第2章 クイーンポーン布局(続き)

第19局

 グリューンフェルト対シェンカイン戦では前局と同様の困難が黒を襲った。ここでは中原での挑戦が遅れたために白の守られていないポーンによって黒のcポーンが封じ込められ、それに伴ってクイーン翼も同じ目にあった。白の攻撃が突然キング翼に移った時黒は抵抗に窮した。

クイーン翼ギャンビット拒否
白 グリューンフェルト
黒 シェンカイン
ウィーン、1915年

1.d4

 初手のポーン突きで1度に2個の駒が解き放たれた。駒を最下段から離し戦場へ出す際に白は1手でこれだけの有利さを得ることができる。ポーン自身も中原の支配と要所の制圧をめぐる戦いで重要な役目を果たす。

1…d5

 恐らく黒の最善の応手である。黒はこの手で白の中原での圧力を相殺した。

2.c4

 これは攻撃であると同時にポーンの提供である。攻撃というのは、白が 3.cxd5 Qxd5 4.Nc3 Qa5 5.e4 で中原にポーンを並べることを狙っているからである。提供というのは、黒が 2…dxc4 でポーンを得することができるからである(一時的にすぎないが)。

 どちらの見方をしようと、白の目的は黒のdポーンをd5から取り除くかよそへ誘い出すことによって黒の中原ポーンを壊滅させることである。

2…c6

 黒は 3.cxd5 に対し中原にポーンを維持するために 3…cxd5 とポーンで取り返す用意をした。

 黒の2手目はもう一つの手の 2…e6 と異なりクイーン翼ビショップを閉じ込めないという利点がある。欠点はクイーン翼ビショップを気軽に展開するとこのビショップの不在によってもたらされるdポーンとbポーンに対する厄介な攻撃を撃退する用意をしておかなければならないということである。別のもっと重要な考慮すべきことはc6にいるcポーンはdポーンをよく守っているが生涯における主要な目的を果たしていないということである。それは中原での白の支配に挑むことである。白のdポーンを攻撃し同時に黒の大駒が利用できるようにc列を開放するためにこのポーンをc5に突けるようにしなければならない。

3.Nf3

 どうして白は 3.c5 と突き進めて相手のクイーン翼を完全に窒息させないのだろうか。白がそう指さないのには次のようにいくつかの理由がある。

 a)中原の争点は維持するのが良い戦略である。即ちポーンの形を固定するのではなく流動的に保つのである。

 b)ポーンをc5に進めると白は黒の中原に対する攻撃を放棄し、ポーン交換するのが良いという選択肢も放棄してしまうことになる。ポーン交換は黒の中原全体を壊滅させる手段となるかもしれない。

 c)c5の地点はポーンでなく駒のために取っておくべき橋頭堡である。そこに置かれた駒は黒のクイーン翼全体に絶大な影響を及ぼすかもしれない。

 d)ポーンをc5に置くとc列が閉じられクイーンやルークの活動が役に立たなくなる。

 e)序盤ではポーンでなく駒を動かすべきである。

 以上のことは全てチェスのマスターがなぜ「本能的に」正しい手を見つけるのかを説明している。それはマスターが20手先まで読めるからでもなければ可能な各々の手の効果を念入りに調べるからでもない。時には1手先も見ないことがある。マスターは自分の本能(もっと正確には経験と大局観)が原則に反し良い結果に至らないと警告する手はどれも読みからはずすことによって時間を節約している。棋理の感覚に背く手を捨てたり大局観に合わない無理筋を避けたりすることによりマスターは、並のアマチュアが真剣勝負の大会で指すよりももっと強い本筋の手を1手10秒で指すのである。

3…e6

 穏やかな手だが手待ちではない。中原を強化しキング翼ビショップを解放している。

 黒の意図はまだ不明である。次の手でポーンを取って …b5 でポーン得を死守しようとするかもしれない。あるいは 4…f5 の後 5…Nf6 から 6…Ne4 で石垣の態勢を築くかもしれない。

4.e3

 そこで白はcポーンを守って堅実に指す。白は他方のビショップを犠牲にして一方のビショップを解放したが、全てを都合よく運ぶわけにはいかない。

4…Nf6

 ナイトが好位置を占めてd5とe4に強い影響を及ぼした。これらは中原の戦略的4地点のうちの二箇所に当たる。

5.Bd3

 ビショップが大きな影響を発揮できる斜筋に陣取った。一方キング翼は早くキャッスリングできるようにきれいに空けられた。

 おおざっぱに言うとキングがより安全な場所を見つけられるようにキング翼の駒を先に展開するのが良い方針である。ほとんどの選手はこのやり方や忠実に実行した場合の恩恵についてよく知っている。なかにはクイーン翼の駒を解放することを完全に忘れている選手までいる。

5…Nbd7

 このナイトの動きは素晴らしい。というのは白の中原に対していつかは突くことになる …c5 又は …e5 を助けるからである。もう一つのナイトと連携しているということは必要があればf6のナイトに取って代われるのでそれも役に立っている。

6.Nbd2

 この手の主要な目的はコーレ・システムのようにeポーン突きを助けることである。このナイトがc3でなくd2に行ったもう一つの目的は黒が 6…dxc4 と取ってくればこのナイトで取り返し、一つのナイトがe5に行った時他方のナイトでしっかりと支えるためである。

6…Be7

 これは防御には良い手である。たぶん良すぎるかもしれない。このビショップはe7の好所にいてキャッスリングも整っている。しかし白が陣地を獲得し広げようとするのを防ごうとしていない。黒は …c5 突きで反撃しなければならない。さもないと次第に押し込まれ狭い陣地に閉じ込められる。

7.O-O

 キングが盤上の安全な所に退避しキング翼ルークがより活動的な場所に出てきた。

7…Qc7

 これも穏やかな展開の手だが攻撃的な 7…c5 の方がもっと良かったかもしれない。黒はのんびりしていることは許されない。同等の権利を求めて争わなければならない。チェスは臆病者のための競技ではない。

8.e4!

 この手はコーレ・システムにおける仕掛けと似ている。つまり中原の形を崩し、背後に控えている駒のために戦線を開けている。

8…dxe4

 黒はこのポーンをe5に進ませるわけにはいかない。それを許せばキング翼ナイトが追い払われ完全に働きを失ってしまう。

9.Nxe4

 この手の方がビショップで取り返すよりも積極性がある。ナイトがクイーン翼ビショップの利き筋から立ち退き、敵のナイトに動向をきいている。

9…Nxe4

 黒は抑圧された陣形を楽にするために交換しなければならない。

10.Bxe4

 この駒交換は白にとっても都合が良い。盤上から駒が消えていくほど白駒の動き回れる範囲が広がる。特に射程距離の長いビショップはそうである。

10…Nf6

 この手はビショップに当たっているので黒は先手で指せる。そしてクイーン翼の駒にも少し動く余裕ができる。

11.Bc2

 ビショップは引き下がったがそこは好所である。キング翼攻撃の態勢にあるが必要とあれば迅速にクイーン翼へ移動することができる。

 白陣は明らかに好形である。その有利さは次のような点にある。

 白のビショップは攻撃範囲が広い。

 白はポーンで中原を制圧している。

 戦略的要衝のe5を押さえている。

 白の大駒は中央列で大きな効果を発揮することができる。

11…b6

 反対側はeポーンによって閉じ込められているのでビショップをb7へ展開する意図である。

12.Qe2

 白はさらに駒を展開してe5に対する圧力を強めた。この地点を支配すれば黒はeポーンを突いて捌くことが不可能ではないにしても困難になる。

12…Bb7

 このビショップの展開で黒は困難から抜け出る手段を見つけたように見える。黒は次の手で 13…c5 と突いて対角斜筋にこのビショップを働かせ中原に好ましい争点を作り出す用意ができた。黒はその手が間に合うだろうか、それとも …c5 と打って出る好機を既に逃がしたのだろうか。

13.Ne5!

 ここはナイトの絶好の拠点である。ナイトはこの中原の基地から8方向に利きを及ぼし、黒が駒の自由を得ようとする困難さを際立たせている。

13…Rd8

 ポーンに当たっているのでこのルークの展開はもっともらしい手に見える。

 13…c5 で捌くのはもう手遅れである。白に 14.Ba4+ とされるとキングが動くしかなく(代わりにナイト又はビショップでチェックを防ぐのは駒損になる)キャッスリングの権利を失う。

14.Rd1

 白は手損することなく受けた。キング翼ルークがポーンを守り、同時にいずれにせよ行くことにしていた列に行って展開も果たした。

 ルークは素通し列、または素通しになりそうな列にいるべきである。

14…O-O

 14…c5 と突くのはまだ時期尚早である。この手に対する白の応手は 15.Ba4+ で、黒はキングを動かしてキャッスリングの権利を失うか 15…Nd7 16.Bxd7+ Rxd7 17.Nxd7 で交換損に甘んじなければならない。

 白が次の手を指す前に白の優位を要約してみよう。

 白の中原におけるポーンの形は黒駒の自由な動きを制限していてはっきりと黒より優っている。

 白クイーンは9枡に利いているのに対し黒クイーンは5枡である。

 白のビショップは13枡に利いているのに対し黒のビショップは7枡である。

 白ナイトは素晴らしい動きを享受しているのに対し黒ナイトは下がることしかできない。

 明らかに白は陣形において確固たる優位を築いた。白の駒は単純な計算が示すように動きが良く、攻撃力は黒をはるかにしのいでいる。白は陣形上の優位を最高に活用する決定的な手筋を見つける権利を授けられた。

 強固な塹壕で固められた黒陣を突破するのにどのような攻撃策が成功するのかを見るのは興味深い。

15.Bf4!

 ビショップがクイーンを狙いながら展開した。白の狙いは次に 16.Ng6 と指すことで、ビショップの利きがクイーンに当たる。クイーンが逃げた後ルークを取って交換得になる。

15…Bd6

 代わりに 15…Qc8 でクイーンをビショップの利きからはずすのは気が進まなかった。黒は本譜の手でナイトが動いてビショップの利きが通るのを防いだ。

16.c5!

 この手は一連の積極果敢な強襲の始まりで黒が降伏するまで止むことはない。白の狙いは二通りである。それはビショップを追い払うこととクイーン翼の黒陣を永久に封じ込めることである。

16…bxc5

 この手は仕方がない。16…Bxe5 だと 17.Bxe5 Qc8 18.Bxf6 gxf6 19.Qg4+ Kh8 20.Bxh7 Kxh7 21.Rd3 から 22.Rh3# で白の勝ちになる。

17.dxc5

 入れ替わりに別のポーンが出てきてビショップを追い立てる。

17…Bxe5

 17…Bxc5 なら 18.Ng6 で白の交換得になる。

18.Bxe5

 この取り返しでまたクイーンに脅威を与え黒を追い立てる。

18…Qa5

 18…Qc8 なら 19.Bxf6 gxf6 20.Qg4+ Kh8 21.Qh4(一手詰みの狙い)21…f5 22.Qf6+ Kg8 23.h4(このポーンをh6まで突き進めてクイーンがg7に入って詰ます狙い)23…Rd7(24…Qd8 で白クイーンを追い払う狙い)24.Rxd7 Qxd7 25.Rd1 Qc7 26.h5 で 27.h6 の狙いと 27.Rd3 から 28.Rg3+ の狙いが決定的で白の勝ちとなる。

19.Bxf6

 白はキャッスリングした陣形の最良の守り駒のナイトを取り除いた。これは黒の本拠地に攻め入る序曲である。

19…gxf6

 この手の後バリケードで囲われているべきキング翼の黒陣はばらばらである。クイーン翼では駒の動ける余地が必要なのに守られていない白ポーンによって押さえつけられている。

20.Qg4+

 この手は黒の応手を1手に限定するので 20.Qe4 よりも正確である。

20…Kh8

 黒キングは隅に行かなければならない。

21.Qh4

 次は1手詰みである。

21…f5

 詰みを逃れるにはこの手しかない。

22.Qe7!

 クイーンが敵陣の中心部に侵入した。黒ビショップへの当たりは一時的ではあってもビショップを助ける問題に敵をかかりきりにさせるための策略である。これにより白は真の狙いである黒の両方のルークに対する攻撃を実行するのに必要な時間が得られる。

22…Bc8

 黒が 22…Rb8 でビショップを守れば白は次のようにして勝つ。23.Qf6+ Kg8 24.Rd3 f4 25.Rh3(26.Bxh7# の狙い)25…Rfd8 26.Rxh7 で次の手で詰みにできる。

23.b4!

 これが黒を壊滅させる決め手である。黒クイーンはd8のルークに通じる斜筋から離れなければならない。このルークはクイーンの守りが必要である。

 黒は何か受けがあるだろうか。23…Qxb4 なら 24.Rxd8 Rxd8 25.Qxd8+ で白の勝ちである。また 23…Rfe8 なら 24.Qf6+ から 25.bxa5 でクイーンが取れる。最後に 23…Rxd1+ なら 白は24.Rxd1 と応じておいて 25.Qxf8# と 25.bxa5 の二通りの決定的な狙いが残り黒は同時に両方を防ぐことができない。

23…投了