第1章 キング翼攻撃(続き)

第14局

 タラシュ対ミーゼス戦でタラシュはキャッスリングした陣形の最良の守備駒のキング翼ナイトを取り除きそれによってgポーンを元の位置から浮き上がらせた。ポーンの形の乱れはタラシュにとってやり易くなり最後は地味なポーン突きで勝利を収めた。

フランス防御
白 タラシュ
黒 ミーゼス
ベルリン、1916年

1.e4

 この手は即座にクイーンとビショップの筋が開くので駒の展開への素晴らしい始まりである。eポーン自身も要所を占拠しさらにd5とf5の地点を攻撃することにより中原をめぐる戦いに役立っている。

1…e6

 この手は見かけは控えめだが単刀直入な 1…e5 よりも攻撃的である。黒の構想は次に 2…d5 と指して白の中原を攻撃することである。その後黒は 3.exd5 に対してeポーンで取り返して中原にポーンを維持する用意をしている。

2.d4

 当然の手である。白はもう一つのポーンを中原に置き、黒駒がe5とc5の地点に来れないようにした。それと共にクイーンとクイーン翼ビショップの動ける範囲が広がった。

2…d5

 この手はeポーンに問題を突きつけた。

 白は色々な応手がある。

 a)3.exd5 は単純化する目的である。

 b)3.e5 は連鎖ポーンで黒を締め付ける目的である。

 c)3.Nc3(又は 3.Nd2 あるいは 3.Bd3)はポーンを守りながら駒を展開する目的である。

 第1の手段はモーフィーが愛用した。彼は駒の攻撃の可能性が広がる捌けた局面が好きだった。しかし今日ではほとんど指されない。その理由はポーン交換後の局面が互角の対称形で、モーフィーのような選手でなければ攻撃の糸口をつかむのが難しいからである。

 締め付けの手の 3.e5 には非常に多くの支持者がいる。しかしこのシステムの問題点は白の連鎖ポーンが柔軟性がなく土台を切り崩す戦術にもろいということである。黒は連鎖ポーンの根元に 3…c5 で強力な反撃を開始しその後 …Nc6 から …Qb6 と指してくる。そして白は柔軟性を失っている中原を守る羽目になる。

 残るは第3の手段である。これは単純でチェスの常識にも沿っている。つまり戦場に駒を展開しながらeポーンを守っている。

3.Nc3

 タラシュらしい手である。彼は展開を促進し中原での争点を維持する手法を採用している。だからナイトを出しeポーンを守りd5の地点への圧力を強めた。

3…dxe4

 タラシュはこのポーン交換は黒が何の代償もなく中原を明け渡すので良くないと考えている。結果が見解の良否の尺度ならばタラシュはこの番勝負で支持された。ミーゼスは黒番で7回 3…dxe4 と指したが結果は2局が引き分けであとの5局はタラシュの勝ちだった。

4.Nxe4

 これで白は中原の好所にナイトを据え、e5とc5の地点に圧力をかけ、ポーンの態勢も優っていて(e6のポーン対d4のポーン)駒がより自由に動けるようになっている。

4…Nd7

 この手はキング翼ナイトがf6に跳んだ時にそれを支えるためである。黒がすぐに 4…Nf6 と指せば白は 5.Bg5 で厄介な釘付けにすることもできるし、すぐにナイトを交換することもできる。黒がクイーンで取り返せばクイーンが早く戦闘に巻き込まれるし 5…gxf6 とポーンで取り返せばキング翼の形が乱れる。

5.Nf3

 ここはキング翼ナイトが最も働く地点である。それならさっさとそこへ置いてはどうか。

 いかに最高のマスターでも違いを見せようとして、あるいは通常の局面で途方もない手を見つけ出す能力で他の人たちを感服させようとして、布局において度肝を抜くような手やとっぴな手や「華々しい」手を指したりはしないものである。彼らは駒を迅速に展開させて最大の効果を発揮する地点に配置することに満足し、じっと待ちながら自然の成り行きにまかせるのである。手筋は機が熟した時展開にまさる方にとって有利に作用するものである。

5…Ngf6

 これは理にかなった展開の手である。力を発揮する最適の地点にキング翼ナイトが位置するだけでなく、白ナイトの統治権に挑戦し中原の支配を争うものである。

6.Bd3

 白はナイトを引くよりも別の駒を展開させてナイトを支えた。交換になっても白には中原に駒が残る。

6…Be7

 ビショップが好所のe7に位置し、早期のキング翼キャッスリングのための邪魔が取り除かれた。

 面白い変化は 6…Nxe4 7.Bxe4 Nf6 8.Bd3 で、ビショップ引きにかかった一手は黒が 3…dxe4 にかけた手で補われている。

7.O-O

 キングがポーンのバリケードに隠れ、ルークが半素通しのe列に近寄った。

7…Nxe4

 黒は窮屈な陣形を楽にしクイーン翼の駒をくつろげるために駒を交換した。

8.Bxe4

 この取り返しで白は重要な地点を独占し、黒に互角を達成する問題を突きつけている。

8…Nf6

 ここはいつでもナイトの好所である。そしてこの場合ナイトは浮いているビショップに当たりをかけることにより先手で跳ねた。

9.Bd3

 この動き回るビショップは白にとって非常に大切なので交換できない。そのような交換は盤上の駒数が減って黒に対する圧力が減るので黒を利することになる。

9…b6

 もちろん黒はクイーン翼ビショップを働かせたいのでb7に展開させるつもりである。しかしキングがキャッスリングする前にこれをしようとするのには危険がある。例えば斜筋からチェックをかけられてキングが動かなければならずキャッスリングの権利を失う危険性がある。それからbポーンが動いたことにより弱くなったc6の地点に白がナイトを行かせる可能性もある。

10.Ne5!

 ここはナイトにとってこの上ない前進基地である。黒の進展しようという意欲を抑えつける力を持っている。

10…O-O

 黒は 10…Bb7 と指すと 11.Bb5+ と反駁されることに気づいた。この手に対しては 11…Kf8 としてキャッスリングの権利を放棄しなければならない。11…c6 はポーンを損する。

 もちろん 10…Qxd4 とポーンをかすめ取るのは愚かな行為で 11.Bb5+ と開きチェックでクイーンを取られてしまう。

11.Nc6

 黒のキング翼ビショップを取り去る目的で、弱体化した地点にすぐに飛びかかった。しかしどうして、この上ない前進基地を占めているとたった今言ったばかりのナイトを、ほとんど可能性のなさそうなビショップと交換してしまうのであろうか。

 これには少なくとも三つの正当な理由がある。

 黒はこの交換でビショップの一つを奪われる。そして双ビショップを持っているだけで局面がいかに穏やかでもそれは恐るべき攻撃の武器となる。

 戦力が減れば動ける余地が大きい白の双ビショップの機動力が増してくる。盤上が空になるほど白枡に利くビショップと黒枡に利くビショップとで盤上を席巻することができる。

 三つ目の理由はかなり巧妙である。キング翼の黒陣はナイトで強固に守られている。そしてそのナイトはビショップとクイーンで守られている。白がキング翼攻撃を成功させるためには結局はこのナイトをやっつけなければならない。ナイトに手をかけるために白はまずしっかりと支えている駒の一つのビショップを取り除く。ナイトの守り手がビショップからクイーンに代わればナイトに対する釘付けが強力なものとなり、容易に振りほどけなくなる。

11…Qd6

 クイーンが当たりを避けられるならばどの手でもかまわない。

12.Qf3!

 この手は非常に重要な中間手である。すぐに 12.Nxe7+ と取る手よりも強い手で、黒に作戦の変更を迫っている。両方の手を比較検討してみよう。

 白が 12.Nxe7+ と指せば 12…Qxe7 の後 13.Qf3 がルーク取りになる。ルークは当たりをb8へ逃げてかわし、黒の次の手の 14…Bb7 でクイーンを対角斜筋から追い払い黒のビショップが代わりにその筋を占めることになる。

 本譜の 12.Qf3 の後黒は 13.Nxe7+ Qxe7 14.Qxa8 でルークを取る手を狙われている。今度は白のナイトが逃げ場所のb8に利いているのでルークが白クイーンの筋から逃げられない。それに 12…Bb7(ビショップが対角斜筋に展開すると共にルークをかばう)も 13.Nxe7+ Qxe7 14.Qxb7 でこのビショップが取られてしまう。

12…Bd7

 結局のところこのビショップはルークを救うためにほとんど働きのないd7への移動に甘んじなければならなかった。

13.Nxe7+

 これは白の戦略上の勝利である。白は黒のナイトとビショップに対し双ビショップの優位を保持しているだけでなく、黒のクイーン翼ビショップに不本意な地点を占めさせ自分は中原の対角斜筋を制圧している。

13…Qxe7

 黒は展開を完了し、守勢ではあるが十分堅固な陣形のような印象を受ける。

14.Bg5!

 この強力な釘付けはナイトに麻痺を起こさせるような圧力をかけている。先へ進む前に入札を総ざらいしておこう。

 単純に駒を展開するより他に顕著なことはしなくても白には双ビショップによる戦術の有利、全般的な配置の優位、働いている駒の多さ、それに永続的な主導権がある。

 働いている駒が多いだって?そのとおりである。白のクイーンと双ビショップは活動的に配置されている。一方黒のナイトは動くことができず、クイーンはナイトから離れることができない(さもないと Bxf6 でポーン損になる)。それにビショップは黒自身のeポーンによってキング翼から遮断されているのでほとんど動く余地がない。中原のポーンの態勢も白の方が有利である。白の4段目にあるdポーンは相手のeポーンよりも発言力がある。

 白はここでびっくりさせられるが理にかなった 15.Qe4 を指すことにより、黒キングを覆っているポーン列に亀裂を生じさせる作戦である。黒はこの手に対して 15…Nxe4 と指すことはできない。それは 16.Bxe7(黒の二つの駒が当たりになっている)16…Rfe8 17.Bxe4 となって、黒はクイーン翼のルークが当たりになっているのでビショップを取っている暇がない。15.Qe4 の根底にある構想は黒にクイーンを取るように仕向けることではなくて、16.Bxf6 Qxf6 17.Qxh7# の狙いによって黒に 15…g6 突きを余儀なくさせることである。このポーン突きの結果は、キングを保護している防御態勢がゆるみ、釘付けのナイトの支えが一つなくなり、もうgポーンによって守られていない黒のh6とf6の弱体化した地点が白の侵入口となるということである。例えば一つの可能性は次のとおりである。15.Qe4 g6 16.Qh4(ナイトに利かした)16…Kg7 17.Bh6+ これで白の交換得になる。

14…Rac8

 黒は白の利き筋からルークをはずした。それでも 15.Qe4 Nxe4 16.Bxe7 とくるならば 16…Rfe8 で駒の損得はない。

 建設的な面ではこの後 15…c5 と突いて白の中原ポーンに挑み、ルークのためにc列を開ける意図である。

15.Rfe1

 この手は以下のように展開、抑止および準備に役立つ手である。

 この手はルークを半素通しの列に持ってきた。

 この手は黒がe列をこじ開けて自ら捌こうという試みを防いだ。

 この手はキング翼でルークを使うための準備であり、おおよそ次のとおりである。16.Qh3(また 17.Bxf6 で勝つ狙いである)16…h6 17.Bxh6 gxh6 18.Qxh6 これでルークが詰みを見舞うためにe5からg5へ回れば決まりである。

15…Rfe8

 キングのための枡を空けた。黒はもくろんでいた 15…c5 をあきらめた。この手に対してタラシュは次のように応じるつもりだった(彼自身の解説による)。16.Qh3(17.Bxf6 の狙い)16…h6 17.Bxh6 c4 18.Bxg7 Kxg7 19.Qg3+ Kh8 20.Qh4+ Kg7 21.Qg5+ Kh8 22.Qh6+(クイーンの見事なジグザグである)22…Kg8 23.Re5 これで直ぐに詰みになる。この手順中 17…gxh6 18.Qxh6 cxd4 ならば(19.Re5 には 19…Rc5 で応える)19.b4!(黒ルークを来させないため)の後 20.Re5 で白の簡単な勝ちである。

16.Qh3!

 これが勝着である。もっとも白はずっと勝着を続けているようであるが。

 これで黒のhポーンに対する圧力が倍加した。白は 17.Bxf6 から 18.Qxh7+ で、あるいは単にビショップですぐにhポーンを取る手を狙っている。黒ナイトは釘付けになっているので取り返せずキングでビショップを取るわけにもいかない。

 黒はどのようにして白の狙いを防いだらよいだろうか。

 16…h6 は 17.Bxh6 gxh6 18.Qxh6 Qf8(こうしないと 19.Re5 から詰まされる)19.Qxf6 で白が2ポーン得になり簡単に勝つ。

 16…g6(hポーンは助かるがナイトの大事な支えが奪われる)は 17.Qh4 Kg7 18.Re4! から 19.Rf4 でルークも無力なナイトに襲いかかり白が勝つ。

 16…e5(ビショップが白クイーンに当たっている)は 17.Bxf6 Bxh3(17…Qxf6 は 18.Qxd7 で白の駒得)18.Bxe7 で白の駒得になる。

 最後に 16…c5 は 17.Bxh7+ Kf8 18.Be4(痛烈なh8でのチェックが狙い)18…Kg8 で黒はポーン損の受け一方になる。

 これらの変化はどれも楽しい。特に自分が勝つ方ならば。

16…Qd6

 17.Bxf6 gxf6 18.Qxh7+ で白にポーン得させてなだめることを期待した。

17.Bxf6

 黒キングの回りの唯一の守備駒を取り除いた。そして・・・

17…gxf6

 ・・・gポーンを立ち退かせ黒キングを露出させた。

18.Qh6!!

 キングをしっかりと引き止めた。この手の意味はキングがf8を通って逃げるのを食い止め必殺の狙いを見舞うことである。本譜の手の後のやり方は 19.Bxh7+! Kh8 20.Bg6+ Kg8 21.Qh7+ Kf8 22.Qxf7# である。

 白の指したこのような手が指せれば普通の選手より一段上である。ほとんどの若い選手(チェスの意味で)はキングをチェックで仕留めようとしがちである。しかし 18.Qxh7+ Kf8 19.Qh8+ Ke7 のようなことをすればキングが逃げてしまい攻撃手段が尽きてしまう。さらに悪いことにはクイーンとdポーンが当たりになっていて 20.Qh4 で両方を助けようとすると 20…Rh8 とされて急に白が受け太刀になってしまう。

18…f5

 ビショップの利き筋を遮った。

19.Re3

 g3でチェックして詰めようとしているのは明らかである。これを防ぐためには黒はクイーンを捨てなければならないだろう。

 半素通しのe列をルークが占めているのでe3を中継点として簡単に利用できキング翼の素通し列にルークが転回できることに注目して欲しい。

19…Qxd4

 g7の地点を守った。20.Rg3+ なら 20…Kh8 で白はクイーンがg7の地点で詰ますことができない。

 代わりに 19…f6(キングが逃げるため)は 20.Rg3+ Kf7 21.Qg7# で詰まされる。さらにまた 19…Kh8 は 20.Rh3 に 20…Kg8 とするよりなく 21.Rg3+ で詰みになる。

20.c3!

 一呼吸おいた気持ちのよいポーン突きである。

 黒は万事休すである。クイーンはg7に通じる斜筋を離れるわけにいかない。20…Qg7 は 21.Rg3 で釘付けにされる。20…Qh8 は 21.Rg3+ で窮する。かわいそうなキングの唯一の逃げ場が自分のクイーンでふさがれている。

20…黒投了

 この試合は名局賞を与えられた。