第2章 クイーンポーン布局(続き)

第21局

 チェルネフ対ハールボーム戦では黒が急所の …c5 突きで反撃した。しかし黒の中原はd5のナイトが浮いていて堅固さに欠けていた。チェルネフは黒の浮き駒を狙うことによって攻撃のための手を稼いだ。本局ではこのような手を稼ぐ手法が興味の的である。

クイーン・ポーン試合(コーレ・システム)
白 チェルネフ
黒 ハールボーム
ニューヨーク、1942年

1.d4

 この手は 1.e4 と共に盤上の最善手である。

 どちらの手も中原にポーンを据え2個の駒を戦いに参加できるようにしている。

 どちらの手を指すべきだろうか。その選択は好みの問題である。おおざっぱに言えば e4 はよく全面的な攻め合いの試合になりやすく、d4 は大局的な優位をめぐる戦いになる傾向がある。ブラックバーンは次のように言っていた。「チェスの上達を願う若い人たちへの私からの最初の助言は自分自身の適性と性格に合わせて棋風を作るようにして欲しいということである。ある選手は数学の計算のように正確に試合を組み立てることに喜びを感じ、別の選手は独創的な手筋や華麗な攻撃以外は何も気にしない。自分自身の資質を高めることが何よりも大切である。」

1…d5

 黒も素晴らしい手で応じた。白が続けて 2.e4 で中原にポーンを並べて独占支配するのを妨げている。黒のクイーンとビショップも自由になった。

2.Nf3

 ここではこの手の代わりに 2.c4 でポーンをさし出す方が多い。白は陣容を固めながら容易にポーンを取り返すことができるのでこのギャンビットは見かけだけである。

 このナイト跳ねは最も効果的な地点に駒を展開し、クイーン翼ギャンビットに移行する選択肢も持っている。

2…e6

 この手は全く安全であるがいくらか控えめである。私なら 2…Nf6 とするところである。この手は黒を守勢にしないしクイーン翼ビショップの展開も邪魔しない。

 本譜の手は白が c4 でdポーンを攻撃してきたらdポーンを守る最良の手段である。しかし白はまだそのそぶりを見せていない。

3.e3!

 この穏やかな手は激烈なキング翼襲撃のコーレ攻撃の前触れである。

 コーレの基本作戦は適切な準備をしてからeポーンをe4に突くことである。この準備は次のような駒捌きから成っている。

 a)キング翼ビショップをd3に展開して急所のe4の地点への圧力を強め、黒キングがキャッスリングした後のもろい個所のhポーンに狙いをつける。

 b)クイーン翼ナイトをd2に置いて(c列をふさいではいけないのでc3には置かない)e4に利かせ、eポーンがe4に進んだ際にはそれを支援する。

 c)キング翼にキャッスリングしてキング翼ルークを動員する。

 d)クイーンをe2に及び/又はルークをe1に展開して、もくろんでいるポーン突きをさらに念押しする。

 e)ポーンをe4に進める。このポーンは1枡進んだだけだが全ての仕掛けが一挙に働くようになる。中原の態勢は破裂し筋は白の攻撃駒のために開かれる。

3…c5

 ポーン中原に向けてのこのポーン突きはクイーンポーン布局では黒にとってほとんど必須である。

 黒は中原で対等に渡り合うために戦わなければならない。

 黒は重要な地点の支配を争わなければならない。

4.c3

 黒がポーンを交換してくればcポーンで取り返す用意をした。白のeポーンはe4に進むことになっているのでe3からそらされることがあってはならない。

4…Nf6

 これは自然で強い手である。ここがキング翼ナイトの可能な最良の地点である。このナイトは中原での事態に参加できるように中原に向かって展開された。戦いが起こるのはほとんどの場合中原である。そして中原で起こることは何でも盤上の他の所に影響を与える。中原での優位は大局的な優勢に必須であり、中原の支配はキング翼攻撃を成功させる上で必要不可欠である。

 だから展開はすべて中原への影響を視野に入れて行なうべきである。

 本譜の手に代わるもっともらしい手は 4…c4 と突いて白がビショップをd3に据えるのを防ぐ手である。これは多くの選手がやらずにはいられない類の手である。しかしこれは避けなければならない。これは白のdポーンと中原に対する圧力をゆるめるので戦略上の悪手である。

 中原でのポーンの態勢の柔軟性を保つことが大切である。

 中原の白のdポーンに圧力をかけ続けることが大切である。

 中原でのポーン交換の選択肢を残すことが大切である。

5.Bd3

 これはビショップの理想的な展開である。黒キング(キャッスリングした後)に通じる長斜筋を支配し、戦端が開かれる急所の地点のe4をにらんでいる。

5…Nc6

 ナイトが処方どおりに中原に向かって参戦した。黒は早く …e5 と突いて捌くことをもくろんでいる。

 白が 6.dxc5 と取ってくればビショップでなくナイトで取り返すために 5…Nbd7 と指すのも良い手である。

6.Nbd2

 この手はちょっと見たところではナイトが変な地点に位置しクイーン翼ビショップの筋もふさいでいるので不自然に思える。実際はこのナイトは二つの割り当てられた任務を果たしている。控えめなd2の地点ではあってもこのナイトは戦いに加わっている。そして急所のe4の地点での来たるべき行動も支援している。クイーン翼ビショップは動きが不自由だが一時的なことに過ぎない。

6…Be7

 この手は攻撃的なd6への展開よりも望ましい。このビショップはキングの守りのために自陣に近い所に必要である。

7.O-O

 この鮮やかなひとっ飛びでキングが安全な場所にかくまわれルークが魔法のように舞台に現れるが、恐らく車輪の発見以来の文明に対する最も意義ある貢献である。

7…O-O

 黒も急いでキングを防護しルークを働かせた。

8.Qe2

 ここはクイーンポーン布局のほとんど全ての陣形においてクイーンの完璧な居場所である。このクイーンはもくろんでいるeポーン突きを助け以降の攻撃に多大の影響を及ぼすことになる。

8…Re8

 ルークは素通し列を占めなければならない。素通し列がなければどうするか。その場合はルークを中央に持って来ることである。そうすればルークは素通しになる可能性の高い列の先頭に立つことになる。この理由でキング翼ルークは通常はe1/e8またはd1/d8に展開され、クイーン翼ルークはd1/d8またはc1/c8に展開されるのである。

9.dxc5!

 9.e4 はまだ早い。9…dxe4 10.Nxe4 cxd4 となって白はポーン損となるか孤立dポーンをかかえることになる。本譜の手はさらに次のような考察のもとに指された。

 a)黒のビショップは一度動いたがポーンを取り返すためにまた一手かけなければならない。

 b)このビショップはキング翼の守りに必要だが盤の不適切な側に行くことになる。

 c)c5のビショップは浮き駒になっていて不意打ちに会いやすい。

 d)d2の白ナイトは後で先手でb3に行ける。そこからは浮いているビショップに当たりになり同時に自分のクイーン翼ビショップの筋を開ける。

 e)もし収局に至れば白はクイーン翼で3対2の有利なポーン配置になる。

9…Bxc5

 黒はポーン損にならないように取り返さなければならない。

10.e4!

 これがコーレ攻撃の眼目の手である。閉じ込められた駒のうっぷんを全て発散させるのはこの力ずくのポーン突きである。

 黒はどう応じるだろうか。10…dxe4 と交換すれば 11.Nxe4 Nxe4 12.Qxe4 となって 13.Qxh7+ から始まる壊滅の危機にさらされる。もうf6のナイト(キャッスリングした陣形の最良の守備駒)がないので黒はキングの前のポーンの一つを突いて陣形を弱めなければならない。

 ポーン交換を避けて代わりに 10…d4 と突けば 11.Nb3 Bb6(ビショップはdポーンを守っていなければならない)12.e5 Nd5 となって白は勝ち方の楽しい選択がある。ブラックバーンが言うところの「数学の計算問題のように正確に」勝つならば 13.cxd4 である。または「ひらめきの手筋と華麗な攻撃」で勝つならば 13.Bxh7+ Kxh7 14.Ng5+ Kg6 15.Qe4+ f5 16.exf6e.p.+ Kxf6 17.Qf3+ Ke7(17…Ke5 は 18.Nf7#)18.Qf7+ Kd6 19.Qxg7 で、20.Nf7+ によるクイーン取りと 20.Ne4# による詰みの狙いがありこれまでである。

10…e5

 黒はどちらの落とし穴も避け、f6のナイトをどかせる 11.e5 を防いだ。この間にルークは動く余地が広がりクイーン翼ビショップは戦いに参加できるようになった。

11.exd5

 作戦継続中。白は攻撃のための筋を開ける工程を続けている。これでe4の枡が自駒の出撃地点として利用できるようになった。

11…Nxd5

 黒は次のような白からの攻撃を招くかもしれないのでクイーンで取りたくなかった。

 11…Qxd5 12.Bc4 Qd6 13.Ng5(14.Bxf7+ で交換得する狙い)13…Re7 14.Nde4 Nxe4 15.Nxe4 で白がビショップを取る。

 11…Qxd5 12.Bc4 Qd7 13.Ng5 Re7 14.Nde4 Nxe4 15.Qxe4(hポーンを取る狙い)15…g6 16.Qh4 h5 17.Ne4 で黒はナイトによる両当たりでクイーンを取られるのを避けるためにはビショップを見捨てなければならない。

 11…Qxd5 12.Bc4 Qd8 13.Nb3 Bb6 で白は 14.Bg5、14.Rd1 及び 14.Ng5 で始まる色々な攻撃の効果を推し量る楽しい時間が過ごせる。

12.Nb3

 浮いているビショップに当たっているので先手である。白のクイーン翼ビショップが遠くまで動けるようになったことにも注目されたい。

12…Qb6

 この手はウソ手である。確かにクイーンが展開しビショップが守られている。しかし他の要因も考えなければならない。黒のキング翼は守り駒が足りないしd5のナイトは浮いている(別の駒またはポーンによって守られていない)。

 手筋がないだろか。チェック又は取り、つまり打撃を与える手がないだろうか。そう、もちろんあるのである。

13.Bxh7+

 このような好機は相手が一息つく前にとらえなければならない。

13…Kxh7

 黒が取り返しを拒むのはもっと悪い。白ビショップが戦利品を食い逃げすることができるし、居座って白が 14.Qc4 で攻撃を続行することもでき、中原で立ち往生している黒駒に白クイーンが襲いかかることになる。

14.Qe4+

 この手が要点である。白は両当たりによって駒を取り返し、投資の利子としてポーンを得た。

14…Kg8

 14…f5 又は 14…g6 とポーンをさしはさむのは何の得にもならない。どちらの手もキング翼のポーンの形をさらに崩すだけである。

15.Qxd5

 駒を取り返し黒ビショップに二重の当たりをかけてさらに先手になっている。黒は守りに忙しく陣容をまとめる余裕を与えてもらえない。明らかに悪手と分かる手を何も指さずに西部のマスターは理論的に敗勢になった。

15…Bf8

 惨めな退却だが 15…Be7 ではeポーンを取られる。

16.Ng5

 17.Qxf7+ の狙いでその後は2手で詰む。黒に息つく暇を与えてはならない。

16…Be6

 やっとクイーン翼ビショップが戦いに加わった。詰みをかわし敵クイーンを追い払い駒が展開し別の駒(クイーン翼ルーク)が自由になったのでこの手は効果的に見える。

17.Qe4

 クイーンは退いたがh7での詰みがあるので手損にはなっていない。

17…g6

 黒はほとんど選択の余地がない。この手は 17…f5 よりも良い受け方である。17…f5 の後は 18.Qh4 Bd6(18…Bc5 なら 19.Nxe6 Rxe6 20.Qc4 で白の駒得になる)19.Qh7+ Kf8 20.Nxe6+ Rxe6 21.Qh8+ で黒ルークが落ちる。

18.Qh4

 また1手詰みの狙いである。黒は退却に次ぐ退却で、白の詰みの狙いが強制する所に駒を置かなければならない。

18…Bg7

 白のh7でのチェックを止めることはできない。しかしこの手はクイーンがさらにh8へ侵入するのを防いでいる。白クイーンの締め出しを怠ると、例えば代わりに 18…Bd6 などとすると負けてしまう。以下は 19.Qh7+ Kf8 20.Nxe6+ Rxe6(20…fxe6 は 21.Bh6#)21.Qh8+ でルークが取られる。

 本譜の手で黒はキングのために防空壕をこしらえたように見える。

19.Be3

 そこで白は予備役を招集した。クイーン翼ビショップは先手で好点に来た。クイーンへの当たりは付随的で、真の目的は自分またはナイトのためにc5の地点を制圧することである。そこに据えられたナイトは中原とクイーン翼を席巻する。ビショップなら黒キングがf8を通って逃げるのを防ぐのに役立つ。

19…Qa6

 黒は次の進行を読んで 19…Qc7 を拒否した。20.Qh7+ Kf8 21.Bc5+ Ne7 22.Qxg6! fxg6(22…Qxc5 なら 23.Nxe6+ fxe6 24.Qxe8+ Kxe8 25.Nxc5 で白の楽勝)23.Nxe6+ Kg8 24.Nxc7 で黒ルークが白ナイトによって両当たりになる。

20.Nc5!

 またしても白駒の一つが敵クイーンを当たりにする手得の手段で敵の片側に侵入した。

20…Qc4

 黒はクイーン交換で安らぎを得ることを期待した。

21.Qh7+

 この手の目的はキングをいぶし出しポーンの防護をずたずたにすることである。

21…Kf8

 この手しかない。

22.Ncxe6+

 大局的に優勢を確立した後は勝つ手段が複数あることがよくある。華麗な締めくくりは 22.Ngxe6+ fxe6 23.Bh6 Re7(23…Bxh6 なら 24.Nd7#)24.Qh8+(クイーンがh8に行くことができることを示すためだけでもよい)24…Kf7 25.Qxg7+ Ke8 26.Qg8# で詰みに討ち取る手順である。

22…fxe6

 22…Rxe6 で交換損をするのは長引くが苦難は減らない。

23.Qxg6

 24.Qf7# の狙いである。

23…Nd8

 23…Re7 を期待していて次のようにポーンが盤上を行軍する「至高」の手法で勝つことができるはずだった。24.f4(狙いは 25.fxe5+ Kg8 26.Qh7#)24…e4 25.f5(また開きチェックの狙い)25…e5 26.f6 で白の勝ちである。

24.Nh7+

 ここで私は 24.f4 e4 25.f5 e5 26.f6 Bh8 27.Nh7# で派手な勝ち方をしたくてしかたがなかった。しかし常識がまさった。我々は最短の勝ち方をしなければならない。戦いを早く終わらせることができるならば簡明で容赦ない指し方をしなければならない。

24…黒投了

 24…Kg8 なら 25.Nf6+ Kh8(25…Kf8 なら 26.Qxe8#)26.Qh7# である。24…Ke7 なら 25.Rad1 の後 26.Bg5+ 又は 27.Qxg7+ ですぐ詰む。