第1章 キング翼攻撃(続き)

第8局

 プジェピュルカ対プローケシュ戦は黒のgポーンが強制的に g7-g6 と進ませられた例で、その結果黒枡が弱体化した。プジェピュルカは最終攻撃を開始する前に準備として(弱点を際立たせるために)相手の黒枡に利くビショップを無力化した。

クイーン・ポーン試合(コーレ・システム)
白 プジェピュルカ
黒 プローケシュ
ブダペスト、1929年

1.d4

 クイーン・ポーン布局が人気のある一つの理由は最初の一手から防御側に問題を突き付けるからである。黒がたやすく主導権を握ったり形勢互角にしたりできる方法はない。

 本質的に大局的な性質にもかかわらずクイーン・ポーン布局は攻撃的な選手たちにことのほか好まれている。そして常にアリョーヒン、ケレス、ピルズベリー、ボゴリュボフ、シュピールマン、コーレらの攻撃的な選手たちのお気に入りの武器になっていた。

1…Nf6

 駒が戦いに加わり中原に影響を及ぼしている。このナイトは白が続いて 2.e4 と指すのを防いでいる。

 マスターは呼吸と同じくらい本能的にナイトをf6に動かす。

2.Nf3

 ナイトは中原に向かって展開し最大限の行動の自由と最大限の活動範囲を得る。

 ナイトには相手のどんな駒からも攻撃されずにその駒を攻撃できるという特異な性質がある(相手のナイトは除く)。この特性によりナイトは盤上の捌きで非常に魅力的な駒となっている。ナイトを用いた手筋はしばしばバレエを髣髴(ほうふつ)させる。

2…e6

 黒は 2…d5 で 3.e3 に対し 3…Bf5 を用意してコーレ戦法の総攻撃を避けることができる。そして 4.Bd3 に対し 4…Bxd3 とビショップ同士を交換し(この布局における)白の最も危険な攻撃駒を無くしてしまう。

 本譜の手で黒はキング側ビショップの筋を開け防御の形を明らかにしない。

3.e3

 この手は白の構想を示している。明らかに白はビショップをd3、クイーン側ナイトをd2に配置し攻撃で駒の出発地点となる重要なe4を支配する典型的なコーレの隊形を準備している。

3…d5

 黒はポーンをしっかりと中原に据えた。

4.Bd3

 白はコーレ戦法で必須のe4への圧力の集中を始める。一般にはキング翼の駒を最初に動員して早くその方面にキャッスリングできるようにするのが良い作戦である。

4…c5

 この手はクイーン・ポーン布局ではほとんど必須である。cポーンのじゃまをしてはいけないので先に …Nc6 と指さないことが大切である。本譜の黒の手は中原に挑んでそこでの争点を作り出している。

5.c3

 この手はdポーンを強化した。5…cxd4 と取ってくれば白はcポーンで取り返して中原にポーンを維持することができる。eポーンは動かさないことが大切である。このポーンはe3に留まって次の指示を待っていなければならない。

 白の本譜の手はクイーン翼ナイトから最良の地点を奪ったように思えるかもしれない。しかしこの攻撃隊形ではこのナイトはd2の地点が指定席である。

5…Nbd7

 これは多分ナイトをc6に置くよりもまさっている。d7にいればナイト同士が連結し、キング翼ナイトが交換されればもう一方のナイトが攻防に理想的なf6に行ける。d7ならナイトはc列を空けておける。この列が素通しになってくればそこを占めるクイーンやルークがもっと働くようになる。最後に、もし白が 6.dxc5 と取ってくればナイトで取り返して大威張りで戦闘に加わることになる。

 クイーン・ポーン布局では黒のクイーン翼ナイトはc6よりもd7の方がしばしば活躍する。

6.Nbd2

 この手はe4の地点に対する圧力を強めている。初心者には白の展開はぶかっこうに見える。駒がお互いにじゃまをし合っているように見えるがいずれ分かるようにスムーズに楽々と戦闘に飛び込んでくる。

6…Bd6

 この手は守備の任務に限られる 6…Be7 よりも積極的である。

7.O-O

 白はどんな行動に着手するよりも先にキングの安全を確保した。局面を開放してキングを中央に放置するのは反撃にさらされる可能性があるので危険である。

 キング翼ルークがこれからの攻撃で重要な役割を演じるので白のキャッスリングは攻撃的な意味がある。

7…O-O

 黒のキャッスリングは防御的行動である。しかしどうして白がキング翼での襲撃を準備していることを明らかにした時にキングの恒久的な住居を定めるのであろうか。もっと良い戦略は敵を疑心暗鬼にさせておくことである。すなわちしばらくキャッスリングを見合わせ駒の展開を続けることである(これは何も害になるようなことはない)。黒は早く …e5 と突く目的でクイーンをc7に動かしそれからクイーン翼ビショップをフィアンケット(…b6 から …Bb7)するのが良かった。

8.Re1

 e4にさらにまた圧力。ルークがe列に地歩を占めた。e列は現在は閉鎖されているが白が e4 と突いてポーン交換になれば開放される。

8…Qc7

 ここはクイーンにとって理想的な位置である。このクイーンはc7から中原、特にe5の地点ににらみを利かしc列にも大きな圧力をかけている。

9.e4!

 この手はコーレ戦法の核心の手である。この手で白は局面を大きく開放状態にし自分の駒の蓄積されたエネルギーを猛攻撃に向けて解放しようという意図である。

 当座の狙いは 10.e5 で、単純であからさまな両当たりである。

9…cxd4

 黒は受身の代償として一時的ではあるが素通しのc列を支配する。

10.cxd4

 ナイトで取って黒駒をc5やe5に来させるよりもこの手の方が良い。11.e5 で駒得する白の狙いがまだ残っている。

10…dxe4

 その狙いをかわし白のdポーンを孤立ポーンにした。このようなポーンは他のポーンによって守ることができないのでことのほか攻撃に弱い。最も近いポーンでも2列隣である。

11.Nxe4

 もちろん 11.Bxe4 はない手で、11…Nxe4 とされて重要なキング翼ビショップの役割を失う。タラシュは次のように言っていた。「そばに自分の猫がいないとルソーが著作できなかったように私はキング翼ビショップがないとチェスが指せない。キング翼ビショップのない試合は私にとっては死んだも同然で無味乾燥である。活力を与える要因がないと攻撃の作戦をたてることができない。」

11…b6

 この手はクイーン翼ビショップを使おうという目的である。11…Bf4 の方がいくらか要を得ていて、白の脅威を与えているビショップの一つを抑制する。

12.Bg5

 ビショップが敵駒を攻撃しc1の地点を空ける。クイーン翼ルークがそこへ駆けつけてきて敵クイーンを追い払い絶好の素通し列を完全に支配する。

12…Nxe4

 明らかに黒は 12…Bb7 と指すと 13.Nxf6+ Nxf6 14.Bxf6 gxf6 でキング翼のポーンの形がばらばらになるのを恐れた。

13.Rxe4!

 この手は自然な 13.Bxe4 よりまさる。13.Bxe4 なら黒は 13…Bb7 と指して 14.Bd3(ビショップ交換を避けるため)とさせるかもしれない。その後は 14…Bxf3 15.Qxf3 Bxh2+ で労苦はあっても1ポーン得に満足できた。

13…Bb7

 ビショップを対角斜筋につけるこの手より良い手はほとんどありそうもない。例えば 13…Nf6 なら 14.Rh4 が受けづらい。狙いは 15.Bxf6 gxf6 16.Bxh7+ でポーンを取ることだが 14…h6 は 15.Bxf6 gxf6 16.Rxh6 でやはりポーンを取られて受けにならない。

14.Rc1!

 うまい中間手である。ルークが効果的に素通し列に展開し敵クイーンが1段目に追われる。敵クイーンはそこでクイーン翼ルークのじゃまになり長い間-実際には永久に-展開を妨げることになる。

14…Qb8

 ほかにどうしようもない。14…Bxe4 は 15.Rxc7 Bxf3 16.Qxf3 Bxc7 17.Qc6 で白の駒得になる。

15.Rh4!

 この手が眼目の手である。白の狙いは 16.Bxh7+ なので黒キングの前のポーンの一つが前進しなければならない。どのポーンが進んでも白が優勢になる。その理由は次のとおりである。

 どのポーンが前進しても防御陣形がゆるむ。

 (前進することによって発生する)無防備のどの地点も陣形の弱点になる。

15…g6

 黒が 15…Nf6 でhポーンを守ろうとすれば 16.Bxf6 gxf6 17.Bxh7+ で同様にポーンを取られる。また黒がhポーンを突けば 16.Bxh6 gxh6 17.Rxh6 という見え見えの捨て駒の手筋を誘発し、ポーンの非常線が破られ黒キングを詰み狙いの攻撃にさらす。

 白は敵のgポーンを進ませて目論見(もくろみ)を達成した。しかし白は生じた弱点をどのように利用するのだろうか。gポーンに対する攻撃策があるのだろうか。明らかにそのようなものはない。自分のhポーンで叩くためには白はルークをどけてから h4-h5 とポーンを突いていかなければならないがこれは手数がかかる割りに得られるものはほとんどない。

 他に何か手段があるだろうか。駒を犠牲にしてこのポーンを取るのはどうか。そうやっても敵陣を打ち破れないので明らかに無駄である。

 しかしこのポーンは確かに前進してどこかに弱点が生じている。この事実は確かであってこの事実に勝ちを決める手筋への鍵(かぎ)があるに違いない。

 ポーンの前進によってh6とf6の地点がポーンによって守られなくなったのでそれらが弱体化した。これの意味するところは白がこれらの地点を支配するように努めなければならないということである。それは自分の駒で占有し占拠するか、または敵陣侵入の手段としてそれらを利用するかということである。

 しかし待てよ。黒のナイトはまだf6の地点を守っているのではないか。確かにそのとおりで、これを知ることは我々にとって必要な情報を与えてくれる。このナイトは黒枡の番兵であり、やっつけなければならない。

16.Bb5!

 この手はナイトを攻撃している。奇妙なことにこのナイトは逃げ場がない。

16…Qe8

 他にナイトを守るどんな手があるだろうか。

 16…Bc8 なら 17.Bc6 で交換損になる。

 16…Bxf3 なら 17.Qxf3 Qe8 18.Qc6 で駒損になる。

 実戦の手の後ナイトは釘付けになっていて後続の攻撃の良い標的になる。

17.Ne5

 チェスでは水に落ちた犬は叩いて良い。

17…Bc8

 17…Bxe5 は 18.dxe5(ナイトへのクイーンの利きが通る)18…Bc8(又は 18…Bd5)19.Rc7 で惨めな生物が死滅しなければならず良くない。

18.Rxc8!

 ナイトのつっかい棒を取り払った。この技法は単純である。ある駒に対する圧力を強められないならその守り手の一つを退治できないか考えよ。

18…Qxc8

 18…Rxc8 はもちろんだめで 19.Bxd7 でルーク1個の代わりに駒2個を取られた上にクイーンを詰まされる。

19.Bxd7

 白はルークの代わりに2個の駒を得た。それから攻撃も。

19…Qc7

 19…Qb7 と 19…Qb8 はだめで 20.Bc6 で交換損になる。19…Qa6 はあるが、黒はc列からの反撃に期待した。

20.Ng4!

 この手は弱い黒枡につけ込む第一歩で、21.Nf6+ Kh8(又は 21…Kg7)22.Rxh7# で詰める狙いがある。

20…h5

 黒キングは動ける空間が必要である。20…f5 で自由になろうとしても 21.Bxe6+ Kh8(21…Kg7 は 22.Bh6+ で白の交換得になる)22.Nf6 で抵抗もむなしく負けになる。

21.Nf6+

 ナイトが急所の黒枡の一つにとび込んで第一撃を見舞った。

21…Kg7

 21…Kh8 は 22.Rxh5+ で早く詰む。

22.Nxh5+

 ナイトを犠牲にして敵キングをおおうポーンを剥ぎ取る。

22…gxh5

 黒はナイトを取るしかない。22…Kg8(又は 22…Kh7)は 23.Nf6+ Kg7 24.Rh7# で詰む。

23.Qxh5

 初めてクイーンが動いた。次の手でh列で二通りの詰みがある。

23…Rh8

 詰みを止める唯一の手だが一時的である。

24.Bh6+

 ぴったりの手である。二つ目の急所の黒枡でとどめの一撃を見舞った。

24…投了

 あと2手で詰む。