第1章 キング翼攻撃(続き)

第2局

 リュバルスキー対ソウルタンバイエフ戦でも白は釘付けを恐れてポーンを h2-h3 と突いた。そして黒はポーンを h7-h6 と突いてポーンによる攻撃で咎めた。(どうして黒のポーン突きは良くて白のポーン突きは悪いのかが明かされる。)

ジュオコ・ピアノ
白 リュバルスキー
黒 ソウルタンバイエフ
リエージュ、1928年

1.e4

 盤上の最善手!ポーンが中原を占拠し2個の駒が動けるようになった。

 偉大なフィリドールは150年前に「試合でeポーンを2枡前進させる始め方よりも勝るものはない」と喝破した。この至言は今日でも変わらない。

 他にはもう一つの初手の 1.d4 だけがただちに2個の駒を解放する。

1…e5

 カパブランカは「多分最善の応手」と評した。

 黒は中原での圧力を互角にし、自分のクイーンとビショップを動けるようにする。

2.Nf3

 この手は 2.Nc3 や 2.Bc4 のように展開する手よりも勝る。これらの手は積極性に欠ける。本譜の手はe5のポーンを攻撃しながら出てくる。このため黒の応手は制限される。

 黒は 2…Nc6 又は 2…d6 でポーンを守らなければならない。あるいは 2…Nf6 で逆襲を目指すかもしれない。

 どの手であろうと躊躇することはできない。黒は何とかして白の狙いに対処しなければならない。

2…Nc6

 疑いなく理にかなった手である。ポーンは無駄なく守られ、ナイトは一手で布局における最も理想的な地点に展開した。

3.Bc4

 素晴らしい。ビショップが重要な斜筋に展開した。黒の最弱点のf7に睨みを利かしている。

 ビショップは斜筋を遠くまで利かしている時または相手の駒を釘付けにしている(それにより無力化している)時最も力を発揮する。

3…Bc5

 別の良い手は 3…Nf6 である。どちらの手もマスターの至言に合っている。彼らの推奨し活用している至言とは次のようなものである。

『迅速に駒を出せ』
『布局では各々の駒を動かすのは一度にとどめよ』
『中原を支配するように展開を考えよ』
『駒の展開に役立つようにポーンを動かせ』
『ポーンでなく駒を動かせ』

4.c3

 白の意図は明らかである。つまり中原へのポーン突きを助けたいのである。白の次の手の 5.d4 は黒のポーンとビショップの両方に当たりになる。ポーンがただ取りにならないように黒は 5…exd4 と取らなければならない。白は 6.cxd4 と取り返して中原に強大なポーンの態勢ができる。

 これが実現できれば白の構想にも一理あることになる。しかしそのもくろみが失敗すればc3のポーンはクイーン翼のナイトが最も働く地点を奪うことになる。

4…Bb6!

 チェスは機械的に指す競技ではない。普通は序盤に同じ駒を2度動かすのは大勢に遅れる。しかし相手の狙いには展開を続けるよりも先に対処しなければならない。

 ビショップはポーンとビショップの両当たりになる白の 5.d4 の効果を削ぐために下がった。

5.d4

 黒がポーン交換をしてくれることを期待している。黒のポーンには当たっているがビショップの方には当たっていないことに注意が必要である。

5…Qe7

 ポーンを交換する代わりに(ビショップにも当たっていたらそうしなければならない所だったが)黒は別の駒を出しながらポーンを守る。このクイーンは1枡動いただけだがそれだけでも価値がある。

 最下段から離れただけでも展開といえる。

 この黒の手は単に展開してポーンを守ったというだけでなく 6…exd4 7.cxd4 Qxe4+ でポーンを得する狙いがある。

6.O-O

 キャッスリングの通常の利点(キングを安全にしてルークを動員する)に加えてこの白の手は間接的にeポーンを守っている。黒が 6…exd4 7.cxd4 Qxe4 と来れば 8.Re1 と串刺しでクイーンが取れる。

6…Nf6!

 このナイトは白のeポーンを攻撃しながら展開している。

7.d5

 ナイトを強力な地点からどかせるので気持ちの良い手である。

 この手は自然な手であるが、幾つか非難されるべき点がある。

 a) このポーンは白自身のビショップの利きをさえぎり、その動きを大きく制限してしまう。

 b) 黒のビショップの利きが大きく伸びた。その攻撃力は直接白のキングにまで及ぶ。

 c) 白のクイーン翼の駒が動きたがっているのにポーンを動かした。

 序盤では駒の展開を助けるポーンだけを動かせ。

7…Nb8

 ナイトを盤の端に行かせるよりも元の位置に戻る方が安全である。7…Na5 には白は 8.Bd3 と指し動きの不自由なナイトを 9.b4 で取る狙いがある。

8.Bd3

 eポーンを守った。もっと一貫性のある布局戦略は別の駒を展開することである。8.Nbd2 又は 8.Qe2 なら新たに駒を戦いに投入しながらポーンを守ることができた。

 序盤では同じ駒を2度動かすな。

 黒がどのようにこれらの原則の違反を咎めるのかを見るのは興味深い。他では全然当てはまらなくてもチェスの盤上では正義が勝利する。

8…d6

 このポーン突きには例外があり得ない。中原を強化しクイーン翼ビショップの道を開きeポーンを見守るクイーンの負担を軽くしている。

9.h3

 この手は黒から 9…Bg4 でf3のナイトを釘付けにされるのを防ぐためである。しかしプブリウス・シュルスはその昔「病気よりも治療の方が悪いことがある」と言った。

 キングを囲うポーンの形を乱すことにより白はキング翼のキャッスリングした陣形を構造的に弱めそして不運なルーク列ポーン自体を格好の攻撃目標としてさらけ出した。

 チェスの理論家は皆キング翼ポーンを動かさずにおくことの正しさを証言している。スタントンは100年以上前に「経験の少ない選手の場合キングがキャッスリングした側のポーンを進めるのが賢明であることはめったにない」と言ったし、ルーベン・ファインは今日「最も基本的な考え方はキングを攻撃の対象にさせてはいけないということである。キングは3ポーンが元の位置にいる時が最も安全である」と言っている。

 黒は白のこの手にどのようにつけ込んだらよいだろうか。その欠陥をあばくにはどうするのが一番良いだろうか。

9…h6!

 それは厳しく批判したのと同様の手を指すのである。

 黒がhポーンを突くことにどんな正当性があるのだろうか。

 黒はキング翼にキャッスリングしていないので防御態勢を弱めていない。黒がhポーンを突いたのは攻撃の姿勢である。釘付けを避けるための姑息な手段ではない。hポーンはgポーンがg5からg4へと進軍するための土台となる。g4の地点からは2方向、即ち白のナイトとhポーンに当たりになる。白はこのポーンを取るかこのポーンに自分のhポーンを取らせるしかない。どちらの交換になっても黒のg列が開く。黒はこの開いたg列に白キング攻撃のための兵力を整列させることができる。

10.Qe2

 いまさら展開しても手遅れだろう。

10…g5!

 銃剣の突き出しである。次の一歩はg4の地点でそこからは白の陣形の破壊をおこなう。

11.Nh2

 この手は黒の意図する進軍を防ぐ目的である。黒ポーンが進んでくれば三重に攻撃されるのに二重にしか守られていない。黒の作戦は頓挫したのだろうか。

11…g4!

 そんなことは全然ない。必要ならば黒はポーンを犠牲にして白キングの回りの防御壁をはぎ取る。

12.hxg4

 黒の狙いは 12…gxh3 の他に 12…g3 もあるのでこのポーン取りは実際上やむを得ない。

 白はなんとか当面の間g列を閉鎖することができた。

12…Rg8

 今度はg4のポーンを守る駒が二つなのに攻撃する黒の駒は三つである。明らかに白はこのポーンを 13.f3 で支えることができない。それは白キングに黒ビショップの利きが通るので不正な手である。

13.Bxh6

 指す手に困って浮いているポーンを取った。展開の遅れとキングの苦境を考えればこのポーン取りは危ない橋を渡るようなものである。もしまだ希望が残っているとすればそれは 13.Be3 のような手にかかっている。この手は新たな駒を戦闘に参加させるだけでなく、同等の力を持つ駒で対抗させて黒ビショップの圧力を無効化させる。

 本譜の手は次の警句を無視している。

 展開や陣形を犠牲にしてポーン得を図るな。

13…Nxg4

 ビショップ取りになっているので白はほうっておけない。

 白は受け切ることができるだろうか。

 14.Nxg4 と取るのは 14…Bxg4(白クイーン取り)15.Qc2 Bf3(16…Rxg2+ 17.Kh1 Qh4# の狙い)16.g3 Qh4! でh1での詰みが受からず黒の一本道の勝ちとなる。

 この手順で黒は白の釘付けのポーンの無力さを巧みに利用している。

14.Be3

 ビショップは当たりを避けながら攻撃駒の一つを撃退しようとしている。

14…Nxh2

 このナイトは駒を取ってなおルーク当たりになっているので白の応手を非常に制限している。

15.Kxh2

 15.Bxb6 axb6 としてから 16.Kxh2 なら黒は次のようにして勝つ。16…Qh4+ 17.Kg1 Rxg2+(この手が一番速い)18.Kxg2 Bh3+! これで白は 19.Kg1 Qg5+ 20.Kh2 Qg2# で詰まされるか 19.Kh2 Bxf1+ の開きチェックから 20.Kg1 Bxe2 となりひどい駒損になる。

15…Qh4+

 敵キングに通じる二つの素通しの列で黒の二つの大駒が最大限に働いている。攻撃はよどみなく進む。

16.Kg1

 白の唯一の合法手である。

16…Qh3

 次に一手詰みがある。

白投了

 どのように受けても詰みを逃れることはできない。

 17.g3 なら 17…Rh8 18.f3 Bxe3+ 19.Qxe3(19.Rf2 なら 19…Qh1#)19…Qxg3# で詰みになる。また 18.f3(クイーンの利きでg2のポーンを守った)なら 18…Bxe3+ 19.Rf2 Qxg2# でやはり詰む。

 奇妙なことに白はあれほど避けようとしていた釘付けで滅ぼされた。