは 22.Rxd8+ Rxd8 23.Rxd8+ Qxd8 24.Qxa7 Qd1# のような見え透いた罠には一瞥もくれない。

22…Rxd4

 この交換はほとんど必然である。さもないとこのルークを守るためにクイーンともう一つのルークが縛り付けられる。

23.Qxd4

 当然ながら白は素通し列に2個の大駒を維持するためにクイーンで取った。

23…b6

 黒はルークを使うためにこの手か 23…a6 と突く手を指さなければならない。もちろん素通し列を争うために 23…Rd8 と指すことは白に即座にルークを取られて詰みになるのでできない。

24.g3

 これはキングが最下段での不意のチェックから逃げるための安全策である。用心しないと致命的になることがよくある。

24…Rc8

 cポーンを2駒で当たりにした。

25.Rc1

 cポーンを救うために白はルークをd列からそらさなければならない。しかしこれでルークがポーン(戴冠の候補)の背後に回り、このポーンがc列でどんなに先まで進んでもそれを守れる位置についている。

25…Rd8

 黒の目的は白クイーンを追い払いこのルークでd列を自分が支配することである。

26.Qe3

 これは抜け目のない手である。ルークに紐を付け、黒ルークがd2に来るのを防ぎ、cポーンが次に立ち寄る戦略的要衝のc5を見張っている。

26…Kf8

 キングが戦場に近寄った。駒が総交換になった場合はキングがcポーンを抑える用意をしている。

27.c5

 ポーンは機会あるごとに前進する。

27…bxc5

 白が 28.bxc5 と取り返すことを期待している。その場合黒は 28…Qc6 でしっかりこのポーンをせき止める。

28.Qe4!

 これは非常に気の利いた手である。黒ポーンは釘付けになっていて取られるのを避けることができないので白はすぐに取り返す必要はない。そしてこのクイーンの動きで黒の意図した 28…Qc6 によるせき止めを防ぎ 29.bxc5 から 30.c6 を準備している。

28…Rd5

 ルークが急いでcポーンの助けに向かった。

 ここで白はポーン狩りをしたくなるところである。29.Qxh7 の後 30.Qh8+ から 31.Qxg7 で2個のポーンを取りh列にパスポーンを作ることができる。しかしこのような気まぐれな指し方は白の綿密で能率的な指し回しとは調和しない。そしてカパブランカのような性格とは全く相いれない。

29.bxc5

 ついにパスポーンができた。

29…g6

 29…Rxc5 と取り返すことはできない。白は無作法なルークを 30.Qb4 で罰し、釘付けにより取ってしまう。

30.c6

 パスポーンは突き進めなければならない。このポーンが1枡進むたびに白ルークの動ける範囲が広がり黒駒の自由が制限されていく。

30…Kg7

 黒はキングを中央に近づけるのは自殺行為になるかもしれないと気付いた。即ち 30…Ke7 31.Qh4+ Kd6 32.Qb4+ Ke5 なら 33.Qf4# で詰みになる。

31.a4!

 これは素晴らしい準備の手である。もし白がすぐに 31.Qb4 から 32.Qb7 と指すと(せき止めている駒をどかすため)黒はクイーンを交換し 33…Rb5 とポーンの背後に回って止めることができる。しかし白のaポーンがa4にあると黒はルークをb5に回らせることができない。

31…Rd6

 黒はポーンをがんじがらめにした。このポーンは進めないし、クイーンをb7に回すという白の意図していた策略も実現不可能である。黒は 32.Qb4 に対して単に 32…Rxc6 と取るまでである。しかし1個のポーンが黒のクイーンとルークを縛り付けておくことができるということはパスポーンの威力のおかげである。

32.Qe5+!

 ポーンの周りの厳重な警戒にもかかわらず白は一撃でせき止めをはずしてしまう。

32…f6

 黒がどのようにチェックから逃れても白の次の手筋を止めることはできない。

33.Qxd6!

 守りの一つを撃破した。

33…Qxd6

 そして取り返しのためにもう一つが誘い出された。

34.c7!

 これで白の勝ちである。次の手でポーンがクイーンに昇格し白がルークの丸得になる。

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カテゴリ: [復刻版]理詰めのチェス

[復刻版]理詰めのチェス(31)

第3章 チェスのマスターが自分の読みを解説する(続き)

第31局

 ハバシ対カパブランカ戦はほんのわずかな有利を搾り出す大局観指法の素晴らしい見本である。カパブランカはクイーン翼で多数派ポーンを確保しそれからパスポーンを作る作業に着手する。そのために彼は素通しのc列を支配し敵の白枡の弱点を利用した。後はパスポーンを無事に昇格枡に連れて行くだけだった。

クイーンポーン試合(ニムゾインディアン防御)
白 ハバシ
黒 カパブランカ
ブダペスト、1929年

1.d4

 中原を十分に獲得する一つの方法はそこを占拠することである。

 白はそのために盤の中央にポーンを据えた。このポーンはd4の1枡を占めe5とc5の2枡を配下に収めた。

1…Nf6

 この手は 1…d5 よりも融通性がある。黒は中原をポーンで占拠する代わりに駒を展開して中原ににらみを利かせた。このナイトはd5とe4に利いていて、白が 2.e4 でさらに勢力を拡張するのを防いでいる。

2.c4

 これはクイーンポーン布局における重要な解放の手である。この手は中原の枡のd5を攻撃し、c列をルークの格好の居場所とし(この列は後で素通しになる可能性が高いため)、クイーンをクイーン翼に出られるようにしている。

2…e6

 すぐに 2…d5 と突くのはだめである。白は 3.cxd5 Qxd5(3…Nxd5 は 4.e4 Nf6 5.Nc3 で白が中原を本来以上に獲得してしまう)4.Nc3 でクイーン当たりのために白が手得する。

 2…e6 により黒は後で …d5 で中原を占拠する際にポーンで支援する用意をした。そしてとりあえずはキング翼ビショップを自由にした。

3.Nc3

 この手はキング翼ナイトを展開するよりも厳しい。狙いとして 4.e4 突きを助けていて、そうなれば中原に威容を誇るポーンの並びができる。

3…Bb4

 このビショップはナイトを締め上げていて、釘付けにより攻撃と防御の能力を奪っている。だからもし白が不注意に 4.e4 と突けば黒はすぐにそのポーンを召し上げることができる。

4.Qc2

 この手にはいくつかの目的がある。

 a)一般的にc2はこの布局におけるクイーンの最適の地点である。

 b)このクイーンはナイトを守っている。黒が 4…Bxc3+ と取ってくればクイーンで取り返してポーンの形を乱さないで済む。

 c)このクイーンはc列に圧力をかけている。その効果はc列が素通しになればいっそう明らかとなってくる。

 d)このクイーンはe4の地点に利いているので e4 と突く狙いが復活した。

4…d5

 黒はe4の地点の支配を白からもぎ取りeポーンが2枡進む野心を抑止している。

5.Nf3

 この手は落ち着いた手だが落ち着きすぎだろう。キング翼ナイトが地面から離れたがその間隙を縫って黒が主導権を握る機会を得た。

5…c5!

 ルーベン・ファインは次のように言っている。「どのクイーンポーン布局でも黒が無事に …d5 及び …c5 と突ければ形勢が互角になる。」

 黒が 5…c5 と突いた狙いは白のポーン中原を破壊すること、あるいは重要な区域で最低限争点を維持することである。余得としてクイーン翼の駒の動く場所がわずかながら広がった。

6.cxd5

 これは中原の形をはっきりさせようという考えである。cポーンが無くなったことによりその列でのクイーンの圧力を増すことにも役立っている。

6…Qxd5

 この手は 6…exd5 よりも優る。6…exd5 には 7.Bg5 とかかられナイトに対する釘付けがうるさい。中央のd5の地点のクイーンは強力で、白の小駒で脅かされる心配が全然ない。

7.a3

 このいまいましいビショップはもうたくさんである。

7…Bxc3+

 黒はビショップを切らなければならない。代わりに 7…Ba5 と引くのは 8.b4(9.Nxd5 の狙い)8…cxb4 9.Nxd5 b3+ 10.Bd2 bxc2 11.Nxf6+ gxf6 12.Bxa5 で白の駒得になる。

8.bxc3

 代わりにクイーンで取るのは 8…Ne4 がクイーン当たりの先手となる。そうなれば白が e4 と突く狙いはさらに遠のいてしまう。

 ナイトとビショップに対する白の双ビショップは理論的には有利だが、その代償として黒のクイーン翼のポーンの形ははっきり優っている。

8…Nc6

 このナイトは狙いを持って展開した。白のdポーンは3駒で当たりにされているので白の応手は制限を受けている。

9.e3

 クイーン翼ビショップを閉じ込めるがこれが一番ましな手である。

 代わりに 9.dxc5 は 9…Qxc5 で白に2個の弱い孤立ポーンが残される。また 9.c4 は 9…Nxd4 10.Qa4+(10.cxd5 は 10…Nxc2+ で黒がルークも取れる)10…Qd7 で黒のポーン得になる。

9…O-O

 キングが安全な避難所に行きルークが登場してきた。

10.Be2

 ビショップが慎重に展開した。もっと積極的な指し方は 10.c4 で、中原からクイーンをどかして 11.Bb2 とすればどちらも指せる分かれである。

10…cxd4

 これは機敏なポーン交換である。局面を流動的に保ち、白がどのように取り返しても黒が少し優勢になる。

11.cxd4

 もちろん白は 11.Nxd4 とは取らない。それは 11…Qxg2 12.Bf3 Nxd4 でひどいことになる。本譜の手で白は中央に向かって取るという原則を忠実に守り、c列を空けることによってクイーンの活動の範囲を広げた。それでもこの場合は 11.exd4 と取ってクイーン翼ビショップを働かせるようにする方が良い方針だっただろう。

11…b6

 ビショップをb7に展開する用意をした。ビショップはそこから盤上で最長の斜筋をにらむことになる。

 黒の有利な点は主としてクイーン翼でポーンが2対1になっていることにある。これはポーンが交換になれば1対0になる。c列はルークが支配することができる。このルークは白クイーンを追い払いc列を支配し続ける。

12.Nd2

 この長斜筋は白自身も欲しがっている。そこで白はビショップのためにf3の地点を空けた。カパブランカを 12…Qxg2 という子供だましの罠で引っ掛けることはほとんど期待していない。そうきてくれれば 13.Bf3 で白が駒得する。このようなことは現実には起こらないものである。

12…Bb7

 ここは利き筋を2駒がさえぎっていてもビショップにとって絶好の地点である。一方c8の地点は別の居住者のルークが占める用意ができた。

13.Bf3

 ここはビショップにとって好所である。しかし何と手数がかかったことだろう。ナイトが退却しなければならなかったし白のクイーン翼の駒の展開も無視されている。

13…Qd7

 このクイーンは白の2駒によって当たりにされているナイトに紐を付けている。

14.O-O

 eポーンを突くのは時期尚早である。14.e4 は 14…Nxd4 でポーンを取られるし、14.Bxc6 は 14…Bxc6 15.e4 Qxd4 16.Qxc6 Qxa1 で交換損となる。

14…Rac8

 この手は 15…Nxd4 を狙っていて白クイーンにc列から去るよう促している。

15.Qb1

 攻撃的な 15.Qa4 は次のように強く応じられて危険である。15…Ne5 16.Qxd7(16.Qxa7 は 16…Nxf3+ 17.Nxf3 Qc6 から 18…Ra8 でクイーンが捕まる)16…Nxf3+ 17.Nxf3 Nxd7

15…Na5!

 ビショップの交換を誘った。白が拒否すれば黒が対角斜筋を完全に支配することになる。

16.Bxb7

 16.Be2 で斜筋を譲り盤上にもっと多くの駒を残すようにした方が無事だったかもしれない。駒を交換すると局面が単純化し黒の優勢が際立ってくる。

16…Qxb7

 これで黒は敵の白枡が侵入に弱いことにつけ込む用意ができた。これらの枡は白枡上で動いていたビショップが消えたことによって弱体化した。この優位はクイーン翼における黒の多数派ポーンの優位(パスポーンができるのが普通)と相まって黒の勝ちが十分期待できる。

 ここからは勝ち試合を勝ちきる技法を目の当たりにすることになる。

17.Bb2

 ようやく白のクイーン翼が動き出した。この目的はほめられることだけれども黒の次の手を予期して 17.Qd3 と指すことが肝要だった。これで白の弱い枡が強化され当分の間敵の狙う侵入を食い止めることができる。

17…Qa6!

 これは絶妙の捌きである。このクイーンは中央の斜筋を離れ、もっと重要な斜筋に大きな圧力をかけた。

 このクイーンの狙いは堂々とe2の地点に突入し白駒の連係を困難にすることである。

18.Re1

 その黒の狙いを防いだ。代わりに 18.Rc1(c列を争うため)は18…Qe2 19.Nf3(19.Rc2 は 19…Ng4 20.Rxc8 Qxf2+ で黒の勝ち)19…Nb3 20.Rxc8 Rxc8 21.Ra2 Rc1+ で、白は詰みを逃れるためにクイーンを捨てなければならない。

18…Nd5

 さっそうとした中央志向である。しかしこれは一時的なことに過ぎない。このナイトは主戦場であるクイーン翼へ向かう途中である。

19.Ra2

 この手は次に 20.Ba1 から 21.Rc2 でルークをぶつけるか 20.Qa1 で 20…Nc3 を防ぐ意図である。

19…Rc6

 これは明らかにc列でルークを重ねる目的である。黒はナイトをc3に跳ねるのを急いでいない。まず白にナイトを中原からどかせるようにしむけたがっている。

20.e4

 これは疑問手である。一見強い手に見えるが、実際は中原のポーンがむき出しになり攻撃目標にされ易い。

20…Nc3!

 黒が健全なナイトを病的なビショップと交換させるのは不可解に思えるかもしれない。しかしこの用心はルークが敵陣に突入する前に必要である。盤上に駒が少なければ少ないほどルークが小駒の毒牙のえじきにかかることが少なくなる。

21.Bxc3

 クイーンとルークの両当たりなのでこのナイトは取らなければならない。

21…Rxc3

 この取り返しでルークがさらに深く敵陣に侵攻することができる。

22.Nf3

 白は駒の組み換えを図ろうとした。白が 22.Rc1 でc列を争おうとしても 22…Rxc1+ 23.Qxc1 Qd3 24.Qb2 Rd8 で中央のポーンを取られる。

22…Rfc8

 二重ルークが素通し列を完全に制圧した。

 理論的には黒勝ちの局面である。黒の陣形上の優勢は否定し難く、勝ちはマスターたちの好きな常套句によれば「単に技術の問題」である。楽しい状況であるが心理的な危険性もある。気持ちが緩みがちになり攻撃を緩めがちである。誤った安心感に陥り易く、その状況をマーシャルは次のように形容した。「最も難しいのは勝ち試合を勝ち切ることである。」

23.h3

 白は何よりもまずキングの逃げ場所を作った。

 黒ルークを追い払うことはできない(23.Re3 なら 23…Rc1+ でクイーンが取られる)。そこで白は態度を保留して事態の進展を待った。

23…Nc4

 これは局面を加速させる良く練られた一連の手の最初である。まず白のaポーンを三重当たりにした。

24.a4

 他の手ではこのポーンを救えない。

24…Na3

 これは軽妙な手である。このナイトはクイーンを当たりにし、それと同時にaポーンを守っているルークの利きを遮断した。

25.Qb2

 白は守りきれないポーンをあっさり諦めた。25.Qd1 でこのポーンを守ろうとしても 25…Qc4(ルーク当たり)26.Rb2 Nc2(もう一つのルークへの当たり)27.Re2 Qxa4 28.Ne1(黒の釘付けのナイトへの当たり)Qxd4! で黒の勝ちとなる。

25…Qxa4

 これは最初の具体的な利得である。ここからはチェス界の生んだ最高の天才がパスポーンをクイーンに変える技法を堪能するとよい。注意すべきはどんなに魅力的な手筋でも目的にかなわなければ用心深く忌避されるということである。そのような目的意識の強さは怖いほどである(特にそれと対面する者にとっては)。

26.Re2

 白は有効な手がなくなってきている。26.Qe2 は 26…Rc2 で駒交換がさらに進むので駄目である。釘付けのナイトを 26.Rea1 で攻撃するのは軽く 26…Qb5 と応じられナイトに巧妙に危険から逃げ出される。

26…b5

 パスポーンは突き進めなければならない。駒得するための手筋、浮きポーン集め、さらにはキングに対する攻撃など他のすべては、突き進めたポーンをクイーンに昇格させるという主題の前には背景に追いやらなければならない。

27.d5

 白は黒の気をそらそうとして何らかの反撃の可能性を得るために筋を開けた。

27…exd5

 これは最も簡明な応手である。白が取り返せば盤の中央に孤立ポーンができる。

28.exd5

 この手の見返りに白のe列のルークが完全に素通しとなった列に臨むことになった。それによる白の狙いは 29.Qxc3 Rxc3 30.Re8# である。

28…b4!

 これは明らかな手だが、それでもいくつかの素晴らしいことを果たしている。

a)クイーンの利きがe8まで通ったので白の狙いは無効になった。

b)黒には 29…Qd1+ 30.Re1 Qxd5 でポーン得の狙いがある。この時ルークがポーンで守られているので白は 31.Qxc3 とできない。

c)このポーンがナイトを守っているので黒クイーンがその役目から解放された。

d)ポーンがゴールの8段目の地点に一歩近づいた。

29.Qd2

 この手は自分のパスポーンに紐を付けるためでなくクイーンを活用させるためである。

29…b3

 この手はマンハッタン・チェスクラブの「黒のパスポーンは白のパスポーンより走るのが速い」という警句どおりである。

30.Rb2

 この手は 30.Ra1 Rc2 31.Qe3 b2 で黒が勝つ手順よりも長持ちする。

30…Rc2

 黒の指し手は非常に分かり易い。(a)パスポーンを突き進めなければならず(b)その進路がルークでせき止められているので(c)せき止めているものを取り除かなければならない。

31.Qe3

 31.Rxc2 は気が進まないのでこの手で局面を紛れさせることを期待した。

31…Rxb2

 こちらのルークを取るのが正しい。ここから勝負を決める素晴らしい手が連続する。

32.Rxb2

 白は取り返さなければならない。

32…Nc4!

 クイーンとルークの両当たりで交換得の狙いである。

33.Qc1

 ナイトを釘付けにしてルークを救った。33.Qxb3 は役に立たない。黒が単にナイトでルークを取る手がクイーンを守っている。

33…Qa3!

 ナイトへの釘付けをルークへの釘付けで切り返した。次にクイーンでルークを取る手がある。

34.Rb1

 しかしルークが釘付けをなんとか切り抜けた。黒が勝ちを逃がしたのだろうか。

34…Qxc1+!

 そんなことは全然ない。この手で白の降伏が余儀ない。 35.Rxc1 b2(ポーンは突き進めなければならない)36.Rb1 Rb8 37.Kf1 Na3(せき止めている最後の駒を追い払う)38.Rd1 b1=Q 黒はパスポーンで勝負を決めた。

35.投了

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[復刻版]理詰めのチェス(32)

第3章 チェスのマスターが自分の読みを解説する(続き)

第32局

 カナル対カパブランカ戦は鑑賞家垂涎の一局である。カナルはルークを捨てて2個の駒を取る手筋でカパブランカを驚かせた。しかし本当に驚いたのだろうか。明らかにカパブランカはこの手筋を予期していて、カナルよりもさらに先を見通し相手には見抜けなかった手段を読んでいた。その後に続いた収局はすばらしいスタディで、実戦ではめったに見られない主題の「支配」を見せつけている。1個のポーンがクイーンに昇格するが、戴冠するポーンを見つけるのには鋭い眼力が必要である。

クイーンポーン試合(クイーン翼インディアン防御)
白 カナル
黒 カパブランカ
ブダペスト、1929年

1.d4

 この手は現代の選手のお気に入りで、中原の制覇をめぐる戦いを始める最良の手段である。即ち中原をポーンで占め2個の駒がすばやく戦闘に加われるようにしている。

1…Nf6

 この手は 1…d5 と異なり敵と正面からぶつかっていないが、次に 2.e4 と指すのを防いでいる。それに布局における適正な地点にすぐに駒を展開する利点もある。

2.c4

 この手には多くの利点がある。

 a)黒がすぐに 2…d5 と指すのを抑止している。それに対しては 3.cxd5 と取って駒で取り返させ黒のつかの間のポーン中原を破壊する。

 b)c列を開けて白の大駒が利用できるようにする。

 c)クイーンが斜筋を利用できるようにする。

 d)並んだ2個のポーンが5段目の4地点を支配できるようにする。

2…e6

 この手により黒のキング翼ビショップは中原での事態への影響力を見据えて攻撃的に展開することになる。例えばもし白が次に 4.e4 と突く意図で 3.Nc3 と応じれば黒はビショップでナイトを釘付けにして 4.e4 を不可能にする。

3.Nf3

 白はeポーン突きを実現することができないので普通の展開の手を指し事態の進展を待った。

3…b6

 黒は事業にさらに抑制を加えた。黒の意図はビショップをb7の位置につかせ遠くから攻撃することである。このビショップは急所のe4の地点の支配に向けてナイトに力を与える。

4.g3

 白の最良の進行は素通し列でルークが向き合うように対角斜筋でビショップを対抗させることである。同じ兵力を向き合わせることで白は敵のビショップの攻撃から牙を抜くことができる。

4…Bb7

 まさにこの手こそ現代の構想である。昔は中原をポーンで占拠しその後でビショップをフィアンケットしていた。その結果ビショップは役に立つ機会を奪われていた。今日ではビショップは利き筋に固定されたポーンが散乱していて邪魔されるということがないので対角斜筋に沿って自由に威力を発揮している。

5.Bg2

 フィアンケットが完了してキング翼が空き白はキャッスリングの準備が整った。

5…Bb4+

 黒は …c5 で突き崩そうとする前に駒を展開した。このビショップ出はキャッスリングを早めるだけでなく有利なビショップ交換をもたらすことになる。

6.Bd2

 この手は 6.Nbd2 よりも優っている。6.Nbd2 は消極的な手で、黒にキャッスリングしてから 7…d5 で中原を攻撃する余裕を与える。

6…Bxd2+

 黒は自陣のやや凝り形を緩和する最良の策として交換することにした。代わりにビショップをe7に引くのは守勢に陥り白に主導権を維持させてしまう。

6.Nbxd2

 マスター級のチェスの理論家と批評家は白はクイーンで取ることを推奨している。d5の地点の攻撃に役立つようにナイトはc3にいるべきだとの彼らの叫びにもかかわらず、選手たちはナイトで取ることに固執している。彼らの意見はナイトで取ることにより小駒が展開されるというものである。しかし本当の理由は全くの頑固さだけかもしれない。つまり権威に対する反抗である。いずれにせよ 7.Qxd2 より効果が劣るとしても厳しく非難するほどのことではない。

7…O-O

 黒は中原で決定的な行動を起こす前にキングの安全を考慮し安全な方面に退避させた。

 他の有力な手は 7…c5 で白のポーン中原に挑む手である。これに対して白は 8.d5 とはポーン損になるので指せない。

8.O-O

 白はキングの位置をより安全にしキング翼ルークを働きにつかせた。

8…c5!

 この強手の目的は白の中原を突き崩すことである。

9.dxc5

 白はほとんど選択の余地がない。ポーンをd5に進めるのは取られてポーン損になるし、9.e3 と突いて支えるのは(ポーンで取り返して中原にポーンを維持するため)eポーンを守りに縛り付けることになる。そうなればeポーンがe4の地点に進む可能性はかなりおぼつかなくなる。

9…bxc5

 黒は単純なポーン交換で三つの優位を勝ち取った。

 a)側面のポーンと引き換えに中原のポーンを消去した。

 b)黒のcポーンがd4の地点を支配し白の駒がそこに来るのを不可能にしている。

 c)新たに素通し列となったb列で黒のクイーンとクイーン翼ルークが大いに働けるようになる。

10.Qc2

 序盤におけるクイーンの役割はほとんどの場合それほど大したものではない。最下段から離れて邪魔にならないようにし、ルークが連結して中央の列で働けるようにするくらいのものである。

 クイーンが出動したためキング翼ルークがd1の地点を占めd列に圧力をかけることができ、その列にいる黒の兵力を不安に陥れることができる。

10…Nc6

 ナイトが中原に向かって展開し、cポーンのd4の地点の支配を確かなものにした。

11.Rfd1

 白は 11.e4 と指したいところだが 11…e5 と反駁される(d4に対する圧力を強める)。その後は 12…Qe7 から 13…Nd4 と指してくる。そうなると白は問題に直面する。d4にいるナイトの圧力はほとんど耐え難いがそれを取ると黒は 14…cxd4 と取り返しd列にパスポーンができてしまう。

11…Qb6!

 これでd4の地点に黒の3駒が利き、クイーンも素通しのb列に足場を得た。

12.a3

 この手で白は 13.b4 で反撃を始めようというとっぴなことを夢見ているわけではない。いつか …Nb4 で不意打ちを食いたくないというのが主な理由である。

12…Rab8!

 この大局観は素晴らしい。ともすれば自分のキングに対するルークの一番の務めは素通しの列を占拠するということを忘れがちである。そうするのはルークの利きが列全体に延びるからだけでなく他の地点に行くにも格好の通り道となるからである。

13.Rab1

 白ルークもb1に行ったが両者のルークには天と地ほどの違いがある。このルークには素通し列がない。だから働きを増す見通しがほとんどなく役割も純粋な防御である。もっともbポーンを守ったのでクイーンがその責任から解放された。

13…Rfc8

 このルークはf8で何もしていなかったので活躍できそうな列に回った。

  13…a5 と突くのは急がなくてよい。白から 14.b4 と突いて仕掛ける状況にはないからである。

14.e4

 このポーン突きは強そうだが見掛け倒しである。空けておくべき地点をポーンが占めたというのが実際である。白駒は色々な目的地に行くための中継点としてe4を利用できないので活動性を大きく損ねた。

14…e5

 白のeポーンが 15.e5 で伸びようという欲求を封じ込めた。

 注目すべきは黒がd4の地点の支配を補強したことである。これでこの地点にはクイーン、ナイト及び2個のポーンが利いている。

15.Qd3

 この手で白は次に 16.Qd6 と指すか、ナイトをf1-e3-d5という経路で捌くことでd列での反撃を期待した。それと同時に黒が 15…Nd4 と指すのを、16.Nxe5 という応手を用意して防いだ。

15…d6

 これはしゃれた、ずうずうしいと言ってもよい応手である。黒は守られていないポーンでeポーンを守った(16…Nd4 と指せるように)。

 白はもちろんこのdポーンには触れてはいけない。16.Qxd6 の報いは 16…Rd8 で、クイーンを取られてしまう。

16.Nf1

 これはナイトをe3からd5へ据えたいという意思表示である。実現できるならば素晴らしい戦略である。

16…Nd4!

 しかし黒の方が早かった。黒はd4に橋頭堡を確保しただけでなく白が同じことをするのを妨げている。白が 17.Ne3 と指してくれば 17…Bxe4 18.Nd5 Bxd3 19.Nxb6 Nxf3+ 20.Bxf3 Rxb6 21.Rxd3 e4 で鮮やかに駒得する。

17.Nxd4

 踏み込んできたナイトで動きを邪魔されているので取り除いた。

17…exd4

 黒は喜んで交換した。d列にできたパスポーンはいつかクイーンになるかもしれない。それに加えてこのポーンは出口を見張っている。白ナイトがe3に出て来るのを妨げd5に到達するという野望に終止符を打った。

 d4にできたパスポーンは明らかにクイーン昇格の論理的な候補である。しかし意外なことが起こる。それも数多く。

18.b4

 突然白が牙をむいた。主な狙いは 19.bxc5 Qxc5(クイーンが二重に当たっているのでこう取らなければならない)20.Rxb7 Rxb7 21.e5 で、白がルークの代わりに2駒を手に入れる。

 黒はこの狙いにどう対処したらよいだろうか。18…cxb4 は 19.Rxb4 で白に最良の結果をもたらすので明らかに駄目である。18…Qc7 と下がれば 19.bxc5 dxc5(パスポーンを守るため)20.f4 で 21.e5 を狙いとして白の駒が生き生きとしてくる、

 実戦でカパブランカはあっというような手筋を放った。彼は白に戦力で得をさせた。その代わりにカパブランカを除いては有望とはほど遠いと思えるような局面に持ち込んだ。

18…Qc6!

 白のeポーンを三重に当たりにした。これにより白はおとなしくこのポーンを守るか思い切って予定の手筋を繰り出すかの選択を迫られた。

19.bxc5

 白は勝ちにいった。ポーンを取り払いルークの筋を開けd4のパスポーンを取り除く用意をした。

19…dxc5

 黒は貴重なパスポーンを維持するためにポーンで取り返さなければならない。

20.Rxb7

 ルークの代わりに2駒を取るこの手筋は魅力的である。

 果たしてカパブランカは隙を突かれたのか、それとも相手よりもずっと先の手段を見通していたのだろうか。

20…Qxb7

 黒は重要なb列を支配し続けるためにクイーンで取った。

21.e5

 ビショップの利きが通ってクイーンとナイトの両当たりである。

21…Qb3!

 クイーン交換を誘うすごい手である。普通は戦力に優る方が駒を減らして単純な収局に持ち込もうとするものである。

22.exf6

 白は 22.Qxb3 を避けた。それは 22…Rxb3 23.exf6 Rxa3 となって黒にパスポーンが2個できてしまう。

22…Qxd3

 この手の狙いはルークに取り返させて白の最下段を空けさせることである。そうなれば黒ルークがその最下段を侵入口として利用でき、白ポーンの背後に回ることができる。

23.Rxd3

 白は取るしかない。

23…Rb1!

 手始めにナイトを釘付けにした。白は何とかして一刻も早く釘付けをはずさなければならない。

 ぐずぐずしていると黒は 24…Re8 から 25…Ree1 そして 26…Rec1 と指してくる。白のcポーンは取らせるしかない。 27.Bd5 でcポーンを守るとナイトが取られてしまう。黒はcポーンを取った後恐ろしい連結パスポーンが急いでクイーン昇格を目指すことになる。

24.Bd5

 白の意図は明らかである。大切なcポーンを守りキングのために枡を空けた。25.Kg2 の後ナイトはもう釘付けになっていないので自由に動ける。

24…Rcb8

 黒はルークを重ねて非常に重要なb列の支配を揺るぎないものにした。

 ここで白は二つの脅威に直面している。

 a)25…Rc1 から 26…Rbb1。ナイトが当たりになっているので白はビショップをg2に引かなければならず、cポーンを取られてしまう。

 b)25…R8b3。ルーク交換が必至でその後白のクイーン翼のポーンの一つが落ちてしまう。

25.Kg2

 ここまでの10手の間見物人だったナイトを釘付けからはずした。

25…R8b3!

 これは大胆な構想である。黒はルークを交換させて駒割りは白2個に対し黒1個のままである。

26.Rxb3

 白は喜んで応じた。

26…Rxb3

 次にaポーンを狙っている。

27.Nd2

 白はaポーンを助けることができない(27.a4 なら 27…Rb4 28.a5 Ra4)。そこで逆にナイトで敵ポーンを狙った。

27…Rxa3

 ポーンを取った結果a列にパスポーンができた。これがクイーンになるポーンだろうか。

28.Ne4

 白の駒が躍動し始めた。狙いは 29.Nxc5 で、黒のdポーンの支えをなくしcポーンが白のパスポーンとなる。

28…a5!

 この手は 28…Ra5 よりはるかに良い。28…Ra5 はルークをポーンの守りに縛りつけ収局におけるこのルークの役割を低下させてしまう。

29.Nxc5

 このポーン取りの後白のパスポーンは脅威となり始めたように見える。

29…gxf6

 これはポーンを取り返すというよりキングにもっと動く余地を与えるための手である。すぐに 29…Kf8 と動くのは 30.Nd7+ でg8に戻らなければならない。30…Ke8 は 31.fxg7 で白の勝ちとなってしまう。

 本譜の手の代わりに 29…d3 と突くのは 30.Kf3 から 31.Ke3 とされてこのポーンが落ちてしまう。

30.Kf1

 キングがパスポーンの前に立ちはだかるために引き返した。

30…a4

 黒はこのポーンを 31.Bc6 で二重当たりにされても怖くない。31…Ra1+ から 32…a3 でかわすことができ、かえってポーンが1歩進むことができる。

31.Ke2

 キングがdポーンにさらに近寄って、その脅威に完全にとどめを刺した。

 黒はここからどうするのだろうか。

31…Ra1!

 aポーンのクイーン昇格の狙いで脅すのである。黒の意図は 32…a3、33…a2、34…Re1+(先手でポーンの前を空けるため)、そして 35…a1=Q である。

32.Nd3

 白はdポーンをせき止め自分のパスポーンを突き進める用意をした。

32…a3

 17手目のところではdポーンが最終段に到達してクイーンに昇格するものと思われた。ここではdポーンがせき止められていてaポーンが昇格するポーンのように見える。

 果たしてクイーンに昇格するのはaポーンなのだろうか。

33.c5

 白のポーンも面倒を起こすことができる。

33…a2

 黒は 34…Re1+ 35.Kxe1 a1=Q+ ですぐに勝ちになる手を狙っている。

34.Kf3

 キングにチェックがかからないようによけた。

34…Rd1

 この手はナイトに当たっているだけでなくポーンのクイーン昇格も狙っていて白がさらに困難に追い込まれた。

35.Bxa2

 白はどんなに犠牲を払ってもこの危険なやつを消滅させなければならない。

35…Rxd3+

 黒はaポーンの代わりに駒を得した。

36.Ke4

 白は 36.Ke2 Rc3 でパスポーンを取られるようなへまはしない。

36…Rd2

 この手はビショップとキング翼のポーン全部を攻撃していてdポーンの将来性も復活させた。

 やはりこのポーンがクイーン昇格の候補なのだろうか。

37.Bc4!

 ここはビショップの絶好の地点である。これに対して黒の間違え易い手は 37…Rxf2 である。それは 38.c6 Rb2(38…Rc2 なら 39.Kd5 で白の勝ち)39.c7 で白ポーンが駆け抜けてしまう。

37…Kf8!

 キングが危険なポーンを抑える役目を引き受けた。

38.f3

 cポーンを突き進めても無駄である。38.c6 Ke7 でこれ以上先へ進めない。

 本譜の手で白は自分のhポーンと引き換えに黒のdポーンを取るつもりである。

38…Rxh2

 黒はその提案に乗った。パスポーンに頑強にしがみつく代わりに、どんなにわずかな優勢でも勝ち切ることに自信のある黒は進んで単純化に応じた。これは盤上の正義に対する信頼と、正義を適切に配分する自分の能力に対する自信がなければできないことである。

39.Kxd4

 このポーンを取った白の前途は有望のように見える。キングとビショップがパスポーンのすぐ側に付き添っているし、それを盤の最上段まで全力で護衛しようとしている。

39…Ke7

 この手はパスポーンをせき止める準備である。

40.Bd3

 白は明らかにビショップをe4に持って来るつもりである。ビショップはそこからfポーンを守り、黒の二重ポーンの前進を防ぎ、自分のcポーンがc6まで進んだ時それを守る用意をすることになる。

40…h5

 これは 41…Rg2 42.g4 h4 で勝つ狙いである。

 hポーンがクイーンになるパスポーンなのだろうか。

41.Ke3

 gポーンを救うためにキングが近寄った。

41…Rg2

 黒は白キングにgポーンを守らせて白のパスポーンから引き離そうとしている。

42.Kf4

 この手は絶対である。42.g4 では 42…h4 43.Bf1 Rc2 44.Kd4 Rf2 45.Bh3 Rxf3 46.Bg2 Rg3 47.Bf1 h3 となって黒が簡単に勝つ。

42…Rg1

 この手は白のパスポーンの背後に回るためである。収局ではルークは敵ポーンの背後で最も力を発揮し、その貫き通す威力は列全体に及ぶ。だからポーンがどんなに前進してもルークの利きから決して逃れることはできない。

43.Be4

 白はポーンがc6に進んだ時ビショップで守る用意をした。すぐに 43.c6 と突くのは 43…Rc1 44.Be4(44.Bb5 と守るのは 44…Rc5 45.Ba4 Rc4+ でビショップが取られる)となって、手順の違いで本譜の少し先の局面と同じになる。

43…Rc1

 初心者にはこの手は奇妙に映るだろう。どうしてポーンがさらに進むのを手伝うのか。

 黒の着想はポーンを白枡に進ませることにある。そうなればビショップがポーンの守りに縛りつけられビショップの動きがかなり制約を受ける。

44.c6

 ポーンが進んでビショップによって守られるようになった。

44…Rc3!

 これは非常に効果的な手である。これにより白は手詰まり、即ち不利着手強制の状態に置かれた。つまり白は何も指さなければ大丈夫な局面にいるのだが、どんな手を指しても形勢を損ねるので致命傷になるということである。

45.c7

 白は救えないポーンを自分から捨てた。変化も非常に面白い。

a)45.Kf5 は 45…Rc5+(黒キングを追い払うため)46.Kf4 Ke6 47.Ke3(ビショップが動くとポーンがすぐに取られるし、47.g4 は 47…h4 で黒にパスポーンができる)47…f5 48.Bd3 Rxc6 で黒の勝ちである。

b)45.Bd5 は 45…Rc5 46.Ke4(46.Be4 は 46…Ke6 で前の変化と同じになる)46…f5+ 47.Kd4 Rxd5+! 48.Kxd5 f4! 49.Kc5(49.gxf4 なら 49…h4 50.Kc5 Kd8 51.Kb6 Kc8 で黒の勝ち)49…fxg3 50.Kb6 g2 51.c7 g1=Q+ 52.Kb7 Qb1+ 53.Kc8 Qb6 54.f4 Qa7 55.f5 Qa8# で詰みになる。

45…Rxc7

 危険の元を取り除いた。この収局はまだ黒の勝ちである。そしてその勝ち方は円滑で完璧な技法の実例である。実際の手順はまるで作った収局スタディの解答のように明快で正確である。

46.Bd5

 黒キングが好所のe6に来るのを防いだ。

46…Rc5

 このルークはビショップがe6の地点に利く斜筋を離れるまで追うつもりである。

47.Ba2

 もちろんビショップはこの斜筋にできるだけ長く留まろうとしている。代わりに 47.Bb3 は 47…Rb5 48.Ba2(48.Bc4 は 48…Rb4 で釘付けにされ、48.Ba4 は 48…Rb4+ で取られる)48…Rb2 49.Bd5 Rb4+! 50.Kf5(50.Be4 は 50…Ke6 51.Ke3 f5 で黒の勝ちになり 50.Ke3 は 50…f5 から 51…Kf6 で黒の勝ちになる)50…Rb5 51.Ke4 f5+ 52.Kd4 Rxd5+! 53.Kxd5 f4 54.gxf4 h4 でこのポーンが止められない。

47…Rb5!

 盤上を完全に席巻した。ビショップはどこへも動くことができない。

48.Ke3

 48.Ke4 なら 48…f5+ 49.Kf4 Kf6 50.Ke3(ビショップは動けず 50.g4 は 50…hxg4 51.fxg4 Rb4+ 52.Kf3 fxg4+ で負ける)50…Rb4 51.Bd5 f4+ 52.gxf4 h4 53.Kf2 Rb2+ 54.Kg1 Kf5 55.Bxf7 Kxf4 56.Bd5 Kg3 54.Be4 Ra2 58.Kf1 h3 で黒の勝ちとなる。

48…Ra5

 ビショップに長斜筋の1地点にだけ行くことを許した。

49.Bc4

 b3へは釘付けにされるので行けない。また 49.Bb1 なら 49…Ke6 50.Kf4 Ra4+ 51.Ke3(51.Be4 は 51…f5 でビショップが取られる)51…f5 52.Bc2 f4+ 53.gxf4(53.Kd2 なら 53…fxg3)53…Ra3+ 54.Kd2 Ra2 55.Kc1 Rxc2+ で黒が勝つ。

49…Rc5

 ビショップをe6に通じる斜筋からどかせる。

50.Ba6

 50.Kd4 なら 50…Rg5 ですぐにポーンが落ちるし、50.Ba2 なら 50…f5 で黒キングにf6の地点が用意される。

50…Ke6

 黒キングがまた一歩中央と白の残りのポーンに近づいた。

51.Kf4

 白は必死で頑張っている。51…f5 には 52.Kg5 で食いつく構えである。

51…Rc3!

 また白をビショップを動かす手に限定させた。52.Ke4 は 52…f5+ 53.Kf4 Kf6 で負ける。

52.Bf1

 白はc4の地点を見張っていなければならない。さもないと(例えば 52.Bb7 と指したとすると)52…Rc4+ でキングが下がらなければならず黒キングが進出することができる。

52…f5

 ようやくこの手が実現した。この手は1路進むことによりキングのためにf6の地点を空けた。

53.Ba6

 白に残された手の数が減ってきた。53.g4 は 53…fxg4 54.fxg4 h4 55.g5 h3 56.Kg4 h2 57.Bg2 Rc1 で黒の勝ちとなる。また 53.Kg5 は 53…Rxf3 54.Bc4+ Ke5 55.Kh4 f4 で黒が簡単に勝つ。

53…Kf6

 白キングを動けなくした。残るは白キングを3段目に下がらせ自分のキングを5段目に進めることである。

54.Bb7

 ビショップが長いほうの斜筋に留まると、例えば 54.Be2 と指すと、黒は 54…Rb3 としてから 55…Rb4+ で白キングを追い払う。

54…Rc4+

 これで黒キングを下がらせることができる。

55.Ke3

 白はこの手しかない。

55…Kg5

 この手には次のような軽妙な狙いがある。56…f4+ 57.Kd3(57.gxf4+ なら 58…Rxf4 で黒にパスポーンができ、57.Kf2 なら 57…Rc2+ 58.Kg1 fxg3 で黒にパスポーンが2個できる)57…fxg3 58.Kxc4 Kf4! で黒の楽勝である。

56.Kf2

 ルークを 56.Bd5 でつつくのは 56…f4+ 57.Ke2 Rc2+ 58.Kd3 Rc7(素朴だが簡明)で決められてしまう。

 本譜の手で白キングは黒のどのポーンがパスポーンになろうとそれに立ちはだかるために退却した。

56…f4!

 これがいつもの特効薬である。黒の狙いは 57…Rc2+ 58.Kg1 fxg3 ですぐに勝ちの形にすることである。

57.Kg2

 チェックに対して 58.Kh3 でポーンを救えるようにした。

57…f5!

 パスポーンは突き進めなければならない。56手の間辛抱強くf7に留まっていたこのポーンは信じられないがパスポーンとなって勝ちを決めるように運命づけられていたのである。

58.投了

 白は必然を待つことなく投了した。予想手順は次のとおりである。58.Kh3 fxg3 59.Kxg3 h4+(クイーン昇格の候補みたいだがそうはならない)60.Kh3 Rc3 61.Bd5 Kf4 62.Kxh4 Rxf3 63.Bxf3 Kxf3 64.Kh3 f4 65.Kh2 Ke2 これでポーンがクイーンになるべく突進する。

 本局は全手順が見事で、収局はとても華麗だったので多くの要点を詳しく解説しなければ気がすまなかった。派手に駒が飛び交う数多くの「名局」を並べるよりも、本局を研究する方が面白さと学習においてこの上なくためになるだろう。

2014年11月21日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: [復刻版]理詰めのチェス

[復刻版]理詰めのチェス(33)

第3章 チェスのマスターが自分の読みを解説する(続き)

第33局

 ルビーンシュタイン対マローツィ戦はみごとな総力戦である。ルビーンシュタインの序盤の効率的な展開は中盤での中央制圧に結びついた。そしてこれが終盤でのキング翼攻撃の前触れとなった。この試合の少なからぬ魅力はルビーンシュタインのナイト、ビショップ、ルークそれにクイーンがd5の地点を捌きの起点として利用した手法である。これらの駒はみな次々とこの地点を発着場として使用した。

クイーン翼ギャンビット拒否
白 ルビーンシュタイン
黒 マローツィ
イェーテボリ、1920年

1.d4

 中原をポーンで占拠し二つの駒が外に出る余地を作ったこの布局の手は効率が良い。白の意図は全ての駒をできるだけ迅速に展開し、しかもそれぞれ一手で最適の地点に配置することである。ポーンについては自分の展開(駒を動けるようにするか中原を攻撃する)を促進するか敵の展開を邪魔する場合だけ動かすつもりである。

1…Nf6

 これはどの点からも模範的な展開である。このナイトは攻撃に一番力を発揮できる可能性を持つ中原に向かって跳ね、重要な地点のd5とe4にすぐに圧力をかけ、白が 2.e4 で強いポーンの態勢を築くのを防いでいる。

2.Nf3

 白はまずキング翼の駒を展開してその方面に早くキャッスリングできるようにした。f3のナイトは布局で最も役に立つ地点に位置している。攻撃には好所である。例えばポーンのe5の地点の支配を補強している。そしてキャッスリングした後のキング翼の防御では並ぶものがない。

2…d5

 黒は無理やり主導権を奪うことはできない。白が不注意に指せば(布局で無駄な手を指したりポーンあさりをしたりすれば)そうできるが、通常の展開に対しては互角の形勢の達成で満足するしかない。

 黒の2手目は中原での白の圧力を無効にし自分の2個の駒のために筋を開けた。

3.c4

 これはポーン突きが適切である珍しい場面の一つである。この場合は黒の中原を攻撃し 4.cxd5 によって消滅させることを狙っている。さらに白の駒の活動(現実と可能性)を増す役目も担っている。即ちクイーンのために斜筋を開け、後でクイーンとクイーン翼ルークが利用できるようにc列が空くことを保証している。

3…e6

 黒はdポーンを別のポーンで支えた。白が 4.cxd5 で黒の中原を破壊しようとしてきても、このポーンで取り返してd5にポーンを維持し中原をそのままに保つ用意ができている。

 3…e6 はクイーン翼ビショップを閉じ込めてしまうという不都合があるが、それでも黒の最善手である。クイーン翼ビショップを効果的な地点に展開する困難さは大したことがないように思われるが、もし克服できなければ黒が駒損で指すことに等しくなってしまう。今のところは部分的な補償としてキング翼ビショップが自由に動ける。

4.Bg5

 この手は黒の指し手に大きな制約を加えている。黒のナイトを釘付けにしてナイトとその背後の駒に圧力をかけている。黒はキング翼がこのビショップによって押さえつけられている間は自由に動き回ることができない。

 長年の間白はこのビショップを自動的にf4に展開してきた。そこからは重要な斜筋を支配することができる。今日ではもっと強力で厳しい手が求められている。駒を動員すると同時に敵の展開を抑止することができれば、ありきたりのしばしば無害な手段よりも多くのことを達成することができる。ナイトに対する釘付けは黒の唯一展開した駒を麻痺させている。

4…Be7

 釘付けがこんなにも簡単にはずせるのになぜ大騒ぎするのだろうか。一つには釘付けからはずすためにビショップが防御的で守勢の役割に制限されるからである。ビショップの展開は白がナイトに圧力をかけたことによりもたらされたものである。

 とはいっても黒の指し手を見くびってはならない。ビショップの動きはささやかではあっても展開の過程における一歩である。このビショップは最下段を離れ強力な防御の位置を占め、キング翼を空けてキャッスリングを可能にしている。

5.e3

 ポーンは序盤ではあまり突かないようにすべきである。しかしビショップを働かせるためにはいくつかのポーンを突かなければならないのでこれは展開の手とみなされる。

5…Nbd7

 クイーンポーン布局ではクイーン翼ナイトの最適な居場所はc6でなくd7である。d7の地点からは白の中原に対していつかは突くeまたはcポーンを支援することができる。

 このナイトはc6に展開してはいけない。そこではcポーンの邪魔になってしまう。このポーンはc5の地点に進んで中原の支配を争うことができるのでそれを妨げるようなことをしてはならない。

6.Nc3

 反対にこのナイトはc3が絶好の地点である。cポーンを邪魔することがなく、中原の重要な4地点のうちd5とe4の2地点に圧力を加えている。

6…O-O

 黒はキングを安全な地点に移送しキング翼ルークを中央の列に近づけた。

7.Rc1

 ルークが攻撃に最も将来性のある列に回った。c1の地点からは素通し列全体を支配し圧力をかけることができる。この列は今のところは自分のナイトとポーンでふさがっている。しかしこのポーンは交換でなくすことができるし、ナイトは跳んで列を空けることができる。厳密にはこの列は片方にだけ素通しである。しかし片方だろうと両方だろうとルークは次の理由でc1に行くことになる。

 c列の支配はクイーン翼ギャンビットでは絶対必要不可欠である。

7…Re8

 黒ルークが中央の列に寄った。ここにいれば中央で何か動きがあった時に役に立つことがあるかもしれない。今のところはルークがこの列にいても大した影響はないが、この列から駒が退いていくにつれてその影響はどんどん強まっていく。

 黒陣は凝り形だがすぐにそれを解消しようとしても以下のように良い結果は得られない。

 a)7…dxc4 は 8.Bxc4 でビショップが展開すると同時にポーンを取り返して白がビショップに無駄手を指させずに済む。

 b)7…a6(8…dxc4 9.Bxc4 b5 10.Bd3 Bb7 と続けるため)は 8.c5 と応じられていっそう締め付けられる。

 c)7…c5 は 8.dxc5 Nxc5 9.cxd5 exd5(9…Nxd5 は 10.Nxd5 exd5 11.Rxc5! Bxg5 12.Rxd5 で白がビショップを得する)で中原に黒の弱いポーンができ、白はd4を利用して盤上の好きな地点に都合よく駒を捌くことができる。

8.Qc2

 ここはクイーンにとって盤上随一の好所である。c2の地点からこのクイーンはc列における圧力を強め、中原ににらみを利かし、黒の捌きを困難にさせている。

8…dxc4

 黒はがまんできなくなって束縛を脱しようとした。しかしこのポーン取りは遅らせて白がキング翼ビショップを動かすのを待っていた方が良かった。それからならば白のビショップに余計な1手をかけさせたことになる。

 代わりに黒は 8…c6 と突いて中原のポーンの態勢を強化しクイーンにクイーン翼への出口を与えた方が良かった。

9.Bxc4

 明らかに白は1手得をした。白のキング翼ビショップがポーンを取り返し同時に好所に展開した。

9…c5

 黒は反撃を目指さないといけない。さもないとつぶされる。この手は中原に争点をもたらしそのあたりの支配を争うので実戦的に最も有力である。さらにc列でルークを対抗させ同等の権利を争う準備にもなっている。

10.O-O

 圧力を維持する最も簡明な方法は展開を続けることである。白は1手でキングを安全な地帯に移しキング翼ルークを隅から中央に持ってきた。

10…cxd4

 黒の意図は白に中原の形を決めさせることである。白がポーンで取り返せば中原に白の孤立ポーンが残る。駒で取り返せば白のポーン中原は黒より優るとは言えなくなる。

11.Nxd4

 ルビーンシュタインは 11.exd4 よりもこの手を好んだ。11.exd4 は中原にポーンを維持するが孤立ポーンとなる。

 味方のポーンから引き離されたポーンの弱点はこのポーンに対する攻撃をポーンでなく駒でしか守れないということにあるのではなく、敵の駒がポーンの直前の地点(この場合ならd5)に居座って敵のポーンによって追い払われることがないという特殊な状況が起こることにある。

 中原の孤立ポーン(白が 11.exd4 と取り返したならばd4のポーン)の強みは戦略上の要衝のe5とc5を支配し、先頭に立って敵陣に突撃することができ、橋頭堡(この場合ならe5のナイト)の支えとなることにある。

11…a6

 この手は主としてb5の地点を白駒の侵入から守るためである。この手に対する異議は展開に寄与しないポーン突きは序盤で貴重な手を無駄にしているというものである。もっと適切な手は 11…Ne5 12.Bb3 Bd7 13.Rfd1 Qb6 で駒の動きを良くすることだった。

 注意すべきは白のポーン突きは駒を動けるようにする必要がある場合か既に展開した駒の働きをさらに良くする場合だけである。駒であろうとポーンであろうとどの1手も白の展開を推し進めエネルギーを高めてきている。

12.Rfd1

 ルークが中央の列に回って敵のクイーンと向かい合った。どんなに多くの駒がお互いの間にあっても狙いは絶えず発生するのでこのクイーンは気持ちが悪いに違いない。例えばもっともそうな 12…Nb6 でビショップを当たりにすれば 13.Nxe6 で両当たりによりクイーンが取られる。

 イェーツとウィンターはここのところで次のように賛美した。「本筋の展開の古典的な例である。白はクイーン、ルーク、ビショップそれに片方のナイトをそれぞれ1手でほとんど最適の位置に持ってきた。」

12…Qa5

 クイーンが砲火から逃げ、ビショップ当たりで少し手をかせごうとしている。

13.Bh4

 ビショップは逃げてもナイトに対する圧力は維持している。

13…Ne5

 白のもう一つのビショップが脅かされ、黒がもっと手をかせげそうに見える。

14.Be2

 これで両方のビショップが押し返されたがそれでもその潜在力は計り知れない。双ビショップが協調して事に当たり長斜筋でお互いを補い合う潜在的な可能性を正しく評価すれば 14.Bd3 のような手は候補手から除外される。この手は 14…Nxd3 で短距離のナイトを長距離のビショップと交換させてしまう。要は次のとおりである。

 双ビショップを保持することは有利である。

14…Ng6

 ナイトがキング翼に回って黒枡ビショップを当たりにしてさらに下がらせる。この間にますます多くの障壁が黒キングの周りに築かれた。まるで防空壕の塹壕をしっかり張り巡らせたようである。

 敵のビショップを攻撃してずいぶん手を稼いだように見えるけれども、黒はクイーン翼で何とかして駒を元の位置から出すべきだった。例えば 14…Bd7 とすれば 15.Nb3 Qc7 16.Qb1 Bc6 となって堂々と戦うことができる。

15.Bg3

 ビショップは1枡下がってナイトに対する圧力をゆるめなければならない。しかし今度は絶好の斜筋ににらみを利かしている。

 黒は一方のビショップをなくさせるために追い続けることはできない。15…Nh5 なら 16.Nb3 Qg5(ナイトを守っていないといけない)17.Ne4 Qh6 18.Bc7 で白が盤上を席巻する。

15…e5

 これは非常に魅力的な手である。このポーンは次のようにあらゆることをしている。

 a)中原の枡を占めた。

 b)クイーン翼ビショップの筋を通した。

 c)白の黒枡ビショップの筋をさえぎった。

 d)白ナイトを中央の地点から追い払う。

 これに対してささいに思えるが難点が一つある。それはd5の地点にポーンの利きがなくなったので弱体化したということである。白はこの中原の地点を利用して盤上のどこへも容易に駒を捌いていくことができるようになった。

 この一つの負債が全ての資産を上回るのだろうか。正確な読みが不可能でチェスを芸術と科学の素晴らしい融合にしているのはこのはっきりと評価できないものの判断である。

16.Nb3

 ナイトは退却しなければならないが敵クイーンに当てて仕返しをした。

16…Qc7

 クイーンが当たりをかわし、たぶん 17…Bd7、18…Bc6 から 19…Rad8 とする駒の再編制の用意をした。

17.Qb1!

 これは白の連続5手目の退却である。しかしそのたびごとに駒の配置が良くなった。自陣の3段目までに駒が押し込められたが白の駒は動的なエネルギーを得た。これらの駒はしだいにより強固な地点を占め盤上を支配し敵を敗走させるだろう。

 黒はもうクイーン翼ビショップを展開させる余裕がない。17…Bd7 なら 18.Nd5 Qd8(18…Nxd5 なら 19.Rxc7 Nxc7 20.Rxd7 で白の勝ち)19.Nc7 で白が交換得する。

17…Qb8

 黒クイーンは退却を強いられた(c3のナイトが動くと当たりになる)。一方白クイーンは自発的にb1に動いた。

 陣形の差は次のように明らかである。

 a)白クイーンはルークの邪魔になっていないし、ルークは両方とも素通し列を支配している。黒のクイーンとビショップはルークを分断していて、一つのルークは完全に閉じ込められもう一方は動きがひどく制限されている。

 b)白には敏捷で遠くに利いている二つのビショップがある。黒にはそのようなビショップは片方だけでもう一つのビショップはまだ展開していなくて元の位置に留まっている。

 c)白クイーンは迅速に戦いに加わることができる。黒クイーンは盤のふちにこそこそと隠れていなければならない。

18.Bf3

 ビショップが対角斜筋を制圧して、黒が 18…b5 からビショップをフィアンケットするのを防いだ(19.Bxa8 とルークを取られる)。

18…Qa7

 黒は遠回りに捌こうとしている。ルークをb8に寄せポーンを …b5 と突きクイーン翼ビショップをb7に展開させたがっていることは明らかである。

19.Na5!

 これは予防の好手である。19…Rb8 から 20…b5 なら 21.Nc6 で交換得になる。すぐに 19…Bd7 または 19…Be6 とくればb7のポーンが取れる。

 白が自分の駒の展開を図っているだけでなく黒駒の展開を妨げていることに注意して欲しい。

19…Bb4

 黒はクイーン翼の駒の自由な動きを妨げているナイトを追い払おうとしている。

20.Nc4

 ナイトは逃げなければならないが代償に中央に近づく利点を得た。

20…Bd7

 ビショップが展開できる唯一の地点に動いた。代わりに 20…Be6 は 21.Nxe5 でポーンを取られるし 20…Bg4 は 21.Bxg4 Nxg4 22.Nd5 で 23.Nxb4(駒得)と 23.Nc7(交換得)の両方の狙いが受からない。

21.Nd5!

 ナイトがd5に跳ねてあちこちの駒を攻撃している。一つのビショップは直接当たりにし(22.Nxb4)もう一つのビショップは間接的に 22.Nxf6+ gxf6 23.Rxd7 で狙っている。これらに加えて 22.Nc7 の狙いもあり両方のルークを当たりにして交換得になる。

21…Nxd5

 そんな危険なやつは取り除かなければならないのは明らかである。

22.Bxd5

 白はビショップで取り返して 23.Bxf7+ Kxf7 24.Rxd7+ によるポーン得を狙っている。黒がこの狙いをかわすために自分の手がけていることを全部中止しなければならないので白が先手を取れる。

22…Be6

 黒は自分のキング翼を攻撃しクイーン翼を抑えている恐ろしいビショップを取り除かなければならない。22…Bc6 ではうまくいかない。それは 23.Bxc6 bxc6 24.Qe4 でcポーンかeポーンが取られる。

23.Qe4!

 この手はあらゆる観点からしてマスターの手で、大局観指法におけるこの一手である。我々のほとんどが 23.Bxe6 と交換した後どうなるだろうかと考えるところで偉大なマスターは盤上から消えなければならない駒を別の駒で置き換える好機として交換をとらえている。白はビショップを別の駒で置き換えてもd5の地点の支配が続くという保証が得られる限り交換をいとわない。

 言おうとしていることが正しく伝わるように言い換えてみよう。

 攻撃されている駒(ここではd5のビショップ)を支えれば黒にもっと圧力をかけることになる。交換に応じたり退却したりすると圧力をやわらげてしまうかもしれない。

 中央の絶好点にいるクイーンの強烈な効果と多方面に及ぼす影響力には特に注目する必要がある。

 a)d5のビショップを支えている。

 b)ビショップのb7のポーンに対する当たりに力を貸している。

 c)e5のポーンに対する攻撃を助けている。

 d)間接的にb4のビショップを狙っている。

23…Bxd5

 白のいろいろな狙いを考えればほとんど必然である。クイーンを追い払おうと 23…f5 と突くのは無慈悲に 24.Qxf5 と取られ(ビショップが釘付けのために)このクイーンを取ることができない。

24.Rxd5

 黒は邪魔な駒を消し去ったが別の駒をその地点に来させただけだった。白がd5の地点に駒を据えるのはこれで三度目である。そのたびに局面の締め付けが強まっている。今やルーク、ナイト、ビショップそれにクイーンの4駒がe5のポーンに当たっている。黒がこのポーンを助けている間に白はd列でルークを重ねる手数が得られ、この重要なハイウェーを恒久的に所有することが保証される。その結果として黒の兵力の連絡を断ち切り組織的な抵抗を難しくさせる。

24…Rac8

 e5のポーンを攻撃している駒の一つを釘付けにすることにより間接的にこのポーンを守った。

 白は頓死するのでナイトでは取れない。ルークまたはクイーンで取るのは駒損になる。残るは 25.Bxe5 だが白には 25…f6 の用意があり 26.Bd4 Rxe4 27.Bxa7 Rexc4 で黒の駒得になる。

25.Rcd1

 素通し列でルークを重ねるのはルークの威力を倍以上にさせる。これで白ナイトの釘付けが解消しe5のポーンに対する狙いが復活した。ナイトが動けばb4のビショップが当たりになる。

 理論的には白の勝ち試合である。そしてルビーンシュタインは効率的で芸術的な手法で勝ちを成し遂げた。

25…Bf8

 黒はむき出しのビショップ(26.Nxe5 から 27.Qxb4 で取られる)を防御のために引いた。

 25…f5 ですぐに反撃するのは次のように白が勝つ手順がある。26.Qxf5 Rxc4 27.Rd8! Rxd8 28.Rxd8+ Nf8 29.Qe6+ Kh8 30.Qxc4 これで白が交換得する。

 本譜の手の後黒は 26.Nxe5 に対して 26…f6 で不運な駒を釘付けにする。さらに黒は 26…f5 を狙っていて 27.Qd3(ナイトを守るため)の後 27…f4 でビショップに災難をもたらす。

26.b3

 クイーンがナイトを守る役目から解放され 26…f5 のような手も防いでいる。この手はポーンが取られてしまうだけである。

 本譜の手に対して黒が消極的な手を指せば白は 27.Rd7 で7段目に侵入する。

26…b5

 この手の目的はナイトをどかせて何かしようということではなく、クイーンの横筋を開けてキング翼に戻れるようにしキングを守る意図である。

27.Nd6!

 ナイトの両当たりで交換を強い、白の有利な単純化を誘っている。白は不必要な乱戦の危険を冒さずに、優勢な局面に内在している圧力を維持している。

 実際のところ早まった攻撃は白の敗北を招くかもしれない。次のような華々しい可能性が考えられる。27.Nxe5 f6 28.Rd7(一見して白がしのいでいる。ルークで敵クイーンを攻撃し次に 29.Qd5+ でナイトの釘付けをはずす狙いである)28…Qxd7! これで黒が勝つ。白がルークで取り返せば頓死が待っている。29.Nxd7 なら 29…Rxe4 で黒がルーク得になる。

27…Bxd6

 ナイトが両方のルークに当たっているので黒は選択の余地がない。

28.Rxd6

 この取り返しでd5の地点が空き白クイーンがそこを占めることができる。d列で大駒が三つ重なれば白のこれまでの優勢が拡大する。しかしもっとすごい狙いは 29.Rd7 で7段目に橋頭堡を築くことができるかもしれないことである。

 中盤戦や収局でルークが7段目にいると陣形的に非常に有利である。

28…Rc7

 黒は敵ルークを締め出すためにできることを行ない、侵入口をすべてふさいだ。

 白は陣形的に優っているがどのように突破口を開いたらよいだろうか。

 ルビーンシュタインがこれからの指し手を熟慮する際に自問自答すると思われることに耳を傾けてみよう。

 味方のルークはどちらもこの上ないほど良い地点にいて素通しのd列の支配に良く働いている。クイーンは中央に居座ってどの方面にも圧力をかけている。ビショップはeポーンに狙いをつけ敵のルークとナイトをその守りに縛り付けている。味方の駒はどれも好所で働いていてその地点にいなければならない。

 敵はどうだろうか。防御は何とかなっているが敵の駒は弱点を守るためにその地点にいなければならない。黒を好きなようにさせると陣容をまとめて反撃さえしてくるかもしれない。

 黒を好きなようにさせると・・・

 まてよ、これが局面の鍵じゃないか?

 黒を好きなようにさせるわけにはいかない。敵の駒の配置に邪魔をしなければならない。敵の駒を現在の地点から追い払わなければならない。実際敵駒の一つを追い払っただけでも敵は崩壊するだろう。

 味方の駒はどれも今の地点で働いている。だからそれを動かすわけにはいかない。しかし敵の防御を打ち破るために味方のポーンに目を向けてみよう。どのポーンを使ったら良いだろうか。そして敵のどの駒をどかすべきだろうか。

 やるべき最初のことは目標を見つけることである。敵のクイーンとルークは遠過ぎるし敏捷なのでポーンでは邪魔できない。どちらも列や段の別の地点に移ってなお支配を続けることができる。だから固定された目標を見つけなければならない。それはその地点で良く働いていてそこを離れれば役に立たなくなる駒である。ナイトはどうだろうか。もし 29.h4 と突いて次に 30.h5 とつついたらどうだろうか。ナイトは守りの好所をすぐに立ち退かなければならないだろう。ナイトはどこに行ったらよいだろうか。e7に行けばルークの利きを邪魔する。最下段に下がれば一時的に遊んでしまう。その上hポーン突きには他の利点もある。それはキングに逃げ道ができて最下段での頓死がなくなるということである。

29.h4!

 これが攻撃の決め手である。30.h5 でナイトをどかせeポーンを取る狙いであることは明らかである。隠れた目的は危険にさらされたポーンを 29…f6 で守らせ黒キングの周りのポーンの非常線を弱体化させることである。30.h5 から 31.h6 でgポーンを攻撃されればさらに弱点が生じる。

29…f6

 明らかにしっかりした支えをeポーンに与えることができるのは隣のポーンだけである。

 代わりに 29…Rce7 と守るのは 30.Qc6 から 31.Rd8 で白が簡単に勝つ。一方 29…h5(30.h5 を防ぐため)は 30.Qf5 でこのポーンが取られてしまう。

30.Qd5+

 この手は単純で強力である。クイーンが堂々とd5の地点を占め敵キングに通じる斜筋を支配すると同時に中央の素通し列に大駒を三重に重ねた。注目すべきはd5の地点を軸として使っていろいろな駒を捌いた見事さである。この地点はナイト、ビショップ、ルーク、クイーンとかわるがわる占拠された。それもぴったりと駒の強さの順である。

30…Kh8

 安全のために隅に寄った。代わりに 30…Rf7 なら 31.h5 Nh8 32.h6 で囲いを破壊される。また 30…Kf8 なら 31.h5 Nh8 32.Rd8 Nf7 33.Rxe8+ Kxe8 34.Qe6+ Kf8 35.h6 Re7(他に受けはない。35…Nxh6 なら即詰みになるし 35…gxh6 なら 36.Qxf6 で収局は黒にとって破滅的である)36.Qc8+ Re8 37.hxg7+ でルークが取られる。

31.h5

 ナイトを守りの好所から立ち退かせるだけでなく黒陣にくさびを打ち込もうとしている。

31…Nf8

 他に考えられる手は 31…Ne7 だけだが白は 32.Qf7 で楽に勝つ。この手には多くの狙いがあるが面白い変化のいくつかを見てみよう(32.Qf7 と指した後)。

 32…Rg8 は 33.Rd8 Rcc8 34.h6(35.hxg7# の狙い)Rcxd8 35.Rxd8(同じ狙いが復活)gxh6 Qf6# で詰む。

 この手順中 34.Qxg8+ Nxg8 35.Rxc8 から 36.Rdd8 も白の楽勝である。

 32…Qb8 は 33.h6 gxh6 34.Bxe5 fxe5 35.Rxh6 Ng6 36.Rxh7# で詰む。

 32…Rcc8 は 33.h6 gxh6 34.Bh4 から 35.Bxf6# の狙いである。黒はナイトでその詰みを防ぐとクイーンが取られる

 白はこれらの変化のうちどれくらいを読んでいたのだろうか。それに黒もどのくらいこれらの変化を読んでナイトをe7でなくf8に引くことにしたのだろうか。

 その答えは、たぶん全然読んでいない、である。熟達した選手は決め手となることが明らかな手の効果をほとんど一目で見抜くことができる。31…Ne7 のような受けの手段をわざわざ読まないことにより貴重な時間を節約することができる。要するに 32.Qf7 のような急所に侵入させて麻痺させることはほんのちょっとの考慮からも排除されるのである。

32.h6

 さらにくさびを打ち込んだ。白の目的は黒キングの周りのポーンによる囲いを解体することである。黒のgポーンを取り去ることができれば黒陣の要であるfポーンが攻撃に弱くなる。そしてこのfポーンが落ちれば黒陣全体が陥落する。

 白のとりあえずの狙いは 33.hxg7+ Kxg7 34.Bh4 Rf7 35.Qc6 でe8のルークを当たりにすることとf6のポーンを三重当たりにすることである。

32…Ng6

 黒はナイトをまた働かせて白が 33.Bh4 でfポーンを再び攻撃してくるのを防いだ。32…gxh6 と取るのは 33.Rxf6 Rd7 34.Bxe5! Rxd5(34…Rxe5 は 35.Rxf8+ から詰む)35.Rxf8# できれいに詰まされてしまう。

33.Qe6!

 目くるめく手である。白はクイーン捨てで観戦者に受けようとしているのではない。白がしたいのは黒陣の急所にさらに深く侵入することで、これが最も簡明な方法である。そうは言ってもこれはやはり華々しい手で、このような手を指すのは(人が指しても)興奮を覚える。

 相手の度肝を抜くような手をひねり出す興奮が好きな選手に警告したい。局面がそのような手を保証していないのに派手な手をずっと捜し求めるのは時間の無駄である。いかにわずかではあってもまず有利さを得なければならない。優勢がゆるぎない局面を確立するまで有利さを増すように努めなければならない。手筋を探す権利を確保したら華麗な手はひとりでにやって来る。

 白はもちろん黒がクイーンを取って 34.Rd8+ で頓死を食らうようなことを期待しているわけではない。白が主として念頭に置いているのはd7の地点を完全に支配することである。この地点は白ルークが活躍するのに重要な地点である。

 この局面で筆者にとって最も興味を引くことの一つは白が三つの段で相手を壊滅させる狙いを持っていることである。

 a)8段目では 34.Qxe8+ からの詰みを狙っている。

 b)7段目では 34.Rd7 から 35.hxg7# で詰ます狙いを持っている。

 c)6段目では 34.hxg7+ Kxg7 35.Qxf6+ で白の楽勝になる。

33…Rf8

 白のいろいろな狙いを考えれば黒には選択の余地があまりない。黒はこの手でfポーンに守りを加えた。

34.Rd7

 狙いは 34.hxg7# の一手詰みである。

34…gxh6

 34…Rxd7 は助けにならない。35.Rxd7 と取り返されてキング翼での詰みとクイーン翼でのクイーン取りを狙われる。34…Rg8 も 35.hxg7+ Rxg7 36.Rd8+ から詰みになる。

35.Bh4!

 25手の間1地点に留まっていたビショップが最後の仕上げを務めた。狙いは 36.Bxf6+ Rxf6 37.Qxf6+ Kg8 38.Qg7# である。

35…投了

 35…Nxh4 なら 36.Qe7 から 37.Qxf8# または 37.Qg7# または 37.Qxh7# である。こんな女性パワーの見せびらかしには誰も耐えられない。

 この試合は感動的で大いに満足を覚える。チェス史上傑作の試合の一つである。

(完)

2014年12月05日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: [復刻版]理詰めのチェス