第1局
シェーベ対タイヒマン戦では白が釘付けを防ぐために本能的にポーンを h2-h3 と突いた結果何が起こるかが見られる。タイヒマンは出過ぎたポーンを固定し攻撃目標にする。そして最後はビショップでそのポーンを取って他の駒を侵入させた。
ジュオコ・ピアノ
白 シェーベ
黒 タイヒマン
ベルリン、1907年
どの布局においてもその戦略の主たる目的は迅速に最下段から駒を出し働かせることである。
1個や2個の駒だけで(詰みは言うに及ばず)攻撃を行なうことはできない。
それぞれの駒は独自の役割があるのでそれらをすべて展開させなくてはならない。
良い始め方は一手で2個の駒を解き放つことである。これは中央のポーンのうちの一つを進めることにより可能である。
1.e4
これは素晴らしい布局の手である。白は盤の中原にポーンを据えクイーンとビショップの筋を通す。白の次の手は自由に指して良いならば 2.d4 である。2個のポーンは5段目の4つの枡 c5,d5,e5,f5 を支配し、黒がそれらの重要な枡に駒を置くのを妨げる。
白の初手に対して黒はどう応答したら良いだろうか?してはいけないことは 1…h6 や 1…a6 のような無意味な手を考えて時間を浪費することである。このような手や他の目的のない手は駒の展開に何も役立たないし、中原を独占しようとする白の狙いに何の妨げにもならない。
黒は良い枡を等分に確保するために争わなければならない。黒は中原の所有を争わなければならない。
なぜこのようにみな中原を強調するのだろうか?なぜそんなに重要なのだろうか?
中原にある駒はその動きの自由度が最大限に得られ、その攻撃能力を最大限に発揮することができる。例えば中原に置かれたナイトは八方に利き8枡を攻撃できる。しかし盤端ではその攻撃の範囲は4枡に狭められる。これでは半分の働きしかしない。
中原の占拠とは最も価値ある陣地を支配することに他ならない。相手の駒には狭い余地しか残さない。それに相手の駒はお互いに邪魔をし合って防御に支障をきたす。
中原の占拠、あるいは離れた所からの中原の支配は相手の兵力を2分する障壁を成し、その兵力の協調を阻害する。このように分断された軍隊の抵抗はあまり効果がないのが普通である。
1…e5
大変良い手である。黒は中原の公平な分割を主張している。中原にポーンをしっかりと据え自分の2個の駒を解き放った。
2.Nf3!
盤上随一の良い手である。
ナイトが相手ポーンに対して当たりをかけながら展開する。これは黒が好きなように展開できないので先手である。黒は他のことをするより先にこのポーン取りを防がなければならない。それにより黒は手の選択を制限される。
ナイトは中原に向かって展開する。それにより白の攻撃の幅が広がる。
ナイトは中原の戦略上の地点の2箇所のうち e5 と d4 に対して睨みを利かせている。
ナイトは早い段階で戦いに加わる。これは「ビショップより先にナイトを展開せよ」という格言に合致している。
この原則が妥当な一つの理由はナイトがビショップより短足であるということである。ナイトの方が戦場に着くまで手数がかかる。ビショップは一手でチェス盤を駆け巡る(例えばキング翼ビショップはa6にまで利いている)。キング翼ナイトがホップステップジャンプでb5に行くのに比べビショップは一手で行ける。
ナイトを先に展開する別の理由は布局の段階ではナイトをどこに置くべきかが比較的分かり易いからである。我々はナイトが特定の地点で最も効果的であることを知っている。ビショップの場合はいつもすぐ分かるというわけではない。ビショップを長い斜筋に置きたいかも知れないし敵の駒を釘付けにしたいかも知れない。それゆえに「ビショップを展開するより前にナイトを出せ」。
さてこの局面で黒は自分のことはさて置き、まずはeポーンを守らなければならない。守り方はいろいろあるが、以下の手から優劣を判断しなければならない。
2…f6
2…Qf6
2…Qe7
2…Bd6
2…d6
2…Nc6
黒はどのように良い手を判断したら良いのだろうか。無数の手の組み合わせを読み10手から15手先までのあらゆる攻防を想定しなければならないのだろうか。
最初に読者を安心させるとマスターは不毛な思考に貴重な時間を費やしてはいない。その代わり彼は強力な秘密兵器である大局観を活用している。それを用いて彼は普通の選手が多くの時間をかける劣った手に考慮を加えないで済んでいる。彼は明らかに棋理に反するような手にほとんど一瞥もくれない。
以下は正しい手を選ぶ時にマスターの頭に浮かぶ思考である。
2…f6 「ひどい。ナイトにとっておくべき地点をfポーンが占拠している。それにクイーンの斜めの利きもさえぎっている。おまけに駒を展開すべき時にポーンを動かした。」
2…Qf6 「f6にはクイーンでなくナイトがいるべきなので悪手。それに最強の駒をポーンの守りに無駄使いしている。」
2…Qe7 「この手はキング翼ビショップを閉じ込め、弱い駒でもできるような務めをさせている。」
2…Bd6 「駒を展開したがdポーンの進路を妨害している。それにクイーン翼ビショップも生き埋めに近い。」
2…d6 「クイーン翼ビショップの出口を開けているので悪くはない。しかし待てよ、キング翼ビショップの利きが制限されている。それに駒を働かせるべき時にまたポーンを動かした。」
2…Nc6 「これだ。これが最善手に違いない。駒が最も適切な地点に展開されているし同時にeポーンの守りにもなっている。」
2…Nc6!
面倒な分析をするまでもなく黒は最善手を選んだ。「駒を外に出せ」と言ったフランス人の助言に従っている。黒は一手の無駄もなく駒を進出させeポーンを守った。
読者のために忠告するとこの金言や他の金言は盲目的に従うべきではない。チェスでは人生と同じように規則はしばしば破られるためにある。しかし一般的には正統的なチェスを支配する原則は良い道しるべとなる。特に序盤、中盤そして終盤においてもそうである。
3.Bc4
タラシュは「最良の攻め駒はキング翼ビショップである」と言っている。だから白はこの駒を動かし、且つすぐにキャッスリングできるようにする。
このビショップは中原の重要な斜筋ににらみを利かせ黒のf7のポーンを攻撃対象にしている。このポーンは一個の駒つまりキングでしか守られていないのでことのほか弱い。このポーンめがけて駒を切りそれをキングに取らせて野外に引きずり出し猛烈な攻撃を仕掛けるのは試合の初期の段階においてさえ珍しいことではない。
3…Bc5
この地点はビショップの最適な地点だろうか?他の候補手を見てみよう。
3…Bb4: 中原の支配の戦いに参加していないし利きも少ないので劣った手である。
3…Bd6: d7 ポーンが動けずもう一つのビショップの展開にもさしつかえるので悪手である。
3…Be7: 2方向の斜筋に利いているし守りにもよく効いているのでそれほど悪くはない。ビショップは1枡動いただけだが最下段を離れれば展開したことになる。覚えておくべき重要なことはすべての駒を動かさなければならないということである。
最強の展開手は 3…Bc5 である。ビショップはこの好所から重要な斜筋に利きを及ぼし、中原に圧力をかけ、f2 の弱いポーンを攻撃している。このような展開は布局の進め方の二つの金言に合致している。
最適の地点にそれぞれの駒を速やかに配置せよ。
布局ではそれぞれの駒は1回しか動かすな。
4.c3
白の主要な目的は中原に2個のポーンを確立することである。この手はdポーンを突くのを助けるのを意図している。5.d4 の後黒はビショップとポーンが当たりになっているので 5…exd4 と取らなければならない。白は 6.cxd4 と取り返すことにより2個のポーンで中央を制圧することができる。
白の2番目の目的はクイーンをb3に出してf7のポーンに対する圧力を強めることである。
以上は利点だが 4.c3 には以下のような欠点もある。
まず布局においてはポーンでなく駒を動かすべきである。
それに 4.c3 と突いてしまうとクイーン翼ナイトの本来の居場所を奪ってしまう。
4…Qe7
大変良い手である。黒は相手の狙いを防ぎながら駒を展開している。もし白が 5.d4 に固執すれば 5…exd4 6.cxd4 Qxe4+ で黒がポーンを得する。このポーン取りはチェックになっているので白はポーンを取り返す暇がない。そして1ポーン得は他の条件が同じならば勝ちに十分つながる。
5.O-O
白はdポーン突きを見合わせて、まずキングを安全地帯に移す。
序盤ではキングを早く、できればキング翼に、キャッスリングせよ。
5…d6
eポーンとビショップにひもを付け中原を強化している。これでクイーン翼ビショップが働き始める。
6.d4
黒がポーン交換をしてくれることを期待している。そうなれば白には威容を誇る中原がもたらされナイトもc3の地点に行けるようになる。もし黒が 6…exd4 7.cxd4 Qxe4 とポーンに食いついてくれば白は 8.Re1 でこのクイーンを餌食にすることができる。
6…Bb6
しかし黒は取る必要はない。eポーンは安全なのでビショップは一歩下がって、なお新しい地点から中原に睨みをきかせている。
その威容にもかかわらず白のポーン中原は危なっかしい。dポーンは三重に攻撃されているので白は三重に守りながら展開を完了しなければならない。7.Qb3 は当初からの目論見だがクイーンが守りから外れる。7.Nbd2 はクイーンの守りをさえぎる。そして 7…Bg4 にも直面している。ナイトが釘付けになるのでポーンの守備駒の一つが無力になる。
態度を明らかにする前に白はちょっとしたわなを仕掛ける。
7.a4
怪しげな手であるが不合理な手である。白の狙いはビショップに対する 8.a5 である。8…Bxa5 ならビショップを守っているナイトを 9.d5 と攻撃する。ナイトが 9…Nd8 と下がれば 10.Rxa5 とビショップが取れる。8.a5 に対して 8…Nxa5 とナイトで取れば 9.Rxa5 Bxa5 10.Qa4+ で2枚替えとなる。
しかし展開がこんなに遅れている白に手筋攻撃を仕掛けるどのような正当性があるのだろうか。白がここで始めたような攻撃は時期尚早であり成功する道理がない。
手筋による攻撃を開始する前に全ての駒を展開せよ。
7…a6
ビショップの退路を作る。これは序盤では不要なポーン突きをするなという教えには背かない。展開は決まりきったあるいは自動的な指し方を意味するのではない。相手の狙いは必ず何はともあれ防がなければならない。もっと正当性が必要というならば、黒の手損は白の無意味な 7.a4 で相殺されている。
8.a5
ひょっとしたら黒がこのポーンを取ってくれるかもしれない。
8…Ba7
しかし黒はそれには食いつかない。
9.h3
何たるヘボ手。弱い選手は釘付けを恐れて本能的に(低俗な本能に屈して)この手を指す。
キングを守るポーンの構えをゆるめその構造を恒久的に弱める手を指して釘付けを防ぐよりも、釘付けを甘受する(一時的な不如意)方が良い。キャッスリングした後で h3 又は g3 とポーンを突くのは2度と回復できない構造的な弱点を作り出す。なぜならポーンは一旦前進すると後戻りできないし、一旦変更された陣形は修復できないからである。前進したポーン自体も攻撃に直接さらされるし、そのポーンが以前に守っていた地点(この場合は g3 )も敵兵の上陸地点になる。
タラシュは「必要がある場合あるいは有利を得る場合でなければ決してキャッスリングしたキングの前のポーンを動かしてはならない。なぜならポーンが動くたびに陣形がゆるんでくるからである」と言っている。
アリョーヒンは「キャッスリングしたキングの前の3個のポーンはできる限り長く元のままの位置を保持するように努めよ」とさらに強いことを言っている。
今や黒は駒1個を犠牲にしても白のhポーンを除去して白のキング翼を破壊する暴挙にでることも可能である。白が取り返せばg筋が空き白キングが攻撃にさらされる。もちろんこの作戦はもっと駒を戦闘配置につけるまで実行に移すべきでない。
9…Nf6
ナイトがeポーンを攻撃しながら戦闘に加わってきた。
この手は素晴らしい手で次の有用な戦術の要諦にもかなっている。
『いつの場合もできる限り狙いを持って展開せよ』
狙いに対処するために相手は自分が今していることを中断しなければならないことに注意せよ。
10.dxe5
白はポーンを交換して自分の駒の利きを通す。具合の悪いことにこれは次の場合に該当するので黒にとって有利となる。
『筋を開けると展開に勝る方に有利となる。』
10…Nxe5
ポーンで取るよりもナイトで取る方が強い応手となる。c6のナイトは勇躍中原に進出し八方ににらみを利かせる(ポーンにはできない)。
白のdポーンが消えたのでa7に逼塞していた黒のビショップが日の目を見た。ビショップの利きが延び白のf2のポーンにまで到達しさらにその先の白キングまで利いている。
さて白はどう指し手を進めたら良いだろうか。白はこれまでeポーンの窮状を救う手立てを何もしてこなかった。このポーンは黒のナイトでまだ当たりになったままだし、c4のビショップも黒のもう一つのナイトで当たりにされている。
11.Nxe5
白のこの手は強力なナイトを消すので当然の手のように見える。しかしこの交換によりキャッスリングした陣形の最良の守り駒である白のキング翼ナイトも盤上から消え去る。このような局面でキング翼ナイトを保持する重要性はシュタイニッツによって70年以上も前に指摘されている。彼は次のように言っている。「キング翼の動いていない3個のポーンに一つの駒が加わった形はその方面への攻撃に対して強力な防波堤となる。」タラシュはキング翼ナイトの重要性について次のように明快に強調している。「f3のナイトはキング翼のキャッスリングした陣形の最良の守り駒である。」
11…Qxe5
白のナイトは盤上から完全に消えたが黒のナイトは別の駒によって置き換えられたことに注目されたい。
この新たなる駒のクイーンはe5の地点で光彩を放っている。それは中原を占拠し白の不安定なeポーンを脅かし盤上のどの地点にもすぐに駆けつけられる態勢になっている。
白はどのようにクイーンの脅威とeポーンに対する当たりの問題を解決するのか?白はf4とポーンを突いてクイーンをどかしたいところだがあいにくそれは禁じ手である。白はこのポーンを救えるのだろうか?
12.Nd2
黒がポーンをくすねてくれるかもしれないという万が一の僥倖を期待しての手である。その時は 12…Nxe4 13.Nxe4 Qxe4 14.Re1 となってクイーンとキングを串刺しにできる。
しかし黒はポーン取りには興味がない。黒の大局的な優位は非常に大きいので既に勝ちをもぎ取る手筋を捜すのは当然である。黒の二つのビショップは遠くから斜筋に睨みを利かしている(一つはまだ展開していないけれども)。それぞれ黒キングをおおっているポーンを攻撃している。黒クイーンはキング翼に駆けつける用意ができている。ナイトは援軍が必要とあらばいつでも跳びこめる。黒は中原を支配している。それはカパブランカが言ったようにキング翼攻撃を成功させる必須の条件である。つまり黒は組織立った大局観指法の報酬として勝利の手筋をさずかる資格がある。
問題はこの充満した力のはけ口となる目標があるかということである。
12…Bxh3!
そう、あるのである。hポーンは何食わぬ顔で釘付けを防ぐためにh3に進んだのであった。
黒は出過ぎたポーンを取ってしまう。陣形を弱め自分のキングを裏切った罪への適切な処罰である。
13.gxh3
ポーンをただ損するわけにはいかないので白はビショップを取る一手である。
13…Qg3+!
破壊的な侵入である。黒がどのように 9.h3 のもたらした二つの大きな結果を利用したかに注目されたい。つまり黒は h3 ポーンそのものを取り、このポーン突きによって弱体化した g3 の地点を侵入口として利用した。
14.Kh1
fポーンが釘付けなのでクイーンを取ることができない。
14…Qxh3+
黒はさらに守りのポーンをはがし白キングをさらに露出させる。
15.Kg1
唯一の手。捨てたビショップと引き換えに黒はポーン2個、それに攻撃権を得た。
15…Ng4
次に詰みがある。白はh2での詰みを防ぐかキングの逃げ道を作らなければならない。もし 16.Re1 と逃げ場所を作れば 16…Bxf2# で詰まされる。だから黒は
16.Nf3
でh2の地点に利かして黒クイーンによる詰みを防ぐ。
黒はどのようにして攻撃を締めくくれば良いだろうか?彼は以下のように考えを進める。「敵キングの守りのポーン2個を取った。もし3個目のポーンが取れれば敵キングの最後の守りは失われ望みのない状態になるだろう。この最後の守り手であるf2のポーンはこちらのナイトとビショップによって攻撃され相手のルークとキングとによって守られている。だから守り駒の一つをなくさせるか第3の攻撃の駒を投入しなければならない。多分両方同時にできるだろう。」
16…Qg3+
再びfポーンが釘付けで動けないことを利用して黒は第3の駒のクイーンでこのポーンを攻撃する。
17.Kh1
キングは隅に逃げてポーンの守りを放棄するしかない。ここでポーンを守るのはルークだけになりクイーン、ナイトそれにビショップが攻撃を加えている。このポーンが落ちてそれと共に勝敗も定まる。
17…Bxf2
キングの逃げ道のg1を押さえることによりチェックに対してキングがこの地点に逃げるのを防いでいる。
18.白投了
黒の詰め手は 18…Qh3+ 19.Nh2 Qxh2# である。白が 18.Rxf2 としても 18…Nxf2# でやはり詰むのでこれまでである。