第1章 キング翼攻撃(続き)
第7局
シュピールマン対バーレ戦では黒の選手は相手のナイトが自分のキングのすぐ近くに根を下ろすのを防ぐためにgポーンを突いた。これにより自分のキング側ナイトがポーンの強固な支えを失い、同時にポーンの利きがない枡が弱点として生じた。シュピールマンの駒はこれらの弱点枡に侵入して締め付け相手のキングを詰ませた。
フランス防御
白 シュピールマン
黒 バーレ
ウィーン、1926年
1.e4
この手は以下のような多くのことを成し遂げている。
ポーンが中原に据えられた。
このポーンはd5とf5に利いていて黒駒がそれらの地点に来るのを防いでいる。
白のクイーンとビショップがすぐに動ける余地を得た。
1…e6
この手には次のような幾つかの目的がある。
一つ目は白が布局を指図するのを防ぐことである。普通の 1…e5 の後白は強力なルイ・ロペス戦型、ジュオコ・ピアノ、ウィーン試合、マックス・ランゲ攻撃、あるいは何らかの危険なギャンビットさえ指すことができる。
二つ目は黒の狭小な陣形は白の早まった攻撃をよく誘発し白に惨劇をもたらすことがある。
三つ目はe6のポーンは 2…d5 突きを支え、白のeポーンに対する攻撃が主導権をもぎ取ることもある。
フランス防御を見くびってはいけない。うわべは控えめだがその下に多くの動的なエネルギーが隠されている。
2.d4
中原に1ポーンを置くのが価値あることなら2ポーンを置けばその価値が倍増する。
2…d5
黒はクイーンの利きをもっと増やし白の中原に挑戦する。
3.Nc3
ナイトが適切な地点に展開しeポーンを守りd5の地点ににらみを利かせているので明らかに優れた応手である。
3…Nf6
黒もやはりキング翼ナイトを最強の地点に持ってきた。しかもさらに白のeポーンに当たっているので先手である。
4.exd5
争点を和らげるこの手よりも 4.Bg5(駒を展開し敵駒の一つを無力にする)で圧力を増加させる方を好む選手も多い。
大きく捌けた局面を好むシュピールマンは1組のポーンを交換して自分の駒の動ける余地を増やした。
どちらの手が良いのだろうか。どちらの手を指すべきなのだろうか。その答えは自分の好きな手、即ち自分の棋風と性格に最も合った手を指すことである。注意深く慎重な性格でポーン1個の大切さを良く知っているならば、つまりポーンはそれぞれクイーンになる可能性があり1ポーンでも損すると試合に負けるかもしれないと考えているならば、4.Bg5 と指すべきだし布局定跡はルイ・ロペス、クイーンポーン布局、レーティ、イギリス布局などの大局観に基づいて指すものを選ぶべきである。一方恐れを知らぬ冒険的なチェスが好みでポーンは駒で猛攻をかける際のじゃまにしかならないと考えるならばエバンズ、デンマーク、キング翼その他のギャンビットなど想像力をかき立てる余地のある布局を選ぶべきである。
指すべき最良の布局は自分が最も安心できる布局である。
4…exd5
ナイトで取るよりもこの手の方が良い。黒は中原にポーンを維持しクイーン翼ビショップを自由にした。
5.Bg5
この手はナイトを釘付けにし 6.Bxf6 gxf6(6…Qxf6 はdポーンをただ取りされる)で弱い二重ポーンを作らせ黒陣を乱す狙いをもっている。
5…Be7
この手は釘付けを外す最も簡単な手段である。ビショップを1枡しか動かさないのは大した手でないと思うかもしれないが次の迅速な展開の第1原則に合致している。
駒を最下段から出せ。
6.Bd3
このビショップの位置は攻撃的で、黒のキング翼キャッスリングの場合は特にそうなる。
6…Nc6
このナイトの初登場は白のdポーンを狙っているのでなおさら脅威的である。
7.Nge2!
ありきたりの展開の 7.Nf3 ならば黒は 7…Bg4 でこのナイトを釘付けにし再び白のdポーンを狙う。白は例えば 8.Be2 でこのポーンを助けることができるが主導権を失うことになる。
本譜の手の後でも黒がナイトの釘付けに来れば 8.f3 でビショップを追い払い手損させることができる。
7…Nb4
この手は敵の危険な駒を消し去り自分は双ビショップを維持して少しの有利を確保する意図である。
8.Ng3
ナイトをe2に展開する別の理由がここで分かる。ナイトやビショップにとってf5は圧倒的な地位なので白はそこへ駒を据えたいと考えている。駒はそこにいるだけでよく敵にとっては威圧的な存在になる。
8…Nxd3+
任務達成。白のナイトとビショップに対して黒は足の長い双ビショップを保持して技術的には少し優位に立った。しかし・・・
9.Qxd3
・・・黒は手損をしている。黒は白の1回しか動いていないビショップと交換するためにナイトを3回動かした。それに加えて黒ナイトは盤上から完全になくなったがビショップはそのあとに駒を残した。その結果戦場には黒の駒2個に対し白は4個の駒が活動している。白はどちらでも好きな方にキャッスリングして二つのルークを素早く動員する準備もできている。従って優勢なのは白の方である。
9…g6
このポーン突きは白ナイトがf5の地点に来るのを防いでいるが、黒陣に構造的な弱点、つまり取り返しのつかない弱点を作っている。f6とh6の地点はもうポーンで守られていないので弱く永久に弱い状態のままである。
注意すべきはこのポーンは前進するように強いられたのでなく、そうするようにしむけられたのである。単なるナイトの侵入の脅しが黒に自然な予防手を指させるのに十分だった。この手は十人中九人の選手が同じような局面で機械的に指すたぐいの手である。それゆえにこのような手の欠陥を突く手法を知っておくことが大切である。なぜなら劣った手でもうまくそれにつけ込まれなければ劣った手にならないからである。
これがその局面で白の手番である。
10.O-O
控えの駒を動員するまで乱暴は禁物である。ブラックバーンは「クイーン翼ルークを展開するまで決して攻撃を始めるな」とよく言っていた。
白はキングの安全を確保し一つのルークを隠れ家から出した。
10…c6
ポーン中原を強化しクイーンのために新たな道を開けた。
11.Rae1
白は唯一の素通し列を占有し(ルークは素通し列またはそうなる可能性のある列にいるものだから)、ビショップを釘付けにした。
釘付けにされた駒は動けないだけでなく取られることを避けられないことは注意しておくに値する。釘付けにされた駒は完全に麻痺しているので他の駒を守ることができない。だからこのビショップは動けずに生命の危機にさらされている(何度も攻撃されるかもしれないので)だけでなく、このビショップに守りを頼っているナイトはもはや安泰ではないことになる。要するに黒は 12.Bxf6 で駒損になる危機に直面している。
11…O-O
黒キングは逃亡し避難した。ついでにビショップを釘付けからはずしナイトも助けた。
ここまでのシュピールマンの戦略とここから後の決定的な手筋はラスカーを喜ばせたことだろう。ラスカーはかつて次のように言っていた。「試合の始めは手筋を探すのを無視し乱暴な手を差し控えよ。わずかの有利を目指しそれらを積み重ねこれらの目標を達成した後初めて手筋を意志と知力の限り探し求めよ。なぜならその時こそ手筋がたとえどんなに奥深く隠れていても存在するはずだからである。」
ちょっと見れば白は必要な陣形上の優位を達成していることが分かる。もし手筋が導き出されるとしたら黒が防御のために駒を再編成する前の今に違いない。現在のところ白は5個の駒が活発に働いているが黒は2個である。現在白には素通しの列がある。十分、十分。手筋があるに違いない。
以下が白の読みである。
黒がgポーンを突いたのでナイトがしっかりした支えを失った。まだ二つの駒で守られているがもしビショップがいなければ1個の駒でしか守られていない。実際もしビショップがいなければナイトは釘付けになり長いこと攻撃にさらされる。このビショップは両方の式に現れている。明らかにこのビショップが被告人でありやっつけなければならない。それも黒が 12…Be6! と指さないうちにすぐにである。
12.Rxe7!!
ズノスコ=ボロフスキーは「心躍る着想がひらめいた時駒を犠牲にすることは何と簡単に思えることだろう」と言っている。
12…Qxe7
黒は駒を取り返さなければならないがナイトが釘付けになり以降の攻撃の格好の標的になった。
13.Qf3
釘付けを強化しナイトを取る手を狙っている。
13…Kg7
キングが助けに来た。代わりに 13…Bf5 の受けならシュピールマンは次のような鮮やかな手段を用意していた。14.Nxf5 gxf5 15.Qg3(狙いは 16.Bxf6 の1手詰み)15…Kg7(15…Kh8 は 16.Qh4 Kg7 17.Qh6+ Kg8 18.Bxf6 で白の勝ち)16.Bxf6+ Kxf6 17.Qh4+ Ke6 18.Re1+ Kd7 19.Qxe7+ で黒は駒を全部取られてしまう。
14.Nce4!
白はどれだけ多くの華々しい手を見つけなければならないとしても釘付けのナイトを叩き続けなければならない。
ここでもやはり白の直接の狙いは単純である。それは 15.Bxf6+ で、即白勝ちである。
14…dxe4
黒はこのナイトを取らなければならない。さもないと自分のナイトが取られる。
15.Nxe4
3個の駒で無力なナイトを攻撃している。「チェスは心優しい者にはむかない」とはフランスの格言である。
白の狙いは 16.Bxf6+ から 17.Bxe7 である。
15…Qe6
15…Qxe4 なら白には 16.Bxf6+(クイーンを守っている駒を除去する)から 17.Qxe4 でクイーンを取るか、あるいは 16.Qxf6+ Kg8 17.Bh6 から 18.Qg7# で詰みに討ち取るかという楽しい選択がある。
この最後の変化で白がどのように黒陣の二つの空所のf6とh6に自分の駒をしっかりとねじ込んだかに注目して欲しい。これらの地点は黒がgポーンを突いた後ポーンで守られていなかった。
本譜の手で黒はクイーンを助けた。黒はまだ戦力的には得しているが、白の駒が黒枡に入り込んで黒キングを捕まえるので黒の敗勢である。
16.Bxf6+
駒を取り返し黒の応手を二つに制限した。
16…Kg8
16…Kh6 なら 17.Qf4+ で次の手で詰む。
17.Qf4
h6への決定的な侵入からg7で詰ませる狙いである。黒枡での勝利である。
黒は詰みが防げないので投了した。