第2章 クイーンポーン布局(続き)

第22局

 ピルズベリー対マルコ戦はクイーン翼ギャンビットの模範局である。この試合では後にピルズベリー攻撃として知られるようになった古典的な実例が見られる。ピルズベリー攻撃はe5の拠点に据えられたナイトの威力と、そのナイトがめくるめくキング翼攻撃に果たす推進力の見事な例である。

クイーン翼ギャンビット拒否
白 ピルズベリー
黒 マルコ
パリ、1900年

1.d4

 楽しみ、恐怖、流血のいずれのためにせよこの手は戦いを始める最良の手である。クイーンとビショップのための出口が開けられ、dポーン自身も中原の支配をめぐる戦いに積極的な役割を果たす。このポーンはd4の地点を占めてe5とc5の地点も見張って敵駒がこれらの地点に来れないようにしている。

1…d5

 これは白が中原で勢力を拡張するのを防ぐための最も単純な手法である。もし白が自由に 2.e4 と突くのを許されれば、中原での並んだ2ポーンで白が重要な場所で勢力的に優勢になる。

2.c4

 白は中原での黒の橋頭堡を消し去るためにポーンを差し出した。c列がふさがれないようにクイーン翼ナイトをc3に展開する前にこの手を指すことが必要である。

2…e6

 黒は 3.cxd5 に対して 3…exd5 と応じてd5にポーンを維持する用意をした。もし黒が駒で取り返すと白はその駒を当たりにし追い払い強力なポーン中原で優勢を得ることができる。

 白の申し出に 2…dxc4 と応じるのはお薦めできない方針である。黒はポーン得を維持できないのでついには中原ポーンを側面ポーンと交換したことになる。確かに本譜の手はクイーン翼ビショップの利きを制限しているがたぶん黒の本筋の防御の必要悪である。ここにクイーン翼ギャンビットの大きな威力(白の側から見て)があり、第1手から圧力をかける布局に喜びを感じる選手の大多数に人気のある理由である。

3.Nc3

 ナイトが攻撃的に展開し、中原に向かって動いて黒のdポーンに対する攻撃を強めた。

3…Nf6

 これは素晴らしい手である。キング翼ナイトを布局で最も適切な地点に展開し、d5とe4に圧力をかけ(それらの地点に対する白ナイトの影響力を無力にするため)、中原ポーンの守りを助け素早いキング翼キャッスリングを容易にした。

4.Bg5!

 この駒の展開は強力な手で、黒駒の一つを釘付けにし、5.Bxf6 gxf6(5…Qxf6 なら 6.cxd5 exd5 7.Nxd5 で白のポーン得)で黒陣のポーンの形を乱す狙いを持っている。

 奇妙なことにピルズベリーがこの手を用いて1895年のヘースティングズ大会でタラシュからみごとな勝利を得るという大きな成果を挙げたにもかかわらず、大会記録誌のためにこの試合を解説したガンズバーグの批評は次のようなものであった。「このビショップの早い出動からは良い結果が得られていない。この攻撃は、というよりもえせ攻撃はと言った方が良いだろうが、白から e5 という手がないのでフランス防御における同様の指し方とは異なっている。一般的にはこの布局における先手と後手は両者ともクイーン翼ビショップをクイーン側に置く必要がある。」

 この見解は「曇った水晶玉の占いコーナー」にた易く当てはまることになった。ピルズベリーは 4.Bg5 から始まる攻撃を用いて彼の最も輝かしい勝利のいくつかをあげた。彼の負かしたマスターにはシュタイニッツ、マローツィ、ヤノフスキー、バーン、マルコそれにタラシュがいる。この戦型を避けた他の者、(少し名前を挙げれば)ラスカー、マーシャル、チゴーリンはクイーン翼ギャンビットの他の戦型のえじきになった。この攻撃策を手厳しく批判したガンズバーグはラスカーが「奇妙な、全然棋理に合っていない展開方法」と呼んだ指し方を選んだ。その結果はチェス史上最も見事な収局の一つでピルズベリーがガンズバーグを打ち負かした。手短に言えばクイーン翼ギャンビットを用いたピルズベリーの大成功がこの戦法の大いなる威力を他のマスターに知らしめ、今日までその人気が続くことになった。

4…Be7

 これは最も簡明な手である。黒はビショップを防御に最適な地点、すなわち自陣の近くに展開した。ついでにナイトに対する釘付けも無効にしている。

5.e3

 ポーンを動かすのは序盤では控えるべきである。しかし駒が戦いに参加するのを助ける手は展開の手である。白の指した 5.e3 はキング翼ビショップの出口を開けたので展開の手である。

5…O-O

 キングが安全な場所を見つけルークが役に立つことをする用意をした。

6.Nf3

 この駒の展開で白のナイトは中原の4地点すべてに圧力をかけるようになった。キング翼ナイトはe5の地点を橋頭堡として使うことをもくろんでいる。そこにしっかりと据えられればナイトは黒陣を完全に締め付けることになる。

6…b6

 この試合が指された当時は、特に反対翼への展開が閉ざされている時にはビショップをb7に展開するのが自然に思われていた。しかしビショップの窮状は他の問題と関連していて、そちらの問題を先に解決しなければならない。

 6…Nbd7 の方が良い手で、…c5 又は …e5 で白の中原に対するポーン突きを助けるのである。このナイト跳ねは白がキング翼ナイトをe5に据え付ける野心も抑止する。

7.Bd3

 ここはビショップの理想的な地点である。長斜筋を支配し黒のhポーンに狙いをつけている。このポーンはすぐに危険というわけではないが砲火の射線に位置しているのは確かである。

7…Bb7

 フィアンケットしたビショップで黒は対角斜筋を支配するつもりである。しかしピルズベリーは次の手で黒の態勢の弱点(この時点において)をあばいた。

8.cxd5!

 白はポーンを取り除き黒に4通りのいずれかで取り返させる。しかしそのどれもが十分でない。

8…exd5

 黒は中原にポーンを維持するのを望んだ。しかしこのポーンは自分のクイーン翼ビショップの利きをふさぎ、対角斜筋で何か有効なことを遂行するのを防いでいる。

 黒は代わりに駒で取ることができた。しかしそれは最終的に中原を明け渡すことになる。白はその駒を e4 で立ち退かせ中原の戦略地点全部を支配し続ける。

9.Ne5!

 これが有名な「ピルズベリー攻撃」の主眼となる手である。このナイトは絶大な威力を発揮する地点に居座る。その攻撃は四方八方に及び、クイーン翼だけでなくキング翼にも影響する。

9…Nbd7

 このナイトは可能なことをしている。展開を行ない、白のナイトと戦うことを意図し、10…c5 突きで中原の支配を争うことを支援する用意をしている。

10.f4

 このポーンはナイトをしっかり支えてその地位を強化しただけでなく、黒からの駒交換を思いとどまらせている。10…Nxe5 なら 11.fxe5 と取り返して大駒による攻撃のためにf列がずっと先まで素通しになる。駒を取り返したポーン自身も黒のキング翼ナイトに当たっていて、強力な守備位置から追い払う。

10…c5

 このクイーン翼での行動は早過ぎるか遅過ぎるかのどちらかである。黒はクイーン翼で攻撃をかけたがっている。…c4 と突くことになればクイーン翼で3対2の多数派ポーンになる。黒が軽視したのはキング翼で白の始めることのできる攻撃の速さと厳しさだった。この攻撃はより速く、そしてクイーン翼での黒のいかなる戦闘も上回る戦力で襲いかかる。黒は駒の交換を図り中原で反撃することによって白の攻撃からその戦力の一部を奪わなければならなかった。一つの可能性は 10…Ne8 11.Bxe7 Qxe7 12.O-O Nxe5 13.fxe5 f6 である。これは防御における二つの重要な原則にかなっている。

 駒交換は凝り形を楽にする。

 側面への攻撃に対しては中原での戦いで応戦するのが最良である。

11.O-O

 この手は防御策(キングは避難させるべきである)だが、ルークをすぐに部分素通しのf列で働かせるのが本質である。

11…c4

 この手はクイーン翼の多数派ポーンを確定させる意図である。これは収局のためには推奨される戦略だが黒はまだ中盤戦を乗り切っていない。

 11…c4 と突く手は戦略的に誤りである。これは白のdポーンに対する圧力を取り去り争点を解消している。黒がdポーンを取り白の中原を乱す選択肢を持っている限り白が中原を安定させることは長い間難しい。そして中原が安定するまで白のキング翼攻撃の成功はおぼつかない。

 教訓は明らかである。中原でのポーンの形を柔軟に保て。中原ポーンを取る選択肢を残しておけ。

12.Bc2

 ビショップは退いたが黒キングの側に通じる斜筋のにらみはゆるめない。

12…a6

 13…b5 と 14…b4 とから始まるクイーン翼ポーンの突進を準備した。

13.Qf3

 白は重砲を繰り出した。白は 14.Nxc4 dxc4 15.Qxb7 でポーンを得するけちな狙いには関心がない。なぜなら見事に中央に配置されたナイトを惨めなビショップと交換することはほとんど引き合わないからである。白がクイーンを動かした目的はキングに対して直接攻撃を始めるためである。白の狙いを防ぐために黒はキングの近くのポーンのいくつかを動かすことを迫られる。このポーンの形の変化はポーン構造をゆるめキングの防御態勢に修復不可能な弱点を作り出す。

13…b5

 マルコはピルズベリーが取るつもりのないcポーンを守って、クイーン翼での反撃を続行した。黒のここまでの3手が白枡をポーンで埋めクイーン翼ビショップの動きの不自由さをさらにひどくしたことに注意されたい。

14.Qh3!

 この手は 15.Nxd7 Qxd7(15…Nxd7 は 16.Qxh7# でもちろんだめである)を狙っていてこの後は勝ち方が三通りある。

 a)16.Qxd7 Nxd7 17.Bxe7 で白が駒得する。

 b)16.Bxh7+ Kh8(16…Nxh7 は 17.Qxd7 で白の勝ち)17.Bf5+ で白が黒クイーンを取る。

 c)16.Bf5 Qd8 17.Bxf6 Bxf6 18.Qxh7#

 「これらはどれも非常に面白い」と読者は言うかもしれない。「しかし白はどのようにしてこの一連の手を考え出すのか。そもそもどのように手筋の最初の手を見つけ出すのか。」

 よろしい。それでは白の思考の道筋を追ってみよう。

 白はクイーンとビショップで黒の急所のhポーンを攻撃している。

 もしこのポーンがキングでしか守られていなければ白はそのポーンを取って詰みを宣言することができる。

 しかしこのポーンには別の守り駒、ナイトがいる。

 このナイトを取り去ってはどうだろうか。

 それはうまくいかない。別のナイトで置き換わるだけである。

 他のナイトの方を取り除いてはどうだろうか。そのナイトがなくなれば陣形全体が崩壊するのではないだろうか。

 白がいったんこの方向で考えて手筋の最初の手を見つければ後はおのずとひらめいてくる。実際手がかり、即ち詰みを防いでいるナイトを守っているナイトを取り除くことに気づけば白は好きなように勝つことができる。

14…g6

 黒は単にポーンを突くだけで詰まされるのを避けた。手筋による詰みをこんなに簡単にかわされるならば、白は一体何を成し遂げたのだろうか。

 確かに白は詰みを見舞わなかったがその狙いで真の目的を達成することができた。それは敵キングの回りのポーンの配列を乱すことである。このポーンの形の変更は防御態勢全体を弱体化させる。本譜の黒の手の後ポーンによる守りを奪われた黒のキング翼ナイトは3個の駒で守られているにもかかわらず格好の攻撃目標となっている。

 黒には他にどんな受けがあっただろうか。14…h6 は 15.Bxh6 gxh6 16.Qxh6 Ne4 17.Rf3(18.Rg3+ Nxg3 19.Qh7# の狙い)17…Ndf6 18.Rh3 で白が勝つ。また 14…Nxe5(キングの回りのポーンを動かすのを避けるため)は 15.Bxf6(16.Qxh7# の狙い)15…Ng6 16.Bxe7 Qxe7 17.f5 Nh8(17…Nh4 なら 18.f6 gxf6 19.Qxh4)18.f6 で黒は詰みを防ぐためにクイーンを捨てなければならない。

15.f5!

 ポーンは攻撃の素晴らしい武器である。このポーンは 16.fxg6 によって黒ポーンの非常線を破ることを狙っている。この取りで白ルークの利きが黒ナイトに当たるようになる。ルークを重ねれば当たりもきつくなる。

15…b4

 明らかに 15…gxf5 は問題外である。白はクイーンでもルークでも取り返すことができどちらにしても望外の成果となる。

 黒の期待はナイトに対する当たりで白の注意をキング翼の事態からそらすことである。ほんの少しの間でも白に攻撃を遅らせることができれば黒はまだ戦えるかもしれない。例えば白が慎重になってナイトをe2に引けば黒は 15…Ne4 で白の予定を混乱させることができる。

16.fxg6!

 黒陣に切り込んだ。ルークの攻撃範囲が延び利きがf列全体に及んでいる。一方ビショップの攻撃もまっすぐにキングまで及んだ。

16…hxg6

 変化から片付けよう。

 16…bxc3 なら 17.Bxf6 Nxf6 18.Rxf6 fxg6(18…Bxf6 は 19.Qxh7#)19.Bxg6 hxg6 20.Rxg6# で詰みになる。

 16…fxg6 なら 17.Qe6+ Kh8 18.Nxd7 Nxd7(18…Qxd7 は 19.Bxf6+ から 20.Qxd7)19.Rxf8+ Nxf8 20.Qe5+ Kg8 21.Bxe7 で白が勝つ。

17.Qh4!

 砲火をキング翼ナイトに集中させた。このナイトの立場は守ってくれるポーンを失って弱体化している。

17…bxc3

 黒はナイトを取った方が良いだろう。代わりに 17…Nxe5 は 18.dxe5 bxc3 19.exf6 Bd6 20.Qh6 で決まる。

 白が次の手を指す前に白の攻撃目標であるf6のナイトを見てみよう。このナイトはポーンがg6に進まなければならなかったためにその保護を失ったがまだ取られずに済んでいる。そのわけはこのポーンを攻撃している全ての駒に対して守り駒があるからである。実際白が 18.Bxf6 Bxf6 19.Rxf6 Qxf6 20.Qxf6 Nxf6 としてみてもルーク損になるだけである。だから直接的な攻撃はうまくいかない。ということは正解は間接的な手段にあるに違いない。白はナイトの守り手の一つであるポーンをおびき出してある。他の守り手も失くせないだろうか。それができるのである。

18.Nxd7

 これでナイトを支えている土台の一つが取り払われる。

18…Qxd7

 そしてこの取り返しでもう一つの守り手が引き離された。厳重に防御された目標を守備駒を取り除くことによって包囲する手法に注意されたい。この場合ナイトの守り手の二つが消え去った。一つは物理的に取り除かれもう一つは取り返さなければならないのでおびき出された。

 黒は 18…Nxd7 でも受からなかった。19.Bxe7 Qa5 20.b4(この手は 20.Bxf8 より速い)20…cxb3e.p. 21.axb3 Qb6 22.Rf3 から 23.Rh3 ですぐに詰みになる。

19.Rxf6!

 これは黒がこのルークを取ることができないので 19.Bxf6 より強い手である。

19…a5

 19…Bxf6 なら 20.Bxf6 で 21.Qh8# の狙いが防げない。

 黒の本譜の手は 20…Ra6 の準備で、gポーンの守りを助け、ことによったら白ルークを追い払う意図である。

20.Raf1

 ルークを重ねて次のように新たに勝ちへの二つの狙いを定めた。

 21.Bxg6 fxg6 22.Rxg6#

 21.R1f3 の後 22.Rh3 から 23.Qh8#

20…Ra6

 黒はルーク交換を誘って白駒の一つを攻撃からそらすことを期待した。それでも白は勝てるだろうが手順は注意を要する。次のようになるだろう。21.Rxa6 Bxg5 22.Qxg5 Bxa6 23.Rf6(すぐに 23.Bxg6 は危険でかえって負けるかもしれない)23…cxb2 24.Bxg6 fxg6 25.Rxg6+ Kf7 26.Rg7+ Ke8 27.Qe5+ Kd8 28.Qb8+ Bc8 29.Rxd7+ Kxd7 30.Qxb2

 しかしピルズベリーは動じなかった。彼はみごとなまでの一貫性で攻撃の主旨を実行に移し、防御戦を踏み越え防御態勢を弱めたgポーンをせん滅した。

21.Bxg6!

 論理と詩的な正当性によればこのポーンは破壊しなければならない。

21…fxg6

 白からの1手詰みを防いだ。

 ピルズベリーはここで次のような6手の即詰みを披露した。22.Rxf8+ Bxf8 23.Rxf8+ Kxf8 24.Qh8+ Kf7 25.Qh7+ Kf8(25…Ke8 なら 26.Qg8#、25…Ke6 なら 26.Qxg6#)26.Qxd7 何でも 27.Bh6+ Kg8 28.Qg7#

 何よりもまずこの試合はチェス界に攻撃の手段としての大局観に基づいた布局であるクイーン翼ギャンビットの素晴らしい潜在力を知らしめた。キング翼での襲撃は速度と力で実行された。それは危険をはらんだキング翼ギャンビットから引き起こされる攻撃と異なりあくまで棋理に合った陣立てに基づいている。