第3章 チェスのマスターが自分の読みを解説する(続き)
第29局
マーシャル対タラシュ戦はあまり知られていない名局である。本局は攻撃の天才と受けの達人の対決となった。大局観で指す手法が優勢となっていき継続的な陣地の獲得が白を壁際に追い詰めた。タラシュによる陣形上の優位の着実な積み重ねに対して相手の攻撃はすべて無意味にさえ見える。
クイーン翼ギャンビット拒否
白 マーシャル
黒 タラシュ
ニュルンベルク、1905年
1.d4
クイーンポーン布局は早く陣形上の優位を得る目的で指されるけれどもマーシャルは攻撃を仕掛ける最良の手段は 1.d4 で指し始めることであると考えていた。彼がそう考えた一つの理由はキングポーン布局が手筋の乱れ飛ぶ大立ち回りの試合に至るとはもはや限らないことにあったのかもしれない。白が初手に 1.e4 と指していた昔の時代は応手はほとんど自動的に 1…e5 だった。それから白は 2.f4 でポーンを差し出しそれを取ってくれることを当てにしキング翼ギャンビットの興奮に喜んで飛び込んでいくことができた。黒はこのポーンを取りそれに頑強にしがみついて戦力で優位に立ったが手損を招いて受け身に立たされた。数多くの敗戦の後でしだいに黒番の選手たちは栄光の犠牲になることに飽きてきた。彼らはもっと分別のある対応をするようになり用心深くなった。そして 1…e6 や 1…c5 や 1…c6 で応じるようになった。これらはいずれも早い段階での直接的な接触を避けるものである。その結果攻撃的な選手は 1.e4 で指し始めながら不案内な道筋に連れ込む「変則」防御と向き合うことになった。そして攻撃を始めたくてたまらない時に系統だった計画が必要な込み入った局面に煩わされた。主導権が白にあるはずなのにここではそれがもぎ取られているのである。やる気満々の 1.e4 に対するに相手が単刀直入に 1…e5 と応ずる必然性がないならばどのようにしてギャンビット(たとえせいぜい向こうみずなだけであっても)が指せるだろうか。
1.d4 で指し始めれば白はどのような防御法に対してもほんのわずかとはいえ有利が得られる。そしてそれと共に有望な攻撃の機会を保持することもできる。
1…d5
これは間違いなく最強の応手の一つである。黒は中原における圧力を固定させ、白が 2.e4 で中原での地歩を強化するのを防ぎ、味方の二つの駒の筋を開けて戦いに参加させた。
2.c4
白はポーンを差し出して(ただし付帯条件付きである)黒に中原を放棄するよう誘った。
2…e6
ポーンを取るのは完全に理にかなっているし、少なくとも負けになるとは証明されていない。しかしポーン得を維持できないことが分かるのにどうして中原を放棄するのだろうか。実際 2…dxc4 は中原ポーンを側面ポーンと交換することに等しく割に合わない取引である。
本譜の手の後黒のdポーンはしっかり支えられている。3.cxd5 ときたら黒はポーンで取り返し中原にポーンを維持する。
確かに黒のクイーン翼ビショップは自分のeポーンによって閉じ込められて展開が困難になっている。そしてこれがこの防御の欠点である。しかしもし黒の最初の2手が良い手なら、そしてその2手が恐らくクイーン翼ギャンビットに対する最善の応手ならば、この布局はこの上なく強力であると評価することができ、それこそが多くの選手が白番の時はいつもためらうことなく 1.d4 と指す理由なのである。
3.Nc3
この手はキング翼ナイトを先に展開するよりもいくらか厳しい。理由は中原のd5の地点にすぐにもっと圧力が加えられるからである。
3…Nf6
タラシュは我々のほとんどが本能的に指すこのナイト跳ねに異議を唱えていた。確かにf6はほとんどいつもキング翼ナイトの最も働く地点である。ナイトはそこから中原での出来事に強い影響を与え、大いに自由に動くことができ、攻撃と防御に最適に位置している。しかしタラシュは白が次の手で黒のナイトに対して行なうことのできる釘付けの強力さを恐れていた。そこで彼は 3…Nf6 の代わりに黒が白の中原にすぐに 3…c5(クイーンポーン試合ではいつかは突かなければならない)で立ち向かうと共にc列を開けて自分の大駒が利用できるようにすることを推奨していた。
それではなぜ自分で非難していた手をタラシュが指したのかと読者は問うかもしれない。彼の説明によるとこの試合は世界の一流のマスターの一人(マーシャルは最近ラスカー、シュレヒター、ピルズベリー及びヤノフスキーを抑えて一局も負けないでケンブリッジ・スプリングズ大会で優勝していた)との番勝負の初戦で、正統的な道筋からあまり早くそれたくなかったということである。
4.Bg5!
もちろんこの一手である。なぜならビショップがナイトに不快な圧力をかけるからでもあり相手が煩わしいと思う手を指すのは良い方針だからでもある。もしタラシュがナイトの釘付けが迷惑と考えるならばナイトを釘付けにして彼を不安にしてやれ。
4…Nbd7
これはビショップのわずかな視界をナイトがさえぎることになり具合が悪いように見える。しかし駒はお互いの通り道から簡単によけることができるものである。ナイトの居場所はこの地点でありc6ではない。c6の地点はcポーンの邪魔になる。このポーンはいずれc5に進むのでそれを妨げてはいけない。このポーンは大したものではないようだけれども中原の所有を争うには大きな力を持っている。
黒の 4…Nbd7 にはタラシュによって考案された軽率な者のためのささやかな落とし穴が含まれている。もし白が黒の釘付けにされたナイトの無力な状態につけ込んで 5.cxd5 exd5 6.Nxd5 でポーンをかすめ取ろうとすれば、黒は 6…Nxd5(強引に釘付けをはずす)7.Bxd8 でクイーンを見捨て 7…Bxb4+ 8.Qd2 Bxd2+ 9.Kxd2 Kxd8 で別の駒を投じてクイーンを取り返す。
教訓は序盤でポーンあさりに行くなということである。
5.e3
このようなポーンの動きは無駄手ではない。開放のためにポーンが動かなければビショップは決して地面から離れることはできない。だからこれは駒を展開する過程の一部である。
白は本譜の手で一度に二つの斜筋を開いた。一つはキング翼ビショップのためでもう一つはクイーンのためである。キングポーンはポーン中原をさらに支えるのにも役立っている。
5…c6
黒も自分のポーン中原を補強しクイーンにクイーン翼への出口を与えた。
6.Qc2
通常は小駒を先に展開するのが普通であり、その手順は大体次のとおりである。
まずナイト、一般的にはc3/f3/c6/f6に、いずれにしても中央に向けて展開する。
次はビショップを(必要なポーン突きの後で)展開して重要な斜筋を制するか敵のナイトを釘付けにする、
これらの後でクイーンが登場する番である。もしクイーンが戦闘に加わるのが早過ぎれば敵の小駒によっていじめられる危険性があり、ことによっては包囲されて取られてしまうこともある。
最後にルークの出番である。ルークはキャッスリングの後でe1、d1又はc1へ回り半素通しの中央列を占めることになる。これらの列は中央でポーンが交換された後は完全に素通しになる可能性がある。
この展開方法は決して決まり切ったやり方と考えるべきではない。チェスでは慣例にせよ原則にせよ推奨手順にせよ何事も厳格に守らなければならないというものではない。どの一手にせよ一連の手順にせよその価値は具体的な局面に則してのみ考えることができる。それは対局している試合の作戦に適合していなければならず、相手の応手によって調整しなければならない。多くのことが相手のすることや自分のさせられることによって変わってくる。6手目にクイーンを展開したり60手目にキャッスリングしたりしても構わないことがあるのもこのためである。
実戦の局面で黒は 6…Qa5 から 7…Bb4 でナイトを釘付けにし圧力を強めて反撃を行なうかもしれないことをほのめかしていた。だから白は本譜の手の代わりに 6.Nf3 で(銀行に預金するように)別の小駒を動員する方が当を得ていたかもしれない。この手は迅速なキャッスリングか又はさらにd2に移動してc3のナイトに対し予想される圧力を無効にすることを念頭においている。
6…Qa5
この手には色々な目的がある。クイーンはナイトへの釘付けをはずしただけでなく、白のナイトを釘付けにして反撃を開始し、ビショップをb4にかからせることによって圧力を強めることを狙っている。おまけに魅力的なのは不注意な相手を引っ掛けるちょっとした罠をふくんでいることである。これには時おり序盤を惰性で指すエキスパート級の選手も引っ掛かるかもしれない。この罠はなにげなくビショップをd3に展開するとはまり、7…dxc4 と取られると両方のビショップが当たりになり、8.Bxf6 cxd3 でクイーンが当たりになるのでビショップを見捨てなければならない。
ここで言っておいた方が良いのはタラシュは見え見えのはめ手でマーシャルを引っ掛けることを期待していたわけではないということである。マスター級の選手たちは自分の陣形を傷つけるような罠を仕掛けることはない。自然な展開の進行において罠が現れるなら別である。しかし貴重な手を損する危険を犯してわざとそうすることはあり得ないことである。
7.cxd5
白は自分のビショップに対する敵クイーンの間接的な当たりを無効にし、自分の大駒のためにc列を素通しにした。
7…Nxd5
タラシュは中原にポーンを維持するために 7…exd5 と取り返す予定だった。しかしここでクイーン翼の駒の展開をこれ以上遅らせることは危険かもしれないと気がついた。片方ではクイーン翼ナイトによってクイーン翼ビショップが閉じ込められていて、このナイトはキング翼ナイトを支えるためにそこにいなければならない。もしクイーン翼ビショップを展開させようとすれば …b6 の後クイーンの退路が閉ざされてしまう。
しかしマスター級の選手なら戦略に柔軟性を持たせなければならない。つまり現在の局面が要求することに合致していなければならない。タラシュは強力な中原ポーンを渇望していたのだろう。しかし展開の必要性を無視する気はなかった。そこでかつてニムゾビッチが言っていた次のような言葉に耳を傾けた。「中原を放棄することは理に合わないとみなしてはいけない。幸せがほんの短い間しか続かなかったからといって幸せでなかったことにはならない。いつも幸せでいることはできない。」
本譜に戻ってナイトは白の釘付けにされたナイトに圧力を加え、浮いているビショップを 8…Nxc3 9.bxc3 Qxg5 で取る狙いを復活させた。
8.Nf3
タラシュは「狙われているビショップを守らなければならないという不安にかられて白は敗着を指した」と言っている。
これはチェスでは正確な着手の時期がいかに大事かという興味深い例である。通常の展開の手は本来強力な手のはずなのだが、漠然とした似たような局面でなく現在目の前にある局面ではその手が有効なのかどうかという問題に関しては二次的なことになってしまう。
このナイトがf3の非常に重要な地点を占めると共にビショップを守っているという事実にもかかわらずその展開は早過ぎたか遅過ぎたかのどちらかである。白は釘付けにされたナイトの問題については何もしていない。ここが圧力をかけられている所であり、危険が差し迫っている所である。
本譜の手の代わりに 8.e4 で黒のナイトを追い払いその行き先を決めさせるのがよりぴったりだった。そして 8…Nxc3 と取ってくれば 9.Bd2 Oa4 10.Qxc3 で不安定な状況が解消される。
8…Bb4
黒はナイトへの攻撃を三重にした。狙いは 9…Nxc3 10.bxc3 Bxc3+ から 11…Bxa1 ですぐに勝つことである。
白はどのようにこの狙いに対処したら良いであろうか。自然な 9.Rc1 ならナイトが適切に守られている。つまり三重に攻撃されているが三重に守っている。しかし黒は釘付けにされた駒の能力に関する奇妙な事情につけ込んでいく。釘付けにされた駒は動くに動けないだけでなく守る能力も失っているのである。この局面をチェスの言葉に翻訳すると 9.Rc1 なら 9…Qxa2 となる。このポーン取りはちょっと見たところではびっくりさせられるが、ナイトの防御の能力が幻であること、即ち存在しないことに気がつけば明白な手である。わざわざこの状況を強調するのはそれが重要なことだからである。それを知り見分け応用することにより(チェスの)王国が崩壊した。
たかがみすぼらしいaポーンを取るのにこんなに大騒ぎするものだろうか?取った後どうなるか見てみよう。
9.Rc1 Qxa2 の後黒の手法は簡明さの点で古典的なものである。黒は次に …Bxc3+ と指し白がポーンで取り返した後クイーンを交換する。黒は1ポーン得になるがこの程度の優勢では詰みにもっていけない。黒は戦力の優位を増大させて敵キングを捕まえられるくらい十分なものにしなければならない。そしてこれは自分のポーンの一つをクイーンに昇格させることによってのみ成し遂げられる。そこで黒は最も適切な候補を選び、この場合はa列のパスポーンがそれで、機会あるごとに突き進めていく。ポーンの前進は一歩進むごとに敵に重大な問題を突きつける。白はこのポーンの針路をそらすか完全にせき止めなければならない。いずれにしてもそうするために1個または複数の駒をはりつけなければならない。防御はポーンをたえず監視していなければならないために重荷となる。それと同時にキングに対する不意の攻撃にも備えなければならない。よくある状況は駒を犠牲にしてこのポーンを取らなければならないか、最終的に負けにつながる過程である駒交換をさらに許すかである。
このような長期的な作戦は正確な手順には基づかない。それはこのような特質の局面を勝ち切る技法の全般的な構想を表している。
9.Kd2
これはキャッスリングの権利を失うので好んで指す手ではないが戦力損を避けるにはこうするしかない。
9…c5!
「これは核心を突いた」とタラシュは言った。これに伴うポーン交換でc列がこじ開けられ不運なナイトがさらに危うくなる。
10.a3
白は好んで事態を危機に至らしめている。代わりに 10.e4 は 10…cxd4 11.exd5(11.Nxd4 なら 11…Nxc3 12.bxc3 Qxg5+ で、最初から不運な運命のようだった浮きビショップを黒が取る)11…dxc3+ 12.bxc3 Qxd5+ で黒がポーンを得し勝勢になる。
10…Bxc3+
タラシュは単純化を図り、交換得に伴う難儀を避けた。例えば 10…cxd4 は 11.axb4 dxc3+ 12.Qxc3 Qxa1 13.Qxg7 Rf8 14.e4 Nxb4 15.Bb5 Qxh1 16.Qf6 で詰みになる。実際は黒は15手目で 15…Qa5 と指せば助かるが、害の少ない方法で優勢を維持できる時にこのような乱戦にわざわざ足を突っ込むことはない。
11.bxc3
白はこう取り返すしかない。
11…cxd4
黒はc列を開ける良い仕事を続けた。
12.exd4
ここでも白は取り返し方の選択権がない。cポーンは釘付けになっているし、12.Nxd4 は 12…Nxc3 Qxc3 13.Qxg5 で咎められて黒のポーン得になる。
12…N7b6
白の釘付けのナイトはいなくなったがポーンによって置き換わった。そしてこのポーンが釘付けになっている。このポーンは標的として好都合である。そこで黒はこれに砲火を向ける。黒はこのポーンを 13…Na4 または 13…Bd7 から 14…Rc8 でたたくことを狙っている。
13.Bd3
ようやく別のキング翼の駒が日の目を見た。
13…Bd7
黒は 13…Na4 でcポーンに襲いかかることができる。しかしまず展開を完了しそれから全ての駒でこのポーンを標的にする方を好んだ。「おまけにポーンは逃げ出さない」とタラシュはニムゾビッチを出し抜いて言う。
14.Rhc1
白は展開と防御を同時に行なわなければならない。もし一瞬の猶予が得られれば 15.Ke2、16.Bd2 および 17.c4 によって釘付けのcポーンを解放することができる。
14…Rc8
しかし黒は一瞬たりとも休まない。このルークは絶好の素通し列を支配し、動けないcポーンにすぐに圧力を付け加えた。
15.Qb3
黒を 15…Na4 16.Qxb7 Rxc3 17.Rxc3 Qxc3+ 18.Ke2 の変化に誘い反撃を試みようとした。
15…O-O
タラシュの考え方はこうである。「最初にキングを戦いから遠ざけもう一方のルークを戦場の近くに持って来よう。」
16.Ke2
黒は白が守りに召集する駒よりも多くの駒でこのポーンを攻撃できるので、このポーンが落ちることは明らかである。そこで白はこのポーンを見捨てキングの早逃げを図ることにより手を稼いだ。
16…Rxc3
最初の戦力得であると共に敵陣に突入した。
17.Rxc3
17.Qb2 でルーク交換を避けるのは黒に素通し列の支配を保持させてしまう。
17…Qxc3
ナイトで取るよりもこの手の方がはるかに良い。黒の構想は唯一の素通し列の戦略的に重要な拠点を占拠するか、クイーンの交換を図ることである。両方のクイーンがなくなれば黒はポーン得なので局面の単純化は黒に有利に働く。
18.Qb1
白は退却を余儀なくされたが、このクイーン引きには 19.Bxh7+ でポーンを取り返す狙いが込められている。
18…h6
これはポーンを助ける最も単純な方法で、最下段で不意にチェックをかけられた際のキングの逃げ道にもなっている。
19.Bd2
ビショップが押し戻されたがこの手にも狙いがある。
19…Qc7
クイーンが仕方なく絶好の橋頭堡のc3から去ったが急所のc列には留まっている。注意すべきはクイーンがc7の地点を選んだ理由で、c6はビショップの動きの邪魔になりc8はルークの動きの邪魔になる。
黒の狙いは 20…Nf4+ で、白のビショップの一つをこのナイトと交換させることになる。
20.Kf1
皆家に帰るのか?
20…Nc4
これは新たな作戦の始まりで、黒は駒を敵陣に侵攻させた。これにより急所の地点を支配し、白駒の活動性を制限することにより白の動きを束縛する。
21.Bc1
白は双ビショップを保持したいならここへビショップを引くしかない。
21…Ba4
そしてこれで白クイーンの活動を狭めた。
22.Qa2
白はc列のナイトを2駒で当たりにした。これは狙いというよりもクイーンをキング翼に転回させる手数を稼ぐための便利な手段である。白の唯一の可能性はもちろん何らかの反撃を策することである。受け身の指し方では座して死を待つだけである。
22…Rc8
これでナイトを守ると同時にc列の支配を揺るぎないものにした。
23.Qe2
白は次に 24.Qe4 と指して紛れを求めようとしている(狙いは 25.Qh7+ Kf8 26.Qh8+ Ke7 27.Qxg7)。これに対して 24…Nf6 なら 25.Qh4 で 26.Bxh6 を狙い、キング翼で攻勢に立つことができるかもしれない。
23…Nc3!
この手は白が模索したかもしれない反撃の開始の考えを中止させただけでなく、白クイーンを当たりにして移動をたった一箇所だけに限定した。黒が盤上を制圧した効果はこれほどの威力がある。
24.Qe1
恐ろしいナイトがクイーンの逃げ場所のうち7箇所を押さえているのでここが唯一の避難所である。
24…Na5
これは明らかに 25…Nb3 でさらに白陣深く侵入する意図である。それにより黒は手始めに交換得となる。
25.Bxh6
絶望に駆られた白は乱暴に打って出た。
この状況は 25.Bd2 でも救われない。なぜなら 25…Nb3(ナイトがクイーンだけでなく今度はルークの動きも制限する)26.Bxc3 Qxc3 27.Rd1(27.Qxc3 は 27…Rxc3 28.Rd1 Nc1 で黒が交換得か駒の丸得になる)27…Nc1 で白のルークとビショップが当たりになっているので黒が戦力を得することになる。
25…Nb3
黒はこのビショップを取っても勝つだろうが、不必要にキングをさらすことはない。本譜の手の方が簡明であり、ここまでのクイーン翼での捌きと一貫性がある。
26.Bd2
白は無力なルークを救うことができない。そこでポーン損を取り戻したことに満足しなければならない。
26…Nxa1
交換得はナイトの巧みな跳梁の極致だった。
27.Qxa1
白はこちらのナイトを取らなければならない。27.Bxc3 では 27…Qxc3 でルークの丸損になってしまう。
27…Bb5!
これは単純化の見せ場である。黒は敵の抵抗力を減らすために駒の交換を図った。盤上に駒が少なくなればそれだけ白からの紛れの余地が少なくなり黒の戦力上の優位がものをいうようになる。黒が盤上の支配をゆるめることなくこのような交換を図っていることに注意されたい。
28.Bxb5
白はこんなものである。28.Bxc3 は 28…Bxd3+ から 29…Qxc3 で駒損になるし 28.Qxc3 も 28…Qxc3 29.Bxc3 Bxd3+ から 30…Rxc3 で同じである。
28…Nxb5
この取り返しの後黒の狙いは 29…Qc4+ 30.Ke1 Nc3 で、e2での詰みを防ぐために 31.Bxc3 が必然で以下は 31…Qxc3+ 32.Qxc3 Rxc3 で初歩的な勝ちの局面になる。
29.g3
白はキングのためにg2の地点を用意した。そこならキングの露出が減りビショップがf4に出た際の支えにもなる。
29…Qc6!
クイーンが白の前の手で弱体化した白枡に飛びついた。ナイト当たりになっているのでクイーンは先手でさらに白陣に侵入することができる。
30.Kg2
ナイトが例えばe5に跳ねれば 30…Qh1+ でクイーンを素抜きにされる。一方 30.Ke2 とナイトを守るのは 30…Qe4+ 31.Be3 Rc2+ 32.Nd2(32.Kd1 は 32…Nc3+ で黒勝ち)32…Nc3+ 33.Ke1 Qh1+ で次の手で詰みになる。
30…Rd8
ルークが絶好の標的の孤立ポーンのいるd列に陣取った。
31.Be3
ナイトが釘付けにされて役立たないのでビショップでdポーンを守った。
31…Qe4
クイーンが敵陣深く急所に侵入した。
32.Qb2
他の駒がお互い守り合っているので白はクイーンをなんとかして働かせようとした。
クイーンは急いで空き列を占拠しようとしなかった。それは 32.Qc1 Nxd4 33.Bxd4 Rxd4 となって 34…Rd3 の狙いがひどいからである。
32…Rd5!
これが眼目の手である。自分のナイトを守っただけでなく 33…Rf5 34.Qe2 Nxd4! でクイーンを当たりにしつつ3駒で白のナイトを当たりにして勝つ狙いである。白は至る所釘付けにされているので受けようがない。
33.a4
ナイトを追い払ってdポーンの脅威にならないようにした。
33…Nd6
ナイトは立ち退いたがちゃんとbポーンを守っている。
34.Bf4
こうしないと黒が 34…g5 として 35…g4 又は 35…Rf5 又はその両方を狙ってくる。
34…Nf5
またもやdポーンに襲いかかった。
35.Be3
白は 35.Qxb7 と取っている余裕はない。35…Nxd4 と取られるとクイーンがナイトの守りに戻れない。
35…Nxe3+
この手は 35…e5 からの攻撃よりも簡明である。本譜の手の後さらに2駒が盤上から消え、その上ポーンも落ちる。
36.fxe3
白は取り返す一手である。
36…Qxe3
これでナイトに対する釘付けはなくなるがこのナイトはdポーンを守るために動けない。
37.g4
白は 37.Qxb7 とは取れない。それは 37…Qe2+ とされてキングがナイトの守りから離れなければならず駒損になってしまう。本譜の手は黒が 37…Rf5 で圧力を増すのを防いだ。
37…f5
黒は局面を開けた状態にしてもかまわない。黒キングの方が白キングよりも露出による被害が少ない。この手の狙いはもちろん 38…fxg4 で、たちまち黒の勝ちになる。
38.g5
代わりに 38.h3 なら 38…fxg4 39.hxg4 Qf4 40.g5 Qg4+ 41.Kf2 Rf5 となって、42…Qxf3+ と 42…Qxg5 の二つの狙いが受からない。
38…Qe4
またもやナイトを釘付けにした。
39.Qc3
白は注意深く 39.Qxb7 を避けた。そう指すと 39…f4 とされて 40…Qe2+ でナイトを取られるか 40…Rxg5+ でポーンを取られる。
39…f4
すぐに 39…e5 はだめで、40.g6 で頓死を狙われる。
40.Qc8+
白が 40.g6 としたら 40…Rg5+ でgポーンの生涯が終わる。
40…Kh7
クイーンからこれ以上チェックがかからないようにした。
41.Qc3
ナイトとdポーンの守りに戻った。
41…e5!
最終段階として白の中原の破壊が始まった。
この手は 41…Rxg5+ よりも強力である。その手の後は 42.Kf2 Rh5 43.h4 となって白に 44.Ng5+ の狙いがある。
本譜の手の狙いは次に 42…Rxd4 と指すことで、そうなれば黒には以下のような成果が得られる。
黒が白の中原を壊滅させた。
43…Rd3 ですぐに黒の勝ちになる。
(上述で不十分ならば)黒は中央に2個の連結パスポーンが保証される。
42.h4
マーシャルは 42.dxe5 が 42…Rd3 で駒損になることを読んでいて、ちょっとしたわなを仕掛けた。
42…Rxd4
黒は次に 43…Rd3 でクイーンをナイトの守りから遮断してその2駒を両当たりにするつもりである。
43.g6+
これはわなの一つである。黒が 43…Kxg6 と取れば白は 44.Qb3 と応じる(チェックの千日手をかけようとしているように見える)。黒の 44…Rd3 の後白は 45.Qe6+ でなく 45.Qxd3 とルークを取り 45…Qxd3 なら 46.Nxe5+ から 47.Nxd3 でクイーンを取り返す。
43…Kh6
黒はこのわなをかわした。
44.Kh2
そこで白は別のわなを仕掛けた。今度は 44…Rd3 なら 45.Qxe5 Qxf3 46.Qg5# で頓死である。
44…Qe2+
白は受けがない。45.Kg1 なら 45…Rd1+ 46.Ne1 Rxe1+ で黒の勝ちである。また 45.Kh3 なら 45…Rd3 で今度こそかわいそうなナイトを釘付けにして白の最後の抵抗の火を消す。