第1章 キング翼攻撃(続き)

第13局

 ドビアス対ポドゴルヌイ戦でポドゴルヌイは相手のgポーン、次いでhポーンを前進させた。その後で弱体化した相手陣の土台を巧妙に崩し壊滅させた。

フランス防御
白 ドビアス
黒 ポドゴルヌイ
プラハ、1952年

1.e4

 この手は競争と闘争を始める最良の方法の一つである。競争とは駒を迅速に外に出し最も効果的に働くことのできる地点に置くことである。闘争とは中原の支配を得ることである。

 一手でeポーンが中原の重要な地点を占め他の二つの地点を攻撃している。そしてクイーンとビショップの利いている枡が9に増えた。

1…e6

 この穏やかでも攻撃的な手は 2…d5 で白の中原の領有に挑む準備である。

 この防御には通例の応手の 1…e5 に対して白が指すことのできる多くの激しい布局を避ける利点がある。

2.d4

 フィリドールは『チェスの分析』(1791年)の中で同様の手について次のように述べている。「このポーン突きには二つの非常に重要な理由がある。一つ目は敵のキング翼ビショップがf2のポーンに利く地点に来るのを邪魔することである。二つ目はポーンの力を中原に注ぎ込むことである。それはクイーンの活躍に大きな成果をもたらす。」

3…d5

 白のeポーンに当たりをかけて直ぐに中原に挑戦した。

3.Nc3

 白の可能ないろいろな針路(eポーンの突き越し、ポーン交換、中原ポーンの犠牲または保護)のうち白は駒を展開し圧力を維持できるのを選んだ。

3…dxe4

 この手は一時的に白に大きな行動の自由を許す。しかし黒は後で …c5 と突いて邪魔なdポーンを粉砕することに期待をかけている。

4.Nxe4

 ポーンを取り返した後中原のナイトとポーンの態勢により白がわずかに優勢である。

4…Nd7

 キング翼ナイトをf6に展開させるための支援の準備をした。白がナイトを交換してくれば黒はクイーン翼ナイトで取り返すことができる。

 これをしないで 4…Nf6 すると 5.Nxf6+ と交換され、黒は 5…gxf6 でキング翼ポーンの形を乱すか、クイーンで取り返して白の小駒で小突き回される危険を背負うかしなければならない。起こりうる見本は(4…Nf6 5.Nxf6+ Qxf6 の後)このちょっとした罠である。6.Nf3 Bd7(中央の斜筋に利かすため)7.Bd3 Bc6 8.Bg5 Bxf3 9.Qd2! Qxd4 10.Bb5+ これで黒クイーンが取られる。

5.Nf3

 キング翼ナイトを働かせるには最良の手段である。f3に展開したナイトは中原に大きな影響力を持ちキャッスリングしたキングの守りでは比類ない力を発揮する。

5…Be7

 これは当たり障りのない展開の手である(最下段から駒を出しキングの早期キャッスリングを助ける)。しかし通常の 5…Ngf6 ほど良い手ではない。

 代わりに黒がクイーン翼ビショップをフィアンケットしようとすると(白の浮いているナイトを見ればそうしたくなる)見事な罠にはまる可能性がある。5…b6 6.Bb5 Bb7 7.Ne5! Bxe4(又は 7…Bc8 8.Bg5 Ngf6 9.Nc6 でクイーンが取られる)8.Bxd7+ Ke7 9.Bc6! これで黒は戦力損が必至である。

6.Bd3

 この手はたぶん 6.Bc4 より厳しいがどちらの手もビショップを好所につけキング翼キャッスリングのために1段目を空ける。

6…Ngf6

 黒も(やっと)キング翼ナイトを展開してキングを安全なところに移す準備をした。

7.Qe2

 白は駒を展開して、中原のナイトをクイーンとビショップで強固に支えた。

 7.Nxf6+ は 7…Bxf6 と取られて黒が …c5 で白の中原に攻撃を仕掛けることができるので本譜の手の方が黒の狭小な陣形に対してもっと抑圧的である。

7…O-O

 黒キングは隅に安全を求めた。7…Nxe4 8.Bxe4 Nf6 で容易で自由な捌きを行なおうとしても 9.Bxb7 Bxb7 10.Qb5+ から 11.Qxb7 で白のポーン得になる。

8.O-O

 このキングのキャッスリングは危険をさけるためというよりもキング翼ルークを戦いに参加させることの方に主眼がある。

 白陣は非常に良形なので次のような攻撃も有望である。8.Bg5 Nxe4 9.Qxe4 g6(もちろん 9…Nf6 で詰みを防ぐのは 10.Bxf6 で終わりである)10.h4 この後白はクイーン翼にキャッスリングしてキング翼のポーンで敵の砦に猛攻をかけることができる。

8…Nxe4

 黒は少し動ける余地を作るために駒を交換した。

9.Qxe4!

 白は詰みの狙いで盤上を支配した。ちょっと見はクイーンで取るのは自身を露出させて敵の小駒でいじめられて危ないように思われる。しかし黒は白を困らせる立場にない(言葉のどの意味でも)。白クイーンは好き勝手に飛びまわれる。

9…Nf6

 もちろん黒は強いられなければ 9…g6 のようにキング翼のポーンを突きたくない。しかし黒の指した 9…Nf6 の何が悪いのだろうか。この手はナイトを最良の地点に出し、詰みを防ぎ、クイーンを追い払い、自分のクイーン翼を自由にしているのではないか。

 確かにこの手はそれら全てを行ない、状況によっては恐らく黒の最善手であろう。それにもかかわらず強要された手の方が自由意志で指された手ほど相手を元気づける効果を持たないのは奇妙である。

10.Qh4

 この手のあと好所にいるはずの黒のナイトは詰みを防ぐためにその地点に居続けなければならない。

10…b6

 黒の初手でキング翼への進出を拒まれていたクイーン翼ビショップは戦いに加わるために別の手段を求めた。b7への展開は中央の長い斜筋を貫くので魅力的に見える。

11.Bg5!

 素晴らしい戦略である。白は詰みを防いでいる最も重要な守備駒のナイトを攻撃している。具体的な狙いは 12.Bxf6 Bxf6 13.Qxh7# である。

 この狙いは単純で対処も易しい。黒のしなければならないことは 11…g6 か 11…h6 だけである。それでは白は何を目指しているのだろうか。

 この手の隠れた目的は詰みを避けるために黒にキング翼のポーンの1個を突かせることである。これらのポーンのうち1個でも前に進めば防御態勢に決して修復できないゆるみが生じてしまう。そのゆるみは決してふさぐことのできない裂け目を作り出すので陣形を構造的に弱体化させてしまう。前に進んだポーンは防御のためのポーン陣の元の位置に決して戻ることができない。

11…g6

 代わりに 11…h6 なら白には有力な二つの継続手段がある。

 12.Bxf6 Bxf6 13.Qe4 で、詰みの狙いがあるので白は罪のない傍観しているクイーン翼ルークを取ることができる。

 12.Bxh6 gxh6 13.Qxh6 Bb7 14.Rae1(狙いは 15.Re5 から 16.Rg5#)14…Bd6 15.Re5! Bxe5 16.dxe5 で白が勝つ。このナイトは動けないし、動かなくても 17.exf6 から詰まされる。

12.c4

 この手は非常に良い手である。まず、黒が 12…Nd5 で交換によって白の攻撃の駒を消し去るのを防いでいる。攻撃面ではdポーンを突いて黒のe6のポーンの形を崩す用意をしている。これが実現すれば白ルークはe列に侵入口が得られる。

12…Bb7

 黒は何も効果的な反撃手段がない。黒にできる最善の策は最適の地点に駒を展開させ続けて徹底抗戦することである。

13.d5

 狙いは 14.Rad1 と準備してから黒のeポーンを取ることである。黒が 15…fxe6 と取り返せばg6のポーンが支えの一つを奪われる。

13…exd5

 この手でポーン得になるように見える。なぜなら白が 14.cxd5 と取り返せば 14…Nxd5 と応じてポーン得にしがみつくだけでなくビショップの交換を強いて白の攻撃をくじくからである。

14.Rfe1!

 思いがけない中間手である。狙いは 15.Rxe7 Qxe7 16.Bxf6 Qd6 17.Ng5 h5 18.Qxh5! gxh5 19.Bh7#! で、即勝ちである。

14…h6

 黒はわざとポーンを取らせてナイトとビショップに重圧をかけている駒の一つをそらそうとした。

 14…Kg7 でさらにナイトの守り駒を増やしても助けにならない。白は容赦なく 15.Bh6+ で交換得する。

15.Qxh6

 15.Bxh6 は誤りで 15…Ne4 でクイーンを追い払われる。

 本譜の後の白の狙いは 16.Bxg6 fxg6 17.Qxg6+ Kh8 18.Nd4(19.Ne6、19.Nf5 又は 19.Re3 から 20.Rh3+ で勝つ狙い)18…Qe8 19.Qh6+ Kg8 20.Nf5 Rf7 21.Bxf6 で、白の簡単な勝ちになる。

15…Ng4

 黒が 15…Ne4 と受けると白には次のようなきれいな勝ちがある。16.Bxe7 Qxe7 17.cxd5(次に釘付けのナイトを取る狙い)17…Bxd5 18.Bxe4 Bxe4 19.Rxe4! Qxe4 20.Ng5 これで黒は即詰みを逃れるためにはクイーンを捨てなければならない。

 本譜の手はもちろん白クイーンを追い払おうとするものである。

16.Qh4

 この手はビショップを守り、ナイトを攻撃し、17.Bxe7 を狙っている。たった一手で他にこれ以上のことができるだろうか?

16…Bxg5

 ナイトをf6に戻すのは破綻する。即ち 16…Nf6 17.Rxe7 Qxe7 18.Bxf6 で、クイーンが当たりになっていて 19.Qh8# の一手詰みがある。

17.Nxg5

 またも同じ主題歌である-h7での詰み-。

17…Nf6

 そして黒は曲に合わせて踊らなければならない。だからナイトをf6に戻した。

 ここでも黒はナイトを好所のf6に置いたが自分の自由意志によるものではない。

18.Qh6

 この手はルークをe3からh3に転回させるよりも黒にとって厳しい。つまり 18.Re3 Re8 19.Rh3 ならば 19…Kf8 で黒キングがすぐの破滅を逃れる。

 本譜の手の後黒が 18…Re8 と指せば 19.Bxg6 Rxe1+ 20.Rxe1 fxg6 21.Qxg6+ Kh8 22.Nf7# で詰みになる。

18…d4

 この手は 19.Re3 を防ぎ、ビショップの長斜筋の利きを延ばすためである。

 白はどのように攻撃を続けたら良いだろうか。あまり手数をかけずに控えの駒を動員できるだろうか。あるいは敵の防御態勢を弱めて即座の襲撃にもろくさせることができるだろうか。

 最後の問いにヒントがないだろうか。実はあるのである。

 黒の防御の要(かなめ)はh7での詰みを防いでいるナイトと、非常に重要なgポーンを支えているf7のポーンである。もし白がこれらの二つの守り駒をやっつけることができれば、即ち脅しをかける、取ってしまう、何らかの方法でどかせる、・・・

 ちょっと見たところではばかげているような手が存在するのである。

 ヒントその2。マスター級の選手ならあらゆる指したい手、特にあり得ない手を考える。

19.Re6!!

 この手の狙いはナイトを取ってクイーンで詰めることである。

19…Re8

 19…fxe6 なら 20.Qxg6+ Kh8 21.Qh6+ Kg8 22.Bh7+ Kh8 23.Bf5+ Kg8 24.Bxe6+ Rf7 25.Bxf7# で詰みになる。

 面白いのは意表をつく 19.Re6 がナイト取りになっているだけでなくf7のポーンがルークを取ってgポーンの守りを放棄するわけにいかないことである。

 本譜の黒の手は白がナイトを取りクイーンでh7でチェックをかけた場合のためにキングにf8の地点を空けてやった。

20.Bxg6

 ポーンの防壁を打ち破った。白の狙いは単純な 21.Bxf7# である。

20…黒投了

 20…fxe6 なら 21.Bf7# である。

 20…fxg6 なら 21.Qxg6+ Kh8 22.Nf7# である。

 20…Qd7 なら 21.Bh7+ Nxh7(21…Kh8 なら 22.Qxf6#)22.Qxh7+ Kf8 23.Qh8# である。