第1章 キング翼攻撃(続き)

第4局

 ブラックバーン対ブランチャード戦で黒はありもしない攻撃を避けるために自分からポーンを h7-h6 と突いた。ブラックバーンはビショップを犠牲にしてこの無神経なポーンを除去し敵陣侵入への足がかりとした。

キング翼ギャンビット拒否
白 ブラックバーン
黒 ブランチャード
ロンドン、1891年

1.e4

 努力から成る多くの分野で価値は一定だった。この試合が行なわれた時は-

 物語の出だしは「昔々」、

 三目並べの選手は中央の枡にXを置き、

 チェッカーのマスターは11-15で始め、

 チェスのマスターは 1.e4 で試合を始めた。

 科学者の研究にもかかわらず以上のことは相変わらず良い始め方となっている。

1…e5

 黒は二つの駒の筋を通しながら中原で均衡を保つ。

2.f4

 この手は黒に中原を明け渡すようにしむけるためのポーンの提供である。

 黒が贈り物を受け取れば白は 3.d4 と突いて中原を自分のポーンで独占することができる。さらにf筋を開けたことにより白は弱いf7の地点に攻撃を仕掛ける可能性が得られる。ここは黒キングが原位置にいてもキャッスリングしてももろい地点である。

2…Bc5

 多分この手がギャンビットを拒否する一番安全な方法である。

a) ビショップは中原ににらみをきかし絶好の斜筋を押さえている。

b) ビショップはポーンのd4への利きに加勢し白がポーンをd4へ突くのを防いでいる。

c) ビショップはc5からg1の地点を見下ろし黒が急いでキャッスリングできないようにしている。

3.Nc3

 白は 3.fxe5 を避けた。この手に対する黒の応手(恐らく瞬時に指してくるだろう)は 3…Qh4+ 4.g3(4.Ke2 はもっと悪くて 4…Qxe4#)4…Qxe4+ で黒のルーク得になる。白の本譜の手は 3.Nf3 ほど積極的でないがブラックバーンは 3…Bxg1 4.Rxg1 Qh4+ 5.g3 Qxh2 を誘った。これに対しては 7.Rg2 から 8.fxe5 で白が優勢になる。

3…Nc6

 怪しげな誘いに対するにべもない応手である。

 黒は引き続き戦場に戦力を集めている。中原の支配権の戦いに黒のナイトはe5とd4の地点に圧力をかけて応分の働きをしている。

4.Nf3

 白は 4.fxe5 Nxe5 5.d4 で自陣を広げる機会を逃がしたのではないだろうか。いや、そうではない。4.fxe5 に対して黒は 4…d6 でポーンを取らせ自由で容易な展開を得ることができる。

 本譜の手は敵クイーンのチェックで煩わせられる可能性に終止符を打ち、eポーンを取る狙いを復活させる。

4…exf4

 この手は少なくとも四つの点でまずい手である。

a) 駒でなくポーンを動かして黒はすべての布局戦略における主目的を見失った。「駒を動かせ。それらを最下段から離れさせて働かせよ。」

b) 黒は中原における足場とその特権を放棄した。

c) 黒は維持できないポーン取りに無駄な手数をかけた。

d) 黒は白に次の手で中原を席巻させた。それにより黒ビショップは後退させられ手損させられた。

 タラシュは黒がここで指したような手を駒をただ取りにさせるようなあからさまなポカよりも罪深いと考えていた。

 この手の代わりに黒は 4…d6 と突いた方が良かった。そうすればすべて問題なく白枡ビショップも日の目を見た。

5.d4!

 当然である。このポーン突きの威力が分かるのに選手なら0.5秒以上を要すべきでない。このポーンは中原のかなりの部分を制圧し(d4の地点を占拠し重要なc5とe5の地点に利いている)、黒ビショップを絶好の位置からどかし自分のビショップの攻撃路を開いた。

5…Bb4

 e7に引き下がって防御に計り知れない役割を果たす方がもっと理にかなった戦略だった。

6.Bxf4

 ポーン損を取り戻すと共に駒を展開させるのでこのポーン取りは一石二鳥である。

6…d5

 白のeポーンに当てたこの手は中原の所有権を争おうというものである。それと共に黒はクイーン翼の駒にもっと空間を与えている。

7.e5

 ポーンの動きにはすべて良い面と悪い面がある。(タラシュは「ポーンを突くたびに陣形がゆるむ」とよく言っていた。)

 このeポーン突きの欠点はe5の地点をポーンが占めたことにより自分の駒から役に立つ地点を奪ったということである。ナイトは特にe5の地点にいれば大きな働きをする。

 代償にこのポーンは黒陣全体を締め付ける効果を発揮していて、特にキング翼ナイトを束縛して自然なf6の地点に展開させなくしている。

7…Bxc3+

 黒はブラックバーンに二重ポーンを負わせる期待にひかれた。しかしどうして釘付けにされた何の害にもならない駒を取るのだろうか。どうして圧力を和らげてしまうのだろうか。

 もっと推奨すべきやり方は 7…Bf5 を手始めに控えている駒を繰り出すことである。

8.bxc3

 二重ポーンの不利(c4 と突いてポーン交換させれば解消できるのでほとんど取るに足りない)と引き換えに白は双ビショップに加えてルークが有効に利用できる素通しのb列の有利さを得た。

8…Be6

 これはおざなりの手である。このビショップはf5に進出して大きな効果を発揮することができた。そうすれば白が交換を望まない限りビショップを自由にd3に置くのを妨げることができる。

 駒を最も働く地点に展開させることは確実に有利である。相手が同じことをするのを防げばさらに有利さが増す。

 大切なことは急所の地点の支配権を争うことである。

9.Bd3

 明らかにすばらしい地点に展開した。二方向に利いていて、どちらの翼でも手助けする用意ができている。

9…h6

 この手は明らかに 10.Ng5 や 10.Bg5 を防ぐためである。

 白は自分の展開を終えることしか関心がないのでこのような手を指すつもりは少しもなかった。

 9…h6 という手はhポーンがポーンによる攻撃の土台となる場合にだけ指すべきである。つまりhポーンがgポーン突きを支える場合である。そもそもこの手はポーンの形をゆるめて攻撃への抵抗力を弱めるので益よりも害の方が多い。もしキングがこの方面にキャッスリングすればとりわけ危険である。それはこのポーン自体が並びから突き出ているので格好の標的となるからである。おまけに(上述で十分でなければ)展開の目標を推し進めるのに何もしていない。まだ閉じ込められている駒の解放に費やすべき手数を無駄にしている。

10.O-O

 たった一手で白はキングの安全を確保しルークを素通しの列に引き出す。確かにこの列はナイトとビショップで散らかっていてルークの利きをじゃましている。しかしこれらは駒であってポーンではない。駒はじゃまにならないように素早くどけることができる。

10…Nge7

 ナイトにとって一番うれしい場所というわけではない。しかし他にどのようにしたら戦いに加われるだろうか。この展開は不本意ではあるけれども元の場所にほったらかしにしておくよりははるかに良い。

11.Rb1!

 マスターはこの手を瞬時に指す。凡庸な選手は一瞥もしない。ルークはこの列にどんな将来性があるのだろうか。ルークはポーン取りになっているがこのポーンは簡単に守られる。こんな無駄な示威の代わりにキング翼攻撃に努めてはどうか。

 その答えは次のとおりである。直感(知識や経験の場合もあるだろう)がマスターに素通しの列を占有しなければならないと言うのである。つまりルーク又はクイーンですぐにそれらを支配するということである。直感は次のように言う。「局面の要求に合った手を指しなさい。そうすれば適切に報われるだろう。優勢な局面を確立するのに必要な手を指しなさい。最大限の働きをし陣地の大部分を支配するように駒を展開しなさい。手筋に着手する前に敵陣を弱体化させ敵駒の動きを押さえ込み抵抗力を削ぐように努力を傾けなさい。好機が来れば攻撃はひとりでにうまくいく。決定的な手筋は目の前にやって来る。」

11…b6

 これもマスターとアマチュアを分ける手である。

 ポーンを進めて攻撃をかわしルークに無駄骨をおらせるのはなんとたやすいことだろう。この受けは自明なように見えるかもしれないが上級の選手なら誰もこんな手を急いで採用したりしない。彼ならポーンの形を乱すのを避けようとして代わりに 11…Rb8 や 11…Qc8 のような手を考えるだろう。

 本譜の手の後黒のクイーン翼の白枡は弱体化している。もっと重要なことはポーンの前進でクイーン翼のナイトが強固な支えを失ったことである。これは面白い状況で、白は以降のキング翼攻撃で盤の遠く離れた反対側からそれを利用することになる。

12.Qd2

 クイーンは1段目を離れてルーク同士が連結できるようにする。ルークは縦に重なることによって素通しの列で圧迫を強めたり協同して事に当たったりすることができる。

 このクイーンの動きの完全な意味は、もっともらしいが表面的な手を指す相手には見過ごされ易い。

 チェスでは最も単純で穏やかな局面でも機械的に指してはいけない。

12…O-O

 自ら嵐の真っ只中に飛び込んだ。

 安易に頭に浮かんだ手を指す前に黒は次のように自問した方が良かった。「白の一つの弱点、即ちc列の二重ポーンにどうしたらつけ入ることができるだろうか。」

 そうすれば黒は 12…Na5 でナイトをc4に差し向ける手を思いついたかもしれない。ナイトはそこで白の二重ポーンをせき止め白駒の自由な動きをじゃまし白にとってはのどに引っ掛かった骨のような感じになる。白はc4に来たナイトを取れるが自分の役に立つビショップの一つを手放さなければならないし(その交換の結果生じる)ポーンの形も黒のポーンの形より劣る。そして黒は自分の駒の一つをd5に据えて大きな効果を発揮させることができる。d5の地点は敵のポーンによって決して追い立てられることがない。

13.Bxh6

 ブラックバーンは光のような速度(毎秒186,324マイル)でこのポーンをもぎ取ったに違いない。

 ビショップの代償にブラックバーンは戦力の見返りとしてすぐにポーン2個を得、敵キングの周囲のポーンのバリケードを破壊した。もっとあるがそれはこれから見ていくことにする。

13…gxh6

 黒はこのビショップを取らなければならない。さもないと大局的になんの代償もなくポーンを損することになる。

14.Qxh6

 犠牲にした駒の代わりに白が得るものをみてみよう。
1) 現物としてポーン2個を得た。
2) 白クイーンは敵陣で威張っている。1手詰みも残っている。
3) 黒キングを保護していたポーンの幕を引き裂いた。
4) 15.Ng5 から始まる強力な攻め手が用意されている。
5) (15.Ng5 の後)もっと支援が必要ならば 16.Rf3 から 17.Rg3 で援軍を呼ぶことができる。

14…Ng6

 他に受けがあっただろうか。

 14…Nf5 なら(白ビショップの利きをじゃまするため)15.Bxf5 Bxf5 16.Qxc6 でクイーン翼の浮いているナイトを召し上げる。これは黒が11手目に本能的にbポーンを突いたせいである。

 14…Bf5 15.Bxf5 Nxf5 16.Qxc6 でやはり不運なナイトがさらわれる。

 14…f5 ならe6のビショップが当たりになっている。白はタルタコーワの「取ってから理屈を考えよ」という助言のとおりにビショップを取るだろう。

15.Ng5

 再びh7での詰みを狙っている。この手は荒っぽく 15.Bxg6 fxg6 16.Qxg6+ から 17.Qxe6 で駒得して勝つ手よりも速い。

 ブラックバーンは1世紀以上前に活躍したバロン・フォン・ハイデブラント・ウント・デル・ラーザが唱えた「最も単純で最短の勝ち方が最良の勝ち方である」という箴言に従った。

15…Re8

 キングの逃げ道を作った。

16.Rxf7

 ここでも楽しい勝ち方がいくつかある。

 16.Bxg6 とし 16…fxg6 なら 17.Qh7# で詰み。

 16.Nh7 から 17.Nf6+ も早く詰む。

 本譜の手は黒キングをひき止めまた1手詰みを狙っている。

16…Bxf7

 まだ指し続けたいならこう指すしかない。

17.Qh7+

 黒キングを運命の場所に追い立てる。

17…Kf8

 唯一の手。

18.Qxf7#

 詰み。

 もっともらしいけれどおざなりのチェスを指すことの危険性が本局にはよく現れている。本局と他の7局を同時に目隠しで指したブラックバーンは道理と筋道に頼って勝ちを収めた。それは盤面の見える相手の行き当たりばったりのチェスよりも疑いもなくまさっていた。