第1章 キング翼攻撃(続き)

第16局

 タラシュ対クルシュナー戦はありきたりでうわべだけのチェスへの対処法を描いた短編である。タラシュは相手の原則無視を咎めるために相手の駒を退却させてお互いじゃまをさせ、キングのキャッスリングを妨害し、ありったけの駒で襲いかかった。

クイーン翼ギャンビット受諾
白 タラシュ
黒 クルシュナー
ニュルンベルク、1889年

1.d4

 1.d4 で指し始める利点の一つは中原に陣取ったポーンが守られているということである。このポーンは当たりにされても安心していられる。一方 1.e4 で始まる布局ではeポーンは 1…Nf6 ですぐに脅かされることがある。確かに白はそのポーンを守るか1枡進めて危険をかわすことができる。しかし白はやろうとしたことをもはやしていない。白は自分の選んだ布局を指していない。何もしないうちに黒の狙いに対処しなければならないということは自分の実力が発揮できないことになる。

 クイーンポーン布局ではクイーンが中原のポーンをしっかりと支えているので白が思いのままに行動する。主導権は白にあり、黒の選択できるどんな防御、どんな戦型に対しても長い間それが保持される。自分の陣形を築く機会が最初から白に与えられ、反撃によって邪魔される危険性はほとんどない。一方黒は互角を達成するのに苦労する。黒が気後れして指せば、即ちどこかの時点で …c5 で中原を争うということをしなければ、黒のクイーン翼の駒、特にビショップ、はひどい悪形になりまともな抵抗ができない。黒が注意を払わずに展開すれば、つまり序盤で同じ駒を何回も動かしたりナイトよりも先にビショップを外へ出したりすれば、報いはすぐにやってくる。

 チェスの目的は勝つことであって盤上のきれいな絵画でギャラリーを楽しませることではないので、ほとんどの選手がキング翼ギャンビットのロマンチックだが危険な冒険よりも「退屈で安全なクイーン翼ギャンビット」の方を好むのは少しも不思議でない。

 あえて言えば(それにこの見解には40年の研究の裏付けがある)クイーンポーン布局はキング翼布局と同じくらい多くの名局と真の妙手に貢献してきた。

 教訓は次のとおりである。勝ちたいならクイーンポーン布局を指しなさい。チェスに楽しみを求めているならキングポーン布局を、そうでなければクイーンポーン布局を指しなさい。

1…d5

 これが中原の圧力を安定させるための黒の最良の策である。

 両者とも盤の中央にポーンをしっかりと据えた。それらは一つの枡を占め他の二つの枡に利きを及ぼしている。両者とも二つの駒を動けるようにした。

2.c4

 この手の目的は黒のポーン中原を破壊することである。白はまず黒にポーンをくれてやって中原を放棄させようとする。もし黒がその誘いに乗ってこなければ 3.cxd5 Qxd5 4.Nc3 Qa5 5.e4 で黒の中原を消滅させ中原のほとんどを制圧することを狙う。

2…dxc4

 このポーン取りのもくろみはクイーン翼ギャンビット拒否布局につきものの抑圧された陣形を避けることである。しかしこうすることによって黒は中原の好所のポーンを側面のポーンと交換することになった。

 ギャンビットを受諾するのは問題なく棋理に合っている。しかしその後の黒の指し方には細心の注意が必要である。とりわけ黒は得したポーンにいつまでもしがみついてはいけない。

3.e3

 この手は良い手だが、もっと適切な手は反撃のポーン突きの 3…e5 を防ぐ 3.Nf3 である。

 白はキング翼ビショップを動けるようにしてすぐにポーンを取り返すつもりである。

3…Bf5

 この手で黒はこの防御が継承する不運の一つである閉じ込められたビショップの問題を解決することを期待している。しかしこの解決策はそれほど簡単ではない。ビショップがクイーン翼からいなくなると盤のその方面を弱体化させbポーンを危険にさらす。この黒の手の別の不都合は正当な展開の教えの一つに違反することである。

 ビショップより先にナイトを出せ。

 本譜の手の代わりに黒の最善の選択は反撃にある。即ち 3…e5 4.Bxc4(又は 4.dxe5 Qxd1+ 5.Kxd1 Be6)4…exd4 5.exd4 Bb4+ である。

 得したポーンに黒がしがみつこうとするのは欲張りに用意されたはめ手の一つに引っかかるかもしれない。3…b5 4.a4 c6 5.axb5 cxb5 6.Qf3 で白の駒得になる。

4.Bxc4

 このポーンの取り返しで戦力が同じになり白が少し優勢である。

4…e6

 ある駒、この場合はキング翼ビショップ、の展開に寄与するポーン突きはいつも適切である。

 ナイトの一つを先に展開するのはちょっと危険である。例えば 4…Nf6 は 5.Qb3 で 6.Qxb7 又は 6.Bxf7+ のポーン取りを狙われる。また 4…Nc6 は 5.Qb3 Na5 6.Bxf7+ Kd7 7.Qd5+ Kc8 8.Qxf5+ Kb8 9.Qxa5 で白が2個の駒得になる。

 こんなに早い段階でも白は事態を取り仕切っている。

5.Qb3

 どうして白はナイトを出す代わりにクイーンを動かしたのだろうか。

 その目的は不正な展開をした黒を咎めるためである。黒の指し方は正常な手続きに沿ったものでなかった。そして黒の過失につけこむ方法は型にはまった手にはない。

 白の指した手は狙い(6.Qxb7)のある駒の展開なので黒は手を抜けない。黒にはいつもどおりの無難なやり方で自陣を固める時間はない。

5…Be4

 この手はb7のポーンを守り同時に 6…Bxg2 でルークを取る狙いを持っているので魅力的に見える。

 しかしこの黒の手は異様で、次の布局の原則に大きく違反している。

 布局ではそれぞれの駒を1度だけ動かすこと。そして最も力を発揮し最大の動きが得られる地点に速やかに置くこと。

6.f3

 この手は一つ以上の点で肯定できる。経済的な手段で黒の狙いをかわし、ビショップを後退させて黒に手損をさせている。ついでにf3のポーンは後にeポーンを突く際にしっかりとした支援を務める。

6…Bc6

 時機を誤ったビショップの遠征の結果がここで判明する。ビショップがc6に位置していることによってクイーン翼ナイトから布局での自然な展開の地点を奪っている。さらに悪いことにはcポーンの動きを妨害している。このポーンがc5に行って中原の支配を争ったり黒の駒のためにc列を開放することができなければ、黒は窒息する危険性がある。

7.Ne2

 「いや、ナイトはf3にいるべきものだ」と読者は異議を唱えているに違いない。それはそうである。しかしf3に行けないならば、なんとしてでも戦いに参加させることである。最下段から離れさせるだけでも良いから動かすことである。

 白はキャッスリングしてキング翼ルークを働かせる用意をしている。

7…Nf6

 ようやく通常の理にかなった展開の手が出た。これには例外があり得ない。全ての布局のほとんど全ての戦法でキング翼ナイトはf6の地点で最も効果的に務めを果たす。

8.e4

 この手には三つの目的がある。

 中原をポーンで占めて中原を支配すること。

 クイーン翼ビショップのために筋を通すこと。

 黒のクイーン翼ビショップの働きをさらに制限すること。

8…Be7

 ここはこのビショップの行ける唯一の地点である。代わりに 8…Bd6 は 9.e5 で白の駒得になる。

 最下段が空き黒はキャッスリングの用意ができた。ただし白がそうさせてくれるならばの話である。

9.Nbc3

 先手で別の駒を戦いに出した。狙いは 10.d5 exd5 11.exd5 Bd7 12.Qxb7 で駒得することである。

9…Qc8

 黒はbポーンを守らなければならない。それにしばらくはキャッスリングする考えを捨てなければならない。

10.d5

 ビショップを2段目に追いやる意図である。

10…exd5

 このポーン交換は単にビショップを引く手よりも劣る。筋を開ければ展開に優る方に有利に働く。この場合も白が得をする。

11.exd5

 この取り返しで素通しになるe列を白の大駒が利用でき、黒のビショップが後退させられる。

11…Bd7

 他の手はどれも戦力的に損をする。

 次の手を指す前に白は続けて駒を戦場に出すか展開の現在のリードを活用するかを決めなければならない。そこで白は確かな針路を確定する前に一息ついて棚卸しをすることにする。

 白のd5のポーンは一見よく働いているように見える。このポーンは黒のクイーン翼ナイトがc6に展開するのを防ぎ、黒のビショップがe6に来ないようにし、キング翼ナイトの動きを制限している。このポーンは独力でこれらを行なっているが代償も払っている。このポーンはd5にいることによって、駒のために取っておくべき地点を占拠している。駒はポーンより活動性がありもっと容易に攻撃することができる。駒はd5を起点、つまり盤上の任意の地点への出発点として利用できる。実のところこのみすぼらしいポーンはビショップと支援のクイーンの斜筋を邪魔するというあだをなし、開放すべき列の枡を占めている。ポーンがそこの交通を妨害するよりもd5の地点が空いている方が良い。(そしてこの最後の文がいずれ分かるように白の問題への鍵となる。)

 黒の展望はどうだろうか。

 キング翼ナイトを除いて黒の駒は自陣の2段に押し込められている。黒陣は少し窮屈だがキャッスリングする機会を得て陣容を組み替えることができれば黒を服従させることは難しくなるだろう。

 白は黒にこのようなことをする余裕を許してはならない。白はぐずぐずしてはいけない。

12.d6!

 この精力的なポーン突きは黒の弱点であるf7のポーンに通じる斜筋を通し、d列を素通しにしてルークが後で利用できるようにし、d5の地点を空けて駒が戦略地点として利用できるようにした。同時に、黒のビショップに当たりになっているので黒は一息つけない。

12…Bxd6

 12…cxd6 でビショップを閉じ込めるよりこう取る方が良い。

13.Bxf7+

 これで黒キングが追い出される。黒キングが動いてキャッスリングの権利を失えば勝負がつくまで不安定な状態のままである。

13…Kd8

 黒は 13…Kf8 でキング翼ルークを閉じ込めるよりこの手の方が良いと考えた。

14.Bg5

 この釘付けで黒の最も役立っている駒が麻痺してしまった。一方黒の悲惨な状況を要約するものとして、黒の強力なクイーンが自分の駒によって窒息してしまった。

14…Nc6

 黒の意図は駒を展開してたとえ隣の地点へだけであってもルークとクイーンを動けるようにすることである。そもそも敗勢の局面ではどの手も不適切なのでもっと良い手を推奨するのは難しい。黒は思い切って 14…Be8 から 15…Rf8 か 15…Qd7 か 15…Qf5 のようなもっと積極的な防御に打って出た方が良かったかもしれない。黒は白の攻撃駒を追い払うか交換で取り除くようにしなければならない。

 このような状況での公式は次のとおりである。

 狭小な陣形では駒の交換をしむけることによって圧力をやわらげるようにせよ。

15.Ne4

 白は釘付けのナイトにもっと重圧をかけた。狙い(釘付けの駒が多重に攻撃されている時は必ず狙いが存在する)は 16.Nxf6 gxf6 17.Bxf6+ で、ルークが取れる。

15…Be7

 ナイトをさらに守ると同時に釘付けからはずした。これは 15…Be5 よりも良い守り方である。15…Be5 はナイトを守っているが釘付けを緩和するためには何もしていない。このような状況では余分な守り駒自身も不安定な基盤の上に立っているかもしれないし不意打ちをくらい易い。例えば 15…Be5 16.f4 Bd4 17.Nxd4(ナイトの守り駒の一つを取り除いた)17…Nxd4 18.Qc3 で黒が適当な応手に困る。

16.Bxf6

 白はこの堅固な守り駒を取り除いた方が良い。

16…gxf6

 黒は双ビショップを維持したいのでポーンで取った。

 黒キングは駒で十分に保護されているので黒のハリネズミ防御陣に侵入するのは難しそうに見える。

17.O-O-O!

 この手は逆の方面にキャッスリングするよりもはるかに積極的である。白キングは少し露出しているが代償としてクイーン翼ルークが素通しのd列を制圧している。特に黒の不幸なビショップを釘付けにして圧力をかけている。クイーン翼へのキャッスリングは攻撃が先手になっている。一方白キングは黒の展開が非常に遅れているためにほとんど危険がない。

 白の狙いは 18.Be6 又は 18.Qe6 で釘付けの圧力を増すことである。

17…Ne5

 この手はビショップの支援と 18…Nxf7 で迫害駒の一つを取り除くことである。

18.Nf4

 狙いは 19.Ne6# による頓死である。

18…Qb8

 クイーンにとっては面白くない状況だがキングの逃げ場所が必要である。

 他にどんな手があっただろうか。18…Bf8 でキングのためにe7の枡を空ければ 19.Qe6(20.Qe8# の狙い)19…Be7 20.Qxe5 fxe5 21.Ne6# できれいに詰まされる。

19.Qe6

 クイーンが敵陣に侵攻して攻撃にはずみがつく。白の勝ちへの読み筋は 20.Nxf6(不運なビショップにさらに襲いかかり 21.Rxd7+ で簡単に詰ませる)20…Bxf6 21.Qxf6+ Kc8 22.Qxh8+ で次に詰ませることである。

19…Rf8

 ビショップをおどして追い払いfポーンがこのルークで守られることを期待した。代わりに 19…Qc8 は 20.Qxe5 で前に出てきた詰み形になる。

20.Nxf6

 釘付けになっている駒にマジックのように狙いが飛び出てくるのは圧巻である。

20…Bd6

 素通し列のルークの利きをさえぎりクイーンを取る狙いである。

 他の受けは良い結果をもたらさない。

 20…Rxf7 は 21.Rxd7+ から2手で詰む。

 20…Bxf6 は 21.Qxf6+ Kc8 22.Qxe5 Rxf7 23.Qh8+ である。

 20…Qc8 は 21.Qxe5 Rxf7 22.Ne6# である。

 黒は本譜の手でビショップを釘付けからはずしナイトを守りクイーンを当たりにしビショップ取りを狙っている。

21.Nxd7

 これは少し痛い。ナイトが駒を1個取り3個を当たりにしている。

21…Nxd7

 黒は取り返して厄介な駒をなくした。

22.Rhe1

 素通しのe列に大駒を重ねて 23.Qe8+ Rxe8 24.Rxe8# を狙えば誰でも戦闘意欲をなくすのに十分である。

22…投了

 cポーンを突いてキングの逃げ道を空けようとしても 23.Rxd6 があるのでだめである。22…Nc5 は 23.Qe7+ Kc8 24.Qxf8+ Bxf8 25.Re8# できれいに決まる。