第2章 クイーンポーン布局(続き)
第23局
ブリエット対ズノスコ=ボロフスキー戦では2手目の 2…c5 突きの反撃によってc列の支配をもぎ取ったのは黒だった。その優勢が拡大しクイーン翼ルークの7段目への侵入とナイトのe4の拠点の確保に至った。結局黒はc列にルークを重ねキングを敵のポーンの間で捌いた。これによりポーン得に至り後は単純化の技法のちょっとした楽しい授業だった。
クイーンポーン試合(石垣攻撃)
白 ブリエット
黒 ズノスコ=ボロフスキー
オーステンデ、1907年
1.d4
クイーンポーン布局はジョージ・バーナード・ショーの言葉を言い換えると「最大の安全を最大の可能性で与えてくれる。」
白は初手で中原をポーンで占めクイーン翼の2駒を自由にした。
白の展開の作戦概要は大体次のとおりである。
白は少なくとも1ポーンを中原に据え維持する。
このポーンはe5又はc5の橋頭堡のナイトを支える役割を果たす。
ビショップは長斜筋を占めるか敵駒を釘付けにする。
ルークは素通し又は一部素通しの列を支配する。
クイーンは自陣に近く最下段を空けてc2又はe2に位置するのがよい。
キングはできればキング翼にキャッスリングして安全を求める。
基本的に白の目標は陣地の所有を図り黒を壁際に追いやることである。動き回る余地が狭まりその結果駒を効果的に捌くことが難しくなって敵は自陣を弱めることを強いられる。狭小な陣形では良い手を得ることが簡単でなくなるので敵は劣った手を指さなければいけなくなる。弱点が明るみに出るようになりそれにつけこむ好機が手筋という形となってやって来て一撃で決着がつく。
1…d5
この手は 1…Nf6 よりも率直な手である。どちらの手も白が 2.e4 と指して中原に2ポーンを確保するのを防いでいる。本譜の手は中原での白の圧力を相殺し均衡状態を作り出している。
2.e3
一瞬一瞬が大切な布局で奇妙な消極的な手がとび出した。白は 2.c4 と突いて黒の中原での支配を弱めるのが普通である。あるいはあまり早く手の内を見せたくなければ単に 2.Nf3 と駒を展開する。
2..c5
そのため黒は主導権を握った。黒はこの最重要な解放の手を指した。この手はc列を開けてルークが使えるようにしクイーン翼ナイトがc6に位置してもっと働けるようにした。cポーン自身も白のdポーンを攻撃することによって中原の所有を争っている。
3.c3
この手は 3…cxd4 に対して 4.cxd4 と応じるつもりであることを示している。そうすれば中原でのポーンの形が不変に保たれ大駒のためにc列が開けられる。
3…e6
黒はcポーンを守らなければならない。さもないと白が 4.dxc5 と取った後 5.b4 で支えてポーン得にしがみついてくるかもしれない。
4.Bd3
ビショップが役に立つ斜筋に展開した。そこからは中原に圧力をかけキング翼攻撃に加わる用意をしている。
4…Nc6
このナイトにしては珍しい機会である。クイーンポーン布局ではめったにこのような好機は得られない。このナイトはc6の地点からe5とd4にかなりの影響力を与え、後に分かるように別の重要な方面にもそれは及ぶ。
5.f4
白は5手のうち4手を使って石垣攻撃として知られる特定の態勢を築いた。布局でこんなに多くのポーンを突くのは原則の重大な侵害であることは別にしても、あらかじめ定まった駒配置による攻撃のしかけを必要とするシステムを採用したことは、攻撃の仕方の勧めをはずれ目の前の局面で要求されていることとは無関係で、適切な戦略の概念とチェスそのものの精神に反している。このような冒険が行き着くところは、対等の戦力で布陣も不明で何の弱点も抱えていない敵に対して攻撃を仕掛ける危険を背負うことである。このような状況では攻撃は時期尚早であり、撃退されて列を乱して敗走することは確実である。もしこのようなシステムがうまくいくのならば、必ず勝つ白にとっては良いだろうが一体誰が黒をもって指すだろうか。
5…Nf6
この手は素晴らしい展開の手で、事態の進行を見守っている。黒のナイトは好所に配置されている。一方はe5とd4を見張り他方は中原の残りの2地点に目を光らせている。
6.Nd2
あいにくなことにこのナイトの登場はこの地点かa3かである。d2ではビショップの利きをさえぎり、自身も将来の明るい見通しがない。a3では8地点でなくせいぜい4地点にしか利かないので半ナイトにしかならない。
6…Qc7
これは大変良い手である。なぜなら大駒(クイーンとルーク)というものは素通し列かそうなりそうな列に置かれた時最もよく働くからである。
このクイーンは大局的な狙いを伴っているので先手の展開である。白はそれを見逃したかあるいは無視した。
7.Ngf3
これは型にはまった手で、この場合は思慮を欠いた展開である。白は石垣攻撃の根幹(ナイトをe5に据えポーンでそれを強固に支える)の遂行に夢中になっていたので、指し手ごとに次のように自問するのを怠った。「相手は直前の手で何を狙っているのであろうか。彼にはこちらの応手を無効にするようなチェックや取る手があるだろうか。」
7…cxd4!
黒は一撃でc列をこじ開けた。
8.cxd4
黒の手の主眼点はこの取り返し方を強要するところに現れている。白は 8.exd4 と取るわけにはいかなかった(e5に居座る有望なナイトを強力に支え続けることを期待して)。それは 8…Qxf4 と無慈悲にポーンを取られてしまう。代わりに 8.Nxd4 と取り返すのは戦線が定まる前に白が従うことにしていたシステムと相容れない。そのたくらみではナイトはd4でなくe5にいなければならず、一方d4はポーンが占めていなければならない。
8…Nb4!
これはビショップに対するいやがらせ攻撃である。この駒の務めがなくなれば白は効果的なキング翼攻撃の作戦をたてることが決して望めなくなる。
9.Bb1
ここは珍しい退却地点だがビショップが黒キング翼に通じる斜筋に留まりたければここに引っ込むしかない。
白はこの後退をあまり気にしていない。10.a3 で敵ナイトを追い払いそれから自軍を再編成するつもりである。
9…Bd7
これは落ち着いた手だが巧妙である。このビショップはこの控えめな始動からでも影響力を発揮することになる。
黒はこれでルークをc8に回してc列の支配を強化する用意ができた。
10.a3
白は自分のやるべきことに取り掛かる前に自分のクイーン翼全体を分断している迷惑なナイトをどかさなければならない。
10…Rc8!
この逆襲は白の意表をついたに違いない。
11…Qxc1 の狙いに白はどう対処するのだろうか。もし白が 11.axb4 とナイトを取れば 11…Qxc1 12.Rxa7(12.Qxc1 は明らかにだめで 12…Rxc1+ でルークを取られる)12…Qxb2(13…Rc1 で敵クイーンを釘付けにする狙い)13.O-O Qxb4 となって黒がポーン得となりそれがパスポーンになる。
11.O-O
これでビショップがクイーンとルークに守られて取られることがなくなった。キングもこの間に隠れ家に引っ込んだ。
11…Bb5!
ビショップが先手で絶好の斜筋を占めた。白はルークを逃がさなければならない。
12.Re1
これは明らかに止むを得ない。12.Rf2 は 12…Qxc1 で即負けだし、12.axb4 Bxf1(続いて 13…Qxc1 の狙いがある)は交換損になる。
12…Nc2!
両ルークに当たっているので白は選択の余地がない。白はこの恐ろしいナイトを取らなければならない。
13.Bxc2
13.Qxc2 と取るのは 13…Qxc2 14.Bxc2 Rxc2 となって実戦と同じように黒ルークが7段目に来る。
13…Qxc2
そして黒は敵陣の中枢部である7段目に侵入した。
白の部隊はほとんど麻痺状態である。
白のキング翼ルークとクイーンは黒のビショップによって動きを封じられている。
白のビショップは全然動けない。
クイーン翼ナイトは 14…Ne4 を防ぐためにd2にいなければならない。
クイーン翼ルークは動けるが何の役にも立たない
14.Qxc2
そこで黒は自分の役に立たないクイーンを黒の働いているクイーンと交換した。
14…Rxc2
大局的な指し回しの結果黒は素通し列を完全に支配し7段目をルークで制圧することになった。ルークがc2にいることにより白陣を厳しく押さえ込む効果を発揮している。このルークは容易に追い払えないし白の駒はまだお互い邪魔をし合っているのでこれは特に厄介である。
15.h3
15…Ng4 で別の駒がまた侵入してくるのを防いだ。
15…Bd6
ビショップが役に立つ斜筋に展開した。
16.Nb1
白の考えは駒を再配置して動く余地を得ることである。白の思惑は 17.Nc3 Ba6 18.Rd1 から 19.Rd2 で黒のうるさいルークを盤上からなくすことである。この手段によりビショップがいずれ動けるようになるかもしれない。
16…Ne4!
ナイトがこの絶好の拠点に踊り込んだ。このナイトはgポーンのいかなる動きもけん制するだけでなく白の再編成のもくろみも粉砕した。白が 17.Nc3 と指せば 17…Nxc3 18.bxc3 Rxc3 で黒のポーン得になる。
17.Nfd2
だから白は黒の強力なナイトを交換するか追い払おうとした。その後はまあまあの展開ができるかもしれない。
17…Bd3
黒はナイトが交換されるならば別の駒が拠点のe4を占拠するという条件で白の申し出に応じた。
18.Nxe4
白は盤上からできるだけ多くの駒をなくすしか選択肢がなかった。さもないと白は決して駒をこんがらかった状態からほぐすことができないかもしれない。前はポーン損になった 18.Nc3 はここでは 18…Nxd2 20.Bxd2 Rxd2 で駒損となってもっと悪い。
18…Bxe4
この取り返しには 19…Rxg2+ の狙いがあるので白は 19.Nc3 とするひまがない。
19.Nd2
ルークの利きを止めてgポーンを救ったが自分自身のビショップの利きも止めることになった。そして前のこんがらかった状態に戻った。
残念ながら見込みのある手は何もなかった。19.Bd2 は 19…Rxb2 20.Rc1(取られたポーンの代わりに素通し列を占拠し 21.Rc8+ をねらった)20…Kd7 となって、21…Bxb1 で白がもっと戦力を得するか 21…Rc8 でルークを合わせる狙いによって白はc列を明け渡すことになる。
19…Kd7
この手はキャッスリングするよりもずっと積極的である。盤上にこんなに駒が少なくなっては詰みの狙いはありそうにない。だからキングが戦場に出てきた。キングの力は戦力が減るに従って大きくなる。そして戦う駒になってキングは攻撃を助けるために中原に向かった。これに加えてキング翼ルークのために通路が開通した。
20.Nxe4
白の唯一の希望は局面をどんどん整理することである。
20…dxe4
この取り返しの後全局を見渡すと白陣の劣っていることが明らかとなる。
ビショップはまだ展開していなくて、ルークの連絡も阻害されている。
中原のポーン集団は完全に動けない。
駒は全てまだ1段目にいる。
この特定の局面の特徴を別にしても、(ここでの黒のように)7段目を支配しているルークの特別な威力を認識することは大切である。
一つには白のまだ2段目にいるポーンを攻撃し2段目に沿って全てに利きを及ぼしそれらのポーンを守ることを難しくしている。
もう一つには2段目から進んだポーンの背後にルークが回り絶えず圧力をかけ続けることができる。ポーンはどれほど列を進んでもルークによっていつも攻撃を受ける。
最後にルークはキングの出口を見張ることによってそれが収局の支援に出てくるのを抑えている。
教訓は次のとおりである。
布局では中原、それも素通しになりそうな列にルークを移動させよ。
中盤では素通し列を占拠しルークで支配せよ。
収局ではルークを7段目に配置せよ。7段目に並んだ二重ルークは詰みの攻撃においてほとんど無敵である。盤上に駒がほとんど残っていない場合はルークを7段目で敵ポーンの背後に回すのが便利な活用策である。
21.Rb1
白は 22.b4 から 23.Bb2 でついにビショップを世に出す準備をした。
黒のルークをどかせようとするのは無駄である。例えば 21.Kf1 Rhc8 22.Re2 は 22…Rxc1+ で駒損になる。
21…Rhc8
素通し列での二重ルークはその列で威力が2倍を超える。
この局面での二重ルークの威力は明らに現れていて、ビショップを展開して抵抗する白の望みをはかないものにしている。白のルークはまずビショップが最下段を離れるまで同じ段を離れられない。
22.b4
ビショップのためにb2の地点を空けた。
22…R8c3
その計画に水を差した。23.Bb2 に対して黒は 23…Rb3 でビショップを二重に当たりにする。そして 24.Ba1 を余儀なくさせて 24…Rxa3 でポーン得する。その後は7段目にルークを重ねれば簡単に勝つ。
23.Kf1
ビショップが段を離れた時にそれを保護するルークを守るためにキングが近寄った。チェスの言葉で言えば白は 24.Bb2 Rb3 25.Re2(1手前では不可能だった手)を意図していてすべて安全である。
23…Kc6
弱体化した白枡に沿ってキングが収局に参加する。
似たような状況におけるタラシュの処方箋は次のとおりである。「キングは(収局で)安全である限りできるだけ敵陣深く進出しなければならない。そうすればポーンを取ったり敵ポーンを止めたり自分のポーンを導いてクイーンに昇格させたりできる。」
ルーベン・ファインは明瞭かつ簡潔に「キングは強い駒だから使え」と言っている。
24.Bb2
ビショップはようやく出てくることができた。しかし手遅れではないのか。
24…Rb3
すぐにビショップを釘付けにして白の次の手を強制した。
25.Re2
aポーンを失わずにビショップを助けるには明らかにこの手段しかない。25.Rec1 では 25…Rbxb2 で駒損になる。
25…Rxe2
黒は喜んでルークを交換して収局を簡明にした。黒は駒のみならずキングの働きに優っていて大局的な優勢を保っている。このキングは敵ポーンの間に分け入って大損害を与えるつもりである。
26.Kxe2
白は駒を取り返し 27.Rc1+ Kb5 28.Rc2 で自陣の解放を狙っている。そうなればビショップの釘付けが解消され、ルークも(29.Bc1 の後で)素通し列を活用できるかもしれない。
26…Kb5
キングが軽やかに脇へよけてチェックがかからないようにした。このキングはa4の地点に向かっていて、クイーン翼を押さえつけてからそこの白ポーンを根こぎにし始めるつもりである。
27.Kd2
ルークとビショップが動けないので白はキングを動かすしかなかった。それもeポーンを守らなければならないのであまり遠くへは行けない。
27…Ka4
黒は決定的な手筋に着手する前に敵ポーンも無力にする。
28.Ke2
キング翼ポーンの無意味な動きを除いて白には他に手がない。
28…a5!
ポーンは見れば分かるように攻撃の先鋒として何よりも優っている。ほとんどどんな障害物でも打ち破ることができる。
黒の狙いは 29…axb4 30.axb4 Kxb4 でポーン得することである。
29.Kf2
29.bxa5 は 29…Bxa3 でポーンを取り返された後ビショップも取られる。また 29.Kd2 は 29…axb4 30.axb4 Bxb4+ 31.Kc2 Ba3 となり、黒は駒をすべて交換して1ポーン得の形にすれば後は初歩的な勝ちになる。
29…axb4
これが最初の戦利品である。
30.axb4
取らないと黒のポーンがまず別のポーン、その後ビショップというように片っ端から殺害する。
30…Kxb4
黒はルークとビショップのどちらでも取らない。そんなことをすれば白に 31.Ra1+ からビショップを動かす余裕を与えてしまう。
31.Ke2
白は手待ちするしかない。
31…Kb5!
ここでもキングがa列またはc列に行くと白にルークでのチェックを許してしまう。
本譜の手で黒は白の釘付けにされたビショップに 32…Ba3 でさらに当たりをかけて駒得することを狙っている。
32.Kd2
ビショップを救うためにキングが近寄った。
32…Ba3
無理やり決着をつけるためにさらにビショップを当たりにした。
33.Kc2
こう指すしかない。
33…Rxb2+!
盤上から駒を整理してポーン収局の局面にした。ポーン得の収局を勝つにはこれが最も簡明な手段である。
34.Rxb2+
白は取り返さなければならない。
34…Bxb2
単純化を続けた。
35.Kxb2
これもこの一手である。
35…Kc4
d3を通ってキング翼のポーンを攻撃する狙いである。
36.Kc2
その侵入を防いだ。
36…b5
パスポーンは突き進めなければならない。白がこのポーンを止めるには見捨てられたポーンの間に黒キングを侵入させるしかないのでこれで黒の勝ちが決まった。予想手順は 37.g4 b4 38.h4 b3+ 39.Kd2 b2 40.Kc2 b1=Q+ 41.Kxb1 Kd3 42.Kc1 Kxe3 43.Kd1 Kf2 で、新しくできたパスポーンが前進してクイーンに昇格する。
37.投了