第1章 キング翼攻撃(続き)

第11局

 次の2局は短手数ではあるが内容が豊かで見ておもしろい試合である。フロール対ピトシャク戦の見どころはキングの守りのポーンをかじることをちらつかせてそれらを前進させる過程である。ピトシャクはまずgポーン、次いでhポーンを進ませて最後はクイーンを切って防御陣を壊滅させた。

クイーン翼ポーン試合(コーレ・システム)
白 フロール
黒 ピトシャク
ビリン、1930年

1.d4

 チェスではサービスエースで勝つことはできない。中級程度以上の棋力の選手さえも面食らわせるような序盤のはめ手は存在しない。

 可能なことはこの段階の指し手において優勢とはいかなくても指し易い局面を得るように秩序と方法を適用することである。行なう必要のあることは理にかなった展開のために少数の簡単な規則に従うことが全てである。

 1.e4 又は 1.d4 で指し始めること。どちらの手も2個の駒を自由にする。

 少なくとも1個のポーンを中原に据え、そのポーンをしっかりと支えること。中原のポーンは敵駒を絶好の地点に来させないようにする。

 可能ならいつでもビショップより先にナイトを出すこと。大まかに言うとナイトはc3/c6とf3/f6にいる時が最も働いている。そこでは攻撃にも防御にもナイトの力が最も発揮される。

 二通りの展開の手がある時はより攻撃的な方を選ぶこと。できるならば狙いを持って展開すること。

 序盤ではそれぞれの駒を1回しか動かさないこと。しかも中原に影響力を持ち攻撃に最も見通しの良い地点にただちに置くこと。

 序盤の早い段階では1個か2個のポーンだけを突くこと。駒を動かすこと。

 中原の支配を視野に入れて駒を展開すること。それは中原を占拠することでもフィアンケットされたビショップのように遠くからにらみを利かせることでも良い。

 クイーンを、ポーンや小駒で追い回されないように自陣の近くに展開すること。

 展開を犠牲にしてポーンを追い求めたりしないこと。

 キングをできればキング翼に早くキャッスリングさせて安全を確保すること。

 カパブランカは以上を要約して次のように言った。「大切なことは駒を素早く展開することである。できるだけ速くそれらを戦いに投入することである。」

 フロール対ピトシャク戦に戻る。

 白の初手はポーンを中原に据えて2個の駒を自由にした。

1…Nf6

 黒はキング翼ナイトを最適な地点に出し白が次の手で 2.e4 と指すのを妨害した。

2.Nf3

 ネーピアの回想によるとシュタイニッツから受けた講義の最初で世界選手権者は次のように尋ねた。「ビショップより先にナイトを両翼に出していることだろうね。どうしてか分かるかね?」ネーピアがうまい答えに詰まっているとシュタイニッツは続けて次のように説明した。「一つのもっともな理由はビショップの行き先について多くを知るより前にナイトがどこに行くべきか分かっているからだ。確実性は不確実性よりもはるかに良い友人なのだ。」

2…e6

 黒は単刀直入な応手の 2…d5 を保留した。そう指すと通常のクイーン翼ギャンビットの戦型になる。一方本譜の手で黒はキング翼ビショップの筋を通した。

3.Nbd2

 この手はコーレ攻撃の典型的なナイトの捌きである。このナイトはc列をふさがずに急所のe4の地点に圧力を加えている。

3…c5

 黒は白のdポーンに打撃を与えて中原の支配を確保しようとしている。クイーン翼ポーンの布局では黒は白の中原の陣形を乱さなければならないのでこの側面からのポーン突きはほぼ必然である。

 今すぐの狙いは 4…cxd4 で、白が 5.Nxd4 と取り返せば中原に白のポーンがなくなる。

4.e3

 dポーンを支えキング翼ビショップに出口を与えた。

4…b6

 黒も以前に突いたポーンを支えクイーン翼ビショップをフィアンケットする用意を整えた。

5.Bd3

 このビショップ出はこの攻撃システムにおける常用手である。このビショップはe4の地点に加えている圧力を強化しeポーン突きの準備をした。それが実現すれば後方に控えている駒のための攻撃路が開かれる。また敵キングがキング翼にキャッスリングした際には格好の攻撃目標となるhポーンにも狙いをつけている。

5…Bb7

 この手によって、クイーン翼ビショップの効果的な配置というクイーン翼布局における黒の主要な課題の一つが解決された。フィアンケットによりこのビショップは最長の斜筋をにらみ、コーレ攻撃システムにおける戦略要衝のe4の支配をめぐる戦いに加わる。

6.O-O

 展開の過程の一部として白はキングを危険から隔離しルークを中央の列に近づけた。

6…Be7

 控えめな登場にもかかわらずe7の地点のビショップには大きな潜在的エネルギーがある。それは自陣に十分近いのでキングの守りに役立ち、必要な時にはもっと攻撃的な地点に容易に移ることができる。

7.c4

 もっとコーレ陣形の精神に沿っているのはdポーンを支えるためのおとなしい 7.c3 である。そうなればeポーンは自由に進むことができ、黒がいつ …cxd4 と取ってきても白はcポーンで取り返して中原の強力なポーンを維持する。

 本譜の手の意味は明らかにd5の地点を黒駒の活動の旋回軸として利用するのを防ぐことである。

7…O-O

 黒は落ち着いて全軍出動に取り掛かった。一撃でルークが舞台に登場しキングが隠れた。

8.b3

 この手がビショップをb2に展開させるためであることは明らかである。ビショップをこのようにフィアンケットするのはコーレの通常の指し方ではない。しかしフロールは何か独自の構想を試したかったのかもしれない。

8…d5

 黒はこの機会に中原の支配を争うことにした。それと共に黒は白のもくろんでいたeポーン突きにも終止符を打った。黒がナイト、ポーン及びビショップで急所の地点(e4)を押さえているのに対し白の利いている駒は二つだけである。

 確かにクイーン翼ビショップの斜筋はふさがったがこの状態は一時的でしかない。

9.Qc2

 白は前手で用意したように単にクイーン翼ビショップをb2に展開させた方がずっと良かった。

 9.Qc2 の目的はe4の地点を掌握し黒がそこに 9…Ne4 で拠点を築くのを防ぐことである。しかしこの手の問題は黒に主導権を握らせ局面の成り行きを支配させてしまうことである。

9…Nc6!

 この手は展開、攻勢および先受けを兼ね備えた強手である。

 展開とはナイトが遅滞なく最適の地点に置かれたことをいう。

 攻勢とはb4の地点に跳ねてクイーンとビショップを両当たりにし危険なキング翼ビショップと交換する狙いのことをいう。

 先受けとは 10.e4 を防ぐことをいう。そうくれば 10…Nb4 11.Qc3 Nxd3 12.Qxd3 dxe4 で黒の駒得になる。

10.a3

 白は大切なキング翼ビショップを温存しなければならない。

 不運なことにこのポーン突きに費やさなければならない一手は後に分かるように高くつくことになる。

10…cxd4

 黒はポーン交換で中原の形を決め、クイーン翼ルークの利便のためc列を開けた。

11.cxd5

 11.exd4 とこちらのポーンを取るのは白が面白くない。11…dxc4 と取られると 12.Qxc4 と取り返さなければならず(さもないとdポーンを取られる)12…Rc8 と回られて中原に不快な圧力をかけられる。本譜に代わる別の手は 11.Nxd4 だが 11…Nxd4 12.exd4 dxc4 13.Qxc4(dポーンを守るため)13…Rc8 14.Qa4 Bc6 15.Qxa7(15.Qc4 なら 15…Bxg2 で黒の楽勝)15…Ra8 でクイーンを取られる。

11…Qxd5

 黒はポーンを取り返し(それだけでは十分でないというように)逆に攻勢に立った。

 このクイーンは全然危険でない。白の駒は十分な展開ができていないのでクイーンを脅かすことができない。

12.exd4

 白は反撃を念頭に局面を開放的にした。白の希望はe列をルークが使えるようにしe4の地点を自分の駒の跳躍点に用いることである。

 本当は 12.e4 と指したいところだがそれはあまり成果があがらない。12…Qh5 と応じられると急所のe4の地点が自分のポーンで占められ駒が捌けなくなる。一方黒は幸便にd列にパスポーンができる。

12…Nxd4

 この手は白クイーンに当たっているので先手である。白はクイーンが逃げなければならない。

13.Qb1

 明らかに 13.Nxd4 は頓死するので問題外である。13.Qb2 は 13…Nxf3+ 14.Nxf3 Qxd3 で駒損になる。13.Qc3 に対して黒は 13…Rfd8 から 14…Rac8 と指し白クイーンが再び逃げなければならない。

 本譜の手は多分一番ましな手である。

13…Rfd8

 d列、特にビショップへの圧力を強めた。狙いは 14…Nxf3+ 15.Nxf3 Qxd3 16.Qxd3 Rxd3 である。

14.Ne1

 白はビショップに紐を付けながら弱いgポーンも守った。

 14.Bc2 なら黒は以下の主題を選ぶことができる。

 単純化(ポーン得なので)-14…Nxc2

 圧力の増大-14…Rac8 でビショップを1段目に追い込む

 手筋-14…Ne2+ 15.Kh1 Ba6(16…Nc3 で交換得の狙い)16.Re1 Ng4 17.Ne4 Qxe4! 18.Bxe4 Nxf2# で詰み

14…Qh5!

 クイーンがここに来てもこれといった狙いはない。黒は狙いを狙っている。黒の狙いは小駒の助けを借りてクイーンで白ポーンの砦に押し入ることで、例えば 15…Bd6 あるいは 15…Ng4 である。これによりポーンの1個がその持ち場を離れざるを得ず、黒がつけ込むことができる弱点が生じる。前進したポーン自身も攻撃にもろくなるかもしれないし、キングへの通り道が開かれるかもしれない。

 根元に対するこのような切り崩しは、見かけは強固な要塞陣地を攻撃にもろくさせる興味深い過程である。

15.Bb2

 白はこれといった受けがない(特に漠然とした狙いに対しては)。そこで自分の駒の展開を続ける。駒を戦いに投入できればできるほど来るべき猛攻に耐えられる可能性が高まる。

15…Bd6

 単純だが間違いようのない狙いである。即詰みを狙っている。

 白はどのように受けたらよいであろうか。

 16.Nef3 は 16…Nxf3+ 17.Nxf3 Bxf3 18.gxf3 Qxh2# で詰みになる。

 16.f4 は 16…Bc5(17…Ne2+ 18.Kg1 Ng3# の狙い)17.Kh1 Ng4 18.h3 Qxh3+ で次の手で詰みになる。

 16.h3 は Qe5(これもh2で詰ます狙い)17.g3 Qd5(今度は 18…Qh1# の狙い)18.f3 Qg5 で白陣が瓦解(がかい)する。

16.g3

 消去法により受けがあるとすればこの手しかない。

16…Ng4

 白のgポーンは前に進まざるを得なかった。17…Qxh2# の狙いがあるので今度はhポーンが前に進まなければならない。

17.h4

 白は他に手がない。この手は敵クイーンを近寄せないが、本当にそうだろうか。

17…Qxh4!

 素晴らしい手である。それはクイーンを捨てたからでなく、巧妙に出現させたポーンの弱点の組織的な利用の頂点にふさわしいからである。

 h2での詰みに加えてh1での詰みの狙いも加わっている。

18.投了

 クイーンを取っても即座に 18…Bh2# で詰みになるので意味がない。