第3章 チェスのマスターが自分の読みを解説する(続き)

第33局

 ルビーンシュタイン対マローツィ戦はみごとな総力戦である。ルビーンシュタインの序盤の効率的な展開は中盤での中央制圧に結びついた。そしてこれが終盤でのキング翼攻撃の前触れとなった。この試合の少なからぬ魅力はルビーンシュタインのナイト、ビショップ、ルークそれにクイーンがd5の地点を捌きの起点として利用した手法である。これらの駒はみな次々とこの地点を発着場として使用した。

クイーン翼ギャンビット拒否
白 ルビーンシュタイン
黒 マローツィ
イェーテボリ、1920年

1.d4

 中原をポーンで占拠し二つの駒が外に出る余地を作ったこの布局の手は効率が良い。白の意図は全ての駒をできるだけ迅速に展開し、しかもそれぞれ一手で最適の地点に配置することである。ポーンについては自分の展開(駒を動けるようにするか中原を攻撃する)を促進するか敵の展開を邪魔する場合だけ動かすつもりである。

1…Nf6

 これはどの点からも模範的な展開である。このナイトは攻撃に一番力を発揮できる可能性を持つ中原に向かって跳ね、重要な地点のd5とe4にすぐに圧力をかけ、白が 2.e4 で強いポーンの態勢を築くのを防いでいる。

2.Nf3

 白はまずキング翼の駒を展開してその方面に早くキャッスリングできるようにした。f3のナイトは布局で最も役に立つ地点に位置している。攻撃には好所である。例えばポーンのe5の地点の支配を補強している。そしてキャッスリングした後のキング翼の防御では並ぶものがない。

2…d5

 黒は無理やり主導権を奪うことはできない。白が不注意に指せば(布局で無駄な手を指したりポーンあさりをしたりすれば)そうできるが、通常の展開に対しては互角の形勢の達成で満足するしかない。

 黒の2手目は中原での白の圧力を無効にし自分の2個の駒のために筋を開けた。

3.c4

 これはポーン突きが適切である珍しい場面の一つである。この場合は黒の中原を攻撃し 4.cxd5 によって消滅させることを狙っている。さらに白の駒の活動(現実と可能性)を増す役目も担っている。即ちクイーンのために斜筋を開け、後でクイーンとクイーン翼ルークが利用できるようにc列が空くことを保証している。

3…e6

 黒はdポーンを別のポーンで支えた。白が 4.cxd5 で黒の中原を破壊しようとしてきても、このポーンで取り返してd5にポーンを維持し中原をそのままに保つ用意ができている。

 3…e6 はクイーン翼ビショップを閉じ込めてしまうという不都合があるが、それでも黒の最善手である。クイーン翼ビショップを効果的な地点に展開する困難さは大したことがないように思われるが、もし克服できなければ黒が駒損で指すことに等しくなってしまう。今のところは部分的な補償としてキング翼ビショップが自由に動ける。

4.Bg5

 この手は黒の指し手に大きな制約を加えている。黒のナイトを釘付けにしてナイトとその背後の駒に圧力をかけている。黒はキング翼がこのビショップによって押さえつけられている間は自由に動き回ることができない。

 長年の間白はこのビショップを自動的にf4に展開してきた。そこからは重要な斜筋を支配することができる。今日ではもっと強力で厳しい手が求められている。駒を動員すると同時に敵の展開を抑止することができれば、ありきたりのしばしば無害な手段よりも多くのことを達成することができる。ナイトに対する釘付けは黒の唯一展開した駒を麻痺させている。

4…Be7

 釘付けがこんなにも簡単にはずせるのになぜ大騒ぎするのだろうか。一つには釘付けからはずすためにビショップが防御的で守勢の役割に制限されるからである。ビショップの展開は白がナイトに圧力をかけたことによりもたらされたものである。

 とはいっても黒の指し手を見くびってはならない。ビショップの動きはささやかではあっても展開の過程における一歩である。このビショップは最下段を離れ強力な防御の位置を占め、キング翼を空けてキャッスリングを可能にしている。

5.e3

 ポーンは序盤ではあまり突かないようにすべきである。しかしビショップを働かせるためにはいくつかのポーンを突かなければならないのでこれは展開の手とみなされる。

5…Nbd7

 クイーンポーン布局ではクイーン翼ナイトの最適な居場所はc6でなくd7である。d7の地点からは白の中原に対していつかは突くeまたはcポーンを支援することができる。

 このナイトはc6に展開してはいけない。そこではcポーンの邪魔になってしまう。このポーンはc5の地点に進んで中原の支配を争うことができるのでそれを妨げるようなことをしてはならない。

6.Nc3

 反対にこのナイトはc3が絶好の地点である。cポーンを邪魔することがなく、中原の重要な4地点のうちd5とe4の2地点に圧力を加えている。

6…O-O

 黒はキングを安全な地点に移送しキング翼ルークを中央の列に近づけた。

7.Rc1

 ルークが攻撃に最も将来性のある列に回った。c1の地点からは素通し列全体を支配し圧力をかけることができる。この列は今のところは自分のナイトとポーンでふさがっている。しかしこのポーンは交換でなくすことができるし、ナイトは跳んで列を空けることができる。厳密にはこの列は片方にだけ素通しである。しかし片方だろうと両方だろうとルークは次の理由でc1に行くことになる。

 c列の支配はクイーン翼ギャンビットでは絶対必要不可欠である。

7…Re8

 黒ルークが中央の列に寄った。ここにいれば中央で何か動きがあった時に役に立つことがあるかもしれない。今のところはルークがこの列にいても大した影響はないが、この列から駒が退いていくにつれてその影響はどんどん強まっていく。

 黒陣は凝り形だがすぐにそれを解消しようとしても以下のように良い結果は得られない。

 a)7…dxc4 は 8.Bxc4 でビショップが展開すると同時にポーンを取り返して白がビショップに無駄手を指させずに済む。

 b)7…a6(8…dxc4 9.Bxc4 b5 10.Bd3 Bb7 と続けるため)は 8.c5 と応じられていっそう締め付けられる。

 c)7…c5 は 8.dxc5 Nxc5 9.cxd5 exd5(9…Nxd5 は 10.Nxd5 exd5 11.Rxc5! Bxg5 12.Rxd5 で白がビショップを得する)で中原に黒の弱いポーンができ、白はd4を利用して盤上の好きな地点に都合よく駒を捌くことができる。

8.Qc2

 ここはクイーンにとって盤上随一の好所である。c2の地点からこのクイーンはc列における圧力を強め、中原ににらみを利かし、黒の捌きを困難にさせている。

8…dxc4

 黒はがまんできなくなって束縛を脱しようとした。しかしこのポーン取りは遅らせて白がキング翼ビショップを動かすのを待っていた方が良かった。それからならば白のビショップに余計な1手をかけさせたことになる。

 代わりに黒は 8…c6 と突いて中原のポーンの態勢を強化しクイーンにクイーン翼への出口を与えた方が良かった。

9.Bxc4

 明らかに白は1手得をした。白のキング翼ビショップがポーンを取り返し同時に好所に展開した。

9…c5

 黒は反撃を目指さないといけない。さもないとつぶされる。この手は中原に争点をもたらしそのあたりの支配を争うので実戦的に最も有力である。さらにc列でルークを対抗させ同等の権利を争う準備にもなっている。

10.O-O

 圧力を維持する最も簡明な方法は展開を続けることである。白は1手でキングを安全な地帯に移しキング翼ルークを隅から中央に持ってきた。

10…cxd4

 黒の意図は白に中原の形を決めさせることである。白がポーンで取り返せば中原に白の孤立ポーンが残る。駒で取り返せば白のポーン中原は黒より優るとは言えなくなる。

11.Nxd4

 ルビーンシュタインは 11.exd4 よりもこの手を好んだ。11.exd4 は中原にポーンを維持するが孤立ポーンとなる。

 味方のポーンから引き離されたポーンの弱点はこのポーンに対する攻撃をポーンでなく駒でしか守れないということにあるのではなく、敵の駒がポーンの直前の地点(この場合ならd5)に居座って敵のポーンによって追い払われることがないという特殊な状況が起こることにある。

 中原の孤立ポーン(白が 11.exd4 と取り返したならばd4のポーン)の強みは戦略上の要衝のe5とc5を支配し、先頭に立って敵陣に突撃することができ、橋頭堡(この場合ならe5のナイト)の支えとなることにある。

11…a6

 この手は主としてb5の地点を白駒の侵入から守るためである。この手に対する異議は展開に寄与しないポーン突きは序盤で貴重な手を無駄にしているというものである。もっと適切な手は 11…Ne5 12.Bb3 Bd7 13.Rfd1 Qb6 で駒の動きを良くすることだった。

 注意すべきは白のポーン突きは駒を動けるようにする必要がある場合か既に展開した駒の働きをさらに良くする場合だけである。駒であろうとポーンであろうとどの1手も白の展開を推し進めエネルギーを高めてきている。

12.Rfd1

 ルークが中央の列に回って敵のクイーンと向かい合った。どんなに多くの駒がお互いの間にあっても狙いは絶えず発生するのでこのクイーンは気持ちが悪いに違いない。例えばもっともそうな 12…Nb6 でビショップを当たりにすれば 13.Nxe6 で両当たりによりクイーンが取られる。

 イェーツとウィンターはここのところで次のように賛美した。「本筋の展開の古典的な例である。白はクイーン、ルーク、ビショップそれに片方のナイトをそれぞれ1手でほとんど最適の位置に持ってきた。」

12…Qa5

 クイーンが砲火から逃げ、ビショップ当たりで少し手をかせごうとしている。

13.Bh4

 ビショップは逃げてもナイトに対する圧力は維持している。

13…Ne5

 白のもう一つのビショップが脅かされ、黒がもっと手をかせげそうに見える。

14.Be2

 これで両方のビショップが押し返されたがそれでもその潜在力は計り知れない。双ビショップが協調して事に当たり長斜筋でお互いを補い合う潜在的な可能性を正しく評価すれば 14.Bd3 のような手は候補手から除外される。この手は 14…Nxd3 で短距離のナイトを長距離のビショップと交換させてしまう。要は次のとおりである。

 双ビショップを保持することは有利である。

14…Ng6

 ナイトがキング翼に回って黒枡ビショップを当たりにしてさらに下がらせる。この間にますます多くの障壁が黒キングの周りに築かれた。まるで防空壕の塹壕をしっかり張り巡らせたようである。

 敵のビショップを攻撃してずいぶん手を稼いだように見えるけれども、黒はクイーン翼で何とかして駒を元の位置から出すべきだった。例えば 14…Bd7 とすれば 15.Nb3 Qc7 16.Qb1 Bc6 となって堂々と戦うことができる。

15.Bg3

 ビショップは1枡下がってナイトに対する圧力をゆるめなければならない。しかし今度は絶好の斜筋ににらみを利かしている。

 黒は一方のビショップをなくさせるために追い続けることはできない。15…Nh5 なら 16.Nb3 Qg5(ナイトを守っていないといけない)17.Ne4 Qh6 18.Bc7 で白が盤上を席巻する。

15…e5

 これは非常に魅力的な手である。このポーンは次のようにあらゆることをしている。

 a)中原の枡を占めた。

 b)クイーン翼ビショップの筋を通した。

 c)白の黒枡ビショップの筋をさえぎった。

 d)白ナイトを中央の地点から追い払う。

 これに対してささいに思えるが難点が一つある。それはd5の地点にポーンの利きがなくなったので弱体化したということである。白はこの中原の地点を利用して盤上のどこへも容易に駒を捌いていくことができるようになった。

 この一つの負債が全ての資産を上回るのだろうか。正確な読みが不可能でチェスを芸術と科学の素晴らしい融合にしているのはこのはっきりと評価できないものの判断である。

16.Nb3

 ナイトは退却しなければならないが敵クイーンに当てて仕返しをした。

16…Qc7

 クイーンが当たりをかわし、たぶん 17…Bd7、18…Bc6 から 19…Rad8 とする駒の再編制の用意をした。

17.Qb1!

 これは白の連続5手目の退却である。しかしそのたびごとに駒の配置が良くなった。自陣の3段目までに駒が押し込められたが白の駒は動的なエネルギーを得た。これらの駒はしだいにより強固な地点を占め盤上を支配し敵を敗走させるだろう。

 黒はもうクイーン翼ビショップを展開させる余裕がない。17…Bd7 なら 18.Nd5 Qd8(18…Nxd5 なら 19.Rxc7 Nxc7 20.Rxd7 で白の勝ち)19.Nc7 で白が交換得する。

17…Qb8

 黒クイーンは退却を強いられた(c3のナイトが動くと当たりになる)。一方白クイーンは自発的にb1に動いた。

 陣形の差は次のように明らかである。

 a)白クイーンはルークの邪魔になっていないし、ルークは両方とも素通し列を支配している。黒のクイーンとビショップはルークを分断していて、一つのルークは完全に閉じ込められもう一方は動きがひどく制限されている。

 b)白には敏捷で遠くに利いている二つのビショップがある。黒にはそのようなビショップは片方だけでもう一つのビショップはまだ展開していなくて元の位置に留まっている。

 c)白クイーンは迅速に戦いに加わることができる。黒クイーンは盤のふちにこそこそと隠れていなければならない。

18.Bf3

 ビショップが対角斜筋を制圧して、黒が 18…b5 からビショップをフィアンケットするのを防いだ(19.Bxa8 とルークを取られる)。

18…Qa7

 黒は遠回りに捌こうとしている。ルークをb8に寄せポーンを …b5 と突きクイーン翼ビショップをb7に展開させたがっていることは明らかである。

19.Na5!

 これは予防の好手である。19…Rb8 から 20…b5 なら 21.Nc6 で交換得になる。すぐに 19…Bd7 または 19…Be6 とくればb7のポーンが取れる。

 白が自分の駒の展開を図っているだけでなく黒駒の展開を妨げていることに注意して欲しい。

19…Bb4

 黒はクイーン翼の駒の自由な動きを妨げているナイトを追い払おうとしている。

20.Nc4

 ナイトは逃げなければならないが代償に中央に近づく利点を得た。

20…Bd7

 ビショップが展開できる唯一の地点に動いた。代わりに 20…Be6 は 21.Nxe5 でポーンを取られるし 20…Bg4 は 21.Bxg4 Nxg4 22.Nd5 で 23.Nxb4(駒得)と 23.Nc7(交換得)の両方の狙いが受からない。

21.Nd5!

 ナイトがd5に跳ねてあちこちの駒を攻撃している。一つのビショップは直接当たりにし(22.Nxb4)もう一つのビショップは間接的に 22.Nxf6+ gxf6 23.Rxd7 で狙っている。これらに加えて 22.Nc7 の狙いもあり両方のルークを当たりにして交換得になる。

21…Nxd5

 そんな危険なやつは取り除かなければならないのは明らかである。

22.Bxd5

 白はビショップで取り返して 23.Bxf7+ Kxf7 24.Rxd7+ によるポーン得を狙っている。黒がこの狙いをかわすために自分の手がけていることを全部中止しなければならないので白が先手を取れる。

22…Be6

 黒は自分のキング翼を攻撃しクイーン翼を抑えている恐ろしいビショップを取り除かなければならない。22…Bc6 ではうまくいかない。それは 23.Bxc6 bxc6 24.Qe4 でcポーンかeポーンが取られる。

23.Qe4!

 この手はあらゆる観点からしてマスターの手で、大局観指法におけるこの一手である。我々のほとんどが 23.Bxe6 と交換した後どうなるだろうかと考えるところで偉大なマスターは盤上から消えなければならない駒を別の駒で置き換える好機として交換をとらえている。白はビショップを別の駒で置き換えてもd5の地点の支配が続くという保証が得られる限り交換をいとわない。

 言おうとしていることが正しく伝わるように言い換えてみよう。

 攻撃されている駒(ここではd5のビショップ)を支えれば黒にもっと圧力をかけることになる。交換に応じたり退却したりすると圧力をやわらげてしまうかもしれない。

 中央の絶好点にいるクイーンの強烈な効果と多方面に及ぼす影響力には特に注目する必要がある。

 a)d5のビショップを支えている。

 b)ビショップのb7のポーンに対する当たりに力を貸している。

 c)e5のポーンに対する攻撃を助けている。

 d)間接的にb4のビショップを狙っている。

23…Bxd5

 白のいろいろな狙いを考えればほとんど必然である。クイーンを追い払おうと 23…f5 と突くのは無慈悲に 24.Qxf5 と取られ(ビショップが釘付けのために)このクイーンを取ることができない。

24.Rxd5

 黒は邪魔な駒を消し去ったが別の駒をその地点に来させただけだった。白がd5の地点に駒を据えるのはこれで三度目である。そのたびに局面の締め付けが強まっている。今やルーク、ナイト、ビショップそれにクイーンの4駒がe5のポーンに当たっている。黒がこのポーンを助けている間に白はd列でルークを重ねる手数が得られ、この重要なハイウェーを恒久的に所有することが保証される。その結果として黒の兵力の連絡を断ち切り組織的な抵抗を難しくさせる。

24…Rac8

 e5のポーンを攻撃している駒の一つを釘付けにすることにより間接的にこのポーンを守った。

 白は頓死するのでナイトでは取れない。ルークまたはクイーンで取るのは駒損になる。残るは 25.Bxe5 だが白には 25…f6 の用意があり 26.Bd4 Rxe4 27.Bxa7 Rexc4 で黒の駒得になる。

25.Rcd1

 素通し列でルークを重ねるのはルークの威力を倍以上にさせる。これで白ナイトの釘付けが解消しe5のポーンに対する狙いが復活した。ナイトが動けばb4のビショップが当たりになる。

 理論的には白の勝ち試合である。そしてルビーンシュタインは効率的で芸術的な手法で勝ちを成し遂げた。

25…Bf8

 黒はむき出しのビショップ(26.Nxe5 から 27.Qxb4 で取られる)を防御のために引いた。

 25…f5 ですぐに反撃するのは次のように白が勝つ手順がある。26.Qxf5 Rxc4 27.Rd8! Rxd8 28.Rxd8+ Nf8 29.Qe6+ Kh8 30.Qxc4 これで白が交換得する。

 本譜の手の後黒は 26.Nxe5 に対して 26…f6 で不運な駒を釘付けにする。さらに黒は 26…f5 を狙っていて 27.Qd3(ナイトを守るため)の後 27…f4 でビショップに災難をもたらす。

26.b3

 クイーンがナイトを守る役目から解放され 26…f5 のような手も防いでいる。この手はポーンが取られてしまうだけである。

 本譜の手に対して黒が消極的な手を指せば白は 27.Rd7 で7段目に侵入する。

26…b5

 この手の目的はナイトをどかせて何かしようということではなく、クイーンの横筋を開けてキング翼に戻れるようにしキングを守る意図である。

27.Nd6!

 ナイトの両当たりで交換を強い、白の有利な単純化を誘っている。白は不必要な乱戦の危険を冒さずに、優勢な局面に内在している圧力を維持している。

 実際のところ早まった攻撃は白の敗北を招くかもしれない。次のような華々しい可能性が考えられる。27.Nxe5 f6 28.Rd7(一見して白がしのいでいる。ルークで敵クイーンを攻撃し次に 29.Qd5+ でナイトの釘付けをはずす狙いである)28…Qxd7! これで黒が勝つ。白がルークで取り返せば頓死が待っている。29.Nxd7 なら 29…Rxe4 で黒がルーク得になる。

27…Bxd6

 ナイトが両方のルークに当たっているので黒は選択の余地がない。

28.Rxd6

 この取り返しでd5の地点が空き白クイーンがそこを占めることができる。d列で大駒が三つ重なれば白のこれまでの優勢が拡大する。しかしもっとすごい狙いは 29.Rd7 で7段目に橋頭堡を築くことができるかもしれないことである。

 中盤戦や収局でルークが7段目にいると陣形的に非常に有利である。

28…Rc7

 黒は敵ルークを締め出すためにできることを行ない、侵入口をすべてふさいだ。

 白は陣形的に優っているがどのように突破口を開いたらよいだろうか。

 ルビーンシュタインがこれからの指し手を熟慮する際に自問自答すると思われることに耳を傾けてみよう。

 味方のルークはどちらもこの上ないほど良い地点にいて素通しのd列の支配に良く働いている。クイーンは中央に居座ってどの方面にも圧力をかけている。ビショップはeポーンに狙いをつけ敵のルークとナイトをその守りに縛り付けている。味方の駒はどれも好所で働いていてその地点にいなければならない。

 敵はどうだろうか。防御は何とかなっているが敵の駒は弱点を守るためにその地点にいなければならない。黒を好きなようにさせると陣容をまとめて反撃さえしてくるかもしれない。

 黒を好きなようにさせると・・・

 まてよ、これが局面の鍵じゃないか?

 黒を好きなようにさせるわけにはいかない。敵の駒の配置に邪魔をしなければならない。敵の駒を現在の地点から追い払わなければならない。実際敵駒の一つを追い払っただけでも敵は崩壊するだろう。

 味方の駒はどれも今の地点で働いている。だからそれを動かすわけにはいかない。しかし敵の防御を打ち破るために味方のポーンに目を向けてみよう。どのポーンを使ったら良いだろうか。そして敵のどの駒をどかすべきだろうか。

 やるべき最初のことは目標を見つけることである。敵のクイーンとルークは遠過ぎるし敏捷なのでポーンでは邪魔できない。どちらも列や段の別の地点に移ってなお支配を続けることができる。だから固定された目標を見つけなければならない。それはその地点で良く働いていてそこを離れれば役に立たなくなる駒である。ナイトはどうだろうか。もし 29.h4 と突いて次に 30.h5 とつついたらどうだろうか。ナイトは守りの好所をすぐに立ち退かなければならないだろう。ナイトはどこに行ったらよいだろうか。e7に行けばルークの利きを邪魔する。最下段に下がれば一時的に遊んでしまう。その上hポーン突きには他の利点もある。それはキングに逃げ道ができて最下段での頓死がなくなるということである。

29.h4!

 これが攻撃の決め手である。30.h5 でナイトをどかせeポーンを取る狙いであることは明らかである。隠れた目的は危険にさらされたポーンを 29…f6 で守らせ黒キングの周りのポーンの非常線を弱体化させることである。30.h5 から 31.h6 でgポーンを攻撃されればさらに弱点が生じる。

29…f6

 明らかにしっかりした支えをeポーンに与えることができるのは隣のポーンだけである。

 代わりに 29…Rce7 と守るのは 30.Qc6 から 31.Rd8 で白が簡単に勝つ。一方 29…h5(30.h5 を防ぐため)は 30.Qf5 でこのポーンが取られてしまう。

30.Qd5+

 この手は単純で強力である。クイーンが堂々とd5の地点を占め敵キングに通じる斜筋を支配すると同時に中央の素通し列に大駒を三重に重ねた。注目すべきはd5の地点を軸として使っていろいろな駒を捌いた見事さである。この地点はナイト、ビショップ、ルーク、クイーンとかわるがわる占拠された。それもぴったりと駒の強さの順である。

30…Kh8

 安全のために隅に寄った。代わりに 30…Rf7 なら 31.h5 Nh8 32.h6 で囲いを破壊される。また 30…Kf8 なら 31.h5 Nh8 32.Rd8 Nf7 33.Rxe8+ Kxe8 34.Qe6+ Kf8 35.h6 Re7(他に受けはない。35…Nxh6 なら即詰みになるし 35…gxh6 なら 36.Qxf6 で収局は黒にとって破滅的である)36.Qc8+ Re8 37.hxg7+ でルークが取られる。

31.h5

 ナイトを守りの好所から立ち退かせるだけでなく黒陣にくさびを打ち込もうとしている。

31…Nf8

 他に考えられる手は 31…Ne7 だけだが白は 32.Qf7 で楽に勝つ。この手には多くの狙いがあるが面白い変化のいくつかを見てみよう(32.Qf7 と指した後)。

 32…Rg8 は 33.Rd8 Rcc8 34.h6(35.hxg7# の狙い)Rcxd8 35.Rxd8(同じ狙いが復活)gxh6 Qf6# で詰む。

 この手順中 34.Qxg8+ Nxg8 35.Rxc8 から 36.Rdd8 も白の楽勝である。

 32…Qb8 は 33.h6 gxh6 34.Bxe5 fxe5 35.Rxh6 Ng6 36.Rxh7# で詰む。

 32…Rcc8 は 33.h6 gxh6 34.Bh4 から 35.Bxf6# の狙いである。黒はナイトでその詰みを防ぐとクイーンが取られる

 白はこれらの変化のうちどれくらいを読んでいたのだろうか。それに黒もどのくらいこれらの変化を読んでナイトをe7でなくf8に引くことにしたのだろうか。

 その答えは、たぶん全然読んでいない、である。熟達した選手は決め手となることが明らかな手の効果をほとんど一目で見抜くことができる。31…Ne7 のような受けの手段をわざわざ読まないことにより貴重な時間を節約することができる。要するに 32.Qf7 のような急所に侵入させて麻痺させることはほんのちょっとの考慮からも排除されるのである。

32.h6

 さらにくさびを打ち込んだ。白の目的は黒キングの周りのポーンによる囲いを解体することである。黒のgポーンを取り去ることができれば黒陣の要であるfポーンが攻撃に弱くなる。そしてこのfポーンが落ちれば黒陣全体が陥落する。

 白のとりあえずの狙いは 33.hxg7+ Kxg7 34.Bh4 Rf7 35.Qc6 でe8のルークを当たりにすることとf6のポーンを三重当たりにすることである。

32…Ng6

 黒はナイトをまた働かせて白が 33.Bh4 でfポーンを再び攻撃してくるのを防いだ。32…gxh6 と取るのは 33.Rxf6 Rd7 34.Bxe5! Rxd5(34…Rxe5 は 35.Rxf8+ から詰む)35.Rxf8# できれいに詰まされてしまう。

33.Qe6!

 目くるめく手である。白はクイーン捨てで観戦者に受けようとしているのではない。白がしたいのは黒陣の急所にさらに深く侵入することで、これが最も簡明な方法である。そうは言ってもこれはやはり華々しい手で、このような手を指すのは(人が指しても)興奮を覚える。

 相手の度肝を抜くような手をひねり出す興奮が好きな選手に警告したい。局面がそのような手を保証していないのに派手な手をずっと捜し求めるのは時間の無駄である。いかにわずかではあってもまず有利さを得なければならない。優勢がゆるぎない局面を確立するまで有利さを増すように努めなければならない。手筋を探す権利を確保したら華麗な手はひとりでにやって来る。

 白はもちろん黒がクイーンを取って 34.Rd8+ で頓死を食らうようなことを期待しているわけではない。白が主として念頭に置いているのはd7の地点を完全に支配することである。この地点は白ルークが活躍するのに重要な地点である。

 この局面で筆者にとって最も興味を引くことの一つは白が三つの段で相手を壊滅させる狙いを持っていることである。

 a)8段目では 34.Qxe8+ からの詰みを狙っている。

 b)7段目では 34.Rd7 から 35.hxg7# で詰ます狙いを持っている。

 c)6段目では 34.hxg7+ Kxg7 35.Qxf6+ で白の楽勝になる。

33…Rf8

 白のいろいろな狙いを考えれば黒には選択の余地があまりない。黒はこの手でfポーンに守りを加えた。

34.Rd7

 狙いは 34.hxg7# の一手詰みである。

34…gxh6

 34…Rxd7 は助けにならない。35.Rxd7 と取り返されてキング翼での詰みとクイーン翼でのクイーン取りを狙われる。34…Rg8 も 35.hxg7+ Rxg7 36.Rd8+ から詰みになる。

35.Bh4!

 25手の間1地点に留まっていたビショップが最後の仕上げを務めた。狙いは 36.Bxf6+ Rxf6 37.Qxf6+ Kg8 38.Qg7# である。

35…投了

 35…Nxh4 なら 36.Qe7 から 37.Qxf8# または 37.Qg7# または 37.Qxh7# である。こんな女性パワーの見せびらかしには誰も耐えられない。

 この試合は感動的で大いに満足を覚える。チェス史上傑作の試合の一つである。

(完)