第1章 キング翼攻撃(続き)

第15局

 次の2局は厳密に言えばキング翼攻撃の部類に属しないが、キングの安全を顧慮しないとどうなるかを示すためにここに含めた。

 アリョーヒン対ポワンドル戦では相手の手損を咎めるためにアリョーヒンが通常ではない愉快な手を指した。黒キングはキャッスリングができなくなり中央で猛烈な攻撃にさらされた。

ルイ・ロペス
白 アリョーヒン
黒 ポワンドル
(同時対局)
ウィーン、1936年

1.e4

 白は初手で中原に地歩を築きキング翼の駒の展開を始めた。

1…e5

 黒も白が好きなように 2.d4 と指すのを防ぎながら中原にポーンを据えなければならない。

 それでも白が 2.d4 と指せばどうなるだろうか。2…exd4 3.Qxd4 Nc6 4.Qe3 Nf6 5.Nc3 Bb4 の後黒は3個の駒が戦場に出ていて展開も容易である。確かに白は中原にポーンがある。しかしそれは絶えず世話が必要で、この間にクイーンも貴重な手数を費やした。要するに 1…e5 の後白は 2.d4 と指してもよいが優勢にはならない。

2.Nf3

 ナイトがさっそく布局での最も効果的な地点に置かれた。ナイトが狙いを持って展開したのでこの手は理想的である。黒は自分のことをする前に狙いに対処するために何かしなければならないので応手の選択を制限される。

2…Nc6

 この手はポーンを守る最善の手段である。ナイトの展開は自然で、白の狙いに対処するために何の手損もしていない。

3.Bb5

 この手は盤上の最強手で、キング翼布局で最も強力なルイ・ロペスの特徴となっている。ルーベン・ファインは次のように言っている。「ルイ・ロペスが非常に強力な一つの理由は最も自然な手の連続が白の理想形になるからである。」

3…Nf6

 黒は白のeポーンに当てながらキング翼ナイトを中原に向かって出した。

 ラスカーはここでナイトを展開するのを好んだ。しかし現代の定跡はまず 3…a6 をさしはさみビショップに意図を明らかにさせようとしている。どう応じてもビショップが好所から立ち退かされる。

4.O-O

 これは非常に要を得た手である。キングが安全な所に隠れキング翼ルークが活動的になった。

4…Nxe4

 黒はこのポーンを取るべきだろうか。ラスカーの考え方は次のとおりだった。「定められた原則を破っていないと分かっている時はeポーン、dポーン、cポーン又はfポーンのような重要なポーンの犠牲を受け入れるべきである。そうしないと一般には拒否したポーンが非常に厄介な存在になってくる。」

5.d4

 これは 5.Re1 よりも強い手である。黒のeポーンは二重に当たりになっているし、白のクイーンとクイーン翼ビショップの筋も開通した。

5…Nd6

 ビショップに問題を突きつけた。このビショップは明らかにナイトを取るか退却しなければならない。

 もっと簡明な道筋は同じ駒を2度動かす代わりに別の駒を展開させる 5…Be7 だった。黒はポーン得にしがみついて手損をすべきでなく、戦場に駒をどんどん出すべきである。

6.dxe5!

 白は対応の厄介な攻撃を開始した。この手は 6.a4 よりも優っている。6.a4 は黒に 6…e4 という絶好の反撃の余裕を与えてしまう。

6…Nxb5

 黒はナイトの遠征で貴重な手を費やした。なぜなら一回しか動いていないビショップをナイトが4回動いて取ったからである。

7.a4

 白は駒損を取り戻すためにすぐにナイトを攻撃する。

7…Nd6

 同じナイトの5回目の動きである。白は犠牲にするつもりのポーンの見返りにきっと猛攻をかける立場になるだろう。

 黒は 7…d6 と指すべきだった。それならほぼ互角の形勢である。

8.exd6

 白の最初の配当は敵キングに直射する中原の素通し列という形で現れた。

8…Bxd6

 dポーンがふさがれるのでうれしい取り返しではない。しかしポーンで取り返すのはもっとひどい形になるのでこの取り方のほうが良いことは確かである。

9.Ng5!

 この手は自然な 9.Re1+ よりも優っている。後に見られるように精力的で巧妙である。

 ちょっとした策略が黒のキャッスリングに対して用意されている。白は 10.Qd3 と指して 11.Qxh7# を狙う。黒は 10…g6(10…f5 は 11.Qd5+ Kh8 12.Nf7+ で白の交換得になる)と防がなければならずポーンの防御態勢が弱まる。いったんポーンの戦線が乱れればキングが直接攻撃にもろくなる。

9…Be7

 これは面白い手である。ビショップは下がったことによってナイトに当たりをかけると共にdポーンを自由に動けるようにしている。

 黒はナイトを引き下がらせるか駒交換で敵の攻撃のナイトを消すことを希望している。

10.Qh5!

 進めーっ。見えすいた詰みの狙いはこの手の真の目的を隠している。

 白の直前の2手は初心者の手である。さもなくばたぶん偉大なマスターの手である。ナイトはクイーンの攻撃を助けるために2回動いた。白の展開が完了していないのでこのような手は時期尚早であると本には書いてある。それではなぜアリョーヒンは初歩的な布局の原則を破ったのだろうか。

 彼がそうした理由はお決まりの展開(「あなたは穏やかに駒を出し私も自分の駒を同じように出す」)では黒に陣容を再構成する余裕を与えるからである。黒はこれまで(布局でキング翼ナイトを5回動かすなど)いくつかの無分別を犯してきた。このような怠慢を罰する手段は相手を忙しくさせておくこと、つまりことあるごとに問題を突きつけ立ち直る時間を与えないことである。もし敵陣に弱点を作らせるのに通常でない手が必要ならばそのような常識にとらわれない手を指しなさい。手の良し悪しは一つの基準によってのみ決まる。それは眼前の局面における効果である。

10…g6

 他にどんな選択肢があっただろうか。

 黒が 11.Qxf7# を避けるためにキャッスリングすれば 11.Qxh7# にはまる。

 黒が 10…Bxg5 と交換すれば 11.Bxg5 に 11…Ne7 が余儀なく、その時 12.Re1 の釘付けで駒を取られるがそれは手始めである。

11.Qh6!

 白は黒枡を支配する第一段階としてもう黒のgポーンで守られていないこの地点にすぐにクイーンを潜り込ませた。

 白の次の狙いは敵陣の心臓部へ 12.Qg7 とさらに侵入しルークを当たりにすることである。ルークは 12…Rf8 と逃げるしかなく 13.Nxh7 でナイト対ルークの交換得になる。

11…Bf8

 黒はこれ以上の侵入を防がなければならないだけでなくクイーンを追い払わなければならない。

 黒はほとんど選択の余地がない。キャッスリングは規則違反だし、11…Bxg5 は 12.Bxg5 f6 13.Qg7 Rf8 14.Re1+ Ne7 15.Bh6 Rf7 16.Qg8+ Rf8 17.Qxf8# で負ける。

12.Re1+

 黒を混乱に陥れる手である。

12…Ne7

 12…Be7 は明らかにない手で、13.Qg7 Rf8 14.Nxh7(15.Qxf8# の狙い)14…d5 15.Nf6# で詰みになる。

 この局面で白は通常の展開の手法を無視したにもかかわらず3個の駒が働いている。これに対して黒は皆無である。黒は確かに一つの駒が最下段から離れているがしっかりと釘付けにされていて動くことができない。

13.Ne4!

 狙いは1手詰みである。

13…f5

 この手は絶対手である。黒が 13…Bxh6 とクイーンを取れば 14.Nf6+ Kf8 15.Bxh6# で詰まされる。また 13…Nf5 とクイーンに二重に当たりをかければ白は 14.Nf6# と二重チェックによる詰みで黒キングに報いる。

14.Nf6+

 キングを捕まえる一つの方法は野外に出て来させることである。

14…Kf7

 キングが動くとキャッスリングの権利を失うが残念ながら黒の唯一の手である。

15.Qh4

 白のクイーンとナイトが当たりになっているのでナイトを守る位置にクイーンが逃げた。

15…Bg7

 この手は 16…Bxf6 を狙っている。別手段の 15…Ng8 はナイトを釘付けにし二つの駒で当たりにしているが、16.Qc4+ で咎められる。以下は 16…Kxf6(16…Kg7 は 17.Ne8+ で黒はクイーンを捨てなければならない)17.Qh4+ で白が黒クイーンを素抜きにする。

16.Bg5

 逃げ場のないナイトを守った。

16…h6

 ナイトの守り駒をまた脅かした。

 代わりに 16…Ng8 なら白には次のようなきれいな手筋がある。17.Nxg8 Qxg8 18.Re7+ Kf8 19.Bh6 から 20.Qf6+ で詰みにできる。あるいは次のように勝つのもよい。17.Qc4+ d5 18.Nxd5 Qxg5 19.Nxc7+ Kf6 20.Ne8# で詰み。

17.Qc4+!

 楽しい転進である。「チェック」のかけ声は相手に何はさておきキングをチェックから逃れさせるからである。

17…Kf8

 ほとんどこの一手である。17…d5 は 18.Nxd5 Qxd5 19.Rxe7+ でクイーンを取られてしまう。

18.Rxe7!

 アリョーヒンの手筋の本領発揮である。一見何の変哲もない手の連続の最後でついに出た。

 白の狙いは自明な一手詰みである。

18…Qxe7

 他にf7での詰みを防ぐ手は 18…Kxe7 しかないが 19.Nd5+ の二重チェックでクイーンを取られてしまう。

19.Nh7+

 キングに直接チェックをかけクイーンへも立ち退き当たりになっている。

19…Rxh7

 黒はクイーンの代わりに得られる駒は全部取る。

20.Bxe7+

 これが一連の手筋の仕上げである。ルークとビショップを取らせる代わりに白はクイーンを取った。それと永続する主導権も。

20…Kxe7

 黒はビショップを取るしかない。

21.Qxc7

 この手は 21.Qg8 よりも簡明である。21.Qg8 は 21…Kf6 22.Qxh7 Kf7 となってアリョーヒンは「クイーンを眠らせてしまう」と言っている。もちろん白はその後 23.Nc3 d6 24.Re1 から 25.Re7+ で勝てる。しかし本譜の手の方が攻撃精神に則している。白クイーンが活動性を保つのに対し黒のクイーン翼は動けない。

21…Bxb2

 黒は紛れを求めた。ポーンを取ってルークに当たっている。

22.Ra2

 ルークは軽くかわし攻撃駒に当て返した。

22…Bf6

 ビショップが(比較的)安全なところに引き下がった。

23.c4!

 ルークの横筋を空けた。これで素通しのe列に行くことができ敵キングに当てることもできる。

23…Kf7

 キングが戦線から遠のいた。黒は 24…Rh8 から 25…Bd8 と指してクイーンを追い払いそれからdポーンを突いてクイーン翼の駒を動けるようにすることを期待している。

24.Re2

 白は素通しの列を掌握した。この列を制すればルークが敵陣に直通できる。

24…Rh8

 この手は 25…Bd8 でクイーンを追い出すか 25…Re8 でe列の所有権を争う意図である。

25.Qd6!

 dポーンを押さえつけクイーン翼の兵力を麻痺させた。

25…a5

 他に何か手があるだろうか。25…Re8 は 26.Rxe8 Kxe8 27.Qxf6 でビショップを取られるし 25…b6 は 26.Qd5+ でルークをただ取りされる。

 黒の意図は次の 26…Ra6 でクイーンをどかせ自分のクイーン翼の駒を始動させることである。

26.Nc3!

 素晴らしい。白はさらに駒を繰り出して攻撃に参加させた。マスターがどのように指したい手を選びそれが指せないことを見(ナイトがただ取りになっている)そしてその手を指すことに注目して欲しい。

26…Ra6

 黒はナイトを取らない。もし取れば 26…Bxc3 27.Re7+ Kf8(27…Kg8 は 28.Qd5+ から1手詰み)28.Rxd7+ Kg8 29.Qd5+ Kf8 30.Qf7# で即詰みになる。

27.Qd5+

 クイーンは当たりから逃げなければならないがチェックで先手をとった。

27…Kg7

 27…Kf8 は 28.Qc5+ Kg7 29.Nd5(30.Nxf6 Kxf6 31.Qe7# の狙い)29…Re6 30.Rxe6 dxe6 31.Qc7+ となり黒キングが動いたあと白が好きな方のビショップを取れる。

28.Nb5

 次にd6へ跳んでクイーンがf7で詰ませる助けの準備をした。

28…Re6

 他の手ではナイトがd6へ行ってルークが防御に参加するのを遮断する。

29.Nd6!

 それでもナイトはそこへ行く。ナイトはこの絶好の拠点に腰を据えて決着を着ける手筋に手を貸すか単にそこへ居座って黒を窒息死させる。

29…Rd8

 もちろん 29…Rxe2 は考慮に値せずたちどころに 30.Qf7# がくる。

30.Kf1

 ルークを守り 31.Nxc8 Rxc8 32.Qxd7+ の後片方か両方のルークを取る意図を明らかにした。

30…投了

 戦う余地がなくなった。