第1章 キング翼攻撃(続き)

第3局

 コーレ対デルボ戦でコーレは相手ポーンの h7-h6 を誘いその後で巧妙に g7-g6 も突かせる。そしてナイトを犠牲にして弱体化した敵陣を粉砕した。

クイーン・ポーン試合(コーレ・システム)
白 コーレ
黒 デルボ
ガント・テルネーゼン、1929年

1.d4

 現代の選手たちはこの手を布局の最強手と考えている。2個の駒が働くようになりポーンが中原の枡を占めるのでその価値は 1.e4 に等しい。クイーン・ポーンは中原に進んでも守られているがキング・ポーンはすぐに攻撃にさらされ易い。

1…d5

 実戦的にはこの手か 1…Nf6 が必然である。白に 2.e4 を許して重要な中原を白ポーンで独占させるわけにはいかない。

2.Nf3

 27年間も世界選手権者だった偉大な権威者のラスカーはこの手について次のように言っている。「私の実戦によれば通常はナイトをc3とf3に置くのが最良だった。ナイトはその地点から絶大な影響力を発揮する。」

2…Nf6

 黒は白にならってナイトを最も働く地点に展開した。

3.e3

 一般的には一つのビショップを開放しながらもう一方を閉じ込めるのは戦略的に疑問である。本局の白は戦線の背後に動的なエネルギーを溜め込む必要のあるシステムを採用している。そのエネルギーは適当な時機に要所のe4の地点で爆発的に解放される。

 この目的のために白は自分の駒が最大限の圧力をe4の地点にかけるように展開を行なう。そのために白ビショップはd3の地点に行きクイーン翼のナイトはd2の地点に行く。さらに戦力を集中する必要があるならば白クイーンがe2に行って力を貸したりキング翼ルークがe1の地点に寄ったりする。それからこれらの潜在的なエネルギーを全部解き放つ用意ができたらeポーンをe4に進め局面を切り裂きキング翼で戦火を交える。

 コーレ・システムにおける展開は大局に沿って行なわれるがその目的はキング翼攻撃である。

3…e6

 この手は非難の余地がある。その理由は型にはまった展開の手で白の作戦をじゃましようという考えがないことである。明らかに良い戦略は 3…c5 で白のポーン中原を攻撃するか 3…Bf5 で迎え撃つかだった。後の方の手は簡明で適切な展開の手であるだけでなくd3の地点を目指している白のビショップと互角に対抗する用意である。そうなればビショップは遅かれ早かれ交換になり白からキング翼攻撃の非常に重要な攻撃手段を奪うことになる。

4.Bd3

 ビショップのあまりの違いに注意して欲しい。白のビショップは素晴らしい(そしてじゃまするもののない)斜筋を席巻している。これに対して同じ色の枡にいる黒のビショップは自身のeポーンによって閉じ込められている。

4…c5!

 これは非常に良い手である。黒は白の中原ポーンの態勢に一撃をくわえ自分のクイーンがクイーン翼に出られるようにした。

 このようにビショップを解き放つ手はクイーン・ポーン布局ではとてつもなく重要である。

5.c3

 大家たちはみな「布局では1個か2個のポーンしか突くな」と言う。しかし原則はいつも頑迷に従うべきものではない。

 ポーン交換になっても白はcポーンで取り返しd4の地点にポーンを維持できる。どうしてeポーンで取り返さないのだろうか。それはeポーンの将来は以前から決まっているからである。eポーンはe3の地点にいなければならず、適当な時機が来たらe4に進んでキング翼攻撃の先頭に立つ用意ができている。

5…Nc6

 これも良い手である。このナイトは中原方面の戦いに向かい白のdポーンに対する圧力を強めている。

6.Nbd2

 このナイトの出撃は妙な感じを受ける。味方のクイーンとビショップの利きを止めているだけでなく自分自身もほとんど良い働きをしていないように見える。しかし熟達者ならば一瞬のためらいもなくこの手を指すだろう。一つにはこのナイトは来るべき攻撃の跳躍点となるe4の戦略地点にさらに重圧を加えている。さらにはいったん最下段を離れれば戦闘に動員されている。最後に都合の良い時にクイーンとビショップの前から跳びのくことができる。

6…Be7

 黒はさらに駒を戦闘に投入し(ビショップは最下段を離れれば働いていることは覚えておくべきである)キングを安全なところにキャッスリングさせる用意をした。

7.O-O

 キングがあまり露出しない方面に逃れ、代わりにルークが隠れ場所から出てくる。

7…c4

 これは初心者が本能的に指す類の手である。その目的は目ざわりな駒を好所から追い払うことである。この手は白の中原に対する圧力を解消してしまうので根拠の弱い手である。黒がこのきわめて重要な地域の情勢に発言権を得ようとするならば争点は維持しなければならない。

 中原での反撃はキング翼攻撃に対抗する最良の手段である。そして反撃を図るためにはポーンの形を流動的にしておかなければならない。

8.Bc2

 もちろんビショップは引き下がる。しかし衝突の起こるe4の地点に通じる斜筋からは動かない。

8…b5

 この手の主たる目的はクイーン翼ビショップのためにb7の地点を空けることである。しかしクイーン翼ポーンを突き進めて白を困らせることも視野に入れている。

9.e4!

 この布局の眼目の手である。この手は白の閉じこもった駒が攻撃する際に使う筋を開放する。

9…dxe4

 黒にとっては気の進まない応手である。しかし 10.e5 と突かせて(ナイトがどかされ駒の動きにひどい制約を受ける)ずっと危険を抱え込んだままにすることはできない。

10.Nxe4

 この取り返しで背後でうずくまっていた白駒は勢いよく戦場に躍り出る。

 白は主導権を握っていて、それを発揮するように駒が要所に利いている。すぐには攻撃の機会がなくても白は Qe2、Rfe1、Bg5(または Bf4)、Rad1 というようにゆっくりと圧力を強め黒陣がつぶれるのを待つことができる。

10…O-O

 白がキング翼攻撃の準備をしているのでその方面へのキャッスリング(通常なら大いに勧められる)は延期した方が賢明だったかもしれない。これは状況によっては金言の価値も変わってくるというもう一つの例である。

 黒は 10…Qc7 の後 11…Bb7 から 12…Rd8 で反撃を目指す方が良かっただろう。

11.Qe2

 この展開の手は駒得の狙いを秘めている。それは 12.Nxf6+ Bxf6 13.Qe4 でキング翼の詰みがあるのでクイーン翼の浮いているナイトが取れる。

11…Bb7

 黒は新たな駒を展開させながらナイトを守った。

12.Nfg5!

 狙いは 13.Nxf6+ Bxf6 14.Nxh7 でポーン得することである。

 どうしてつまらないポーン取りの一手狙いに感嘆符を付けるのだろうか。黒がポーンを救うだけでなく白に手損をさせることができるのにどうしてこの手を賛美するのだろうか。黒はポーンを1枡進めるだけでこのポーンを救い白ナイトを退却させることができる。

 最初の質問に対する答えは他の条件が同じならば1ポーン得の優位だけで十分勝てるということである。もちろん自陣を乱す犠牲を払って1ポーン得するのは意味がない。

 次の質問に対する答えは白の素晴らしいナイト跳ねの目的はキングを守るポーンの一つを進ませることである。

 キング翼攻撃を成功させる秘訣はキングの回りのポーンによる非常線に亀裂を生じさせること、即ちポーンの一つを進むようにしむける又は強制することである。ポーンの配列が変化すると防御に恒久的な弱点がもたらされる。

12…h6

 サンタシエレは「自分のキングの前のポーンは細心の注意を払ってさわれ」と言っている。しかし何ということか、もう遅すぎるのである。黒はポーンの形を乱さなければならない。

 12…Nxe4 と取っても 13.Qxe4 と取り返され詰みを狙われる。13…g6 と詰みを防がなければならないのでやはりポーンの形が乱れてしまう。

13.Nxf6+

 キャッスリングした態勢の最良の守備駒であるナイトを撲滅した。

13…Bxf6

 代わりに 13…gxf6 はもっと早く負ける。白は二通りの勝ち方がある。ポーンを食い尽くすのは 14.Nxe6 fxe6 15.Qg4+ Kh8(15…Kf7 は 16.Qg6# で詰み)16.Qg6 f5 17.Qxh6+ Kg8 18.Qxe6+ で次にfポーンも取れる。もう一つは 14.Nh3(15.Bxh6 の狙い)14…Kg7 15.Qg4+ Kh8 16.Bxh6 Rg8 17.Qh5 で次の開きチェックで決まる。

14.Qe4

 次は一手詰みである。

14…g6

 14…Re8 でキングの逃げ道を空けるのは 15.Qh7+ Kf8 16.Ne4 で白の攻撃が危険そうなので気が進まない。もっとも本譜の黒の手よりは好ましい。本譜の手はクイーンを近づけないがポーンの形を変えてしまう。この配置の変化は黒に致命的な可能性のある構造的な弱点をもたらす。

 これらはすべて白の励みになるがそれでは白は次にどのように指し進めるのだろうか。白はどのように黒陣の弱点をつくのだろうか。そしてとりわけまだ当たりになったままのナイトをどうするのだろうか。恥じ入りながら引き下がるのだろうか。

 何も考えず機械的にナイトをf3に戻す前に白は局面を注意深く見渡す。決め手を見舞う機会はまさにこの時この場所にあるかもしれない。しかし性急な「自明な手」が相手にちょうど十分な一息つく時間を与えて防御をたて直させるかもしれない。

 この局面において白がどのように理路整然と攻撃を考えるかは次のとおりである。

 目のつけどころは黒キングを侵略から守っているgポーンに違いない。もしこのポーンに何か起これば、例えば取られれば、防御は崩壊しこちらは要塞に押し入ることができる。どのようにして盤上からこのポーンを取り除こうか。

 gポーンはfポーンによって守られている。ナイトを犠牲にfポーンを取ってgポーンの守りを破壊したと仮定してみよう。15.Nxf7 Kxf7(または 15…Rxf7)16.Qxg6+ となってこちらはナイト1個の代わりにポーン2個を得るがhポーンも落ちるはずだから3個となる。そうなれば戦力的にはほぼ互角だが敵陣は完全に破壊され勝つのは容易なはずである。

 これが作戦概要になるかもしれない。しかし実行に移す前に白は見落としがないか分析し次のような手順を発見する。15.Nxf7 Rxf7(もっと駒を受けに投入する)16.Qxg6+ Rg7 17.Qxh6 Nxd4! で急に黒が侵略者になる。黒は 18…Ne2+ 19.Kh1 Bxg2# の2手詰みを狙っているだけでなく 18…Rxg2+ に続いて強烈な開きチェックによる完膚なき破壊を狙っている。

 明らかにこの手順は危険すぎる。黒ルークを働かせずに敵陣を破壊する別の方法があるだろうか。ルークのじゃまをしないでfポーンを取り除くことができるだろうか。fポーンを取り除くことは重要である。なぜならそれはgポーンとeポーンを支えているからである。ちょっと待てよ。最後の文に手がかりがある。fポーンは二つのポーンを守っていて二人の主人に仕えている。明らかにこれは働き過ぎである。現在の大切な地位からおびき出して負担を増やしてやらなければならない。そのためには・・・

15.Nxe6!

 ポーンを取ったナイトがクイーンとルークに当たっている。

15…fxe6

 黒は犠牲のナイトを取らなければならない。さもないとナイトのためにルークとポーンを失う。

16.Qxg6+

 この手はeポーンを取るよりも強い手である。eポーンを取ると黒キングはチェックを逃げる4通りの手がある。それらのどの手も黒の負けになるかもしれないが、ほとんど選択の余地のない強打で敵を攻撃する方が実戦的である。

16…Bg7

 絶対手である。16…Kh8 は自ら詰まされにいく。

17.Qh7+

 他には 17.Bxh6 や 17.Qxe6+ も魅力がある。しかし本譜の手は黒キングを白の他の駒の手の届く野外に追い出す。

17…Kf7

 唯一の手である。

18.Bg6+

 この手は 18.Bxh6 よりも強い。18.Bxh6 なら黒は 18…Qf6 の後 19…Rh8 で逆襲する。本譜の手は黒キングをさらに追い立てる。

18…Kf6

 18…Ke7 と逃げるのは 19.Qxg7+ でビショップを二つとも取られてしまうので明らかにだめである。

19.Bh5

 白はまだ 20.Qg6+ Ke7 21.Qxg7+ で二つのビショップを取る手を狙っている。

19…Ne7

 白クイーンのチェックを防ぐにはこの手しかない。

20.Bxh6

 白はポーン漁りをしているわけではない。このポーン取りで新たな駒が攻撃に加わった。コレクションに加えられたポーンは全体計画に付随していただけである。

20…Rg8

 21.Qxg7+ Kf5 22.Qe5# を防いだ。

 代わりに 20…Bxh6 なら 21.Qxh6+ Kf5 22.Rae1 の後ルーク又はgポーンによる詰みが受からない。

21.h4

 新たな狙いは 22.Bg5# である。

21…Bxh6

 この手は即勝負が決まる。しかしもうどう受けてもだめである。21…e5 なら 22.Bxg7+ Rxg7 23.dxe5+ で黒キングはルークの守りから離れなければならない。

22.Qf7#

 詰みである。