第1章 キング翼攻撃(続き)

第6局

 ツァイスル対バルトホッフェン戦は中原の重要性を顧慮しない不適切なキャッスリングのもう一つの例である。白はポーンを g2-g3 と突くことを余儀なくされその結果白枡がポーンで守られず弱体化した。バルトホッフェンの駒はこれらの枡に侵入し敵キングを仕留めた。

ルイ・ロペス
白 ツァイスル
黒 バルトホッフェン
ウィーン、1899年

1.e4

 フランクリン・ヤングは次のように言った。「もし目的の平面が開放されたままならば、あるいは中原またはキング翼で永久に突き止められるならば、正しい斜筋がいつも容易に確保されるように展開せよ。あるいはもし目的の平面が戦略的前線の果てでなく他の所で永久に突き止められるならば整列したかぎ針編みがいつも容易に確保されるように展開せよ。」

 もしこの文章がいくらか分かり難いならば(私にもそうでないと信じる理由はない)同じ作者によって明晰な散文で述べられた結論は次のとおりである。

 「白の最善の初手は 1.e4 である。」

1…e5

 黒が互角を目指す最良の機会は中原にある最も重要な地点の公平な分け前を得ることである。

 1…e5 で黒は所有権を主張しながら二つの駒を解き放った。

2.Nf3

 この手は今のどんなマスターでももっと良い手を指すことはできないことを確信して自信を持って指して良い。

 このナイトは一手で布局における最適な地点に展開した。

 このナイトはきわめて重要な中原の4地点のうち2地点に圧力をかけている。

 このナイトは最大限に活動できるように中原に向かって進出した。

 このナイトはキング翼を空けキングがその方面に早くキャッスリングできるように助けている。

 このナイトはキングがキャッスリングした後その防御に理想的な位置にいる。

 このナイトはポーンに当たりをかけて先手を取りながら戦いに加わっている。

 要するにこの手は非常に良い手なのである。

2…Nc6

 この手は推奨すべき応手である。黒は駒を展開すると同時にポーンを守った。

3.Bb5

 たぶんこの手が最強の手である。このビショップはポーンを守っている駒に制約を加えている。今すぐにポーンを取る狙いはない。4.Bxc6 dxc6 5.Nxe5 とポーンを取っても 5…Qd4 という応手があってポーンを取り返される。しかしナイトには圧力がかかっていて、黒がいずれdポーンを突いてナイトが釘付けになった時にこの圧力はいっそう強まる。

3…f5

 主導権を握ろうとする大胆な企てである。その意図は白にfポーンを取らせて中原を放棄させようというところにある。

4.d4

 攻撃的な選手ならこのようなeポーンに対する白の反撃を好むだろう。堅実で大局観に基づいて指す選手なら 4.Nc3 と落ち着いて駒を展開させて自分のeポーンを守るだろう。また本当に用心深い選手なら 4.d3 でeポーンを守りポーン交換になっても中原にポーンが維持されることに満足するかもしれない。

4…fxe4

 黒はこのポーン交換で白ナイトを拠点から立ち退かせるのが主たる意図である。

5.Nxe5

 一見強そうな手である。白はポーンを取り返し黒からの 5…d6 や 5…d5 を防いでいる。これらの手の後 6.Nxc6 bxc6 7.Bxc6+ で白が交換得になる。

 白には 6.Bxc6 dxc6 7.Qh5+ Ke7 8.Qxf7+ Kd6 9.Nc4# で詰みというすごい狙いもある。

 これらはどれも非常に魅力的である。こんなに早い段階で詰みになる可能性があるのは若い選手には魅惑的である。しかしこのような野心は抑制した方が良い。早過ぎる詰みの攻撃は撃退されて攻撃側の手損や駒損になるのが普通である。

 もっと安全な指し方は 5.Bxc6 dxc6 6.Nxe5 である。

5…Nxe5

 これにより黒は白のキング翼の最良の守り駒を盤上から消し去り、白が抱いたかもしれない手筋の構想に終止符を打った。

6.dxe5

 白は過激な 4.d4 の見返りがない。代わりにクイーン翼ナイトを展開していた方が良かった。

6…c6!

 駒を戦いに投入すべき時にポーン突き?そのとおり。指し手は具体的な局面によって判断されるべきものである。黒にはこのポーン突きに四つのもっともな論拠がある。

 a) 黒はdポーンが突けるようにビショップを追い払わなければならない(さもないと黒キングがチェックの状態になる)。

 b) ポーン突きにかかる1手は白ビショップも1手かけて引き下がらなければならないことによって相殺される。

 c) クイーンのために好都合な斜筋が開く。

 d) ビショップに対する当たりでポーンが取れる。シュタイニッツは「ポーン1個でも少しの手間をかける価値がある」と言っている。

7.Bc4

 通常ならここがビショップの好所である。しかしここではe2の方が局面に適合していた。白はもうキング翼ナイトの務めが得られない。だからe2のビショップがキング翼の守りに役立つかもしれない。

7…Qa5+

 キングとポーンの両方に当たっている。

8.Nc3

 チェックを受ける最良の手段である。白はクイーン翼ナイトを布局でおさまるべき場所に置いた。

8…Qxe5

 黒はポーンを得して試合に勝つ良いスタートをきった。ここからの黒の目標は白の薄くなったキング翼の攻撃に取り掛かることである。

9.O-O

 もっともな手だが誤りである。自分の意図を隠してクイーン翼の駒を展開しその後で恐らくクイーン翼にキャッスリングする方が賢明であった。

9…d5!

 当然の手である。黒は中原を占拠し敵ビショップを追い払い自分のビショップを世に出す。これらすべてが1手でできる。

10.Bb3

 ここでも防御のために 10.Be2 と引いて二つの斜筋へ利かせる方が望ましかった。

10…Nf6

 単にナイトを展開してキング翼攻撃を組織する。

11.Be3

 この手は黒の 11…Bc5 を防ぎ 12.Bd4 又は 12.Qd4 で敵の中原のクイーンをどかせるためである。

11…Bd6!

 この好手は詰みの狙いを伴った単なる展開の手だけにとどまらない。その隠れた目的は守備のポーンの一つを進ませて白のキング翼の陣形に永久に修復できない弱点を作らせることである。

12.g3

 受かるとすればこの手しかない。代わりに 12.f4 は 12…exf3e.p. 13.Qxf3 Qxh2+ 14.Kf2 Bg4 で黒の勝ちとなる。

 本譜の手の後黒は攻撃にとりかかる。黒は駒を無意味に犠牲にしてgポーンを取ったりポーンを …h5-h4-h3 と突いて白陣の破壊を試みたりするわけではない。

12…Bg4!

 黒は攻撃の基礎を侵入においている。白のf3とh3の地点は 12.g3 の結果もうポーンで守られていないので弱くなっている。これらの地点はシュタイニッツが初めて名付けたように「空所」になっている。これらの地点に腰を落ち着けた敵駒はポーンで追い払うことができないのでしっかりと居座る。

 このビショップ出はクイーンを攻撃して手をかけずにf3の地点に入り込む意図である。

13.Qd2

 この手は良さそうに見える。代わりにナイトをe2に引いて当たりを止めれば黒は 13…Qh5 でさらにナイトを当たりにし 14.Re1 を余儀なくさせて 14…Qh3 で駒を空所に据える。黒の次の手は 15…Bf3 でもう一つの空所を占めてg2での詰みのお膳立てが整う。

13…Bf3

 侵入の過程の第2段階である。

14.Bf4

 この手は 14…Qe7 15.Bxd6 Qxd6 16.Qf4 のようなことを期待した。そうなれば1ないし2組の駒交換で黒の苦境が緩和される。

 白の14手目の後白キングには5手の即詰みがある。黒はそれを高らかに宣言するかもしれない。

14…Qf5!

 ビショップを見捨てた。しかし黒はクイーンをh3に送って白枡を断固支配することしか関心がないのである。

15.Nd1!

 この手しか受かる可能性がない。このナイトは次にe3に行って詰みが迫っているg2の地点を守る。

15…Qh3

 次に1手詰みがある。

16.Ne3

 重要な枡を守った。

16…Ng4

 今度の狙いはh2での詰みである。弱い白枡をうまく利用して敵陣に侵入する黒駒に注目されたい。

17.Rfc1

 キングの逃げ道を空けた。

17…Qxh2+

 次の手で詰みになる。