第1章 キング翼攻撃(続き)

第12局

 フロールが雪辱したピトシャク対フロール戦では白が自陣からビショップを追い払うためにポーンを h2-h3 と突いた。後にそのポーンが取られフロールのクイーンが白キングの近くに不気味に迫った。以降の集中的な攻撃で白キングを守るポーンがたった1個だけになった。

イギリス布局
白 ピトシャク
黒 フロール
ベルリン 1907年

1.c4

 1.e4 と 1.d4 では二つの駒が自由になるのにこの手では一つの駒しか自由にならない。それにもかかわらずイギリス布局は白の兵器庫にある最強の布局武器の一つである。この布局はあまり早期に敵と接触することなく駒を捌くことができるので、初めから独自性を求める人たちに人気がある。この布局の多くの戦型で白は中原を占拠しようとさえしない。白は黒に駒とポーンを中原に集結させて側面からそれらを攻撃する。例えば白はビショップをフィアンケットし遠くから中原を攻撃して土台を崩すかもしれない。

 もし白が慎重に独自性をゆるめることにすれば、イギリス布局から何らかのクイーン・ポーン布局に移行することも可能で、それでもなお先着の効を維持することができる。

1…e5

 黒は昔の良き時代のやり方で展開を行なった。即ち中原に1個のポーンを進め2個の駒を自由に動けるようにした。

2.Nc3

 白は中央のポーンを進めることよりも優先して1個の駒を外に出した。実際のところ 2.d4 exd4 3.Qxd4 は 3…Nc6 でクイーンが逃げなければならず手損になる。また 2.e4 ならdポーンが出遅れポーンのままで、キング翼ビショップもc4の地点が使えない。

2…Nf6

 黒は手順に気をつけている。このナイト出は単なる型にはまった展開の手ではない。その目的は白のナイトとポーンのd5に対する圧力を相殺することである。

3.g3

 明らかにこの手の目的はビショップのためにg2の地点を空けることである。ビショップはそこで対角斜筋ににらみを利かせd5の地点へ圧力をかけることにも寄与する。

3…d5!

 黒はクイーン翼の駒のために新たな道を開けて陣形をほぐした。これと共に黒は白のcポーンの処遇も尋ねている。

4.cxd5

 白は喜んで自分の側面ポーンと敵の中原ポーンの交換に応じる。同時にc列のポーンが切れてクイーン翼ルークがc1に回った時に都合が良い。

4…Nxd5

 このような取り返しはほとんど絶対である。後回しにすると白が得したポーンを守りそれにしがみつく時間を得るかもしれない。

5.Bg2

 先手、即ちナイト当たりで駒が展開した。

 昔なら黒は恐らく 5…Be6 と応じてナイトを守りながら駒を展開させただろう。現代の選手たちは真理(及び勝つための新たな手法)の探究において最も自然な手にも疑いをかける。

5…Nb6!

 ビショップは待つことができる。このビショップは単なる守りの役割以上のことに必要となるかもしれない。

 また、ナイトはへんぴな好所から中原のd5の地点に大きな影響を及ぼしている。このナイトの動きには別の巧妙さが少しある。それは現代のマスターがよく使うものである。このナイトは白ビショップがフィアンケット展開したことにつけ込みc4の地点にしっかりとにらみを利かせている。この枡はビショップがこの斜筋からいなくなったために弱体化している。

 このナイトには後から分かるようにみごとなノックアウト・パンチを見舞う筋書きが用意されている。

6.Nf3

 再び白駒の一つが狙いを持ちつつ展開する。今度はeポーンに対してである。

6…Nc6

 黒はクイーン翼ナイトを最も効果的な場所に置くことにより、最も単純で自然な手段で守った。

 戦いに参加している黒駒の数は白より少ないにもかかわらず形勢は悪くない。黒は中原に1ポーンを進めているし、ビショップはまだ展開していないが白のビショップより利きが広範囲に渡っているので大きな潜在的可能性がある。

7.O-O

 白はまだ態勢を明らかにしないでキングを引っ込めルークを動員した。

7…Be7

 前局のようにビショップの控えめなe7の位置はうわべだけである。このビショップは侵入者を締め出す用意をし、攻撃にいつでも移れるよう見張っている。

8.d3

 クイーン翼ビショップが戦いに加われるように利き筋を開けた。

8…O-O

 キングを危険地帯から遠ざけルークを戸外に出した。

9.Be3

 ビショップがこの地点に来れば白は 10.d4 と突いて、目障りな黒の中原ポーンを取り除くことができるかもしれない。

9…Bg4!

 素晴らしいビショップの配置である。このビショップは白のキング翼ともくろんでいるdポーン突きを強く牽制している。

 それでも白が 10.d4 と突けば 10…Nc4 が受けづらい。11.Nxe5 と応じれば 11…N6xe5 12.dxe5 Nxe3 13.fxe3 となってe列にがたがたのポーンの柱が残される。また 11.Qc1 と指せば(bポーンを守りクイーンでe3の敵駒を取るため)11…Nxe3 12.Qxe3 exd4 13.Qe4 Bxf3 から 14…dxc3 で白の駒損になる。

 白の最善の手順は多分 10.Na4 で次にc5の地点に跳ばすことだろう。ここはクイーン・ポーン及び同系の布局で白が支配に努めなければならない地点である。あるいは 10.Rc1 と展開を続けてその後でナイトの捌きを考えるのもあるかもしれない。

10.h3

 この手はうるさいビショップにナイトを取るか黒陣から立ち退くかの選択を明らかにさせたい欲求に駆り立てられて指された。あいにく理性よりも本能によって突き動かされたこのような手はキャッスリングした陣形がゆるむという有害な効果をもたらす。いったんキングの回りのポーンが動けば防御に駒がたむろしているにもかかわらずそのポーンが攻撃にもろくなる。

10…Bh5

 ビショップは1枡退いたが圧力はそのままである。ビショップの動きは制限されているにもかかわらずその持続しているにらみはe6への退却よりも白陣(および白の精神状態)にとってもっと厄介である。e6への退却は動きがより自由になるが相手にとって何の邪魔にもならない。

11.Rc1

 この手は明らかにc列を制圧するためであり、ことによるとクイーン翼での攻撃の準備かもしれない。

 有力な別手段は 11.Qb3 で、その後可能な時に Rad1 から d4 と突いてルークのためにd列を開放し中原で何らかの反撃策をとる。中原での行動はキング翼攻撃に対する最良の特効薬である。

11…Qd7

 全ての駒は応分の働きをしなければならない。クイーンは1枡前に動いただけだが長い方の斜筋を席巻している。

 クイーンの展開はルークのために1段目を空けるという目的も果たしている。それによりルークは中央に移動し最も重要な列に陣取ることができる。

12.Na4

 白の考えはこのナイトでc5の地点を支配しクイーン翼での狙いで黒を忙しくさせようということである。

 12.Kh2 のようなお座なりの受けでは 12…f5 から 13…f4 で黒が攻勢をかけこのポーンが白のキング翼のポーン態勢を破壊することになる。

12…Bxf3

 白は駒の取り返しの面白くない選択を迫られた。ポーンで取り返せばdポーンが孤立し弱くなるし、ビショップで取り返せばすぐにポーンを取られる。

13.Bxf3

 白はhポーンをあきらめて、次の駒交換ですぐにポーンを取り戻すことに期待した。

13…Qxh3

 このポーン取りで黒の攻撃の見通しは非常に明るくなった。つまらない詳細をわざわざ分析することなく黒は 14…f5 から始まる勝利への手順を思い描くことができる。この手の後は 15…f4 で白のgポーン(防御陣のかなめ)を破壊するか、15…Rf6 でルークをg6かh6へ回すことになる。

14.Bxc6

 ポーンを取り戻すためのこの手よりも 14.Bg2 でクイーンをキングの近くから追い払う方が良かった。

14…bxc6

 強制されたが不満のない必然手である。黒はこの長距離用のビショップの最後を見届けて大いに満足である。

15.Rxc6

 これで戦力の差はなくなった。しかし敵クイーンがすぐ近くにたむろしているので白キングが危険な状況である。

15…Nd5!

 会心の手である。この中央に堂々と陣取ったナイトの一つの狙いは 16…Nxe3 17.fxe3 Qxg3+ 18.Kh1 Qh3+ 19.Kg1 Bg5 で、白が破滅する。別の狙いは 16…Nf6 から 17…Ng4 及び 18…Qh2# である。

16.Qe1

 ぎこちない手だが 16…Nxe3 17.fxe3 Qxg3+ の変化からgポーンを救うためには絶対必要である。このポーンが落ちるようなことがあれば白キングは攻撃に耐え切れなくなる。

 白は 16.Bc5 と指すつもりだったのかもしれない。16…Nf6 ときてくれるならば 17.Rxf6 Bxf6 18.Bxf8 で戦える。しかし土壇場で次の対策に気づいた。16.Bc5 Bxc5 17.Nxc5 Nf6 がそれで、18…Ng4 から 18…Qh2# を防ぐために白はルークでナイトを取らないといけないがそれは最終的に負けになる。

16…f5!

 すぐに 16…Nf6 は 17.f3 でナイトが近寄れない(gポーンを守っておいたことがいかに重要だったか注意されたい)。

 本譜の手で黒は 17…f4 を準備した。それに対して 18.gxf4 なら Rxf4 19.Bxf4 Nxf4 でg2で詰まされる。白がポーンを取らずに 18.Bc5 と指せば巧妙な 18…f3(19…Qg2# の狙い)19.exf3 Nf4(再び詰みの狙い)20.gxf4 Rf5 で白は 21…Rh5 からの詰みを防げない。

17.Bc5

 17…Bxc5 18.Nxc5 Nf6 19.f3 又は 17…Nf6 18.Rxf6 で持ちこたえるかすかな可能性にかけた。

 白が 17.Nc3 で黒の厄介なナイトを取り除こうとすれば黒は 17…Nf6 18.f3 Nh5(急所のgポーンに集中砲火を浴びせる)19.Bf2 Bh4(なおもgポーンを叩く)20.gxh4 Nf4 と攻撃を続けてg2で詰ませる。

17…f4!

 この手はgポーンに襲いかかっただけでなくf5からh5へのルークの進路を開けてクイーンによる詰みを支援している。

18.Bxe7

 白はキングを包囲している駒の数を駒交換で減らそうとした。白の希望は 18…Nxe7 と素直に取り返してくれることで、そうなればナイトが中央から遠ざかるので脅威が薄らぐ。

 代わりに 18.g4 でルークが近寄れないようにすれば黒には3、4とおりの簡単な勝ちがある。

a)18…f3 19.exf3 Nf4 でg2で詰める。

b)18…Qxg4+ 19.Kh2 Rf5 で次にルークで詰める。

c)18…Qxg4+ 19.Kh2 f3 20.Rg1 Qh4#

18…fxg3

 次は単純で無慈悲な 19…Qh2# で詰みである。

19.fxg3

 他に手はない。

19…Ne3!

 狙いは 20…Qg2# である。

白投了

 もう受けがない。20.Rf2 なら 20…Qxg3+ 21.Kh1 Rxf2 で黒の簡単な勝ちである。20.Rxf8+ なら 20…Rxf8 21.Qf2 Rxf2 22.Kxf2 Qg2+ 23.Kxe3 Qxc6 で後は初歩的である。

 フロールは自身が負かされたのと同じ手法で前局でのピトシャク戦での負けに報復した。フロールは敵のキャッスリングしたキングの周囲のポーンを弱め、痛烈な攻撃でその防御を粉砕した。