第1章 キング翼攻撃(続き)
第5局
ルーガー対ゲプハルト戦では中原無視とあいまって早過ぎたキャッスリングの危険性が見られる。黒が敵駒を攻撃するためにポーンを h7-h6 と突いてさらに罪を重ねた時、捨て駒によってキングの縦の筋をむき出しにされるという報いを受けた。
ジュオコ・ピアノ
白 ルーガー
黒 ゲプハルト
ドレスデン、1915年
1.e4
序盤で行なう最も大事なことはできるだけ速く駒を展開して中原を占拠し支配することである。
白の初手は中原にポーンを据えて、駒を最下段から出す最初の手はずとしてクイーンとビショップの道を開けている。
1…e5
黒は中原での圧力を互角にし二つの駒を動けるようにした。黒はこんなに早い段階では主導権を無理やりもぎ取ることは望めないのでこれで満足しなければならない。
2.Nf3
狙いを持った展開の手を指すのは相手の応手の幅を狭めるので良い戦略である。消極的な 2.Nc3 は駒を展開しているが何も攻撃していない。この手に対して黒は 2…Nf6、2…Nc6 及び 2…Bc5 という良い手の中から応手を選択できる。同様に白の2手目が穏やかな 2.Bc4 ならば黒は 2…Nf6、2…Bc5 及び 2…c6(早く …d5 と突く狙い)という三つの良い候補手がある。
2…Nc6
黒はeポーンを助けながら駒を展開した。このナイトは効率的に戦いに参加している。つまりその利きは中原に及んでいてe5の地点を守りd4の地点を攻撃している。
3.Bc4
ビショップは外に出て、黒キングに通じる斜筋をにらむ地点を占めた。このビショップはキングによってしか守られていないのでことのほか弱いポーンを攻撃している。
これは次の数手のうちにこのポーンを取ることを意味しているのではなく狙いは常に存在していることを意味している。多くの短手数の傑作は敵キングを野外に引きずり出すためにだけビショップを切り他の駒でこのキングを捕まえるという手法により生まれてきている。
3…Bc5
黒は白の手をまねてビショップを最適な地点に出してきた。
序盤ではビショップは中原に通じる斜筋に利いている時、または敵のナイトを釘付けにして動けなくしている時に最も攻撃力を発揮している。受けに使うならばe7が良い地点である。そこからは幾つかの方向に利きを及ぼし敵駒が侵入するのを困難にしている。
4.c3
中原の支配を念頭にdポーンを突くのを助けている。白はキングが危険な状態でないのでキャッスリングを後回しにしている。
4…Nf6
黒は白ポーンを攻撃しながら駒を展開した。これは白のもくろみに対する強力な反撃である。
5.d4
白はこれに対してポーンを攻撃して迎え撃った。
5…exd4
ほぼこの一手である。5…Bd6 としてeポーンを守るのはdポーンをふさぐのでまずい。5…Bb6 は 6.dxe5 Nxe4 7.Bxf7+ Kxf7 8.Qd5+ で白が駒を取り返ししかもポーン得のままである。白は 7.Bxf7+ の代わりに 7.Qd5 で詰みを狙いながらナイト当たりにすることもできる。
6.cxd4
白のポーン隊形には圧倒される。しかしこの中原は維持できるのだろうか。
6…Bb4+
この手は弱気の 6…Bb6 よりはるかに勝る。6…Bb6 の後黒は次のようにつぶされる。7.d5 Nb8 8.e5 Ng8(ナイトが二つとも面目なく帰還した。)9.O-O Ne7 10.d6 Ng6 11.Ng5 O-O(黒キングは3ポーンとナイトで守られている。あと4手でナイトと1ポーンが消え残りの2ポーンは釘付けで無力になる。)12.Qh5(狙いは 13.Qxh7# である。)12…h6 13.Qxg6(再び詰みの狙いがある。このクイーンはもちろんタブーである。)13…hxg5 14.Bxg5 Qe8 15.Bf6 これで白は二重釘付けを利用して次の手で詰めることができる。
これがその局面である。
本譜の手に対して白はチェックに対処しなければならず、できれば当たりになっているポーンも救いたい。
7.Nc3
白は 7.Bd2 Bxd2+ 8.Nbxd2 でeポーンを守るよりもポーンを捨てる本譜の方を好んだ。
7…O-O
「チェスは臆病者のための競技ではない」とシュタイニッツはバッハマンへ宛てた手紙の中で書いている。早期にキャッスリングするのは一般的には適切な戦略である。本局の場合は強大な白の中原を破壊しなければならないので適切でない。黒はポーンの犠牲を受け入れて 7…Nxe4 と指さなければならない。そしてその後どのような攻撃が待っていようと受けきる可能性にかけなければならない。その方が本譜の消極的なキャッスリングより悪くなることはあり得ない。本譜は黒のナイトが二つとも好所から追い払われることになる。ピルズベリーは「絶対的で重要なことは、キャッスリングしようと考えるあるいはしなければならないならばキャッスリングしてよいが、キャッスリングが可能だからという理由でキャッスリングしてはいけない」という原則を唱えていた。
8.d5
d5の地点は駒で占拠すべきなので通常はこのような手は疑問手とされる。しかしここではこのポーンはナイトを追い払い黒が …d5 で捌きにくるのを永久に防ぐという役目を果たしている。
8…Ne7
この手は仕方がない。a5の地点に跳ぶのは 9.Bd3 と応じられナイトが盤端で立ち往生する。
9.e5
今度は別のナイトを突っつく。
9…Ne4
e8へ引くのは気が進まないので黒はナイトを交換しにいく。
10.Qc2
自分のナイトが二つの駒で当たりにされているのでそれを守りながら敵のナイトに当てた。
10…Nxc3
ほぼ必然である。当たりのナイトを 10…f5 で守るのは 11.d6+ でもう一つのナイトが取られてしまう。
11.bxc3
この取り返しは先手になっている。黒ビショップは一手かけて逃げなければならず白の優勢は拡大する。白のクイーン翼ルークはb列が使えるようになり黒枡ビショップはもう一つの斜筋にも行けるようになった。
11…Bc5
当然ながら唯一の別の逃げ場所よりもこの地点の方が可能性に富んでいる。
陣形を比較すると白の方が断然まさっている。戦場に出ている駒は白の方が多い。それに駒の動きも白の方が良い。戦いにもっと駒を繰り出す見込みも白の方が良い。
ここでのお薦めの処方箋は狙いをちらつかせて黒を忙しくさせること、即ち黒を受けに走り回らせ有効な抵抗を構築する余裕を与えないことである。
12.Ng5!
表向きは詰み狙いで黒を怖がらせている。しかし実際の目的はキング一行(いっこう)のポーンの一つを前進させて弱体化を誘うことである。
もしこれらのポーンの一つでも動けば黒はしてやられる。例えば 12…f5 なら 13.d6+ で駒損になる。また 12…g6 なら 13.Ne4 で 13…Bb6 とビショップを助けると 14.Bh6 でルークがe8に逃げても 15.Nf6+ で交換損になる。
12…Ng6
受けるにはこの手しかない。キング翼ポーンは元のままだが黒は自分の駒を白の望む所に置かされた。このような状況では黒がうまく戦える見込みはあまり明るくない。
白は型にはまった展開としてキャッスリングした黒の過ちを避けなければならない。そのようなおとなしい進行は黒に 13…d6 又は 13…h6 で白ナイトを撃退する時間を与えてしまう。白は相手に一息つかせる機会を与えてはならない。白は攻撃あるのみである。
13.h4
次にh5に進んで黒ナイトをどかせクイーンで詰ませる狙いである。
13…h6
他に指しようがない。黒は脅威を与えているナイトを追い払おうとしている。黒は 13…f6 でそれをすることはできない。そう指すと 14.d6+ Kh8 15.Nf7+ で黒の交換損になる。
14.d6!
このポーン突きは迫力がある。黒ビショップは防御から隔絶され、一方白ビショップの利き筋が通った。白の狙いは 15.Qxg6 である。釘付けのfポーンはこのクイーンに触れられない。
14…hxg5
取れる駒は何でも取った方が良い。
15.hxg5!
ナイトが逃げることはない(その罰は 16.Qh7# である)。一方ルークには気持ちの良い素通し列がありクイーンにはまだナイトを取る狙いがある。
15…Re8
黒キングはもっと動ける場所が必要である。
16.Qxg6
重圧を緩めることなく駒を取り返した。1手詰めが一つと2手詰めが二つある。
16…Rxe5+
黒は慰めに有形資産の在庫を同じにし、降伏する前に気休めのチェックをした。
17.Kf1
最も簡明な手である。詰みの狙いがまだ残っている。白が 17.Kd2 Qxg5+ 18.Qxg5 Rxg5 でこれまでの努力を無にする可能性などほとんどあり得ない。
17… 黒投了
黒は 17…Qe8 で1手詰みを避けることはできるが(ついでに自分でも詰みを狙っている)18.Qh7+ Kf8 19.Qh8# でしょせん即詰みである。